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しばらく、間があきましたが、 忙中閑画のシリーズを再開します。 今日は「祈り」の章から。 「 戦争で三年中国、そのときは毎日ロウソクもなく 夜は皿に油を入れて僅かな光で生活した。 復員船上で40Wの電灯の光にどれ程驚き喜んだことか。 時折、盲い人のことをこの記憶と共に想い起し光への感謝を 忘れてはならぬと自身を戒めている。 1981.10.26 名古屋にて 甲水之 」 と書かれています。 「 茨の冠をかむせしられし イエズス 苦しみに耐えたまう 」 この画集にはイエス・キリストの姿が たくさん描かれています。これはその一枚です。 父はカトリック教徒でした。 冒頭にもあるように、中国戦線から日本に戻ってきて 長い間、脊椎カリエスという病気で入院していました。 その時、神父さんと出会い、カトリック教徒になったと聞いています。 病院では、医療の不誠実な実態を知り、病院を糾弾する闘いをしたり 短歌を書いて新聞に投稿したりしていたという話も聴きました。 父の病院嫌いは、この時の経験からなのだと思います。 薬や外科的処置には強い拒否感を持っています。 膝が痛くなっても、決して病院には行かず、朝から自転車漕ぎをして 治したと自慢げに言っていました。 65歳は過ぎていたと思います。 数年前から糖尿病になりましたが 自分でインスリン注射をしながら、バリバリ働いています。 また、この病院には特別重要なことがあります。 父親の看病に来ていた若き日の母と出会い、結婚したのです。 父と母はひとまわり以上の歳の差があります。 若き日の母は、父の勇敢な姿や知性的な面、そして優しさに 惚れ込んだのだと私は理解しています。 キリスト教の話に戻ると 私も、幼児洗礼を受け、日曜日には教会にも行っていました。 日曜学校のようなところで、お芝居をやって 私がイエスの役をさせてもらったことが印象的なできごとでした。 でも、父や母の仕事が忙しく、日曜日も書道教室があり 家族全体がだんだんと教会に行かなくなりました。 ある時、家に来てくれた神父さんが、私たちのことを 「迷える子羊たち」と言ったことをおぼろげに覚えています。 私は今でも、自分の洗礼名を忘れてしまっているので まさに、迷える子羊なのかもしれません。 教会から遠ざかり、普段、父は、 子どもたちにキリスト教や信仰のことを ほとんど話したことがなかったと思います。 ですから、私がこの画集を始めて見たとき 父にとって、イエス・キリストの存在が こんなにも大きく深いものだったのかと改めて感じました。 父は、いつもイエスと共に歩んできたのだと思いました。 「 一日の悔いを のこすなかれ」(キリストと告悔の信者)」 このような想いを胸に刻み 父は一日一日を大切に生きてきたのだと思います。 私も、「もっと、ああしておけばよかった」という 後悔をせぬよう、自分の人生を全うしたいと思っています。
2007年11月13日
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今日も「忙中閑画」の「日々有情」からご紹介します。牛の画です。「風格堂々として 沈着 荘重 而して愛すべきは 身ににじむ 野趣也り」とあります。野趣とは、「ひなびた味わい。自然のままの素朴なおもむき。田野の風趣。」(広辞苑)こんな堂々として、素朴な姿に私もなれたらなぁと感じました。 次は、ちょっと哲学的な画です。「いつか 崩れるとわかっていても 石をつみたくなるのが 人間というもの 賽の河原とはこの地球のことだろう あの遥かえの旅立ちに何かを残しておきたい… それさえも空しいことなのだろうか」この積み上げられた石と蜻蛉がなんとも言えぬわびしさを表しているように感じます。三度目の流産の後妻は、初めて「水子供養」をすることができました。それまでの妻の心情は、私には推し量ることのできない苦しみに満ちたものだったと思います。水子地蔵さんの前で、たまごボーロをお供えし天国に旅立った小さな小さな命に手を合わせると一陣の風が吹いて、風車がくるくると回りました。妻も私も自然とあふれるように涙が流れ天から、赤ちゃんになれなかった命がこれからも私たちを見守ってくれていると感じました。その時に、和尚さんがお話してくださったのが「賽の河原」のお話でした。夫婦であっても、命の喪失に対する悲しみや苦しみのありようには大きな違いがあることも実感しました。妻はからだをとおして、リアルに感じる喪失感や罪悪感、そして自責の念があったと思います。私は、その妻を支えようとする想い新しい命の誕生に飛び上がらんばかりの躍動感それが、急転直下、すべて帳消しになったような空虚さ。そして、どうしても赤ちゃんとして対面したかった小さいいのちとの別れのつらさ。そんな、お互いになかなか向き合えない悲しみを抱えながら風車の回るお地蔵様を見和尚さんのお話を聴くという共通体験をすることで私たちは、悲しみに一区切りをつけまた新たに歩み始めました。父の言葉にもあるように、この地上の世界こそが、苦しみや試練の場であり崩れると分かっている石を何度も何度も積み上げる世界なのかもしれません。人間である限り、この苦しみからは抜け出せない。だからこそ、喘ぎながらもだえながら魂の成長のプロセスを辿っていくのだと思います。そこにこそ、大きな喜びと人間賛歌があるのだと思います。こんなことを書きとめながら今日もまた、一日が過ぎていきます。
2007年11月01日
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