いよいよ仕事の幕開けですね。今年は大阪からスタートを切ります。
今年初めのブログをいろいろと拝見すると、「変化」という言葉を使っている方がとても多い。何かそういう流れがきているのかもしれません。
今日は結構重い内容になるかもしれません。今年の仕事に向けて、ここで書いておきたいことがあります。
古い友人の中でお子さんが一人の場合、お子さんが親元を離れていき、また夫婦二人に戻った、という友人がぽつりぽつりと出始めました。
ことを成し遂げて、いよいよ円熟の人生をスタートされること、お喜び申し上げます。
折り返しを過ぎたところ。まだまだ若輩です。
今まで以上に「命を使って」いきたい。
日本はとても恵まれた素晴らしい国。
窮屈な面もいろいろあるけど、素晴らしく恵まれている国、日本。
でも、残念なことに毎年自ら命を絶ってしまう人が3万人以上もいる国。
新型インフルエンザが流行ったときに、たけしがTVで「もし、新型インフルエンザで3万人死んだらとんでもない大騒ぎになるのに、毎年3万人が自殺してもなぜとんでもない大騒ぎにならないんだろう」
グッと心に刺さってしまいました。
とてもとても重い話題。じゃあ、具体的にどうするんだ?と問われても即答できない。
私がその昔メンタルヘルスの分野に入ろうと思ったきっかけはまだ若くして亡くなっていったおふくろとの別れ。
「なぜ、このタイミングで召されなければならなかったのか?」
この答えを見つけたくて、哲学、心理学関係の本を読みあさりました。
退行催眠をかけてもらい、幼いころに戻り、まだ若いころのおふくろにあいました。
答えは、見つかりません。自分も召されたら直接本人に聴いてみます。それまで、答えは見つからないのかもしれません。
新年早々重い話題で恐縮です。
でも、なんだろう、なぜか書きたい。
私は、おそらく、スラムダンク桜木花道のような脳天気さも備えています。人生はゲームだと思っています。楽しめばいい。
いろいろチャレンジして、最後まで楽しんで 「おおっ今日こそ死ぬのにちょうどいい日だ」といって召される。それまで、なんとかして粘る。何かやってだめなら、また違うやり方で何度もチャレンジする。仮に道半ばで倒れたとしても、いいじゃないか。完遂できたらうれしい。
落ち込んだらなんとかそこで踏ん張って、嵐をやり過ごし、後になって振り返ると、なんとか乗り越えることができたんだな、と人生に味わいが増す。襞が増えたような感じ。
なぜ途中で全部まるごとゲームクリアしてしまうのか。自ら強制終了しちゃうのか。そこまで追いこまれ、苦しんでしまうのはなぜなのか???
この命題から目をそむけることができなくなってきました。今までもそうした意識はあったのですが、ここにきて、それが強くなってきました。
世の中に一人でも苦しみあえぐ人が減るようにならないものか、少しでも予防策への支援ができれば、と思っています。
自分自身を追いこんでいく「魔境」へ誘い口が 「自分を責める状態」にあると思います。
その状態が続くようならほったらかしにしないで、早目に手を打つ。追い込まれれば追い込まれるほど、袋小路にはまってしまい、抜け出せなくなる。
周りから見れば「逃げ」と思われてもいい。いったんは避難する。また、機会を待ってチャレンジすればいい。
その人がどこまでの状態で追い込まれているのかは、外から見ている分にはなかなか見わけがつかない。一番わかっているのは自分です。
進んでいくと突然「虚をつかれる」ような瞬間がある。一瞬でも油断していると、まさに、針の穴ほどのほころびをついてくるような打撃を受けることがある。
「なんで、ここで、こうくるのか??」
と全く理解できない瞬間。
その刹那にも
なんとか、踏ん張って、ファイティングポーズを下げない。
まとまりのない文章ですみません。
とにかく粘り強く発信し続けたい。
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よびりん♪ さんコメント新着