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平成21年度初巳祈願大祭 奉納演芸参加者募集のお知らせ 初巳祈願大祭 奉納演芸のお勧め 初巳祈願大祭は1年の願いのお祭りです。 本年初巳の日 平成21年3月1日(日)に神様に演芸を奉納させて頂いて 今年1年の厄を祓って頂きませんか!!! 皆様にご自慢の芸能道開けの願いを込めて奉納演芸をお申し込みください。 神様に奉納演芸を勤めさせて頂こうという個人・団体単位で受付させて頂きます。 神路原神社大祭広場または舞台で演じて頂けるあらゆるジャンルの演芸OKです。 奉納演芸申込書に、必要事項を記入頂き大祭企画室までお申し込みください。 (申込書は神路原神社布教本部こうろにてお配りしております。にてお申し出下さい。) 詳細 日時:平成21年3月1日(日) 午後12時~2時30分の間 場所:紀ノ川市中鞆渕神路原神社 野外舞台・広場 申込締切:2月2日(第1回目締切) ※奉納演芸の詳細が決まっていなくてもお申し込み頂けます。 お申し込み多数の場合は希望演芸時間の調整にご協力お願いします。 お申し込み先 神路原神社 布教本部 こうろ 和歌山市西坂ノ上丁23 073-422-1622 073-432-0174 担当:大祭企画室/催し分科会 地道・竹中・田中徹 参拝所単位の演芸やお神楽等の奉納も申込書をお出し下さい。
2009年01月17日
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初巳祈願大祭 平成20年3月18日(火) 初巳1日に1年の厄を知らす 初巳1日は、1年間で最も天巳大神様のお働きをいただける日であります。 また、その日1日は私達が果たさなけれbならない1年の厄をお知らせ いただく日でもあります。 厄を果たすべき時、 〔大難を小難に〕御守護いただく為に、初巳祈願大祭は私達信者に とって欠かすことの出来ない大切なつとめであります。 天巳大神様との結びつきをいただく為に、大祭真心を精一杯おつとめ下さい。 1日、天巳大神様の御神域にてつとめさせて頂き素晴らしい1年を過ごさせて 頂きましょう。 大祭祈願のご案内 《大祭真心》 1年間の道開けを願う真心です。家内安全・厄除・交通安全・健康道開・勉学道開 縁談道開、その他諸々の祈願を受け付けております。 《幟・ふきちり》 厄除・子供の道開・商売繁栄など「のぼるように」と願いを込めて男性は幟、 女性はふきちりを奉納させて頂きます。また、揚げていただける期間は10年間 になっていますので、それ以上経たれてる方は新たに奉納させていただいて 下さい。 〔奉納真心〕80,000円以上(大祭祈願1件を含む)締め切り3月6日 〔みたて料〕 2,000円締め切り3月6日 《樽酒奉納》 大きな願いのある方、また、お酒関係でお願いのある方は奉納させて頂きましょう。 〔真心〕1丁 120,000円以上(大祭祈願1件含む) 《厄除・お供え餅》 大祭祈願を1件以上おつとめの上、1斗以上の厄除け餅を奉納させて頂だいて ください。祭礼広場舞台よりお餅まきをおつとめ頂き、厄をお祓いいただけます。========================================== ご奉仕のご案内 《焼鎮祭》 神路原神社祭礼広場におきまして古いお札、神具等でおさめさせていただきたい 物などを焼鎮させて頂きます。焼鎮された後、先達に合わせ10巻以上お祈りを おつとめください。焼鎮の御火には体の悪い所を良くしていただくお働きが あります。患部に当て、お祈り下さい。 《みじるし》 2月4日から3月6日まで地区布教員がおいさめをつとめさせていただきます。 各信者の皆様宅へお預かりに伺わせていただきますので必ずお預け下さい。 《お渡り所役》 神幸祭所役3月16日(日)初巳祈願大祭所役3月18日(火)の2回もしくは いずれかのおつとめです。厄年や受験を控えているなどの大きな願いのある方 がつとめさせていただく身のつとめです。 ※男性のみです。 真心 5,000円 白衣・袴貸出しあり(要予約) (白鼻緒の下駄、足袋、マスク、白手袋はご用意下さい) ■申し込み受付・お問い合わせ■ 神路原神社布教本部こうろ・・・社務所または布教部まで 和歌山市西坂ノ上丁23 073-422-1622 073-432-0174
2008年02月07日
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日々新たに 人は皆、生き返り、生まれ変わりしながら成長し、生きてもおります。 どんなものでもいったん接着すると、永遠に離れなくする程に、接着剤の 発達した時代でもあります。 それでも、人間の皮膚を永遠に接着しておく事が出来ないのであります。 生まれがわり、生き返りがあるからであります。 神様も又同じ、お祓い、みそぎの根本理念は、そこにあります。 決して古い物をいつまでもいつまでも、後世大事にしておいておく心は ありません。 式年遷宮をつとめる心も、神社のご本殿に、国宝のないもの、そのゆえんで、 あります。常に、新しく、心新たに生きとし、生ける日々、新たな希望を 持って、生活をする。今朝の日の出は昨日のお日様にあらず、今日1日は、 昨日の続きにあらず、その日、その時を大切に、精一杯に、生かすので あります。 大祭前夜の3月26日午前5時より、9時まで、昨年1年間に願いを込めてきた お札や神様の御道具、また、その他神様に関係する諸々の品物をすてるのでなく、 感謝の心を捧げつつ、神様のお火に、焼鎮致します。 3月26日焼鎮祭の時間内に、お札諸々、真心を添えて、神路原神社(旧称 天巳大神神社)へと、お上がり下さい。感謝を捧げ又、新たなお働きを 祈念致しましょう。 昭和63年 南天 3月号より
2008年02月07日
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集え神輿に 男子の志をいただく者、天巳大神様、おしえ親様の神輿を、担がせて いただこう。最近は、大きなお祭り程、神様に、奉仕させていただく諸々の 所役に、日当を払って、つとめてもらう事が多くなっていると聞きます。 お祭りは、見てもらう為にあらず、神様に、一人一人の真心とつとめを 受け取っていただき、1年の御守護を、願うもの、願いを込めて、つとめさせて いただこうとする人の申し込みを受け付けております。 つとめを願う人は、ご奉仕申込書に、金五千円を添えて、神路本部(旧称 天巳大神教会)社務所へ、申し込んで下さい。申し込みを致しますと、 次の通り、お行をしていただきます。 入行期間 3月17日(木)~19日(土)3日間入行 3月20日(日)神幸祭 午前10時に参列 3月23日(水)~26日(土)4日間入行 3月27日(日)大祭式典 午前7時30分に参列 入行内容 1、 酒食をつつしみ、特に四足物は、食さぬこと。 2、 毎朝、みそぎをする。 3、 毎夕、風呂に入る。 4、 毎日、下着をとりかえる。 5、 朝夕、十巻以上の心経をおとなえする。 6、 夫婦、布団を別にする。 7、 病気見舞い、不幸弔いをしない。 8、 言葉をつつしみ、争い事をしない。 9、 出来るだけ、心を静に保つ。 10、 ペットが死んだ時にはさわらない。 昭和63年 南天3月号より
2008年02月07日
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何でも何でも その昔は、大型トラックに、あるいは、三輪トラックの荷台に、信者が 乗り合わせて、初巳1日を、つとめに、上がったものでした。 その当時、国鉄船戸駅より、幼い子供の手を引き、親子3人が、20キロ余りの、 道のりを、歩いて、初巳1日を何でもの気持ちで参拝させて頂いた信者があり、 真の”運ぶ”とは、この事と、感心したものでした。 足がない、車がない、送迎がない、不便だとブツブツ言う人があります。 自分の事を、家族の事を、世の平和を願うこのお祭り、何でも何でも、 初巳1日、天巳大神様に・・・・・。
2008年02月07日
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新たな旅立ちへ 神路元年(こうろがんねん) 神路原神社 宮司 昭和63年 3月号 南天より 樹々の枝はしなり、竹は割ける大雪の、昭和27年3月27日、おしえ親様は、 和歌山市の布教へと、鞆渕の山里を、旅立たれました。 それより36年、奇しき緑の辰の年、日も同じく3月27日、今年は我々の諸々を 願う願いの祭り、初巳祈願大祭であります。 昨年の初巳は、おしえ親様の生誕祭と重なり、神路の里は、雪と樹氷に飾られ 素晴らしい景色の中に、生誕祭を祝い、精一杯の、願いを込めて、祈願大祭を、 つとめさせて頂きました。今年は、1月1日より、神社は、神路原神社へ、教会は、 神路本部へと名前を改め、新たな道の旅立ちをしようとしております。 この意義深い、初巳1日に、精一杯、1年の願いを込めて、神路原へと、運ばせて 頂きましょう。
2008年02月07日
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みたま祭り 日時 平成19年8月4日(土) 場所 神路本部・雄湊公園 時間 式典夕刻3時 盆踊り・子供コーナーあり ”四神”伊藤弘典氏演奏 紀州じんろ太鼓 他 家々の先祖様をはじめ、諸々の仏様の道開けを願い、 万灯篭の供養提灯をかかげつとめさせていただく。 あの世の供養のお祭りです。 道開け供養・・・・・1件 150,000円以上 祈願供養・・・・・・1件 15,000円以上 祈祷供養・・・・・・1件 5,000円以上 祖供養・・・・・・・1件 2,000円以上 神路原神社 布教本部こうろ 社務所までお申し込み 下さい。(申し込み〆切り8月4日) 〒640-8234 和歌山市西坂ノ丁23 電話 073-422-1622 FAX 073-432-0174 先祖供養 誰にでも親があるように、先祖のいない家はありません。 日々の生活の中で私達をお守りくださっています。 実家の供養も大切です。 一代佛供養 事情のある魂が多く、供養を待っておられます。 みづご供養 この世に生を持つ子供と同じように親の愛情を求めて います 佛ノ供養 両親、兄弟、祖父母のご供養をさせていただきましょ う。 動物霊供養 かわいがったペット程、身代わりとなってくださって います 諸霊供養 自分に関係のある諸々の魂もご供養させていただきま しょう Powerd by Template
2007年07月26日
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悩み事はございませんか? 3日たってもおさまらない病気・事情は神仏の知らせ。 何故こうなるのか?どのようにすればいいのか? 教えて下さいます。 諸々の願い事を受付ます。ご参拝下さい。 神路原神社 高野口支部 3月20日(火) 0736-43-2324 神路原神社 千葉支部 3月18日(日) 043-257-0508 貴竜苑 3月6日(火) お問い合わせ 企画部 073-422-1622 神路原神社 龍門教会 3月11日(日) 0736-73-3066 各支部での宮司のお行日(御祈願)は以上の通りです。 いずれも午前10時~午後6時 祈願真心は 1件 1万円です。 *神路原神社布教本部こうろでのお行日はお尋ね下さい。 073-422-1622
2007年03月03日
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出会い 木村 艶 その日は何となく気の進まない日でありました。 「ごめんください」 玄関に人の訪れる声にハッと我に返り出ますと「私、天巳大神様と云うありがたい 神様の秋のお祭りの真心を戴きにあがってるのやけど・・・」と云うご婦人の 話しかけでした。 その頃の私は一度お聞きしても何の事やら解りかねて、返事もせずに居りますと、 重ねて「御家内様、みんなお達者ですか」と尋ねて下さいました。 人にはあまり自分の事を、あれ、これ云わない私ですのにその人の飾り気のない、 でも芯に温か味のあるお人柄につられて「実はね、私小鼻の所が痒くなり、こんなに みにくくなっているのやでーー」と云いました。 その頃の私は本当に小鼻が痒くて、すぐそこへ手が行く、吹き出物が出る。出ると 気持ちが悪いから又いじくる。そんなくり返しで、うっとうしく人前へ出るのも、 いやな毎日だったのです。 『あんた水子ないですか』その方は私にそう聞いて下さいました。水子様、と云うのは 何の事か私には分かりかねましたが、月足らずで暗から暗へ葬られて消えてゆく蛍の火 の様な小さなものにも皆霊が宿っている事。親の愛を求めて母体へ帰って来る事等 今まで聞いた事もないお話をして下さいました。 私は初めての子供の時、四ヶ月も通院して医師の指示を受けて慎重に養生したのに流産 してしまった事を話しますと『天巳大神様はあの世の霊を助けて下さって、此の世も 共に幸せにして下さる有り難い神様ですから一度水子さんの供養をなさいよ』と教えて 下さいました。 私もいつも気に掛かって居りましたので翌日早速教会へお詣りして、水子の供養を お願いいたしました。 お代様の私の亡くなった母が在りし日の姿のままにおさがり下さって「逢いたかった、 逢いたかった、お前にこの不自由な姿を遺りたくない。しっかり信心せよ」と繰り返し 申しました。 私の母は中風だったのです。中風のつらい苦しみをあの世迄持って逝った母は何とかして 我が娘にゆずりたくない。早くこの道を分かってほしい。娘と逢えてお話の出来た喜び と共に必死に諭してくれました。 その時、御教祖様は「何と親孝行な水子やな」とおっしゃって私の手を固く握りしめて 「信心しなさいよ。しっかり信心しなさいよ」とおっしゃって下さいました。 その温かな手の感触は今も私の掌の中に生き々と脈打って宝の様に持ち続けて居ります。 水子の供養をさせて頂いたお陰で亡き母もいつも私の身を案じて側にいて下さる。 いつでも、この神様へ来れば逢う事が出来る。この楽しみが、この神様の事は何でも 信じて日々を送って行こうと心に決めさせたのでした。 出会いとは本当に不思議なものだと思います。 この日、山本様も私の所へ来るつもりはなかったそうです。テクテクと歩いてる内に この家へ入ってみようと思ったと云う事です。今にして思えば「不思議な出会い」と 表面的には思えても陰でどんなに、水子の霊、母の霊があれ、これと力になって親を 思い、子を思う心が働いて居てくれた事かと感謝せずには居られません。 水子も満足してくれたのか、鼻の所の、痒みも、吹き出物も、本当にうその様に 消えて楽しく張り合いのある毎日を過ごしております。 本当に有り難い神様にめぐり逢えたよろこびを多くの人の知って頂きたくて、 つたない筆を取りました。 天巳大神様ありがとうございます。 南天 昭和50年 1月号
2007年03月02日
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3月24日(土曜日) 神路原神社(紀ノ川市鞆渕)において初巳祈願大祭が執り行われます。 一年の願いを込めた御祈願や今年一年の厄を知らせてくれる特別御祈願、 また、護摩木焼鎮入れを受付ます。 古いお札やお守りはご自身が焼鎮場にて焼鎮できます。 又、当日は、護摩木と特別御祈願・御祈願の受付も致しておりますので、 どうぞお申し込みください。 *火渡り神事もございます。 無病息災をお祈りしながらご参加ください 真心 護摩木・・・・・・1体 500円 遠方の方でお申し込みされ、証拠写真等をご希望の方は1000円 御祈願・・・・・・1件 20000円 御祈願札を祭典終了後お渡しいたします 特別御祈願・・・・1件 300000円 今年一年の厄を神様から直接お知らせ頂きます 厄年の方、お願い事のある方、商売をされている方・・・ 御祈願札は祭典終了後お渡しいたします お申し込みは、神路原神社 布教本部こうろ まで 和歌山市西坂ノ上丁23 073-422-1622
2007年03月01日
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子宮ガンを助けて戴く 梅本 ウタ お日柄おめでとうございます。 私はこの度、子宮ガンのため五ヶ月も入院いたして居りました。 五時間もかかる大手術でした。とても助かるまいと思って、居りましたのに、 今日のお日柄に、こうして元気な姿でお参りさせて頂き、こんなうれしい事は ありません。 前から私は神様にお参りさせて頂くことについて、主人はあまり、よろこんで くれず、いつも主人との間にゴタゴタがありました。 主人もよろこんで、お参りの出来ます様にと常々思い、私の至らないところは、 どうぞお許しいただき、一日も早く主人と一つ心になって、仲良く過ごして 行きたいと念じて居りました。 この度私は永い間入院する様になり、主人や子供に大変迷惑をかけてしまいました。 主人は掃除に、洗濯にと慣れない主婦の仕事を、農家とで目のまわる様な忙しさ。 主婦の仕事も並大抵の事でない。主婦のありがたさが、分かったと言って下さって、 優しくいたわってくれて、私も本当に嬉しく、私も入院した事によって、夫婦は 一つ心になって、本当に夫婦らしく、これもお陰だと喜ばせて頂いております。 私は初めて、天巳大神様にお参りした時神様は「下が悪い。下の病気に気をつけよ」 とおっしゃって下さいました。何年か前から、神様には、はっきり分かって、教えて 下さってあったのです。 神様から助けて戴いたこの体で、しっかり神様の道を進ませて頂き、おっしゃって 下さる事は、ハイと素直に受けて主人や子供にも満足して頂ける様に、頑張らせて 頂きたいと思っております。 天巳大神様ありがとうございます。 お日柄お道の会より 南天 昭和48年 10月号
2007年02月24日
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何でもと思えばこのおかげ 小松 静子 先日庭の草引きをして腰をのばしたとたんに、腰が痛くなり、立つ事も、 歩く事も出来なくなりました。 一日々、その痛みは増すばかりです。 土用行合宿修道会も近づき気が気ではありません。気があせるばかりです。 私はどんな事があっても合宿には参加させて頂きたいと心に念じて居りました。 とう々明日にせまって来ましたが、痛みは薄らぎません。 私は娘に神様のお願いにお参りして来てほしいと頼みました。娘は子供をおんぶして、 教会へおまいりしてお願いして下さいました。 七月七日の当日の朝になってもまだ同じ状態です。 私は主人に何でも出席させて頂きたいから連れて行ってほしいとお願いしました。 主人はタクシーを呼んでくれて、娘と共に抱きかかえるようにして乗せていただき 教会へと向かいました。 自動車の中で、運転手さんが「どこの病院へ行くんですか」と聞きました。 私は「病院へ行くのではありませんよ、今日から天巳大神教会で土用行合宿修道会が ありますので、それに参加させて頂くんですよ。行きしなはタクシーさんのご厄介に なりますが、帰りは、痛みも快して戴いてバスで帰りますよ」と申しました。 教会の前へ自動車を止めて頂き、一歩、土を踏んだ、とたんに何の痛みもなく、 すいすいと歩く事が出来ました。 痛かった事が嘘のような不思議なおかげを戴きました。 「何でも」と言う私の心に神様がお働き下さったのでした。 私は嬉しくて々合宿も楽しく過ごさせて頂き、機会があったら合宿中にお話させて いただきたかったのですが、よい折がなく、今日のお日柄のおめでたい日に、 お礼まいりをさせて頂き、喜びを発表させて頂きました。 天巳大神様ありがとうございます。 (お日柄 お道の会)より 南天 昭和48年 10月号
2007年02月23日
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みことば 人のせんことしてありがとうございますというのは中々言えるものでもなし、 思えるものでもないのじゃ、しんから思えてきた者はそれだけのおかげは 必ず目にみせてくれるぞ。わかったか、わかるであろうな、この廻り行、これはね、 誰でも出来るものでもなし、どこででもできるものでもないが、これは神や仏の 力によって出来ることじゃ。 皆これを大きくして、もっともっとすみからすみまで、一軒残らずはしから はしまで、この行を出来るだけの心構えをして通るのじゃぞ。その心構えをして 通る事によって、無難というのはあるのじゃぞ。いやになり、さからったり、 又不足を持ったその時必ず目に見せられるぞよ。わかったな、しっかりこれを 喜んで今日は真剣なお礼参りで・・・・・・・・・。 人の真心というのはなかなか受けられるものでもなし、又人に受け取ってもらえる ものでもないのじゃ。こうしてこれにこりやんと大きなものにし、立派なものに するだけの自分達の心をこしらえて、世の中を幸せにするのじゃぞ。わかったな、 わかった年寄りも、子供も、世帯ざかりもこのつとめは出来た事を喜んで、 御先祖様、御守護神様に御礼を申すのじゃぞ。わかったな。 いざという時に必ず生きるぞよ。 南天 昭和48年 10月号
2007年02月18日
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神と人間との約束について 信仰の動機 西村 和美 私は現在天巳大神教会、龍門、社務所御造営工事をさせて戴いております 西村であります。 私は信仰についてのお話をさせて頂く程、真の信仰家ではありませんが、天巳大神様 にお道開け戴いた動機より現在に至る迄、二十数年前から初めてさして頂きたいと 思います。その当時私は天巳大神様は当地に来られて居る事を知りませんでした。 私はある時、作業場にて「ちょんな」で右足を切りまして数日休業して居りました。 その時家内の姪が見舞いに来てくれまして、一度県庁前通りに天巳大神様と言う 偉い神様が来られて居りますからお詣りさしていただいたらとの事にて夕方共に 上がらせて頂きました。 何分足の怪我にて、自転車も思うように乗れず、やっとの事でありますが、その時は 天巳大神様とはどう言われる神様でありますのかと思いつつ、半信半疑にて教祖様の おつとめを戴き、色々御行、お知らせいただきましたが、何と言っても大神様に お詣りさせて頂くのも初めて、また頂いたお行もお知らせも初めて唯、「ハイ々」と 聞いて居りましたが、私はその時「八ッ」と思うようになりました。 当時は何も分かりませんでしたが「ハッ」と心にひびきました。 第一日教祖様より何かと御言葉を戴き帰宅させて頂こうと自転車に乗りますと、 これは不思議!!来る時には満足に自転車に乗れなかったのに、帰りは、楽々と 自転車のペダルをふめる様になっていたのです。 私はいつも信仰と言う事は思った事ないのに、大神様に初めてお詣りしてこんな 有り難いお陰を戴くとは夢にも思って居りませんでした。 その後毎日と言って良いほどお詣りさせて頂いて居りました。夜おそくある時は 夜明けまで「お行」下さいました。その時大神様より信仰は夫婦にておつとめさせて 頂かねばとお教えくださいました。当時は家内は非常に体が悪くて一ヶ月の間に 三分の二は休んでおりました。一度大神様の御指導も戴いて居る事ですし、お詣り させて頂き健康な有難い日々を送らせていただける様にすすめても聞いてくれません でした。ある時家内が病気で苦しんだ時、何とかしてこの病人を、大神様に おまいりさせて頂いて神様より、有り難いお知らせを戴く事により全快するのでは ないかと、むりやりに連れて初めて、おまいり致しました。 家内は社宅に来てから、御先祖様のおまつりは思う様にしてくれず、何とか不満の 日々を送って居ったのでした。何と言っても初めて信仰に道へ入らせて戴く時は 半信半疑であると思います。 お陰で家内も毎日と迄はいきませんが、ちょいちょいお詣りさせて戴けるように お道開けいただきました。私は何かと共に言い聞かせます「納得せぬか」永い日数を かければ、きっと健康になってくれる日を思いつつ、お詣りさせて戴いておりました。 人間として、さけなければならん事も、信仰させて頂いて居ればこそ、分からせて いただくのですが、当時は何分両人共にわけも、わからず、日々送らせて頂く内に 沢山のお知らせを頂きましたが、一つ一つ私達これを大切にと協力し合いながら 現在に至って居ります。 天巳大神様ありがとうございます。 南天 昭和48年 10月号
2007年02月17日
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「人のふりみてわがふりなおせ」と神様がお教え下さっております。 あなたは 一、人の欠点を笑うようなことはありませんか 一、人を見下げる様なことはありませんか 一、人に言われた事を悪くとって気にすることはありませんか 一、人の心をくんであげないで怒ることはありませんか 一、神様の教えて下さっている真実の愛をもってお道に導く心が 出来ているでしょうか 一、人の落度を守って、お尻を拭いてゆくだけの心が出来ているでしょうか 何時もニコニコ福の神を抱いて、一人の人にでもお道を納得して頂き、 お互いに円満にどんな事でも喜んで神様につとめさせて頂きましょう。 南天 昭和48年 10月号
2007年02月16日
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妊娠中絶は生涯の不幸と己の命を縮めるものと知るべきである 受胎調整、家族計画、優生保護などの美名によって妊娠中絶が盛んに 行なわれる事は、最も破廉恥な行為であり、許されない行為である。 その為に、心臓を病む者、眼を病む者、子宮ガンにおびえる者、 腰から足にかけての神経痛に悩む者、我が子が憂鬱になって、親の 苦の種になるもの等々・・・・・無数であるが、一日も早く己の軽い 考えから1個の魂を葬った事の罪を反省しお詫びすると共に心からの 真心を捧げよう 南天 昭和48年 10月号
2007年02月15日
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今日の幸せ 宝山 富美子 私が、天巳大神様へ母に連れられお参りしかけたのは、小学校三年生の頃で、 ただ母についてお参りするだけでした。二十一歳の時、初めて自分の縁談について お願いをかけました。その時、天巳大神様は、「気苦労が多い、おまえにはもっと 良い所がある」との事でした。三回ほどお願いしましたが同じ事ばかりでした。 その次も大変好いお話でしたので御祈願をかけて教えていただきました。 でも結果は同じでした。その時、私は、お礼参りをしても無理な願はしないようにと 思いました。その後へ、福島のおじさんから、同じ県職員の方で、五年間じっと みつめておつきあいをしているが、本当に良い青年でと大変お気に入りの方を すすめて下さいました。とても、もらってくれないかもしれないと言われましたが、 お逢いしてから、六ヶ月後に結納をいただき、二ヵ月後に式を挙げさせていただきました。 結婚早々、右側の卵巣嚢腫の為手術をうけ、もう子供が出来ないかもしれないと 心配しておりましたが、その時はすでに妊娠1ヶ月目でした。 神様のおかげによって、流産することもなく、無事に十ヶ月後元気な男の子を、 無痛分娩致しました。 母は、助産婦をしており今までに大勢のお産をあづかりましたが、初産でこんな軽い お産は先ずないと大変よろこんでくれました。これも天巳大神様のおかげです。 結婚した時は、岩出のおじさん、おばさんの御力によって、近くの部屋を借りて いましたが、丁度川永団地が出来、県の方から管理を頼まれて、四階建ての一階に 入る事が出来ました。 今まで、人様のお世話にばかりなっていたので、これからは人の為に働かせて いただこうと思い、管理の仕事を喜んでさせていただきました。 一年九ヶ月後、そばに労金の分譲地が出た時、お金もないのに運を神様におまかせ して申し込みました。三十人程度も希望者のある中で私達に当たりました。 主人の父から、足りない分だけお借りして、二ヵ月後にはマイホームが完成し二年目の 結婚記念日に転宅する事ができました。 結婚するまでは「家や財産のある方よりも、次男坊で、家庭的な方」と思っていました が、結婚すれば、やっぱりマイホームを持つのが夢でした。こんなに早く夢が現実 できましたのも天巳大神様のおかげです。また、団地に居る時は、アルバイトの オルガン教室の生徒さんは、五人でしたが一年後の今は、お礼参りから帰って きましたら、毎月かならず二・三人づつ申し込みにきて下さいます。 お礼参りのおかげとつくづく感謝して居ります。 家が建って一年、小さなお庭も出来上がりました。これからも、しっかり天巳大神様の お道を勉強して、御恩返しをし、子孫の因縁づとめにはげみたいと思って居ります。 つたない筆をもって、感謝の気持ちをお伝えさせていただきました。 天巳大神様、ありがとうございます。 南天 昭和48年 7月号
2007年02月14日
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正則 人助けは苦しい中をのり越したときの真の喜びが わいてくる一つ一つを自分の「ぎょう」として 体験しなければ楽しみも喜びもわいてこないのである。 しかってくれる人、注意してくれる人こそ自分を 思って下さっているのである。 このような人程大切にしてゆかねばならない。 南天 昭和48年 7月号
2007年02月13日
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親は先祖で 主人は神で子は宝 南天 昭和48年7月号
2007年02月12日
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時代がかわっても霊はかわらぬ お盆まつりをわすれるな お正月の神まつりと共にかかす事の出来ないお盆の仏まつり行事があります。 先ず、仏様の最高のよろこびとする天巳大神様のお道で、お徳を残して下さった 先祖様、家の因縁を皆負うて世渡りもできずに終った一代仏様、この世の あかりも見ず闇から闇へ葬られた可哀相な水子様達の供養を積ませて頂き、 なつかしい我が家へとお帰り下さる仏様をお迎え致し、仏具の磨き、お花も きれいに立て更えて、居心地のよいようおしぼりで汗を拭っていただき、 冷たいお飲み物も用意する位の心くばりも大切な事です。 仏様は私達の真実の真心を受け取って下さって、よろこんで下さるのです。 仏壇の前にお供えするきゅうり、なす、おいも等の野菜や果物は、お陰で家の畑 で採れました。これだけ買いととのえる事ができましたと、御先祖様によろこんで いただき心にぎやかにしていただきますよう。三度々々のお食事は心こめた 精進料理でおもてなしを致しましょう。香りのよいお茶は仏様の一番のおすきなもの 冷めない内に、取替えてたっぷり差し上げましょう。 水子さんには甘茶も忘れずにあげ、迷い仏さんには、どんぶりでたっぷり飲んで いただきましょう。 新仏さんは一日早く別におまつりします。皆さんの真心をいただき、古い仏様の お仲間に入れていただきます。 私達主婦は神様の肩身の狭くないように十分満足してお帰りいただくように つとめさしていただきましょう。 南天 昭和48年 8月号
2007年02月11日
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心のとも どんなことでも思いきってやりとげることによっておのづから道が 開かれて行くものである。 人の価値はいつでも出るのではない。一つのことに真剣に打ち込んだ ときその価値が出てくる 感謝の心は形にあらわすことが大切なことである、気にかかり、 思っていても、それは自分の思いにすぎない 正則 南天 昭和48年
2007年02月10日
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日曜学校だより 巣立ちゆく日 日曜学校卒業生を送る日。 担当の者がいつも見上げて話しかける程に成長した子供。 ためらいもなく、幼子と机を並べ、神の道を素直に聞き、求め、歩んで来た この何年間。 御頭首様より、賞状と記念品を頂戴する感激の一瞬・・・。 続いて卒業生よりお礼のことばを捧げる。 御頭首様より 「今日のこの気持ちは、一生わすれられんと思います。これからも、しっかりやって 下さい」と励ましのお言葉をいただいた。 在校生からのお祝いのことば、かくし芸などが次々と贈られてゆく。 待望の高校進学、そして青年会員へと進んでゆく。 いま、大空にむかって羽ばたくのだ。巣立ちゆく喜びの日。 境内の手洗いの横に、大きな大きな石がどしんと据えられ、御神門の木組み材が、 祝盃の後、建立の場に運ばれた目出度い日であった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 日曜学校を卒業して お礼のことば 福本 道子 小学三年生の夏から、長い間病気で学校を休んでいたが、神様の日曜学校へ来させて いただくと、お医者さんとえんを切るのと代えていただいてから早くも四年。 毎週天巳大神様のおひざもとへ通わせていただき健康にしていただきました。 楽しかったお祭り、ワッショイ・ワッショイかついだたるみこし、はじめは遠いと 思ったともぶちの神社のおまつり。段々となれて、今年のおまつりは焼鎮祭から おまいりさせてもらって、母達と一緒に寝させて頂いた。 私をとっても可愛がってくれた御教祖様が昇天されたりいろいろの思い出がある。 時には先生に注意され自分のためになったとよろこんでいます。 あの日、あの時の思い出が次から次へと想い出してまいります。 今日は、この日曜学校も無事に卒業式をむかえさせていたdけることは、 天巳大神様。御頭首様、御教祖様、先生方のあついお心のおかげと家内中でよろこばせて 頂いております。 天巳大神様ありがとうございます。先生方ありがとうございます。 高校へ進んでからも、神様のお教えをまもり、立派な高校生になる事を誓います。 これからも、おちかいのことばをまもりよい日曜学校を続けて下さい。 日曜学校の皆様のご健康を神様においのりして、お礼のことばとさせて頂きます。 昭和四十八年三月二十五日 地道 加奈子 私が日曜学校に来さして頂いて、早くも三年が過ぎ去り、今日こうして素晴らしい 卒業式を迎えさせていただきとってもうれしく思っています。 あっという間に過ぎてしまったこの三年間思えばかぎりない三年間の思い出。 良いお話を聞かせて頂いた日曜学校。童心にかえり、小さな子供たちと共になって あそんだ楽しい思い出。ワッショイ・ワッショイ!!精一杯の掛け声、樽みこし。 春・秋のお祭り。小さな子供たちも、一生懸命歩いた大寒行。沢山におお友達で にぎわった日曜学校。 創立十周年記念の総会。子供の日、とても感激した焼鎮祭。 はじめてまわらせて頂いた幣帛料のお帳面。数々多いすばらしい思い出。 天からの招きにより、ご昇天された御教祖様。私達をとてもかわいがってくださった 御教祖様。みんな忘れられない事ばかり。今年のお正月、死にかかった私をこうして 元気にしてくださった天巳大神様。 破傷風で歩けなくなった片足。病院へ行かなくても神様のご幣でこうして走る時も、 とびまわる事もできるようになりました。 無事、高校へと進ませていただけるのも、天巳大神様、御頭首様、御教祖様、先生方 そして日曜学校の皆様のおかげだとよろこんでおります。まだまだ多くいただいた大きな おかげ。うれしい時には、共に喜んでくださった先生方。時にはしかり、また注意を してくださった先生方。心から私達を愛してくださった先生方。本当にありがとう ございました。 可愛らしい幼児、腕白者。みんな弟、妹のようなかわいい子供たち。 ちょっぴり責任を感じちゃった最上級生。どこから、どこまでもいたらなかった私。 日曜学校でおしえていただいた神様のお道と、たのしかった思い出を忘れることなく、 かぎりなく続く前途に、倒れてもすぐ立ち上がれよと、広い心をもって真の道を 歩んで行く事を誓います。 日曜学校の皆様、お身体に気をつけて、よりすばらしい日曜学校をきづきあげて 下さいね。 天巳大神様ありがとうございました。日曜学校の皆様ありがとうございました。 昭和四十八年三月二十五日
2007年02月09日
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還らぬ息子に逢いたくて 谷口 小梅 「仏さんと物語りが出来てなんでも分からしてくれる偉い不思議な神様が鞆渕に おいでるらしい」との噂を聞き、出征して還らぬ息子の消息が知りたくて遠い 山坂を越えて歩いてお詣りしたのが天巳大神様との御縁を戴く始めでございました。 三昔も前の戦後間もない頃の事でございます。 日本の勝利を最後まで信じて乏しい生活の中にも心に張りがあり、土地々の氏神を 中心にして武運長久を祈りで征兵士の家は皆で守り心一つになって銃後を戦いぬいて 参りました。 決してつらいと言う想いはありませんでした。 終戦と同時に皆の心は一変して何もかもバラ々に砕けたような事になって 「神もあるものか」こうなってしまえば自分さえよよかったら、自分、自分と己の 欲のみに走り戦死した者は死に損、出征した者は行き損と云うような、本当に すさみ切った世の中になってしまいました。 愛する我が子、我が夫、我が兄弟をよろこんでお国に捧げた私達は居ても立っても 居られない気持ちでございました。 始めてお逢いした先生(私達はその頃教祖様をそのようにお呼び申し上げて居りました) おだやかな笑をたたえた中に威厳があり人を引き付ける何ものかがございました。 私の心を見抜き見通してこちらから何も言わない内に「神もあるぞ仏もあるぞ」と お行下さいまして神様仏様とお話させて頂き私の張りさける胸をなでおろして下さい ました。 人は何と言おうとも神様が知って下さる。そして此の世のすべてのものにも命(霊)が ありその霊を浮かばして下さる天巳大神様、此の世にそんな有難い、あらたな神様が 他にない。この神様こそ私の命のささえになって下さる・・・。 あの時のよろこびは口に出して話せない位でございました。それから何か心に行き詰まり があると雪の降る日でも、足軽くお山へとお参りさせて頂きました。 神様のお指示通りにさせて頂くと何もかもピシャ々とあてて頂きよい方へと お導きいただきました。 一人二人と連れておさそいしてお参りする様になりました。 こんな偉い神様をこんな山深い所では勿体ない。 広い世の中へお迎え出来たらどんなにうれしい事か。 大勢の悩み、苦しんでいる人達を助けて頂きたいなと常々念じて居りました。 そんな願いあが通じたように、私の隣の所在「折」と言う処へ御頭首様共々山を 降りてお行下さる事になりました。 そこでも数多くの人達が助けて戴きました。 御頭首様。御教祖様は文字通り人助けに寝食を忘れてお行下さいました。 私も近くになりましたので手引きをしては足繁くお参りさせて頂きました。 私はお行を聞かして頂くのが何より楽しみでございました。そして間もなく 天巳大神様が和歌山市の目貫通りにお坐り戴くようになりました。 戦死した息子を守護神としてお迎えする事ができたのもそれからでございます。 天巳大神様を通じて息子と話をさして頂き私は生きて帰ってきた様にうれしくて 朝夕のおつとめも楽しみで、家の中もにぎやかになりました。 何事も神様にお参りして相談さして頂くと、この息子がお代様にさがっていただいて 「お母さんこうして欲しい、ああして欲しい」と親のしあわせの道、家の繁栄への道 はつとめる事であり、人助けであることを教えてくれるのです。 私は「ないしょ」で自分の小遣いをやりくりして、陰からつとめさせて頂いてまいり ました。それが不思議に何倍にもおかげとなって返ってくるのです。何事もてく々と 運ばせて頂きました。 つとめさせて頂く事の喜びが段々と私にも分かってましりました。 心臓を悪くして医者から「もうあかん」と言われた人を手引きさせて頂いた時のこと でございます。 この命を助けていただくにはその病気に知らしている因縁を天巳大神様に納得さして いただくだけの大きな因縁、つとめが必要なわけですが、一刻を争おうのです。 「人を助けて我が身に向かう」神様がいつもおおせくださって居ります。掛け替えの ない大切な命。 先ず人助け、私は裸になろう、喜んで裸になろう。昔から「金は天下の回り物」と 云うではないか。私は何の惜しげもなく裸になってつとめさせて頂きました。 尊い命を神様に助けて戴きその時のよろこびはわすれる事は出来ません。 私はつとめさしていただく事と人助けは本当のおかげの道だと信じて居ります。 あるから出来る。ないから出来ないではございません。真剣真実の心が大切でございます。 「私につとめさしていただく事ないかしら」それからはその事を考えるようになりました。 御祈祷は高い、御祈願は高いと言う人は、可哀相な人だと思うのです。その惜しみに よって尊い命を失ったり又苦難の道を歩む人も数多い事でございます。 私は人を手引きする時には先ず自分から神様に願を立ててお話さして頂くようにして 居ります。今では息子夫婦も、つとめの道を分かってくれて大きなつとめもよろこんで させて頂いて、私は肩の荷が軽くなりました。 神様、御先祖様を中心に家内中一つになって、円満な日を過ごさせて頂いております。 息子夫婦や孫達みお「おばあちゃん、おばあちゃん」といたわってくれて孫娘などは 「おばあちゃん連れてお嫁に行きたい」と可愛い事を言ってくれています。 あの遠い日の事を想うにつけても天巳大神様のおみちびきあればこそ、この幸を 戴けたと涙にむせぶのでございます。 わかった者がしっかり道を立ててゆけば必ず次の代の者もわかって、ついて来てくれます。 神様、仏様が、ちゃんとそうしむけて下さいます。 私は七十才の半ばを過ぎましても、まだまだしゃんしゃんとした健康をいただいて 居ります。今では地区の信者さんが皆、幸に進んで下さるように、今ではお世話係りの ような事をつとめさして頂いて居ります。 天巳大神様の御繁栄と、地区の円満を願いつづけているような毎日でございます。 南天 昭和 48年 5月号
2007年02月08日
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みおしえ 昔の人のいう通り人間というものは、今日あって明日のない身だ。 これは昔からの言い伝え、一寸先は暗だ。それだから一日に手をあわせと いうことは、今日あって明日のない身体、今日あって明日別れたところで 心残りのないだけのつとめを日々にせよということを教えてくれている。 そうすればむつかしいこともない。日々はお互いに思う存分のつとめをして ゆくこと、お互いにあらを拾いあってハイ々と言いながら、すれ々しておって 別れてしもうたときには「ああもしておいたらよかった、こうもしておいたら よかった」と泣きの涙であとを追って行ったところであえる道はない。 ところが日々にできるところから言えるところから優しい言葉で、できること から、わかった者からわからん者に話してやったら必ず相手はわかる。 ようあそこまでしてやった、ようここまでしてもろうたと、お互いは幸になる。 どれ程一生懸命に仕えたところでわかってくれやんものにすることがあほらしい ものやと捨ててしまわずに、夫婦なれば夫婦らしく、親子なれば親子らしく、 兄弟なれば兄弟らしく、出来ることから日々にあとへ心を残らんように、よう してくれた、ようできた、ようここ迄、ようここ迄さしてもらったと、嫁にいっても、 養子にいっても、この世を去っても、お互いに喜びをつばぎあわしていけば幸せは、 あの世からも此の世からも湧いてくる筈。ところが反対に不足でつなぎあわせて 家をでたときには、家が気がかりで、思い存分の仕事ができん。我が身につくもの 真剣な気持ちである限り絶対にできんことはない筈。心のつなぎさえできておったら、 寿命のつなぎではできていく。すてばちにしたことは絶対に救うて頂くことは出来ない。 日々に行なう、それさえはっきりわかったら、心の生まれ変わりをして、わからん者 にも、わかった者からは話してやる、納得さしてやることである。 南天 昭和48年 5月号
2007年02月07日
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責任と願が両立できた喜び 串上良雄 責任と願が両立できた喜び 昨年の末、子供達が雪を見たいと言い出した事がありました。私もたまに家内中で ゆっくりと思い、手近な高野山の雪見を二月十日、十一日に計画しました。 子供達は、毎日々カレンダーに、一つ一つと印をつけて指折り数えてその日を 待つのでした。 神社大祭を一ヵ月後に控えたある日、昇格試験の発表があった。三月十日が第一次に 決まったそうだとの同僚の話を耳にした時、例えようもない複雑な気持ちになりました。 昨年の別の試験も今度の昇格試験も目指す意味で見送り、上司のA氏もこの事について 力を入れて下さり、いろんな面でのアドバイスもいただいた御好意に対しても、又 私自身も折角のチャンスを逃すのが惜しい。かと云って、神社大祭も、今まで一度 だって欠かした事もなく、「この日一日は一年の縮図」とお教えいただいている。 どんな事情があっても絶対欠席は出来ない。準備から大祭運営にと責任のある自分でも ある。どうしよう。何とかしても試験は受けたい。いや!今年は見送れとの神心だー。 家内は、「お父ちゃんは、絶対神社大祭に行かんとよういてやん、今年はあきらめたら?」 と言う。 私は何とかして両立させたいものと苦しみました。そして朝夕のおつとめの時「どうぞ ・・・・・」と真剣な願いをこめて祈りました。 二月六日、梶取地区の「およろこびの会」のお話をさせていただいての帰り道、次の およろこびの会は二月十日、福島地区でとの事。瞬間子供の顔が私の脳裏をさっと かすめた・(またしても重なった)布教部長様は、都合があれば早いめに言って変えて もらえばといと。言って下さっが・・・。 昨年から子供達が待ちに待っている二月十日だから誰かに代わってもらおうか?とも 思いましたが、自分の責任はこの日にある。子供たちは別に日に、と思いなおし 翌朝高野山をキャンセルしました。そのお昼過ぎ、回覧が廻ってきました。 試験日の正式発表でした。 私はそれを見た時、思わず、天巳大神様ありがとうございます、と心で手を合わし さけびました。「三月九日」と書いてあったのです。 いつも神様を中心に、心を持って居れば、どんな事でも良い方に々と道づけして下さると 教えていただいても、事に直面した時は本当に迷うもの。もし、あの時、誰かと交替して もらっていたら、この幸せも誰かのところへいってあったでしょう。自己を殺し、心を 神様に捧げる事によって、この結果を見せていただいたのだと私は信じます。 今振り返って見ると、二月十日は、子供が学校の一日当番で夕方近くまでかかり、また 高野山は、雪が全くないとの事でした。 本当に天巳大神様は、「神様」と云う心によって、良い方へ々とお道づけ下さるのです。 どんな事に直面してもいつも神様ということを心からはなさないで進みたいものです。 南天 昭和48年 4月号
2007年02月06日
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火事になるところを 上田 恵美 大学在学中に亡くなった級友の三周忌にあたりますのでお墓参りをして、一人息子を 失ったご両親をおなぐさめしようと二月二十五日の日曜日に皆で出かけました。 三年も経てばご両親も私達を迎えても、もう涙ぐむ事もなく我が息子、我が娘のように 歓待して下さいました。在学中に度々お伺いしましたがすぐ自分の息子の事を想い出さ れて涙する姿をみれば、つらくてどうおなぐさめする術もわからず私達も涙ぐんでしまい ました。気持ちも安定されて本当によかったと胸をなでおろす様に思いました。社会人 として一年近くなり、それぞれの職場にも慣れて、話しに華が咲き楽しい一日を過ごし 寮の自室に帰った途端私は息も止まらんばかりに肝をつぶしてしまいました。 朝出がけにきちんと点検したはずの、ホームごたつの電気が赤々とついていたのです。 弱にしてあったとはいえ、十二時間近くも締め切ったせまい部屋につけ放していたの ですから本当に、よくもまあ、何ともなくてよかった、本当に神様のおかげだった。 私は心の中で天巳大神様天巳大神様と何べんもおとなえしながらよろこびをかみしめ ました。あくる日の月曜日、同じ女子寮の人が、やはりホームごたつの電気を三時間 つけ放しにして、ふとんに燃え移り、部屋を全焼すると云う事がおこりました。 幸いにも自分の部屋だけで類焼はまぬがれたのですが、消防車やパトカーがブーブーと 大きな音を立てながら来て大変なさわぎになって翌日の新聞にも掲載されました。 もしあの時火事になっていたら・・・思っただけでも身震いが致します。 神様のおかげをはっきり見せて頂き日が経つ程有難さが身にしみてまいります。 それ以後は一層気をつけて部屋を出る時には、かならず天巳大神様とおとなえしてよく 見とどけて部屋を出るようい気をつけています。 南天 昭和48年 4月号
2007年02月05日
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「水の因縁」 孫の命をねらう 身体の弱かった私は、いつも、すっきりした日とてなく、こんな身体であれば 生きていてても仕方ない、いっそのこと死のう、と川のふちに出て行く、すると、 ワラ草履の鼻緒に白い紙を巻いたおばあさんの人が、「どこへいくのない」と、声を かけて来る。じゃまになって、死ねない、仕方ないと家へ帰る。そうしているうちに、 天巳大神様におみちあけいただいて、身も心も生まれ変わり、何も手につかん程の 喜びの日々にしていただきました。 しかし、神様は、「お前には、水の因縁があるから気をつけよよ」と信仰のはじめから 教えていただいてました。 しかし、それが、どういうことか、悟ることが出来ませんでした。 十年程前でしょうか、夏風邪気味になり、神様におたずねしたら、「人形を身代わりに して、流せよ、お前には水の因縁があるから」と教えてくれました。 「人形て、日本人形ですか、西洋人形ですか?」『あほ、お前は西洋人か』といわれ、 早速かわいい、いちまさんを買って帰り教えられた川へ流したことがありました。 主人も土地の人にたのまれ、せきの渡しをしていたことがありましたが、夕方になると、 私が孫をおぶって、主人を迎えにゆくのですが、川で殺生をしているから、命をとって やろうと思うが、白い着物を着たものが、チョロチョロするので、邪魔になって仕方 ないと神様のもとで、こうしたものがつきまとうているぞと教えられて参りました。 でもそれを真剣に聞き入れることが出来ませんでした。 八年前、土用行合宿修道会の朝のおつとめに、おばあさんの霊が出て、「危ない危ない みてられん、今日は、土用の二十一日、精進の日や、殺生せんように、家の者にも伝えよ」 とはっきりしたおさしずをもらい乍ら、わが事とよう悟らず、その日の夕方、川遊びに 行った孫の命を失ってしまいました。 前もって前もって悟され、聞かして頂き乍ら、わが事を、真剣に聞けなかったことを 後悔し、神様にすまなかった。私が悪かったのだ悪かったのだと孫にも詫び。めいめい 因縁の自覚をして信仰することを強く思うのです。 南天 昭和48年 4月号
2007年02月04日
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夫婦のすれあい 子供の盲腸に! 今から七・八年前のことでしょうか、「いっぺん家へ帰って来いよ」よお言葉を いただいて、思いもがけぬことで喜んでいそいそと帰らせてもらいました。 すると、中学へ行っている孫娘が、今日で六日も何も食べずにお腹いたで寝ている のです。好きなバナナもりんごも見向きもせずに、寝ている姿をみて可哀相でたまらず なんとかして助けてもらいたいとの気持ちで一杯でした。 医者は盲腸で、手術をするから、明日入院するようになっているというのです。 翌日、医者も医者やけれど、とにかく、神様にお参りして、お願いをかけるように 息子を和歌山へ走らせました。 神様のもとで、大変きびしいお行があったそうです。 当時息子は、一寸した心の迷いがあり、それがもとで、夫婦の間で、心のすれすれが あったのを、子供が受けて、盲腸にしらされていたのです。 一番可愛い子供に、しらされた。息子は、その場で神様に心からお詫びし、心のたてかえ を約束し、子供の病気をお願いさせていただいたのです。 親の心が、はっきりすると同時に子供のおなかいたは、ピタリととまり、医者も、 もうどっこも悪くないと、本当に不思議なおかげをみせて頂きました。 痛みがとまると、六日間何も食べていなかったので、たべる食べるびっくりする程 の食欲、一度に六膳も御飯をたべ、ケロリとして、全快させて頂きました。 こうしたことがあるから、神様が「家へ帰ってこい」とお教え下さったので、 もし帰っていなかったら、医者のもとで手術という方向に運んでいたことでしょう。 盲腸ぐらいと簡単に手術する人も多いですが、その病気をおこしている原因さえ はっきりわかれば、何も痛い目もせず、こんなにすぐに助けて頂けるお道です。 息子も危ない一歩手前で子供の病気により、誤った道へ入らず、助けていただき、 神様がたえず、お教え下さる夫婦一体の道、夫婦が仲良くしてゆかねば、子供が 受けるということはここにあると思います。 身体にメスを入れずおかげを頂いた孫も、おみちあけいただき、今年は嫁ぐことに なりました。この子にも、おかげを話して、聞かし、天巳大神様のお教え下さる、 御先祖様に喜んでいただけるつとめのできるよう、教えてやりたいものだと思って おります。 南天 昭和48年 4月号
2007年02月03日
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あの世の子供に 向 鉄子 子供のしあわせを願わない親はないと思います。 あの世に行って迄も、親はあの世から、子供のしあわせを願いつづけていると 教えていただいております。 子供が幸せに健康に育ってこそ親は安心ができ、本当に幸せだと言えるのではないか と思います。 現在高校二年生になる娘が、はじめて日曜学校にお世話になったのは、六歳の時 であったと思います。はじめは友達もいないし、内気なせいか、泣いていやがるのを、 無理にひっぱってくるような有様でした。こんなにいやがるものをと考えましたが、 ここでほってしまってはと思い、神様にお願いをして居りました。そして、この世の 子供の幸せを願うならば、先ずあの世の子供(みづこ)に喜んでもらうことだと、 しっかり水子の子供をつとめさせていただくことを悟らせていただき、そのつとめに 入らせていただきました。ところが不思議なことに、早速おかげえをいただきました。 近所で仲の良い友達と、そのお姉さんが、日曜学校へ連れていってほしいということで、 娘はとたんに元気になり、それからは、喜んで通わせていただくようになったのです。 そうしているうちに、同じ地区の信者さんの子供さんや、又近所の子供さんも増えて、 始めの心配はどこへやら、ふっとんでしまいました。日曜日がくれば何もいわずに、 ほっておいても、皆誘いあって、いそいそと出かけます。 教会迄歩いて約四十分はかかります。けれども苦にせず、日曜日がくれば、当然の ことのように、約十年余り、丁度、中学三年を卒業する迄、ずっと通わせていただいた のでございます。 「あの世が喜べたら、この世が喜べる」と、神様はいつもお教え下さっています。 親の力では、どうにもならないことがあります。神様に、おみちあけしていただくために は、先ず親が、この道を勉強し、心に決めたことはどこ迄も実行さしていただくこと だと悟らせていただいております。 小さい時は、よく熱を出して心配をしましたが、日曜学校に通わせていただくように なって、現在迄病気もなく、事故もなく、順調におみちづけいただいております。 天巳大神様ありがとうございます。 南天 昭和48年 3月号
2007年02月02日
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真実のつとめ 南方 信子 この頃「よく太ってきて困る」と云う長女の幸せな姿を見るにつけ天巳大神様の お陰を深く喜ばせて頂いて居ります。小さい頃から弱かった娘が、今では 4歳を頭に3人の子の母として、健康ばかりでなく色々とお道づけ頂きまして、 充実した嬉しい毎日を過ごさせて頂いております。 私の家は、次女の病気で、この有難い天巳大神様の信仰につかせていただきました。 お陰様で助けて頂いてから、まだ一度も病気らしい病気もせず、毎日元気に思う様に お道開けいただいております。 娘の病気は、難病とされていた腎臓でしたが、本当に短期間で全快させていただき お医者さんでさえ驚く程でございました。 その時「お前は、家の因縁を背負って神の元に運べよ」との御神示をいただきました。 この御神示は、命であった事は夢にも知りませんでっしたが今にして思えば、誠に ありがたい事と感謝して居ります。 信仰当初はお道も、因縁もわからぬままに、唯「信じる事」と「教えていただいた 事は、先ず実行する事だ。」と一日も早く助けていただきたい一心で、おすがり させて頂きました。私はいただいた御神示を元に、一年間、毎日教会へお参りさせて いただいたのです。 手引きをさせていただく事も因縁づとめであり、いろいろな行も、そして真剣な 真心も、「因縁づとめ」と教えていただきました。何時の間にか、私の家も今迄とは 変わり、すっかり明るさをとりもどし皆元気に幸せに、おいていただける様に なりました。 人の一生は、幸ばかりではりません。小さい節から、大きな節に至るまで、種々多様 事情が、時をきらわず湧いてくるものです。 天巳大神様の信仰は、このふしから、つとめによって、よい芽を出さしていただける のです。私も大きな因縁を見せていただきました時、このふしが、命であることを 神様から聞かせていただきまして、主人と心を合わせて真剣な願を立たせていただき ました。 「真剣、真実の心」とよく教えていただきますが、この時ほどこのつとめの有難さを 身にしみた事はありません。神様は、私達の心によって、如何なむずかしい、苦しい事 でも、どの様にでもしていただける事を身を持って体験させていただきました。 先ず、あの世を幸にしていただく事が、この世の私達が幸になる事で、あの世の霊を お道付けいただき本当の思いがけない幸を与えていただきました私共でございます。 本当にこんな嬉しい事はございません。 三人の子供によって、この有難い天巳大神様に、いろいろとお道開けいただき、 既にない命を与えていただいて今日の幸をいただいて居ります。 天巳大神様は、私共一家の命である事を、深く胸に刻んで日々のつとめに、しっかりと 励んで参りたいと念じて居ります。 南天 昭和48年 3月号
2007年02月01日
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「やく」 やく(役)とやく(厄)との交換、 神様は教えてくれます。 いやなこと・かなしい思いをしないように、 神様はいろんなつとめをさせてくれます。 がんばりましょう いっぱい 小倉日曜学校 小1 田中 蓮 学校でたのしいこといっぱいです。 5分きゅうけい、15分きゅうけいがたのしいです。 なんでかって、15分きゅうけいで、うんどうじょうで ドッチボールであそべるからです。 てんみおおかみさまありがとうございます。 がんばる 小倉日曜学校 小3 田中 天 厄は役よりこわいとおもいました。 母に厄の意味を聞いたら、心の中でびっくりした。 びっくりしたわけは、こわかったからです。 役をがんばれば、厄もこわくありません。 天巳大神様ありがとうございます。 みんな元気で 龍門日曜学校 小4 原 汀紗 私のお父さんは今(17年)でさいごのやくどしです。 私はやくっていやだなあと思いました。お父さんはいままで、 いやなことはなく、健康です。でもつい事故や病気になるかも しれないから、不安です。 私はやくはきらいです。でもみんな健康なままで、やくを こえられるといいます。 天巳大神様ありがとうございます。
2007年01月31日
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母として 一昨年は前厄、昨年は本厄、そして今年は後厄の私。 思い起こせば、女の大厄に入らせて頂いてから色々ありました。 前厄の年は出産をさせて頂いたというおかげだけで、特に大きな厄はなかったのですが、 やはり、本厄の年は、子供が車から落ちて額を縫う怪我をしたり、身体だけ丈夫な私が、 腰を悪くし、歩くのもやっとの状態になったり、また私のまわりが受け、そこから 起こる悩み・苦しみ、色々な厄をみせて頂きました。 その度に神様に御祈願をさせて頂きました。 また一昨年、昨年と初巳祈願大祭では厄除けのお願い、神路祭ではお礼をさせて 頂いたおかげで、小さく済ませて頂いておると喜ばせて頂いております。 このような一年でもありましたが、悪いことばかりではなく、私自身、大きな つとめを神様から与えて頂き、まだまだ弱いところもありますが、精神的にも少し 伸びたような気がする年でもありました。 さて、今年は後厄。今年はどんな年になるのだろうかと思いながら、ちょっぴり 楽しみでもあり、複雑な気持ちですが、3月24日にございます、初巳祈願大祭には もちろん厄除けのお願いをさせて頂き、何とか神さあに大難を小難に、小難を無難に お守り頂けます様、急がず慌てず、神様の流れのままに身を委ねられる、そんな強い 私になれたら、伸びれたらいいのになあと思っております。 油断をすれば、甘えれば、必ず何か大きなお知らせを頂きます。 今までいつもそうでしたので、しっかり気を引き締めて、しっかり神様のつとめを させて頂きたいと思っております。 南天 2007年 2月号
2007年01月30日
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お渡り所役申し込みご案内 神幸祭では、天巳大神様・守護神みじるしをおしえ親神殿へ、初巳祈願大祭では おしえ親神殿から神路原神社拝殿へとお渡りさせていただく、御神輿所役を つとめさせていただきます。 厄除・就職や進学道開・商売繁栄など一年の大きな節目に御守護いただくことを 願い、男性のみご奉納させていただけます。 尚、小さい子供の願いにつきましては、親が替わってつとめさせていただけます。 ◆ご奉仕真心・・・・・5,000円也 ◆必需品・・・・・・・白衣・白袴・白足袋・白マスク・白手袋(軍手は不可)・白鼻緒の下駄 *白衣・袴は貸し出ししますが、出来るだけ購入して下さい 衣装購入金額 白衣 7,000円 白袴 10,000円 購入締め切り 3月5日(月) お渡り所役の方は 神幸祭 3月18日(日) 午前9時 初巳祈願大祭 3月24日(土) 午前6時半 までに神路原神社参集所に集合 *申し込み先は神路原神社布教本部こうろ社務所まで。 *所役をつとめさせていただく方は、下記の所役奉仕の心得の通り入行(斎戒)に 入らせていただきます。身のけがれを祓い、清い心と身体でつとめさせて いただくための行です。心を込めてしっかりつとめさせていただきましょう。 ■所役奉仕者心得■ 1週間、下記のお行をつとめさせていただくこと 1、毎朝 みそぎをすること(湯でも可) 2、毎日、下着を取り替えること 3、お見舞い、不幸弔いはせぬこと(奉仕者本人のみ) 4、ペットなどの死骸に触らぬこと 5.朝夕、お風呂に入ること 6、四足物は食さぬこと(牛・豚・羊など) 7、夫婦布団は別にすること 8、朝夕、般若心経10巻以上お祈りすること これ以外に生後30日以内の赤ちゃんを触らないこと (お宮参りが済んでいないと穢れとされます) 入行期間 神幸祭・・・・・3月14日~17日 4日間 初巳祈願大祭・・・・・3月21日~23日 3日間 申し込み用紙にご記入の上、ご奉仕真心を添えて社務所まで お申し込み下さい
2007年01月29日
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初巳祈願大祭 平成19年3月24日(土) 初巳一日に 一年の厄を 知らす 初巳とは天巳大神様より一年の厄をお知らせ頂く日であります。 また、初巳祈願大祭とはその一日に一年の願いをかけさせていただくお祭りであります。 家内安全・健康道開・厄除け・勉学・就職道開など一年間で自らが果たさなければ ならないであろう出来事を天巳大神様のお願いします。 初巳祈願大祭にお願いさせていただいてあれば、それらを果たすべき時、 必ず天巳大神様のお働きによって御守護頂けます。 また、この重要な一日を天巳大神様の御神域にてつとめさせていただくことも 不可欠です。 精一杯のつとめをもって、素晴らしい一年を過ごさせて頂きましょう。 大祭御祈願のご案内 【大祭真心】 一年間の道開けを願う真心です。家内安全・厄除け・交通安全・健康道開 勉学道開・縁談道開、その他諸々の御祈願を受け付けております。 【幟・ふきちり】 厄除け、子供の道開け、商売繁栄など「のぼるように」と願いを込めて 男性は幟、女性はふきちりを奉納させていただきます。 また、揚げていただける期間は10年間になっていますので、それ以上 経たれている方は新たに奉納させていただいてください。 ≪奉納真心≫ 70,000円以上(大祭祈願1件分を含む) 締め切り 3月5日 ≪みたて料≫ 2,000円 締め切り 3月14日 樽酒奉納 大きな願いのある方また、お酒に関する願いのある方は奉納させていただきましょう。 ≪真心≫ 1丁 120,000円以上(大祭御祈願1件を含む) 厄除け・お供え餅 大祭御祈願を1件以上をされた上、1斗以上の厄除け餅を奉納させていただき、 祭礼広場舞台においてお餅まきをつとめさせていただきます。 受付・お問い合わせ 神路原神社 布教本部こうろ 社務所または布教部まで 和歌山市西坂ノ上丁23 073-422-1622 073-432-0174
2007年01月28日
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悩み事はございませんか? 3日たってもおさまらない病気・事情は神仏の知らせ。 何故こうなるのか?どのようにすればいいのか? 教えて下さいます。 諸々の願い事を受付ます。ご参拝下さい。 神路原神社 高野口支部 2月15日(木) 0736-43-2324 神路原神社 千葉支部 2月18日(日) 043-257-0508 神路原神社 つなぎ参集舎 2月11日(日) 0725-44-7666 紀ノ上苑 2月8日(木) 0739-23-1410 田辺教会までお問い合わせ下さい 各支部での宮司のお行日(御祈願)は以上の通りです いずれも午前10時~午後6時 御祈願真心は1件 1万円です 尚、本部でのお行日はご参拝の前にお電話にてお問い合わせ下さい 073-422-1622
2007年01月27日
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お知らせ 初巳祈願大祭 3月24日(土) 式典 午前9時 焼鎮は午前6時から午後三時まで 古いお札やお守りなどをお納め下さい。 諸々の御祈願、幟、ふきちり、みじるし等 申し込み受け付けています。 詳しくは布教部まで 神路原神社布教本部こうろ 和歌山市西坂ノ上丁23 073-422-1622
2007年01月26日
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元旦と初巳 田中 徹布教部長 「一年の計は元旦にあり。」この言葉を子供の頃、両親、祖父母から聞かされた 憶えのおる人は少なくないでしょう。この一日で一年が決まってしまうようで、 おめでたい反面、緊張感のある一日でもあります。 これは、先祖が私達を守るために残して下さった戒めであるように思われます。 それ故、言動には十分に注意しなければなりません。 神路原神社でも大切な一日がありあます。 それは旧暦の初巳の日です。 天巳大神様より 「初巳一日に一年の厄を知らす」と大神言葉を頂き、この日に初巳祈願大祭として、 一年の無事をお願いさせて頂くお祭りをつとめさせて頂いております。 これは、おしえ親神様が、世の人々を守るために天巳大神様の下で行を積んで下さった その徳により、与えて頂いた一日であります。 ここで、元旦と初巳の違いについて私なりの解釈を述べさせて頂きます。 元旦は一年のはじまりであります。≪初心忘るべからず≫という言葉がありますが、 始まりをしっかりとしたものにしておけば、過ちを犯したときに、初心に返って、 あるいは一から出直すというように、また始めからやり直すことができます。 したがって、元旦の心持ち「言動」は、その一年にとって重要な意味を持つことに なります。 初巳は天巳大神様より、一年の厄を知らすと大神言葉頂いております。 私達は生まれながらにして因縁、厄を持っています。そして、それらは必ず果たさなければ なりません。 何か問題が起こった時が厄年であったり、年廻りが悪かったりというのはよく聞く 話しであります。 これらは果たす時期をいうのであります。そも厄を天巳大神様が知らして下さるのが 初巳であります。一日中、家の中で息を潜めておけば因縁、厄から逃れられるという ものではありません。 因縁、厄というのは神様の御神徳によって守られます。私達は天巳大神様の下で 信仰させて頂いております。この信仰は世のため人のために、天巳大神様の道具と なってつとめさせて頂きます。 言うなれば、自分の因縁、厄を天巳大神様の下で果たさせて頂いているのです。 しかし、徳を積んでいない者は、どれだけ気をつけようとも身をもって果たしていか なければなりません。 つまり、元旦は自分自身の心構えで身を守り、初巳は天巳大神様の御神徳によって 身を守って頂くということであると私は思います。 皆様、元旦はいかがお過ごしでしたか? 今年の初巳は三月二十四日であります。 天巳大神様の御神域で一日を過ごさせて頂くことはもちろんのこと、初巳祈願大祭に 一年の無事を御祈願させて頂き、何か一つでもつとめさせて頂きましょう。 そして、元旦、初巳、のつとめによって素晴らしい一年を送らせて頂きましょう。
2007年01月25日
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頭を下げる 母の病気 小学校四年生の頃、母が病気になりました。肺病です。それ迄は病気一つした事が ないたくましい母だったのに。 家で寝ていました。父が私と妹の手を引いて、お医者さんに薬をもらいに行ったのを 覚えております。その当時は家の外も暗く、木の電信柱の裸電球が灯っている程度で、 今の様に明るくありませんでした。その中を歩いて、悲しい気持ちで一杯でした。 炊事や洗濯、長女である私の肩にかかってきました。寒い日も一生懸命ご飯を 炊きました。今の様に電気製品がなく、かまどで炊くのに火がなかなかつけられず、 マキを割り箸の様に細かく割って炊いた記憶があります。 明るくなって 天巳大神様にお参りさせて頂き、大きなおかげを頂きました。近所に住んでいた方に 手を引いて頂いたのです。病気も良い方に向き、家の中も明るくなってきました。 母が一番最初にしてくれた事。それは炊飯器と洗濯機を買ってくれた事。 まだ出始めで、今から思うと存分旧式な物ですが、うれしかったです。子供の私の 身を思い、買ってくれたのでした。 今振り返ってみますと、母は三十三才の厄年、そして十才違いの父も四十二才の 厄年だったのです。前厄、本厄、後厄と、家の中に二人の厄年があったのです。 本当に色々な事がありました。 父の勤めていた会社が倒産し、アルバイトで仕事へ行けば、けがをしてくる。 それで母は内職をしながら、家計を助けていたのに、病気になってしまう。 八方ふさがりの時期だったのです。そういう時に、天巳大神様へと手を引いて頂いた のでした。 天巳大神様にわけを解いて頂き、教えて頂きました。父と母は親との折り合いが悪く、 家を出ていたのです。義母は後妻で、しっくりいってなかったのです。母には母の 言い分があったでしょうが、親に勝てる子はなく、頭を下げる事と、先祖まつりの仏壇 を頂いてくる様に教えて頂きました。 母の気持ちを思いますと、断腸の思いがあったと思いますが、子供達の事を思い、 頭を下げました。それから、親元との付き合いが始まりました。 おかげ様で、すっかり病気も良くならして頂き、元の様に元気になりました。 私も中学校、高校と通わせてもらい、一人前にならせて頂きました。 道しるべ 天巳大神様は『因縁、厄のない者はない』と神教えくださっております。 誰しも厄はあります。その厄を、大難を小難に、小難を無難にして頂けるのが、 天巳大神様です。 両親が、天巳大神様に手を引いて頂き、その道しるべを私達姉妹につけて下さった おかげで、元気で幸せな日々を過ごさせて頂いております。 南天 2007年 2月号
2007年01月24日
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靖国神社参拝のおすすめ 愛しい妻に会えぬまま、愛児を抱く事もなく、そして望郷の 年にかられながら戦場で「国を守る為」に命を捧げた英霊様達。 私達は今の日本が英霊様達一人一人の貴い死を礎にして成り立って いることを忘れてはなりません。 ご遺族の方も参拝される方が年々少なくなってきました。 英霊様達への感謝の気持ちを込め、悲劇を二度と繰り返す事の ない様誓わせていただく為に、皆様誘いあって、大勢で参拝 させていただきましょう。 お知らせ 4月21日~22日 靖国神社参拝 TIG関東 日程 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 4月20日(金) 午後9時 神路会館集合 21日(土) 靖国神社参拝 TIGのお行 22日(日) 朝 帰和 真心 35000円 お申し込み・お問い合わせ 神路原神社 布教本部こうろ T・I・G 企画部 073-422-1622
2007年01月23日
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2月のTIG (お行) TIGドリーム 2月11日 (日) TIG高野口 2月15日 (木) TIG三重 2月20日 (火) お知らせ 2月からTIGのお行は参集所を基点につとめさせていただきます 2月 つなぎ参集舎 3月 龍門教会 4月 名草道場
2007年01月23日
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思わず知らずに 神路原神社 宮司 昔ばなし 昔むかしあるところに、貧しいけれども仲の良いおじいさんとおばあさんがいました。 おじいさんのすることにおばあさんが、そんなことをして、と不足や文句は一切 言いません。 そうですかそうですか、と笑いながら協力しております。 今の言葉で言い表しますと、価値観が同じということになるのでしょう。 このお二人、若い頃には苦労をしながらも、さぞかし人もうらやむような仲の良い ご夫婦であったことでありましょう。 ここは共通する事があります。桃太郎さんや一寸法師以外、あまり子供や孫やという 話しは出てきません。殊に自分の直接の子孫という人物が出てこないのはなぜでしょうか。 子孫末代までの幸せを導く難しいものと言えるのでしょうか・ 運は変わる 信仰では、自分自身の幸せは勿論の事、子孫末代までの幸せを授かる事を目指す ところにあります。魂はこの世だけでは終りません。子孫末代までの幸せのためには、 あの世が大切なのです。 信仰が受け継がれ、子孫が幸せであってこそ、魂は幸せと言えるのです。 幸せを授かるためには自分が努力する事も大切です。しかし、それだけでは駄目なの です。神様・仏様方のお力をお借りしなければなりません。 神様は願えばそばに寄ってお働き下さいます。願わなければ離れます。 あの世の親先祖は一生懸命に我が家の幸せを願ってくれております。 大切なのは神様も御先祖様も、それぞれの世界において、交際をしながらお働き 下さっているという事です。 交際・話し合いの中で、この徳とこの願いを換えてやってくれ、これで許してやって くれ、と神様が御神徳を活かせて下さるのです。それによって願いが叶う。 即ち運が変わるのです。 運は神様から 何かを切っ掛けに運が変わる、と言うことが世の中に多くあります。 例えば縁起の良い家屋敷に住むことが出来た。良い人にご縁を頂いた。あの人の奥さんは あげまんだ。とかの話しは良く耳にすることです。 そう言うご縁に恵まれるのもその人の授かっている徳によるものです。 徳の大部分は親先祖からの授かり物です。親先祖が徳をもって神様に願って下さる。 その願いを受けて神様が運を授け開いて下さいます。 神様どうかお願いします、と願ったときに親先祖も一緒に願って下さいます。 願って下さる親先祖の徳を活かし、神様がお働き下さり、罪と徳との交換をして 下さるのです。 親先祖の徳を頂きお道開けいただいております。 その徳を使ってしまうのでなく、更に積み上げ子供孫末代までも受け継ぎ伝えていく ことが信仰であり、幸せの元となります。 厄に伸びよ 人それぞれが生まれながらにして持つ因縁・厄・運命があります。その因縁・厄・運命 をその時々に願うことによって、お道開け頂きながら生活をしてゆきます。 願うと言うことは勤めると言うことに繋がります。ただ手を合わせて願うと言うだけ では、徳の食いつぶしとなってしまいます。食いつぶしにならないために、願いながらも 勤めを積み上げる。即ち徳を積み上げてゆくのです。それでこそ子孫への徳の受け継ぎが 出来てゆくことになります。 「厄だやくだと寝て暮らしていても、畳の上で倒れて寝たきりとなると言うことがある。 厄にこそ勤めよ。伸びよ。」と大神言葉を下さいます。 人を助けて我が身に向かう、とはよく言われていることです。人助けこそが最大の 徳積みとなります。とは言え、自分の力で人助けするということは難しいものです。 そうたやすくできるものではありません。 自分でする必要はありません。神様の下に導かせていただけば、神様が助けて下さい ます。ただ一緒に願わせていただけばよいのです。それが最大の徳積みとなります。 日々親先祖を大切に、神様を敬い手をあわせながら人助けの日々を心がけて下さい。 南天 2007年 2月号
2007年01月23日
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神社大祭のおかげ 「初巳一日に一年の厄を知らす」と御神示を戴いております。 神社大祭は始めてのぼり、ふきちりの奉納のお許しのでた年の事でございます。 前年教会大祭に主人ののぼりを奉納させて頂き喜びの万分の一をお受け取り頂き ましたので、今度は若死の因縁のある私のふきちろを奉納させて頂きお道開けを お願いする事になりました。 当日は快晴に恵まれ、真新しいのぼり、ふきちりは樹々のみどりに鮮やかに映えて 美しいここ聖地に吹く風も、小川のひじきも、よろこびあふれて別天地のような気分が いたします。式典もおごそかに終了して、大勢の参拝者が、じゅずつなぎに高い石段を 神殿へと昇って行きます。お巡りさんも二、三人威儀を正してお詣りする姿も見られます。 私も最後列に加えて頂き一段一段とよろこびをかみしめながら昇殿させて頂きました。 ふと目に止まった一本のふきちり、いつの間にか綱がゆるんで棹の半分ばかりの所 まで降りて来て、風が吹く度にスースーと地面をすっているのです。 誰のかしら?昨日から男の方々が一心に真実こめて、一本たりともゆるがせずに建てて 下さったものです。甲乙つけるはずはありません。気を付けて見ると私の名前が書いて あるのです。「今年は何かある。心をゆるめては因縁を受ける事になる。 しっかりしなくては・・・・・。」とっさに悟らせて頂きました。 天巳大神様ありがとうございます。 よう目に付かせて下さいました。見せて頂くのも神様のおかげ、お詣りさせて頂いた おかげと心からよろこばせていただきました。無事その年も暮れて新年迎えて間もなく、 近所の御主人がご病気で何人もお医者さんに診て貰っても病名が分からず困っている事を 聞きました。早速「南天」を持ってお見舞いに行きました。頭が割れるように痛く、 障子の開け閉めにも畳を歩くひびきも頭にこたえる程いたみのはげしいものだと 云う事でした。 頭と云えば御先祖様、一番大切な処ですので、何とか神様にお助けいただける様にと 熱心にお話させて頂きましたが聞いて頂けないまま。ある朝私はめまいがして、倒れ てしまいました。登校前の娘がすぐ教会へ電話で御祈願をお頼みしてくれました。 教務長様もおいで下さって私の心のけがれを取って下さいました。 丁度大寒に入り戸毎の廻り行の時期でもあり地区の信者さんや主人、子供が神様に 私の願を立てて下さって真剣に行をして下さったおかげで一日一日の命を保つ事が 出来ました。私の母は発病して数時間で亡くなって居ります。一週間目の朝近所の 御主人が亡くなられたことを聞きびっくりして起き上がり、ふらつく体を人にささえ られてお悔やみに行きそれきり起きる事が出来ました。それに引きかえ働き盛りの大黒柱 を失った近所の方、今頃亡くなろうとは夢にも思っていない事でした。 一寸先は暗とはこの事です。 もっとしっかり手引きすればよかった。私には、もう一つ真剣さが足りなかったのでは なかろうかと悔やまれてなりませんでした。 私も天巳大神様のおみちづけがなかったらきっと近所の御主人のように命がなかった事 と思います。私はこの方によって自分の因縁を見せて頂き初巳大祭(神社大祭)の日に ふきちりで見せて頂いた厄はこの事であったのかと悟らせていただくと共に初巳一日 の大切さを身をもって体験させて頂きました。 大難は小難に小難は無事にとおみちづけ下さいます。 大切な一日 命のつなぎの一日でございます。 南天 昭和48年 3月号
2007年01月22日
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一年の厄は初巳に 幼児が生まれたとき、息をしている。そして自然のままに食事をする。 誰も教えていないのにそのことははっきりとしている。 不思議とも何とも思う人はない。 信仰にはその息うぃすることは祈りを捧げることであり、あたりまえになるまで 祈りを捧げればよい。そして、参拝することは食事をすることと同じであると思う。 さすれば、たえずのお祈り、こそ大切であり、お参りすることを忘れてはいけない ことです。 一年の計は元旦にありとよく昔から言われている。そして誰しもが正月の神事を 行なっている。この道をしる人は初巳一日は元旦以上のことである。 信仰する者としてこの日を神事に捧げてこそ幸せへの道が開けてゆくのである。 神を祀る心がある。神を祀られているしかしお参りはできないそれは目に見えない 神様に自分の心を捧げているとは言えない。人の社会そして生きるための道。 交際は出来る。生きるための責任と義理をしる人は同じ意味以上のことで神と人とが つながりがあります。 理屈や理論ではない真実誠の心こそ、つとめこそ大切なこtである。 初巳一日を生かす。それは信者としての初事をおこなうことであり、このことにより、 なおなお道開けをいただけるのであります。 この神社の地を行場ということばの御神示もありますが、御教祖様はこの地にて お行されて七年間の真の行をおえて人助けにおいで下さり、この道をつくって下さい ました。この地の意義を尊び祀ることにより、その御遺徳をさづけていただけるのです。 天巳大神様を信じる人はこの大祭には誰しもがお参りすることであります。 信じているのだがと言われる人もありますが、何をおいてでも神社大祭にはお参り しましょう。 厄除けはどこの信仰でも言われますが、一年の厄除けは、初巳この神社大祭にあります。
2007年01月21日
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神社大祭 昭和四十八年三月十日(土曜日) 旧暦初巳 式典 午前十時 奉納演芸会 餅押し 大餅投げ 模擬店 家内中 隣近所 お友達 お誘いしてお詣りしましょう 家内安全 商売繁栄 災害 厄除け 交通安全 勉学道開 先祖供養 水子供養等 大祭の御祈願をいたしましょう。 交通路線 バス市駅発 橋本行きにて船戸駅乗り換え バス船戸発 鞆渕行き北原下車 和歌山県那賀郡粉河町上鞆渕 天巳大神神社 天巳大神神社のお祭りは、鞆渕の神社にて行なわれます。 「一年の厄は初巳一日に知らす」とお教え下さっております。 その日一日の意義あることを悟って、今年一年厄のないように、 どんな事情の中からでも、なんでもという心になって家内そろって お詣りいたしましょう。 気になるお家には、その家の子供さんをおぶってでも、手を引いてあげて お詣りしましょう。 諸々の御祈願は、教会迄お申し込み下さい。焼鎮祭 神社大祭の前夜祭として、神社境内に於いて、午後八時より祭典が行なわれます。 昨年一年間んの御祈願、御祈祷でおみちびきいただいあた、そのお札をお火に あげていただき、もろもろの霊をおなぐさめさせていただく行事です。 この祭典に参加させていただき、お火にあたらしていただくことにより 厄病を治していただいております。 南天 昭和48年 2月号
2007年01月20日
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さとりの道 池田正則先生 誠心誠意が神に通じる 天地自然の恵みをうけて生まれた私達は、そのすべての中から神の声を聞き分け、 神のめぐみを喜び、日々の感謝の心を持って通じることのできる心をお与えいただいて 居る。その自然の中に色々と見分け、聞き分けてゆく(悟ってゆく)心の必要なことを 知らないで、ただ成行に任す様な日々を送ったり、無駄な心の使い方をして自然に逆らい、 自我が強く素直さを失い、不幸えな生活を送っている方も多い。 幸せになるためには神様がお守り下さる心、お喜び下さる心になり、自然の恵みに 感謝し、日々は喜びの心で送らせていただくことにより、私達の求めるものをお与え いただけるのであります。 真剣真実、誠心誠意をもって行をすることにより、神様が私達が欲しがらなくとも、 必要であれば必要なだけお与え下さる。 どんなことでも思うようてくてくとなっていくのです。 どんな事情や病気のふしにあたっても、よいほうに悟らせていただくとき、 病気や事情から助けていただき、我が身についた因縁道開けのつとめとかえて いただけるのです 御神示 日々おかげの心をもって おかげを喜びの心にかえ 喜びから幸せがくる 不足から不幸せがくる どんなことでも喜びに持ちかえ つとめることは おかげでな どんなことでも心 身を惜しまんとやりとげることじゃ なせばなる なさねばならぬ なにごとも 胃ガン 胃ガンと医者に精密検査の結果を言われました。三ヶ月間医大と個人病院に通って いましたが、この二つの病院での判決は主人にとっては死よりもつらいことでした。 神様のお参りしまようとすすめていましたが、 主人はただ頭を横に振るだけでしたが、ついに神様におすがりする運びとなりました。 お参りして御祈願をさせていただきました。 因縁を教えていただき帰りがけ「帰って腹一杯食べなさい」と、お言葉を頂きました。 その夜今まで食べられなかった食事が、不思議と食べられてすっきりおかげを いただきました。 それから五年、私も急にひきつけて死ぬ所を助けていただきました。 本当に数限りないおかげで、夫婦とも命のつなぎをいただいております。 私は、はっきり神様のありがたいのがわかっているのですが、数限りないおかげを いただきながら、神様のことを話すと、主人はさからうので腹が立って仕方がないのです。 何とかならないものでしょうか。「主人さえわかってくれたら、ほんとうにありがたい のですが」といわれました。 何と言う大きなおかげを、いただいたことでしょう。 手引きこそ因縁道開 これでかのお助けをいただいた、しかし、大事な事を忘れている。それは助かった人と 助けられた人、すなわち主人が助かったが、神様に助けられたのは一心になって願いを たてられていた妻です。そこの所をもっとあせらずに、考えてみなさい。 主人を助けてくださったのは、貴方の願いを神様がお聞きとどけて下さり救って 下さったのです。主人が死んでいれば、貴方はどれだけ不幸せになっているか分かりま せんね。それなのに、自分のことをかえりみずに、主人が助けていただいたから、 主人が手を合わさないむつかしい主人だとは、もってのほかの言い方です。 夫婦ともに信仰するのが出来る家庭はもちろん幸せですが、自分の行がはっきりと できれば、主人はどんなことでも聞いてくれるようになります。まして、この助けて いただいた御神殿で「主人を助けていただきましたが、言う事を聞きません。どうか 私の言う事を聞いて下さいと不足を言えば、おかげにさからい因縁を呼び寄せている のですよ。貴方は、おかげを生かさなければ、必ず因縁がもどります。それさえわかれば しっかり信仰の道を守りお行にはげみなさい」と、話しをさせていただきました。 「私は因縁にもどられると困ります。どうすれば主人が納得していただき、道が開かれる のですか、もう一つという所をお教え下さい。お願いします。」ということになった。 「わかりきったことを自分が実行せずにいるからですよ、信仰には理屈も理屈も理論でも ありません。神様のお言葉そのものが生きているのです」 「よくわかっておりますが、そうしても一生懸命に自分が務めさせていただいているの ですが「」と、まだ納得しにくいようです。この方は毎日お参りし、日の行のつとめも 真剣につとめさせていただいております。 「まづ、手引きですね。人を助け、この天巳大神様のお道を広めさせていただいてこそ、 わが因縁道開けの道です。ガンが助けられた天巳大神様は、主人のガンを助けて下さったと、 真剣に人々に教えてあげることは、胃がんを助けて頂いたあなたとしての信仰です。 助けられたあなた、あなたは助けの御用をさせていただくと言うことにより、因縁を といていただき、お道開けいただけるのですね。 あなたが、おかげをいただいたそのおかげを抱いて、人助けのお行にはげまして いただかないと、息がつまって来ます。そして、助けられるまえもとの姿になって 死を迎えるより道はありません。しっかり頑張って下さい」と話しをさせていただいたら 「ハイ わかりました」といさんで帰られました。 そして、三日目その方の名前を言って二人連れのお方がお参りされ、大変喜んで 帰られました。そのあくる日にお参りされたのでお話を聞くと 「ここまで悟るのに長年かかりました。腹がきまると不思議なことに相手の方から 神様のお話を聞かせて下さいと喜んでお迎えして下さり、喜んでお参りなさいました。 お参りして帰ってから、電話でお礼を言ってくれました。 初めて会った人と話し合い、向こうから聞いていただけただけのも、不思議でなりません。 はっきりほんとうにわかりました」と大喜びでした。 御神示 助けられる者より 助ける身になって見たら ありがたいものじゃ 助けることを喜ばないと 今度は助けて もらわねばならないようになっている 南天 昭和48年 新年号
2007年01月19日
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日乃行 御頭首様 幸福へのきずな、悪運をのりこえ幸せへの道を開くそれがためにあたえてくださっている のである。 行をすることは天巳大神様は、信者の人達をみんな、 先祖としておさめてやろうと思って下さっておりますが、行の出来ない人は、神の座へも、 先祖の座へも座れないと神は申しております。 それで信者に行を与えて下さっております。と教え下さっております。 神もない仏もないとまで言われていた日本の敗戦の時 「神もあります、仏もあります」と土地土地に氏神様を祀り先祖の宗旨を 守ることを教えて頂き私達は二十余年助けて戴いて幸せに世の中は送らせて頂いて おります。しかし、幸せによいしれている人々は盆が来ようと彼岸が来ようと子や孫に 真心をもらえない仏が世はひらけても今まだ多くありますがそれがために病気や 災いなんかが絶えません。 神様が子取りがはやると教え下さり小さい子供のことかと思えば、最高学府にある 学生が思想によいしれて家をはなれ国を捨てるようなみじめなことすら出来てきて おります。嫁に行っても親のつかえも出来ないでもめているような女もたくさん 出来てきております。世の中は人の力だけで治まるものではありません。 神様におさめて戴かねばならないのです。しかし信仰をしていると言っても幸せ過ぎて 人々はどうすることも出来ないのが今の世相です。ですから神様は行によって道開け 下さっているのでございます。行とは奉仕や務とは意義がちがいます。 この道で行と言うのは天巳大神様の御教えを守り、 その道開けを戴くためのことを行といます。 それは因縁を道開け戴き、苦しみやなやみ、もつれをといて戴き、此の世だけでなく、 あの世までも道開けして戴く、すなわち、神の座、仏の座へつかせて戴くために 天巳大神様にお導き頂く、その過程であります。一日一日社会に働き真心をお供え させて頂きお道開けを願うと、日日道へ自分が身をもってつとめさせて頂くことを 「日乃行」と申します。 日の丸弁当を持って行をさせて頂く、一日中身を捧げて行をさせて頂く、その行を 申すのでございます。なお土用行寒行と教会大祭を前に世界平和を願い、人類の幸せに お道開け戴く、そして土地土地が栄え、家々が栄えますようにと願ってその道開けを 願い一軒一軒を回って御浄財を乞いそれを奉納させて頂き祈願させて頂くために 大祭幣帛料名簿を神様からお受けしてお行をさせて頂いております。 幸せは自分がしっかりつかみ大切にする。それはうぬぼれたり、長者では出来ないのです。 心をささげて人の幸せを願う心こそ、幸せへの基です。今日までお救いいただいた道 もっとふり返り真剣な行をつとめさせて頂きましょう。 南天 昭和47年 10月号
2007年01月18日
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因縁づとめ 児島ひろゑ 天巳大神様は、私達の因縁道開けとして、 今度建設される会館のつとめをお与えくださいました。 因縁。因縁。因縁。どんなにつらくとも、悲しくとも自分の力ではどうする事も 出来ない。又この因縁の切れないかぎり、自分は元より子も、孫も、とこの苦しみを 受けて苦しまなければいけない。 天巳大神様は、この私達人間世界の苦しみを 救うて下さる因縁道開けをして下さるありがたい有難い神様です。 家族の者の真剣 真実をもってつとめさせて頂く事によって・・・・ その事はわかりまがらも、現実はそう素直にいかず。 「つとめは、わかるけど、出来るものならさせて欲しいけど・・・」等とついつい 不足に思い言葉に出してしまう。質し而し、そうではいけない。という事を私は最近 身を以って、教えて頂きました。 「できない、とてもできない」と不安に思っていた私、重荷にしていた私 「これではいけない、神様、どうか私にもつとめさせて下さい。神様に事ある時は、 どうぞ私も役に立てて下さいませ。今迄の数々の御恩をいただいている私達一家で ございます。子供が危うく命のないところも助けて頂きました。この会館が建つ事に よって、又どれだけたくさんの人達が救っていただける事でしょう、どうぞどうぞ」 と神様にお願いし、腹ぎめさせて頂きました。すると、どうでしょう。 最初私共の家としまして、収入から割り出しこれで限界だと定めていた目標の何倍かの 収入を得る事が出来たのです。何でも!不思議事でございます。そうして、心からの 「つとめ」はどんなに小さくても神様に受け取っていただけるんだな何でも!と願う この気持ちを神様は喜んで下さるのだな。よいう事を体験させていただき身体中嬉しさ でいっぱいでございます。 真実、願う気持ちがあれば、自分がつとめるのじゃない。 神様が、御先祖様がつとめてくださるのだという事を。 一人でも多くの方に、又私と同じ様に、重荷にしている方の為に、少しでも参考に なればと「南天」に投稿させて頂きました。 天巳大神様、有難うございます。 南天 昭和47年 9月号
2007年01月18日
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子は親の鏡 太田伊津子 次男が幼稚園へ入園致しまして早三ヶ月。 毎朝、神様・仏様に小さい手を合わせ「行って来ます」と元気よく出かけます。 朝は幼稚園の坂下りまで送り、帰りは教室まで迎えにとの規則通り毎日毎日時計と にらめっこです。 入園当時はお迎えが少し遅いと不安そうな顔をした子、落ち着きにない様子でじっと 待っている子、お母さんの手にぶら下がって帰っていく子、様々な可愛い可愛い光景でした。 この頃では、子供さん達一人一人落ち着きができ、いっぺんにお兄ちゃんお姉さんらしく 先生にもちゃんと丁寧に挨拶をして帰っていく姿に、私はどうかこのままの素直で大らかに 逞しく育ってほしいものと願いをこめて祈らずにはいられません。導いてくださる先生の姿、 毎日いく組もの幸せそうな親子の姿を見せて頂きますが、ここ二三日前から少し時間が 操れてきたのか、お帰りの音楽が予定の時間より5,6分おくれ、大勢のお母さん方が園の 玄関で音楽の鳴るのを待っておりました。 若いお母さん達はにぎやかにおしゃべりが絶えません。 ふと耳をすますと 「内の子は強情でこまる」よか「無口だ」とか「泣き虫だ」とか「寝坊でなんぎや」とか 子供の癖、欠点ばかり、あっちでも、こっちでもワイワイガヤガヤ。 丁度私の横へ同じクラスの若いお母さんが立ち挨拶しそして子供さんの園での様子や、 子供さんの欠点を話し出しました。 「内の子は落ち着きがない友達とあんまり遊ばない、約束は忘れてしまう。あきっぽくて困る、 誰に似たのやろ」とまるで木の又から生まれてきた様な話し 悪い所は皆主人のせいにして良い所は自分似なのである。 昨日も体罰を与えたとか・・・私は昔の自分によく似てると心の隅で思いながら、 その方に「子は親の鏡と昔から言うでしょう。体罰を与えて苦労し子供さんを変えようと 躍起になっても次第に反抗的になり口答えも多くなるのと違いますか、奥様が改める事に より子供さんもきっと変わってくると思いますよ、子供さんは自分の先生やと思って反省し 親ごさんや御主人にもっと素直に仕えなさったら」と申しますと、その若いお母さんは 「フーン」と深くうなずいておいででした。やがて音楽が鳴り終わり一斉に教室へと かけあがり次々と明るい元気な顔が、お母さんと手をつなぎ家路にとかけおりて行きました。 「今日はどんな歌習ったの」「蛙の歌や」道々大きな歌声を耳にしながら、どうか健康で 明るく人様に迷惑をかけない立派な人に成長してほしいものと願いながら改めて「子は親の 鏡」しっかりしなくてはと心に言いきかせました。
2007年01月17日
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根ブシのステッキ 山本百合子 三年前のことでした。 いたずら盛りの少年期にあった愛犬、北斗が、父の何十年来愛用している根ブシの、ステッキを 一夜の中にメチャメチャに咬んでしまったのです。 「わしの一番気に入っているステッキをこんなにして、犬をつないでおけ」と父はカンカンです。 これも主婦の私に責任がある、何とか同じ品物をと大阪まで買いに出るハメになってしまった。 あちらのデパート、こちらのデパートと捜しまわり、やっと根ブシのステッキを見つける 事が出来た。 この二本のステッキ一本の方は太くて艶もよく私の見た目には満足。今一方のは、 やや細くきゃしゃであるのに値段の方はまるで反対、太い方の何倍もの値段である。 聞くのは一時の恥と、私は店員さんにその訳を聞いてみた。 太い方は、一見良い様にみえますが重いしそのうえフシとフシとの間が長いので弱い。 それに比べこちらの方はフシの間隔が詰まりそれにその間隔が上から下まで均等になって いますのでお値段の方が高くなります。との事。 どちらにしようかと迷ったあげく、ステッキの四万円はいかにも高い、こちらの方もそんなに 悪くないのだからと持ち前にミミッチィ根性が動いて安い方にした。 家に帰り父に見せると「フーム、良いけどちょっと重いかな。それに前のと比べるとフシも 長いしもうちょっと良いのが無かったのか」と、さすがに目が高い。 「ありましたけどもあんまり高かったので・・・」とかなんとか、こちらにしてはしどろもどろ。 「そんな良いのがあるのなら電話でもして替えてもらってくれ、やっぱりこういう物は 良いのでなければな・・・」との事。早速電話して取り替えてもらった。 「そりゃあ、この方がいい、軽いしな」と今度は合格である。 おかげで私も見聞きをひろめることが出来たというものそうして思うこと。 節と節との間が短いという事はそれだけ苦しみに耐えてきた回数が多いという事。 そうして、その苦しみにゆがみもせず、まっすぐに伸びてきた努力が強さとなって認められ 他との格段の差で評価されたという事になる。 この事は、そっくりそのまま人生にあてはめる事ができるのではないだろうか。 この世の中、人の一生のうちには、いろんな事があるもので、何もなくて平穏無事、そんな 事はなかなか望めない。よしんば、仮にそんな事があったとしても人間勝手なもので恵まれた その環境に満足ができず、自分から苦を求め、何だかんだと不平をいうことだろう。 天巳大神様はいつも「フシから芽が出る」とお教え下さって居ります。 人間誰しも次々と悪い事ばかり続くとうんざりもしますがそれにくじけてはならない。 ”冬来たりなば春遠からじ”とか厳しい冬の寒さに耐えてこそ春の真近いことであり、 春の陽気が尚一層嬉しいものである。 又暑い暑い土用があってこそ秋の稔りがある。 私達の先祖が定めてくれたこの一年一年の年度がわりあってこそ旧年のけじめをつけ 新年を迎えて今年こそはと心新たに日記の一頁も書いてみる。 お彼岸、お盆と定められた日があればこそ、どんなに無信心な家でも、この日ばかりは 御先祖様と手をあわすであろう。学生は試験というフシがあればこそ学習した事は忘れまいと 復習もし研究もする。 事業家は不況・不振という節あればこそその日頃の事業に男の情熱をかためける。 細かく挙げてゆけばきりもないがこう考えると誰しもそうだ。あの時の病気、あの時の災難、 あの酷しいフシを乗り越えたおかげで今日は・・・と心にあたる事もたくさんありましょう。 いろんな苦しみや悲しみを、フシと自覚する事によって神様のおかげというものが分かり 日々が感謝の気持ちが湧いて出てきます。又このフシを土台にしてプラスになり心の糧と なって次々とおこる事が苦でなくなる。また「信仰の道には嵐(フシ)がつきもの」と お教え下さっています。神様のおっしゃる様に種を蒔いた。 暑いのに草取りも何回もした。肥やしもやった、消毒もした。 さあ、もう神様は稔りを下さるだろうかと期待するころ、突然来襲した嵐ー。 これでも神についてくるかと与えて下さったフシ。 この嵐を恐れず外に出て、心の底からほとばしり出る祈りというものはきっと神様に聞いて 戴けるものです。さあ勇気を出して! フシを恐れてはいけない。 フシあればこそ伸びられる。節が少なくひょろひょろ高く伸びるよりは数多い節に耐え抜いた 根強い力を神様から高く評価され幸福を戴ける事である。 根節のステッキの様に・・・。 南天 昭和47年 9月号
2007年01月16日
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朝めし前のおつとめでな 今日一日 朝めし前におつとめして腹ごしらえ みごしらえしてしっかりやろか柱一本になるか 障子一本になるか 瓦一枚になるか みな それぞれと心にあることじゃなんにも知らんところから親に育てられ やっと一人前になってそこえそこえと土地にもなれ世間のつきあいも出来るようになって 親を台なしにしてはわが一生だいなしにするのと一緒じゃぞみんな嫁にいっても むこさんにいっても うちをもっても それぞれとその道をはずすなよ わかったかい わかったな その道をはずしたら わが運命だいなしにするのと一緒じゃそれさえわかって立派なつとめをして立派な心をもって立派に世の中を救える 世の中の役に立つ人間になってもらいたいものじゃ みなわかったかい わかったら なにもかもわかるみんなめいめい自分にもったものじゃ どんなに身を泥んこにしても心は玉の如し井戸を掘ってきれいな水は湧いて来る なんぼでもつこてもつこても湧いて来る腹と心をこしらえて人の幸せをえしんだり こばんだり 意地悪したり そんな暇あったら近所の幸せ 祝う心になって親類のはしばし迄行き届いた人間になるのじゃぞみなわかったかい みなわかるやろな わが目のさきのことしかわからんようなことでは「いざ」という時間にわかんいくら因縁わざとはいえ 己の心のもつべき心 悪い方へ使わず 道で迷うていた時にまちがいの道へひきずりこまれて 親にもあえやにゃ こにもあえず淋しい日々を送って子のつながり 血のつながり 縁をたよってこの世に悪となって生まれてくるのじゃみな気をつけてな 立派なものになってくれよ みなわかったかいいくら信仰信仰というても 信仰にもいろいろや かんじん かなめを忘れて自分だけよかったらええを 自分さえわがのことだけ それじゃどこ迄いっても幸せにやなれん必ずいきどまりは来るのじゃどんな不幸せが来ても その場で助けてもらえるだけの心をこしらえて日々に積んでおくのじゃぞみなわかったな 昭和四十七年七月十六日 土用行合宿修道会 二日目 南天 昭和47年9月号
2007年01月15日
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