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校庭の隅で見つけたクワガタを教えようかと悩む吾かな梅雨が去り緑の風が吹き抜けて聞こえ始めた蝉の鳴く声作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2021.07.27
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「真夏の夜のお口直しに、三好達治の名詩をお楽しみください」私のうたは砂の砦だ海が来てやさしい波の一打でくずしてしまう私のうたは砂の砦だ海が来てやさしい波の一打でくずしてしまうこりずにそれでもまた私は築く私は築く私のうたは砂の砦だ無限の海にむかって築くこの砦は崩れ易いもとより崩れ易い砦だ青空の下太陽の燃える下でその上私の砦は孤独だ援軍無用孤立無援の砂の砦だ私はここで指揮官だ私は士官で兵卒だ砲手だ旗手だ伝令だ鷗が舞う鳶が啼く私はここで戦った私はここで戦った無限の海無限の波波が来て白い腕(かいな)の一打ちで崩してしまう私の歌は砂の砦だこの砦は砂の砦だ崩れるにはやく築くにはやいこれははかない戦場だ波がきてさらったあとにあとかたもない砂の砦だ私のうたは砂の砦だ……作者:三好達治※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2018.08.19
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母の手を ぎゅっと握って ありがとと 言えなかったな 彼岸花清秋に 心澄みゆき 母思い 松ぼっくりを 墓に供えて山里の 枝で熟した 柿の赤 蜻蛉どこいく 秋澄む空に作:朽木一空 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.09.29
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障害のある人を表す言葉として、「めくら」や「おし」といった呼称が使われなくなって久しい。現在では、それぞれ「視覚障害者」「聴覚障害者」と呼ばれることが一般的である。 語源に詳しいわけではない私には、これらの言葉に特別な差別の意図が込められているようには感じられない。むしろ、短くて分かりやすい表現ではないかと思うこともある。 しかし、言葉の価値は話し手だけが決めるものではない。たとえ悪意なく使ったとしても、多くの当事者が「かつて見下されたり、からかわれたりしたときに使われた言葉だ」と受け止めるのであれば、社会は少しずつ別の表現を選ぶようになる。 もちろん、「めくら」や「おし」が法律で禁止されたわけではない。長い年月の中で、当事者や社会の合意が積み重ねられ、公的機関や報道機関が使用を避けるようになったというのが実情なのだろう。 似たような変化は病名にも見られる。かつて脳卒中のことを「中気」と呼び、ハンセン病を「らい病」、認知症を「痴呆」と呼んでいた時代があった。しかし、医学の進歩や社会的な配慮によって、より正確で中立的な呼称へと置き換えられていったのである。 とはいえ、こうした古い言葉が完全に消え去ったわけではない。昔の小説や映画を開けば、当時の空気をまとったまま自然に登場する。歴史的・文学的な文脈における引用までが一律に否定されているわけではないのだろう。 さて、こうした事情とは別に、差別への配慮とは関係なく、時代の流れの中で自然に使われなくなった言葉も少なくない。 活動写真は映画となり、電気蓄音機はレコードプレーヤーになった。女中は家政婦や家事代行へ、看護婦は看護師へ、保母は保育士へと言い換えられた。産婆は助産師となり、メリヤスはニット、背広はスーツと呼ばれることが多くなった。 また、未亡人という言葉も耳にする機会が減り、「夫を亡くした女性」と表現されることが増えた。写真屋はフォトスタジオとなり、アベックはカップルへと姿を変えた。 こうしたものを挙げ始めればきりがない。言葉は生き物だと言われるが、確かに時代とともに生まれ変わっていくものらしい。 それでも、今の言葉と昔の言葉の両方を知っている世代がいる。その人たちが何気なく口にする古い言葉には、昭和という時代の空気がまだ少しだけ残っているように思えるのである。作:五林寺隆 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.10.02
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