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昨日・9月19日 いつも城ケ谷パーティー(ランチ会)に集まる高校同期のメンバーの一人が新しいマンションに住み替えたということで招待された。招かれたのは「狭い所だから・・・」と謙遜していう彼の言葉によって5人だった。本人を入れて賑やかなランチ会が正午過ぎに始まった。11回のマンションの前面には鹿児島湾(錦江湾)が広がり、その向こうには櫻島が綺麗に見える絶好の場所だった。しばし6人のおじいちゃんたちは、それに見入り、「きれいだな」「桜島を眺めるのに絶好のポジションだな」などと話しながら写真撮影などしながら談笑した。 にぎり寿司、ビール、焼酎、お菓子、果物など私の妻と前後して奥様に先立たれた一人暮らしの彼が山のように準備してくれていて大変なご馳走だった。 10月20日に「〇〇八期会米寿の集い 2026」を計画している私たちだが、その立案から全てを計画してくれたKくんから文書が配られて一通りの説明があった。私も当日、司会をすることになっているので会の流れなどを打ち合わせた。現在、全国から35名前後が集まることになっているが、会の10日前の10月10日にいつもの城ケ谷パーティーのMくん宅で最終的な打ち合わせをすることにしてこの日はお開きとなった。 マンションの入り口にあるくつろぎの場所。
2026.09.20
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毎年季節を忘れず咲いてくれる 四季咲きのバラ。まだ気候は真夏を思わせるのに秋のバラか。そういえば、夏の入りに夏咲はあったようなと思う。3日程前に咲いたバラを見て雑草園に降りて写真を写した。 昨日午前10時ごろ娘から電話があった。「今日、お父さん 家に居る? 」「今日は、一日中家に居るよ」「おかずを作ったから、しばらくしたら持って行くけど他に買ってくるものない? 」「今日は、何もいらないよ」と親子の話は終わった。暫くすると娘が訪ねてきた。おかずや、その他の差し入れをいくつか取り出して、「これ薩摩蒸気屋に行ったら運よくあったので買ってきた」と言って冷蔵庫に入れてくれたのが「桃太郎」。しかし何回も食べておいしかった記憶が蘇る。2年くらい食べなかった気がしたが、娘が「桃太郎のことは、お父さんブログに書いていたよ」という。少し思い出してブログを検索してみると、2022年6月22日に書いていたのを見つけた。そのブログの内容と今回の桃太郎比べてみると明らかにおいしくなっていた。前回の写真も黄色く写っているが、今回は売り子さんが「季節的に黄色い桃を使っています」と言われたとのことで本当に真黄色である。中に入っているのはクリームとイチゴとカステラでこれまでで一番おいしかった。息子は今朝私がグラウンドゴルフに出かけた後に食べたようだ。 我が家の夏の名残の花や実はこれだけのものだった。ぼつぼつ雑草退治をしなければいけない!
2026.09.12
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大久保利通は言わずと知れた鹿児島の生んだ明治維新の三傑の一人である。この大久保利通像については、2018年5月14日の当ブログに「5月14日は大久保利通の誕生日」というタイトルで書いたことがある。大久保利通については、写真で案内している説明版などで読んで欲しいと思うが、今日は大久保利通像の秘密? について書こうと思う。 それは大久保利通像の右足の後面にあるなにやら得体の知れない小さな彫刻である。大分前からそのことは知っていたが、先日久しぶりに像を訪ねた機会に後ろに回ってみた。帰って今注目のAIに聞いてみた。以下はその回答である。 小さな彫刻は何?西千石町の大久保利通像の台座付近にある小さな彫刻は、大久保利通が明治11年(1878年)に暗殺された際、同時に命を落とした馬車夫と馬をあらわしたものとして案内されている。観光案内でも「足元に彫られている」と説明されることが多く見落としやすい”隠れ見どころ”となっている。 なぜ足元に小さく作られているのか?この彫刻は主役の大久保像を邪魔しない位置とサイズで置かれ、事件の背景を静かに捕捉する要素となっている。製作者は大久保像と同じ彫刻家中村晋也氏である。 この馬車夫と馬の彫刻の写真は光の具合によっては写すことが出来ないこともあるらしいが、この日は難なく写すことが出来た。しかし高い所にあるのでこれが精いっぱいだった。
2026.09.03
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