東日本大震災 石巻市南浜町 父母を亡くして
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2021年があと1週間ほどで終わる 勢いがあった2019年 それを断ち切られた2020年 でも、どこか安心していられたところもあった そうだよね やっぱりね 私のせいじゃないものね みんなおんなじだものね 2021年再始動 、、、、、と言っても、前半は全然。 震災から10年目だから忙しいでしょう? と、よく言われたが、 特にそんな予定もなく。 初めて大阪に飛行機での出張が入っていたのが、 直前にキャンセルになった事だけが、とっても悔しくて。 オリンピックのボランテイアや、 パラリンピックの聖火ランナーにも参加したが、 こそこそしなければいけなくて。 参加した意味はあるのかな? たくさんの大切な人やニャンコ達が亡くなった年でもあった。 ぎんちゃん、 かずちゃん、 不妊治療でお世話になった産科の先生、 こゆきちゃん、 そして、ソルト。 プライドが高く、 抱っこをさせてくれなくて、 いつも綺麗に自分で毛づくろいして、 手足が長く、目が大きく、 ツヤツヤふっくらととても綺麗な気高い猫。 六月二日に息を引き取ったが、 まだ認められないでいる。 最後に通院していた動物病院の前を通ると、 涙が出てしまう。 思い出すととても苦しい。 大切な人を失うということはこういうことなのだよなあ、と思う。 そう考えると、 あの震災は、涙さえも流れなかったほどの苦しみというか、唖然とした呆然としたというか、 ブラックホールに落ちて落ち続けるというか、 やっぱり異常だったんだよな。 先日、震災で働き盛りの息子さんを亡くした語り部の大先輩に、 お話を聞く機会をいただいた。 彼はほぼ毎日徒歩で自転車で、 石巻の日和山へ行き、 門脇南浜地区の移り変わりを見てきた。 そこで出会った人に、自分の思いを打ち明けたのが始まりだが、 話したら自分の心(胸のあたりを指して「ここが」とおっしゃった)が楽になった。 だから、続けてこれたという。 また、奥様は、息子さんが亡くなったことで、 一度も泣いた箏がないとおっしゃっていた。 30代で亡くなった息子さんに、 「もうやるべきことをやり遂げたのだろう。 自分はまだやり残した事があるからまだ生きているのだろう。」 とおっしゃっていた。 いつもニコニコと、ご主人の後について歩いている奥様。 どうしたらその様に達観できるのだろう? 最近石巻がとても遠く感じる 100年後、あなたも私もこの世にはいない おそらくね
2021年12月22日
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