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昨日、士別は-12.8℃日中の気温は-5℃、そんな中20Lの給油。給油後エンジンを掛けて、、、えっ、ガソリン走行??そんな;;ついさっき2km弱走ってきたばかり…あったまってるはずじゃ?? 学校までの帰途の2km、ずっとガソリン走行で11.1km/L。こんな燃費初めて見ました;;夕方になるとさすがに気温が低くなります。午後6時で-8℃。序盤、ガソリン走行で一時8km/Lまで下がりましたが、自宅に着いたときは27.7km/L(総走行距離25km)今朝も-12.8℃昨夜は、タオルで外窓・内窓を拭いて湿気を取るのをさぼりました。ウインドウマスクはしていたのですが、内窓の氷結が窓を曇らせていました、、、禁断の作戦ぬるま湯(約42度)を外窓にかけて即、内窓を乾いたタオルで拭く。エンジンをかけ出発。案の定燃費計はどんどん下がる、3km走行で(丁度名高の近辺)やっとEV走行。士別に着いたときは25.4km/L(総走行距離47km)。本日帰り、午後5時。外気温0℃、あぁ暖かくなってきたんですね。それでもガソリン走行中2度も信号にひっかかり、一時は19.8km/L。名寄到着時は26.2km/L(総走行距離69km)でした。これは、真冬は23km/L入ったら御の字かなぁ^^
Nov 14, 2013
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【今日の燃費】昨日帰宅時は31.7km/L今日帰宅時が30.5km/L毎日の低温と雨で、ドンドン低下します。特に雨の影響が大きいですね。明日は旭川に行きますので、その往復160kmでの様子を観察したいと思います。
Nov 8, 2013
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母の転院(旭川森山病院→旭川森山メモリアル病院)朝6時半出発し学校へ、授業等の段取りをつけ旭川に出発は7時半。アクアのガソリンメモリが1だったので、JAで20L給油しメータBをリフレッシュした後旭川へGO!!旭川森山病院。旭川ロータリーのすぐそばにあります。ここから森山メモリアル病院まで旭橋を渡り僅か5分でした。これから最大5か月の入院生活が始まります…。86歳にして新しい環境、しかし母には新しい環境という意識がありません…。しばらくは旭川への「通い」が日常となりそうです。 【今日の燃費】最初の134kmの掴みとしては、まぁまぁでしょうか。でもこれからドンドン落ちますね;;
Nov 6, 2013
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数年ぶりに名寄高校に行ってきました。授業2本参観し、その後研究協議。「どう教えるか」に議論が偏り、「この教材で何を考えさせるか」の視点が無かったのが残念でした。教員は、もっと真剣(謙虚)に専門的に教材と向き合わなければいけません。例えば1年教材の「場合の数」。基本は「いろいろなケースを、目的に合致するように漏れなく重複せずカウントすること」そこに至るには自らが「あーでもない、こうでもない」とまず試行錯誤が不可欠であり、その経験から規則性を掴み、その経験を定式化していく素地が生まれる。その営み抜きに公式を教え答えを要求する指導に何の意味があるのか、私には全然理解できない。例えば「三角関数」、刻々と変化する角の変化にサイン・コサイン。タンジェントの値が何故に周期的に変化するのか、これ抜きにπ/6の倍数の三角関数の値を求めさせることにどんな意味があるのか、私には理解できない。生徒は「教えられることに意味があるはず」と真剣に聞いているが、その純な気持ちに、私たちはきちんと応えているのだろうか?そういう???を感じた一日でありました。名寄高校に行って得た収穫^^千葉じゅんきに会いました^^滝川(旧バレー部)に会いました^^
Nov 5, 2013
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先日、20L入れた、帰宅までの燃費です。現在400Km走行して、28.5km/L。かなり神経をすり減らしたアクセルワークを心掛けているのですが、ドンドン悪化します。数値の変化から500kmで26km/Lくらいに収斂しそうです。予測を上回りそれより下回るようなら、フロントグリル塞ぎを決行しようと考えています。候補はこれ。水温計は12月中ごろまで手に入らないということなので、90パーセント塞ぎで様子を見ようと思っています。小さなギャング左が「日向(ひなた2歳)」右が「万葉(ことは9か月)」愛孫です^^我が家は、このギャングどものグッヅで足の踏み場がありません。【ひなたの椅子】【ひなたのぬいぐるみ】【ひなたの玩具】【といれちゃん】【ひなたの便座】 私の細やかな贅沢^^先日、旭川の帰り「剣淵道の駅」で落葉キノコの塩漬けを発見。塩抜きし、味噌汁投入直前の落葉キノコです。私は春のアイヌネギ・ウド、そして秋の落葉が大好きなのです。定年後は、季節季節で山歩きしているかもしれませんね^^
Nov 4, 2013
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こ目に飛び込んでくる光景も見事な色彩を帯びてまいります。アクアを運転しながら、「おっ!!」という場面も多くなってきました。先日フェースブックの友人がアップしてくれた写真に目が釘付け!!ここはどこでしょう?北大の銀杏並木でしょうか?
Oct 30, 2013
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道路も凍結しています。ウィンドウマスクなるものを装着してみました。効果は未知数。明朝のお楽しみです。
Oct 27, 2013
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ここ2週間は、アクアの暖房やらデフロッガーやらを試しながらの運転です。外気と内気循環を切り替えたり、ファンをonしたりoffしたり、、ecoモードにしたり、外したり、、。Qさんのアグレッシブな生き方に、少なからず影響を受けました。今は、アクアの取扱説明書の後ろの専門用語の羅列のページを、ネット等で情報を得ながら、勉強しながら燃費追求を楽しもうと思っています。 でも定年後は、好きな数学と付き合うこと、好きな自然と付き合うことを最優先したいな^^
Oct 26, 2013
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もう少しでゴールというときになって、風邪をひいてしまいました。ここ数年は、囲碁も、音楽も、数学の研究も何も手を付けていない自分。只々、受験生に数学を手解きするだけの味気ない毎日に身体の方がストライキを起しているのでしょう^^
Oct 25, 2013
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今日も一日終わった。 私は今、こころに痛みを感じている。 大切な人を失うことが何と辛いことか。 今日も、自分を騙し騙し、ストレスを感じないように生きた。 いつまで、自分を騙していけるのか。
Jul 24, 2009
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----- Original Message ----- From: > To: ??????@fancy.ocn.ne.jp> Sent: Friday, July 24, 2009 9:41 AM Subject: 24日の日記
Jul 24, 2009
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Please read the attached file.
Feb 9, 2007
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1 必履修教科・科目 すべての生徒に履修させる各教科・科目(以下「必履修教科・科目」という。)は次のとおりとし,その単位数は,第2款の2に標準単位数として示された単位数を下らないものとする。ただし,生徒の実態及び専門教育を主とする学科の特色等を考慮し,特に必要がある場合には,標準単位数が2単位である必履修教科・科目を除き,その単位数の一部を減じることができる。 (1) 国語のうち「国語表現」(2単位)及び「国語総合」4単位)のうちから1科目 (2) 地理歴史のうち「世界史A」(2単位)及び「世界史B」(4単位)のうちから1科目 並びに「日本史A」(2単位),「日本史B」4単位),「地理A」(2単位)及び 「地理B」(4単位)のうちから1科目 (3) 公民のうち「現代社会」(2単位)又は「倫理」(2単位)・「政治・経済」(2単位) (4) 数学のうち「数学基礎」(2単位)及び「数学1」(3単位)のうちから1科目 (5) 理科のうち「理科基礎」(2単位),「理科総合A」(2単位),「理科総合B」(2単位), 「物理1」(3単位),「化学1」(3単位),「生物1」(3単位) 及び「地学1」(3単位)のうちから2科目(「理科基礎」,「理科総合A」 及び「理科総合B」のうちから1科目以上を含むものとする。) (6) 保健体育のうち「体育」(7~8単位)及び「保健」(2単位) (7) 芸術のうち「音楽1」,「美術1」,「工芸1」及び 「書道1」のうちから1科目(2単位) (8) 外国語のうち「オーラル・コミュニケーション1」(2単位)及び「英語1」(3単位) のうちから1科目 (英語以外の外国語を履修する場合は,学校設定科目として 設ける1科目とし,その単位数は2単位を下らないものとする。) (9) 家庭のうち「家庭基礎」(2単位),「家庭総合」(4単位)及び「生活技術」(4単位) のうちから1科目 (10) 情報のうち「情報A」,「情報B」及び「情報C」のうちから1科目(2単位) 必履修教科の最小単位は 国語表現2+世界史A2+日本史or地理A2+現代社会2+数学基礎2+理科総合2+理科基礎2+体育7+保健2+芸術2+オーラル2+家庭基礎2+情報2、これにLHR3+総合的時間3 これで37単位です。残り53単位でどういうカリキュラムを作ってもそれは学校裁量。 普通科で一般的な履修(最小単位)を考えると、 国語では国語表現2単位→国語総合4+現代文4+古典4 これで10単位増えます。(残り43単位) 数学では数学基礎2単位→数学12AB11単位 これで9単位増えます。 (残り34単位) 英語ではオーラル2単位→オーラル英語12リーディングライティング17単位 これで15単位増えます (残り19単位) 地歴でBを取らないと、大半の国立文系大学の受験が出来ないのでことから 世界史A(2単位)、日本史or地理A(2単位)→世界史B(4単位)日本史or地理B(4単位) これで4単位増えます。 (残り15単位) 理科基礎、理科総合だけでは、殆どの大学が受験できないことから 理科基礎理科総合(併せて4単位)→理科総合(2単位)化学1or物理1or生物1or地学1(4単位) これで2単位増えます。 (残り13単位) これに理系大学進学を受験させるためには、数学3+C(5単位) 理科2科目必要ですから、例えば物理化学として 理科総合+化学1→理科総合+化学1+物理1+化学2+物理2 これで9単位増えます(残り4単位) この4単位が高校独自で自由に裁量できる時間です。3年間でです。 これ以外にきつい制限があります。 1年間の1週間の時間は6×5日=30時間 同一科目を、1年と3年に分割履修してはならない。(1年と2年とか2年と3年ではOK、しかし3年間に渡ってはいけない。) さて、パズルを解いてみませんか?(あれ??解なしか???ってそれは最初からわかっていたこと。現場も教育委員会もそして文科省も) 地域地域で重点にする科目の問題もあります。 例えば名寄では、英数国(所謂読み書きそろばん)の基礎力が不足しているので、 そこに時間をかけたいトカの要望はありますが、それを抜きにしてもキツイ制約です。 体育7時間(1年3,2年2、3年2かな?)って信じられます?
Nov 8, 2006
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駒大苫小牧。初戦の南陽工業戦、青森山田、東洋大姫路、智弁和歌山、そして決勝早稲田実業。すべて苦しい試合で、応援する側もやきもきする展開。ピンチでは、鬼気迫る厳しい顔で気合いをこめて仁王のごとく向かっていく田中投手。いずれの試合もギリギリで勝ち残った。その田中投手の表情が決勝引き分けで終えた後ガラッと変わった。笑みをたたえている、仁王様が突然お釈迦様の顔つきに変わった。普通ああいう場面で笑みをたたえると実にイヤらしい表情になるものなんだが、実に穏やかで(しかし目の光は失っていない)、実に優しい顔立ち。再試合のときもその表情(厳しい目つきの中にも)が続いていた。あのときの彼の心境はどういうものだったのだろう。やるだけやって、自分の、自分たちの持てる力を全て出し切って、お互いめいっぱい打ち込んできた仲間の中で頑張ってきたことの思い、そして、同じように頑張ってきていただろうライバルとの出会い。それで負けたのなら悔いはない、そういう心境、私はまだ経験したことはない。再試合決勝後の田中投手、いや田中将大君のあの顔が菩薩様に見えたのは私だけだったでしょうか。
Aug 22, 2006
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先日、富山の知人から鱒のすしを戴いた。感謝高岡市の山正さんのものだ。(あと鯛のすし、鰤のすしもあった。)笹にくるまれて、ほのかに良い香りがするのも食欲をそそる。肉厚の魚は、脂がのり御飯も特上で実にうまかった。食には余り関心がない私だったはずだが、いっぺんに「味の山正」ファンになってしまった^^日本は島国で狭いが、土地土地にッ固有の食文化がある。時を越えて伝承されてきた日本人の英知だ。食糧基地北海道に独自の食文化が育つのは何百年後だろうか?
Aug 4, 2006
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公害の原点,水俣病公式確認から50年「自民党水俣問題小委員会(松岡利勝委員長)は26日、5月1日の水俣病公式確認50年を前に、与野党などからさまざまな対策案や、国の水俣病認定基準見直し論が出ていることについて「認定基準の見直しは大混乱を招く」とするこれまでの同委員会の見解をあらためて確認した。」正に為政者の論理。こういう事が身の周りに溢れていて、些か麻痺しかけているようだ。「テロに責任を持って対峙するには、先制攻撃も辞さず」(強者の論理)「言って分からないから、痛み(評価、体罰)で教える」(管理者の論理)考えてみると教育現場は、閉鎖的強者(教員)の論理だらけだなあ。自分の立場だけでしか考えることの出来ない人間が多すぎますね。子供のことで決定するときは、一度は子供の目線で考えてみる。最低限、これくらいはやって行かなきゃ。いろいろ考えたことを踏まえて、誠実に子供に訴える。ここがスタートラインでしょ。さぁ、明日から仕事のリスタート。ファイトー。
May 7, 2006
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この4月から職場が機械警備になった。まあ、段階的移行ということで、今年は【平常日】4:45から2時間【祝祭日、土日】9:00から8時間は有人警備ということで、その有人警備の時間帯だけは今まで通りの出入りが出来るというわけだ。(私にとっては、今までの生活のリズムが大幅に崩れてしまっている。)さて、今、困っているのが、3年生の模試だ。明日、第1回全統マーク模試。8:00~9:00、17:00~19:00を模試監督の先生方で警備するらしいが、、こんな対処法で、1年間持たないでしょ。いずれ、「模試は旭川または札幌の公開模試をうけるように!!」なんてことにならないように、しっかり対応を考えなければ、ねぇ。他の道立進学校は?大半は、何と定時制課程との関係で問題なし。上のような問題で頭を抱えているのは、本校と網走南が丘だけのようですな;;
May 6, 2006
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昨年4月、名高で3度目の学年主任として新入生を迎えた。 1年A組の担任。最初の1週間は健康診断だ、レントゲンだと、 バタバタするなかで学校生活が始まる。 いろいろな子供がいるが、A君の目が印象的なスタートだった。 朝のHR、授業、LHR、総合の時間、帰りのLHR、、 こちらの一言一言に、真剣に、瞬きもせずじっと見つめてくる目。 邪心の欠片もなく、ただひたすら、素直に向けてくる目。 どんな優秀な子供なんだろうと、中学校の調査書を開く。 (私は、これまでの30年間中学校の調査書をほとんど見ない。) ・・・・・ ・・・・・ あからさまには書いていないが、 中学校にとって、この子は問題児だったらしい。 私もそうだが、人は、節目節目で自分を反省し 次こそは頑張ろうと努力する。その連鎖が成長を支える。 彼の目は、そういう気持の現れだったと推察する。 他の生徒の調査書にも目を通してみる。 むぅー。褒め言葉が何一つ無い・・・ 褒め言葉が書いてあろうが、ケナシしかなかろうが、どうでもいいが、 この子を見つめた表現が何一つ無い。マニュアルにあるような記載。 特にN中学が顕著でしたね。 昨年4月の決意。 あのまっすぐな目をしっかり受けとめよう。 彼らはリセットしたがっているのだから、そこをスタートラインにしよう。 日々を重ねていくうちに、彼の目の力が失せていく。 5月末、帰りのSHR、私は時間を延長して1Aの感想を述べた。 その中で彼の名前を出して、入学式からの印象、 そして、今の印象(目の力が失せたこと)。 彼は嫌がると思っていたのだが、にこにこしながら聞いている。 (後で分かったことだが、彼がその事を強く感じていたという。) 学校祭の準備期間。 A先生が「こいつらコンピュータ室でゲームをやっていた。」 「注意をすると、何が悪いんだという態度だった。」 (3人のうち一人は彼だ。) と、ご立腹。 ま、準備期間で放課後だったから、ルール的にも問題はないんだが 私は、A先生とは違った意味で面白くなかった。 本人達を呼び、まず事実関係を確認し、 次に、ルール的には何も問題ないことを説明し、 で、それでも、それでも、怒鳴った!!! それは私の感情でした。 客観的に見ればそれは理不尽なものでしょう。 彼は、拳を作りブルブルと我慢していました。 3人でA先生に謝ってこい!! (本来はクラスメイトにというべきでしょうが、 それは、私がやるつもりでいました。) 3人は一度職員室を出、頭を冷やして、服装を整えて、 A先生の下へ。通り一遍の謝罪をすると、 A先生の、矢のような叱責が30分にも及びました。 最初は我慢していた彼も徐々に気持に亀裂が入ってきて… ソレを察した2人が、彼の尻を何度も叩く。 その度に彼の震えが強くなっていく。 何とか30分を終え、2人が彼を抱えるように職員室を出る。 私はすぐ、教室に行き、3人と話をした。 彼が我慢しきったこと、2人が彼を支えてくれたこと、 これを評価した。 それから2日間、彼は、級友との作業には合流できず、 一人で前庭に出て寝そべったり、あちこち所在なげに ふらついたり、、、が、最終的には自分で踏ん切った。 彼の中で大きく、心波打っていたのがわかる。 その後は、いつも通りのの彼であって、しかも、 ソレまで以上に学校祭の準備に没頭していた。 彼の気持ちの動きを想像してみる。【その時間は特に自分の仕事がなかった。 それに放課後じゃないか。何が悪い。注意される覚えはない。 細かいことはうるさく言われるが、 根っこのとこでは評価してくれている担任の顔も立てなきゃ と思ったし、真剣に学校祭を作ろうとしている3年生の気持 に応えろ、という担任の言葉も分からないワケじゃない。 だから、我慢して謝罪に行ったのに、ボロボロ良いやがって BとCがいなかったら、掴みかかっていたかもしれない。 2人に腕を捕まれて、教室に戻って、、腐っていたら担任が 来た。細かいことは何も言わず、 『今の、今のだぞ、、今のお前にとっては上出来だ』と、 背中を叩かれた。複雑な思いだった。】きちんと頭を冷やし、冷静に考えれるようになったら来い。と言って、私はその場を去った。 2日後、学校祭準備に没頭している彼をみて、タイミングと判断して、翌朝のSHRで事の顛末をクラスに報告すると同時に、3年生が名高祭に架ける思いを語った。その思いを少しでもいいから共有してほしい旨を訴えた。高校生という多感な時期、理想(思い)と現実(気持、感情)の間の中で大きく揺れる。一瞬の行為(「思い」と「気持」の間の断面)を取り上げて、善悪を評価するのは無意味だ。そしてお互いに不幸だと思う。私は子供の「思い」を評価したい。そして、その「思い」がより高まるような提案をし続けたい、と思っている。
Apr 23, 2006
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人を「褒める」にしても「けなす」にしても、結構難しい。よく「褒められて気分の悪い人はいない」というのがあるがNG。これは「けなされて気分の良い人はいない」とほぼ同義。場面によってはけなされた方が救われる場合もあるし、褒められた方が辛くなることもある。要は、相手の心のシチュエーションということになる。
Mar 27, 2006
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昨日今日と学校ではマラソン追試の合間に、指導要録。家では、指導要録の合間に指導要録^^疲れました。一昨日の終業式の後クラスの分散会として、調理室でお好み焼きパーティ。皆、楽しそうにワイワイやっていましたわ。そのうちに、「皆で2分間スピーチをやろう」ということに。次々とまわっていく。3人6分コントをやるグループもあれば、一人芝居に興じる者もいる。おおかたの者が、この一年のこの出会いを忘れたくないというものだった。スピーチをした者が次を指名するのだが、B子は、自分の思いを泣きながら語った。「最初、このクラスでハズレだと思った。」「宿泊研修で、どうでもいいことに皆が懸命にやっているのを見て、少し私が壊れた。」「それまで、そんなことはダサイと思ってて、何も感じなかったのに」「ひとつのことを目標に皆が心をひとつに頑張るってのもありかな?と思い始めた」「1Aのチームジャンプの時、私が一番軽蔑していたことを楽しんでいる自分がいました」「私の価値観は完璧にコワされてしまいました(ここらから声が震えています)、」「今は、壊してくれたみんなが私は大好きです。懸命に頑張るみんなが大好きです。」皆、じーんと感動しているのかしばらく鼻をすする音だけの教室。「指名します。A君」(Aは、中学時代ひどい苛めにあい、人とコミニュケーションをとれなかった)おいおい、と思ったが、A君は席を立ち前に出てきた。何か言おうとしている。喉を押さえ苦しんでいる。皆が、声も立てずにジーーと息を潜めている。皆が、手を拳にして「がんばれ、がんばれ、A、がんばれ」と息声で祈っている。声を絞り出すように、一音一音(喉を押さえ押さえ苦しみながら)、語り始めた。「ぼくは、ひとと、はなすことが、にがてです」(声にならない声を聞き逃すまいと、誰も音を立てる者はいない)(むしろその間、拳を握って、声援を送っている、がんばれ、がんばれ)(Aの一音一音に皆がうなずきながら、うんうんわかるわかる、と声援を送る。)「でも、この一年で少しだけ話せるようになったと思います。」「これからも逃げないで頑張ります。」応援していた者の「おおおおおおおおー」という喝采と、耐えられなくなった者の泣きじゃくる異様な雰囲気の中でAは席に戻った。私にとって、感動の瞬間だった。また、頑張れる。そう頑張るだけのエネルギーをA君と彼を見守るクラスメイトからもらった。
Mar 26, 2006
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明日は、終業式。 今日は、学級費の会計決算をして監査を受け、 返金の準備に時間を費やしてしまいました。 必要なこととはいえ、 こんなことに時間を費やして良いのか? 実は、このように疑問に思う場面が 日常茶飯事的にあるのだ。 教員が子供と接する時間って、 (授業以外で)1日に何分ほどあるのだろう??
Mar 23, 2006
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今晩19:00~20:20 学年PTA理事会。 この1年間の総括である。 全員の理事が良い評価をくれた。 (子供を人質としている親が(こっちはそのつもりはないが)、 本音で言えるのか?疑問) 田舎なものだから、殆どの親は、 私の同級生か、先輩か、後輩か。やりにくいねぇ^^
Mar 22, 2006
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今日もマラソン追試をやってきました。 全員合格まであと3人です。 「マラソン追試」とは、 全員に数学の基礎学力を保障しようという取り組みです。 先日、新聞社からの取材を受け、 「それは、形を変えた生徒へのいじめじゃないのか?」 何いってんだ、このあんちゃん。 こういう取材にも、誠意を持って応えなければならないのか、 と複雑な気持ちでいる。 今の日本はこういう指向に陥ってるんだろうか?
Mar 21, 2006
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「教員の価値は」と問うものがあった。目線が大人だなぁ、と感じた。私は「子供の価値は、人の価値は」を問い、子供の目線で感じ、大人の度量で接したいものだと思う。
Mar 18, 2006
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今日、道新(北海道新聞)の取材を受けた。 インタビューする記者の教育への無知さ加減には呆れたが、 それでも我慢しながら、応じました。(疲れた;;)
Mar 16, 2006
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2006/3/15 (Wed) 21:11:25 [Name] : lon [Title] : 今の先生方は [Comment] : 今の先生方は、ハウツーを求めたがりすぎですね。不登校の子供がでたとき、とかいじめが起こったとき、 どのように自分が動き 子供をどう動かし 親にどのように対応すればよいのかまずマニュアルを求めたがります。人(子供)はいきものですから、一人一人違う。全ての人に通用するマニュアルなんてあるわけはない。むしろ仮にマニュアルがあって、その通りに実戦してうまくいくのは、万に一つもないでしょう。「うまくやりたい。」という気持が強すぎるのか、それとも人(子供)が見えていないのか…まず、その相手(子供)の目線から物事を見てほしい。少なくとも一回は相手の辛さ、哀しさ、苦しさそして喜びに共感して欲しい。そうすれば、相手(子供)と真っ正面に向き合うことが出来ます。と、若い同僚にはアドバイスすることにしています。(決して自信のコメントではありません、「ハウツーを求めるな」と単に言うより、真意が伝わりやすいのです)簡単なことではないのですが、でも、教育を志したのですから真剣に向き合わないとネェ^^
Mar 15, 2006
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本日午後内示発表があった。今年は、かろうじて転勤を免れた。とは、いうものの(喜ばしい事ながら)長女の就職(関東)、次女の進学(関西)、しかも、道の方針、給与10%カット。今後我が家は火の車になりそうな気配です。とほほ。
Mar 15, 2006
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[Comment] : 今日、私の高校では入試選抜会議でした。年々欠席時数の多い生徒が増えています。ひとつは子供の家庭における生活リズムの問題(これは話せば長くなりますので後日)ひとつは学校の問題です。今年の卒業学年(実は娘もこの学年にお世話になった^^)3年前、合格発表の後各中学校をまわって情報を戴きに行った。行くところ行くところ、返ってきた事はいずれも子供への悪口だったそうです。(私の子供を含めてデス。)「こういう3年間を子供はよく耐えた。」「無かったことにしよう。」「これから3年間、めいっぱいかわいがろうや!!」これが、卒業学年のスタートになりました。(親の私は、感謝しかありません。)[Comment] : この3年間、問題は多々起こりましたね^^しかし、その度に学年はしっかり向き合ってくれました。「甘やかしすぎ」という意見もでました。そのときの学年主任の発言が印象的でした。「私達が真剣にぶつかり合ってるんですよ。」「そのプロセスの中で、こういうことが必要だと判断してるんです。」「それを甘やかし、と言うんですか?」その会議は長時間続きましたが、今振り返ってみて学年の判断が正しかったようです。 [Comment] : 「心の委員会」というのが本校にはありまして、私が10年ほど委員長を務めています。この間、いろんなこがいましたね。4歳の時母親から虐待を受け、凍傷で両足の指が無い子。小学校の時児童相談所に母親から強制的に離されて、その後母親とは一度も会っていない。(この子は演劇の力で自分自身を見つめることが出来ました。)一番多いのは鬱病の子でしたね。これは症例が皆バラバラなので、必要におうじて話題提供しましょ。(私のスタンスは、自分の事を知り、その自分と仲良く付き合う です。)最近思っているのは、普通の子のことです。これが、今、私にとって一番の課題になっています。とんびさんが、LDのことを話題にされていましたが、普通の子、大なり小なり、同じ様な事を過大に抱えています。(難しくなりそうなので、今日はここまで)
Mar 14, 2006
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今日は午後から、入試選抜会議。年々欠席日数の多い者が多くなっている。こんな田舎でも、生活破壊が…
Mar 14, 2006
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土曜日は所用で名古屋に。で、用を済ませるや、とんぼ返りで北海道に戻ったが、帰宅したのは翌日曜未明。少し寝て、昨日は一日中ぐだぐだしてました。今朝の出勤のつらいことつらいこと;;週5日制になって久しいが、子供の生活のリズムが大きく崩れているように思う。長期休業を挟むと、子供のリズムを取り戻すまでかなりの期間を要することは知られている。今は、生活のリズムが強制される時間と、放置されている時間が半々。この中で子供の習性(大人もかな^^)がダッチロールを起こしているようだ。先週だったか?百マス計算で有名な校長が、その小学校の成果を「早寝、早起き、朝御飯」と言いきっておられた。教育現場にいる私から見ると、「その通り」と思ってしまう。日本の文化に週5日制は時期尚早だったかもしれない。
Mar 13, 2006
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人の脳は、論理的に働く回路とイメージ的(感覚的)に働く回路があるようだ。囲碁も数学も基本的には論理的なんだろうが、が、、どうもスタートはそうであっても、いずれは感覚的に捨象されるのでは?と、最近思い始めている。論理的思考、言語的思考ということで左脳がクローズアップされたこともあるが、それが進化すると、そのひとの趣向のイメージに進化するのではと思うのである。私の碁は「こう打ったら、こう来て、で、こう打って…」を複合的に考える。従って途方もない時間を費やす。(ま、その費やすことに喜びを感じているのだから始末に悪い。)しかし、プロのヨミはイメージだという。ひとつの派生に黒石に白石がまとわりついて一段落の図が見えるというのだ。とても信じられない。が、が、言葉で考える私達は、経験を積み重ねる打ちに、その言葉をドンドン抽象化する。抽象とは、論理的な積み重ねによるイメージなのではないかと思うと、プロの思考も頷けないことはない。私達は、論理と感覚の間で試行錯誤しているのではないかと思うのである。で、今の教育は?これがむづかしい。(また時間があるときに続く)
Mar 12, 2006
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昨年は5月中頃で遅かったが、今年はどうだろう?春が近づいてくるとついついアイヌネギを心待ちにしてしまう。
Mar 12, 2006
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子供の身体と脳が危ないと叫ばれてから十数年が経過。食生活の変化、教育政策の変化、家庭の変化…子供達を包み込む環境が大きく崩れてきた。(つづく)
Mar 12, 2006
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学年末試験の採点4クラス分…気が重い。NHK杯を見てからボチボチ始めますか;;
Mar 12, 2006
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