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前回の記事更新から2年近く経っています。コザルも2歳7ヶ月。一言で形容するのなら「やかましいオナゴ」として成長中です。記事として更新はしませんでしが、去年の秋、再び妊娠しました。順調にいけば、この夏にコザルの弟か妹が誕生する予定でした。ところが心拍を確認した後、9週目で稽留流産。たった2センチの命でした。全身麻酔による手術で小さな命を空に帰し、目の前にいるコザルとすごす時間で気持ちを紛らわせながらも、ともすれば涙がこぼれているといった日々。あの冬から半年、また妊娠することができました。コザルの時よりはるかに強いつわりに驚きながら、あと数日で2nd Trimesterと呼ばれる妊娠中期に入ります。予定日は2月の末ですが、二卵性の双子で予定日より数週間早く出産することになるかと思います。妊娠が確定する前から、小さな命の灯火とその数を予測していたコザル。大人には見えない何かが、彼女たちのようなチビには見えるのですね。前回のこともあり、ここに来るまではこの妊娠のことをずっと秘してきました。ようやくここまで到達できた。そんな思いで、元気な双子たちの到来のニュースをお伝えできたらと思います。
August 27, 2008

かなりいい加減な気まぐれ不定期更新です。コザルが生後8ヶ月を迎えました。8ヶ月前の今頃は、陣痛で苦しかったなぁなんて思い返してみたりして、あの時は冬の最中で、もうあっという間にオレンジ色の秋。街のあちこちにハロウィンの飾りやかぼちゃ、来年のカレンダーまで並び始めているのを見ると、冬に出産し、春、夏、そしてとうとう秋になったのだなぁと実感しています。思いがけなく長引いた陣痛と緊急帝王切開での出産でしたが、数時間いきみも頑張ったし(オットも一緒にいきんでたよ)、およそ出産で体験できる全てのことを経験できて幸せだったなぁってしみじみ感謝したいような気持ちになっているのだから、妻も相当おめでたいですね。このところ検診がないので定かではないけれど、きっと相変わらずヘザー級のコザル。妻を「ままま~」(そしてなぜか時々「ばばば」とも...)、オットには何となく「ぱあぱ」とか「ぱぱぱぱ」と言うようになっていますが、それらの言葉の意味付けはできていないと思います。何となく、というフィーリングで言っているくらいでしょうな。妻もようやく2週間前から職場復帰しています。復帰前はあれほど懸念していたのに、いざ始動したら思いのほか滑り出しは快調です。コザルは義母ざうるす様宅で、泣きもせずによく食べよく遊び、まるで親要らずの様相にオットも妻も嬉しいような複雑な苦笑いです。妻の方は、仕事をしていることが無条件に楽しくて仕方がありません。状況が許せば、もっともっと仕事をしていたいくらいです。8ヶ月半もの間、パートの妻に産休を認めてくれた職場に感謝しています。コザルの離乳食も、出だしはどうなることかと思いましたが、現在のところうまくいっていると思います。ただしヤツはフリーズドライは絶対に食べない、レトルトのものも好きじゃない。例えば、レトルトを手作りのご飯に3割程度混ぜ込んでも即座に察知して、食が進まなくなり、妻はまるで小うるさい姑を2人持ったような気分でせっせと離乳食作りに励んでいます。長女・飼い猫は相変わらず、妻命。オットはもちろんコザルも眼中になく、でもやかましい妹分として、仕方なくその存在を認めているようです。オットは、今年末まで毎週水曜日だけ育児の日と決め有給を取り在宅しています。週の真ん中はムスメとべったりの一日を楽しんでください。オット、長女・飼い猫、コザル、そして妻のこの頃はこんなところです。なぜかコザル専用玩具よりリモコンのような実用物が好きなコザル、酔っ払いのハンターのごとき姿態です。コザルの初めての誕生日まで3分の2が過ぎました。あと4ヶ月したら、どんな表情を見せているのだろうなぁ。
September 21, 2006

更新を無期限停止にしてからも、覗いてくださっている方々がいるようです。長女の飼い猫、次女コザル、オットに妻、みんな元気にしています。コザルはあと2週間ほどで生後6ヶ月になります。コザルのことを気にしてくださっている方々、ありがとうございます。少しずつ削除していくことを考えていたのですが、治療記録を見てくださっている方もおられるので、フリーページや過去の日記等、今残しているものはやはりそのままにしておくことにしました。もしかしたら、またこうして気まぐれに更新することがあるかもしれません。気にかけてくださっている方々に、感謝をこめて。
July 9, 2006

すっかり春らしくなってきました。裏庭から見える木の芽の緑が日に日にその濃さを増しているようです。オット、飼い猫、コザル、そして妻。みんな元気にやっています。コザルも眠れる猿期から表情ある活発猿期へと移行し、育児がやや楽になると同時に楽しくなってきたような気がします。でも、言葉が出るまではお猿さんです。このブログは削除せずに残しておきたいと思います。もしかしたら、いつか何かご報告したいことが出てくるかもしれません。その時は、またこのブログに書き込もう。またお会いするその日まで。生後88日目のコザルです。
April 20, 2006

思うところがあって、ブログの引っ越しをしようかと思っています。妻のブログはかなり独りよがりな性質を持ち、自己満足+自分のための防備録的な意味合いが非常に強いものです。そんな地味で閉鎖的なこのページにも、訪問者のリストを見ていると定期的に足を運んでくださっている方々がいるようで、何とも面はゆい妻です。勝手ばかりで申し訳ないのですが、今後は書き込みが一切できなくなります。移転先を知りたいと思う方は、どうか妻宛にその旨のメッセージをトップページ左下から送ってください。少しずつ引っ越しの準備を進めつつ、追ってご連絡いたします。去年の春、初めて挑戦した体外受精から始まったこのブログも、この冬にはコザルという命を出産するに至りました。採卵時には、あと3ヶ月で36歳という妻でも、初めての体外受精で妊娠・出産できました。妻の周囲には、40歳から高度治療を受けようという人たちがたくさんいますし、諦めかけていたところ42歳で自然妊娠し母親になった友人もいます。信じ、欲している気持ちがそこにある限り、自分が最も納得できる生き方・選択を、その岐路に立つたびに考えあぐね、悩みながらも進んでいけばいい。年齢は一つの目安であり、医師の一般的な考えであるかもしれませんが、一番大切なのはそれに囚われることなく、自分自身の気持ちと向き合うことだと思います。それについて、あなたのことを親身になって考えてくれているのではない人が何を言おうと、あなたの心が乱されたり、気持ちが左右されるものではないと妻は信じます。一応、きっと腕を組んでいる飼い猫。
April 14, 2006

「あ~」小さな声を上げながら、手近にあるものを掴みます。コザルの、“物”に対する興味がようやく出てきたようです。まず彼女が興味を持ったのが、妻のおっぱい。授乳を終えた後も、うんちかガスの通過途中でお腹が気持ち悪いのか、眠らずに少しぐずることがあります。そんな時、グータラ妻は何か楽な方法はないかとコザルの目の前におっぱいを出して、彼女の手を導いてみたのです。そもそものきっかけは、妻がコザルの添い寝をしていた時。コザルの視線が妻の胸元にぴったりとくっ付いていました。「おっぱい欲しいのかい、コザル」30分ほど前にあげたばかりだけどなー。よいこらしょとコザルを抱き上げ、乳首を含ませようとすると、違うんだよぉ、ばかぁと言わんばかりにぐずり出した。え~、違うの、コザル。まぁ、満腹だろうから違うだろうなと思いつつ、元の位置に戻したところ、また彼女の視線がおっぱいに。で、前述に戻り、コザルの手を自分の乳房に持ってきてみたら、途端にぐずりが止まり、その小さな手でおっぱいの探検が始まったのです。まだまだ上手には掴めません。手の動きも、きっと本人が思うようにはいっていないようです。でも面白いんです、見ていると。指で、手で、乳房の感触を確かめながら、乳首を一生懸命掴んで口へ入れようとする。でも、妻の乳首と彼女の口の間は、20センチほど離れています。それでも、乳首を掴めば自分の口に入れられると思っているらしい...その辺が何とも可笑しいんですね。単純よのう、コザル。外見はオット似だけど、そういう単細胞なところは妻に似ているね。「コザルのうんちが、また逆噴射したよ~」オットが悲鳴を上げました。たいていのことはしてくれるのに、なぜ~かコザルのうんち服を手揉み洗いしてくれないこの人。「このくらいの赤子のうんちは臭くないし、洗濯する前にすぐに揉み洗いすれば、よく落ちるんだよ」うんうん、と頷きながら、専用スプレーで済まそうとするオット。結局、妻が洗うことに。ちぇっ、何だよぉ。自分のうんちの方がよほど臭かろうに。うんちが怖くてカレーが食えるかっての。全く見当違いな方向に愚痴りながら、今日もコザルのお尻を拭く妻。決めました。明日の夕食は、カレーライスです、オット。
April 14, 2006

先日、ウェブサイトを通じて確定申告を済ませました。それが税務局で査定されるまでの進捗具合は、政府のホームページで検索できます。今回は、去年5月に行った体外受精の費用を計上申告しているので、それがどう控除されるか(オットと妻が計算したとおりになるか)が気になるところです。「払い戻しの評価額が出たよ~」ネット検索していたオットが妻のところへやって来ました。「僕たちが予想したのとピッタリの額だったよ」おぉ~。ということは、治療費分はおよそ25万円の払い戻しということになります。かかったものねぇ、体外受精に。前払いしている税金の余剰分が戻ってくるだけなのに、まとまったお金が戻ってくると思うと気分が大きくなる小市民です。友人に送ってもらった“うさぎ”が大好きなコザル。耳の部分をちゅぱちゅぱしています。いつもコザルのそばにいてくれる、“うさぎ”です。ありがとう。
April 13, 2006

コザルも昨日で生後80日となりました。早かったような、やっとと言うような...やっぱり、一朝一夕とは言えない時間の重みを感じます。以前からあったその予兆が少しずつ積み重なり、とうとうコザルの首がすわったようです。抱き上げる時、頭に手を添えなくても、もう大丈夫。両手を引っ張っても、ちゃんと頭がついてきます。こうして少しずつ自分の速度で成長していくんだね。嬉しいような、かすかに寂しいような、何とも言えない思いです。そして今日、ようやくコザルの出生証明書が届きました!「これで、コザル名義の預金口座を開設できるね」いただいたお祝い金などを全てそこへぶち込もうと以前から思っていた妻が呟くと「銀行は利率が低いから、もっとハイリターンのものを選びたい」とオット。どちらにせよ、彼女が大学に進学するなり成人するまでは引き落とせない種類のものになるかと思います。妻の預金通帳はお寒い限りだし、きっとコザルの方が金持ちだよ、妻より。先日、妻がネットで購入したコザルのミトン。早速使ってみたら、コイツはコザルには大きすぎたようです。今朝目が覚めてコザルを覗いてみたら、!!!こんな姿で眠っていました。わ~、もう、びっくりさせるなぁ。このミトンは、コザルの手がもう少し大きくなるまで使わない方が良さそうです。
April 13, 2006

楽天仲間のayudesさんが、4月12日にかわいい女の子を出産されました~!妻はもう前日からそわそわ、ドキドキ。友人の真理さんの出産の時同様、もう自分のことのように落ち着きませんでした。そしてやっぱり、涙、涙になってしまうんです。ayudesさんも真理さんも、治療を頑張っている時から励ましあってきた仲間。あの時やり取りしていたメールなどをつらつらと読み返していたら、今日という日が来たことの意味の大きさを改めて実感して、また涙です。ayuちゃん、本当におめでとう!そして、ハンサムな男の子のお母さんとお仕事を両立して頑張っている真理さんも素敵です。さて、コザル。授乳を終えた妻が、コザルを縦抱きにして背中をポンポンと叩きながら音痴な替え歌を聞かせていたところ...バビューン、ブリブリブリブリ...恐ろしい音がコザルの尻から漏れてきたかと思うと、ちょうどその辺りに置いていた妻の手に温もりを感じた瞬間...♪おお牧場はみどり 草の海 風が吹く おお牧場はみどり よく茂ったものだ(ホイ)♪なぜか、この歌が瞬時に脳裏をかすめた妻。♪雪が解けて 川となって 山を下り 谷を走る 野をよこぎり 畑をうるおし よびかけるよ わたしに♪いやいや、コザルのお尻から発射されたパンプキンペーストミサイルは逆噴射し、川となって尻を遡り、背中を走り、妻の手をうるおしてくれました。下着から身に付けていたもの全て全滅です。♪おお仕事は愉快 山のように 積み上げろ おお仕事は愉快 みな冬のためだ(ホイ)♪おぉ、まずはコザルの身包みはいて、身体を拭いて、お風呂にぶち込み、着替えをさせて、寝かしつけたらウンチ服をもみ洗い。おぉ、育児は愉快 みなコザルのためだ(トホっ)いやぁ、面目ないです。
April 12, 2006

妻は、こいつを所望します。<アイスクリーム・メイカーさま。>これで、おいしいシャーベットを作って食べたい。あ~、食べたい。妻の誕生日に、と言わず母の日でも確定申告の払い戻し分の小切手を受け取った日でもぜひお願いしますな~。さて、いつ、どう切り出したら成功するだろうか。
April 11, 2006

「5月に赤ちゃんを見に行ってもいい?」職場の同僚から電話がかかってきました。彼女と数人の同僚たちは以前から行くからね~!と言っていたのです。いいですよ~、おいでませ。春休み明けの気忙しい時期をやり過ごし、ようやく落ち着いてきたと電話口の同僚の声もホッとしたものがあります。数種類のフォーミュラ(調整乳)を試してみてもコザルが全く受けつけないことを話したところ、それはもしかしたら哺乳びんの吸い口を替えたら大丈夫かもしれない、などいろいろなアドバイスをしてもらいました。彼女自身は5歳児の母親で、自分の子供がコザルくらいだった時のことを思い出し懐かしかったようで、妻も、出産以前の世界、外の息吹を感じられる彼女との会話を大いに楽しみました。「どうしてわかったの?」妻に自分のワイシャツをアイロンさせるのが忍びないと、オットは最近それらを洗濯物入れには出さず、自分のクローゼットの隅に丸めるようになりました。コザルの世話をしながらアイロンがけは大変だろう、と彼なりに気をつかっているらしい。それなら、服装に関する社則はなくなったのだから、アイロンがけのいらない恰好をして出勤すればいいのに、と妻。いやいや、支社の上の人たちと気の張る会議があったり、外の人と会ったりする時はやっぱり、とオット。たまったシャツを週末になるとまとめてアイロンがけしているオットを見ていると「1枚1ドルで引き受けるけど、どう?」と、妻、ニヤリ。まとめてするより、毎日1枚ずつ片付けた方が楽だろう、と、オットが隠したシャツを引っ張り出して洗濯機に投入する妻。そんなことで感謝されるのも、何となくこそばゆく嬉しい。妻、単純です。するとオット、今度は魔窟のような自分のクローゼットの隅ではなく、中のあちこちに着用したシャツを隠すようになりました。オットが出勤する朝は、コザルの授乳時間の関係で妻が寝室から顔を出さなかったり、グーグー眠っていることもあり、帰宅したオットがクローゼットに直行して着替えてしまえば、彼が何を身に付けていたか、妻も分からず終いにできます。それでも必ず見つけ出しては、洗濯機に投入する妻。それで先のこれがオットの口から出てくるのです。「どーして分かったの?」「嗅いだから」妻、また、ニヤリ。「それにね、袖口や腰の辺りに微妙にシワが残っているんだよねぇ、キミ」古畑仁三郎のテーマソングが、妻の脳裏に流れ出します。なんて大げさなものじゃなくて、分かるでしょーに、たいてい。こうして、今日も妻はオットのクローゼットで鼻を利かせて探し出したワイシャツを洗濯機にぶち込むのでした。それにしても、オット。あなたのクローゼット、本当にブラックホールのようです。もう少し何とかしてください。あまりの魔窟ぶりに騒然...
April 11, 2006

「子供に恵まれない運勢です」ガーン...まだコザルを授かる前、ふと遊び心から自分の名前をネットで姓名判断にかけてみた妻。そしたら、こんな結果が...わー、焦りまくる気持ちと、不妊は名前のせいだったのか、と妙に納得する思いとが交差して、たかが占いじゃないか、いや、でも誰か否定して~!と心の中で叫ぶ思いでした。(やっぱり、無いなぁ)修学旅行などのお土産屋さんでよくある、名前のキーチェーン。あいうえお順に並んでいて、無いだろうなと思いつつ毎回自分の名前を探す妻。たまにテレビなどで見かけるし、そんなに非凡な名前じゃないはずなのに、一度も自分の名前のキーチェーンと巡り合ったことがありません。「ねぇ、この名前は誰がつけたの?」まだ小さかった頃、妻は母親にこう聞いたことがあります。それによると、妻の名前は当時バイオリズム等の運勢学に凝っていた父方の祖父がつけたものだとか。どーして、子供の命名にジジババがでしゃばるんだ。何たる時代錯誤と憤った妻ですが、「本当はこの名前にしたかったんだよね」と母が言う名前は、当時クラスか学年に数人はいそうなくらい平凡な、〇子というもの。(その名前の方がROMされていたら失礼に当たるので伏字にさせてください)「それなら、まだジジがつけてくれた今の名前の方がいい」ジジ権を行使して命名してくれた祖父に、手のひらを返したように感謝する妻でした。コザルの名前を考えていた時、こうした姓名判断等を全く参考にしませんでした。カナダ人であるオットにはこうした概念すらありませんし、妻自身も運命は自分で切り開くものだという確固とした思いがあるからです。誰にでも読めて、呼びやすく、一度で覚えてもらえる名前。これを基本にコザルの名前を選びました。その名前を一生涯自分の代名詞として使わなければならないのはコザルなのですから、本当は本人に決めてもらうのが一番妥当なような気もしないでもありません。最近それでも、ふと興味から、もう一度妻の名前を別の姓名判断サイトでかけてみました。「子宝に恵まれ難い名前です。」やっぱり...これを試した時には既にコザルが生まれていましたし、姓名判断を鵜呑みにする気持ちにはなれませんから、このジジのつけた名前のせいだったのかと思えばいいや、くらいなものです。じゃあ、コザルはどうだろう。「早くから、不動産か子宝に恵まれやすい」不動産は、今住んでいる家が何事もなければ自動的にコザルのものになるだろうから納得ですが、早くから子宝って、まさか十代で未婚の母とか..まさかなぁ。寝顔を覗き込んでいると、そんな将来のことなどまるで想像できないものですね。
April 10, 2006

...と声をかけたところ、「...」返事がない。おかしーな、と覗きに行ったら熟睡するコザルの横で、テレビのリモコンを握ったまま爆睡していました。月曜から金曜までフルタイムで働き、家でも仕事をしながら子守りや家事を引き受けてくれるオット、感謝しています。これで料理のレパートリーがもう少し広かったら、言うことないのだけどなー、なんて贅沢は申しません。これから先は長いのですから、適度に手を抜きながら、できるだけ楽しくやってきましょう~、ね。
April 9, 2006

ストン。優しく、すんなりと心の中に染み込む言葉や物事があります。理屈も説明もいらない、それはひどく感覚的な喜び。妻にとって、イングリット・フジ子・ヘミングさんの演奏がそうでした。彼女の奏でるラ・カンパネラ。リストを弾くために生まれてきた、と称されたほどのフジ子さんならでは、と素人耳の妻をも圧倒する表現力でした。パガニーニによる超絶技巧練習曲集から引用された、演奏時間4分半ほどのこの曲を全身全霊を傾けて演奏すると、かなり消耗するのではないかと思われます。フジ子さんの思いの丈の全てが音階を通じてストレートに心の中に飛び込んでくるようです。早くからピアニストとしての才能をみせていた彼女は16才のときに右耳の聴覚を失い、18才のときには家庭の問題から国籍をも喪失。難民としてドイツに渡ることになったのが29才の時でした。再起のため3年後にはオーストリアのウィーンに移住し、巨匠レナード・バーンスタインに認められ、彼の取り立てでコンサートを開くことに。ピアニストとして再び花ひらくチャンスでした。しかし、そのリサイタルの数日前、厳寒の地ウィーンで貧しい生活を余儀なくされていた彼女は、高熱のため倒れてしまいます。医者にかかるお金もなく、ある朝に目覚めると、左耳の聴覚までもがゼロになっていました。「私という存在が、この世に生まれてきたこと自体がすでに“奇跡”なんじゃないかしら」左耳の聴覚が40%だけ回復し、精力的に演奏活動を続けるフジ子さんは、言います。今はコザルと向き合うことが日々のほとんど全てを占めているので、妻にとってコザルの存在は、やっぱり奇跡です。体外受精という高度不妊治療で得られた命だとしても、その思いに変わりはありません。妻の父は、妻がまだ「赤ちゃん」と呼ばれるくらい幼かった頃、家を出て行きました。20代そこそこの、これまた幼かった母は、当時は今より人々の視線もずっと保守的だった中、たゆまぬ努力で妻を育て上げてくれました。両親が当たり前のように揃っている家庭のお茶の間。友人宅でそれを垣間見ることがあると、何とも眩しく感じられました。うらやましいのとは違う、寂しいのとも違う、ただまばゆいばかりに輝いて映ったのです。一人っ子=わがまま、というステレオ的な見方もあります。一人っ子である妻。自己評価では、そこそこにわがままで、そこそこに寛大である、と思っています。子を得て、これから家族としての新しい生活が始まるという時、夫に去られた母にとってそうであったように、子であった妻に一人っ子であること以外の選択肢はありませんでした。少年による事件があるたびに、一人っ子だからとテレビ番組でも言われていた時代です。35歳以上は、高齢出産?女性の体だって、個性のかたまりです。一人一人の体年齢も違うはず、じゃないかな。妻の職場では排卵していませんとドクターに告げられた女性が42歳で自然妊娠し、かわいい女の子のお母さんになっていますし、クリニックに通っている間、40代で不妊治療を頑張っている人たちをたくさん見かけました。一人っ子=わがまま、という見方は、わがままであるとされた子に対してよりむしろ、そんな育て方をしたであろう親への非難のようにも感じられます。そうであるとすれば、妻にというより、妻を一生懸命育ててくれた母に対する侮辱のようでもあり、心が波立つ思いです。これは男性だけのもの、あなたはこういう人ですね、きみには無理。そういった「線引き」に心を囚われず、柔らかな思いやりのある気持ちを大切に育てていってほしい。妻は、コザルにそう願います。フジ子さんの演奏が、そんな思いに後押しをしてくれたようです。ありがとう。強く、優しい人であるとはどういうことか、一生涯かけて自分のものにしていってください。
April 6, 2006

「ぎ~が~な~い~よぉ~」(効かないよ)「ね~む~い~よ~」ぐずるコザルを抱えたオットと妻。深夜2時。例のGripe Waterを早速試さなければならない場面がやってきてしまったのだが、結果はこんな具合でした。もう3時間ほどぐずったり、泣いたりするコザルを持て余した挙句のことです。でもなぁ、泣くコザルの気持ちもわかるなと思う妻です。だって、このGripe Water、吝嗇オットが選んだドラッグストアの自社ブランドもの(正規のブランドのものより安い)がたまたまそうなのか知りませんが、何とも臭いんです。アルコール成分は入っていないと謳ってあるけれど、そんな感じの匂いだよ、これ。大人だって飲みにくかろうと思われます。ぐずりも小康状態に入ったコザルに、この臭い水をスポイトで口の中へ注入します。何も心の準備もなかったコザル、晴天の霹靂という顔つきになり、火がついたように泣く、泣く。そりゃ、泣くよな。口直しじゃないけれど、妻のおっぱいを口に含ませたら素直にむしゃぶりついてきました。「本当におとなしい子ねぇ」先日、コザルの従兄にあたる義兄夫婦の長男Bの誕生日会で、集まった人たちがコザルを抱いては口々にこう言います。「育児もかなり楽なんじゃない?」んなはずないでしょーが。全く外面の良いコザルは、案の定、帰宅してから数時間は眠らずにぐずり出しました。面白いので、このぐずりをビデオ撮影してみた妻。すると、ぐずりにも3段階あることがわかりました。第1段階:「泣こうかな、泣いちゃうからね」 ステージ 誰かがそばにいてあやすとすぐに回復。 あ~んと泣く合間にそばにいる人の顔色をうかがっていたりする。第2段階:「爆発秒読み」 ステージ 第1段階で解決されなかったため、導火線に火がつきました。 泣き声がやや激しくなり、抱っこなどの早急な打開策が望まれます。第3段階:「ガラスが震える超音波音」 ステージ 他のことはみんな放り出して駆けつけなければならない段階。 演歌歌手顔負けのこぶしをきかせ、顔を真っ赤にして大声で泣きます。 育児のクライマックスです。 臭い水におすがりするしかないような気にさせられます。この3段階をそれぞれ撮影し、後日コザルに聞かせてみました。「キャハ、ヒャヒャヒャっ」もう手を叩かんばかりに大喜びです。「あーた、そんなに自分の泣き声が面白いかね」大人には理解しがたいものがあるようです。会話ができたら、楽しいのにね。
April 1, 2006

やられました。先日の日記に、コザルの中年顔写真を掲載したところ、早速眠れない夜をプレゼントしてくれました。前回に引き続き、コザル、落とし前はきっちりつけたいタイプのようです。小ヤギのユキちゃん妻が両方のおっぱいを搾り出すように飲んでいただいてもダメ~、オットが抱き上げてなだめてもダメ~。時々大あくびをしているし、眠たそうにしているのに、あっ、寝付いたかなと思った瞬間、目がパッチリ開いてしまうのだから、もどかしいったらないのです。あまり機嫌もうるわしくなく、足を空に蹴り上げるようにしてぐずります。オットも妻も万策尽きた深夜3時近く。「オット、これはもうあれしかないよ」「...」あの適度な振動がツボにはまるのか、コザルは車の中ではよく眠ります。というわけで、我が家で唯一運転免許を持っているオットさんの出番です。明らかに気が進まない様子のオット、しかし他に考えは浮かばないのだから、仕方がない。コザルをカーシートに入れるとジャケットをはおり、車の鍵を掴みました。玄関口での物音に、飼い猫が今時分どうしたの?と出てきます。いってらっしゃい。と送り出し、やれやれと寝床に戻ったのはいいけれど、何だか気になって目が冴えたままの妻でした。30分ほどで熟睡しているコザルを連れて戻ってきたオット。でかした、良くやった!万全を期して、そ~っとコザルを寝床に置いたら...パチッ!両目が勢い良く開き、オットのドライブは全く功を奏さない結果となったのでした。これに懲りたオット、仕事帰りにGripe Water(子供の腹痛止めシロップ。成分を見ると重炭酸ナトリウムとなっています。いわゆる重曹? )を買ってきました。彼の同僚キャシー曰く、散歩などに連れ出してお腹にいっぱい空気を溜め込むと、胃の中にたまった空気が苦しくて眠らないことがあるのだそーな。コザルが見せた、空中を蹴り上げるような動作からわかるんだって。そうなのかー。やや懐疑的な妻です。さて、そんなことを知らない妻、今日はコザルを連れて近場のスーパーに寄ってから、仕事帰りのオットを迎えに歩いて10分ほどの地下鉄駅まで行きました。今晩、私たち夫婦は眠れるのでしょうか...夜はぐっすり、昼間もほどよく眠ってほしい親心。
March 30, 2006

「出かける時に着せる服、帽子、着替え、と」妻は、前の晩から指差し確認して揃えておきました。これまではコザルを連れ出すのもオットの運転で目的地まで行くものだったのが、今回は妻が初めて散歩へ連れて行くことに決めたのです。そんなわけで今日は掃除・洗濯をささっと済ませ、コザルをお風呂に入れて少し寝かせてから決行することにしました。妻、ストローラーを使うのは、今日が初めてです。不器用な手つきでコザルを乗せて、えっちらおっちらと外へ出します。通りを歩き出して初めて気づいたのですが、こちらで買ったストローラー、やっぱり妻には手の位置が少し高いようです。やや緊張気味で押しながら、コザルの様子も気になります。目をパッチリ開いて興味深そうに景色を眺めている様子に、肩の力が抜けました。「コザル、あれがキミが将来通うことになる小学校だよ」自宅から歩いて10分弱のところにある小学校の校庭前でコザルにそう話しかけたところいつの間にやら、熟睡していやがりました。いやがりましたも何も、コザルはまだまだ眠るのも日課のうちだから仕方がないです、妻。「こんにちは」コザルを連れて歩いていると、よく知らない人から声をかけられます。「今、何ヶ月なの?」 これは必ず聞かれますね。「あら、生まれたての赤ちゃんよ」通りすがりの人がコザルを覗きこんでこう言った時は、(生後9週間なんです~)心の中で呟く妻です。スーパーでちょっとだけ買い物をして、コーヒーショップで休憩。あぁ、本当にいいお天気です。半袖の人もちらほらいて、春というより初夏を思わせる陽射しでした。でも日陰に入ると、まだまだ空気はひんやりしています。ネコヤナギやパンジー、ムスカリたちが店先に並び、やっぱり春なんだなぁって実感しました。コザルのためというより、妻の気晴らしのような散歩。さぁ、おうちのある通りに戻ってきたよ。スーパーに到着して辺りからパッチリ目を覚ましていたコザル。今日は「生まれて初めて」がたくさんだったね。また行こうね - でも、妻は準備やしたくに汗だくでした。これを日課のようにしているelmozoさん、すごい!やっぱり、若さだろうか。
March 29, 2006

さて。オットの変則休暇期間も明け、コザルと妻の二人っきり蜜月突入となりました。ありがたいことに、義母ざうるす様による夕食の援助はまだ続いているので、妻が食事の仕度をするのは週に数回です。(でもなー、義母さまの作るご飯、おいしいけど量が少ないんだよなー)ここだけの話です。先日、生理が始まったような気がする妻。「気がする」というのも、下腹のゴロゴロ感 → かなり少量の出血となって、それからピタリと止まってしまったからなのです。年も年だけに、このまま妻の生理は上がってしまうのか...!?それはともかくとして、出血を見た日中までは、あれほどビュンビュン出ていたシロ妻印の母乳、今日はこれまでの勢いに欠けるようです。生理が始まるとおっぱいの味が落ちると聞いたことがありますが、量も減ってしまうのでしょうか。あ~、困るなー。このまま血を見ないままになるのか、来月から生理も平常運行となるのか、様子を見てみたいと思います。ところで、出産直後におっぱいが出なくて、うんうん唸っていた妻が助産士から勧められたサプリメント。FenugreekとBlessed Thistleというものです。前者フェヌグリークはカレーの主原料で、あのカレーの香りの基になっている植物です。インドや中近東では、催乳作用を持っていると考えられているため、授乳期の女性が食べる習慣があります。最近、欧米などではバストを大きくする目的で健康食品として飲まれるケースが多くなっているとか。これらは、フェヌグリーク種皮に含まれるステロイドサポニンが女性ホルモンの前駆物質で、体内で女性ホルモンに変わり、バストを大きくしたり、母乳の出を良くしたりするためだと言われています。後者はオオアザミで、ヨーロッパでは古くから愛用されているメディカルハーブのひとつだそうです。肝炎や肝硬変、アルコール性肝障害などの肝機能を改善し、抗酸化作用、滋養強壮、解毒作用などにも効果があると言われているので、アルコールをよく飲む人には最適なサプリメントと言えるのですが、なぜ母乳に良いのかな。ワラにもすがる思いだった妻、早速オットを買いに走らせて試してみました。くっせ~。オオアザミの方はともかく、フェヌグリークはいかにも薬草、漢方って匂いです。あ~、妻ってば、『アルプスの少女ハイジ』に出てくる小ヤギのユキちゃんになった気分でした。話の中で、大人になったユキちゃんは、なかなか乳が出ません。このまま乳が出ないと売り飛ばすとユキちゃんの飼主が言うのを聞いたハイジとペーターは、乳の出る香りの良い草を一生懸命探しては食べさせたのでした。ずっと仕舞いこんでいたこのサプリを、また試さなければならないかな。といっても、ホルモンの働きに逆らうことはできるのだろうか。ま、今のところコザルもシロ妻印乳業の製品(=妻のおっぱい)で満足しているようなので、あまり考えないで様子を見てみます。「今日のはイマイチの味ね」またこんな写真を載せてしまった。コザルの逆襲があるか...も
March 29, 2006

あ~、そろそろかな。もうすぐかもしれない。ここ数日、下腹がどんよりしてきていたので、やっぱりなぁという感じでした。去年4月に妊娠前最後の生理になって以来ですから、およそ11ヶ月ぶりです。あ~、これで本当に妻の妊娠ライフは終わったなぁ。コザルを出産して、悪露をやり過ごしながら育児が始まって、もうとっくにお腹の中は空っぽになっていたのに。どうしてか実際に生理が始まる今日までは、妊娠中であった2ヶ月前までの時間と今の間を、気持ちの上で行ったり来たりしていたようです。これでようやく実感しました。寂しいような、すっきりしたような。1年前の今頃は、いよいよ体外受精へ向けて経口ピルをとり始めてから1週間も経っていなかった。出勤前の時間、不妊治療のクリニックへ急ぎ足で通う道すがら、もし子供に恵まれて、その子が女の子だったらこの名前にしようと思いついたのもこの時でした。実際に妊娠した頃には、そんなことはすっかり忘れてしまっていて、だいぶ経ってからトイレ掃除の最中に思い出すという情けなさでしたが、便器を磨きながら思い出した名前が、そのままコザルに付けられてしまったのですから、本人に聞かれた時どう答えようか。頭からお尻までが7センチちょいだった頃のコザル。後ろ向きです。懐かしい。
March 28, 2006
オットが妻のベッドを掃除すると、たいてい枕の下から文庫本を発掘することになります。寝しなに本を読まなければ眠りにつけない体質の妻の、これは物心ついた時以来の習慣です。ここのところ読み始めて、おぉ~!こいつは面白いと止まらなくなるのが『ほどよく長生き死ぬまで元気』高齢者。長期入院、介護、急死。といったどんよりしてしまうような筋にもかかわらず、独特のユーモアと文章運びでぐいぐい読める満足度の高い本です。コザルには、妻の大好きな『バムとケロ』のシリーズを妊娠中から用意しています。著者の島田ゆかさんは、オットや妻と同じ街に住んでおられるため親近感でいっぱいです。細部まで丁寧に描きこまれているので、手に取るたびに、隅から隅までじっくり眺めてしまう絵本です。そして、もう一つ大好きなのが、『よるくま』。かわいらしく、柔らかくてあったかい、コザルがお腹の中にいる時に出会った絵本です。パラパラ眺めるだけで満たされてしまうのは、『ターシャの庭』。世界一美しいお庭だと思います。妻の住む街から車で2時間ほど離れたところに暮らす知り合いがいます。彼の家は元牧場を改築したもの。大きい森の「ここら辺まで」が敷地なんだ~と言う彼の暮らしは、ターシャさんのそれとそっくり。彼が放し飼い、完全オーガニックで育てている鶏が産む卵は最高においしい。妻もいずれはこういう生活をしたいなぁって憧れるばかりです。妻は活字中毒、本の虫です。本から半日も離れることはできない..きっと。コザルにも本を読む楽しさを知ってほしいなー。
March 27, 2006

先日はもうコザルに振り回されました。夕方から深夜まで、機嫌が悪いは、ぐずるわ、泣くわ...いったん火がつくと、ものすごい声で泣くんです。演歌のこぶしがきいているというか、そんな泣き方すると喉が痛かろうに、と思うような具合です。おっぱいを与えるか、おしゃぶりをさせないと、すぐこーいう状態↓になって往生しました。これが、先日elmozoさんの日記で読んだ、コリックというやつか。普段は比較的扱いやすい赤子コザルの変貌ぶりに驚かされました。今日のコザル、主治医との初顔合わせ+予防接種の初体験です。本当なら先週受けるものだったのが、主治医が1週間休暇を取っていたため、今日になったのです。これは泣くな。大泣きするなー。オットと妻はドキドキ、ハラハラ。「2ヶ月目で行う予防接種の他に、ついでにB型肝炎も打とうか?」主治医の問いに、あ、お願いします、と二人。「それじゃ、注射3本だね」!!オットに衝撃が走り、看護士が注射の準備をしている段階で彼が半泣き状態。妻もコザルの太ももを出しながら、目がうるうる。何も知らないコザルだけ、あ~あ~、う~う~、あちこちを見回しながらしゃべっています。看護士がコザルの太ももをアルコール綿で消毒し、すぐさま1本目を刺しました。刹那、全く反応しなかったコザル、やっぱり火がついたように泣き出しました。看護士は2本目、3本目と次々に注射を済ませてくれたので、コザルの“あー”という泣き声も3本目で終了。注射が終わると、ピタっと泣き止みました。は~。そんなに緊張しているつもりはなかったのに、当たり前だけど無事に終わってくれて安堵のあまり脱力しました。オットなんて、コザルを連れて車に戻る時も涙ぐんでいたよ。それにしても、心配していた注射は安易だったのに、なぜ訳もなくあんなに大泣きするかな、コザル。うふふ。なぜでしょーね。*オットと妻の住む市の予防接種スケジュールです。日本語のものは、こちらが参考になるかと思います。
March 27, 2006

先日の妻のつぶやきに答えてくださった方々、本当にありがとうございます..!皆さん、兄弟姉妹がいらっしゃるのですね。妻は一人っ子です。幼い頃から周囲の友人たちの多くは兄弟や姉妹に囲まれていて、そんな中で垣間見える小さな衝突やいたわりを興味深く見ていました。小さいうちは特に家の中がにぎやかだろうなぁって、おやつは半分こするんだよね、などと思いながら。今回、皆さんのコメントを拝見しながら、兄弟姉妹のいる人たちの気持ちに触れることができて、とても嬉しかったです。オットと妻。大学進学の際、オットは初年度の費用を親に負担してもらい、2年から4年までは夏休みのアルバイトで全てまかないました。これはこちらでは特に珍しいことではなく、オットのようにアルバイトをしたり、学生ローンを組んだりといった人が多数なようです。結局、大学の4年間で自分の進路を見出せなかったため、大学院へ進学してITの仕事に就きました。妻はというと、専門学校在学中からアルバイトに精を出し、卒業式の翌日に香港へと飛び出しました。1週間というノービザで滞在できる当時の最長期間内で就職活動に乗り出し、当時はまだ日本人が希少価値だったためでしょう、人材派遣会社での仕事を獲得。若さですね、無謀というか怖いもの知らず。以来、数回の転職を経て通算8年半の香港生活を満喫しました。子育てにはお金がかかります。学校は公立に通わせて、大学はオットのように自分で稼いでもらうか、頑張って奨学金を取ってもらうかすれば何とかなるかな。高度治療の費用は何とか捻出できますが、もし次の子に恵まれた時に、コザルとその子が独り立ちするまでの費用がどれくらいになるのか、妻には見当もつきません。オットのように就職せずに学生生活を続けるかもしれないし、妻のように20歳でポンと海外へ飛び出したくなるかもしれない。それまで住宅ローンや生活費を払って、家族全員がそこそこ楽しい暮らしをして、かつ貯金もするとなると...やっぱりなぁ。コザルを一人っ子にすることに関して、妻は自分がそうであるためでしょうね、全く躊躇は感じません。一人っ子には、一人っ子の醍醐味があるのです。要は、妻自身の気持ちの問題。ずーっと後になって、やっぱりもう一人努力しておけばなぁ~って思うのは気持ちがどうにも落ち着かないだろうなぁって。たとえ、次回の高度治療に失敗しても、あぁ、やるだけやったって自分で納得できたらいいのです。おかしいかな、こんな気持ち。オットはコザル一人でいいと思っているようですし、これからしばらくコザルに専念しながら、自分の気持ちと向き合ってみたいと思います。なるように、なるさ。
March 26, 2006

先日の日記で、コザルが生後2ヶ月になりました~と書き、皆さんにコメントをしていただいたのに申し訳ないです...どうやら、妻は数え間違いをしていたようです。コザルは今日で生後62日目。ということは、今日で生後2ヶ月目になるのですね。だって、だって、妻が目安にしていたのは、これ。こいつってばコザルが生後59日目の日に、「今日で生後2ヶ月ですぜ」 と言うものだから...今日だって2ヶ月と3日になっているし。う~ん。「僕はコザル一人でいいな」オットは言います。実は、妻もまた子供はコザルだけでいいかな、という気持ちに傾きつつあります。コザルの絵本を定期購読したいな、あれもさせたいな、これもしてあげたいなと思うと、次の子供へ向けて、またお金のかかる高度治療に踏みきることにためらいがあります。凍結卵の存在。妻が、オットのように気持ちをはっきりできないのは、このためです。今回の体外受精で21個の卵子が取れ、そのうち17個が受精した。採卵から3日目でETを行った時の受精卵の分割度は9+。使用した受精卵のグレードははっきり聞かなかったけれど、ドクターに見せてもらった用紙によると、一番いいものを1として2と3だったかと思います。そのうちの一つが、コザルでした。妊娠後にもらった凍結卵のリストでは、11個がストックされているとなっています。17個受精して今回2個使ったから15個残っているはずですが、4個は状態が良くなかったのだと思われます。どちらにせよ、胚盤胞まで培養せずET当日の朝に凍結されてしまったので、移植したにしても、そこから育つかどうか未知数なのは、コザルの時と一緒です。もしコザルの弟か妹が欲しくなった時に使われる受精卵は、11分割、10分割、9分割のもの。この3つが1つのコンテナに収まっています。グレードはどれも2。これらの凍結卵のうち、もしかして、もしかしたら...コザルの時のように、また妻の中で命を吹き込んであげたいという気持ちも捨てきれません。物言わぬ小さな命たちが、この世に出たいよと言っているような気がしてしまって。一方で、コザル一人に思いきり手をかけてあげたいという思いもあって、ジレンマです。コザル、沈没1分前。
March 25, 2006

先日あんな写真を掲載したことに対する逆襲なのでしょうか。深夜1時近く。万策尽きた妻(注:両方のおっぱいを飲ませても、コザルの目がまだランランと輝き、眠りにつかない状態を言う。こういう時は、オットにバトンタッチする)がベッドでまどろんでいたら「わ~っ!」冷静沈着なオットが日頃にない狼狽ぶりなので、びっくりして飛び起きたら、コザルがやってくれていました。ミルクを大量に吐いて、自分の服はおろかオットのシャツもご臨終。「だから何だか機嫌が悪かったんだね」おっぱいを飲ませている間中、足をばたつかせてむずかっていたので、心配というより納得した妻でした。吐いた本人はすっきりしたのか、オットが着替えさせて抱っこしているうちに、夢の中へ吸い込まれていってくれました。やれやれ。グータラ妻を補佐してくれていたオットも、最近疲れが見えてきたような気がします。以前は掃除も毎日していたのだけど、ここのところは、いいよね、埃で死なないもんな、とばかり、週に数回に減りました。オットは愛するマッキントッシュと遊んだり、妻はダラダラ本を読んだりといった時間が、育児の合間のちょっとした休息です。そんなオットの週3日変則勤務も今週で終わりです。あと1週間あると思っていたのは、妻の勘違いでした...ガーン。まぁ、何とかなるよね。本当に大変になってくるのは、妻の復職後です。週に数日間でもコザルと長時間離れる日が来るかと思うと、今から寂しさでいっぱいになる妻です。
March 24, 2006

ど、どなたでしょう?!しかも、鼻の穴の中に何やら...う~ん。これって、あたちかしら。ちょっと、母親の目から見ても怖いよ、きみ。照れますな~。誰も褒めてないったら。こんな写真を掲載してしまって、将来コザルから恨まれそうです。ところで今さらなのですが、コザルには蒙古班がありませんでした。よ~くよく目を凝らしてみたら、何とな~~~く薄っすら見えるかな?という程度でした。漢民族(我が家ではオット)は蒙古班って無いのでしょうか。
March 23, 2006

オットと妻が、初めて映像としてその存在を認めた時、コザルはたった7ミリの小さな小さな命でした。生まれて初めて胎芽というはかない生命を目にした二人には、あまりに小さすぎてコザルがどこにいるのかもわからなかったほどです。コザル、そんなきみは、週を追うごとに大きくなっていって、夏には小さな小さなキックでその存在を感じさせてくれました。妻のお腹も冬に向かってどんどん大きくなって、きみとの一体感を楽しむ日々でした。エコー検査で元気な姿を見る日を、毎回指折り数えて待っていたんだよ。長丁場の陣痛、いきんでも、いきんでも、その長く暗い回廊を下って来なかったコザル。もう、どんなに頑張ってもきみを抱っこできないのかと疲れ果てていた妻は、妻と一緒になっていきんで暗然としていたオットは、だから帝王切開できみの元気な産声を聞いた時、涙が止め処もなく流れて仕方がなかった。小さくて、頼りなくて、いつもミーミー泣いていた、コザル。大きくなったね。2ヶ月目の誕生日、おめでとう。妻の胸の上で遊ぶコザル。父と母は、あなたを幸せにしていますか。
March 22, 2006

商品棚に置かれているとも知らずに熟睡中のコザルです。
March 21, 2006

♪時計さんの大きな針はどこ~? 小さな針はどこ~?♪♪おやすみ、おやすみ、こざるぅ~♪♪もう真夜中で 母も父も大あくびです~♪歌詞もメロディも滅茶苦茶な歌を即興でコザルに聞かせる妻。「今日のコザルは手がかからなかったね」これからはこんな調子かな。楽観的な妻と、「う~ん。今のところはね」懐疑的なオット。オット、あなたが大当たりでした!眠らないっ。どーしても、コザルが寝付かない。目がランランと輝いて、遊んでほしい、歌ってほしいって書いてあります。自分が絶望的にオンチなことを棚に上げてオットが鼻で笑う妻の即興歌。コザルにはなぜか受けが良いのです。その時の気持ちを歌にして聞かせると、手足をブンブン動かして満面の笑顔で大喜びになります。もっと歌え~。欠伸を噛みころす状態では想像力にも限界があり、既存の童謡を何だっけと思い出しながら歌います。それも時々かなり怪しかったりしますが、妻の間違いを指摘できる人は誰もいないのをいいことに、思い出せないところもいい加減な言葉を埋めて続けます。単純な歌ほど喜ばれる傾向があり、ぱいぱいの歌というバカバカしいものも大受けです。♪コザルの好きなぱいぱ~い♪ぱいぱいの部分で、コザルの頬や鼻にキスをすると、アンコールと言わんばかりの受けなので、妻もいよいよ調子に乗るのでした。「ほら、オットも歌ってコザルを喜ばせるのだ」芸のないオット、妻のオンチをせせら笑うくせに自分は歌おうとしないのは、実は妻よりさらにオンチだから。オンチ×大オンチで、コザルの音痴は確定です。音痴だからオモチロイの、って、えっ?!
March 19, 2006

「アメリカンフットボールだ...」先日17日に開かれた、コザルのお祝い。中国では生後1ヶ月に親戚を招いてレストランで盛大に出産祝いをします。赤ん坊の生存率が低かった頃の名残でしょうか。コザルはほぼ生後2ヶ月なのですが、2月はまだ寒いからと義母ざうるす様がこの日にしたのです。(ちなみに17日も、この時期にしては極寒でした...)「ほんとだ。フットボールみたいに、コザルが腕から腕へとパスされているね」オットが苦笑いしたように、彼と妻がコザルを連れてレストランに到着すると、コザルがまず義母ざうるす様にあっという間にさらわれて、その後は集まった親戚一同が順番に抱っこするのを待っている状態になりました。「おとなしいねぇ。女の子だからなのね」コザルだけじゃなく、たいていの赤ちゃんは抱っこされるのが大好きですよね。大好きだから、おとなしくしているだけだと思うのですが、4時間ほどに渡る会食の間中、ほとんどずっと誰かに抱っこされていて機嫌の良かったコザルに皆さん感心していました。(いえいえ、家ではいつもこんなじゃないんですよ、皆さん...)オットと妻は、心の中でこう繰り返すのでした。山海の珍味のフルコースで大きな円卓が4つ。費用は26万円ほどかかりました。いただいたお祝いがそれより少し多いくらいだったので、トントンです。義母ざうるす様曰く、だいたいいつもトントンになるそうです。おいしかったけれど、あ~、疲れました。尚、妻が一番心配だった授乳とおむつ交換は、宴会場につながる小部屋を一つ提供してもらい、そこで行いました。同じくらい気になっていた、妻が席を外している間に供されたご馳走は、容器に詰めてもらい持ち帰りました。ホッ。「未知との遭遇」 オットの甥(左側)と顔合わせをし、眉をひそめて凝視するコザル。実は2回目の対面なのだけど、1回目の時は熟睡していたコザルです。
March 19, 2006

とろけます。
March 17, 2006
昨日もオットの運転でふらふらと出かけたコザルと妻。コザルは車の中でぐっすり眠ります。あの適度な振動が効くのでしょうか。困ったことに、隣にいる妻もコックリときてしまう。もっと困ったことに、運転席にいるオットもコックリしてしまいそうになる。これは深刻に困ってしまうので、ヤツの口にキャンディを放り込み、窓を薄めに開けて臨時解決することにしました。今だから言えますが、コザル出産直後の妻のおっぱいは本当に困ったものでした。授乳しなければならないのに、出ないんです、肝心のおっぱいが。絞ってしぼって、ようやく出てきた雀の涙程度の初乳を、まだ本当にちっぽけだったコザルに吸わせました。妻も新米母親なら、コザルもこの世に出て来立ての新米赤子。おっぱいの出ない乳房にコザルの小さな口を持っていき、固定させ吸わせるという一見当たり前のことが、どれほど難しかったか...日曜日に帝王切開で出産し、水曜日に退院するまでの間に、産科にいる看護士が総動員したかのように代わる代わる妻の部屋を訪れ、授乳指導をしてくれます。「次の授乳時間になったら私を呼んで、私の目の前でしてみてください」手取り足取りの指導の後で、必ずこう言われます。助産士も、しかり。妻の乳首をうまく吸えずに泣き叫ぶコザルを持て余し、点滴やら酸素吸入やらの管と術後の傷でうまく動けないことも加わり、次第に授乳行為そのものが妻の大きな心的負担になってしまいました。(もう疲れた! 出ないものは出ないんだよ~。絶対に母乳じゃなくちゃ、いけないの? Formula(粉や液体の調合乳)でもいいじゃない)みんなとても根気強く教えてくれるのに、心の中でこう思う妻がいたのです。(あ~、どうして他のお母さんたちが普通にできることが、妻にはできないのだろう)こう嘆く気持ちも強かったし、実際、とても落ち込みました。それでも、妻のベッドのすぐ隣には、何らかの栄養を必要とする生後間もないコザルが待っています。妻の様子を見かねた看護士の一人が液体の調合乳を持ってきてくれましたが、何回も使わないうちに別の看護士に取り上げられてしまった。さあ、困った。泣き叫ぶコザルを抱えて何回でも授乳を試み、コザルと妻自身の息を合わせようとする。諦めない。授乳を終えた後は、搾乳機を使って乳房を刺激しホルモンの分泌を促す。諦めない。マッサージをしながら、このおっぱいも出るぞと自分に言い聞かせる。絶対に諦めない。この繰り返しでした。コザルも赤子としての本能とプライドがあるのか、いや、腹が減ってとりあえず目の前の乳房しかないと観念したのか、妻のおっぱいもだんだん量を増し、ようやく落ち着いてくると、調整乳との併用もほとんどなくなりました。出産から4日間ほどかかったかと思います。「お母さんのおっぱいは赤ちゃんが生まれてから2ヶ月かかって完成するんです」日本の母から送られてきた育児のドキュメンタリー番組の中で、病院の先生がこう言っていました。「まだまだ開発中。発展途上中の乳房なの」同番組の中で、助産士さんがお母さんのおっぱいをマッサージしながら、こうも言っていたのです。そうなんだ...!何だか目から鱗。そして、とても納得できました。だってだって、妻のおっぱいはずっと右の方が左より出が良かったのに、コザルの授乳のたびに左を重点的に吸わせていたら、こちらも負けないくらいの勢いになったのですから。実は、妻も乳房になかなか慣れない赤子だったそうで、乳首を断固拒否。20代に入ったばかりの若い母親であった妻母は、母乳による授乳を断念したそうです。周囲の不断な指導がなかったら、妻もおそらくは同じ道を選んだかもしれません。実際、最近の調整乳はとてもよくできていて、どちらで育てても子供の成育に差異は見られないそうです。ただ、本当はよく出るおっぱいを持っていながら、自分は出ないんだと諦めてしまうのだったら、それはとても残念なことです。グータラで根気のない妻でもできました。あなたなら、もっとうまくできるはずです。おっぱいが出なくて悲しい思いをしているお母さんを励ましたいです。「はい、コザルさん、ごちそうさま」おっぱいを飲み終えたコザルを胸に抱えたまま、妻はベッドにゴロリと仰向けになります。コザルの温もり、小さな動きがそのままみんな、妻の体に染み渡っていきます。妊娠中にずっとお腹の中から感じていたコザルのひゃっくりが、今度はお腹の上から伝わってくるのも面白い。そのまま30分、1時間でも動かなかったりします。コザルはしばらくの間、重たそうな頭を持ち上げていたり、「く~」 「あ~」 と声をあげています。そして、そのうちすーっと眠りに落ちてしまうのです。コザルがお腹の中にいた時の柔らかい優しい感覚が、あの時と同じ、そっくりそのままよみがえってきました。
March 17, 2006

心から好きになった人と最初に会ったのも、その人と結婚したのも、木々が紅葉し落ち葉がカサカサと舞い落ちる季節、秋でした。遠距離恋愛をしていた頃は、ただただ一心に、相手の息づかいを感じられる近さでいられること、目を覚ました時に相手のおやすみを聞かなくてもいい同じ時間帯にいること、彼の瞳に映っているものを共有したいという思いでいっぱいでしたから、その願いが叶ってどんなに嬉しかったことか...一緒になって2ヶ月。晩秋のパリっとした空気も甘やかに感じられました。早く子供が欲しいなぁ。いつだってそう願っていた妻が、恐る恐る試した妊娠検査薬で初めて陽性反応を見たのもこの頃です。母になる。圧倒的な幸福感で見上げた夜空のことは、今も忘れられません。あんなに幸せだったのに、数週間でものすごい痛みと共に生理がやってきてしまいました。大きなため息と小さな涙。あの時の妻は知る由もありませんでしたが、今思えば、あれが妻のスタート地点だったのかもしれません。オットの姪と遊びながら、いつも思っていました。赤ちゃん、赤ちゃん。 私たちの赤ちゃん。来てくれるかな。 来てほしいな。あの陽性反応が、妻の人生で最初で最後のものかもしれないな。数えきれないくらい、そう思いました。治療を続けてさえいれば、いつか必ず努力が実る。そう確信するほど妻の心はいつも強かったわけではありません。今信じていることをやらなければ、いつかきっと後悔するだろう。その思いが妻の心の杖となって、少しずつ前に進んできました。あの時の妻のように願っている人、努力している人、涙がこぼれてしまった人たち全てのもとに、赤ちゃんがやって来ますように。そして、今。「気が済んだかい、若いの」おむつ替え中の20秒間に、新しい紙おむつを2枚も取り替える羽目になった妻、思わずコザルに問いかけました。不妊治療を経験したこと、30代の半ばで母になったこと。どれも妻には意義深いことなのかもしれません。うん、そうだよね、コザル。オットの姪と、心の中でいつも願っていた頃の妻。
March 15, 2006

育児は、睡眠が勝負だ...!これは、中学生になるまで夜9時就寝の習慣が抜けなかった妻の座右の銘です。なんて大そうなものじゃないのだけど、やっぱりそう思うのです。試験だったら、受験日というゴールがある。だけど育児は、今日も明日も明後日も、来週も来月もずっと続いていくものなんだよね。コザルが起きている時は、できるだけ笑顔で接していたいものだ...これといって特別なことは何もできない妻だけど、そう思います。だものだから、無理はしないで時間ができたら何よりまず体を休める、体や心が求めることをしていきます...ね、オット!「2歳の時の背丈を2倍すると、その人の最終的な身長と合致するそうだよ」オットがまた根拠のないことを、無責任な友人から聞きかじってきたようです。ほんまかいな...「2歳といっても、2歳の誕生日なのか、2歳半の時なのかで違ってくるよね。2歳のいつの背丈のことなの?」「...」詰めの甘いオットと突っ込みの激しい妻らしい、いつもの会話なのでした。義母ざうるす様がデパートでコザルのために洋服を買ってきてくれました。ピンクの上着とズボンでかわいいことにはかわいいのですが...「もっと厚着をさせないとダメじゃない。コザルが風邪を引くでしょうに」コザルを見せるたびにこう言う義母の選んだ服にしては、ちと薄いような...「金曜日のお祝いに、これを着せておいでということだろか」深読みする妻じゃなくても、そう思いますよね。「別にそういうことじゃないと思うよ~」極楽とんぼのオットは、相変わらず何も考えていません。一度洗ったそれを、試しにコザルに着せてみました。上着がちょっとキツイです、義母さま。加えて、コザルは普段ラップドレスやラップクラッチのようなゆったりしたものばかり身につけているので、手足の動きが思うように取れないのか、何となく窮屈そうにしています。さて、どうしよう。「当日は義母の気持ちを汲んでこの恰好をさせておいて、コザルがむずがった時のために着替えも持っていこうか」「うん、それがいいよ」何でもいいよ、とも聞こえる口調でのんびりとオットが答えるのでした。首のくびれに溜まったおっぱいよだれが垢になると、非常にひじょ~に臭いのです。
March 15, 2006

「久しぶりに夕食を二人で最後まで楽しめたね」食後の後片付けをしながらオットが言いました。お~、そう言われてみれば、そのとおりです。ホンギャ~、ホンギャ~!コザルが生まれてからの食事は、彼女のいる部屋のコーヒーテーブルでとるようになりました。オットと妻がおしゃべりをしながら食べていると仲間外れにされたような気がするのか、食事時になるとコザルはぐずる出したり、真っ赤な顔で泣き始めます。「母はね、ご飯を食べないとおいしいおっぱいが出せないと思うんだよ」言い聞かせても無理だよね、もちろん。こいつ、泣けばいいと思っているな...ちぇ~、お腹が空いたなー。コザルに乳を含ませながら、お腹がグーグーの妻でした。ところが、今日はふと思いついて授乳用のクッションの上にコザルの頭を乗せて寝床に置いてみたのです。そうしたら、あっという間にコザルが眠りに引き込まれているではありませんか!オットと妻がすぐそばでご飯を食べていても、うとうと状態が続いていました。コイツはありがたい。しばらくこの手でいきたいと思います。(オットのやつ、おむつを替えたら眠りに戻れていいなー)夜中の授乳は、いつもおむつ替えとワンセットの我が家。コザルが目を覚ますと、モニターを持って2階で眠っているオットが下りてきて、おむつを交換します。そしてオットはようやく目を覚ました妻にコザルをパスすると、今度は妻が授乳をさせるのです。おっぱいを飲んでいるうちに、うつらうつらと目が閉じてくるコザル。それに油断をしてそ~っと寝床へ戻そうとすると、実はタヌキ寝入りだったんですとばかりにパチっと目を開けて、(泣くからね、抱っこしてくれないと泣いちゃうからね)と言わんばかりのぐずり顔になることもしばしば。コザルが大声で泣き始めるとベッドに戻ったオットが戻ってきてくれますが、静かに飲んでいる間は来てくれません。まぁ、授乳にオットがいても仕方がないけどね、うん。おっぱいを含ませながら、思わず妻もコックリきてしまったりして。勢い、オットが在宅している日は、妻は大手を振って朝寝坊をしてしまいます。今日は午前11時起床。途中1回だけ授乳をさせましたが、「何か食べる?」 と聞いてきたオットにもろくすっぽ返答せずに眠ってしまいました。目が覚めた時には、浴室の掃除と洗濯が全て終っていたよ~。乳房が張って張って目が覚めた妻が授乳をさせている間、オットは部屋の掃除もしておいてくれました。ありがたや~、オット...と感謝する反面、この人、生き急いでいるんじゃないかと心配になるグータラ妻なのでした。オットがこの変則勤務を続けるのも、今月末まで。その先どーする、妻?!ご飯中は起きるなよ~、眠っていておくれ~。
March 14, 2006

もっともっと外に出よう、連れ出そう~!主に妻のかけ声で、オットが在宅する日と週末は、コザルを連れて外出するようになってきました。春の兆しがそこここで見かけられるようになった気候の良さも手伝って、育児にも慣れてきた(よね?)妻は、コザルに日光浴、外気浴をさせたくなったのです。「わ~! たまらないねっ! このまま連れて帰っちゃいたいくらい」先日は、コザルを妻の職場へ連れて行ってみました。するとあっという間に先生たち取り囲まれて(妻の職場は学校です)、皆さんの恰好の玩具になっていたコザルです。「あ、連れて帰っていいですよ」喉もとまで出かかったよ、妻。あ~、一日でいいから飼い猫と朝までぐっすり眠りたい...と切実に願う反面、コザルの顔を半日でも見ないことがあったら、もう狂おしいほど切なくなるだろうなぁとも思うのです。あの柔らかさと重量感、確かに妻を欲し必要とするあの小さな生き物は、妻の中で確実に大きな存在となっています。飼い猫も少しずつコザルのいる部屋へ入ってくるようになり、ここのところは飼い猫、コザル、妻が同じ部屋のそれぞれの場所で、丸くなったり大の字になって眠っている、という様子をオットが笑いを堪えながら見守ることも増えてきました。飼い猫にとってのコザルは、まだまだ未知なる異物。少しずつ近寄っていって、慣れていってくれたらいいかと思います。縦切りか、横切りか。帝王切開の切開方法です。日本から送ってもらった本に掲載されていたアンケートによると、帝王切開を経験した女性の85%が縦切りだったそうです。妻の場合は横切りでした。こちらでは横が一般的なのだろか。縦であろうが横であろうが、帝王切開を終えてみるまで知る由もなかった妻です。これは執刀医の方針(好み?)で決まるので、妊婦に決定権はないのだとか。縦の場合、傷跡が目立ちやすいという欠点はありますが、手術時間が短く、次のお産が帝王切開になっても処置しやすいというメリットがあり、横だとビキニもOKなほど傷が見え難く、痛みも軽い人が多いそうな。次回のお産でも帝王切開になった時は、手術でまず前回の傷部部を切り取り、その下の層を切っていくため、皮膚の傷跡は2回目の帝王切開後も1つしか残らないそう。それにしても、妻はホチキスで留めてあったからなぁ、傷跡。これも手術後に知って、もうびっくりしました。痛みが増したような気がしたものね、硬い針の手触りだけで。でも大丈夫です。週を追うごとに痛みは薄くなり、4週間も経てば切ったことなど忘れてしまうほど痛みがなくなってしまいます。実際に帝王切開の処置が始まってからは、それまで耐えた長丁場の陣痛は何だったの?というほどスピーディー。3時間に渡っていきんでいたため少し下がっていたコザルを、まずは執刀医がものすごい力で押して下腹部へ戻します。その時、既に妻には感覚がなかったのですが、退院帰宅してから押されていた跡が青タンになっていてびっくりしました。あっという間にコザルは取り上げられ、ホンギャ~という産声を聞きながら、お腹の中をさらってもらっていた記憶があります。「いやぁ、大変だったんだよ。長時間の陣痛、人工破水から帝王切開までフルコースだったんだから」なぜか同僚たち相手に威張る妻。ホ~と耳を傾けてくれていたのもつかの間、彼らの注目はあっという間にコザルにかっさらわれます。「こんなにうるさくしているのにおとなしく眠っているなんてすごいね~」すると、眠っていたコザルが時折微笑みを浮かべて見せたりして、ますます周囲の歓声が高まります。コザルに触りたい、抱っこしたい同僚たちは、妻を蚊帳の外に置いていつまでもいつまでもかしましいのでした。
March 12, 2006

「これが、あなたの妊娠記録コピーの全てよ。この子が大きくなったら見せてあげてね」助産士アメイが、そう言いながら手渡してくれました。コザルも生後6週間。助産士のところで健診を受けるのも、今日がいよいよ最後です。身長、体重、頭囲、心音や体の状態は全て順調、問題なしということで、次回からは主治医のところへ行くことになります。今回体外受精に挑戦し、ありがたいことに妊娠することができました。不思議な縁で助産士の存在を知り、今日まで心身ともにどれほど助けてもらったことか...どんなに些細なこと、男性には話しにくいなぁと思えるようなことでも気軽に質問でき、また必ず丁寧な回答で応えてくれました。何もかもが初めてだったオットと妻の、それらはどんなに心強い支えとなったことでしょう。「次の妊娠まで、2年間待ってね」アメイは、オットと妻が不妊治療でコザルを得たことをよく知っていますが、何年も不妊治療をしていた夫婦が最初の妊娠後で自然妊娠してきたケースを多々見ているそうで、しばらくは避妊をすることと念を押されました。陣痛の痛みも、もう記憶の彼方です。実際、不妊治療を始める前の妻は年に一度ほど、ものすごい生理痛で七転八倒したことが数回あったのですが、その時の方が陣痛より苦しかった。陣痛も痛かったけれど、これは意味のある痛みだと思えたから、ずっと耐えやすかったのです。もう一人、いつかもう一人欲しくなるかもしれないな...子供の頃の近所の遊び仲間。年子の姉妹で、お姉ちゃんは母親似、妹は父親そっくりでした。オットの兄と、オット。同じ両親から生まれたとは思えないほど、似ていません。コザルはオットそっくり。もし、それを望めるのなら、もう一人、今度はどんな子が生まれてくるか見てみたいような気もします。「私たちのために尽くしてくださったことを、心から感謝します」「あなたたちに会えて、とても嬉しかったのよ。陣痛から出産までのあなたのことを、どれほど誇りに思っているか、言葉では言い表せないくらいなのよ」健診を終え、アメイに感謝の気持ちを伝えたら、こんなに優しい言葉で抱きしめてくれました。妻ってば、何だか胸が熱くなって涙がこみ上げてきてしまった。全妊娠期間から出産、そして授乳で悪戦苦闘した最初の数日間のことが走馬灯のように妻の心を駆け巡りました。オット、そして妻自身。いくつかの要因が重なり、私たち夫婦には子供は無理なのではないかと思っていた時期もありました。出口の見えないトンネルの中で、苦しくて、悲しくて、悔しくて、この思いをどうしたらいいのか分からなくて持て余していた時間もたくさんありました。それが、ピンクのほおの女の子の父親、母親になることができたのですから、子供を欲している全てのカップルたちに応援のエールを送りたい気持ちです。もし、もう一度妊娠できたら、次は自然分娩に挑戦してみたい。アメイにそう伝えたところ、妊娠したら、またここに戻っていらっしゃい、そして一緒にその目標を叶えましょう、と笑顔で応えてくれました。初産で帝王切開出産をした人の8割が第2子を自然分娩しているのだそうです。今はまだ、コザルの世話で手いっぱい。今回はたまたま運良くコザルを授かりましたが、次からのことは誰にもわかりません。経済的なこともあるし、また妻の気持ちも変わるかも。時の自然な流れの中で、どうすることが最も自分の気持ちに沿っているのか見ていくことにしよう。
March 9, 2006

「飼い猫はね、オットと妻の長女なんだよ。お姉さんでエライのだから、もっと威張っていいんだよ」語弊はありますが、こんなふうに飼い猫に言い聞かせました。次女・コザルが生まれてから、妻と赤子がいる部屋には立ち入ってはいけないのでは...と、飼い猫は感じているようだったからです。以前はヒーター前のクッションを陣取っていたのに、今は鉢植えのテーブルに恰好の休憩所を見つけてしまったためか、このクッションも見限ってしまったかのよう。それでも妻が赤子の部屋から出てくると、ナ~、ナ~。まるで飼い猫が赤ちゃんに戻ったかのように甘えてきます。「ごめんね、コザルが泣いているから、すぐに戻らないといけないの」「ごめんね、コザルのおむつを取り換えたら遊ぼうね」「ごめんね、コザルが寝つくまで待っていてね」ごめんね、ごめんね... たくさんのごめんねばかりを飼い猫に押し付けています。ある晩、妻はこんな夢を見ました。飼い猫がいない。慌てて探しに行ったら、飼い猫は闇夜の中、颯爽とマントを身につけ、不正で富を得た人の家から盗んだ金貨を貧しい人の家にそっと配って歩いていました。「気持ちはわかるけれど盗みはやっぱり良くないし、何よりも心配だから一緒に帰ろうよ」そう言い聞かせ、妻は飼い猫を抱っこして家路を急ぎます。早く帰宅したいと焦るのだけど、たくさんの露店や人の波でなかなか前に進めません。そうしているうちに、腕の中の飼い猫がどんどん小さくなってしまって、帰宅した時には、妻の手のひらの中でなぜか小さな小さな灰褐色のネズミになってしまっていたのです。驚いて目が覚めました。熱い寝汗が、瞬く間に冷えていくのを感じます。コザルを起こさないよう、そっと部屋を抜け出して飼い猫を探します。まだ暗く寝静まった家の中、気配で目を覚ました飼い猫を見つけた時、どんなにか安堵したことでしょう。ごめんね、ごめんね、本当にごめんね...こんなにも大好きで、大切に思っているのに、それをなかなか伝えられなくて、ごめんなさい。さて、このところの飼い猫。やっぱりコザルの近くへは、なかなか寄ってきてくれません。たま~に前足だけコザルの寝床にかけて、クンクンと匂いを嗅ぐくらいです。コザルは眠っていようが、目が覚めていようが、そんな長女のことは気にもとめません。「もっともっと飼い猫との時間を大切にしよう」出産前からオットと約束していたことを、もっと心がけよう、気をつけようとオットと妻は思いました。例え、どちらかが疲れて少し横になりたい時だって、飼い猫を呼んで添い寝をする。それだっていいのです。飼い猫は自分の体面積のできる限りをすり寄せるようにしてくれるのですから。年齢の近い、または年子のお子さんがいるお宅では、どんなふうにしているのだろうかなぁ。家族同様の動物がいる人たちはどうでしょう。猫とはいえども飼い猫は我が家の大切な長女です。だから、コザルは私たちにとって、やっぱり次女なのです。親になりたて新米のオットと妻は、まだまだ葛藤と奮闘の日々が続くようです。彼女の我慢強さが、かえって切ない気持ちにさせます。
March 5, 2006

「次の月曜日から、生後6週目に入るんだよ」「え~、もっと経っているような気がするなぁ」久しぶりにショッピングモールへ出かけたオットと妻の車中での会話です。ほんと、ほんと。6週間よりずっと長い時間が、あれから経っているような気がします。コザル、ここのところ、目が覚めている時間が長くなってきました。良いような、悪いような...授乳から睡眠へと緩やかな優しい時間の流れを見せてくれる時はともかく、どーしてもこーしても眠ってくれないと...オットが抱き上げたり、妻が膝であやしたり、もうこうなると寝かしつけるというより寝ていただくとといったところです。起きている時間に顔を近づけて話しかけると、興味津々。稀にですが、妻の発した音声を真似て返してくれたりするとたまりません。こんな平和な光景は結構なのですが、そうじゃないとかけ布団を蹴る、蹴る、蹴りまくる!何回かけ直しても蹴るので、つい面白がって蹴った先から直してやっていたら案の定、終いには大泣きされました。授乳後などに妻が勝手にスキンシップと呼んでいるところの会話がてら、体を起こして抱っこすると、まだ据わっていない首をコマ送りのように自分の意志で動かしていて、それもまた面白いものです。アタシはこの姿勢はイヤなの!という気持ちがよく出ていて、言葉がなくてもそれなりに伝え合うことができるものだなと思います。かなり前のことになりますが、妻母がお年始回り用のあられセットをくれました。その中に、小さな小さな干支の飾りものが入っていたのです。もう豆粒みたいに小さくて、かわいかったので思わずオットに見せたところ「猫?」ハイ? と思わず聞き返してしまった妻です。今年の干支は戌なのだから、これは犬に決まっています。「でも猫に見えるよね」中国人としてのアイデンティティをとっくの昔に失ってしまったオットの、例えようではアホにも見えかねない素直な瞳を見ていたら、あぁ、妻にまでこれが猫に見えてきてしまいました...!と油断していたら、あっ!戌猫さま、危ないっ。コザルを連れてのささやかな外出。日光浴はコザルにいいらしいし、何よりも妻の恰好の気晴らしになりました。また連れて行って~、オット!
March 4, 2006

妻、次女コザルを出産するまでは、長女である飼い猫とべったりの日々でした。出産前の1ヶ月は産休で自宅にいたため、眠るのはもちろん、在宅中はほぼべったりくっついていたほどです。そんな飼い猫と妻の蜜月も、次女コザルの出現で激変!これまで独占していたオットと妻の愛情と気力のほぼ全てをコザルにかっさらわれたのですから。コザルを病院から連れて帰った日。何だ、この異物は?とばかり近づいてきた飼い猫、コザルの匂いをクンクンと熱心に嗅ぎ回ります。この小さくて、頼りなくて、あったかなものに、妻とオットが付きっきりになっている様子にどこか戸惑っている様子です。明らかに以前より構ってもらえなくなった飼い猫、それでも「異物」のそばにはなかなか近寄らず、遠まきに観察している時間がしばらく続きました。猫やペットと赤ちゃんについては、いろいろな考えがあるかと思います。義母ざうるす様なども、当初は猫を赤子に近づけるな~!とひとしきりウルサイいえ、声高に言い続けていましたが、オットと妻はあくまで飼い猫が長女、コザルが次女であるという考えに基づいて生活していきたいと思っていましたから、そのように接しています。猫も他の動物同様聡いですから、他の家族がしてほしくないなと思うこと、例えばコザルの上に乗っかる、などのことは決してしません。オットと妻も、できるだけ飼い猫にも育児に参加をしてもらおう、と勝手に決め込み、コザルのいる部屋へ飼い猫を頻繁に引っ張り込みます。最近では、この長女と次女だけを部屋に残しておいても全く心配ないほどにまでなりました。最近のコザル。彼女のおむつの半分以上はオットが替えてくれています。そんな親身な父親より、乳をくれる母親の方に軍配が上がるのか、オットが接している間中、妻の顔を目で追い求めています。パッチリ起きている間はほぼずっと、妻のことを探しているような状態になってきました。男親は切ないねぇ。1ヶ月過ぎても大変だ~、と書いたのはつい先日のことなのに、今日は何だか楽です。よく眠り、またおっぱいも気持ちよく飲んでくれています。それでも泣き声は相変わらず強烈なので、これから春になり窓を開ける季節になったら...泣き声で思い出しましたが、これまでの空泣きからこの1週間ほどで涙が少し出るようになってきました。また、指しゃぶりも始まっています。コザルの指や手のひらの匂いが油断をすると強烈なことになってきたのは、この指しゃぶりのせいだったようです。授乳はしてもミルク全般が苦手な妻は大変です。先日のバレンタインデーは、オットがコザルと妻のそれぞれに贈り物を用意してくれていました。生後1ヶ月の日には、義母ざうるす様がご馳走を整えて待っていてくれました。オットがよく動いてくれるので、妻は主に授乳、時々洗濯と調理をするくらいで、体重の減少も13キロでストップしてしまいましたとさ。(もうちょっと痩せたかったかな...)最近長女が気に入っている昼寝場所。太陽が燦々と注ぐので気持ちが良いのです。
February 25, 2006

振り返れば、コザル誕生からあっという間の一ヶ月でした。「一ヶ月経てば、楽になるわよ」先輩ママから言われていたのだけど...まだ、それほど楽じゃないっす。 あれ?コザルは相変わらず1日数時間は気が狂ったように乳を求めるしなー。だけど、それに対応するオットと妻が慣れてきたような気がします。あ~、またか、ハイハイってな具合でしょうか。楽なるって、育児そのものが楽になるという意味じゃなくて、そういうことだったのかな。オットはすっかりコザルに夢中で、父親というより母親と言えそうな細やかな愛情を見せています。妻の妊娠中は結構冷めていたのに、この人。出勤日の朝は、まず妻、そしてコザル、それからもちろん長女・飼い猫へ、と我が家の3人の女性陣にキスをしてから出かけていきます。なぜかコザルへのそれに、最も熱意と時間を費やしているように見えるのは、古女房のひがみでしょうか。出産後数日間は、どんなに頑張っても雀の涙程度しか出なかった妻の母乳。今は、たびたび搾乳機で絞らないと大変なくらいで、オットからは乳牛と呼ばれています。コザルに飲ませていると、もう片方の乳房が(ワシの方もよろしく頼む~)とばかり張ってくるので、途中でコクリと眠ってしまうコザルを起こしてでも飲ませたい思いです。この調子だと、妻の産休明け、仕事を再開する時が辛そうです。この1ヶ月間ちょっと、コザルの健診日の2日間以外、1回しか外出していません。その1回も、近所のスーパーへ買い物に行っただけです。1日中、それこそ24時間ずっとつきっきりなのに、コザルと数時間でも離れることを想像すると、何とも言えない喪失感を覚えます。それが半日も会えないことになるなんて...妻、本当に職場復帰できるのかな。先日、久しぶりに夢を見ました。何と、妻が自然妊娠をした夢です。それが出来たら、不妊治療はしていないよ。あり得ない~。あまりに突飛なので黙っていたら、オットが突然言いました。「おかしな夢を見たんだよね。僕らが暫定的に地下室の部屋に住んでいてね」「僕らって、オットと妻?」「うん、僕たち二人、コザルともう一人の僕らの赤ちゃんと」ほ~。夫婦揃って、現実離れした夢を見てしまうのは、育児に疲れてきたからだろうね。二人とも痩せたものねぇ。それにしても、妻はさほど痩せて見えないのはどうしてだろうね。今回の体外受精で出来た受精卵たち、せっかくなので凍結保存してもらっています。妊娠がわかった当初は、またいつか挑戦したいね、オットと話していました。今こうしてコザルの育児をしていて、その考えも変わってきました。コザル一人でいい。オットと妻が、今の生活スタイルを変えずにコザルを大学まで行かせるには、一人が精一杯かもしれません。それに何より自然妊娠は出来ないだろう二人ですから、もう一人となると、またお金がかかってしまいます。子育てには体力がいるしなー。オットも妻も、もう決して若いとは言えない年齢ですから。妊娠期間はとても楽しかったので、あれはもう一度経験してみたかったけれど、ね。オットにも妻にも似ていないコザルの足の指の長さ。不思議です。
February 24, 2006

119通受信。ものすごく久しぶりに自分のパソコンを起動し、メールボックスを開いたら、ものすごいことになっていました。ご無沙汰ばかりですみません。コザルと元気に暮らしています。オットは相変わらず週3日勤務を続けており、帰宅前に義母ざうるす様宅に立ち寄り、用意してもらった夕食のおかずをありがたくちょうだいしています。オット在宅の日は、気分転換も兼ねて妻が台所に立ちます。コザルとべったりの日々の中、時折笑みのようなもの(まだ本当の微笑みじゃないらしい)を見せたり、オットや妻が動くと目で追ったり、いろいろな音声の声を上げるようになってきて、それなりに少しずつ進化しているのだなぁと感じます。授乳をしていても、もうごちそうさま!という合図なのか、手のひらで乳首を押し返すなどするので、油断をするとヤツの手からはサワーミルクのような、何ともいえない匂いがしてきます。そんな木曜日の静かな一時。「母と伯母夫婦がこれからコザルを見に来たいって」11時半過ぎにかかってきた電話をオットが取っての第一声です。「何時頃見えるの?」「1時頃でいいかって言っているよ」この伯母夫婦からはお祝いもいただいているし、ムゲにはできん。おいでいただきましょう、ということで、慌ててコザルの授乳を済ませてお昼ご飯にしました。オットと慌ただしくかき込んでいたら、裏庭に見慣れた人影が...「母だ...」忙しく動かしていた箸の手を止め、オットが呟きました。時間よりだいぶ早く着いた義母ざうるす様ご一行は、まず彼女の先導で我が家の裏庭を、勝手知ったる息子宅よろしく案内していたのでした。それからにぎやかにドアのチャイムが鳴ったのが、12時半。まだご飯食べ終わっていないよ~。慌ててお茶の用意をし、果物を食べやすいように並べて、同時にお昼ご飯の後片付けをして、と慌ただしいっ。その間に義母ざうるすと伯母たちは、コザルを肴に歓談です。オットと妻がまだあたふたしている間に「これから、二人に家の中を見せるから」義母ざうるす様はそう言うと、伯母夫婦を連れて2階へと上がっていきました。わ~、育児の真っ只中で家の中はお世辞にもきれいに片付いているとは言えません。「ち、散らかっているので(どうか控えてほしい...とまでは言えなかったが察して欲しかった)」妻がそれとなくけん制しましたが、いいの、いいの、と家中を見て回っていました。「大丈夫よ、少し散らかっているだけよ」一通り見学を終えた伯母の一言でした。ハハハ...苦笑いですが、食べ物をどっさり持ってきてくれたのがありがたいです。訪問者は大歓迎しますが、何かしら食べるものを持ってきてくれないと我が家の玄関は開きませ~ん - by 妻両手を上げての万歳姿勢が熟睡のしるしです。
February 23, 2006

先日、ようやくコザルの出生届を日本領事館に提出しました。生後ほぼ一ヶ月後のことですから、随分のんびりしてしまいました。提出が誕生から3ヶ月以内であればいいこと、オットの勤務先が領事館の入っているビルの斜向かいであること(=いつでもすぐに行ける)から、つい伸び伸びになってしまっていたのです。これで、コザルは当面の間、日本国籍とカナダ国籍の二つを持つことになり、いずれどちらか一つを自分の意志で選択することになります。これからカナダで生きていくのですから、日本国籍は選ばないだろうなぁと思いつつ、さてどうなるでしょう。ところでうちのコザル、屁ばかりこきます。お腹が空いてきたらしい、少しずつ覚醒している様子は我が子ながら何とも言えない味わい深い表情を見せてくれるので、読んでいた本をパタと置いてじっくり眺めたくなります。小さな手足で思いきり伸びをしたり、ため息のような声を上げたりで微笑ましいのですが、その合間あいまに、ブビ、ブッ、スーと、屁のオンパレードです。ついついおかしくて、家政夫オット(妻が勝手に命名)と二人で笑いをこらえるのが大変です。はしたない話ついでに、コザルのうんちおむつを取り換えながら、もうパンプキンパイは食べられないなぁ、と思うことしきりです。結構ゆるめなのと回数が多いのとで、最初は下痢かと心配しましたが、母乳だとこのような便になるのだと助産士から聞いて安心しました。それにしても、おむつを交換したばかりで噴水のようなおしっこをされたり、気持ちよくうんちをされたりで、新品のおむつが秒殺される瞬間も幾度かありました。また、コザルの顔に妻のそれを近づけた瞬間、思いきりくしゃみをされてミルク臭い唾液を顔いっぱいに浴びたりするなど、油断も隙もあったものではありません。もう一つ、汚いのですが密かに気になっていたこと。出産でいきむ時、つい大きな方が出ちゃったりしませんでしたか。妻、妊娠時にいきみはうんちをする要領で、肛門に力を入れるといいと聞いていたのです。でも、そうしたら赤子じゃなくて大きな方が出てしまうのでは...抵抗感を覚えながらも、実際の場面でそうしてみると、今のいきみはとても良かった!と助産士やナースたちからほめられるのです。でもオットが妻の片足を支えているし、いくら結婚してから5回目の冬でお互い馴れ合いになっていても、大きい方をチビってしまったらやっぱり恥ずかしい。「すみませ~ん、もしかしたら大きい方が出ちゃうかもしれないです」いきみの最中でそう告白したところ、「いいの、いいの。出て当たり前なんだから!」助産士も看護士も口を揃えてそう言いますが...日本みたいに浣腸をしてほしかったなー、と思った妻です。何はともあれ、オットは料理以外の家事全般から買い物、そしてコザルの世話までくるくるとよく動き回っています。おかげでオットが在宅の日の妻は、ちょっぴり台所に立つ他は授乳のみに専念できて大助かりです。掃除などの家事は妻よりオットの方がずっと上手で、もし妻に甲斐性があったらオットに主夫をしてもらいたいものだと思います。オットは在宅でもいくらか仕事ができる分野の専門職なので、いずれはそういう方向になってもらいたいものです。日本の母が送ってくれました。これは、妻がおチビだった時に買ってもらったものです。団地サイズです。
February 22, 2006

午前2時から6時にかけての授乳は、映画やオリンピック中継を見ながらしている妻です。特にオリンピック中継はいいなぁ!この時間帯に起きているのは妻一人じゃないって当たり前のことが実感できて、何ともいいのです。コザルが生まれてから3週間経ちました。毎週日曜日は、生後〇週間おめでとう、とコザルに呼びかけています。相変わらずオット似の猿顔で、妻のDNAの存在は欠片も見当たりません。 一応、妻の赤子時代の写真を比べてみようと思われる方は、こちらへ。当初は警戒心が強かった長女・飼い猫も、最近は少しずつこの異物(=次女・コザル)の存在に慣れてきました。コザルのいる部屋に置いてあるヒーター。妻が授乳時に使おうかとその前にクッションを置いたところ、こんなふうになりました。 自己主張せずに何でも我慢、忍の一文字になってしまう長女ですから、こういうところを見せてくれるとオットと妻は非常に嬉しい。狭い部屋で、オット、コザル、長女・飼い猫と妻が集まっています。オットは3週間の育児休暇が今日で明けて、明日から出勤です。といっても今後6週間は月・水・金の週3日勤務になります。コザル、長女、妻の下男、またはドレイのようにくるくるとよく働いてくれているオット。晴れて勤務再開となってコザルから解放されたことに内心喝采をあげているのか、柔らかなふぇふぇと泣く存在を恋しく感じるのか...明日から週3日は一人になりますが、妻は頑張りますよ~。入院中も、帝王切開による出産当日こそはおむつの替えなどをナースの皆さんに手伝ってもらいましたが、翌日からは授乳からおむつ替えから一人でこなしていました。日中はオットがいてくれたけれど、夜間は長女のことが心配で帰宅してもらっていたため、本当に一人で奮闘していたのです。点滴や尿管、術後の痛みなどがありながらもこれだけできたのだから、今の状態はずっと楽なはず。そういえば、授乳がなかなかうまくいかなくて病院の方々の手を煩わせていた妻も、一つだけほめられたことがあります。それは、陣痛から出産まで全く悲鳴を上げたり唸ったりしなかったことです。36時間に渡る陣痛で、最後の6時間ほどはもう言葉にならないほどの痛みでした。腰に熱い針山をギュっと押し付けられているような感覚が、強い痛みと共にありました。それでも声を出さなかったのは、そうすると余計に体力を消耗するような気がしたから、ただそれだけなんですね。「とても勇敢だったって評判になっているわよ」それだけのことで、ナースの皆さんから口々にこう言ってもらえたのは、こちらの人が痛みを素直に訴えるからだと思います。我慢強いのが自慢にならないお国柄、でも陣痛はどうしようもないものなぁ。帝王切開のため手術室へと運ばれる妻は、どうしてこうなっちゃうんだろうとメソメソ涙が止まりませんでした。実は隣にいたオットも涙を流していたのですが、日頃些細なことで、あーだこーだ文句ばかり言っている妻の思いがけない強さを目の当たりにしてこみ上げてくるものを止められなかったのだと言います。思いがけないところでオットの尊敬を勝ち得ましたが、物忘れのひどいオットのことですから、きっともうその時の感激も薄れていることでしょう。さて、コザルが静かにしている間に掃除をしよう~。
February 12, 2006
オットと妻、赤子のコザル共々何とか頑張っております。妻の方は、出産2週間目で吐き気が消え、象の足のようだったむくみも治まり、足の血管が見えた時は嬉しかった...!ちなみに妻を苦しめたこれらの症状は、長時間に渡る陣痛促進剤+背骨からの痛み止めの投与、そして予定外の帝王切開によるものだと思われます。吐き気については、助産士カレンも首を傾げていたもので、非常にレアなものらしい。自然分娩の方はもちろん、始めから帝王切開を行う方にも現れない症状ですので、どうか心配しないでくださいね。「赤ちゃんのへその緒が妙な具合に絡まってしまって、横向きのまま動けなかった(下りてこられなかった)んだって」帝王切開の場面で医師から話を聞いていたオットが言いました。え~、妻は聞いていなかったよ、それ。コザル誕生の瞬間はもう感激の気持ちでいっぱいになり、彼女の産声ばかりに耳を澄まし、他の声は耳に入りませんでした。でもそんな理由だったのなら、やっぱり帝王切開にして良かったです。何はともあれ、無事に生まれてきてくれたのですから、もう何も言うことはありません。とにかく妻の食欲は幸か不幸かすっかり戻り、起きている間は真夜中だろうが明け方だろうが、何かつまんでしまっていますが、体重は13キロ減の状態です。育児・授乳はものすごいダイエットなのだな、と実感しています。当初はあれほど妻の乳首を嫌っていたコザル、最近はどうしたことか一転して乳首、母乳命へと変わってきました。ぐずってなかなか眠ってくれない時も乳首を含ませるとひとしきり飲み終えた後で、そのままコロリと眠ってくれます。口は乳首を含んだまま、小さな手は離れないものね!とばかりに乳房にしがみ付いています。オットには出来ない芸当です、エヘン!「うんちはパパがそばにいる時にしようね」密かにコザルに言い聞かせる妻。こればかりは、なかなか思い通りになりません。オットの育児休暇も終わりに近づいています。3週間の完全休暇が明けたら、しばらくは週3日の出勤にするそうです。育児休暇と言っても、職場からはしょっちゅう電話がかかってきているし、結局仕事をしている時間も多かったしで、育児・家事との両立は大変だったと思います。妻も体重を落としましたが、オットもかなり痩せました。赤子一人でこの状態ですから、双子、三つ子、それ以上の赤ちゃんを育てている人たちはすごいなぁって心から思います。自分たちの身がいかに細ろうと、我が子の成長(体重増加)を願うのが、この時期の子育てなのだろうなぁ。
February 8, 2006

最初の一週間は無我夢中でした。何もかもが初めてで、どうしたら良いのか考える余裕もなく、夜半過ぎから明け方までコザルがなかなか眠ってくれない時などは、もう育児は堪能した! お腹の中に戻したい~!幾度となく、こう思いました。入院中は点滴や尿管などで管理されていた妻の体調も、退院すると先日の日記に書いたような症状・反応がド~っと出てきたためか、なぜかコザルやその他諸々のものを取り出してもらったはずなのに、体重が妊娠前と全く変わらず...という状態でした。それがこの2週間近く、育児やら胃のむかつきやらで思うように食べられなかったためか、10キロ体重が落ちた妻です。こ、これだけはどうにか...と思っていた胃のむかつきは、数日前から完全に消えました。そのため、食欲は以前のゴキブリ妻並に戻りつつあるのですが、授乳をしているためか体重は少しずつ減りこそすれ増えません。コザルの食欲も上昇の一途を辿っており、腕や太ももがむちむちしてきました。比較的おとなしい赤子だと思うのですが、一度泣き始めると新手の恐竜のような超音波的硝子破壊的泣声をたてます。義母ザウルスさまがご飯を作っては訪ねてくれて、「この子はオット(=義母ザウルスさまの息子)にそっくりだ~!」と100万回は言い残して帰られます。燕の巣のスープを作って持ってきてくれるのですから、「そのとーりだ、全くそのとーりだ」と妻も同調いたします。魔の1週間を乗り越え、この頃ようやく少しだけ気持ちに余裕が出てきました。コザルも母の匂いがわかるのか、妻がそばにいる時は落ち着いた表情を見せてくれるような気がします。明日で生後2週間です。
February 4, 2006

下腹には切腹のような切り傷(ホッチキスで処置してあったんですよ~! 術後4日目で助産士に取ってもらいました)、子宮が収縮するにつれての胃のむかつき、帝王切開に踏み切る前に点滴で受けていた陣痛促進剤による足のむくみ...もう起き上がるのも一苦労な日々です。お腹の傷やむくみは受け入れられるものなのですが、胃のむかつきが妻を苦しめます。お粥をちょぴっと食べただけなのに、ビスケットを2枚つまんでも、胃が苦しくなるのです。これは出産後に見られるものなので気にしないこと、できるだけ良性のたんぱく質を少量ずつまんべんなく摂るよう、助産士から指導されています。22日に退院してから今日まで助産士は3回我が家を訪ねては、生まれたばかりのコザルと妻の様子を診てくれています。思いがけない出産の展開になった妻にとって、こうして自宅まで来てくれるのは本当にありがたいものです。次回は明後日、日曜日に来てくれるそうな。コザルは生後5日目。まだまだ、ふにゃふにゃ小さくて頼りない存在です。眠って、おっぱい飲んで、泣いて、うんちして、おしっこをする。これが彼女の毎日です。授乳を終えたばかりなのに、そ~っと寝かせようとしたら火が点いたように泣くので、おむつを開いてみたら、その瞬間ジョ~とおしっこ。うんちも、この小さな体でよくこれだけ出るね!と突っ込みたくなります。胃がむかついている時は、我が子ながらこみ上げてくるもの(あまり嬉しくない方の意味で)を抑えるのが大変です。出産後の数日は雀の涙程度しか出なかった乳も、ようやく母乳パッドが必要なほどたっぷり出るようになりました。どういうわけか、コザルは妻の乳に拒絶反応を示すことが多く「ほら、飲め、飲むんだ!」と2時間おきの格闘中は、妻も思わずコクリ、コックリと夢の中に誘い込まれがちです。コザルの吸引力で妻の乳首は早くも大きなダメージを受けており、この痛みに耐えるのも大変です。これで将来親に反抗でもしようものなら..と、今から取り越し苦労が過ぎる妻です。いつも交流をしている皆さん、はじめましての方々、コザルの誕生を祝ってくださってありがとうございます...!しばらくは皆さんのところへ伺えないかと思います。どうかお許しください。長時間の陣痛から思いがけない展開になるまで、難産の厄は今回妻が引き取ったと都合よく思っています。これから出産を迎える方々、安産間違いなしですので、どうかリラックスしてその日に臨んでくださいね。既に子育て中の方々、新生児のこの時期を乗り越えられたということがどれほどすごいことか、オットと妻は日々実感しています。母体が本調子じゃない時の子育ては特に大変です...格闘後のコザル。 眠っている時は、小さな玩具のようです。
January 27, 2006

長引く陣痛、リトル・イーがなかなか下りてこなくて心拍が時々微弱になる、妻は体力の限界をとっくに超えてしまう、などの事態があれから次々と発生!緊急帝王切開となり、1月22日午後1時17分にリトル・イーとようやく対面できました。推定よりずっと小さい2829グラム、50センチの女の子です。オットと妻の合作としか言いようのない赤子に、感激のあまり涙、涙でした。リトル・イーと妻は24日午後2時、元気に退院して帰宅したところです。陣痛と闘った晩から今日までリトル・イーとの蜜月(=ほとんど眠っていない)生活で、現在は授乳と格闘中。これも予想外に厳しそうだ~。皆さん、よろしくお願いします。
January 24, 2006
昨日から始まった陣痛。夕食は普通に食べ、夜食もペロリでした。日本の母からの電話にも、ごく普通に対応できました。午後11時近くまでは、この位の痛みならという程度でした。それが少しずつ強くなり、午前1時を回る頃には耐えられるけれど、熟睡はできないという状態に。それでは地下室で日本のビデオを観ていよう、と下りて行きました。午前2時にゆっくり40分ほどかけてシャワーを浴びます。これはとてもとても効果的でした!痛みがかなり緩和されて気持ちよかった。午前6時半前後になると、痛みがいよいよ強くなってきます。ただ、これもまだ耐えられる程度なんですね。なぜかと言うと、40秒から長くても1分で治まるものだから。そして、次の痛みまで体力回復を図れるのですから、人間の体ってうまくできていますね。午前7時過ぎ、まだ外は暗く雨の音だけが聞こえてきます。助産士のアメイのページャーに連絡をし、これまでの経過を伝えました。彼女の提案により、Gravol(鎮痛剤)を1錠服用。これにより痛みはさほど軽減されなかったのですが、陣痛と陣痛の間に仮眠をとることができました。また、この辺りからオットが陣痛の長さ、そして次の陣痛までの移行時間を記録し始めています。インターバルがおよそ6~7分で、陣痛そのものは40秒前後。この状態が午前10時半まで続き、アメイに第2の連絡をして自宅まで来てもらいました。この時点での子宮口の開き具合を確認してもらいたかったのです。午前11時過ぎに到着したアメイ。まず、リトル・イーの心拍を確認し、妻の体温、血圧、脈拍を測定した後、子宮口を診てくれました。それによると、子宮口3~4センチ大の開きで、とても柔らかくていい状態であること。彼女の指が、リトル・イーの頭部及び子宮膜に触れている状態で、分娩は今日になるだろうと言われました。もう少し開いた状態(7センチ程度)で病院へ向かいたいので、アメイはいったん帰宅。あと数時間してから、再度来てもらうことになりそうです。いつ生まれてくるのか、一体生まれてくる気があるのか、と散々やきもきさせられましたが、いよいよその時が近づいているようです。
January 21, 2006
明け方から始まり、昼間は一度止まったかに見えた痛み。それは一時休止だったようで、午後からまた再開し、夕食をとる頃にはその間隔が短くなってきました。下腹の痛み+大きな方(うんち)に行きたくなるような、直腸(肛門に近いところ)がぎゅ~っと押されているような感覚が同時にやってきます。昨日作ったパンは食べ尽くしてしまった。卵が切れている。夕食後でオットと近くのスーパーへ。その間にも、この痛みが15分間隔くらいでやってきます。少~~~しずつですが、痛みが強くなってきました。痛みの間はあまり動かず、立ち止まるなり、座るなりしてその終わりを待ちます。「大丈夫?」オットが心配そうに見ていますが、これくらいなら、まだまだ大丈夫。痛みが過ぎれば、普通の状態に戻るのです。「ん?」日本の母から送られてきた干し柿を口に咥えて、オットの方へと振り返ったら、呆れたよという顔で苦笑していました。この痛みは子宮の収縮だけではないので、前駆陣痛とは違うような気がするのですがどうだろう。今度こそおしるしらしいものを見たし、もしかしたら、週末から週明けにかけて分娩になるかもしれない、と思い始めています。あくまで希望的観測ですので、間違っていたらごめんなさい。
January 20, 2006

【2時から緊急会議があるので、Room 000へ集合のこと】とのメールが入り、渋い顔でオットが行ってみたら...そこには部署中の人たちと、日頃オットと交流のある他の部署の人たちが集まっていました。「おめでとう~!!」の掛け声や拍手と共に、クラッカーが鳴ります。テーブルの上には、大きな大きなケーキ。オットには内緒のベビーシャワーを会社の人たちが企画してくれていたのでした。その様子をやや興奮した声で伝えてくるオット。良かったね、よかった、よかった。ギフトカード、お祝いの品と共に、皆さんが寄せ書きしてくれたカードを帰宅したオットと丹念に読みました。カードの表の面はいっぱいで、裏側までメッセージが続いています。リトル・イーの名前は以前から決まっているので、カードの中でその名前で呼びかけてくれている方々も多々います。これまでいただいたお祝いの品々もさることながら、こういったカードはやっぱり格別に嬉しいものですね。「えっ、人事部長も寄せ書きしている!」「オット、もうすぐクビになるんじゃないの」やっぱりオットが持ち帰ってきたケーキの残りをパクつきながら話は尽きない思いでした。***********************************明け方から感じていた痛みは、ほぼなくなってしまいました。ヽ(´Д`)ノ今朝はオットがコーフンして、いそいそとデジカメのバッテリーを確認しているし、様子を見ていたいと1時間遅れて出勤したのに、人騒がせなことです、まったく。
January 20, 2006
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