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今日は、此処でも、お昼前にチラチラと雪が降りました。 ホンの1~2分の出来事でした。それを見る事が出来たのは、 『 ほら!雪が、ゆきふってますよ!』と言われて見上げた窓の外です。 あら、あら!と言っている間に、止んでしまって。 関西以西においては、" 「お水取り」のころが一番寒い " と言います。 東大寺二月堂の修二会(しゅにえ)の頃です。幼い頃より家族の会話で聞いていたこの言葉を、昨年2月、京都に行った折、電車を待っているホームで、白髪のおばあさんが、『 もう、そろそろお水取りですやろ。寒うおすね~ 』と独り言のように話しかけて来られました。『 ほんに、お水取りの頃は寒いって言いますね。』『 お水取りが終れば、もう春が来るって 』 『 ほんとうに 』関西だと”お水取り”をキーワードに見ず知らずの人との会話ができます。重要な行事と季節感と伝統を共有している事が、お互いに親近感をもたらすのですね。 さぁ、でも、今からどれだけの子供達が、此れから先、こういう風土が育んで、人びとが守って来た言葉を日常に使うでしょうか? 廃れたら寂しいし、モッタイナイ気がします。 そう、今日は、その、寂しい、廃れてもったいないお話になります。 昨日飛び込んできた訪問鑑定。 昨年、都内のK大学を卒業し、今は都市銀行に勤務する息子、長男さんが、今付き合っている彼女といっしょに暮らしたいからマンションを捜していると1週間前に言われ、悩んで、うちへ飛んで来られたお母さま。 いやいや、もう、驚きませんよ~。 よくあることですから、、、、、、 今時の男女のお付き合いが、こういう流れで転がっていくのを、どう言ったところで仕方がないようです。まず、最初は現実をそのまま受け入れるしか、それが今の風俗として対峙するしかないようです。 この種の、最年少のケースでは、高校1年生の息子さんに、次ぎのように言われたという母親もいます。 『 僕の部屋で、彼女といっしょに住んでいい? 』 この母親は、驚いて叱るというより、あっけに取られて、とっさに、 『 だめよ!あなたの部屋は、本当はお父さんの持ち物だから。あなたが出て行くまで、貸してあげているだけ、おまえの持ち物じゃない。』 と、言って息子の行動を阻止したのだとか。運命鑑定の結果は、やっぱり、弱いですね。こういう二人の結婚運。 弱いから結婚の形の擬似型に陥ってしまうのですね。 もう、私の胸のうちは、何かでいっぱいになって。 不幸の兆候は、無念です。 この先、いっしょに暮らし始めたとしても、ゴールは結婚ではないでしょう。別れです。 持たないです。それでいいのかなぁ・・・・・・ 私の目に見えているものを抑えながら、母親の話すことを聞きます。二人は、中高一貫教育の有名私学の同級生。就職と同時に急接近し。私を驚かせたのは、なんと、この一年近く、毎日会っているんだって! 毎夜毎夜、彼の帰宅は深夜を廻り、金曜の夜から日曜の夜まで、家には帰ってこない。 いや、若いとはいえ、新入社員の彼、大丈夫なの? 仕事に集中する時ではないの? 老婆心が、出てきます。彼、『 うまくいったら、結婚したい』 彼女『 家賃とか、生活費をシェアしたい 』 『 息子が毎日、彼女に会って外食し、遅い帰宅、週末は2泊3日で帰宅しない、お金がないので車の中とかで過ごしているらしい。それを彼女の家が放置しているという事実。何を言っても親の言う事を訊かない娘さんなのかと、、、 彼女の父はT大を出てるのに、、』 と、母親がグチっぽく不安な心境を話している。 両家共に都内で会社を経営し、、、そう、大抵そう、、、社会的には。 言ってみれば、西洋文明の知識を人以上に身に付けた旺運を持ち、今の時代の物質的な豊かさを享受している事の満足感に溢れた両家。その父母は申し分なく、今の時代の成功者といえる家庭から育った、彼ら。でも偏った豊かさのなかで、子供の自主性を重んじるという言い回しの自由を与え過ぎたのではないだろうか? こういう仕事をして、似た事例に出会うたびに、頭に思い浮かぶのが、 なにかが、消えていっている。なくなっていっている。喪失感。 刃の先端。刃は切っ先からこぼれていく。 毀れていく。 運命学の言葉 ” 旺ずる極みは衰 ” こわいなぁ と思う。 バランスが大事。 命学は均衡を重んじる。 その通りだと。 でも、彼らに罪はないのよ。生まれた時から もう何もなかったのだから。家というかたち、先祖、父権、長男の立場、社会的責任、両親に心配をかけない、結婚前に!、子孫繁栄などなど。一昔前の社会の大人なら一言いえば、その中味の判る当たり前の常識を表す言葉。 その中味がボロボロと壊れていっている。 若い彼らからは、もう聞けない言葉、お説教をする時にしか、使わない言葉かもしれませんね。 (笑) このまま廃れたら、もったいないです。 運命鑑定とは、何も知らない私に、今の世の中の世相の実相を、ありのまま見せてくれる、実に有り難い仕事です。 感謝申し上げます。
January 24, 2009
ご訪問ありがとうございます。 今日は、いい日でしたか? 日本海側や北の方は、雪、吹雪のようです。 此方は、いい日ですよ。毎日快晴が続いています。 (笑い) 今日は、しあわせな結婚運の一つについて、、、書きます。 あっ、その前に、 昨年、メール鑑定をした方からプレゼントされたきれいな曲がありますので、、 ( ず~っと忘れておりました ) それを今日はみなさまへプレゼントしますね。 よろしければ、 ここをクリック!してください。 実は、次のコピーは1/5日にtonami-ブナ爺さんのブログを訪問した時の私のコメントと、ブナ爺さんが書いてくれたお返事です。 普段私たちが身近に見る花は、ほとんどが人工の手が加えられた園芸種で、それは、人に気に入られるように、育てやすいように、改良されているものばかりです。しかし、tonami-ブナ爺さんのブログの写真の花たちは、山野の自然に自生している野生の花ばかりです。その魅力に引き寄せられます。これは、ヤマオダマキの写真を見て、>きれいな造形ですね!>自然の誰かに、ひれ伏して御礼を言いたいくらいです。>色と形、この曲線美に感動を覚えます。>ご褒美をあげるから何か綺麗な物をつくれ!と言われたとしても、>絶対に無理です。 >オーバーじゃなくて、人智の限界を感じました。(笑)-----------ほんに不思議な形の花ですよね、この形が子孫繁栄のために都合が良かったからこうなったのでしょうが、何故都合が良いのか、判りませんね。同じものにはならない方が良い、ただこれだけの信念を感じます。何故都合が良いのか、判りませんね。 この赤い部分の文章。 考えてみれば、厳しい自然のなかで、自らの種の保存のために野草だけでなく、生物がすべて必死になって努力をしているわけです。 そうして種を保ってきたのですね。 受粉の為に虫たちに止まってもらうために? 匂いや形で目立ったりしようとして、無駄を捨て、可能な限りの生のエネルギーを燃やした結果が、その自然種の花の姿なのかもしれませんね。園芸種のように人に見せる要素が、人工的に付け加えられていないし、 自然のあるがままというのか、、、 その姿が、ひとつひとつ可愛らしく、個性的でうつくしく、 葉や茎、花、どれをとってもその自然の造形に心が打たれます。 人間も同じですね。 本来、結婚の目的は種の保存、子孫を作ること、それが自然ですね。 自然であることの、その力を失わないで美しい結婚をしてほしいと思います。 最近は非婚時代とか、籍を入れない事実婚とか、すぐ又別れるとか、それに纏わるご相談が、目立っているのも事実です。私に、とある駅前で永年、結婚の仲人業を営んでいる、ずいぶん年上の友人がいます。お互いの仕事柄が、何の縁もないという関係でもないので、彼女の扱う縁談のお見合いのマッチングを鑑定するという形で、お二人に相性的なアドバイスを行ったりしています。 そのなかで男女ともについて、はっきり言えるのが、 ○○(運命学の言葉)を持っている人なら、かならず配偶者となる相手の方を大事にして、相手に不足を感じさせない夫として(妻として)いい人である。要は、○○を持っている相手と結婚したら、外から見ても仲の良い、当人同士もお互いに相手をいい相手として受け止め合っていけ、結婚後もそんなに苦労をしないで楽、そういうしあわせな結婚運というのが、あるのです。 うわぁ!いいなぁ~ そういう人をさがそう~、 でも、自分が○○を持っていなかったら? 相手がそうでなかったら幸せになれないの? (笑い) まぁ、いろいろあって、運はさまざまですが、それじゃなかったら幸せになれないなんていう事は 《 絶対 》 にありえません。 だって、満足は努力が必要条件ですからね。 でも、世間の中には、ラッキー!なウンも間違いなく、あります、よ! " 世間 "っていう言葉は、もともと仏教用語で、「世」は、移り変わり、「間」は、物や人の表の相に現われている差別相のことです。 " 世間 " を英語に訳す時、 society、 community の意味と重ならなくて、その意味する巾と深さで断然、東洋の"世間" は、はみ出してしまいます。この広くて深い差別相の中から、結婚相手をさがし、決めるという事は、自分のどこを磨いて高めるか、他と同じにならないように咲いているヤマオダマキの花に負けないように、、、見習わなければ、、、ね! 人間にも、ヤマオダマキにも、自然の力の恩恵は同じと思うから、、、。
January 12, 2009
写真提供:侘助470さん http://plaza.rakuten.co.jp/wabisuke470/あけましておめでとうございます! 今年も宜しくお願いします。暦では、一月の小寒、大寒が過ぎると2月は、立春。 季節は春に向かって流れています。 ここの桜の葉が散るのは遅く、12月半ばまで葉がついていましたが、 落ち葉を拾って枝を見ると、春を待つ新芽がもう出ていました。 " こうして自然は、春の準備を済ませてから冬に備えるのだなぁ " 生命の継承というのか、自然の命の用意周到さに驚き、感動しました。 このように一年を巡る四季は、昔から暦に書かれた通りです。 でも、巡る年に配置された十二支・干支は、四季の暦ほどに実感されていないでしょう? ただ、なんとなく寅年、辰年と言うくらいですね。 今日は、私の不思議な体験を記事にします。 この体験が直接的には、私が東洋学へ興味を持ち、自分の生まれた国、民族の昔からの考え方の価値に目覚める切っ掛けになりました。 時は、進学塾を始めて数年が経った頃です。 20代から始めて、運良く生徒数は伸び、仕事に忙殺されていた頃です。 教育に携わった方でしたらお解かりになるでしょうが、 集中してやっているといろんな事が分かってきます。 生徒を見れば親の顔が分かる、と言います。何年か生徒に揉まれますと、その生徒の後ろにいらっしゃる両親の顔が解かって来るものです。 親の親の顔まで分かるようになって来ます。 あ、この子の母親はこんな人? 父親はこんな方だろう、、、、と。 この生徒の母親は、こういう育てられ方をされたのだろう、、、等、さまざまの生徒が私の前を往来し、ある時、ある事に気がつきました。 一つの学年の子供たちは、大きく二つに大別されるかたまりがある。 それは多数派と少数派の2種類です。 どの学年もその多数派と少数派を見分けられるようになりました。 それから2,3年、学年によって違うんだなぁ~という印象を長く持っていました。 その後、ある年の中学一年生のクラスで、 その際立ちが、よりはっきり区別がつくようになりました。 これはどういう《 ククリ 》 の違い? 何の違いなんだろう? その生徒達は幼児からの付き合いで生育歴も私の胸の中にありました。この違いは血液型? 家庭の父系?母系? 仕事を離れても頭の中に、、、えと? 干支(エト)の区別?そういえば、少数派は1~3月生まれ! 早速、入塾カードに記入してある生徒の生年月日にあたってみます。 鳥肌が立つ思いでした。 あってる! 合ってる、、、 学年の多数派が寅年で、早生まれの翌年の卯年が少数派! もちろん! すぐに他の学年も自分の感覚で分けて調べてみました! ほぼ、見分けていた通りでした、、、 よく言霊といいますが、昔からある言葉は、意味もなく昔人が作ったわけではなくて、字形そのものや、音そのもの、言葉そのものが、ある事の実態を表しているのだという事に気がついたのです。 何ひとつ取っても、いい加減な言葉はないのですね。 この世の謎が一つ解けたたような、その時、そういう感動でした。 当時は、干支なんて、漠然と " 今年は○年 " と言う程度で、何か意味があるなど考えたこともなかったのです。 以後、初めての人に会った時、○年生まれですか?と聞くとほぼその人の干支を当てられるように、、、、、 塾の生徒のおかげですね! 同じ生徒が何年間も彼らの裸の感受性で私を毎日こすってくれて、眠っていた感覚が呼び起こされたのかも知れません。 その当時の私は西洋カブレの戦後教育にどっぷり染まり、西洋に憧れ、 まさに西洋ルツボの中の私に、干支を気づかせてくれて! なぜ? 今でもNAZOです。 それを境に東洋にUターンしました。 干支には、ひとつひとつの意味がありますが今回はそれは省きます。 昔からある言葉はおろそかには出来ません。 現代人の私たちの感受性のある部分が退化してしまっていて、自分の意識に取り込まれ難い事も、この世界には多々ありそうに思います。自然は、素直に臨めば、かならずそれにふさわしい答えの扉を開けてくれる、そう教えられた体験でした。 今年一年が、皆様にとって、かけがえのないものに満たされる、 そういう幸福な一年になりますように、、、、、 アバターを作ってみました!!少しづつ進化させようと思います。 お楽しみになさってください。
January 3, 2009
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