konosoranosita

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2006.12.11
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カテゴリ: Short stores





わたしはマサシと二人、安いとんかつ屋で擦り切れそうに薄い、

ロースカツとは名ばかりの代物を、食べていたのは、深夜の1時を過ぎていたから、

昨夜ではないけど。



カウンターの人々はみんな不必要な顔をして、その定食を、ただ飲んだ後の流れで食べていた。

薄汚れてしわしわになってしまったトレンチコートを羽織ったまま、マサシは私の肩に

しなだれかかっていた。

お酒臭さを振りまいて、大きな欠伸をする。



彼はほとんどその定食に箸をつけないまま眠ってしまった。



と言っても、マサシは一向に目を覚まそうともしないで。

そのうち、わたしの肩からずり落ちて、彼の頭はわたしのヒザの上に移行していた。

そのまま席を立って、帰ってしまおうかと思った。

酔っ払いの世話なんて、わたしは大嫌いだから・・・。



今日マサシが酔ってしまったのは、彼女に振られたからだ。


簡単な言葉だと思う。

「他に好きな人ができたの」


何の遠慮もなく、何の感慨もなく、何のためらいも、何の罪の意識もないまま、

その紗江子というマサシがつきあていた人は、ただそれだけを口にすると、くるりと背を向けて、

会社の玄関前から足早に、待っている新しい彼の車に乗り込んで、行ってしまったのだった。


呆然と立ち尽くすマサシ。



そのうち泣き笑いになって、しゃがみ込んでしまったマサシを。

「情けないヤツ」と思いながらも、無視して通りすぎて行けなかったわたし。



「初めから無理があったのよ。それに彼女、勘違いしてたのよ。マサシのこと。

 あんなお嬢様みたいな人が、よくあなたを好きになったと思った。何かの間違いだと

 わたし思っていたわ」





とマサシはつぶやく。

「オレ、もう生きていけない」

って。

「アイツなしでは・・・やっていけない」



「ふ~ん、そんなに好きだったんだ、あの人のこと」

「ああ、好きだったよ。どうしようもないくらいに。オレの出来るだけの思いで好きだった。

わかるかよ、そんな気持ち、お前に」

「わかるけど、それにしても、随分お粗末な終わり方だったわね」



なんて、そんな嫌味でも言いたくなる。

マサシをちょっと傷つけたくなる。

見当違いな愛を。



マサシはお酒をがぶ飲みするから、

「止めなさいよそんな飲み方、良くないわ」

「いいだろう、どうせオレはバカ野郎だよ。こんな日に酔っ払わないで、いつ酔っ払うんだよ。

 なあ、そうだろう、素面でなんていられないよ、いられる訳がないだろう。1人で部屋に帰って

 泣けばいいのかよ。1人でしんみりしてろなんて、言うなよ、言わないでくれよ、な」




それからは、もう何も言わずにいた。

好きなだけ酔っ払えばいいと思った。

酔って歩けなくなったら、おまわりさんに言って、タクシーに詰め込んでもらおうと思ってた。


でも置いて帰れない。

このまま置いては。

何やってるんだろう、わたしって思う。

一体わたしって何だろうって思う。

マサシはさっきまでの憂いなんて、忘れたように、気持ち良さそうに、よだれをたらさんばかりに

眠っている。



薄い蛍光灯の明かり。

狭い店。

油で黒く汚れた壁。

店を閉めたがっている、店の主人。

一向に帰る気配のない、酔っ払いたち。

流れるニルソンの「Without you」という曲。

この店に不似合いな曲。

マサシが聴いたら、思い出して泣いてしまいそうな曲。

だから代わりにわたしが泣いてあげる。

マサシの分を。

そしてわたしの分も。






Without You


No I can't forget this evening
Or your face as you were leaving
But I guess that's just the way The story goes
You always smile but in your eyes Your sorrow shows
Yes it shows

No I can't forget tomorrow
When I think of all my sorrow
When I had you there But then I let you go
And now it's only fair That I should let you know
What you should know

I can't live If living is without you
I can't live I can't give anymore
I can't live If living is without you
I can't give I can't give anymore



Well I can't forget this evening
Or your face as you were leaving
But I guess that's just the way The story goes
You always smile but in your eyes Your sorrow shows
Yes it shows

I can't live If living is without you
I can't live I can't give any more
I can't live If living is without you
I can't give I can't give anymore






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Last updated  2006.12.11 22:34:28
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