エナジーアート なほの日記です
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私は、夫の小林一己です。2年間入院し、闘病生活を続けてきた、私の妻の小林奈保ですが、49才の誕生日から10日後の4月9日の深夜、0時25分に心肺停止し、亡くなりました。病名は、「細菌感染による敗血症性ショック」です。妻は、1月後半から「石橋胃腸病院」に転院して透析を受けていましたが2月中旬には、全身性強皮症で、腸の蠕動がなくなり重度の便秘状態になりました。腸がほぼ閉塞寸前で、いつ腸穿孔がおこってもおかしくないぐらいになり内視鏡で腸に水を入れながら洗浄するという治療を2月の末に受けていました。それから一ヶ月強すぎても解決せずに、4月5日に二度目の腸洗浄が行われました。7日の朝型、病室の妻から「おなかが痛いから遠隔して!」という電話がかかってきて朝の8時半に病室にいくと、すでにショック症状で、血圧が測定不可能な状態、血中酸素の値が下がり、酸素吸入状態でした。10時ごろに、札幌センチュリー病院に緊急搬送されICUにはいりました。血液検査で、白血球が3万3千6百まで上昇しており炎症反応もあり、危険な状況ということでした。断食状態で、薬と栄養の点滴を続けて血圧、心拍数がほぼもどって普通に会話もできる状態で、「牛乳が飲みたい。」、「テレビが見たい。」と普通に会話ができて、家族はすこし安心していましたが8日の朝方に、再度ショック状態で、血圧が測定不能、心拍数が125まであがりほぼ言葉の聞き取れない状況に、こちらの言っていることは、判るので看護師さんの言葉には「ハイ」ということはできました。ドクターによると、腸ががほぼ機能しておらず、緊急に手術をして、大腸を全摘出して、人工肛門をつけるほかはないといわれました。月曜日までの状況で、ショックから回復できていれば、火曜日には、手術になるはずでした。午前の10時ぐらいから付き添っていて、すこしづつ、血圧が回復して上が109ぐらいになったところで面会時間の7時半が近づき、家族3人自宅に引き上げました。深夜、12時ぐらいに、突然病院から「心臓が止まったのですぐ来てください。」という電話でした。駆けつけると、ドクターが心臓マッサージをしており人工呼吸器がついていました。ドクターの説明で、40分前から心臓が止まっており回復不能ということでした。4月9日深夜0時25分、残念ながら、この時点で死亡が確定しました。死因は、、腸管から血液内に細菌が侵入し、全身に回ったことによるショック症状です。ネットで葬儀会社を検索し、白石区の斎場を確保してもらい函館から、お兄さん夫婦がかけつけて、家族5人で、簡単な葬儀を行いました。ばらばらと、お母さんの親族が駆けつけて十数人で、お別れをしました。お坊さんは呼ばず、香典もお断りして家族で、最後の夜を、斎場に一泊し今日、火葬して自宅に戻ったところです。あまりにも衝撃的で、感情がついていきません。
2016.04.10
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