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2007年02月07日
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みおしえ


   昔の人のいう通り人間というものは、今日あって明日のない身だ。

  これは昔からの言い伝え、一寸先は暗だ。それだから一日に手をあわせと

  いうことは、今日あって明日のない身体、今日あって明日別れたところで

  心残りのないだけのつとめを日々にせよということを教えてくれている。

  そうすればむつかしいこともない。日々はお互いに思う存分のつとめをして

  ゆくこと、お互いにあらを拾いあってハイ々と言いながら、すれ々しておって

  別れてしもうたときには「ああもしておいたらよかった、こうもしておいたら

  よかった」と泣きの涙であとを追って行ったところであえる道はない。

  ところが日々にできるところから言えるところから優しい言葉で、できること



  ようあそこまでしてやった、ようここまでしてもろうたと、お互いは幸になる。

  どれ程一生懸命に仕えたところでわかってくれやんものにすることがあほらしい

  ものやと捨ててしまわずに、夫婦なれば夫婦らしく、親子なれば親子らしく、

  兄弟なれば兄弟らしく、出来ることから日々にあとへ心を残らんように、よう

  してくれた、ようできた、ようここ迄、ようここ迄さしてもらったと、嫁にいっても、

  養子にいっても、この世を去っても、お互いに喜びをつばぎあわしていけば幸せは、

  あの世からも此の世からも湧いてくる筈。ところが反対に不足でつなぎあわせて

  家をでたときには、家が気がかりで、思い存分の仕事ができん。我が身につくもの

  真剣な気持ちである限り絶対にできんことはない筈。心のつなぎさえできておったら、

  寿命のつなぎではできていく。すてばちにしたことは絶対に救うて頂くことは出来ない。



  にも、わかった者からは話してやる、納得さしてやることである。






    南天  昭和48年  5月号





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最終更新日  2007年02月09日 15時48分50秒
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