神路原神社(こうろばら)

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2007年02月08日
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還らぬ息子に逢いたくて


  「仏さんと物語りが出来てなんでも分からしてくれる偉い不思議な神様が鞆渕に

  おいでるらしい」との噂を聞き、出征して還らぬ息子の消息が知りたくて遠い

  山坂を越えて歩いてお詣りしたのが 天巳大神様 との御縁を戴く始めでございました。

   三昔も前の戦後間もない頃の事でございます。

  日本の勝利を最後まで信じて乏しい生活の中にも心に張りがあり、土地々の氏神を

  中心にして武運長久を祈りで征兵士の家は皆で守り心一つになって銃後を戦いぬいて

  参りました。



  終戦と同時に皆の心は一変して何もかもバラ々に砕けたような事になって

  「神もあるものか」こうなってしまえば自分さえよよかったら、自分、自分と己の

  欲のみに走り戦死した者は死に損、出征した者は行き損と云うような、本当に

  すさみ切った世の中になってしまいました。

   愛する我が子、我が夫、我が兄弟をよろこんでお国に捧げた私達は居ても立っても

  居られない気持ちでございました。

  始めてお逢いした先生(私達はその頃教祖様をそのようにお呼び申し上げて居りました)

  おだやかな笑をたたえた中に威厳があり人を引き付ける何ものかがございました。

  私の心を見抜き見通してこちらから何も言わない内に「神もあるぞ仏もあるぞ」と

  お行下さいまして神様仏様とお話させて頂き私の張りさける胸をなでおろして下さい

  ました。



  ありその霊を浮かばして下さる天巳大神様、此の世にそんな有難い、あらたな神様が

  他にない。この神様こそ私の命のささえになって下さる・・・。

  あの時のよろこびは口に出して話せない位でございました。それから何か心に行き詰まり

  があると雪の降る日でも、足軽くお山へとお参りさせて頂きました。

   神様のお指示通りにさせて頂くと何もかもピシャ々とあてて頂きよい方へと



  一人二人と連れておさそいしてお参りする様になりました。

  こんな偉い神様をこんな山深い所では勿体ない。

  広い世の中へお迎え出来たらどんなにうれしい事か。

  大勢の悩み、苦しんでいる人達を助けて頂きたいなと常々念じて居りました。

  そんな願いあが通じたように、私の隣の所在「折」と言う処へ御頭首様共々山を

  降りてお行下さる事になりました。

  そこでも数多くの人達が助けて戴きました。

  御頭首様。御教祖様は文字通り人助けに寝食を忘れてお行下さいました。

  私も近くになりましたので手引きをしては足繁くお参りさせて頂きました。

  私はお行を聞かして頂くのが何より楽しみでございました。そして間もなく

  天巳大神様が和歌山市の目貫通りにお坐り戴くようになりました。

  戦死した息子を守護神としてお迎えする事ができたのもそれからでございます。

  天巳大神様を通じて息子と話をさして頂き私は生きて帰ってきた様にうれしくて

  朝夕のおつとめも楽しみで、家の中もにぎやかになりました。

   何事も神様にお参りして相談さして頂くと、この息子がお代様にさがっていただいて

  「お母さんこうして欲しい、ああして欲しい」と親のしあわせの道、家の繁栄への道

  はつとめる事であり、人助けであることを教えてくれるのです。

  私は「ないしょ」で自分の小遣いをやりくりして、陰からつとめさせて頂いてまいり

  ました。それが不思議に何倍にもおかげとなって返ってくるのです。何事もてく々と

  運ばせて頂きました。

  つとめさせて頂く事の喜びが段々と私にも分かってましりました。

   心臓を悪くして医者から「もうあかん」と言われた人を手引きさせて頂いた時のこと

  でございます。

  この命を助けていただくにはその病気に知らしている因縁を天巳大神様に納得さして

  いただくだけの大きな因縁、つとめが必要なわけですが、一刻を争おうのです。

  「人を助けて我が身に向かう」神様がいつもおおせくださって居ります。掛け替えの

  ない大切な命。

  先ず人助け、私は裸になろう、喜んで裸になろう。昔から「金は天下の回り物」と

  云うではないか。私は何の惜しげもなく裸になってつとめさせて頂きました。

  尊い命を神様に助けて戴きその時のよろこびはわすれる事は出来ません。

  私はつとめさしていただく事と人助けは本当のおかげの道だと信じて居ります。

  あるから出来る。ないから出来ないではございません。真剣真実の心が大切でございます。

   「私につとめさしていただく事ないかしら」それからはその事を考えるようになりました。

   御祈祷は高い、御祈願は高いと言う人は、可哀相な人だと思うのです。その惜しみに

  よって尊い命を失ったり又苦難の道を歩む人も数多い事でございます。

  私は人を手引きする時には先ず自分から神様に願を立ててお話さして頂くようにして

  居ります。今では息子夫婦も、つとめの道を分かってくれて大きなつとめもよろこんで

  させて頂いて、私は肩の荷が軽くなりました。

  神様、御先祖様を中心に家内中一つになって、円満な日を過ごさせて頂いております。

  息子夫婦や孫達みお「おばあちゃん、おばあちゃん」といたわってくれて孫娘などは

  「おばあちゃん連れてお嫁に行きたい」と可愛い事を言ってくれています。

  あの遠い日の事を想うにつけても天巳大神様のおみちびきあればこそ、この幸を

  戴けたと涙にむせぶのでございます。

  わかった者がしっかり道を立ててゆけば必ず次の代の者もわかって、ついて来てくれます。

  神様、仏様が、ちゃんとそうしむけて下さいます。

  私は七十才の半ばを過ぎましても、まだまだしゃんしゃんとした健康をいただいて

  居ります。今では地区の信者さんが皆、幸に進んで下さるように、今ではお世話係りの

  ような事をつとめさして頂いて居ります。

  天巳大神様の御繁栄と、地区の円満を願いつづけているような毎日でございます。






     南天  昭和 48年  5月号





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最終更新日  2007年02月09日 16時44分34秒 コメントを書く
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