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草月流のテキストブックは、4冊ありますが、この4月より新テキストブックが、登場します。今は、その新テキストブックへの移行のとき。新テキストブックのセッションに先週は、明け暮れました。今週も、セッション、がんばるぞ~。
さて、話は、大学の4年に戻ります。草月流を始めた私は、その頃、フランス語もやっていて、フランスに行ってみたいと思うようになります。そして、大学が終わる頃には、教師よりも何か違うことをやってみたいと思うようになりました。東京都の教職の試験は、受かっていたのですが、面接を受ける頃には、教育実習を受けて、学校というものが思っていた世界とあまりにも違っていて、自分が進む道は、これではないという気持ちになっていました。そこで、なにが自分がしたいのだろうと、とりあえず、お花とフランス語は続けつつ、フランスの会社でアルバイトを始めます。
そして夏休み。アテネフランセのフランスの語学研修で、フランスへ。今までやっていたフランス語が、まったく通じない。それもそのはず、南仏、しかもプロバンスですもの。あまりにも強いアクセントに、もうなすすべも無い。しかし、こうなれば、思いっきり楽しむしかないので、できるだけ旅行をする、フランス料理を食べる、おいしいワインを飲むということに徹しました。(良い子は、まねをしないようにね。)
さあそれからが大変。日本に帰ってきても、フランスのことばかり考えてしまう。フランス料理も日本で、習っていましたが、装飾、ディスプレーなどが、いけばなでできるとおもしろいだろうなあと、おもうようになったのです。猪年ですから、猪突猛進、気がつけば、パリ。
パリの話は、また後で。
南仏で出会った主人と象牙海岸のアビジャンで結婚した私を待っていたのは、外務省夫人という身分。そして、そのころは、公邸にお花を活けることは、必至。いまは、そのようなお花当番というものが、なくなったようですが、当時は、公邸にお客様がいらっしゃるときは、お花をみんなで活けていたのです。懐かしい思い出となってしまいましたが、イボワールホテルでのレセプション(キッコウマン主催だったような)でのいけばな。ここでは、剣山がなくなってしまい、びっくりしました。剣山は、珍しかったのでしょうね。この国では、蘭や、観賞用のミニパイナップルを栽培しているFermがあり、南国の花は、すごく容易にもとめられますが、バラなどは、輸入物ですから、冷蔵庫に入っていて、値段もすごく高いので、いきおい、南国の花ばかりをいけることに。マンゴーの枝を切ってもらっていけたりもしましたっけ。
さて、そんなこんなで、出産で日本に一時帰国をしている間に、主人は、ジュネーブへ移動。ここでも、お花当番があります。お花屋さんの前に集合して、みんなでお花を買い、ベルソワの公邸へ、Go! いろいろなことがありましたが、いけばなをまったくやったことの無い人が多いので、びっくりでした。自分は、きっかけがあって、当たり前のように思っていたことがそうではないということで、いろいろとつらい気持ちになったこともありました。今思うと、若かったのでしょう。今思うと、たいしたことではないにもかかわらず、当時は、かなり悩みました。
と、まあこのように、思いもしないところで、生活に密着して、?役に立ったいけばなだったわけです。
つづく。
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