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▲葵:足湯をしたあとなので、ちょっと上気したような、リラックスした表情して、しかもえらそうに、足を投げ出してるけど、何か?葵(1歳6ヶ月)は、最近敏感になってきたのか、だめな「音」というのが、あるようです。小型の精米機の音とか、掃除機の音とか、泣き出すということです。精米機など、出してきただけで、もう泣き出すというから、妻は、隠れて玄関まで持っていって精米したりしているようです(^^;それと、私に対しても最近表情が冷たい。たまに起きている時に帰っても、誰だこのおっさんは、という表情するんです。そして、下手すると、泣きそうな顔して、近づいたり、触ろうとすると、逃げ出そうとまでする。うーん…ちょっとショック。。。もう少し前は、笑顔も見せてくれていたというのに。まあ、こういう時期もあるということですね。5歳の透萌(ともえ)も、一時期こういう時期が、あったので、このことは想定の範囲内です。こんなことで、めげていては、いけないわけです。はい。★聖書の御言葉★ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーだから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。 わたしたちの一時の軽い艱難は、比べものにならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます。 わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。 (新約聖書「コリントの信徒への手紙」第4章16節~18節・新共同訳)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーでは、本題へ!★天照大神は男神★第四幕「天照大神の陰陽逆転」(「天照大神の謎」)はこちら「天照大神」について、だいぶ間があきました…。気長にぼちぼちと、古代史をあまり知らない人でも、理解できるように、簡潔に提示していければ、と思います。第4幕までのおおまかな流れは、以下のような感じです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●「天照大神」=「天照大御神」=「大日霊貴(おおひるめむち)」=「太陽を祀る尊い巫女」=「卑弥呼」!?●「天照大神」=「天照国照彦」=「男神」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「天照大神」は、本来「男神」だった…。それを、記紀では、「女神」にされた節があります。なぜなら、「天照大神」が作られた時代の、天皇家最初の女帝第33代「推古天皇」にしろ、「古事記」と「日本書紀」が奏上された第43代「元明天皇」と第44代「元正天皇」、さらに、「記紀」編纂に関わった天武天皇の皇后でもある「持統天皇」は、みな女性です。そう…。「天照大神」には、ことごとく「女帝」が関わっています!どうやら、最高権力者である天皇に、女性がなることが、スムーズにいくように、日本神話の頂点に「女神・天照大神」を仕立て上げたというのが、真相のようです。そして、もっと言えば、「記紀」を編纂するうえで、表には出てこない黒幕がいます・・・。その人物の名を藤原不比等!!彼も、この「天照大神」の改竄に、深く関わっているようです。「天照大神が、男神だった」などというのは、認められないという意見もあるとは思います。しかし、この部分をまずは、明らかにしないと日本神話の謎を、突破できないと感じます。そして、もうひとつ。日本神話は、八百万の神というように、それこそ、無数に神が存在しています。この部分でも、神々の関係性などを見ていくと、訳が分からなくなっていきます。この神話を読み解く法則は何かないのか?それが・・・あります!!★天照大神の正式名称に秘められた謎★『神武天皇の謎』『天照大神の謎』(三神たける・飛鳥昭雄)を全面的に参考に今回も見てみます。日本神話を貫く法則。それは、天照大神の正式名称に、謎を解く鍵が、秘められています。神社伝承学より、天照大神の正式名称は、「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」「あまてるくにてるひこあめのほあかりくしみかたまにぎはやひのみこと」という、とてつもなく長い名前になります。これは、よくみると、いくつかのブロックに分けることができます。●「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」=「天照国照彦(あまてるくにひこ)」「天火明(あめのほあかり)」「櫛甕玉(くしみかたま)」「饒速日命(にぎはやひのみこと)」そう…。古代史に少し詳しい方ならば、これらの神が、それぞれ独立した神であることに、気がつかれると思います。これについては、次回以降簡単にみていくとして、「天照大神」の正式名称は、「4つの神」に分解できます。そして、これらの神は、独立している神。であれば、別々の4つの神の集合体が、「天照大神」なのか?一見そう考えたくなりますが、そうではない!と、同書ではいいます。では、どう考えればいいのか?よく、日本の神は、御霊分けといって、ある神を、神社に勧請したりします。たとえば、稲荷神社などは、稲荷の神を、全国の稲荷神社に御霊分けして、それぞれ祀っているわけです。つまり、ひとりの神でありながら、それこそ無数に同じ神が分身として、まつられていることになります。それと一緒のことだと考えればいいようです。ですから、「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」で、「ひとつの独立した神」ということになります。これを分解した、「天照国照彦」「天火明」「櫛甕玉」「饒速日命」といった、それぞれの神は、独立して働いているように見えますが、すべて「天照大神」の働きになるわけです。つまり、4柱の独立した神は、名前は違っても、やはり「天照大神」であると!●「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」=「天照国照彦」「天火明」「櫛甕玉」「饒速日命」=「天照国照彦」=「天火明」=「櫛甕玉」=「饒速日命」=「天照大神」!!この部分が、日本神話の神髄になります。そして、ここを理解すると、あとは、今までややこしかった神々の系譜が、嘘のように、するすると、整理されていきます。この法則を、「多次元同時存在の法則」といいます!この説を提唱したのは、「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」(天照大神)を祀る神社の中でも、最重要であり、かつて、天照大神が鎮座した時期がある、元伊勢「籠(この)神社」の宮司、海部(あまべ)宮司です。「籠神社」といえば、京都府宮津市の日本三景のひとつ「天橋立」の根元に鎮座する神社です。『天照大神の謎』より、「多次元同時存在の法則」について書かれた部分を引用します。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「神様の世界は、この現実の世界とは違います。神は空間も時間も超越することができます。時には、御霊を分け、いわゆる分身をつくることもあります。まあ、SF的かもしれませんが、私は、これを『多次元同時存在の法則』と呼んでいます。」こう切りだした宮司は、実に興味深い話しをしてくれた。大略、まとめると、こんな感じになる。神は分身をつくる。分身は独立して振る舞い、神話で活躍する。古代の豪族は、それを知ったうえで神社に祀る。神社に祀られる時、それは氏神として祀る。言ってみれば、自分たちの祖先として祀り、自らの出自を神話の中に結びつける。豪族たちにとってみれば、神々は多ければ多いほどいい。結果、数多くの神々が生まれることになった。しかし、本来は、それほど多くの神が存在したわけではない。したがって、古代の神を復元する場合、こうした別名をひとつひとつ統合していけばいいということになる。その際手掛かりとなるのが、海部宮司のいう「多次元同時存在の法則」なのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーだから、先ほどの、「天照大神」の正式名称も、いくつもの名前の神が、いるものの、その実体は、ひとりの神「天照大神」の別名である、ということになります。最後にこの「多次元同時存在の法則」とは、どういうものかまとめてありますので、引用してみます。●「多次元同時存在の法則」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(1)神様に適用されるものである。原則として、実在の人間には適用できない。(2)神の世界ゆえ、時間と空間を超越する。(3)神は分身をつくることがある。(4)神の分身は別名となって表現される。(5)同じ名前の神は、同一神である。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの法則をもってすれば、天照大神の正体はもちろんのこと、日本神話全体の謎の解明にも迫ることができるようです。
February 11, 2006
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▲葵:うーん、この横顔が、丸すぎるんだけど、何か? ▲あわわ、舌を出して何してるんだか。。。明日の夜は、泊まりで京都へ行ってきます。なんでも父の会社の関係か何かで、加茂川近くに、泊まれる寮があるとかで、久しぶりにゆっくりしようかと、両親が誘ってくれました。両親と、兄夫婦と、私たち家族4人で。集まるのは夕方なので、明日の昼は、一年位前から、妙に気になっていた、鞍馬山へ行ってこようと思います。鞍馬寺までは行ったことあるのですが、奥の院は行った事ないのです。何より、レイキ発祥の地でもあるので、レイキの伝授を受けてからは、なおいっそう行きたいとは思っていました。京都へ行く機会が今回巡ってきたので、もう行き場所としては「鞍馬寺」しか思いつきません。時間あれば、貴船神社なども行ってみたいと思ってます。妻に、そのこと言ったら、娘もいるし、一人で行ってね~、と。。。うーん、実に、あっさりしています。と、いうことで、一人孤独に行ってまいります。。。帰ってきたら、報告します。★聖書の御言葉★聖書の勉強かねて、印象的な部分を、ランダムに掲載していきます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーだから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます。 思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。 身を慎んで目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。 信仰にしっかり踏みとどまって、悪魔に抵抗しなさい。あなたがたと信仰を同じくする兄弟たちも、この世で同じ苦しみに遭っているのです。それはあなたがたも知っているとおりです。 しかし、あらゆる恵みの源である神、すなわち、キリスト・イエスを通してあなたがたを永遠の栄光へ招いてくださった神御自身が、しばらくの間苦しんだあなたがたを完全な者とし、強め、力づけ、揺らぐことがないようにしてくださいます。 (新約聖書「ペテロの手紙1」5章6節~10節・新共同訳)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーでは、本編へ!今回は、ややこしいかも。。。★天照大神★このシリーズ、ぶつぶつと途切れ途切れのペースで、紹介してますが(^^;第五幕「多次元同時存在の法則」(「天照大神」の謎)はこちらーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●「天照大神」=「天照国照彦」=「男神」●「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」=「天照国照彦(あまてるくにひこ)」「天火明(あめのほあかり)」「櫛甕玉(くしみかたま)」「饒速日命(にぎはやひのみこと)」=「天照国照彦」=「天火明」=「櫛甕玉」=「饒速日命」=「天照大神」!!●「多次元同時存在の法則」(1)神様に適用されるものである。原則として、実在の人間には適用できない。(2)神の世界ゆえ、時間と空間を超越する。(3)神は分身をつくることがある。(4)神の分身は別名となって表現される。(5)同じ名前の神は、同一神である。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー神社伝承学によれば、天照大神の正式名称は、「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命(あまてるくにひこあめのほあかりくしみかたまにぎはやひのみこと)」といいます。恐ろしく長いです。この名称は、4つのブロックに分解できますが、それぞれすべて、天照大神の分身になります。●「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」=「天照国照彦(あまてるくにひこ)」「天火明(あめのほあかり)」「櫛甕玉(くしみかたま)」「饒速日命(にぎはやひのみこと)」簡単に、天照大神の4つの別名を、見ていきたいと思います。★「天照国照彦」★「天照」と冠していることから、これは、そのまま「天照大神」の別名であることは、すんなりと分かります。「彦」という感じから、「天照大神」=「男神」であるということになります。★「天火明(あめのほあかり)」★「天火明」に尊称「命」とつければ、「天火明命(あめのほあかりのみこと)」となり、この神は「古事記」「日本書紀」に登場する神です。ここで、ひとつややこしいことを言えば、「古事記」「日本書紀」では、この「天火明命」は、神々の関係において、矛盾が見られます。「古事記」によれば、「天火明命」とは、「天忍穂耳命(あめのおしほみみ)」の子どもで、天孫降臨で登場する神「ニニギの命」の兄にあたります。天照大神の子が、「アメノオシホミミ」になるので、それから言えば、「天火明命」とは、「天照大神」の子どもになります。しかし、ややこしいことに、「日本書紀」では、「天火明命」は、「ニニギの命」の子どもだといいます。ですから、「天火明命」は、「天照大神」のひ孫ということになります。分かりますでしょうか・・・(^^;こういうことを見ていくと、神話というのは訳が分らなくなります。。。「天火明命」について、インターネットより抜粋してみます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー天火明命(アメノホアカリ)は、日本神話に登場する神。本名を天照国照彦天火明命(あまてるくにてるひこあめのほあかり)という。尾張氏(尾張連)の祖神。名前の「天照国照」「火明」からわかるように、太陽の光や熱を神格化した神である。また、古事記伝では「ホアカリ」は「穂赤熟」で、稲穂が熟して赤らむ意味としており、天皇に繋る他の神と同様、稲に関係のある名前でもある。太陽神、農業神として信仰されている。尾張氏は中部地方に勢力を持っていた氏族であり、物部氏と深い関係を持っていたことから、尾張氏が祀る天火明命が天照大神の孫とされたと考えられている。http://ja.wikipedia.org/wiki/ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー要するに上記から、「天火明命」=「天照国照彦天火明命(あまてるくにてるひこあめのほあかり)」だと言っています。何のことはない、先の天照大神の正式名称の4つに分けたブロックの前2つを繋げた名前ということになります。●「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」=「天照国照彦(あまてるくにひこ)」「天火明(あめのほあかり)」「櫛甕玉(くしみかたま)」「饒速日命(にぎはやひのみこと)」そして、「名前の「天照国照」「火明」からわかるように、太陽の光や熱を神格化した神である。」と、あるように、太陽や光の象徴である「天照大神」の別名であることが、明白です。京都府宮津市の天橋立の根元に鎮座する「籠(この)神社」という神社があります。「天照大神」が移動した経路「元伊勢神社」の中でも最も重要な神社です。しかも、「天照大神」だけでなく、伊勢神宮・外宮の祭神「豊受大神」も、かつてここに鎮座して、その後、今の外宮に移っているところからして、並の神社ではありません。であれば、籠神社は、「天照大神」を祀っているはずなのですが、実際の祭神は「天火明命」です。なぜ、天照大神ではないのか?これは、今見てきたように、「天照大神」の正式名称に「天火明」の名が含まれていることから見て、「天照大神」=「天火明命」であり、結局は名前は違っても、「天照大神」を祀っていることになります。これが、籠神社の海部宮司の提示した「多次元同時存在の法則」です。これで、天照大神の正式名称「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」の4つの神のうち、2つまでは「天照大神」であることが、分りました。★「櫛甕玉(くしみかたま)」★次に「櫛甕玉(くしみかたま)」の神です。『神武天皇の謎』(三神たける・飛鳥昭雄)を参考に見てみます。「櫛甕玉(くしみかたま)」は、記紀には、登場しない神です。しかし、神社伝承には、あります。籠神社とならび、日本最古の神社にして重要な神社。それはピラミッド形のなだらかで美しい三角錐の山「三輪山」の麓に鎮座する「大神(おおみわ)神社」!!大神神社の主祭神は、「倭大物主櫛甕玉(やまとおおものぬしくしみかたま)命」とあります。そう、ここに、「櫛甕玉」が含まれています。さらに、その前を見ると、「倭大物主」とあります。「倭」は、古代の日本の名称ですので、問題は次。「大物主」です。「大物主」とくれば、言うまでもなく、「大物主命」!!大物主とは、記紀では、三輪山に鎮座する大神で、その正体は蛇神だといいます。一方の、天照大神も、蛇神であることが指摘されています。ともに蛇神であることも、また、名称からも「大物主」=「天照大神」であることが言えます。ですから、「大物主」=「倭大物主櫛甕玉(やまとおおものぬしくしみかたま)命」=「天照大神」ということになり、やはり、「櫛甕玉」とは、「天照大神」の別名であることが分ります。これで、「天照大神」=「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」で、3つの神が、すべて「天照大神」の別名であることが証明されました。残るはひとつ。最後の部分です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「日本語の特性として、修飾語が前に来ることを考えると、本来の名前は逆に最後の部分であるに違いない。すなわち、「饒速日命」である。これが男神・天照大神の名前なのだ!!」(『神武天皇の謎』より)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「多次元同時存在の法則」からみれば、「天照大神」=「饒速日命」となります。記紀では、「饒速日命(にぎはやひのみこと)」は、一回だけ登場します。何と、初代神武天皇の前に、すでに、現われて畿内の国を治めていたと記されているから、驚きです。次回、「饒速日命(にぎはやひのみこと)」という神について、簡潔に見たいと思います。
February 17, 2006
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樋口一葉と、小説の師・半井桃水のある雪の日の一日が、明治25年2月4日に、実に鮮やかに描かれています。日記については、前回の樋口一葉・「雪の日」本編に、引用させていただきました。今回は、簡単に「雪の日」含めた、一葉と桃水の背景を記してみたいと思います。★運命の人「半井桃水」★まず、一葉の小説の師であり、恋心を抱いた相手でもあった、半井桃水(なからいとうすい)とは、どういう人物だったのか。このあたりから見ていきたいと思います。かれは1860年12月、長崎に生まれます。幼名は「泉太郎」といいますが、奇しくも一葉の若くして亡くなった兄も「泉太郎」でした。こういった偶然の一致というのも、一葉と桃水の浅からぬ縁というものを暗示していたのでしょうか。明治13年8月に、「魁新聞」に入社しますが、しばらくして、成瀬もと子という非常に美しい女性と結婚します。相思相愛の仲だったと言いますが、一年後、もと子は結核であえなく死んでしまいます。この時、桃水は妻の枕元で、生涯結婚しないと誓ったというエピソードも残っています。その後、大阪朝日新聞の論説記者として、通俗小説も書いていました。小説家として優れていたかといえば、そうは言えなかったようですが、誰に対しても、とても面倒見のいい、人柄の良い人物であったようです。出会いは一葉19歳、桃水が31歳の時でした。一葉にとっては、かなりの年上になります。桃水の風貌は、一葉が日記に「美男子」と書き付けているように、かなり魅力的だったようです。桃水の妹・幸子の友人である野々宮きく子を通じて、ふたりは知り合うことになります。一葉は、小説の指導を桃水に請い、小説の指導を受けるようになります。そして、前回書いた、一葉20歳の明治25年2月4日「雪の日」を迎えます。★処女作「闇桜」★一葉が、桃水のもとへ行くのは「書きかけの小説」を見てもらうためだったと思われます。しかし、桃水に「ただ会いたい」という気持ちも、日記の「よし雪になるのならなれ、何を苦にすることがあろうか」という部分に、現われているような気がします。そして、桃水の家についたはいいけれども、桃水は寝ているらしく、返事がない。そこで、襖一つ隔てた向こうにいる桃水を感じならも、待ち続ける一葉。待ちながら、何を想っていたのか…いろいろと想像はふくらみます。やがて起きた桃水と、火桶をはさんで対面する一葉。この時、桃水が熱心に話していた雑誌とは、後に出版される「武蔵野」。そこに書いてほしいと言われて、実は…と一葉が差し出したのが書きかけの小説。これが、「武蔵野」に掲載された処女作「闇桜」の原型だったと思われます。また、この時から「一葉」という雅号を使うようになりました。「闇桜」の内容は、幼なじみの良之助と千代は、よく遊ぶ仲でしたが、あるとき、縁日で仲良くしているところを級友にからかわれてしまいます。千代は、そのことがきっかけで、良之助を意識するようになり、恥ずかしさのあまり会えなくなって、ついには病に臥してしまいます。良之助に見舞われますが、命はその夜限りとみえた…。この「闇桜」は、ある意味、内容から察するに、桃水へ向けて、あるいは桃水を意識して書かれた小説だと指摘されています。一葉研究で有名な和田芳恵さんは、「筋立ては、桃水に対する自分の片恋が中心になっている。片恋娘の焦れ死という古風な物語も、こんなに好きなのに相手の桃水はそれを気づいてはくれない。それを思うと死んでしまいたいという気持ちを小説化したものである」と述べられています。★雪の日の謎★静謐な空間。二人きりで火桶をはさんで対面。外は一面の雪景色…。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「この上ない乱雑な部屋、敷きっぱなしのまだ男の体温と体臭が漂っている蒲団、そんな中で、寝巻に羽織をひっかけただけの男と、差し向かいに水入らずで近々と坐る二人を他人が見たら、どう思うだろうか。今では一葉は、そんな世間の思惑さえ忘れきっている。それとも、これまでは必ず、他人の目について筆を及ぼした周到さを、ここに来て一葉は忘れてしまうほど、こんな状態に慣れきっていたという証だろうか。」(『炎凍る 樋口一葉の恋』(瀬戸内寂聴)より)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー確かに、一葉の日記には、人の目を意識したところが見受けられます。しかし、この日の日記には、その「用意周到さ」がなかった…。なかったというか、それ以上にこの日の出来事が、一葉にとっては記憶に残る一日だったのだと思います。だから、他の日の日記に比べて、異様に長くなったのでしょうし、小説のような書き方にもなったのだと思います。実際、一葉の日記には、「創作的」な部分が、一部あるのではないか、ということが指摘されています。そして、そのことは、この「雪の日」の日記も、100%事実がありのまま書かれているとは限らないということです。小説的ということは、逆にいえば、すべてではないにしても、創作部分もあるかもしれないということです。そもそも、一葉の日記は、日記全体が謎と言ってもよく、用意周到に事実の取捨選択がなされているようです。個人的な日記ならば、普通は人目を意識することはないでしょうが、一葉は、作家を目指していましたし、そもそも「日記」を書き始めた「若葉かげ」の冒頭部分の華やかな描写からして、「作品」として意識していた節が見受けられます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「一葉が日記をつけようとしたとき、「蜻蛉日記」「枕草子」「紫式部日記」「和泉式部日記」「更級日記」等、王朝女流の日記を参考にしたであろうことは当然である。それら王朝の日記がいわゆるメモ日記ではなく、私小説的なものだということも知っていたはずだ。(「炎凍る 樋口一葉の恋」(瀬戸内寂聴)より)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーおそらく一葉は、日記を書きながらも、いつかは人目に触れることがあるかもしれないと想定していたと思われます。だからこそ、多少の「創作」もあったのでしょうし、逆に、書かない「事実」もあったのかもしれません。何だかまとまりがなくなってきましたが(^^;この一葉の記した「雪の日」というのは、本当にあった出来事なのか。実は、この一葉の「雪の日」の出来事を、ひっくり返すものが、でてきます。かの当事者である、半井桃水の寄稿文からです。一葉の死後、15年という月日がたって、いろいろな紆余曲折を経て、関係者の尽力でようやく、一葉の「日記」が出版されます。この日記の出版によって、一葉の半井桃水の描写などから、一葉の桃水に対する気持ちが、小説の師以上のものであったことが明らかになってしまいます。矢面に立たされたのが、半井桃水(なからいとうすい)です。それに対して半井桃水は、「一葉女史」と題して、寄稿文を雑誌に載せています。そしてその中で、「雪の日」についても、言及しています。どう言及しているのか・・・。時間オーバーなので、次回もう一回だけ、概要書いてみたいと思います。
February 5, 2006
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2008年8月8日とは、「888」と、「8」が3つ並ぶという意味でも、なかなか意味深い日だということは、あちこちで、指摘されています。2008年8月8日を、数秘学からみてみると、2+0+0+8+8+8=「26」となり「2+6」=「8」になることから、「8」という数字が非常に重要な日となっていることがわかります。また「26」という数理は、けんたま様の数理解読から、使わせていただければ、アルファベットのA~Zの26文字にも対応することから、始めであり、終りであるという意味をも象徴しているように感じます。ゲマトリアというものがあります。ギリシャ語や、へブル語のアルファベットは、それぞれ数字にも対応し、アルファベットの単語を数字に変換するというものです。非常に興味深いことに、「888」は何を象徴するかといえば、ずばり、「イエス」です。ギリシャ語のアルファベットで「イエス」は「イエスース」になり、これを、ゲマトリアに変換すると、「888」になります。具体的に上げれば、下記のようになります。●「イエス」=「イエスース」(ギリシャ語)=「10+8+200+70+400+200」=「888」そう、「イエス・キリスト」のことです。すなわち、「888」という数理は、「イエス」を象徴する数字だということになり、これは、個人的には何か意味深いものを感じています。そして、先の「2008年8月8日」=「2+0+0+8+8+8」=「26」で「26」という数理が導かれました。これは、英語のアルファベットの26文字を象徴し、「始め」でありから「終わり」すべてを内包すると同時に、始めであり終わりである、ということを象徴していることは、先に述べました。さらに、驚くべきことに、「26」という数字は、聖書の絶対神「ヤハウェ」のへブル語のゲマトリアと一致するというのです。すなわち、「ヤハウェ」をへブル語のゲマトリアに変換すると「26」という数字になると。★★★詳細は今までここでも紹介したので、結論だけを述べますが、旧約聖書の絶対神「ヤハウェ」と、新約聖書の「イエス・キリスト」とは、イコールで結ばれます。イエス・キリストとは、絶対神ヤハウェが、人間として受肉した存在です。そのことは、イエス・キリストの正体1に少しまとめてありますが、絶対神ヤハウェは、モーセに「私はある。私はあるという者だ」ということを述べていますが、これとまったく同じことを、イエス・キリストは言っています。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『はっきり言っておく。アブラハムが生まれる前から“私はある”』すると、ユダヤ人たちは、石を取り上げ、イエスに投げつけようとした」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの言葉は、ユダヤ人たちを激昂させます。なぜなら、「私はある」というのは、絶対神ヤハウェ自身をさす言葉だったからです。★★★2008年8月8日に、「26」(=絶対神ヤハウェ)と「888」(イエス)という数理が秘められているということ、そして、北京オリンピック開幕も、奇妙なまでに「8」という数字にこだわっています。なかなか興味深い符号だと感じます。★★★「888」=「8+8+8」=「24」=「2+4」=「6」となり、「6」という数理が「888」から導かれます。その前の「24」という数字もおもしろいと感じます。「24」=「フシ」=「不死」=「父子」=「節」といった言葉が導かれます。そして、「24」=「ニシ」=「西」とも見ることができます。言葉遊びだとすれば、それまでなのですが、「西」の方角は、「北」を「子」に対応させて、右回りにぐるりと十二支に対応させるならば、「鳥」の位置になります。「西」=「鳥」となり、「鳥」は、天と地をつなぐものであり、聖書では、ずばり「神」の象徴でもあります。ここに、「不死」と絡めるならば、「鳥」「不死」となれば、「不死鳥」=「フェニックス」であり、「火の鳥」です。フェニックスは、一度死んで、蘇るわけですが、これは、まさに一度十字架で死んで、3日後に復活する「イエス・キリスト」を象徴しています。また、「24」=「父子」は、御父と御子を想像させます。御父とは、エロヒムという神であり、御子は「ヤハウェ」=「イエス・キリスト」となります。「節」とは、節目であり、この日が節目になることを象徴しているのかもしれません。●「節」=「フシ」=「24」=「2+4」=「6」節のあるのは、「竹」ですが、「竹」も、門松などに使われますが、門松は、竹が三本一組のものが、門の両脇に配置されます。三本は、聖書でいう絶対三神を象徴し、日本でいえば、古事記の造花三神に対応します。三本柱が、両脇に配置されるのですから、合わせ鏡になり、三と三で、「六」となり、これは、「6」という数理の重要性が浮かび上がってきます。さらに言えば、陰陽合一の「六芒星」にもつながり、これは、伊勢神宮の内宮と外宮をつなぐ参道の両脇に配置された石灯籠にも刻まれている紋です。節(=6)目には、「6」という数字が重要になってくるのかもしれません。「6」という数理から「六芒星」をもつ、伊勢神宮が浮かびあがり、さらには、イスラエルの国旗の「六芒星」とつながってきます。この両者のつながりが、この日を「節目」として、より明確になってくるのでしょうか。伊勢神宮の内宮は、天照大神が祀られていますが、この神道最高神の正体は、飛鳥昭雄氏&三神たける氏によれば、ずばり、「イエス・キリスト」です。異端の説だと思いますし、何をバカなことを言い出すのだというご意見も多々あると思いますが、さまざまな日本と聖書のつながりをみれば、これこそが「真実」だと言ってもいいと、個人的には思っています。ですから、時代が大きく動き出すとき、それは、伊勢神宮も大きく動き出すことが、指摘されています。「8」が3つ重なるとは、これは、けんたま様も指摘されているように、深い意味がありそうです。「8」は、「救い」や「愛する」のゲマトリアになるといいます。また、単純に「イエス」を象徴するともいえます。「8」=「ヨウ」=「八」=「陽」となり、太陽を象徴しますが、イエス・キリストは、光の象徴でもあり、天照大神は、太陽神の象徴であるともされます。「8」は、「イヤ」となり、「ヤハウェ」の「ヤ」をあらわして、ヘブライ語で「神」を意味します。「3」は、絶対三神であり、造花三神の「三」の象徴。「888」の「8」が「3」つとは、まさに、「絶対三神」の象徴に感じます。絶対三神が動き出すのか…。そのことは、神のみぞ知る、なのだと思いますが、ひとりひとりが、今できること、今目の前のことをしていくことが大切なのでしょう。今日は、というか過ぎてしまいましたが、「888」の日だと思い、ひとつ、自分の中で決意したことがあります。そのことを、今は続けてみようと思います。
August 8, 2008
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秦氏とは、何者なのか…?秦氏の謎を解くことは、日本の謎を解くことに繋がると感じます。しかし、秦氏の不思議なところは、決して表に出てこないということ。表には出てこないものの、いたるところに、手掛かりを堂々と残しています。今まで紹介してきたことと、重複する部分もあるかと思いますが、「秦氏」の正体を、今回より、もう一度ざっと見ていきたいと思います。『「秦氏」の謎』(三神たける・飛鳥昭雄)を参考に見ていきたいと思います。★極東の地に祀られた絶対神の神殿★日本という国の本当の姿を見ていくうえで、ある意味、最重要渡来人であることは、間違いなく、秦氏が日本建国に深く関わってきた、ということが言えそうです。もっと言えば、日本の本当の姿を、封じ込めたのも「秦氏」だということになりそうです。数々の重要な神社を創建しており、ある意味、今の神社の形態を作り上げたのが「秦氏」であると言えるのかもしれません。その集大成ともいえるのが、秦氏が創建に関わっている「伊勢神宮」だということになります。その伊勢神宮の外宮には、見てきたように、「豊受大神」が祀られていて、今現在「マナの壺」が収められている可能性が指摘されています。そして、「豊受大神」の正体は、大元の神「天御中主神」であり、古代イスラエルの「絶対神ヤハウェ」でした。おそらく、「異端」のなかの「異端」の考えなのかもしれません。なぜ、神社が、遠く離れた異教の神「ヤハウェ」を祀っているんだ!そんなことはありえない!というのが大方の意見だと思います。しかし、いろいろな状況証拠を積み重ねていけば、決定的な証拠はないものの、そう思わざるをえません。「絶対神ヤハウェ」は、イスラエルから遥か離れた、極東の地・日本で、古代イスラエル神殿を模した、日本の神社に祀られていた…。ただ、唯一絶対神だけで割り切れないところがあります。なぜなら、古事記には、「天御中主神」の次に「高御産巣日神」「神産巣日神」が現われており、これらの神がワンセットで「造化三神」となっているからです。一人の神を拝していると同時に、三人の神を拝している構造になっている。これは、ひとつ、日本の神道を考える上で、重要なポイントになりそうです。そして、そのことは「秦氏」の名前に、堂々と示されています。何度か紹介したように、「秦」を漢字破字法で分解すると、「三」+「人」+「ノ」+「木」となります。「木」とは、神木などと言われるように、古来より神聖視されてきました。神を数えるのは、一柱、二柱、三柱…と数えていきます。柱が神であり、ひいては「木」が神である。ですから、「秦」=「三+人+ノ+木」で、「三人の神(木)」となり、秦氏の名称自体が、「三人の神」を拝していることの、何よりの構造です。秦氏は、この「三」の構造に、とにかく徹底的にこだわります。音に返すと、「三」=「サン」=「産」=「山」=「参」「山」は、三本柱の構造であり、山に神がいることを思えば、ここにも三神を拝する意味が見て取れます。神社の「参道」は「産道」でもあり、同時に「三道」でもあるのでしょう。「参拝」とは、「三拝」であり、「三人の神を拝する」構造です。また、「三」とは、究極的には、「生命の樹」の象徴図形に行き着くといえるのかもしれません。この象徴図形は「三本柱」です。これは絶対三神の柱であるとも言えます。
June 15, 2006
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『ツインソウル』(エンリケ・バリオス)帯の言葉より。「なんのために双子の魂はめぐり逢うのか」「アミ 小さな宇宙人」の著者が贈る魂のかつてない深い癒しのメッセージ★★★5次元文庫は、今までもいくつか紹介してきましたが、個人的には期待しています。徳間書店の超知シリーズも、不思議大好き人間としては、がんばってほしいと思います。本作は、書店で、表紙、そしてタイトルに惹かれて、購入。物語、小説です。前半はやや容易な設定かなあと感じつつ読んでいましたが、読み物としては楽しめました。物語のなかに、作者のいくつものメッセージが散りばめられているといった構成になっていて、魂は永遠であるという思いは、伝わってきました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「ソウルメイトの本質とは何か!?誰にも魂を分けた、ツインソウル(双子の魂)がいます。愛の波動がある水準(レベル)に達したとき、ふたつの魂は出逢い真実の愛に目覚めます。ふたつがひとつになり、真実の愛に目覚めたとき、自分たちだけではなく、自ら放たれる光で、世界に愛と平和をもたらすことができます。あなたも真実の愛を見つけてください。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいくつかのメッセージを拾ってみますと。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「ほんの一瞬にして起こった魂の出逢いは、宇宙の最高の精髄、楽園、天国、涅槃、道、そのすべてである。二人の絆は、生や死の幻影やはかない時間しか与えられない人間の一生を超越したものなのだと、はっきりわかった」「幸福やスピリチュアリティ、そして愛を感じたり前向きで楽観的なとき、心の周波数、振動数を高く保つことができる。振動するというのは、全くの個人の自由意志によるものであり、考えたり、感じたりすることは光となって宇宙を照らすことになる。」「宇宙の基本的な原則、宇宙の基本性いわば喜びの源であり、生命の起源であり、想像の最高の目的。そして存在するすべての人の基本的な本質。すべての原動力は「愛」僕たちの動機は愛で、愛が僕たちを突き動かす。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「ツインソウル」というタイトルから、飯田史彦さんの著書を思い浮かべますが、魂のつながりを感じるという人は、やはりいるもので、家族にしろ、身近な人にしろ、深いつながりを感じることがあります。それは、やはり理屈では説明できないことであり、心の奥から感じるものであったりします。そういったつながり、大切にしていきたいと思います。
January 13, 2008
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