菩提寺にお参りした後、ぶらぶら鶯谷駅まで歩く道すがら鬼子母神を見つけた。
「おお、ここがかの有名な”恐れ入りやの鬼子母神”か」
震災と戦災で焼け(未確認)、下町にありながらその情緒が無いのは残念と思いつつ参詣する。その夜はわけあって ※1 目白泊。近くに雑司が谷鬼子母神 ※2 があるのを思い出し、気まぐれで鬼子母神詣でのはしごをした。
夜9時過ぎ、適当に見当を付けて歩むと都電鬼子母神前駅に出た。参道と書かれた道を進む。
山手線内側に位置しながら、車の音も聞こえず、道路脇の家からTVが聞こえ、仕事をしている人がガラス越しに見えたりする。もっと早い時間なら縁台将棋でもやっていそうな、入谷よりはるかに下町っぽい街。
雑司が谷鬼子母神にお参りした ことは無いと思う。残念ながら防犯のためか、 がっちりフェンスが閉まっている。開いていたとしても夜の寺はかなり怖い。
ホテルへ戻ろうとすると明治通りが見え、
「そっちへ行ってしまっては池袋だ」
と左へ、左へと巻くように辿る。何とあろうことか前方に都電鬼子母神前駅が見えてきた。
元の場所に戻ってしまうなんてことは、方向感覚の悪くない私には稀有なこと。迷った意識はまるで無く、狐に摘まれたようだ。これで慌て方位を失ってしまったのかもしれない。目白通りを右へ進んだつもりが、やがて池袋の標識が出てきた。
「しまった、明治通りだ」
目白通りとの交差まで引き返し、ようやくホテルに戻れた。それにしても雑司が谷近辺の道路の複雑さは何だ。T字、Y字、L字、コの字、クランク、さすがにS字だけは無いが、農道を拡幅した新興住宅街でも、ここまで複雑な所を知らない。
昔のお百姓さんがそのときの気分で作った道、
「大根が余ったからここまで作付けして、その分道をずらそう」
なんて言いながら作ったのではなかろうか。夜中の散歩にしては歩き過ぎたが、面白かった。
※1 普段私が東京で泊まるのは、土地勘のある東京駅周辺か新宿が多い。人のお金ならヒルトン、連れがあるなら京王プラザの安いツイン、一人なら西新宿のビジネスホテルが普通。
翌日、信濃町に8:30まで行かねばならない。朝食後すぐに西新宿から新宿駅まで早足で歩くのはちょっと辛い。
目白駅前なら西新宿から歩くより楽で早い、というわけで目白駅隣(昔は駅構内だった)のホテルメッツに投宿。宿泊料の5%が震災義援金になるというのも、選んだ理由。
本当は図々しくも被災者が割引になるホテルを探したのだが、適当なところが無かった。学習院を眼下に、静かで便利。※2
鬼子母神がどんな神様で、何故入谷と雑司が谷にあるのか、なんてことは興味の対象外。
義母が若い頃、「○子は鬼子母ねえ」といわれたそうな。
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