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ストン。
理屈も説明もいらない、それはひどく感覚的な喜び。
妻にとって、イングリット・フジ子・ヘミングさんの演奏がそうでした。
彼女の奏でるラ・カンパネラ。
リストを弾くために生まれてきた、と称されたほどのフジ子さんならでは、と素人耳の妻をも圧倒する表現力でした。
パガニーニによる超絶技巧練習曲集から引用された、演奏時間4分半ほどのこの曲を全身全霊を傾けて演奏すると、かなり消耗するのではないかと思われます。
フジ子さんの思いの丈の全てが音階を通じてストレートに心の中に飛び込んでくるようです。
早くからピアニストとしての才能をみせていた彼女は16 才のときに右耳の聴覚を失い、
18才のときには家庭の問題から国籍をも喪失。
難民としてドイツに渡ることになったのが29才の時でした。
再起のため3年後にはオーストリアのウィーンに移住し、巨匠レナード・バーンスタインに認められ、彼の取り立てでコンサートを開くことに。
ピアニストとして再び花ひらくチャンスでした。
しかし、そのリサイタルの数日前、厳寒の地ウィーンで貧しい生活を余儀なくされていた彼女は、高熱のため倒れてしまいます。
医者にかかるお金もなく、ある朝に目覚めると、 左耳の聴覚までもがゼロになっていました。
「私という存在が、この世に生まれてきたこと自体がすでに“奇跡”なんじゃないかしら」
左耳の聴覚が40%だけ回復し、精力的に演奏活動を続けるフジ子さんは、言います。
今はコザルと向き合うことが日々のほとんど全てを占めているので、妻にとってコザルの存在は、やっぱり奇跡です。
体外受精という高度不妊治療で得られた命だとしても、その思いに変わりはありません。
妻の父は、妻がまだ「赤ちゃん」と呼ばれるくらい幼かった頃、家を出て行きました。
20代そこそこの、これまた幼かった母は、当時は今より人々の視線もずっと保守的だった中、たゆまぬ努力で妻を育て上げてくれました。
両親が当たり前のように揃っている家庭のお茶の間。
友人宅でそれを垣間見ることがあると、何とも眩しく感じられました。
うらやましいのとは違う、寂しいのとも違う、ただまばゆいばかりに輝いて映ったのです。
一人っ子=わがまま、というステレオ的な見方もあります。
一人っ子である妻。
自己評価では、そこそこにわがままで、そこそこに寛大である、と思っています。
子を得て、これから家族としての新しい生活が始まるという時、夫に去られた母にとってそうであったように、子であった妻に一人っ子であること以外の選択肢はありませんでした。
少年による事件があるたびに、一人っ子だからとテレビ番組でも言われていた時代です。
35歳以上は、高齢出産?
女性の体だって、個性のかたまりです。
一人一人の体年齢も違うはず、じゃないかな。
妻の職場では排卵していませんとドクターに告げられた女性が42歳で自然妊娠し、かわいい女の子のお母さんになっていますし、クリニックに通っている間、40代で不妊治療を頑張っている人たちをたくさん見かけました。
一人っ子=わがまま、という見方は、わがままであるとされた子に対してよりむしろ、そんな育て方をしたであろう親への非難のようにも感じられます。
そうであるとすれば、妻にというより、妻を一生懸命育ててくれた母に対する侮辱のようでもあり、心が波立つ思いです。
これは男性だけのもの、あなたはこういう人ですね、きみには無理。
そういった「線引き」に心を囚われず、柔らかな思いやりのある気持ちを大切に育てていってほしい。
妻は、コザルにそう願います。
フジ子さんの演奏が、そんな思いに後押しをしてくれたようです。
ありがとう。
強く、優しい人であるとはどういうことか、一生涯かけて自分のものにしていってください。