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2021年があと1週間ほどで終わる 勢いがあった2019年 それを断ち切られた2020年 でも、どこか安心していられたところもあった そうだよね やっぱりね 私のせいじゃないものね みんなおんなじだものね 2021年再始動 、、、、、と言っても、前半は全然。 震災から10年目だから忙しいでしょう? と、よく言われたが、 特にそんな予定もなく。 初めて大阪に飛行機での出張が入っていたのが、 直前にキャンセルになった事だけが、とっても悔しくて。 オリンピックのボランテイアや、 パラリンピックの聖火ランナーにも参加したが、 こそこそしなければいけなくて。 参加した意味はあるのかな? たくさんの大切な人やニャンコ達が亡くなった年でもあった。 ぎんちゃん、 かずちゃん、 不妊治療でお世話になった産科の先生、 こゆきちゃん、 そして、ソルト。 プライドが高く、 抱っこをさせてくれなくて、 いつも綺麗に自分で毛づくろいして、 手足が長く、目が大きく、 ツヤツヤふっくらととても綺麗な気高い猫。 六月二日に息を引き取ったが、 まだ認められないでいる。 最後に通院していた動物病院の前を通ると、 涙が出てしまう。 思い出すととても苦しい。 大切な人を失うということはこういうことなのだよなあ、と思う。 そう考えると、 あの震災は、涙さえも流れなかったほどの苦しみというか、唖然とした呆然としたというか、 ブラックホールに落ちて落ち続けるというか、 やっぱり異常だったんだよな。 先日、震災で働き盛りの息子さんを亡くした語り部の大先輩に、 お話を聞く機会をいただいた。 彼はほぼ毎日徒歩で自転車で、 石巻の日和山へ行き、 門脇南浜地区の移り変わりを見てきた。 そこで出会った人に、自分の思いを打ち明けたのが始まりだが、 話したら自分の心(胸のあたりを指して「ここが」とおっしゃった)が楽になった。 だから、続けてこれたという。 また、奥様は、息子さんが亡くなったことで、 一度も泣いた箏がないとおっしゃっていた。 30代で亡くなった息子さんに、 「もうやるべきことをやり遂げたのだろう。 自分はまだやり残した事があるからまだ生きているのだろう。」 とおっしゃっていた。 いつもニコニコと、ご主人の後について歩いている奥様。 どうしたらその様に達観できるのだろう? 最近石巻がとても遠く感じる 100年後、あなたも私もこの世にはいない おそらくね
2021年12月22日
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このブログのタイトルの、説明の一番下にあるメールアドレス。kazemaru311@yahoo.co.jpあまりチェックをしていなかったので、使えなくなっていました。メールをいただいた方、申し訳ございません。また、その説明文からメールアドレスを削除して変更したいのですが、その管理画面の動かし方も、どこをどうやってもうまくいきません。よろしくお願いいたします。
2021年03月22日
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さようならする時には、 挨拶などせず行きたいな 今度生まれてくるときは やりたいこと、なりたいものがたくさんある 私なんて私なんかと思ってみたり 誰かの表を基準にしたり そんなことせずに 誰がなんと言おうと やりたいことをやってみたい 寂しさとは縁が切れないものなのならば 少しでも今より寂しくない人生がいいな
2020年08月08日
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通院の途中、早朝のコンビニの駐車場で、 車から身体が半分外に倒れた状態で発見され、 そのまま救急病院へ。 そして、七夕の夜に、彼女は旅立ちました。 震災で亡くしたお母さんと小学生だった息子さんの元へ。 危篤状態の時も、 お通夜の時も、 お顔を見せていただいたけれど、 周りの人が嗚咽する中、 なぜか心がピタリと止まったようになり、 感情が動かない。 だから、 やっと息子さんとお母さんの元へ行けたのだね、っていう、 そんな安心感のような、納得感のような。 そんな気がするからだと思う。
2020年07月11日
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6月23日から7月12日まで、 NYへ行くはずだった。 昨年の夏、 たまたま、毎月NYの友達が帰国していて、 続けて東京で会うことができて、 「とりあえず、NYきなよ!」 と背中を押されて、 よし、行こう!と決心したんだ。 くすぶり続けて苦しんできた自分のこの先を、 ここから遠くの場所でゆっくり考えたくて。 でも、チケットを取ってからは、 ゆっくり過ごす、なんてことは無理そうなくらい、 みんながいろんなことを企画してスケジュール表を共有して、 あちこちで英語でのスピーチをしようとか、 いろんなn人に会ったり、せんとラルーパークをワンちゃんと散歩したり、 自分のヨガ教室に強制的に連れて行くと張り切っていたり、 まずは、うちに泊りなよと言ってくれたり、 レインボープライドも一緒に行こうと言ってくれたり、 建国記念日はどう過ごそうかなと楽しみにしていたり、 どうしてここまで一度だけ会った私にそこまでしてくれるんだろう、 と涙がで得るほど感動した。 そうしたら、そのうちの一人が言ってくれたんだ。 私たちは、世界一忙しいと言われるNYで会社を持っていたり、 ノンプロフィット活動を仕切っていたり。 日本人会でお互い助け合ったり、 正直ひまではないし、お人好しではない。 あなただから、私たちは協力するんだ、ってね。 必死で中学生のまとめ、的な英語のワークブックや、 シャドウイング、長文読解などなど、 ガツガツ、コツコツ糞真面目にやっていたけれど。 ESTAを申請しようとした時に、 NYのコロナの感染爆発になり、 でも、どこかで奇跡が起きないかと、 これまでキャンセルできずにきた。 でもでも、もう無理だね。 震災の時もそうだったけれど、 こんなことが起きるなんて、 と言うことが起きるんだね。 ポキンと、 こころが折れる音がした。
2020年06月06日
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うっすら頭痛、 これって貧血なのかな。 なんだか最近、震災の情報やニュースを見ると、 吐き気がする。 アレルギーかな。
2020年06月05日
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2月のスケジュール帳は真っ黒だった。 1日たりと空いている日がなかった。 また、そのような予定を組める自分もいた。 コロナでバタバタし、 3月に入り、ちょっぴり入っていた活動が全てキャンセルになり、 朝起きたら突然具合が悪くなり、 そんなこんなでほぼ寝たきりで過ごしているうちに、 今年の予定も見えなくなり、 現在に至る。 でも、 自分で選んだんだ。 自分で決めたんだ。 学ぶこと、 もっともっと学ぶこと、 自分に挑戦すること。 英語も、 放送大学も。 まだまだわけわからないけれど、 まだまだ、頑張りが足りないけれど。 でも、自分で決めたんだ。 だから、やるんだ。
2020年04月17日
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月命日なんて、 意識したことなかった。 中学時代の同級生で、 自分の両親、妹2人、その夫、姪っ子姪っ子、 自分のお姑さんなど、11人を失った友達は、 毎月、墓参りを欠かさない。 先月のこの辺りから調子が劇的に悪くなり、 眠って起きると絶望感で胸がかきむしられるほどに苦しく、 そこから逃げるためにまた睡眠薬を飲み、眠りに逃げる、 その繰り返し。 コロナで、 外出自粛。 仙台市の商業施設も土日はお休みになるところが多い。 何かしなければいけないような、 何かしないといけないような、 なんでもできる時間ができた ぼーっとしてないで、何かしなければ、という焦燥感。 でも、なんだか、ちょっぴり安心感もある。
2020年04月11日
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今日の五行歌 死んでからの悔やみなど要らぬ いっそのこと 生きているうちに 罵倒してくれ その方が放って置かれるよりずっとましだ
2020年03月30日
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気持ち悪い 苦しくて 眠っていても眉間に力が入って 目が覚める だから、また薬を飲む お酒も無理矢理飲む 変な時間に目が覚める また薬を飲む 今はいつ? 苦しいよ
2020年03月24日
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気持ち悪い 苦しくて 眠っていても眉間に力が入って 目が覚める だから、また薬を飲む お酒も無理矢理飲む 変な時間に目が覚める また薬を飲む 今はいつ? 苦しいよ
2020年03月24日
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私たちにとっての 3.11 は 3月14日 だって、石巻までたどりついて、 母を発見した日だから
2020年03月14日
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私たちにとっての 3.11 は 3月14日 だって、石巻までたどりついて、 母を発見した日だから
2020年03月14日
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コロナウイルス騒ぎで、 小中高はみんなお休みになりました。 いろんなイベントやコンサートも中止になりました。 私の活動もみんなキャンセルになりました。 ま、仕方ないよね。 でも、お店からトイレットペーパーやティッシュが売り切れるなど、 なんとなく、あの日々のことを思い出さずにはいられません。 あれからもう少しで9年になります。 私は全く変わっていないつもりでしたが、 変わったんでしょうね。
2020年03月01日
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ずっと忙しかったからかな がっくり ザラザラ そわそわ ドキドキ でも 負けない 絶対に負けない こんな言葉いったことなかったけど、 私、がんばる
2020年02月14日
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2月11日は月命日 あとひと月で、 東日本大震災から9年。 いつもはこの時期は、どんどん調子が悪くなり、 また睡眠薬を使って、現実逃避をそろりそろりとはじめるのだが。 今年の2月は、震災後一番忙しい。 わざと忙しくしているのかもしれない。 無意識のうちに。 私は私のために、 流れに任せて生きてみよう。 明日なんぞ来なければいい、 どうか、明日は目覚めませんように、 なんて思いながらいたのに、 新しい手帳を買って、 先の予定を書き込んでいる。 そして、そのために頑張らなければいけないこともたくさん出てきた。 歳だからと、(今年55歳)、 普通のおばさんだからと、(普通と思い込んでいるだけ、と言われた) 高卒だからと(学歴も関係ない) 諦めようとしていたけれど、 やってみなくちゃわからない。 みんなが無理だと言ったって、 諦めない。 そして、私は、かならず成し遂げる。 そして、私は、またその先に進んでいく。
2020年02月11日
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誰かが言っていた。 「私」 というのは、 私個人だけのものではなく、 過去から偶然と必然を繰り返し営まれてきた命の紡ぎが、 今ここに 「私」 という名前を借りて存在しているに過ぎないのだと。 だとすれば、 ザマアミロ と思っただろうあの人も 子供みたいに意地悪してきたあの人も ドイツから買ってきたハンカチを私のバッグから盗んだあの人も 仲良くしたい と思ってくれたあの人も 本音を言わない心を開かないあの人も 忙し過ぎて心が麻痺してしまっているあの人も とっても感じの悪いあの人も ツンデレで自分はめんどくさいと思っている実はわかりやすいあの人も 平和を愛するあの人も もっと話したかったのにお空に行ったあの人も 憧れのあの人も 人と人を繋いでくれるのが上手なあの人も 人をまとめるのが上手なあの人も お酒に強いあの人も お酒に弱いあの人も 「あの人」という名を借りて存在しているだけなのか。 それなら、恐れることはない。 なぜ、あんな態度を取られるのか、 理解できずに長い時間苦悩したりしたけれど。 「あなたなら絶対できる」 とか 「あなたには強さを感じる」 と昨年後半よく言われた。 確かに私は自分の思っていることはきちんと伝える。 たくさんの人の前でも恐れずに意見を言える。 それは、「あの人」の意見もあり、 「私」の意見も色々あり、どれが正しいとか間違っているとかではなく、 いろんな立場のいろんな意見が混沌としていていいのだから。 へなちょこでも今更?でもKYでも構わない。 自分の発言は、ワンアイデアに過ぎない。 そう、カナダ人のステキな友達が教えてくれた。 だから、私が私なりに考えたことを言葉にしても良いのだと知った。 直接話さなければわからない、わかりあえない。 文字だけのやり取りでは限界がある。 私の年代がそうなのかもしれない。 若い人たちは、文字だけのコミニュケーションでも十分理解し合えているのだろう。 また、ずっと周りを見てきて、 人間的にも社会的にも成功していく人、 魅力的な人は、 「素直」 な人が多い。 頑固な人は、残念ながら伸び悩んでいる、つまづいている。 だから、私も素直になりたい。 そして、大切な人たちには心を開いて接したい。 人生なんていつ終わってもいい、 明日の朝なんて目覚めなくていい、 そうやってやさぐれて生き腐ってきたけど、 そして気を抜くとやっぱりその闇に吸い込まれるけれど、 少なくても、目が覚めた後にまた急いで睡眠薬を飲むことはなくなった。 ODも、ほとんどしなくなった。 自分との付き合い方がちょっぴりわかってきた。 そして、あんまりちゃんと形にならない言葉にならないけれど、 やりたいことがぼんやりと出てきたような、 いや、出てきてないような、、、、、(どっちやねん!) そんな私はやっぱりとってもグズグズですわ。 スパッとスカッとはいきませんね。 明日なんて来なければいいと思っていた「私」にも、 2020年はやってきました。
2020年01月01日
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あなた と わたし 想像もつかないほど 広い広〜〜〜い 宇宙の片隅で これまた想像つかないほど 長い長〜〜〜〜い 歴史というものがほんの瞬きするほどのわずかな時間に 出会ってしまった あなたとわたし 出会わなければ味わうことがなかった 幸せも 温もりも 痛みも 悲しみも 苦しみも ほんのほんの些細なこと それでも やっぱり ありがとう
2019年12月13日
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台風19号が 大きな大きな爪痕を残して言った後、 たくさんの雨が降って、 また人が亡くなってしまった。 災害が起きても何もできないで、 そのことへの罪悪感で苦しくなる。 そんな人が今までもたくさんいたよ。 きっと今回もね。 パッと仕事や勉強を休んで、 現地に駆けつけて、直接労働力となって動ける人、 パッとお金をすぐに寄付できる人、 その人たちだけが偉いんじゃないよ。 もちろん、その人たちはとても偉い。 でもね、 ニュースを見て、胸を痛めている人だって、 何もできないと苦しんでいる人だって、 全く無力じゃないと思うんだ。 その気持ちを、自分自身に、自分の周りの人に向けてほしい。 ボランティアじゃなくても、まず自分ができることを頑張ることが大切だと思う。 そんなことで罪悪感を感じることはない。 そしてね、 すぐに、 「お年寄り、子供、病人」っていうけれど、 フツーの大人だって、苦しんだり悲しんだりすることを、 忘れないでほしいと思う。 フツーのおばさんは我慢するしかないと放置されて孤独で苦しんできた。 今も、この人なら大丈夫だと思われて、 またも自己否定感と孤独に苛まれている。 この苦しみから抜け出すには、、、、、、 と、また薬を飲んで目が覚めないようにとばかり考えている。
2019年10月25日
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私にとってあなたは いちぶんのいち だけれど あなたにとって私は じゅうまんぶんのいち そんな時々忘れちゃう、 いや、時々思い出してもらえる、 そんな 砂つぶほどのちっぽけな存在。 いや、もっともっと小さいかもしれないね。
2019年10月25日
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ただいま午前3時もうすぐで30分 やっぱり眠れない 頭の芯に力が入って、 それがなかなか緩まない。 明日は精神科の月に一度の通院日。 先月ドクターに、 「苦しくなったら、予約した日を待たずに来てください」 と言われてたけれど、 これ以上薬を足せないし、 そうしたら入院するしかないんでしょう? 大丈夫、東京に行くのが入院みたいなものでしょう? できることに限りがあり、 猫たちとも会えない。 行きも帰りも高速バスだから、 ぼんやりしているしかないもの。 最近、前の夜は出かけるときにも帰るときにも、 眠れないことをいいことに夜更かしする。 そうするとね、 バスの中の6時間半のうち半分くらいは眠れるの。 帰りたいなあ、って思うの。 でも、帰る実家はもうないの。 じゃあ、どこに行ったらいいのかなあって、すごくすごく怖くなる。 私はどこに行くんだろう? 死んだらどこに行くんだろう? ずっとずっと遠い遠いその先に、 お母さんが待っていてくれるなら、 またお母さんとお話しすることができるのならば、 生きることも、死ぬことも、 怖くないのになあ。
2019年09月23日
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先月、障害者手帳が交付された。 「いつもぼ〜〜っとして」 と小さい頃から母によくわ言われてたっけな。 ねえ、お母さん、これ私の性格とかやる気のなさとかじゃなくて、 障害だったみたい。 病気じゃないから、治らないの。 お薬で少しだけ楽になれているし、 自分のことがわかったから、こうすればああなるから、 こうなる前にああしておこうと、 少しだけれど無理せず計画できるようになったよ。 自分のことはまだまだ好きになれそうに無いけれど、 自分のことを許せるようにはなってきたよ。 救いようのない胸がえぐられるほどの孤独感と、 自分がないがしろにされているような孤独感と、 帰りたいけど帰れない孤独感と、 自分は一体この先どこに行くのかという恐怖と、 どうせいつか死んでしまうのにという諦めと、 そんな不安は尽きることが無いけれど、 でも、誰かが必ず思ってくれる。 助けて、と言えばちゃんと答えてくれる。 助けて、と言える勇気をやっと少しもてたような気がするの。 私にとっては、まだまだすごく難しいことなんだけれどね。 でも、私だけじゃない。 みんなみんな必死で生きているんだね。
2019年09月09日
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ハラガタツ ハラガタツ ハラガタツ 忘れてしまって ないがしろにして 適当にして バカなヤツにばかり気を取られて 都合の良いように振り回して すいませんといえばそれで良いと思って take take take ばかり 私は神様じゃないからgive and take じゃないとフェアじゃないと思う たくさんいる都合の良い人の下から私は何番目? 私が可哀想な時だけそばに来て 調子がよくなってくるように見えると小さな意地悪をする 私は毎日寂しくて悲しくて、時々潰れそうになりながら、 いっそのこと消えてしまいたいと思いながら、 時々もう生きるのが嫌になりながら、 それでも踏ん張ってお薬と休憩を取りながら、 一日を必死で過ごしている。 なんていったら、 みんなみんな、 そんなの俺もだ、私もだ、 って言われるんだろうな。
2019年08月23日
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震災で経験したことを、 私は人前で話す活動を続けている。 それを、「語り部」と人は呼ぶけれどど、 この表現が私はあまり好きではない。 なんだかしっくりこないのだ。 かといって、それに変わる代名詞が見つけられない。 ささやかな抵抗として、 名刺にもプロフィールにも、 主催者の紹介文にも、 「かたりべ」 と平仮名にしてもらっている。 自信を持ってこの道を進んでいるわけではない。 覚悟が足りないといつも思う。 それでも、一回、一回、心を込めて、命をかけて一生県営に伝えている。 でも、やはり考える。 なんのために私は話しているのか。 一見、協力してくれるような態度を取りながら、 実際には何もしてくれない人がたくさんいる。 「ぜひ続けてください」とは言うが、 それ以上は何もしてくれはしない。 悲しくて悔しい。 でも、その悔しい分だけ、 何も言わず手を差し伸べてくれる人もいる。 予約が入らないのが苦しくて、 もうやめようかなあと呟くと、 「無理に引き止めることではないから」という理由で、 だいたい引き止めてはもらえない。 あなたはこれを続けるべきだと、はっきりいってくれる人は、 とてもとても少ない。 じゃあ、なぜやめないんだろう? 眠れずに答えなど出ないのに胸のモヤモヤを抱えながら過ごす夜を、 何度過ごしただろう。 誰かのためでもない、 何かのためでもない、 私が、ただ、ただ、話したいからだけなんだ。
2019年08月23日
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誰でもどこからも見れて、 私が生まれてすぐに石巻の川開きの花火を 産婦人科病院の窓から見ていたという母。 暑い夏の日だったとのこと。 私は花火が大好きだった。 母と幼い私の息子と、 北上川の土手沿いにシートで場所を小さくとり、 周りがぎゅうぎゅうだったけど譲り合って、 そこで、水筒に入れた麦茶や、 家で作ったおにぎりやおいなりさんを食べながら、 最後のナイアガラまで見て、 遠い道のり、励まし合いながら、歌を歌ったりしながら、 川の出口にある私の実家まで帰ってきたっけな。 足は痛くなったけど、 それも思い出のひとつ。 私が今住む街でも、毎年夏祭りの前夜祭に花火が上がる。 昔と違って日程が変わり、 梅雨があけるまえのため、 ほぼ毎年お天気には恵まれない。 昨年は遊覧船に乗ったのに、 全く何にも見えなかった。 今年は曇りから途中雨が降ったけど、 最後まで上げた。 でもなんとなく、 あんなに好きだった花火が少しずつ嫌いになってきた。 寂しいシチュエーションで見ることが多くなったからかな。 寂しくて切ないけど、見ないと決心することもできない。建物で遮られるけれど、高く上がった花火は少しうちから見えるんだ。
2019年07月14日
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最近、ふとしたところで、ある人のことを思い出した。 お仕事で2年お世話になった、あの先生。 なぜか、ふと、軽々しくスマホから連絡したくなる。 でも、それは失礼かなと、パソコンからきちんとメールを送ろうとしているうちに、 あっという間に時間が過ぎて、 やっとメールすることができた。 文には、何も調子が悪いとか苦しいとか寂しいとか書いていないのに、 お返事には、 「文面から、体調が悪いのかなと感じました。いつでも気軽にメールください。」と書かれてあった。 そして、最近自分がとても気に入って支えにしていると言う短歌を教えてくださった。 そんなことが、心にじんと染みた。 思いは形にしなければ届かない。 私はこの活動をしていなければ出会わなかった人たちがたくさんいらっしゃる。 震災の「おかげ」とは決しても思わないけれど、 震災が起きなければ出会わなかった大切な人たちと、大切な時間、大切な思い出。 あれから8年と2ヶ月と10日。
2019年05月21日
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フェイドアウト そんな言葉が頭をかすめる あ、生きていきますよ。 活動で出会ったいろんな人たち。 素敵な人もそうでない人もいる。 私がもっと痩せていて綺麗だったらこの人はもっと親切に親身になってくれたのだろうなと思う人って、 結構いるのね。 特に男の人ね。 でも、その代わり、こんな私でも面白がって、大切にしてくれる人もちらほらいる。 そして偉そうにしている、残念な人もたくさんいるの。 息子の会社に上京した時に会いに行ってくださいね、と言ったら、 「敗北感を感じるからいきません」なんていうおバカな方とか、 こちらがどれだけ気を使っているのかもわからずに、 人間関係を自分はいろんな人と構築できていると勘違いしている方とか。 その人たちはもっと素直にヘンテコなプライドを捨てて、 頑固なポリシーを捨てて接してくれれば、いろんなことを話せるのにね。 そんな人にはもう嘘しか言わないし、適当にしか付き合わない、もしくは付き合わないことにする。 勘違いしたまま生きていけ。 いつか私でない人や仕組みが、成敗してくれることだろう。 もう、ほんと無理してそんな人たちと付き合う必要はないと思うわけ。 そして、もう連絡も取り合っていないけれど失礼な仕打ちをした人には、 何か調べて呪いをかけてやろう。 今年は大忙しの大好きなあの子の大好きな好きな歌を聞いて、 猫を撫でながら時間を過ごす、 そのこと以上に魅力があることならば、 出かけていくけれど、 そうでなければ、 心をすり減らしてまで、無駄な時間を過ごすことはないと感じるの。 次のステージへ、 次の世界へ、 そんなタイミングにきているのかな。 震災のことも、あれから8年以上経って、 もし両親があの時命が助かっていたとしても、 今この時にいきている保証はない、 もちろん、ベッドや畳の上で見送りたかったけれども、 もう、認めざるを得ない、両親の死。 自分という存在の小ささ。
2019年04月27日
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緩やかな下降線を描いて、 心か落ちていく 優しいあの方が突然亡くなったのと、 そこに至るまでの近年の彼に対するひどい仕打ちを知ったからか 自分の実家の跡が、 もうすっかり無くなって、どこがどこなのかわからないようになっていたのをこの目で見たからか、 そしてその場所に近づくことすらできなくなっていた。 買い物に出るのに3日かかった。 買い物をしていてもカートごとスローモーションで倒れていくような錯覚にとらわれる。 電話には全く出れなくなった。 メールも返信どころか、開くこともできなくなった。 でも、どこかで、このままではいけないと思っている。 逃げたくても逃げ場所などないとわかっている。 精神科の先生に、調子が良いから4月は来ないと言ったけれど、 先生は毎週火曜日には自分がいるからと言っていた。 きっと、わかっていたんだろうな。 大したことない、大したことない、 自分がダメな人間だということを再確認しただけ、 意気地なしだと再確認しただけ、 大丈夫、大丈夫。
2019年04月04日
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前にも書いたことだけれど、 大切なものが増えるたび、 それを失うのが怖くなる。 それは震災の前に、 離婚して再婚した時に、二匹目の猫を家に迎え、ミント君を胸に抱きながら思った。 人はいつしか離れていくけれど、 ソルトとミントは私が手放しさえしなければ、 彼らが死ぬまでそばにいてくれる。 だから、この子たちとお別れすることが、 とてもとても怖くて仕方ない。 世の中的に私が孤独な時は、 すなわちお友達との約束や、お出かけや、 お仕事がない時には、 それは猫たちと一緒にいれる大切な時間。 そう思えば、寂しくなどない。 何より、孤独は寂しさとは違うのだと、 あの人が教えてくれたんだ。 最近、誰かと会うことが、 何かの予定が入ることが、 少しずつ苦痛になってきた。
2019年04月03日
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旅に出たいと、 寝る前に旅行サイトを検索したりしたからだろうか? 空港から始まる夢を見た。 どこの空港だろう? 見たことあるような無いような。 国内であることは確か。 まるで駅のような空港。 飛行機に乗るためにそこにたどり着いた私に、 連れの人が(誰かわからない) 「お母さんが、ガンで、これを逃したらもう会えないかもしれないってよ」 と言う。 え?母は震災でなくなった筈じゃ? これが最期になるかもしれない? ってことは生きている母に会える最後のチャンスだよね? と、乗ろうとしていた飛行機には乗らずに、 駅の近くの病院に急ぐ。 病院なのか、ホテルなのか、 部屋についたら、 ベッドの上に母がお腹をそっと抑えて、綺麗ないつもの笑顔で座っていた。 そして、傍らには、弟がいた。 「俺が、もうガンの末期だって、あれ間違いだから。 大丈夫だからさ。」 と言っていた。 部屋に入る前にカルテのような紙を見ていて、 そこには病名が書いてあった。 起きてすぐには覚えていたのだけれど。 感じで7文字以上、「大」の文字があったのだけは覚えている。 母は元気だった、 笑っていた。 でも、声は出さなかった。 会話はできなかった。 これは夢なのだと思っている自分と、 起きてからどこまでが真実なのかと、 その狭間がはっきりしない。 でも、色もあった。 風も感じた。 弟とは、父母の葬式以後連絡を取っていない。 今後も、取るつもりは一切ない。
2019年02月03日
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調子の悪い中電車に乗ったからか、 目をつぶったら、夢を見た。 いや、夢ではない、 周りの音もちゃんと聞こえる、 眠ってはいないから夢ではない。 もうなくなったはずの、実家にいた。 キッチンで母の手伝いをしている。 つれてきた猫のミントが、私たちがどこなのかとのぞきに来る。 そのミントを追いかけて、奥の部屋に向かい、 ぐるっと床の間を回ったら、 午後の日当たりが一番良い場所で、 ソルトがいつも母が使っている母の椅子の上で気持ちよさそうに眠っていた。 母は、 「いいのいいの」と、自分は廊下に座布団をもってきて、 またいつものように編み物を始めた。 窓の外には、いつも丁寧に手入れされている庭木、 ブロックベイと道路をはさんて、向かいのゆうちゃんちと、東公園の木やジャングルジムが見える。 廊下から、玄関をはさんだ茶の間には、 引き戸をあければ、 こたつの向こう側に、新聞を広げて、 母が作ったアーガイル模様のベストを着ている父が座っているに決まっている。 そんなはずないのに、 と目に浮かび泣きそうになる、 これは、夢か?願望か?思い出か? もうないことなのだとわかっている、 いや、いつかこの世界にまた自分の身を置けることができるのだろうか? 何万年も彼方に、 何万年も昔に、あるいは未来に。
2018年12月24日
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今、歌を習いに月に一度横浜まで行っている。 震災がなければ、 こんなこともしなかっただろう。 いつかやってみたいな、 そのうちできるかな、 「いつか」 とか 「そのうち」 っていうのは、 私の好きな黒か白かで言ったら、 限りなく黒に近いグレーなんだ。 私はグレーが嫌いだから、 すなわち、黒なんだ。 なんてこと考えてフェイドアウトしていくのかと思いきや、 歌の力はすごかった。 これ、動画やCDでは伝わらない。 個性的すぎる先生と、 それを慕って集まる生徒と、 その空気が織りなす楽譜のないコーラス教室。 笑顔が素敵だったあの人も、 いつもみんなに手作りお菓子を配るために大きなリュックを背負っていたという、 お話ししてみたかったあの人も、 まだお若いのに、突然病気でお亡くなりになった。 もう、いつか、そのうちなんてないんだ、 今なんだと思えた。 東京から向こうは、電車の乗り方なんてよくわからなくて不安だけれど、 あんなに人がたくさんいる都会だもん、 誰かに聞けば誰かが教えてくれるよね? 音楽にもアートにも、 カタストロフの前にはなんの力もないのでは? という問いがあるけれど、 実はあるんだよね。 この音楽家と出会えたのも、 あのシンガーソングライターと出会えたのも、 あの若い柔らかな心を持った学者と出会えたのも、 そして、その人たちに私の魂が救われたのはまぎれもない事実。 医者でも、ボランティアでも、私に届かなかった救援物資の力でもない。 お腹が痛くなるくらい笑ったのって、 最近いつですか? 音楽が心にしみて、自然に涙が流れたのは、 最近いつですか? 昨日歌った曲に、「風になれ」という曲がある。 発表会のために何を歌いたいかみんなにアンケートをとって決まった曲だとのこと。 私は初心者なので、そのアンケートには参加していないけれど、 見る見る間に、単調なメロディーが、 混声三部合唱につくりあげられていく。 音程を決めて、 先生のアイデアにみんな答えて、 無理なら音を下げて、 わからなければすぐに手を上げて聞く、 それを、録音録画して、 それぞれが自主練してくる形。 でも、その時の出来栄えや先生の気持ち、 会場の雰囲気で、前奏が変わったりする、 だから、「感じ」なければいけない。 みんなそれを心得ていて、阿吽の呼吸で紡ぎ出されていく。 4番の歌詞は 「あなたになれ」ではじまる。 「誰かの忠告は少し聞いて、あなたになれ」 自分の期待するあなたには、相手はなかなかなってくれない。 相手に対する自分も同じこと。 思うように行かずに、落ち込んだり、ちょっと苦しんだり、 でも何かをしなければいけない人に、 届けたい歌だ。
2018年11月15日
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今年の夏と、秋の初め、 自分から生きることをやめた若者の夢を見た。 すぐそばまできて、何かを訴えているのだけれど、 私には何も理解できない。 途中でこれは夢だとわかっているのだけれど、 それでも、何を伝えたいのか知りたくて、 眠り続けることを選んでいるのだけれど、 もう少しで もう少しで わかりそうなのに、わからない。 何を言いたいの? 何を言いたかったの? それならなぜそれを周りの人にわかる形で残さなかったの?
2018年10月29日
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おまえのせいだ いや、あなたのおかげ 私のせいだ そう 私のせいだ みんな誰も、私もあなたも、 自分のことで忙しい。 ほんの少しの心遣いで、 人はとてもとても救われる。 でもみんな、自分のことで忙しい。
2018年09月17日
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母の夢を見た。 編み物を教えに行ったのか、 どこかで講演会をしてきたのか、 その帰りだった。 いつものニコニコ笑顔が、とても美しかった。 もしかすると今の私よりも若く見えるかもしれない。 そういえば、 よく私たちは姉妹に間違われたことがある。 お土産のお菓子なのか、 仕事で使う雑貨なのか、 とても美して可愛らしい物が箱に並べられてあったので、 それをよく見ようと、寝室のベッドから下りてリビングに向かおうとした。 そこで気づいた。 もう、母はこの世にいないのだと。 でも、リビングで笑い声が聞こえる。 いないのは気のせいだったのかなと、 ベッドに戻ってガーゼケットをかぶり直し、 目を閉じて考え直した。 やはり箱が見える、 見に行かなくちゃ。 息が苦しくて、首回りにべっどりと汗をかいて目が覚めそうになったが、 どうにかひきもどそうと首元の汗を手の甲で拭った。 あの人にメールしなくちゃ、 あの人にお礼状書かなくちゃ、 薬の処方箋薬局に出さなくちゃ。 どこからどこまでが夢だったのか、 よくわからぬまま、息苦しさだけが、ただ、残っている。 くそめんどくさい自分の感性。 どこかに流してしまうか、飛ばしてしまうか、 私という意識から、切り離して もう 終わらせてしまいたい。
2018年09月05日
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とっても美しく例えれば、 みかんの皮をむくように、 人とは離れなければいけない。 すりむいてできた薄皮をはぐように、 といったほうが、 本当はとても近い表現だと思う。 痛みをとても伴うから。 これは自業自得というものた。
2018年08月20日
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私がスピーチさせていただき、 それを聞いた子が、 自分で自分の命を絶ったと知った。 それしか知らない。 何が原因かも、 どんな死因かも知ることができないし、 この先も誰も知らせてくれないだろう。 それほどに、知っているけれど、 会話はしたけれど、 遠い存在。 命のことを伝えてきたが、 それはなんの意味もなさなかったのか。 彼が生きてきた20数年、 その中の2時間弱の中で、 私が伝えられることなど何もなかったのか。 いやそもそも、 「明日の朝目覚めなければ良い」と思う私にとって、 誰かの人生や命のプラスに関わることなど、 はなから無理なのだ。 おこがましいだけなのだ。
2018年08月19日
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贖おうと必死な人 もう余命は少ないのに 6年リースの県内ではじめての機械を入れたという まだ自分のやりたいことがなしとげられていないから 息子に自分の技術を全て受け継がせていないから 奥さんが脳梗塞で倒れ、今回は二度目で仰向けに倒れたと、 そのお世話や生活を息子だけでは見れないだろうから自分が必要だと、 検査をして再発がわかり、 また2週間に一度の入院治療がはじまると、 何も怖いものはないとメールがきた。 はたまた別な彼は、 贖うことなくその一線を自分の意思で越えていった、 、、、、、、としか私には知らされていない。 知る由もない。 ほんのひとことふたこと会話をした。 恥ずかしそうな笑顔だった。 私のスピーチをきいたことのある子だった。 なぜ? どうして? 住職をしている友達が言った。 もうもどってこない。 そうね、それが事実。 ほんの少し羨ましいと思った、愚かな自分。 愚かだということはわかるけれど、 真実だから仕方ない。
2018年08月11日
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いじわるな人は苦手だ おかしいと思うことを発言すると 無視という仕打ちを受ける まるで私が悪いことでもしたかのように こそこそとされる 建設的な討論ができないということは 罵倒されるよりも進歩がないと思われる まあ、そんな雰囲気しかかもしだせないから、 そんなところにいとどまっているのだろうけれど あなたは気づいていない まわりの人が気を使い本音をあなたに伝えていないことを そして、それが普通だと勘違いしていく。 もっと素敵な人だったよね? 友達なんかいなくても、 もっと魅力的な人だったよね? つまらない人になってるよ、、、、、、、、、、、。
2018年06月25日
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とりあえず、 とりあえず、 目標としていたことはやりとげた。 でも、さびしさは消えない。 大切なふるさとを失った代わり、 たくさんの人と知り合った。 中には嫌な人もいる、気が合わない人もいる、 でも、素敵な人もいる、優しい人もいる。 新しい出会いもあれば、 去っていく人もいる。 ふるさとを失わなければ出会うこともなかっただろう人がほとんどだ。 でも、さびしさは消えない。 なぜ人は生きていくのか。 いや、なぜ私は生きていくのか。 生きていかねばならないのか、 よくわからない。 あの人の歌う、歌姫が聞きたい。
2018年06月15日
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・・・・・というけれど。 活動の事で確認のメールを6月8日に送った。 私のスケジュール調整に関わる事。 昨年はあまりにもレスポンスが悪くて、 代表者まででてきてすったもんだもめた、 レスポンスの悪さ。 でも、メールは他の人にも3日は待ってもらっていると昨年言われたので、 3日待った。 土日はカウントしないのかな?と5日待った。 担当者がおやすみでもとっているのかな?と、 もう2日待った。 あら、もう10日たってるじゃん。 一つのメールアドレスをみんなで使ってるから、 メールが迷子にでもなったのかな? と、もう一度打診のメールを送った。 私はいつもシンプルな件名。 相手の名前と自分の名前のみ。 そこから一週間待った。 返事がこない。 メッセンジャーで個人的に連絡してみた。 既読にならない。 こういうときの悪い癖で、 私に何か落ち度があったのかなと考えてしまう。 いや、でも、個人的に嫌われているのだとしても、 これは仕事でしょ? 先日も、私はしょっちゅう顔を合わせることができないから、 もう少し気を遣って欲しいと、頭の良い子に伝えてきたのだけれど。 いやいや、この春にいろいろ苦しんで、 悪い方向に考える事は、全て不要でいらないのだと切り捨てる事にしたではないか。 だから、心の中にあるゴミ袋に、不要な感情を入れて捨ててみる。 でもさ、どういうことよ。 この状況でさ、 私が不要なのだと考えてしまうのは、仕方のない事ではないのかな。 ここで爆発しても良いのだけれど、 あなたは周りのいつも一緒に働いている人たちがなぐさめてくれるだろうけれど、 私は帰ったらまたひとりなのさ。 そこで、また自己嫌悪に落ちるのよ。 でも、放って置かれると、やっぱり苦しいのよ。 どっちにころんでも、辛いのよ。 こんなもやもやめんどくさい。 なんのために、努力しているのかわからなくなってくる。 いやいやだめだめ、 誰かのためなんかじゃないさ。 自分がやりたいからやっているのだ。 「今はちょっと立て込んでいるので、今度お会いした時にお話しします」 でも、 「了解しました、確認して、またおりかえします」 でも、 とにかくお返事ってできるのではないでしょうか? 無言はいけないよ、 とにかくさ。
2018年06月15日
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誰かの 何かの 「死」を受け止め続けていくということ あなたが死ぬか 私が死ぬか どちらが先なのか それだけのこと 自分の死も誰かが見つめ それに何かを感じたり 思ったり そして それを忘れていったり ただ それだけのこと
2018年06月07日
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全くもって、原因がわからない。 3人でやっていたから、 自分だけが悪者にされたかのように感じてとても苦しい。 おそらく、被害妄想なのだろうけれど。 知らんふりされるより、 ののしられるほうがいい。 無視されるというのは、 私にとっていちばんひどい仕打ちだと思う。 中学の時にいじめにあった。 中学三年生の三学期はほとんど学校にいかなかった、 いやいけなかった。 朝に制服を着て、そのままベッドに座り動けない。 あんな苦しい時間、あれから40年近くも経つのに拭い去ることができない。 その時の経験と感覚が、 つい襲ってきてしまう。 自分が何かしたのか、 何が悪かったのか、 どうすればこんな苦しさから抜け出せるのか、 死ぬ時しか、ここから逃れることはできないのか・・・・・・・・ でも、あの時のことを覚えている人はほとんどいない。 あんなに苦しんだ一秒一秒だったのに、 「そんなことあったっけ?」 「全然知らなかった」 と言われる。 同級生が覚えていないことに、安堵するとともに、 だからこそ、いじめはいけないと思う。 亡くなった子達の気持ちが手に取るほどよくわかる。 私も紙一重の思いを抱いて生きてきた。 今回だって、 一生懸命、どうしたらよいのか考えて接してきたのにな。 でも、どこかでズレを感じているのは確かだったけれど、 それでも、私なりに頑張ってきたのにな。 その頑張りが暑苦しかったのかな。 SNSで見る私は、適当に幸せで、それなりに幸せで、 なんとなく忙しそうで、 いつまでも両親を亡くしたことをぐずぐず言っていて、 息子とは仲良しで、 そんなそんな全部が、 うざったく感じるのかな。 見捨てられたら私が生きていく道はもうない、 そう感じるのが、重たすぎるのかな。 その前に、なんで、生きていかなくちゃいけないのかな? ひとりぼっちで寂しいよりも。 たくさんの人のなかで孤独を感じる今、 必要とされている実感は、全くない。
2018年06月07日
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末期ガンだと言われた古い友人と、 昨年の11月からメールをやりとりしていなくて、 おそるおそる、「お元気ですか?」とメールをしたら、こんな返事が帰ってきました。 「去る4月15日にて、抗癌剤点滴療法合計24クールが終了しました。 現在、副作用の悪心・食欲不振・手足の荒れや亀裂・顔面の吹出物等で 少々辛い日々を送っております」 彼は、自分を頼ってくる人のために、このような体調の中で続けているという。 それが生き甲斐だから、やりがいだからと。 そこまで思える「何か」(仕事)があって、 とても羨ましい。
2018年04月18日
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この言葉、大嫌いです。 なんだかあきらめているようで、 そこで我慢しなさいと言われているようで。 昨年は、もがきました。 もっともっとなんとかしたくて、 でも、まてど暮らせど、打診しても、 なかなか連絡は入ってこなくて。 もうあんな苦しい思いは嫌だけれど、 でも、少なくとも、「もっと生きたい」と思っている自分に、 びっくりしました。 そう思わなければ、営業まがいのこともできないですから。 「続けることに意味がある」と自分に言い聞かせてきたけれど、 少し、わからなくなってきました。 「しんどい時には休んでもいいんだよ」 と、私の気持ちを知らない人は言います。 休んだら終わっちゃうんです。 回遊魚のように。 あれ?やっぱり、私生きたいのでしょうか? あんまり自覚はありません。 すぐに「もういいか」なんて思っちゃうけれど、 知的好奇心も失っていないのだなあと感じることも多々あります。 しんどくなった時には、次のステージへ登っていく時期なんだよ、 と息子には教えてきました。 私もそんな時期なのでしょうか? 時間を戻すこと以外に、 何かひとつ願いが叶えられるとしたならば、 私は今の家族と一緒に、全く違う場所で暮らしてみたいと思います。
2018年04月17日
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それは、誰かのせいとかじゃなくて、 何かのせいとかじゃなくて、 ぽとんぽとんと ひとつひとつの雫が 知らぬ間にたまって 知らぬ間に器にいっぱいになっていて 何かと比べられて 誰かと比べられて 優先順位をつけられて 最後の方にまわされて そんなこと小さなときからずっと慣れっこのはずなのに それが自分のせいだとよくわかっているはずなのに ほんのひとときそれを忘れてしまっていた ただ、それだけのこと。 ただ、それだけのこと。 薬を多めに飲んでしまった。 明日は親友のおばあさんのお通夜なのに、 あさっては早朝から活動なのに、 パワポのチェックも入れ替えもまだできていない。 最近、自信がない。 いや、自信がないのはいつもなのだけれど。 呼吸がうまくできない。 すって、 はいて、 また、 すって、 はいて、 それが、とてももどかしい。 いつまでこれを続ければ良いのだろう?
2018年04月07日
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話をしてやっている ではなくて お話をさせていただいている お話を聞いていただいている ずっとそう思ってやっているよ。 だから会場を作るのも、 会場を片付けるのもできる限りお手伝いするよ。 聞いてくださってありがとうございます。 取材してくださってありがとうございます。 準備をしてくださってありがとうございます。 でも、はじまる前は気もそぞろだよ。 ただ、緊張しているだけ。 終わった後は、ハイテンションでたくさんおしゃべりするよ。 ただ、話したときの興奮状態が続いているだけ。 聞きもしないでなんだかんだ言われるのは嫌いだけれど、 聞いていただいた後に、批判されるのはそんなに実は嫌じゃない。 ひとりぼっちで、 誰にも相手にされず、 苦しかったときに比べたら、 ずっとずっとましだから。
2018年04月01日
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もうすでにとっくの昔に終わるはずだったのに、 束の間のカーニバルに巻き込まれたのだと思えば良い。 それがおわったときに、 またもとどおりに戻るだけだと思えば、 別に怖いことなどない。 でも、 もしかしたら、 それがおわったときに、 別な何かがはじまるのかもしれない。 それはそれでいいのかな。 時間が流れるよ、 誰にも止められない。 人も、景色も、みんな変わっていくよ。 どうすることもできない。
2018年03月31日
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今日のニュースウォッチ9を見ていて、 ハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。 それから何もできない。 明日は、南浜町で鹿児島からの高校生を迎えてお話をしなければいけないのに、 いけるだろうか? 何も考えられない。 「溺死」のことを報道していた。 震災で検死に関わった法医学の医師の証言だった。 はじめは数をこなすのに、とにかく「溺死による窒息死」と書いていくしかなかったが、 途中で「(推定)」という文字を書き加えた、とある。 本当に溺死だったのかあやふやだったからとある。 車や家にぶつかったりはさまったり、そんな傷跡を抱えているご遺体があったからというのと、 凍死や低体温で亡くなった人たちもいたからというような内容だったと思う。 一人の医師が、 「子供の遺体を確認して溺死と書いたけれども、本当は凍死ではなかったのか? あのときに温めていたならば助かっていたのではないか?」 と泣いていたから。 なぜ、こんなことを今頃になって無責任に流すのだろう? もしそれが本当のことならば、 私の母も、私が発見した時に、 そこに置き去りにせずにもっとさすり続けたら、 もっと温め続けたら、 抱えて連れて帰ってきていたならば、 助かったのではないのだろうか? とすると、 母を見殺しにしたのは、私なのか? せっかく生きるのぞみをかすかに繋いでいたのに、 それを断ち切ったのは、私なのか? 母はうつ伏せになって倒れていた。 あおむけにして、 顔の泥を洗い流したら、 まるで眠っているかのような顔だった。 そう、眠っているかのような顔だった。 眠っていたのだろうか? 「仕方なかった」では、すまされない。
2018年03月06日
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心の友が、 ブログを見て、この歌の歌詞が浮かんだと、 私がとても好きな歌なのだと、 メッセージをくれた。 「寂しい なんて 口に出したら 誰もみんな うとましくて 逃げ出してゆく 寂しくなんかない と 笑えば 寂しい荷物 肩の上で なお重くなる」 生きていくということは辛いこと。 そうも書いてあった。 ほんと、みんな誰だって辛いんだ。 きっと大丈夫 絶対大丈夫 12月がちょっと苦手なだけなんだ 明日は無理だけど、 今なら私にも生きられるから 息を潜めて今を重ねればいいだけ 眠れない夜は こぼれ出る涙と うっすら血のにじむむき出しの心をワインで沈めよう 目が覚めた時の半端ない罪悪感は 猫を抱きしめてやりすごそう 明日がきてもこなくても、 私は かまわない
2017年12月18日
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