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なんかもっとやわらかくてふわふわな人になりたくて、久々に思い切ってパーマをかけてみました。(...すぐ形から入るのは悪い癖) で、帰宅したぽんぽんに、 「かーちゃん、ぜんっぜんにあわない...」 とばっさり切って捨てられる... ...ううっ!だから女の子っていやなのよっ! って思う瞬間ですね。 まあね。 たしかに似合わなかったかも(ふっ) ところでパーマをかけると困ったことが。 市販のヘアワックスにかぶれるんだよね~(--) かといってこれがないとウェーブでないし。 以前は蜜蝋とシアバターとホホバと蜂蜜で手作りしたこともありましたが、さすがに蜂蜜が入るとべとべとするし、やたらに虫に好かれる気がする...(気のせいかな) ひさびさにネットで調べてみたところ、植物性乳化ワックスやキャンデリラワックスなるものを使って作る方法が出ていました。さっそく楽天でお買い物♪手作りコスメとかってあんまり得意じゃないけど、たまにはやってみましょうか...。
2009年02月27日
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古本屋をやるくらいだからよほどの文学好きだろう、と思われがちですが、大きな声では言えませんがあまり読みません…。なんかこう、苦しみとか悲しみとかをコネコネしている感覚がきらい。「うまれてきてすみません」なんていってる暇があったら外に出て門の前でも掃いて来いっ!っていいたくなる。(でも、けっこう自分は「うまれてきてすみません…」なんて凹んだりするときもある)基本的に本からは知識を得るというスタンスで付き合っています。とくに精神世界とお付き合いするようになってからは、そっちの本を読むのに忙しい。でもエッセイは好きです。とくに独特の日本語の使い方が不思議な切れ味になり、自分のいい加減さをばっさりきられる快感…料理研究科の辰巳芳子さん。読みやすく、無駄がなく、きりりとした文体、繊細なテーマで目からうろこ…幸田文さん。中学生だったか、国語の試験でさんの幸田文さんのエッセイが出ました。父の幸田露伴が文の部屋に入ってきて、花瓶だったか筆入れだったかわすれたけど、そこにないのに気付いて「あれはどうした?」と聞く。文が「割れました」と答えると、「割れたのではなく割ったのだろう」と切り返される。それだけの話なのだけど、いまでも妙によく覚えています。日常の出来事のひとつひとつに注意をはらって生きること、口から出る言葉をおろそかにしないこと。まさにNow,hereかつ言霊ですね。同じく幸田文のエッセイの中でやはり父の露伴に、「お前の台所の音は荒い」とかなんとかいわれるシーンがありました。(ちょっとうろおぼえ)「京の台所はもっと音がおっとりしている」といわれ、文は自分の仕事の仕方が心がこもっていなくて挙措が荒いのだろうと反省するのですが、父の死後に京都に行って夕飯時の町を散策し、台所の音に耳をそばだててみたが、あまり変わらないような気がした、という話。そういえば辰巳芳子さんの本にも、「大根をおろすとき、つい、ぞりぞりと力まかせにしてしまうが、しょりしょりと軽い音になるようにしたい」と書いてあったな。そんなことを考えながら、どしゃん、がしゃんと大きな音を立てながら、「ぽんぽんっ!はやく食べちゃいなさいっ!」「生活調べいれたの?ハンカチはっ?」「あー、たまねぎがない~っ!」と、台所であわてふためくan-nonでした(^^;
2009年02月23日
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こんな夢を見た。 父がサラダに味がついていないと怒った。 ごま油とお酢と塩でいそいでドレッシングを作りながら、そんなことで文句を言わなくてもいいだろうにと、すごく腹が立った。その家は壁が二面しかなくて、外に開けている方の数百メートル先は工事中の高いビルで、なぜかかなり上のほうにブルドーザーが作業していて(夢ですから…)、そしてそのブルドーザーが落ちて、私の横に転がってきた。乗っていた人は死んでしまって、わたしはその遺体の横で人がくるのを待っていたのだけれど、その遺体はむっくりと起きだした。 キョンシーだぁ…! 逃げても逃げても追いかけてくる。 何が怖いって、相手が笑いながら追いかけてくるのが怖い。 死ぬのはいやだとか 裸は恥ずかしいとか 時間は直線的に流れているとか 真理ではないかもしれないけれど、みんなが真理だと思って暮らしていることを、まるで無視している相手は本当に怖い。 逃げて逃げて、へとへとになって目が覚めた。 疲れた…(--; わたしはけっこう同じ夢を繰り返してみる。 卒業するのに単位が足りないとか、 勤めていた会社の夢で、きちんと仕事をこなせなくてあわてるとか、 すごくいやな形で疎遠になってしまった友人夫婦が出てくるとか、 電話がかけられないとか… 結局、それに象徴される何かを解決できていないというメッセージなんだろうな。 ここのところそれに「追いかけられる」というのが加わってきた。 きっとなにかのメッセージなんだろうなあ。 と思ってネットで調べてみたら、こんなHPがありました。 http://www.clovera.sakura.ne.jp/yume/index.html 追いかけられる夢に関しては… 「何かに追われる夢を見たときは、仕事の重圧ということも考えられますが、自分自身の嫌悪している部分が増大しているとも考えられます。少し、自分の生き方を考え直す必要があるかもしれません」 だそうです。 それと、トイレの夢もよく見るんですが…(^^: これは健康状態と関係しているそうです。 二ヶ月くらい前に、あまりに夢を繰り返すので夢日記をつけていたのですが簡単に挫折してしまって…。 またつけようかな~。
2009年02月21日
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いつもの漢方薬局にぽんぽんのインフルエンザ予防薬を処方してもらいに行った。これがなかなかの優れもので、これで三年、インフルエンザにかかっていない。 で、調剤してもらっっている間、世間話をしながら、何気なく私が目をこすったら、薬剤師のRさんが 「あれ、an-nonさん、花粉症ですか?」 「え?ああ、そういえば花粉がもう飛んでるってみんな言ってましたね。いや、そういう自覚はないんだけど…。でもなんとなく目がごろごろして。もしかして花粉症デビューかしらね?」 そういったら、Rさんが思いがけないほど強い口調で、 「だめですよ!花粉症だと認めたら負けです!認めちゃだめですよ!」 「…あ、はい。そうですね」 「『病は気から』っていうでしょう」 …って、Rさん、それって薬剤師さんが言うには非科学的な…って、 いいのか。Rさんは東洋医学の人だもんね。 でも、Rさん以外にも何人かから、 「花粉症は認めたら負け」 って言われたことがあるけど。 ほんとかしらね?
2009年02月20日
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なんだか家の中がごちゃごちゃになっていて、 お財布の中身もひっちゃかめっちゃかで(家計簿挫折)、 何もかもが回っていないのを無理やり回転させてきたんだけど、 なんかもう限界。 それに自分の内側でも、なにかちょっと変わってきたのを感じていて、 「ここはひとつ、ここまでの滞りを本気で吹きとばさないと…」 と、模様替えをいたしました。 先日のボイジャータロットでも「自分を探すために掃除をしなさい」といわれたことですし… 春ですしね お花の飾れる家にしましょう。 ここまで割と何度かこういう時期に遭遇していて、吹き飛ばしの大掃除には慣れているつもりだったのですが、今回は必要性は重々感じつつ、なんだかあまり気分が乗らず。 タロットの師匠には以前、 「あなたの場合、自分を振り返りながら整理整頓中してると、重箱の隅をつつきまわしてろくなことにならないからやめなさいね。自分の美意識を大事にして、それに近づけるようにしないと」 とアドバイスされていて、 「はあ…(美意識ねぇ。あんまりセンスないのよ、私)」 とそのころから思っていたのですが、今回はことのほかそれが重症で、気持ちが乗ってこない。 それでも、 「初めてしまえば後から気持ちはついてくる!(こともある!)」 と、ぽんぽんの風邪につきあって店を休んでいる間に、ばりばり片付けました(^^) 今回は左半身(美意識の領域だもんな)との戦いの最中でもあり、妙にだるくて(先日処方してもらったレメディ(が効いていたらしく…というか、これを飲み始めたから左半身の話が始まったのかな?) 「あー、やめときゃよかったかなあ」 なんて思ったのですが、一度ひっくり返したものをただしまうのもあほらしい。三日格闘してようやく昨日の夕方、目鼻がつきました。で、夜中までかかってついに一段落。そもそも三人家族で1LDKというむちゃくちゃな間取り。良くぞここまで整理したと大満足ですが… 問題はどれだけ維持できるか、だよな ちょっとくたびれたので、今日は『ハーレクイーンロマンス』でも読んでのんびりしようっと…。 やっぱりハッピーエンドじゃなくっちゃね
2009年02月19日
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やっぱりぽんぽんはお風邪でした。昨日は昼過ぎから微熱が出て、ぐた~。とはいっても眠るほどでもないらしく、居間にしつらえた座椅子ベッドで、ぬくぬくとすごしていました。母は家の中の大掃除でちっともかまってくれません。仕方ないので「ドラえもん」を読んでひまつぶし。「テレビつけてよ~」「だーめ。テレビ見ると余計疲れるよ」と何度繰り返したでしょう(笑)で、夕方、さすがに退屈もマックスになって、いらいらしてきたので、いつも見ている夕方のテレビだけはOKにしました。「その前に、マッサージしてあげるよ」「うん(マッサージ好き[m:49]」自分が風邪を引いたときも、とにかく体に手を入れます。足から初めて、腎系を集中的に。脚の内側を押していたら一箇所やたらに痛がるので、パジャマをめくったら見事な青痣が…「どしたの?これ」「あー。一輪車やっててぶつけた」「先に言えよ~」寝ていると背中が凝るから、ここもきちんとお手入れして。頭が痛いというので、首から頭もきっちりと。そして五分後。すやすやと眠ってしまったぽんぽん。目が覚めたときには、見たいテレビは全部終わってしまいましたとさ。「かあちゃん、ひどい~」「まあまあ…」そして九時ごろもう一度お布団の中でマッサージ。また見事にすこんと眠る…。こどもは本当に反応が早い。今日も一応大事をとってお休みしました。わりと元気だったのですが、夕方ごろになってなんとなく体がぐずぐずと落ち着かなくなったらしく、やたらに甘えてきました。(私が一日中大掃除をしていて、振り向かなかったからという話も…)で、先ほど再度マッサージ。またまたすこんと眠ってしまいましたとさ。毎回こんなにうまくはいかないけど、今回はとってもマッサージが良く効きました。さすが母子。気の相性がいいんでしょうね。
2009年02月17日
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今朝、どーしてもおきられなかったぽんぽん。月曜の朝は誰でもつらいっ!がんばれ、ぽんぽんっ!「がっこういぎだぐない~[m:55]」みんなおなじだ、がんばれ、ぽんぽん…「のどいだい~」う、確かにけっこう腫れてるかも。もともと扁桃腺は大きいけど。「おながいだい~」う、そういえば、昨日からそういってたなあ…たしかに、昨日から少しだるそうだった。無理していかせれば行かせられないこともないが、弱っているときに別のウィルスをもらってもなあ…仕方ないか…「こりゃ、風邪だね。今日はお休みしようね」「うん」うれしそうに布団にもぐりこむぽんぽんでした。私、甘すぎます??ちょうど漢方薬を切らしていたので、はちみつ入り梅エキスとホメオパシーのNux vom(食べすぎ用)で様子を見ています。後ほど漢方薬局にGO!で、必然的にお店も休みです…(^^;ちなみにNux vom。ホメオパシーはあまり使い慣れていない私ですが、最近、父の病気を通してホメオパスさんとご縁ができて、いろいろ手を出しています。Nux vomは、父の根本的な性質を現しているレメディとしてホメオパスさんが示してくれたのですが、「え?これって私?」くらいに似ていたので、わたしも一瓶摂りました。性格的なものはあまりわからないのだけど、コーヒーがあまり飲めなくなったのと、お酒の量がかなり落ちました。(飲まないことも増えた)ぽんぽんは食べ過ぎのときにこれを摂るとすごく良く効きます。「きもちわるい~」とかいいながら泣き泣き布団の中でのた打ち回っていたのが、レメディを摂って5分くらいですこんと寝たのには驚きました。
2009年02月16日
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昨日は13日の金曜日(笑)、お友達のお誘いでボイジャータロットの講演会に行ってきました(*^^*) ボイジャータロットはこんなカード http://www.voyagertarotjapan.com/index.html 従来のタロットの型を踏襲しつつも、作者のインスピレーションを大切に、現代にふさわしくアレンジした、とっても斬新なタロットです。なんたってカードのデザインがコラージュですもんね。読み方も、とにかく自分の感覚を大切に、感情豊かに読んでいきます。教えてくださった先生も海外に長く暮らしていた方で、とても表現力豊かで、リーディングの内容を相手に伝えるってすごくたのしいことなんだな、と(いつもすごく苦悩している私…)勉強になりました。 わたしが普段使っているタロットはカモワンといいます。 http://ja.camoin.com/tarot/-Home-ja-.html カモワンはタロットとしてのオリジナルに回帰することを目指した古典的なカード。読み方も、まず象徴や記号を理解したうえでそこからイメージを拾い上げていくというクラシックなやり方なので(とはいえ、何を拾い、それに何を見るかは、ボイジャーと同じですが)、とても自由で開放的なボイジャーとの対比がとても面白かったです。 ボイジャーも手元に一組ほしかったけど、これ以上カード増やしてもしょうがないので(なんだかんだとオラクルカードがけっこうある)ぐっとがまんしました。 ごいっしょさせていただいたみなさんも、なんだかくらくらするくらいパワフルな方ばっかりで、みなさんが引くカードもくらくらするくらいダイナミックなカードで、なんかちょっと周波数上げてもらった感じでした(笑) 先生はお掃除風水もやっていらっしゃるそうで、ここのところ真剣に掃除を考えているわたしとしては、発破をかけてもらった気分です。 今日は一日、お掃除しまっす!
2009年02月14日
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自分の内面を見ていく作業を繰り返していくと、時々「パンドラの箱」に出会う。 もちろん開けることによって自分が成長するんだから開けていいんだけど、見たくない部分を見ることになるので、気分的には、 「あーあ、開けちゃったよ、やめときゃよかったのに…」 と思う。 今日、いくつ目かの「パンドラの箱」に遭遇することになった。 なんと「母」である。 そもそも左半身に明らかなダメージがあるのだから(左目が悪いとか、扁桃腺が腫れっぱなしとか、左の背中が腫れてるとか、外反母趾とかね)「母」との関係が浮上してこないほうがおかしかったのだけれど、「父」との関係が急務だったのでずっと封印されてきたらしい。一度むりにほじくろうとして、師匠に「そううやってない傷を作らない!」と怒られた。それもよくわかる気がする。結局そのときに「傷」だと思ったものはたしかに傷だったけど、その原因は違うところにあったのだと、今日かなりはっきりわかってきた。実は先週の土曜日にあるヒーラーさんの勉強会に出て、そのときに「あなたはまだ母親との関係を癒していません」と断言されたのだった…(^^;それが出てくる時期だったということだろう。 ここ数日、わたしはコミュニケーションについてなぜか考えさせれられることが多かった。 とくにダンナとの関係において。 今朝、母が私の部屋に上がってきて、なんかそんな話をしていたら、突然母が、 「お前の話は難しすぎるわ!」 と、めずらしく切れ始めた。 「わたしにはわからない」 「じゃあどうしたらいいのか具体的に説明して」 「わたしは十分幸せです!」 「これ以上どうしようもない」 と、わりとふだんから母が言う後ろ向きなせりふが、今日はやけに毒をもって響いた。冷静に話せば話すほど手がつけられなくなってきて、「わかった、もう今日はこのへんで…」 とお引取り願うことになった。(もうなかなおりしたけど) そのあとやおらノートを取り出して、はじめましたよ、マインドマップ…。 もうこれっきゃないでしょう。 かきかきかきかき…。 そういえば今朝はモーニングページもやったんだよ。よく書く日だ。 かきかきかきかき…。 で、けっこうあっさり見えてきました。 わたしが母から受け継いだ負の遺伝子(笑) 見えたらあとは赦して、神様にゆだねていくだけ。 ちょっとあらたな展開がひらける…かも(わくわく)
2009年02月12日
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今日は昼過ぎからママ友のおうちに行って、主婦三人でしゃべり倒して来た。最近、ママ友のなかにもスピリチュアルな話を聞きたがってくれる人がいるのでうれしい。今日もいろんな話をしてきたが、「父親になれない男」あるいは「男になれない少年」というテーマがガツンと浮上し、同時に「母になってしまった女」というのも平行して出てきて面白かった。この「母になってしまった女」のパートナーは当然「男になれない男の子」である、という図式もある。母親からの自立が出来ていなくて、パートナーに「母」を求める男は、必然的に「女」であるより「母」であることのほうが自然になってしまう相手を選ぶわけだ。 自分の肉の延長(こども)を手に入れた女は、「女」であるより「母」であることを優先しやすい。(もちろんそれが難しい場合もある。母より女でありたかったり、自分がこどもでいたくて母になれない場合もある。わたしもかなり「母」として生きることに苦労したほうだと思うが、私の場合は前世と関係しているような気がする。こどもを育てた過去があまりなかったらしい)このときに「男」も「父」にうまく移行してくれれば、「父・母・子」という、ある意味理想的な家族の形になる。このとき中心になるのは「子」だ。母系が基本にある日本社会では「母・子」が強烈だからこのパターンになりやすいのだろう。お互いを「パパ」「ママ」と呼ぶのもそのためらしい。 欧米で「父・母」でありながら「男・女」の型も残されるべきだと考えられているのは、基本が父系で、「父」を中心に家族が構成されてるからだとどこかで読んだ気がする。 どんな関係においても、家族や社会の中の「役割」に依存することなく、「個」が充実することが人間の内面的な成長だとすれば、「父・母」「男・女」がバランスよく「個」の中にあることが望ましいということになるのだろが、問題は「男」が「父」に移行できなかった場合だ。 「母・子」の蜜月に「男」は異邦人だ。 ましてや「男」にすらなれずに「男の子」のまま、母性を妻に求めてしまった男は、ほんものの雛を目の前にした母アヒルにとっては「みにくいアヒルの子」になってしまう。もっともなかには「それでもうちの子よ」といって育ててしまう母性にあふれた母アヒルもいようが... さて、今日集まったお友達のパパは、「みにくいアヒルの子」が二人、「異邦人」が一人。 うちのダンナは「みにくいアヒルの子」のパターンだ。 みんなとおしゃべりしながらあらためて再認識... わたしももっと「女」にならないといけないな。 すっかりぽんぽんだけを溺愛してしまっている。反省 はじめから理想的な家族なんてない。 気付いたところから変化は始まる。 腰を上げるのはちょっとしんどいけど、立ち上がるかやめとくか、決めるのは自分だ
2009年02月09日
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店にマンガを買いに来た50代位の女性のお客さん。 わたしをみつけて、 「あれ?今日はお嫁さんなんだ。おばさん(義母)じゃなくても買える?」 「はーい、大丈夫ですよ」 「...ところで、あなた何やってるの?」 いや、なにって...(^^; 「...まあ、一応本売ってるんですけど(ぜんぜん売れないけど)。こっち一列、わたしの好きな本を置かせてもらってるんです」 「ふうん、どんな本?」 「えっ...と、シュタイナー教育って、ご存知ですか?」 「知らない(きっぱり即答)」 「(ですよね...とりあえず聞いてみただけです)スピリチュアル系の本を扱ってるんですが...あ、そうそう『オーラの泉』って...」 「ああ、知ってる」 オーラの泉... あなたは偉い。スピリチュアルという言葉の知名度をこんなにも上げてくれた。(「スピリチュアリティ(名詞)」というべきところも「スピリチュアル(形容詞)」でカバーしてしまうという、マジカルな言葉に育ててしまったけれど) 「まあ、スピリチュアルな世界を紹介しながら、健康や子育て情報を提供できたらなあ、と...」 きらり、とお客さんの目が光った! 「子育てはね、うちは本当にうまくいったの!」 その方にはもう成人した長男をはじめ三人のお子さんがいらっしゃるのだが、三人ともとてもよい人間に育ったのだそうだ。 「わたしは自分の子ども時代があまり幸せじゃなかったから、とにかく子どもにはしあわせになってほしくて、周りにバカなんじゃないのっていわれるくらい、とにかく愛して愛して愛しまくったのよ!男の子だって嫌がったってかまわずにずーっとハグハグしてきたの!いまでも一番私のことを気にかけてくれるのは長男よ!主人もとにかくおうちが大事な人で、子どもの行事はひとつ残らず出席したわ。だから娘たちだって、年頃になっても『お父さん汚い』なんて絶対いわないわよ。だいたいあれはお母さんが子どもたちの前でお父さんお悪口を言うからいけないの。奥さんも旦那さんをちゃんと立てて...」 わたしを知っている人ならだれでも、 「an-nonさんはおしゃべりだねえ」 って言うと思うんだけど、義母の店に来るお客さんはほんとうにおしゃべりが好きな人が多くて、わたしはなかなかしゃべらせてもらえない。今回もそのパターンだった。それにしてもこのお客さんの話は、本人はまるっきり自覚してないようだけど、ものすごーくスピリチュアルだ。 「私の知り合いでご主人が浮気ばっかりして困ってた人がいたんだけど、とにかくその人は、もう、私以上に家族につくしてつくして、そしたらご主人もいつの間にか浮気をやめるようになって...」 「ほおおお。すばらしいですよ、それ...」 そしてついに決め台詞が... 「結局全部、愛なのよ、愛!」 「...ええ、ここの本棚の本、全部、そのことを書いた本です」 「へ?」 「でも、それを実践されてるんですね...。いやすばらしいです。尊敬します」 「やあねえ、そんな全部が全部うまく行ってるわけじゃないわよ!だけどね、うちの主人はね...(続く)」 そしてしばらくして、 「ああ、いっぱい語っちゃったわ、楽しかった(^^)この本頂戴」 ご満足いただけたようだ(^^; で、手渡されたマンガは「ミステリー特集!恐怖!女の執念...」とかなんとかいう、怖そうなマンガだった。人間って複雑な生き物だなと思った。 また来てくれるといいな(で、今度は私の本も買ってね)。
2009年02月06日
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昨日は母の誕生日 なんと喜寿です!めでたいめでたい わたしは母が36のときの子で、ぽんぽんはわたしが33のときの子。 親子二代の遅め出産で、おばあちゃんにとってはぽんぽんはひ孫状態。日記にはあまり登場しない母ですが、わたしは母にはすっかり頼りっぱなし。さすがに若いおばあちゃんのように、なにからなにまでお願いするわけには行きませんが、私がのんきに店なんかやってられるのも、この母のおかげです。わが母ながら、気持ちの優しい、でも度胸のいい人です。ちなみにスピリチュアルな思想を最初に家に持ち込んだのは母でした。 「ターシャ(絵本作家のターシャ・テューダーですね)みたいなおばあちゃんになるの」 と、遠大な野望を持つ77歳。なんだかどんどん元気になっていきます。いつもありがとう。 そして今日は節分。 やりましたよ、豆まき! 恵方巻は食べません。関東人ですから!…ってわけでもないんだけど、これは最近の習慣ですよね。うわさによるとローソンが商業的に関西から輸入(?)したとか。ほんと? ぽんぽんの給食は豆ご飯だったそうです。うちはダンナも娘も豆嫌いなので、やりませんでした。 おいしいのに… さらに、明日は立春です。 なんでこんな寒いのに春だなんていうんだろう、旧暦って変なんじゃん?とずっと思っていました。太陽暦では三月から五月までを春、天文学上では春分から夏至までを春と定義するのだそうです。でも、何かの本で春っていうのは暖かいとか花が咲いてるとかじゃなくて、生命のサイクルにおいて、新しいエネルギーが誕生する期間のことを指すのだと知って、やっと納得しました。 さらに今日、お風呂でぽんぽんに 「なんで春っていうの?」 と聞かれて、答えにつまってしまいました。たしか、芽が出ることを「張る」って言ったからだと思ったんだけど…で、語源を調べてみたら、やはり「草木の芽が張る」が有力らしく、ほかに「田畑を墾る(はる)」「(気候が)晴る」などの説があるのだそうです。 この語源を考えると、やっぱり旧暦正月、太陽暦二月から春だと言い張るのは少々無理がある気もしますねえ…「張る」のも「墾る」のも「晴る」のももう少し先ですよね。でも外を歩くと、確かに衰える一方だった自然の生命力がすこしずつエネルギーをとりもどしつつあるようにも思います。ことしはことのほか梅が早くて、もういいにおいを漂わせていますしね。やっぱり立春は「春は名のみの(早春賦)」なんですね。 そういえばこんな歌が… 袖ひちて むすびし水のこほれるを 春立つけふの風やとくらむ(古今集・紀貫之) 去年の夏、冬、今年の春という時間の推移を一首の中に歌い込めるという、ひじょーにテクニカルな歌です。 この歌には教育実習のときの苦い思い出が… to be continued…(ほんとか?)
2009年02月03日
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これが本物のカピバラです... 「ぽんぽん、ゆず湯に入っているカピバラを見に行こう!」 と、私のいとこが言い出した。 なんでも伊東のシャボテン公園なるところに、いま人気のカピバラがいて、冬季は温泉に入っているのだそうな。 さらに期間限定で「ゆず湯」なのだとか...。 というわけで、金土日と、ぽんぽんといとこの家に泊りがけで行き、カピバラも見てきました。 残念ながら温泉には入っていませんでした。 で、ひさしぶりにいとことゆっくり話をしました。 そのいとこは、わたしの父の妹の娘で、わたしより四つ年上です。 わたしの父は、そうとうお見事な性格で、わたしもかなり彼からお勉強させていただいていますが、いとこにとってはそのお勉強の相手は母、つまり父の妹のようで、自然と彼らに対する愚痴大会になったのですが、いやほんと、この二人は怖いくらいに似ている... 「母が、かくかくしかじかで、でもってさあ...」 「あああ、わかるうう、それ、うちの父とおんなじよおっ!」 と意気投合。お互いに慰めあったのです。どう が、本人には自覚がないらしく、叔母いわく、 「ほんとに、お前(わたしのこと)のとこのお父さんは、ごうじょっぱりだよ。兄弟の中であの人だけ変わってるよねっ!」 「...」 「...」 おもわず言葉を失ういとことわたし。 自分のことって自分じゃほんとにわからないものなんだなあ(--) 私としてもいとこの家で三日過ごして、叔母といとこのやりとりを見ることで、父と自分との関係を客観的に見たような気がしました。父の人生のテーマは支配だと思うのですが、叔母もやはり同じのようです。支配したがるエネルギーにどう対応していくか、という面でもいとこの行動をみて「それはまずいよ」とか「うーん、むりもないよね」とかいろいろ思うわけですが、同時に支配されることで自分の価値を見出し、それに依存して生きてしまう、その関係性が固定されることで家中が動けなくなってしまう、という負の構図、これは我が家も共通にもつ負のサイクルなのですが、これを俯瞰的に見ることができたような気がしました。 カピバラ見物で思わぬ収穫をしました(笑)
2009年02月02日
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