
加藤典洋さんの「言い忘れたことが忘れられないということ」から。
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十数年前、ある漫才師がノイローゼにかかって失踪した。その漫才師が、やがて姿を現し、テレビのモーニング・ショーのような番組で相棒に揶揄され、頭を掻き掻き、というように語った話が忘れられない。彼は、ある時、聴衆の中に、一人だけ、みんながゲラゲラ笑う中で、ニコリともしない観客がいるのを見つける。はじめのうち、視界の中にチラチラする程度だったその観客が、少しずつ彼の中で無視できない存在に育ちはじめる。それ以後、気になって「お笑い」をやりながら観察すると、そのような、けっして笑わない客が演芸場に必ず一人はいた。それ以後、彼はそのただ一人の笑わない客を、何とか笑わせようと壇上で苦心し、ペースを乱し、ノイローゼにかかり、もう壇上に登れなくなって、失踪してしまうのである。
(中略)
漫才師が会場の中に見つけるただ一人の笑わない客は、たとえばベルイマンの『第七の封印』に出てくる死神に似ている。彼は、あるコミュニケーションの世界に現れて、そこには、必ずそれで包摂しつくせないもののあることを教える。それは壇上に立つものの前に現れて、お前には見えないものがある。お前には言い忘れたことがある筈だ、と囁くのである。
ぼくには、死神をもたない漫才師は余り面白くない。同じように、「言い忘れたこと」におびやかされない言説は、退屈に聞こえる。
(中略)
ところで、死神に睨まれた漫才師、つねに「笑わない客」を見据えて壇上でお喋りを続けなければならない漫才師はどうすればよいだろう(それはぼく達のことである)。
この間死んだアンドレイ・タルコフスキーの『ぼくの村は戦場だった』を二十数年ぶりに見て、そこに回想シインとして現れる情景から、ある解放感を味わった。そのシインの中で、主人公の少年は少女とリンゴを一杯に積んだトラックに乗り、トラックはリンゴをぽとぽとと落としながら速いスピードで村の道を走る。走り続けるトラックから次から次へと落ちるリンゴは(ぼく達が走りながら考え、考えながら喋る、そこで次から次へと言い忘れられ、言い落とされていくことどもは)、その後、どうなるだろう。それは、大渦巻の中に海面深く姿を没し、見えなくなる。
ぼく達にできることは、ぼく達の話すことを、そのような穴ぼこだらけのメッセージとして提示すること、けっして「素晴らしい思想」などとして語らないこと、自分の席のかたわらに、どんなに混んでいようと、自分の死神のための席を一人分、確保しておくことであると思われる。
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ルカさんが、少し前に書いた、よびりんさんの講演の時に、一人黒ずくめの格好をした異様な風体の人がいた、という下りを読んだ時、すぐに、この加藤典洋さんの文章を思い出した。
その時は、何もコメントしなかったのだが、何故か今日になって、引用しておきたくなった。
よびりんさんをはじめ、なんらかのことをなす人は、どんな瀬戸際に立たされても、ポジティヴィティーが溢れていたりする。
しかし、ボジティヴであろうと、ネガティヴであろうと、自分の席の隣が空いている。そういう人ではないと、やはりつまらない。付き合いたくない。そんな思いを持つ。
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