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山登りを始めた頃の写真です白根三山縦走1970年7月大阪万国博覧会を見学して帰り1週間後に登りました当時はヒデとロザンナの「愛の奇跡」が大流行していました 大樺沢二俣にて 肩の小屋水場 北岳より南を望む 北岳山荘付近 中岳を望む 鳳凰三山を望む 中白根より北岳 西農鳥より農鳥岳 塩見岳を望む 西農鳥より間ノ岳 農鳥岳山頂にて 農鳥より西農鳥岳 農鳥岳より間ノ岳・北岳 農鳥岳より富士山貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年09月30日
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若き日に登った冬山です東北・安達太良山1977年3月 スキー担いで山頂から一気にスラロームが目的でした貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年09月29日
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山登りを始めた頃の写真です御岳山~大岳山・雲取山・天城万三郎岳・美ヶ原・谷川岳1960年代数少ない写真を整理してみましたご注目はJR青梅線の終点(東京都最西端の駅)が氷川駅だった時の画像です2年前に写した現在の奥多摩駅と比較対象して見てください(イルボンの宝物ですぅ~)「奥多摩駅」・「氷川駅」で検索したところ文章では見かけますが氷川駅の駅舎の写真は見かけることがなかった(貴重な写真になってしまったのですね)すみません! カラー写真ではございません 御岳神社にて 大岳山荘 大嶽山山頂にて JR旧氷川駅 現在のJR奥多摩駅 雲取山より望む飛龍山 天城・万三郎岳にて 谷川岳肩の小屋 美ヶ原高原・山本小屋にて貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年09月28日
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若き日に冬の谷川岳・一の倉沢を登りたいが故に偵察行のつもりで西黒尾根~国境稜線を歩いた夜行列車を降りヘッドランプ頼りにトップで西黒尾根を頂上目指して登り出した谷川岳頂上まで1時間手前まで登った時に後続から自分と同じように単独行者が急接近してきて、ご苦労様でしたと挨拶を受けると私がラッセル替わりますと告げトップを膝上のラッセルで引き継いでくれたその日の頂上へ一番乗りの夢は儚くも消え失せてしまったトップ交代後の彼のスピードは速かった後続から登る自分も引き離されてしまうほどでした頂上には10分遅れ位で到着できたが彼の凄さに驚いた頂上では彼が待ち受けていてくれ一緒に写真も写して後で送るので連絡先を聞く。以後、茂倉岳まで同歩調で前後したが、私が夏道の空洞に落ちるアクシデントが発生した。3mくらいは下の空洞に落ちたのだった彼は急に見えなくなった私を彼は叫ぶように呼んでくれた大丈夫ですぅ~と返事すると、よかったですねぇ~と安心した返事雪上に這い出すように上がって状況を彼に話したいやぁ~ 下に夏道のトンネルがありましたよ!20m以上は続いて見えました!と意外な落とし穴に二人で笑ってしまった茂倉岳から彼は茂倉沢をダイレクトに滑り下って行った彼の姿を見送り自分は尾根づたいに茂倉新道を土樽まで下った我々二人の出会いは偶然のようで必然でもあったのだった!二人の思いは冬季一の倉沢の偵察であったからだ奇しくも当日、我々が国境稜線から一の倉沢を見下ろしている最中に著名でもあった登山家、長谷川恒夫さん単独と岳志会パーティーにより滝沢第二スラブの冬季初登攀が繰り広げられていたのだった自分も彼も登る手段を模索すべく密かな思いでいたので心境は複雑であったと思うその彼から聞いた名前から後で分かったがオーソドックスな山登りで知られるようになった細貝栄氏であったのだその後、彼は冬季の一の倉沢、幽の沢のルンゼをほぼ全ルート登攀したことでも知られるようになった伝説の岳人と呼ばれるようになってしまった彼はそれだけではなく、関東北方国境(那須岳~浅間山までの290Km)を単独、ノーデポ、ノーサポートで踏破したり、冬季単独日高山脈全山縦走、冬季単独南アルプス全山縦走など自分などとは異次元的な登山をしている最近では冬季単独日本百名山に挑戦中とか風の便りが伝えてくれた私は売名行為もせず自分の思うがままの自然な山への気持ちを持っている素晴らしい岳人(細貝栄氏)と出会えたことは、その後の自分の登山に多大な影響を及ぼした人物であろうと彼との出会いを宝物と思っています自分は彼のような素質も無く、努力もしない岳人でしたから余計に彼を尊敬もするし憧れでもあります。 今の今になっては後の祭りですがぁ~若き日にトライした冬季登山です谷川岳・土合駅~西黒尾根~谷川岳~茂倉岳~土樽駅1974年3月この時期がピオレトラクション技術を駆使した冬季ルンゼ登攀の幕開けであったのだろう当時までは冬季のルンゼ登攀は自殺行為とまで言われていたからだった自分は一の倉沢四ルンゼしか登ることができなかったが力量の差と諦めるしかなかった
2008年09月28日
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若き日にトライした冬季登攀です谷川岳・一の倉沢・衝立岩北稜1976年3月 コップ状スラブの雪崩の危険を避けるために雪の安定する3月初旬に登る事となるパートナーが同期なので技術的な心配無しで冬季の一の倉を十二分に楽しめた登攀でした
2008年09月27日
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若き日にトライした登攀です明星山P6南壁(左岩稜ルート・正面壁ルート)1974年10月 石灰岩の大岩壁を有する明星山は日本海にほど近いところにあるそんな岩壁を弟分のMと2ルート攀じることができたしかし翌年の冬季にMを伴って冬季登攀を計画したのであったがそれが切っ掛けでMは私から距離を置くようになってしまい結局はパートナーを失うこととなり冬季登攀は断念せねばなりませんでした当時、最も信頼できるパートナーを失い、一時は失意に落ちたそんなMが昨年再会できた際に、当時の先輩は凄すぎました!俺は着いて行けずに逃げ出した負け犬ですよ! と言うのだいやっ!それが正解なのだ! 登攀パートナーとは信頼が全てだから私はMが最強のパートナーであったと今でも思っている圧倒的な迫力がある明星山P6南壁登攀を終え南壁対岸の林道にて取付にて登攀前のM君取付にて登攀前のイルボン
2008年09月27日
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若き日の思い出の山行です富士見下~尾瀬が原~三条の滝~尾瀬沼~大清水1968年8月幼馴染の3人で天幕行にて尾瀬へ行きました当時としては遠距離の夏休み最大のイベントだったのですキャンプサイトに昨今のドーム型テントなど一張りも無いのが時代を物語っておりますね!キスリングに重たいビニロンテント担いでの懐かしい山行でした
2008年09月26日
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昨年9月以来の旧友(苦楽を共にした山仲間)達と宴を開かれます横浜の旧友宅へ招かれタイムカプセルを開けての楽しい一時を過ごせると思います帰宅は何時になるか?分かりません お訪ね戴きました皆様へのお返事も遅れますこと、お許しを!
2008年09月25日
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若き日にトライした登攀です谷川岳・一の倉沢・烏帽子岩奥壁中央カンテ1976年10月一の倉沢のルート中で一番多回数(4回)登ったルートです1回目のパートナーは同期生2回目のパートナーは弟分3回目のパートナーは新人2名(男1・女1)4回目のパートナーは会一番の女流クライマー烏帽子奥壁は他に凹状壁ルート1回と変形チムニールート1回を攀じているので過去6回攀じたことになる高度感満点で10ピッチを超えるフリークライムを楽しめる一の倉沢で一番好きな岩壁なんだろうなぁ~秋の一の倉沢(ヒョングリ滝)付近には雪渓は消え失せて紅葉真っ盛りでした烏帽子奥壁取付にてビレーポイントにて至福な休息たそがれの登攀終了点にて谷川岳山頂にて
2008年09月25日
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若き日にトライした登攀です谷川岳・一の倉沢・衝立岩正面壁ダイレクトカンテ1976年5月梅雨前でしたが雨降りの休日が予想され以前から考えていた雨降りだったら衝立岩正面壁へ行こうと実践した山行ですどうせアブミに乗りっぱなしだったら雨など関係ないとの発想からでした!それにしても雨降りの中を衝立岩登るパーティーは我らだけだった(笑)
2008年09月24日
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若き日にトライした冬山登山です南ア・北岳・池山吊尾根1971年正月2回目の冬山合宿で日本第二位の高峰(3,192m)に挑むが登頂予定日の天候悪化で登頂を断念した最高到達地点(ボーコン沢の頭2670m地点)( 日 程 )(1日目)芦安7:30→夜叉神トンネル9:40→鷲ノ住山入口13:00→野呂川発電所吊橋14:20→あるき沢橋登山口15:30(幕営)(2日目)7:30→池山御池小屋12:10→2300m地点(幕営)16:20(3日目)風雪強停滞(4日目)7:00→ボーコン沢の頭9:40→2300m地点→池山御池小屋前(幕営)(5日目)6:30→あるき沢橋登山口8:40→野呂川発電所吊橋9:40→鷲ノ住山入口11:50→夜叉神トンネル13:40→芦安15:30貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年09月23日
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若き日にトライした冬期登攀です北八ヶ岳・稲子岳(南壁凹状壁ルート)197?年1月15日成人式を山で祝った思い出の山行でしたスーツ購入資金を山用品購入に使った心意気を冥利に思う貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年09月22日
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彼岸花お彼岸を如何お過ごしですかぁ~東京地方は生憎のパットしない天気でした! ↑一応デジカメ撮影(イルボンもデジカメ持っているのですよ!)(笑)我が家の近所に咲いていました紅白の彼岸花です
2008年09月21日
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若き日にトライした冬山です北ア・前穂高岳北尾根 (1976年正月)沢渡→山吹トンネル→釜トンネル→木村小屋→河童橋→明神→徳沢(幕泊)→慶応尾根→北尾根八峰(幕泊)→六峰→五峰→四・五コル(雪洞泊)→D沢下降→四峰正面壁取付→C沢→三・四コル→四峰→四・五コル(雪洞泊)→五峰→六峰→八峰→慶応尾根→徳沢→河童橋→釜トンネル→中の湯温泉(宿泊)→沢渡正月前の11月上高地までバスの通う最終週に北尾根八峰まで正月合宿用の物資を荷揚げした。燃料(ガソリン6L・食料10Kg)など総勢4名で北尾根&四峰正面壁を目指したが四峰正面壁は本庄山岳会の飯塚誠一さん率いる3人パーティーが先行していて彼らも当日中の完登は難しいかも?と言われたので我々は、その後では完全に壁中ビバークは必死と判断して取付を断念した正面壁の状態は前夜からの降雪で雪の付着が多量で非常に困難を強いられるだろうと推測した。取付を断念したとは言え、C沢を上り返さねばならぬが新雪の急峻なルンゼは思い通りに歩を稼がしてくれなかった。雪崩の恐怖を常に抱きながらの一日がかりで三・四コルへ戻ったのは深夜になってしまった。四・五コルに留まっていた仲間はさぞ心配していたことだろうか? 仲間の待つテントへ戻れたのは午前0時を回っていた厳冬の3000m稜線で深夜に行動したのは最初で最後の経験でした荷揚げ(1975年11月)正月合宿(1976年正月)貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年09月20日
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若き日にトライした冬山です南ア南部・上河内~前聖岳1975年3月(3泊4日)大井川鉄道井川駅→畑薙第一ダム(沼尻)→畑薙大吊橋→横窪沢小屋(泊)→茶臼小屋→小河内岳→聖平小屋(泊)→前聖岳→聖平→小河内岳→茶臼小屋(泊)→横窪沢小屋→畑薙大吊橋→畑薙第一ダム(沼尻)→車便乗→大井川鉄道井川駅陽春の山を歩くべく向かった南アルプスであったがアプローチの長さと山の大きさは想像を遥かに超えていた無人小屋泊りを初めて経験した思い出の山行です貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年09月19日
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若き日にトライした初めての冬山です八ヶ岳・阿弥陀岳南稜1970年12月30日~1971年1月2日美濃戸口→八ヶ岳農場(現在の農業実践大学校)→立場川→南稜取付→立場岳(幕営)→阿弥陀岳→行者小屋→赤岳鉱泉(幕営)→美濃戸口社会人山岳会入会後初めての冬山合宿に冬山入門ルートを登りました重荷に耐えて、先輩に励まされながらの自分がありました装備も今思えば良く買い揃えたものだと懐かしい冬季でも晴天に恵まれやすい山と言えども初めての冬山は厳しかった!すでに38年前にもなる写真がこのような形で登場するとは当時は夢にも思いませんでした当時を振り返ると良くぞ!貧弱な装備で登ったものだと涙がちょちょ切れそうになってしまう!この山行が、その後の登山の礎であったことは間違いないでしょう新人の自分を陰から励まし続けてくれたK先輩には今でも感謝しておりますありがとうございました貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年09月18日
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《イルボン クッキング》 お手軽で美味しい韓国の老若男女に親しまれている安くて手早く作れるチャジャンミョンをご紹介します皆様も是非、お試しあれ! とても美味しいですよ!韓国(農心)の辛ラーメン 120g 1袋75円キムチでもおなじみの「宋家のチャジャンミョンソース」即席ソース?具です辛ラーメンを2袋を熱湯で6分茹でる通常ラーメンで食す場合は4分半ですが良く茹でたほうが良いでしょう麺の分量は1袋~2袋分までお好みでどうぞ!イルボンは2袋分でないと食べた気がしませんスープ?具?量は麺2袋分まで問題はありませんよ!茹で上がった麺をザルに取り冷水を流し滑りをとる良く水を切り皿に盛る麺を茹でた残りのお湯でチャジャンミョンソースを袋ごと2分温めて盛り付けた麺に掛ければ ハィ! 美味しいチャジャンミョンの出来上がり!いただきま~す如何ですか? 材料費は辛ラーメン 1袋75円×2袋で150円チャジャンミョンソースは新宿韓国広場で購入1袋170円合計で320円で超大盛りチャジャンミョンの完成です調理時間は10分で出来てしまいますよ!日本では馴染みがありませんが韓国では人気食です韓国で食す一番当たりはずれが無いメニューだと思います連休中は一人で留守番でしたので昼飯に作りましたどうですか? イルボンの名シェフぶりは(笑)
2008年09月17日
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イルボンが唄う韓国歌謡韓国歌謡が好きになり唄うようになって30年が過ぎようとしています最近はカラオケ機種に韓国歌謡も何千曲のエントリーがあり容易に唄えるようになりましたね!イルボンは韓流系の唄は全く知りません「たかが500されど500」ノレ房 VOL2 (021~040)021 ミソソゲ ピッチン クデ (微笑の中のお前)022 パラム パラム パラム (風 風 風)023 ボゴ シップン オルグル (遭いたい顔)024 ピ ネリヌンヨンドンキョ (雨降る永東橋)025 ピエロヌンウリル ボゴ ウィチ (ピエロは私たちを見て笑うの)026 ビンムル (雨だれ)027 サラン (愛)028 サランヘ (愛してます)029 シンサドンク サラム (新沙洞の人)030 サラグロ (愛をもて)031 サラグン チャガウン ユホッ (愛は冷たい誘惑)032 サラグン ナビイングァバァ (恋は蝶のようで)033 サラゲ ミロ (愛の迷路)034 スルプン オニャクシッ (悲しい言約式)035 ア~ エンナリヨ~ (あ~昔よ~)036 チルガプサン (七甲山)037 トヨイルンパミ チョア (土曜日の夜は最高)038 アパートゥ (アパート)039 マンナム (出会い)040 エモ (愛慕)
2008年09月16日
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若き日にトライした登攀です北ア・剣岳・(池の谷ドーム稜~右俣奥壁)1977年8月前日に八ツ峰六峰Cフェースを新人女子をリードして登り今日は自分の登りたい処と池の谷へ向かった剣尾根を越えて池の谷に下り取り付くやはり三の窓周辺の岩場と比べスケールと陰惨さは比ではない地獄の底から這い出て行くような独特な凄さがありました!31年前の写真がこのような形で登場するとは当時は夢にも思いませんでした貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありません
2008年09月15日
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若き日にトライした登攀です谷川岳・一の倉沢(二の沢右壁)1977年9月滝沢第3スラブと並ぶ一の倉沢の難ルートです!
2008年09月14日
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若き日にトライした冬山登山です北アルプス・鹿島槍ヶ岳天狗尾根1977年12月30日~1978年1月2日冬の北アルプスは好天が長く続かない そんな山を正月に登りました何故に寒いのにわざわざとお思いでしょうね!貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年09月13日
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若き日の5月GWに穂高岳屏風岩を登りに行くが全日雨天で横尾で3泊停滞し悔しい思いを残して帰ってきた。その翌々週にリベンジに一人で明神岳を登った(北ア・明神岳主峰東稜)単独1976年5月期待したほど雪が無くて2峰コルにてツェルトビバークして奥明神沢の雪渓を20分で岳沢まで下る貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年09月12日
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イルボンが唄う韓国歌謡韓国歌謡が好きになり唄うようになって30年が過ぎようとしています最近はカラオケ機種に韓国歌謡も何千曲のエントリーがあり容易に唄えるようになりましたね!イルボンは韓流系の唄は全く知りません「たかが500されど500」ノレ房 VOL1 (001~020)001 カボリン タンシン (去り行くあなた)002 カルムリ (けじめ)003 カムスグァン (いらっしゃいませんか)004 クゴン ノ (君のせい)005 コレサニャン (鯨狩り)006 ナ グデエゲ モドゥ ドゥリリ (私を君に捧げる)007 ナン チョンマル モルラソンネ (私は本当に知らなかったよ)008 ナンナン (他人同士)009 ナメンヨルチャ (南行列車)010 ノン ハルス イッソヨ (君なら出来るよ)011 ネ マウム ピョルグァグァッチ (君の心は星のようだ)012 ノム ヌジョチャナヨ (あまりにも遅かったじゃないか)013 ノムハムニダ (あんまりです)014 ニルリリ マンボ (ぴぃーひゃらマンボ)015 トラオジ アンヌン ガン (帰らざる河)016 トラワヨ プサナゲ (釜山港へ帰れ)017 リプスチッ チッケ バルゴ (口紅を濃く塗って)018 メン チョウム コベッ (初めての告白)019 キップヌリ サラグン (僕らの愛は)020 モンゲ (傷)
2008年09月11日
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若き日に孤高のアルピニスト松涛明さんの「風雪のビバーク」の舞台を登る(北ア・槍ヶ岳・北鎌尾根)1976年12月30日~1977年1月3日高瀬ダムも完成していない頃でした。猛烈なブリザートの中を葛温泉→七倉→唐沢出合→晴嵐荘(泊)→千天出合→2337m峰(雪洞泊)→2749m峰・独標コル(雪洞泊)→独標→槍ヶ岳→槍ヶ岳山荘→飛騨沢→槍平小屋(泊)→滝谷出合→白出沢出合→新穂高温泉と歩きました毎日吹雪の5日間でしたが槍ヶ岳に登頂した10分間だけ陽を拝むことができ、神の心使いだったのだろうなぁ~と思い起こされる貧の時代ですから高級カメラがある訳も無く、もちろんデジカメではありませんので画像が悪いところは お許しを
2008年09月10日
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若き日にトライした冬季登攀です谷川岳・一の倉沢・滝沢リッヂ1978年3月1~3日3人パーティーで2回のツェルトビバークを要しての登攀でしたこの時の最高な仲間達とは今週、横浜で食事会を予定しています酒の弱いイルボンを気遣って、あえて酒宴と言わないとこが仲間の気遣いでしょうね!デジカメねぇ~ ネットもねぇ~ 携帯何ぞは見たことねぇ~ 時代のアーカイブスですぅ~
2008年09月09日
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イルボンが韓国で食した飯膳です味付けも日本とは随分違いますがリーズナブル価格で満腹になれます写真は古いものが多くて少々見づらいですがご勘弁を コギクッパ(4千ウォン)約400円豚肉がこれでもか!と入った豚肉スープです タットリタン(1万2千ウォン)約1200円鶏肉とじゃがいもの煮込み鍋です韓国へ旅されたら是非、街に繰り出し食堂(シッタン)で召されてください私は貧ですので一般食堂専門ですぅ~(汗;)
2008年09月08日
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残雪流れ旅の2弾は飯豊連峰の大雪渓を登ってきました鳥海山を訪ねた翌日は雨降りで移動日にし、日本海沿いに道の駅巡りをしながら登山口である飯豊山荘のある天狗平まで入山した。夜通しで雨が降り続いたが眼を覚ませば空は絵の具で書いたようなコバルトブルーでビックリャ仰天 嬉しいではありませんか【コース】6月1日 天狗平幕場(410m)(飯豊山荘)05:40---06:00温身平(450m)---06:15第2堰堤(500m)---06:45おいしい水(570m)・06:55---07:10滝谷出合(660m)---07:40石転び沢雪渓出合(860m)---08:10左岸大石(1047m)・08:25--- 09:10本石転び沢出合(1200m)---11:40梅花皮小屋(1850m)・12:20------15:15温身平(450m)---15:35天狗平幕場(410m) 標高差1400mをこれから登らねばならぬが稜線は遥か彼方 爽かな木の香に満ちた空気を吸いながら登るとするか 快適に雪渓を登る 石転び沢雪渓出合にて 高度差1000mの登行スタート 最上部からの石転び沢雪渓北股岳直下のブロック
2008年09月07日
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5月下旬に残雪を求めて東北へ山歩きに行きました土日含めて4日間で3つの山を巡りました初日は夜通しで車を走らせ秋田・山形県境の鳥海山へ登りましたが寝不足と日本海より吹き上げる寒風により頂上までは諦めました今回の旅は「残雪流れ旅」はたまた「道の駅一人旅」とでも称しましょうか(笑)↑写真クリックでホームページへリンクします次に登った山は飯豊連峰「梅花皮沢・石転び雪渓」でした 後日、報告します
2008年09月06日
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雪岳山は韓国の山で一番変化に溢れている山だと思います下部は渓谷、中間部は荒々しい岩稜、頂稜部は意外と穏やかな山です日本からも大勢の観光客が訪れるようですが、登山をして頂稜部まで登られる方は1パーセント未満でしょう下部は観光地化してスカート、ハイヒールのお嬢様も沢山見られますそしてロープウェーで展望台(金権城)へ上がられただけで雪岳山へ行ったとだけは言ってほしくないですね!雪岳山へ行ったよ!というには、せめて頂稜部まで登られたら良いと思います但し、日本のGWシーズンだけは山火事防止措置の統制期間のために頂稜部まで登ることはできませんので、@注意されたし@また麓の街、東海岸の束草(ソクチョ)は漁港ですので刺身街があり新鮮な魚を食すことも、あわせて楽しめば旅のメモリアルも拡大すること、間違いなし! 写真は一番変化のある恐竜稜線です
2008年09月05日
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5月GW休暇に登ってきました山小屋を利用すれば楽できるのに天幕泊 バカだねぇ~【コース】1日目 前夜行 東京(ムーンライト信州)~松本~上高地(田代橋) ~西穂高山荘際(天幕泊)2日目 西穂高山荘際~丸山~独標~丸山~西穂高山荘~新穂高ロープウェー ~平湯温泉~(高速バス)~東京 2700mまで登ったが天候不順、気力衰退にて下山! 逃げ帰りは得意ですぅ~ 快速ムーンライト信州で新宿を出発新釜トンネルを抜けると焼岳が 白樺林越に焼岳が朝日に輝く 田代橋を渡れば登山口 ウェストン卿のレリーフへ参る 登山開始より程なく雪道が現る 重荷と寝不足で一向にペースが上がらず 木々の間に前穂、明神が白く輝く 残雪量が多くなれば西穂山荘も近い 焼岳分岐を過ぎると西穂山荘が見える 暮れなずむ幕場 天幕内部 隣の幕も出発準備してるし 大分ガスも薄らいで上部も見える 丸山を望む 後方には笠が岳の稜線が 夏道も所々利用 一瞬 独標が見える 弓折岳方面 眼下には西穂山荘も見えた 独標の登りは雪が無い 明神岳も頭はガスの中 眼下に焼岳が 笠が岳を望む 岳沢側はかなりの残雪があった パノラマ温泉の浴槽平湯温泉バスターミナル(3階がパノラマ温泉浴場)
2008年09月04日
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変わり者の姿を世間様に知って戴きたく「韓国歌謡コンテスト」に応募したがデモテープ審査の一次予選の通過通知は来づじまい昨今の韓流ブームじゃ~ あっしの好きなポンチャクの分かる審査員がいないのだろう?まして2曲のエントリー曲は日本版カラオケには無い曲だから、推測だが韓国版のカラオケ機器を用意されていないのか?邪魔なカタカナルビを観ながらしか唄えない様な連中しかエントリーしてないような気がして仕方が無い!日本人で500曲以上の韓国歌謡を唄う奴は、そん所そこいらには居ないだろうと思うのだが1枚20曲収録で25枚500曲全部収録して送ったのが面子からして、どうしても許せなかったのだろうなぁ~日本人に500曲も唄われては民族の面子が許せなかったのだろうここで言わせてもらうが韓国人で韓国歌謡を500曲唄える人間が、どれほど居るだろうか?まぁ~ たかが知れてるなぁ~今後は民団だの、韓国観光公社だの、韓国人が営むビジネス関係との付き合いは当分控えたい
2008年09月03日
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