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韓国の岩場紹介北漢山(ブッカンサン)・元暁峰リッヂ(ウォンヒュボンリッヂ)ソウル市江北区北漢山の最高峰・白雲臺(ベグンデ)の山頂に一般ルートと反対側から登り詰める急峻な岩稜があります。そのリッヂが元暁峰リッヂです元暁峰稜線は北門より上部をリッヂと呼んでいます一応、墜落危険地域の立入制限区域ではありますが自己責任にて多くの登山者が登行しています危険地域につきクライミング経験者のみに許された領域ですので一般登山者は立ち入らないことが懸命でしょう技術レベル(クライミング技術は初級者クラスの入門ルートです)素晴らしいリッヂ登攀が楽しめます白線部分が元暁峰リッヂです
2008年10月31日
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韓国の岩場紹介韓国・雪嶽山(ソラクサン)の北麓に位置する蔚山岩(ウルサンバイ)は全幅・全高とも韓国最大の岩壁です東よりP1~P30まで30峰の岩峰で構成される巨大な岩塊である中央部には鉄階段により一般観光客でも展望台まで登れますが、その他はすべてクライマーのみに許される聖域です(ルートは初級~上級まで多種のルートが開拓されています)《所在地》江原道(カンウォンド)束草市(ソクチョシ)登山口は雪岳山登山口と同じの雪嶽洞(ソラクドン)小公園です(束草よりバスで30分)岩壁基部までは徒歩で約2時間くらいです(蔚山岩のフェースルート概念図)です蔚山岩のフェースルート概念表蔚山岩の稲妻ルートの登攀の様子 蔚山岩(ウルサンバイ)の登攀はフェースクライミングとトルチャンチと呼ばれる岩頂稜の全峰(P1~P30)を継続縦走クライムに2分されますトルチャンチとは韓国語で石の宴という洒落たネーミングが付けられましたトルチャンチは完全継続するには3泊4日が標準のようですが中間点の展望台及びP23より下降するなどで2泊3日or1泊2日の行程でも楽しむことが可能ですトルチャンチに関しては別掲載とします写真の通りに蔚山岩(ウルサンバイ)は全幅2Km・全高200mともに韓国最大の岩壁で多彩なルートが沢山ある快適な岩壁です自然の岩場でのハードルートに自信のある方は是非トライして見て下さい
2008年10月30日
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韓国の岩場紹介韓国ソウルの北端・北漢山国立公園にある市民憩いの山道峰山(トボンサン)にある仙人峰(ソニンボン)の岩壁ルートを紹介します《所在地》ソウル北部登山口までソウル市内から約1時間30分・岩壁基部まで徒歩1時間30分仙人峰(東面壁のルート概念図)です東面壁のルート概念表東面壁は南面壁よりスケールが大きく上級のクライミング技術を駆使する興味あるルートが沢山あります写真の通りに北漢山の仁寿峰同様に明るくて快適な150mの岩壁ですコンペから自然の岩場でのハードルートに自信のある方は是非トライして見て下さい
2008年10月29日
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韓国の岩場紹介韓国ソウルの北端・北漢山国立公園にある市民憩いの山でもある道峰山(トボンサン)の仙人峰(ソニンボン)の岩壁ルートを紹介します《所在地》ソウル北部登山口までソウル市内から約1時間30分・岩壁基部まで徒歩1時間30分仙人峰(南面壁のルート概念図)です南面壁のルート概念表南面壁は上級のクライミング技術を駆使するピッチが沢山あります写真の通りに北漢山の仁寿峰同様に明るくて快適な150mの岩壁ですコンペから自然の岩場でのハードルートに自信のある方は是非トライして見て下さい
2008年10月28日
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韓国の岩場紹介雪嶽山(ソラクサン)・竜牙長城稜(ヨンガチャンソンルン)江原道(カンウォンド)韓国では岩壁のフリークライミングやリッヂ登攀と呼ばれる長大な岩稜登攀が盛んです今日は雪嶽山でも内雪嶽にあるクライマー憧れの屈指なリッヂを紹介します写真でも分かりますように切り立ったリッヂが6Kmにも続き健脚者でも9~10時間行程です。途中でビバークを行程に組み込むパーティーが半数はいるほどですただし、ここは数年来に渡って事故多発を理由に立ち入り禁止措置が施行されていますしかし毎年、多くのジモピー登攀者が登っているのが現状です立法により違反行為者には50万ウォンの罰金が科せられるとのことですもし登られる方がお出でになりましたら自己責任にてご自由に登って下さい素晴らしいリッヂ登攀が楽しめます技術レベル(初級上)竜牙長城稜は地図のほぼ中央に位置してます
2008年10月27日
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韓国の岩場紹介韓国の二大岩壁で知られる北漢山(仁寿峰)のルートを紹介します《所在地》ソウル北部登山口までソウル市内から約1時間・岩壁基部まで徒歩1時間30分今日は仁寿峰(南面のルート概念図)です仁寿峰は大別して南西面壁・南面壁・東面壁に分けられております南面壁概念表 写真の通りの明るくて快適な150mの岩壁ですコンペから自然の岩場でのハードルートに自信のある方は是非トライして見て下さいしかしこれだけ快適だとコンペと変わらないですよね!
2008年10月26日
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韓国の岩場紹介韓国の二大岩壁で知られる北漢山(仁寿峰)のルートを紹介します《所在地》ソウル北部登山口までソウル市内から約1時間・岩壁基部まで徒歩1時間30分今日は仁寿峰(東面のルート概念図)です仁寿峰で東面壁が最大のスケールで難易度も一番高度です下部1ピッチルート概念表東面壁は上部ルートへの取付点まで数ルートの下部1ピッチがあります上部ルート概念表 写真の通りの明るくて快適な150mの岩壁ですコンペから自然の岩場でのハードルートに自信のある方は是非トライして見て下さいしかしこれだけ快適だとコンペと変わらないですよね!
2008年10月25日
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韓国の岩場紹介韓国の二大岩壁で知られる北漢山(仁寿峰)のルートを紹介します《所在地》ソウル北部登山口までソウル市内から約1時間・岩壁基部まで徒歩1時間30分今日は仁寿峰(西南面のルート概念図)です写真の通りの明るくて快適な150mの岩壁ですコンペから自然の岩場でのハードルートに自信のある方は是非トライして見て下さいしかしこれだけ快適だとコンペと変わらないですよね!
2008年10月24日
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30年以上会うことの無かった旧友と再会を果たせたWEBの力は凄いものです! 互いをWEBで確認することができ互いに姿は変われど走馬灯のように当時が蘇った今日は写真だの音だの抜きで、このまま眠りにつきたいおやすみなさい
2008年10月22日
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イルボンが唄う韓国歌謡3日続きになってしまいましたが今宵もイルボンの歌声をお送りします今日は最新曲が多く収録されている後半から逆順にお聴きくださいね!濁声で韓国歌謡と言っても演歌専門です 「たかが500されど500」ノレ房 VOL23 (441~460) 441 チョルムン チョウォン (若き草原)442 トゥルグックァ ヨイン (野菊の女人)443 ムンバッケ インヌン クデ (門の外にいる君) 444 ノワナ (お前と私)445 クデヨ ピョンチマオ (君で変わらないでよ)446 サラムナゴ トンナッヂ (人も去り金も無く)447 キムポ ガド (金浦街道)448 ピョラ ネ ガスメ (星よ私の胸に)449 サランハゴ イッソヨ (愛しているよ)450 サランヘヨ (大好きだよ)451 ボゴシップン ヨイン (逢いたい女)452 タンシネ ブルス (あなたのブルース) 453 コッ (花)454 ソッ キップン ヨジャ (情け深い女)455 サラグァ インセン (愛と人生)456 マウミ ウルジョッケソ (心が陰鬱で)457 クロン ヨジャ オンナヨ (そんな女いないんだろ)458 ヌ二 (妹)459 タハンケ チャチャチャ (まとめてチャチャチャ)460 モッポヌン ハングダ (木浦は港だ)
2008年10月21日
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イルボンが唄う韓国歌謡ブログタイトル通りに2日続けて、おまけに増刊号でイルボンの歌声をお送りします今日は最新曲が多く収録されている後半から逆順にお聴きくださいね!濁声で韓国歌謡と言っても演歌専門です 「たかが500されど500」ノレ房 VOL24 (461~480) 461 スリラン (スリラン)462 テックルル コルヂマ (タックルをかけるな)463 ナチムバン (羅針盤) 464 チャッヂマラ (取るな)465 タンシヌン バボヤ (あなたは馬鹿なの)466 マニャゲ (もしや)467 クンミン ヨロブン (国民のみなさん)468 コヒャゲ ポム (故郷の春)469 サンバエ ヨイン (サンバの女人)470 ノ マヌル サランヘッタ (お前のみを愛した)471 ウォンジョム (原点)472 トヨイル パメ (土曜の夜に) 473 ソグン ソグン (そこそこ)474 ユリグゥドゥ (硝子の靴)475 チョンニョネ マンナム (千年の出会い)476 チングヤ (友達だよ)477 ファジャグル チウヌン ヨジャ (化粧を落とす女)478 ホンジャイゴ シッポヨ (一人になりたいよ)479 チュムチュヌン パム (踊る夜)480 チョンマル チョアンネ (本当に良かったな)
2008年10月20日
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イルボンが唄う韓国歌謡ブログタイトル通りに2日続けてイルボンの歌声をお送りします今日は最新曲が多く収録されている後半から逆順にお聴きくださいね!濁声で韓国歌謡と言っても演歌専門です 「たかが500されど500」ノレ房 VOL25 (481~500) 481 マイウェー (My way)482 ユクェ サンクェ トンクェ (愉快爽快痛快)483 ソウル ヤゴッ (ソウル夜曲) 484 コベッ (告白)485 カルメギ サラン (鴎の愛)486 クサラミ クサラム (その人がその人)487 ネサラン ネギョッテ (私の愛 私のそばに)488 サムタド ソシッ (三多島便り)489 ネゲ ナムン サラグル トゥリルケヨ (私に残った愛を差し上げますよ)490 ウルリョゴ ネガ ワンナ (泣きたく私はなるよ)491 オレ オレ (何時々までも)492 ジェフィ (再会) 493 ヘッドゥンナル (陽が昇る日)494 コヒャギ ナムチョギレッヂ (故郷が南側だよ)495 クンソリ ポンポン (大声ポンポン)496 タンシヌン ネ ヨジャ (あなたは私の女)497 サラグン ヌンムリンガヴァ (愛は涙のようで)498 トゥゴウン アンニョン (熱烈な別れ)499 ジェサム ハンガンキョ (第三漢江橋)500 ユヘンガ (流行歌)
2008年10月20日
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イルボンが唄う韓国歌謡日曜日をマッタリされておられる方々にイルボンの歌声をお送りします濁声で韓国歌謡と言っても演歌専門です 「たかが500されど500」ノレ房 VOL6 (101~120) 101 ソルムジュメ (30頃に)102 ソウレ チャンガ (ソウル讃歌)103 タシハンボン センガッケジョヨ (もう一度考えくれ) 104 ウリ ノム シッケ ヘオジョッソヨ (我等はとても優しく別れました)105 チュオゲ バラドゥ (追憶のバラード)106 チョニョン ノル (夕焼け)107 タジョンハン ヌンピチュロ (親しい眼差しで)108 ナンジャヌン ペ ヨジャヌン ハング (男は船 女は港)109 トンベッ アガシ (椿娘)110 チョンチュヌル トゥリョダウォ (青春を返してくれ)111 モンナン ネ チョンチュン (実のない青春)112 アルムダウン カンサン (美しき河山) 113 コモンナム (枯木の唄)114 インディアン イニョンチョロン (インデアン人形のように)115 ハンソギ クム (一輪の夢)116 テジョン ブルス (太田ブルース)117 パムペ (夜船)118 チョンクベッ クシムニョン (1990年)119 チョップル チャンチ (キャンドルの宴)120 スピド (スピード)
2008年10月19日
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若き日にトライしたアイス登攀です足尾・松木沢1978年1月松木沢前衛壁ルンゼ出合にて 前衛壁ルンゼを攀じる 前衛壁ルンゼにて フォールクライム フォールクライム 松木沢前衛壁ルンゼ全景 出合にて
2008年10月18日
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若き日にトライした登攀です八ヶ岳(横岳西壁・大同心正面雲稜ルート)1979年1月冬の大同心を登っていない心の隙間を埋める山行であり独身時代最後の山行であった大同心正面壁基部にて 大同心稜にて 取付にて 赤岳バックに 赤岳鉱泉にて 下山前に仲間達と約10年通い続けた冬の八ヶ岳で何時も仲間を優先的に送り出していたその登攀チャンスの無かった大同心へ最初で最後のトライをした冬の醍醐味である風雪の中での登攀を期待したが当日は岩壁には積雪の付着も少なくて積雪期登攀とは言いがたい日和だったのが残念であったパートナーは2週間後に結婚を控えた私を過剰保護とも思えるくらい、しきりに気遣ってくれていたが、誘ったのは私なのに申し訳ないことをしたと思っているまた過去に大同心ではドラマがあった冬山合宿で後輩パーティーを大同心へ送り出したが夜になってもBCへ戻らない午後9時より大同心稜を基部まで捜索に出たが姿がなかった眠れぬ夜が明けて早々、幕の外で後輩パーティーの声がした外で元気な姿を確認後に幕内で事情を聴くと登攀を終えて横岳稜線へでたところで単独行者が道に迷い弱りきっていたとの事、その方と伴に風を避けた佐久側にてビバークをし明るくなるのを待って下山してきたとのことだった。一緒に赤岳鉱泉まで下山してきた方は天幕内で後輩達の暖かい励ましで九死に一生を得たと嬉し涙を流して礼を言われていたが本当に良かったと思った。そんな的確な判断をした後輩達が誇らしくも思え褒めてもやりたかった
2008年10月17日
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若き日にトライした登攀です八ヶ岳(横岳・赤岳・阿弥陀岳)1974年~1976年冬山の基礎を学ぶために入門ルートが多い八ヶ岳は最良の場であった赤岳より望む横岳主稜線(遠くに浅間山・四阿山も見える) 美濃戸口より柳沢をBC目指す 赤岳鉱泉にて 鉱泉BCにて おぅ!カマ天だ! 横岳西壁を仰ぐ 大同心と小同心を仰ぐ 日ノ岳稜を登攀中のM 日ノ岳稜にて
2008年10月16日
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若き日の紅葉ハイク上越の蓬峠越え(土合駅~蓬峠~土樽駅)1974年10月一の倉沢出合一の倉沢出合 蓬峠にて蓬峠にて 蓬峠にて土樽駅にて山登りの格好してないねぇ~ ズック履いてお弁当持って紅葉ハイクだったかなぁ~
2008年10月14日
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母親と一緒に江ノ島一周と江ノ島水族館田舎より上京している86歳の義母と連れ立って湘南を散歩した江ノ島は自宅より1時間強で行けてしまうスポットなのだ片瀬江ノ島海岸より望む全景 土産物屋が続く道を 江ノ島神社の瑞心門 江ノ島神社の邊津宮 デイゴの花 名物生しらす丼を食す 静かな散策路を歩く 最高所の休憩所にて すすきと侵食崖 水族館の大水槽を見物若者がサーフィンを楽しむ湘南海岸にも、のんびり過ごせるスポットはあるものだゆっくりと一周したが景勝と名物料理に浸りながら改めて江ノ島の自然を再考した旅でした
2008年10月13日
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イルボンが唄う韓国歌謡3連休をマッタリされておられる方々にイルボンの歌声を昨日に続きお送りします濁声で韓国歌謡と言っても演歌専門ですが 「たかが500されど500」ノレ房 VOL5 (081~100)081 フンジョ (跡)082 サラギ ジョマンチ カネ (愛が遠ざかる)083 コップニ (花粉が) 084 マウム ヤケソ (心が弱くて)085 ウルギン ウェウロ (泣くんじゃないよ)086 ウェ ブロ (何故呼ぶの)087 トハムサン (吐含山)088 オジェパム イヤギ (昨夜ノ話)089 ホルロ テンダヌンゴ (一人悔しくて)090 トユイル パム (土曜日ノ夜)091 イビョン ヨルチャ アネソ (入営列車ノ中で)092 イジュリ (忘れないで) 093 クデ サラアネ モムロ (君の愛で包んで)094 ヨイネ ギル (恋人の道)095 アンジュナ ソナ タンシン センガン (寝ても醒めても)096 アジド クデヌン ネ サラン (まだ君は私の愛)097 ソウル ソウル ソウル (Seoul Seoul Seoul)098 パムチャ (夜汽車)099 イビョル (離別)100 ケットンボレ (蛍)
2008年10月12日
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文化財保護強調週間2008野毛古墳まつり2008年10月11日~12日我が家から50mの距離には野毛大塚古墳がある1500年前に築かれた野毛古墳群中一番の規模でこの地域を治めていた王の墓であるそうだ今日は東京文化財保護強調週間のイベントに参加した東大の考古学教授の発掘調査時の逸話など交えた説明を受けたり古代米や蕎麦掻・魚醤味のわかめ汁など古代を偲んだ食物の配布などもあり3時間の短い時間ではあったが愛犬共々のんびりと過ごせた立派なポスターも普段は静かな公園もイベントを控えて今日は遠来からお客を待っている 古墳前の広場から イベントの開始は古墳形式の説明から 古墳の上部で発掘時の説明を受ける 古代食調理再現・試食会 古代米・わかめ汁・蕎麦のお焼き 古代米 仮設展示場 展示物 展示物 展示物 展示物 展示物展示されている発掘遺品が、大塚古墳からのものであるのは親近感を覚え我が家の直ぐ目の前に1500年前のものが眠っていたのかと思うとメルヘンチックに慕った
2008年10月12日
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イルボンが唄う韓国歌謡毎日々、若き日の山の写真をご覧いただき ありがとうございます3連休をマッタリされておられる方々にイルボンの歌声をお送りします濁声で韓国歌謡と言っても演歌専門ですが 「たかが500されど500」ノレ房 VOL4 (061~080)061 ヨウォ チング (永遠な友達)062 ピングル ピングル (クルクル)063 アンゲソゲ トゥ クリムジャ (霧の中の二人) 064 ピパラムル ブセヨ (口笛を吹いてください)065 クッセウォラ クムスナ! (頑張れ クムスン)066 アチメ ナラエソ (朝の国から)067 クデエゲ ムッスンマル ハルカ (君に何か言おうか)068 ク アプカジ サラハンゴヤ (その痛みまで愛したの)069 クエワ ナラウン (君と僕とは)070 ナムニップ サイロ (木の葉の間で)071 ジプシ ヨイン (ジプシー女)072 タンシヌル チョウム ボッスンガン (あなたを初めに見た瞬間) 073 ノーラン シャツエ サナイ (黄色いシャツの男)074 シリョン (試練)075 チャリッソヨ (サヨナラ)076 ベッシンジャ (裏切者)077 ジャンミッピ スカープ (バラ色のスカーフ)078 トゥンジ (巣)079 マウミ コマヤジ (心は綺麗でなけりゃ)080 プリップ サラン (草葉の愛)
2008年10月11日
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若き日に通ったクライミングゲレンデです(伊豆)城山南壁 ’73年良く登ったのが右ルート・鎌形ハングルート・三日月ハングルールですどこのハングも然程の張り出しがないので苦労はせず済むので南面の冬暖かい岩壁なので良く通ったゲレンデです。当時は岩松の群落で岩場中が箱庭のように綺麗であった当初は人工登攀主体で練習していたが数通うようになるとフリーで鎌形も突破できた三日月にも挑戦したがハングの張り出しが鎌形より大きいので無理であったビレーポイントにて南壁を仰ぐ(上州)叶山ビルディングフェース ’76年知る人ぞ知る二子山の北にある石灰岩の岩場であったビルディングフェースと牢口ルンゼが代表的なルートだった昨今はセメント原材料の石灰岩の採取所になってしまい叶山への入山はできないもちろんルート自体が存在していないだろう(推測)ハングへ挑むイルボンハングを乗っこすイルボンハング上の潅木交じりのフリー数少ない写真ではありますが ご覧下さい
2008年10月10日
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若き日にトライした登攀です谷川岳・一の倉沢・衝立岩正面壁雲稜第2ルート1974年6月雲稜第2ルートは衝立最大の大ハングを登攀?ぶら下がれるのが最大の魅力ですハング上にはフリーの短い距離ではあるが緊張するとこもあった人口登攀のルートでは支点のボルトやハーケンの利き具合を判断することが要求されます出合から望む一の倉沢 コップスラブよりコップ状岩壁を望む 滝沢スラブと奥壁群 衝立岩正面壁全景 衝立岩基部にて大ハング上の小ハングを乗っこすイルボン 登攀を終えて衝立の頭にて テールリッヂにて一の倉沢の中央に圧倒的な威圧感で立ちはだかる衝立岩も3ルートを攀じることができた特にA字ハングルートのピンの利きの甘さと悪いフリーは今も忘れられない
2008年10月10日
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若き日にトライした登攀です谷川岳・一の倉沢・コップ状岩壁正面緑ルート1974年6月衝立岩の右側奥にあるのでコップスラブをアプローチにせねばならないルートです6月初旬はスラブに雪塊が不安定に残りシェルンドの突破と急な雪渓がキーポイントだろう正面壁の取付もシェルンド内から始まる 緑ルートは大ハング突破から1P目が始まるがこの1P目が核心部であった。大ハングを抜けると登攀者の少さを浮石が教えてくれる草付まじりの壁を4Pで終了点であったコップスラブから滝沢スラブを望むコップスラブよりコップ状岩壁を望むルートの取付はツェルンドの内側から登攀が始まる1P目(核心部)の大ハング(3m)の先端を快調に越える弟分のM確保点よりもハング先端が2mぐらい外側一の倉沢を知るためにもコップ状正面壁は一度は登られたら良いと思います多分、二度は登りたいと思わないでしょう!(私だけかも?)昨今、WEBサイトの書き込みに一の倉沢は過去の岩場になったようだ!と書かれているのを拝見して少々落胆してしまった 何でだ!っととんでもない思い違いではないかと感じてしまった熱き血潮で挑んだ800人を超す命を奪った谷川岳東面の岩場が他にあるだろうか? 何故だろう この岩場の魅力と難しさを物語っているのだ!登るスタイルは色々とあるだろうが、一の倉沢・幽の沢とは登攀者の聖域だろうと思う
2008年10月09日
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若き日に通ったゲレンデ二子山西峰・中央稜(埼玉県)(1970年代前半)社会人山岳会入会後、始めてクライミングを教わったのが二子山でしたローソク岩でザイルワーク・懸垂下降・三点支持など基本ばかりみっちりと先輩の動作を見逃すまいと必死にトレーニングしたことが、ついこの間のような気がします。基本を叩き込まれると直ぐに中央稜のマルチピッチへ先輩とワンツーで挑まされたりして一気に登攀意識を高められてしまった石灰岩のリスの少ない岩質は、その後の明星山での登攀にも技術的に活かされた 当時は関越自動車道は開通しておらず17号線で熊谷・140号線で秩父経由後299号線を登山口の坂本部落を目指した。当時の299号線はダートであったのが懐かしく思う。昨今では坂本部落より股峠方面に上る林道が通行できるようになり昨今の岳人はアプローチの短縮の恩恵を受けているようだ!私は林道開通後は一度も訪れていないので、近いうちに再訪したいと思っています貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年10月08日
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若き日に登った夜行日帰り山行愛鷹山(静岡県)岳南須津駅→須津山荘(無人)泊→鋸岳3ルンゼ→鋸岳→呼子岳→越前岳→須山(1970年10月)弱体時代の海抜30m→1504mへの夜行日帰りは足腰ガクガクでした東海道本線吉原駅から岳南鉄道下り最終列車で岳南須戸(すど)駅に降りたのは同行の岳友と2人だけだった夜道をヘッドランプ頼りに須戸川沿いに林道をあるくこと2時間で無人の須戸山荘に着くシュラフも無く身支度全部を着込んで寝るが10月の冷気はぶるぶるもので睡眠不足だった翌朝、日の出を待ち鋸岳ルンゼを目指したルンゼの岩質は八ヶ岳の大同心に似ているが大同心よりも脆さ度合いはひどかった帰路の御殿場駅からは小田急線相互乗り入れのロマンスカー「あさぎり号」にて新宿駅まで初乗車できたのも良き思い出に残っています この山行が社会人山岳会入会前の最後の山行となった貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年10月07日
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若き日の登攀ゲレンデです三つ峠(山梨県)1970年前後練習したルートは? 記憶にあるルート名一般・一般右・一般左・草溝・観音・地蔵・T字クラック・十字クラック中央カンテ・空間リッヂ・直登カンテ・四段ハング・逆V字ハング・鶴亀・セストグラディスト・大根おろし (草溝上のルート名が思い浮かばない)イルボンはボルダーリングはしたことないし30年以上三つ峠へ行っていませんので最近のフリールートは良く知りません最近はいろいろなルートがあるようですね?昔は中央壁はボルトラダーの人口登攀の格好な練習場でした<<セストグラディストルートを単独で登るイルボン(丸印内に見えますか?)<セストグラディストルートを単独で登るイルボン(丸印内に見えますか?)<空間リッヂを単独で登るイルボン<空間リッヂを単独で登るイルボン何回通ったか数え切れないが一番数多く通ったゲレンデだと思うすでに足が向かなくなって30年以上が経るが昨今のWEBサイトで報告されているページを見るにつけ無性に恋しくなってくる
2008年10月07日
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若き日にトライした登攀黒部・丸山東壁・緑ルート(単独)(1976年6月)黒部・内蔵助谷右岸に圧倒的な高度300m・斜度80度の丸山東壁はある緑ルートは壁の中央をディレティーシマする初登ルートだ落石がほとんど無いほど一枚岩と言っていいほどリスなども少ない人工登攀以外では登るすべがない大岩壁であるそんな岩壁を一人で登りたい、その願望を達成した貴重な登攀であった取付で東京心岳会の大内尚樹さん率いる3人パーティーに先行を譲り後続で登ることになった心岳会隊のトップは若手の木村氏だが取付のフリーから素晴らしいスピードだった後に、その年の正月に槍ヶ岳山荘で大内尚樹さんと再会し木村氏が秋に頸城・海谷山塊の岩場で転落死したことを知らされた。ご冥福を祈りたい 合掌緑ルートを単独で登るために三つ峠にトレーニングに通うこと数回空間リッヂ・逆V字ハング・セストグラディストを独自開発した単独登攀用ループザイルで攀じて自信を確かなものにした緑ルートのほとんどは人口登攀で登るが、大バンドでのビバーク用装備を同時に担ぎ上げねばならず思いのほかに時間を浪費してしまった取付~大バンド間8時間を要し、翌日の大ハング突破には6時間の格闘を余儀なくされる登攀終了時間の遅れもあったが黒部ダムに帰着した時はすでに出入り口が閉鎖されシャッター前にて降り出してしまった雨の中、またしてもビバークを強いられてしまったこの登攀成功で奮起して屏風岩東壁の単独も夢見たが実現することは無かった昨今のヨセアツメテ派の方々には興味が無いだろうけど一度は登って見たら良いだろう1~2ピッチのチマチマした岩場を攀じるのも楽しいだろうが大岩壁に挑むことは高度感と言い、労苦と言い半端ではないことが多分、分かっていただけるだろう丸山東壁緑ルートの単独登攀は我が登攀人生、最高の快挙であったことは間違い無いであろう今振り返ると登攀中の写真撮影が無いのが最大の悔やみでもある 丸山東壁全景 内蔵助谷にて 取付より東壁を仰ぐ 取付前のイルボン 丸山南壁も登攀欲を誘う 雨の黒部ダム帰着 貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年10月06日
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若き日に登った初めての北アルプス北ア・上高地~岳沢~前穂高岳~奥穂高岳~涸沢岳~北穂高岳~涸沢~横尾~上高地(1970年8月)南ア・白根三山を縦走した翌月に今度は北ア・穂高連峰縦走を試みるアルプスという響きが無性に心を擽ったのだろうか? 幼な馴染みの若年ペアで挑んだ最初の北アルプス行であった 梓川にて 岳沢上部を望む 岳沢より天狗のコル 重太郎新道より奥穂高岳を望む 重太郎新道より焼岳を望む かもしかの立場にて 前穂高岳にて 前穂より北穂を望む 奥穂より涸沢を望む 奥穂高岳にて 奥穂より前穂北尾根 奥穂の下りより穂高岳山荘 穂高岳山荘にて 白出のコルより常念岳 涸沢岳より槍ヶ岳を望む 涸沢岳より槍ヶ岳を望む 涸沢岳よりジャンダルムを望むこの山行から帰って2ヶ月後に社会人山岳会に入り本格的な岳人生活がスタートしました貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年10月05日
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若き日に憧れた奥又白池をBCに北ア・前穂高岳・奥又白BC~前穂北尾根四峰東南面(1972年8月)井上靖の小説「氷壁」の舞台であった前穂高岳東壁に憧れて奥又白池へ行きたいという憧れが実現したのは’72年の夏だった友を信じ、恋人を案ずる、主人公との友情物語は強烈なインパクトであった「氷壁」は私の岳人魂に強い影響を与えてくれた聖書であったのだろうそんな前穂高岳東壁を目前にベースキャンプを張れる奥又白池にBCを設営し当時は登攀技術も未熟な2人が登れるのは前穂北尾根四峰東南面しかなかった 奥又白池より前穂高岳 奥又白池より北尾根四峰正面壁 奥又白池キャンプサイト 奥又白池キャンプサイトにて 奥又白池より又白谷C沢 北尾根四峰に立つ この山行は、その後の目標を数多く与えてくれた貴重な経験であった以後、この山行を伴にした友と前穂東壁Dフェース~滝谷への継続登攀も成功させ涸沢BC出発し北尾根四峰正面壁を単独ノーザイルで40分で完登しBCへ4時間で戻ると仲間から、どうしたんだ!何かあったのですか?と疑心された思い出もあるそして’76年正月合宿では四峰正面壁冬季登攀に挑んだが取付まで達して先行パーティーと競合してしまいチャンスを逃してしまった大量な着雪のあった四峰正面壁は2パーティーの同一日時の登攀は許そうとはせず残念ではあったが、これぞ!一流ルートだと思い知らされた苦い思い出の挑戦でした生と死の間を彷徨うような苦闘中ですから写真など撮る余裕などもちろん全くありませんでした お話だけで すんまへん貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年10月05日
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若き日にトライした登攀谷川岳・一の倉沢・烏帽子奥壁変形チムニーを登攀後(1973年9月)一の倉沢を集中登攀した時のビバーク情景です私は烏帽子岩奥壁・変形チムニールートを同期とワンツーで攀じ終了点にトップで到達他パーティーは新人混成3人組の中央稜隊もう1パーティーはワンツーの烏帽子奥壁・凹状壁ルート隊の3パーティーだった我らは午後2時には終了点に到達して後続2パーティーを待ち続けるが待てど暮せど来ない! 2時間後に凹状壁ルート隊が上がって来るおい!まだ中央稜が上がってこないぞ! 時間は4時を回ってしまった宵が近づく午後5時過ぎて、最後のパーティーが到着し6ルンゼ~南稜を懸垂下降全員が南稜テラスに降り立ったのは午後8時は回っていたもちろん周辺は暗黒の世界である 7つのヘッドランプだけが一の倉沢の真っ只中を彷徨っていたテールリッヂを中間点まで下った時に新人のことを思いやってのこと、これ以上の強行下山は事故の元と判断したリーダーの判断でビバーク体制をとる時間は午後10時近かった 適正な判断であったと当時を思い出す ヘッデンで南稜を下降 目覚めはお茶のみ ツェルトも張らず狭いプラッツで7人で 雨具着だけで横たわる 朝の用足しするイルボン 水流で洗顔 裸で生還の抱擁(キモイ~) でも奥壁登攀にも関わらずに良くもクッカー&ガスを持参していたとは?教訓です目覚めの暖かいお茶がどれほどの活力になり嬉しかったことか!ビバーク(不時の露営)とは生命維持の何物でも無い 貴重な体験をした思いが強い貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年10月05日
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若き日に登った山です南ア・鳳凰三山1969年6月 夜叉神峠~御室小屋~薬師岳~観音岳~地蔵岳~御座石鉱泉初めての高嶺を縦走する登山でした<キスリングに、ねじり鉢巻とはダサいスタイルだねぇ~<ニッカボッカって今じゃ~見かけませんね! 当時はスタンダードだったんだなぁ~<若いっすねぇ~ こんな時代もあったんだよ! <花崗岩の岩山と針葉樹のコントラストに魅了された山男研修時代だねぇ~
2008年10月04日
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イルボンが唄う韓国歌謡毎日々、若き日の山の写真をご覧いただき ありがとうございます今日2回目は看板通りに韓国ネタでイルボンの歌声をお聴き下さい韓国歌謡と言っても演歌専門ですが 「たかが500されど500」ノレ房 VOL3 (041~060)041 ハン ジャネ チュオ (一杯の追憶)042 チョプトン サラン (幼な恋)043 チャン チャン チャン 044 Jエゲ (Jに)045 ア~ バラミヨ! (あぁ~ 風さん)046 ヘフナ (巡り会い)047 ハンボンツム (一度くらい)048 キョウルピヌン ネリゴ (冬雨は降って)049 コルモッキル (路地裏)050 クデヌン モルシドイダ (君は知らないだけさ)051 ネ マウム タンシン ギョットゥロ (私の心はあなたのそばに)052 タムダディー 053 ウス (憂愁)054 ムドボリン アプム (埋めてしまった痛み)055 サランヘッソヨ (愛していました)056 ヨジャヤ (女よ)057 アチミスル (朝露)058 チュオ ソゲ クデ (追憶ノ中のお前)059 ハヤン パラム (白い風)060 ホンジャマネ ピミル (一人だけノ秘密)
2008年10月04日
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若き日にトライした登攀です谷川岳・幽の沢・V字状岩壁右ルート1976年9月幽の沢のルート中で一番易しいルートですパートナーは”こまっちゃん”の先輩で会一番の男勝りな最強女流クライマー”ぶんちゃん”とのワンツーだったぶんちゃんが幽の沢を攀じりたいと誘ってきた普段は女性のボス的存在だった彼女とペアになる機会は意外と少なく前月に北岳バットレスを四尾根フランケ・シュバルツカンテ~四尾根と一緒に登ったばかりなので彼女のバイタリティーに感服して清く返事をした幽の沢は前年6月のMと攀じた中央壁正面フェースルート以来だがV字状岩壁は入門ルートだから話の種に登っておこうか ってな気軽なルンルン気分だったのが印象に残っているルート自体は何んてことない岩場で”ぶんちゃん”曰く本番の岩場って感じしないね! っとあっさり言っていた幽の沢では中央壁が最高だ! 谷川岳のフリールート中イルボンは正面フェースルートが一番好きだスケール、高度感、ルートファインディングの全てに魅力があり何と言っても明るい岩壁であることが一番開放感があるのだ!技術的・危険度は覚悟が必要だが、そのスリルが堪えられないのだろうそれ以来幽の沢を登るチャンスは無かったが谷川岳でも名ルートだと思うフリークライマーなら是非登られたら良いと思います<秋の幽の沢には雪渓はなく紅葉もぼちぼち(カールボーデンにて)<ガスってきた終了点を目指し後続で登るイルボン<登攀終えて”ぶんちゃん”の笑顔 素敵だな! やっぱり女性だね(笑)”ぶんちゃん”とは一の倉沢・烏帽子奥壁中央カンテ&北岳バットレス・四尾根フランケ・シュバルツカンテ~四尾根&幽の沢・V字状岩壁右ルートの3ルートをパートナーとして攀じることができたどのルートを攀じても”ぶんちゃん”の弱音は聞いたこともなく荷物だって男と同量を率先して背負いて何処でも登っていたね!何時もピンチには沈着冷静で恐れず、逃げず、挑戦してたね!当時は凄かったよ! イルボンも随分けつを叩かれたよなぁ~今では名実共におばあちゃんになったが、孫連れでお互い山登れたら最高だね!今度OB会で再会できることを楽しみにしてるよ!
2008年10月04日
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若き日の山仲間との夏山合宿登攀北ア・剣岳 (1975年・1977年)(1975年)室堂~剣沢~源次郎尾根1峰平蔵谷側中央ルンゼ~八峰六峰Dフェース~三の窓~小窓王南壁福岡大ルート~チンネ左下カンテ~左方カンテ~池ノ谷左俣~馬場島(1977年)室堂~剣沢~長次郎谷~八峰六峰C・Dフェース~三の窓~池の谷ドーム稜→右俣奥壁~チンネ左稜線~池ノ谷左俣~馬場島剣岳のクライミングの聖地(三の窓)を目指して源次郎尾根を登り、八峰を登り辿りつく三の窓はチンネ・小窓の王・池の谷・剣尾根とベースにはもってこいのクライマー天国でした別山乗越し手前にて小休止 平蔵谷にて 中央ルンゼへ取り付く 中央ルンゼで 中央ルンゼを攀じる 源次郎尾根一峰にて 八ツ峰六峰フェース基部にて パートナー”こまっちゃん”と ”こまっちゃん”の攀じり Cフェースを攀じる我々 Dフェース隊のK&Hペア 六峰の頭で合流 八ツ峰稜線にて小休止 三の窓にて 三の窓BCにて 三の窓BCのティータイム 飯の時間も楽しい一時 テント内にて 雪上花火大会 三の窓BCにて 三の窓BCにて 長次郎の頭にて 八ツ峰稜線を見下ろす 八ツ峰の岩壁群 池の谷二俣にて 池の谷の渡渉 池の谷の渡渉 馬場島へ無事に下山 馬場島バス停にて 馬場島バス停にて おぅ~ バスもレトロだぁ~ 富山地鉄車内にて 富山駅プラットホームにて 貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年10月03日
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若き日にトライしたGW合宿登攀南ア・北岳バットレス第四尾根1974年5月(2泊3日)北岳バットレスは日本一高所にある岩壁ですその岩場を残雪期のGWに合宿登攀しました合宿リーダーと言う重圧を背負いて8人で入山したターゲットは第四尾根を登ることでした登攀メンバーは私と弟分のMが中心となり2パーティーで登る私は会の御大とヒデさんの高齢者を伴い3人パーティーにてMは登攀経験の浅いNさんとワンツーで登ることとなった第四尾根自体は然程の傾斜角のある岩壁ではないので難易度は無いが着雪によるアイゼン・手袋での登攀は気を抜けなかったまして頂稜部は終日ガスに覆われ視界が10m未満だった登攀中はガスの影響もあるがシャッターチャンスは皆無(余裕も無かった)でした第四尾根登攀を無事に終えBCへふらふらで帰り着いたのは午後8時近かった私としか登攀経験の無かったMに1パーティーを任せたことなど彼なら大丈夫と確信はしていたが心中は常に心配だらけだったのだろうその夜、何故か胸に熱いものが去来して涙が止めど無く流れ出そうになる仲間にそんな姿を見せられずに一人シュラフの中で眠ったふりして泣いていた一夜明けてMの姿が一段と頼もしくも見えていたのが印象的であった バットレスを仰ぐ 大樺沢上部にて バットレス沢を登る 大樺沢二俣のBC BCにて BCにて BC撤収前の食事 BC撤収完了 大樺沢を下る 広河原に無事下山 広河原の吊橋にて 貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年10月02日
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若き日にトライした登攀南ア・北岳バットレス第四尾根1973年7月(夜行日帰り) ・ 1974年5月(GW合宿) 別に掲載1975年9月(単独・ノーザイル)バットレス沢出合でビバークマッチ箱コルへも決死のクライムダウン1976年8月(Dガリー奥壁~四尾根フランケ~四尾根上部)マッチ箱のコルでビバーク)過去4回攀じた大好きな岩場です。爽快な3000mでのクライムは最高です夜行日帰行は当時中央高速も大月までしか開通していないために以降は一般道で東京出発から帰宅まで24時間の強行軍であったことが懐かしい登攀中の写真撮影が無くとても残念です 多分に余裕の無さからですね! バットレス沢を喘々 取付にて ガリーを横断バンドまで登る Dガリー奥壁を望む ガスに煙る中央稜 登攀を終えて 単独時バットレス沢でビバーク 北岳頂上で(このスタイルで四尾根ノーザイル) 貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年10月01日
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