2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全7件 (7件中 1-7件目)
1
見事に風邪?をひいてか頭がくらくらしますかれこれ季節の変わり目のおかげで一週間ほど調子が悪く2回くらい学校休んでますね一度意識失いかけました。まぁそんなこんなで療養してます
2005.10.26
コメント(1)
といっても、異性とかへのではないですよ?以前犯罪者の罪についての話を聞いたときにです。内容はグロテスクすぎて言えないです。でも実話を聞かされました実話を聞いたとき、なんでかわからないけど、その犯罪者の心理、狂気が自分の中で簡単にシミュレートできるんです。ある意味でその犯罪者の心理がある程度理解できるような気がするんですよね。まるで自分の中にジキル博士とハイド氏のように・・・・・。善良(であろう)自分と、残酷な自分がいる。破壊衝動は自分を蝕んでゆく、自我がどんどん衝動に消されてゆく。それを私は自分のなかの道徳感情で消してゆく。人を殺したいと思うこともある(憎しみで)、でも踏みとどまる。人に暴言を吐きたくなっても、いけないから抑える。そして相手を許そうとする。やはり憎しみの心は消せなくて、ずっと心の中に渦巻き続けて、いつか爆発してしまいそうなきがする。性欲もいっしょ、あること自体が自分にとっては邪魔すぎて、雑念にしかならない。嫌うのは自我をけがされてる気がするから、だから自分はもう隔絶された世界と考えるようにしてる。普段の生活で出てくることをもう許そうとしてません。なぜかそうなんです、その反面その欲求に引かれるんですよ。物凄くアンヴィヴァレントなんです。まぁ、それに悩みつつ寝てきます
2005.10.22
コメント(2)
最近ある人に「お前さんやっぱつよいわ」といわれました自分では全くそうは思いません、むしろ脆くていつも潰れてしまいそうです。誰にも本音を全て相手の前でさらけ出したことなど全くないし。いつも本音を言ってるつもりでもうまくオブラートに包んでしまう。言わないのは怖いから、傷つけるのも傷つけられるのも嫌だから。といっても何も考えてないとき何気ない言葉を言っちゃうので、それもネック。やっぱり相手の言葉を考えてしまうし、他人の言葉がいつも気になる。相手のことにしてあげられることはしてやれるけどね。そんな感じです。真の強さとか、そんな理想自体が抱けない。
2005.10.16
コメント(1)
もうしんどいです。生活リズムが崩れてる時にテストになると周期が完全崩壊して勉強どころじゃ・・・・。しかも普段受験勉強で学校の授業なんてまじめには聞いてるけど実際寸前勉強なんてほとんどしてなかったし。数学が・・・・放置してたのが痛かった今日最終日、終わったら私はきっと倒れてますね。もう書き込んでるときも何するときも思考がとまってますよ。。。。早くおわれ てすとびびりなので単位だけはどうか落としませんように・・・(ふつうにやてりゃおちんて)
2005.10.13
コメント(1)
なってしまったのでゴメンナサイ、レスこっちでさせていただきます!>遺伝子はコピーをしていくうちに徐々に短くなって、一定回数を肥えると遺伝子としての役割が果たせなくなるそうで、これは『致死遺伝子』などと呼ばれているそうです。>新陳代謝が不能になれば自然と至に至るもので、臓器移植をしても『同じ時間』だけ生きていればやはり寿命を延すことにはならないのでしょうね。>平均余命が伸びているのはコピー可能回数が増えているのか、コピー回数が減っているのか、全く別の要因なのかはっきりしませんが、そのうち相当な長命になるんでしょうね。-----今話題のテロメアの話ですね。2つのコドン-3つの遺伝配列の組2つ-連続されているものです。現時点ではこれがDNAの複製回数を決定されてるといわれています。DNA複製の過程で末端は複製できないので複製するたびに短くなります。そのテロメアがある程度の長さまで短くなるとDNAの複製がストップされる。つまりDNAの複製を行うことができず、細胞分裂がストップします。それと老化の関係はまだわかってないけど注目されてるそうです。まぁ細胞分裂できなくなれば、そのうち細胞も老化していくし、代謝が低下すれば元気もなくなっていきますよね。クローンでもいろいろあるみたいです。恐らく上記のことが正しいのであれば、体細胞を使ってクローンをつくれば分裂回数の加減で短命なのかもしれません。ちなみにテロメアを伸ばす酵素『テロメラーゼ』というものが存在して、それは生殖腺とか一部の器官を除いては存在しないらしいです。まぁ、そうでないと子供がどんどん早死していくようになって人間とっくに絶滅してるでしょう^^;だからといって一定以上の長さになるというのも考えにくいですけどね。ただ幹細胞になった時にどうなるのか私には解りません。それもまだ完全に解明されてるわけではないのでどうなのかは解らないですけど。それと平均余命がどんどんあがっていっている要因は。公衆衛生の向上・医療技術の進歩・食生活の豊かさの向上などなどがあるとおもいます。つまり、昔なら死んでいた病気が治るし、かかる確率も格段に低くなったのであがっているんでしょうね。だから高齢化社会に発展していく。かえって薬剤耐性菌とか、いろんなものを作り出してしまってますし、食品添加物の健康への害のあるなしとか、いろいろとわかってない問題が浮上する可能性もあるので私はこれからまた平均寿命は下がっていくと思っています。話はそれましたが、恐らくコピー回数の増減と平均余命は違うところにあると考えてよいと思います。今のところですけど。これからの日本だと、ある程度人間の寿命が途切れる線が決まっているのなら、子供が少なくなると同時に、今人口の何割をも占めてるご老人が亡くなるとすれば人口の激減が起こるでしょうね・・・・それが起こるのに何年かかるのかはわかりませんが。そうなった時はぞっとします。日記の記述に間違った説明があったりしたときはゴメンナサイ。指摘してくれるとうれしいと思います。勉強不足ですみません。
2005.10.09
コメント(1)
今日は真面目に書いてみようとおもふ。前前からマスコミや医療関係者とかをにぎわせ、資料集や教科書に載るようになった胚性幹細胞。ES細胞のことですね。自分は専門的なことは知らない高校生だけど、NHK見てて吐きそうになった。それと胚性幹細胞の意味がやっとわかった。幹細胞って未分化な細胞のことなんですよね。これから特定の機能をもつものに分化できる細胞。しかも分化した細胞とちがって細胞分裂に限界がない。作成方法が・・・卵子の中の遺伝情報を目的の人間の遺伝情報にすりかえて成長させ、胚の状態の時に取り出してしまう。これって完全なクローン技術ですよね。確かに拒絶反応のない細胞移植ができるっていうのは・・正常な組織に再生することができるという利点も含んでいます。ただ、其のまま胚を取り出さないで成長させればクローン人間の出来上がり。なんか、そこまで行くといくらなんでもやり過ぎなきがする。そりゃ、人権問題もからんでくるし。元からヒトゲノム解析も何か気に食わないところはあったんだけど。確かに学問の1分野としての遺伝子とかDNAとかを扱うバイオテクノロジーは魅力的だけど、実行に移すのはちょっと自分には無理だとおもった。だからといって今生きているっていうことは今まで人間がやってきた育種とか、そういう風なことは否定できないし。確かに動植物がどういう風な仕組みで動いてるのか、知ることは大変けっこうなこととおもう。ただまだ未完成な技術を乱用すればどうなるかなんてこと今までの歴史を見れば明白じゃないですか。完成状態だとおもってても其処につながっている連鎖的な問題が相次いで浮き彫りになってゆく。人間は自分達をどこまで堕とせば気が済むんだろう。今現在日本とか他の国は激しい規制を行ってます。でも韓国は国をあげてやってるんですよ。何か危ないきがする。今人間は自然をまるで自分の道具のようにつかってるけど、地球という生態系の中のただの一部です。そしたら、因果応報はごく当たり前のことのように思える。何か人間のすることでひずみがおこるのなら(既に温暖化とか諸問題が発生中?)必ず返ってくる。生物が居なくなっても環境というものは滅びない。その環境が消滅しない限り(地球そのものがなくなるの意)今の環境保全は人間その他諸々の生物が生存可能な環境を守る。要するに自分で壊しておいて守ろうっていうんだからずうずうしい話。それでもやっぱり自分達が生きたいなら守ろうとすべきですよね。傲慢さを自覚したうえでやる必要があるのかも。(自分も偉そうなことはいえないけど)今人間のやってることを全否定するわけではありませんが。
2005.10.05
コメント(1)
神という存在はどんな宗教の中にも存在するいわば概念的なものです。それが人格を持っているのかは問題にしないとすれば、です。一つの性質を代表してるもの、全ての事物を含む包括的、絶対的存在。要するに何かの事物の完成形を神に求めてるといえます。人間が万物の表象を五感で感じ取っているとすると、一つの概念的なものが派生します。物事に名前をつけるということは定義するということです。その瞬間にその物は何らかの本質を含む存在へと変貌を遂げます。本質を「神」と規定することに意味があったのではないでしょうか。たとえばリンゴをたとえに考えてみると、なぜ少しずつ形も色も似ているが同じではないものを同種のものと認識できるのでしょうか。その中に共通の本質を見出しているからでしょうか?それは世界というものにも当てはまります。人が世界を概念的に認識した時、どう考えるのか。人が事物が動くのに法則性を見出した時。つまりその動作の中に必然性を感じたとき神は生まれるのだと思います。でなければ何故どうしてそれは動くのかという問いかけに答えられません。自分でも釈然としないものに結論付けるために何らかの絶対的基準、あるいは何らかの形で対象を相対化するという動作が必要になるのだと思います。「神」-世界を動かす絶対的存在-この存在によって初めて昔の人間は世界を相対化することに成功した、そうではないでしょうかもう文章めちゃくちゃなのはカンベン
2005.10.01
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1