モラルを忘れていませんか。自戒も込めて

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2008.12.20
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カテゴリ: 疑問
(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)


記録しておかないと忘れてしまうことだということと、自分自身にはよくわかってないが、
それが意味があるのか無いのかさえわからないが、誰かにとってはヒントになるかも知れないなどと考えて。

『経済学をめぐる巨匠』小室直樹(ダイヤモンド社)にて、

パースンズという人が、パレート、フロイト、デュルケム、ヴェーバーを
四大社会学者としたと書かれているが、ジンメルを無視したとも書かれていて、
なぜジンメルを無視したのだろうか。

わかる人はわかるだろうし、質問掲示板などで問い合わせれば解答が返ってくるかも


このことが、私にとって、何を意味しているか、いないか。

テレビで辛坊さんの番組に出ていた、長年村長か町長かを勤めた人が、パースンズの
役人さんのなにかの理論について語っていたと思うが、共時性が生じていたのだろうか。

しかし、それが共時性としてなんらかの意味を投げかけていたと考えようとしても、
それを調べる気持ちや力が私に今沸いてこない。でも記録しておく。

小室先生は、たしか、ケインズやマルクスどころではないくらいと、ヴェーバーの思想の段違いのすごさを書かれているが、この時点で私はヴェーバーも直感的に過ぎないがあまり興味が無いような気がする。私のキャパシティーが狭いか無いということだ。

私はこれから数学を理解しようという気力が無いし、私にはどうしようも無いだろうが、

ワルラスが、「一つの経済現象は、他の総ての経済現象に依存する」という「相互連関」
を、数式化したことで、使える経済学になったと書かれているが、全てが関連していると
いうことは、華厳経の事事無礙法界ということも、何を言っているのか私は理解して
いないのだが、なにか繋がっていることなのだろうか。


数式化していることなのだろうか。

全ての現象は数式化してしまうのか。

公表されている文章というのは、まったく理解してないのに、単語だけ知っているから
書くということは少ないだろうが、勘違いだとしても、なにか違うことでなにかあるかも
知れないし、単なるメモではまったく埋もれてしまうだろうから、理解している人には、

川島武宣さんの章での、私的所有権がわかっていることが、資本主義が成り立つ基本だと
いうことが、わかっていないための混乱。ということも、わかっているようで、わかって
いないというのは、小室さんが例にとられているように、偉い官僚でも、不正行為などで
逮捕されてしまうようなところにもあるということかと思った。

私的所有権ということもあるが、他人のものか自分のものかはっきりしないという人と人との
感覚がずれてしまっていると、こんがらがってしまうようなことが起きてしまう。
借りたものなのに、自分のものだと思ってしまうなどということも、今事例を出せないが
日々で生じてしまっていることだろうし、私もそういうことに巻き込まれてもきたことが
あると思う。

小室さんが、森嶋通夫さんの『思想の近代経済学』(岩波新書)が良い本だと書かれて
いた。

理論経済学のような学問を、10代にはマスターしていき、30代までに国の指導をしたり、
学校で指導するような人の頭脳を私は持つことが出来なかったので、そういう人のことが
どういう思考回路を持つのかわからない。

自分のできる範囲のことをしていくしかない。

でも昨日書いたように、プリミティブに考えてもいいんだよと発言してくれる学者さんの
言葉は気持ちが良くなる。

理解の仕方は様々な方法があるとも思えるし、またそうでなくては本当はならないのだと
思うからである。

専門や技能がある人が鼻高くなって傲慢になってしまうことは、いけないことだと思う。

無知による傲慢というのもあるかも知れない。

私的所有権がわからないからなのか、わざとなのか、モラルが喪失しているのかも
わからない。

より良く正しく生きるのはという抽象的な感受性を持ちたいと希望し続けることと
しか言えない。

その感受性はどう培い、維持できるものなのだろうか。

『「気」の本質を読む』」飛岡健(KAWADE夢新書)の中に、

「たしかに日本人は悲観論が好きで、他人の成功に嫉妬し、ねたむといった、水田耕作型の
農耕民族としての村落共同体での生活から生まれる気分が支配している事実は否めない。週刊誌等も、どちらかといえば悲観的なセンセーショナルリズムの記事の内容のほうが売れ行きは
伸びる傾向にあるようだ。しかし、そうした状況からの脱出こそが『新しい日本の運動』には
不可欠なのである。」

「日本人に自信を回復させるように報道すべきであるし、政府をはじめ日本のリーダーは啓蒙するべきなのである。まさにそうした気運が、国家全体の気運となったとき、日本経済は
再び強い活動を回復する」

と書かれている。

農村にはさっぱりした気性の人も多いし、嫉妬やねたみばかりではないのだが、
嫉妬やねたみというものの分析、研究と通知はもっと多くの人が克服できるように
もっていけるまでなされて欲しいと思う。

麻生総理は、とてつもない日本。明るく強い日本と言っているし、アラジンががんばれニッポン頭の良い国の日本だと、紅白でも歌うのであろうが、

私自信がまず元気な気持ちを持てるかどうかであろうし、正しく考えられて生きられて
いるかということの姿勢も、小室さんが書かれていたように、ヴェーバーの書かれた
資本主義者のための精神ということの読み方というところにも関係しているのだろうと
思いたい。

しかし、気持ちも購買意欲という面からはわかりやすいが、物となるための創造力と
いうものが、気持ちとどこまでリンクしているのか、加工のための勉強意欲が無ければ
マスターは出来ないだろうことは理解できると思うが、出来る人と出来ない人に
分かれるということも、個性ということや運命ということもあるだろうし、
なにか自分にとってのほとんど気づきをしていないところだと思う。

飛岡さんは、マズローの「価値欲求五段階次」についても続けて書かれている。
「衣食足りて礼節を知る」ということにも繋がるだろうし、
茂木健一郎さんが、脳科学の面からも、安全が保障されているところに創造性が
生じるとも言われていた。危機も創造性を生み出すが、死んでしまってまで創造する
ことは無理なのだから、最低限度の生活保障が存在していたほうが、より良い社会に
なるのだと信じたい。

自然の気もあれば、人間の気もあるという話も面白い。

脳の皮質が、動物の脳に、大脳新皮質がかぶさっていたり、気とは、クオークとの
関連がなにやらということも書いてあったと思うし、

住環境についても書かれて、「通風」「排水」というキーワードがあったが、
経済にも、風通しが大事なのだろうし、

「気分」「和気」「景気」などという言葉も思い浮かんだ。

「気」について、幅広いところから考え出すきっかけとなる本を著者は目指した。




















































































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Last updated  2008.12.20 11:14:04
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