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久しぶりのもかかわらず前の日記で原稿用紙10枚分軽く書いてしまいました。まぁあれはあくまでも自分の考え方ですwしかし最近気になることが一つ。友人の一人がお前は世界で一番自分が正しいような目をしているっていわれたんですよ。んー・・・それってどういうことなのかとおもいます。だから相手してきても無視してやりました(ノ∀`)そういうことって思ってても口に出してはいけない、出すのは浅はかな証拠だと思ってます。時には諭すことも必要ですが、それは時期と言い方を見極めてからでないと自分の株を下げるだけです。それに根拠がないというか余りにも人を見下したような言い方って、自分が偉そうにしてるように聞こえるから説得力がない。まず人間は自分が確信してることしか基本的にいえないし、発想が及ぶところしかはなせない。うちはちょっと考えすぎて変に話すこともありますけど。本で入れた知識はやっぱり思考と実戦をしないと身になりませんね(==ある意味ではその友人が言ったことは在る意味正解のようで実は的外れなような気がしてなりません。それこそお前が言ってることが正しいのかって言いたくなりませんか?
2005.11.21
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苦しみというものから、常に人は深層で其を避けたいという防衛本能にかられる。宗教の根底にはいつも「救い」という言葉が転がっている。哲学もある意味では納得という一種の「安心感」の探求という側面を少なからず持っているとおもう。(全てがそう当てはまるわけではないが)とりわけ宗教にからむ哲学には「救いの理念」たるものが転がってる。カルヴァンの予定説然り、アウグスティヌスの贖罪説然り。何か人間は昔から安心感を求めているようだ。自分の学校は仏教、とりわけ浄土宗系の学校なので、救いはえらく他力本願(まさしくその原義のとおりなのだが)要するに阿弥陀仏の名を唱える称名念仏を最高唯一の行とする宗派の学校で、いろいろな先生がいます。一番衝撃を受けたのがいわばお坊さんになりたい若い女性の先生。ものすごく純粋な人間というか、福祉方面に進んでる時にまぁ浄土宗の「救い」に触れて感化されたそうな。まぁ元から仏教色の強い環境で育った所為もあるのだろう。ちなみに本願というのは弥勒菩薩が衆生を救うために46(正確な数字は覚えてないが)の誓いをたてたもの(らしい)。倫理を勉強しても、果てしなく疑問符の連続であることに今も変わりはないが、一つだけ、信念を持てるようになった。今日のHRは人権のアンケートだったんですが。アンケート、自分には関係ないとか選択するのも腹が立ったので全部答えてやりました。先生にお前の意見じゃとかいって堂々と発表するぞ(先生方に)っていわれたけどもう、胸張って自分はそういう考え方だっていえる確固たる物を持った。さいきん人権人権っていったりとか、ジェンダーとかいったりとかそういう問題が一杯出てきてるけど、それって正直騒ぐには余りにも小さいことではないかなと最近思う。もちろん、部落を例にとったとしても、部落という枠組みが最初からあって、ソレが前提で話をしていること自体が既にループに陥ってるのかもしれない。もともとそんなもの制度がなくなればその呼称自体が意味を成さなくなるはずなのに。それって人間の固定観念以外の何物でもない気がしないでもない。当然差別してる側は人間の器が小さいとおもう。なるほどたしかに、問題を抱える側面はあったとしても、ソレを知る前に一まとめにくくって、あるからダメだと「決め付ける」ことが小さいのだとおもう。ある集団の中でも、人間は十人十色というくらいだから、さまざまな価値観、思想、キャラクターを持った人間がいる。(まぁ集団の中で統一された思想はあるとしても)もしその集団独自が持つ思想が、他の集団と衝突する場合なら、問題は両者妥協という形、もしくは緩和すべきとは思う、それはケースバイケース。ただ、その中の個人と付き合う場合は話が全く別のような気がしないでもない。個人間の合う合わないは別としてもだその人間(相手)がどのような人間なのかを認め、存在を認識する必要性が必ずあるはずだとおもう。そのうえでその人間が嫌いなら関係をなるべく持たないことを選択するもよし、気に入ったなら付き合うもよし。まず前提条件として、(都市のような過密環境では希薄になりがちだとはいえ)かかわる人間に対して、ある程度、その人の存在そのものをうけとるというもとで、そこから人間関係という物を始めるべきであろう。だから個人というものを集団の要素として見ているのではなく、集団が個人の要素であるかのように、差別は見ているという逆転した関係が成り立ってるような印象を持つ。(ちょっと変な表現かもしれないが)これが国家間の問題だとそう割り切るわけにも行かない状況であることは間違いないであろうけど。大分と論点がずれた。ある意味差別される側は差別する側からある意味ネグレクトされた存在であるに違いないとおもう。確かに祖先が誰かで差別されるのは理不尽極まりない事であろう。人間は生まれる場所を選択することはできないですから。(我々が知覚できる段階でだが真偽はわからない)まず、関係性を持つに当たって、その存在を認めない、あるいは見下している時点でまず、そのままいけば平等な関係が成立するはずがない。だから、「平等」という立場に立つということはまず、同じ枠組みに入るということだとすれば、差別される「理由」という枠組みを先ず除去することが先決であるとおもう。ジェンダーにおいては、先ず男女というのは身体的特徴からして違うのだから全く同じ状態に合わせろというのは少々無理があるとおもう。ただ、職業においての雇用差別などについては、出産時休職等の措置は政策、または法律という形で実現すべきではないかとおもう。すくなくとも古典文学の桃太郎を桃子とかに変えるとかいう、過去の遺産までもを捻じ曲げたりする(少々古い話題だが)ような事をするのは江戸の敵を長崎で討つようなもので、全く見当違いな方向へ進んでることを考えると、ただの暴走に見えても仕方がない。男性も育児に参加せよ、女性にも働く権利がある。この考え方に異論はない。仮にも親である以上子供を育てるのは義務。ただ、男が子供にお乳をやることはできない。(粉ミルクを使えばすむけど)そのあたりは新しい考え方を提示すべきだとおもう。ただ自分としては、男は仕事女は家とまではいわないが・・・・性別を持って生まれた意味を少しは考えて欲しいと思う。長々といったけど最近は時代の流れが一人歩きして、その時代たらしめる考え方が確立されていないのが問題ではないのかと思う。いまは余りに思想的に無秩序すぎるのかもしれないそんななかで世の中に動揺が広がってゆく、その不安感を今感じ取っている人間がどれだけいるだろう追記後日みてみると本当にまとまりのない、結論にもなってないな(==
2005.11.21
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それで君が救われるのならば、いつでも話は聞くよ。そのあとのありがとうがとてもうれしい言葉だから。一番心から言われると暖かい言葉ですよね、ありがとうって。いつかの人が愛してるよりありがとうっていわれたいって言った気持ちが自分には解る
2005.11.16
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なんで体調が悪い理由を受験ストレスだけで済ませようとするのか、家の親は。それを緩和することで解決するのなら、1年待てばいいじゃないか。そんなに人間の心が割り切れるとは思わないで欲しい。今まで蓄積してた「何か」が一気に吹き出たのかもしれないし。アスベストを多量に吸い込むせいでできた中皮種のようにね。そんな簡単に割り切れるほうがおかしい、自分が一番わからないのに。眠れないから体は元気だなんて論理どうやってくるのさ。本当にしんどけりゃ1日でも2日でも寝てられる?そんな簡単にいけば俺も苦労してない。体の痛みやしんどさでねむれないこともあるし、ただ単に寝すぎてなのか、目がぱっちりあいて眠れない時もある。ねつけないから本を読んだりして、それが連鎖になってく。眠れないことだって、ストレスになることに気付いてくれないもんかな(ノ∀`)
2005.11.12
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親みたいな人間には死んでもなりたくないと思った。
2005.11.12
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悠久の時を生きる生物になど、存在する意味はないのかもしれない。出会いは必然、意味付けるもの。人もまた然り関係性の中で人は生きる出会うこと、それは意味づけの始まり関係性の中に意味を悟り人はそれに縛られ、生きる全ては縁起のままに全ては移ろうもの、生まれ、消え、そして再生されるべきものそういえば、まぁこんなこと考えてもしかたないけど。地球って太陽エネルギーを使って生きてる(?)というか活動してるわけだから、もちろん太陽がなくなれば地球は活動しなくなる。(生物かな)永久機関がないように、何か外的な力がかかることで物事が循環してるのなら。宇宙は有限であると考えるか、それとも宇宙に外的な力を加える「何か」が存在するかどうか、って事になるのかなぁ・・・と
2005.11.11
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穴ぼこが広がってきてます。ついに睡眠にまで影響するようになりました集中して寝てません、なのになぜか体は回復してます(ノ∀`)
2005.11.08
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センターも近づいてきて自分の横には山積みのクロ本がならんでる。消化しないと・・・・・・。 もうソロソロ正念場なので今日のうちに体をできるだけ治しておきたいとおもう。 そのために今日一日は寝てるかプレイリストいじってるかです 以下鬱内容のため見ないこと推奨 文字は反転させてある・・・はず生きてる理由がわからなくなる。 理由なんてものは元から無いのかも知れないけど。 ある程度自分の欲望にも従ってると思うし、不足はないのかもしれない。 少なくともそれをずっと問いかけ続けてることは確かだけど。 今まであると思っていた足場が急に移ろいやすいものと気づいて恐怖したのかもしれない。 今の自分は安定を求めてる、これは確かだけど。 受験勉強云々でナーバスになってるとかそういう事関係なしに何かに追い立てられているのか、先のことに恐怖しているのかすらも解らなくなって来る。 ただいまは自分に対して拡大され、厳しさを増す嫌悪感に苛まれているのも確か。 自分が汚くて卑小で愚かしい存在であることを意識し始めてから一人の時間が怖くなったのかもしれない。 一度バス停で座って居た時自分のかばんに当たった記憶もある そろそろモラトリアム卒業予備軍なのになぁ。 これから脱出しないととても自分は大人というよりもむしろ人間として生きていけるかどうかさえ危ういとおもう。 この言い表せない不安感と、虚無感にずっと苛まれ続ける。 いつの間にか歩いていく道を行くことすら躊躇って。 はぁ、本とに最近テンションが低いというか・・・・ どうやっても自己嫌悪が付きまとうんですよね。 誰か忘れさせてください・・・ほんとに_| ̄|○
2005.11.06
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最近離れてたせいか凄く日記を書かないと落ち着かなくなってきました。まぁ特にないといえばないけれど、はぁ。なぜか孤独感が消えない、ただそれだけなんですけどね。ぽっかりと穴が開いたみたいで、必死に埋めるものを探してる気分。
2005.11.05
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お医者さんに看てもらってきました。虚弱体質っていわれました。えー・・・・っとかおもいましたけど。だいたいは大丈夫です、ただしめまい、偏頭痛、めまい、たちくらみはまだのこってて勉強に差し支えてて・・・。すこしかかりそう
2005.11.02
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