モラルを忘れていませんか。自戒も込めて

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2008.12.21
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カテゴリ: カテゴリ未分類
(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)


言葉へのイメージは、人と人が同じ様に共有されている割合の多い場合もあるし、まったく違

うと言ってもいいほど人によって違って捉えている場合もあるのではないかと思うのだが、

「快楽」という言葉については、欲望の追求という感覚を多く含んでいるイメージで捉えて
いる人も多いような気がする。それは苦痛よりは良いだろうと思うのは当然なことだろうと
思うが、バブル世代と言われる世代に属している私だが、世代によっても、その言葉から多く
イメージされるような「快楽的?」な体験をしてきた人ばかりでは無い。それが良い悪いと問うているわけではないが、私自身はどの時期がバブルでどの時期がバブルで無いかということでは、あまり違いの無いような進み方をしてしまった。

ジュリアナ東京という踊り場があったそうだが、そういうところに1度でも行ってみるような


しかし、性格というところからなのか、多分、私が行ってみたとしても早いうちに、興味を失ってしまうか早く帰りたいと思ってしまうような気がする。

アタラクシアという、エピクロス派の「快楽」という感覚があるらしい。それを「快楽」という訳語に結び付けられるのか、また「快楽」という2文字の漢字のイメージが繰り返すが、人それぞれの捉え方に違いはあるだろう。

私自身が、「快楽」という2文字の意味あいに捉えたいのは、エピクロス派のアタラクシアに
相当するのではないかと思われるような状態である。「安心感」と言うのが近いのだろう。

ほっとしている状態。ほっとしていられる状況。穏やかな生き方の出来ている状態。

それは未来に向かってもそうである。

エピクロス派の享楽主義というのか、その「享楽」という漢字にも人それぞれのイメージが
あるだろうが、エピクロス派の「快楽」のおそらくの当時の本質から、それが誤解されて、
それは、派手な消費を多くすることからの短絡的な商業主義的なものの絡んだようなイメージとしてしまっている人もいるかも知れない。

伝言ゲームのように、人によって違う解釈や、間違えた解釈や、正反対の解釈までしてしまう人がいるということである。











































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Last updated  2008.12.21 10:15:20


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