イングリッシュ・コッカー、ジェフ君の毎日。

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2007年02月21日
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カテゴリ: わんこ。


目もすっかり衰えて、ほとんど見えなくなっておりました。

わんこがまだちいさいちいさい頃、ペットショップで飼い主さんに出会いました。
彼女は女の子なのに随分やんちゃで、ケージからだしてもらうとすぐ大はしゃぎで
お店中を走り回りました。
飼い主さんはそれが気に入って彼女を家へ連れて帰ることにしたのです。

ちいさなわんこは家族中の人気者になりました。
飼い主さんだって可愛い彼女がとってもご自慢で、あっちこっちへ
連れて行っては、「かわいいねえ。」の声に目を細くして喜んでいたものです。

ごはんはいつ?おトイレはどこでするの?おすわりってなに?
飼い主さんは、それはそれはたくさんのことを彼女に教えてくれました。
怒るととっても恐かったけれど、わんこは飼い主さんが大好きになりました。

「大好きなご主人。ずっとずっと一緒にいる?」
わんこはまんまるな目で、じっと飼い主さんを見上げます。
「そうよ。どこにもやらないの。ずっとずっと一緒よ。」
飼い主さんは優しい声で応えてくれました。
「おばあちゃんになっても、どんな病気になっても、あなたはうちの可愛い子。
大切な家族。ずっと一緒にいるからね。」
そんな時、わんこはとっても幸せな気持ちになったのです。

それから何年もたちました。
ちいさなわんこは大人になって、ちょっとだけ大きくなりました。
飼い主さんは忙しくなってしまったようで、もうあんまり散歩にも
連れて行ってくれなかったけれど、それでもわんこは元気いっぱい
おうちの中で遊んでおりました。

それからね、飼い主さんはとっても大切な人を見つけて花嫁さんになったのです。
飼い主さんは遠くへお引越しをすることになりました。

「このわんこはおうちへ置いて行ったらどうかな。あっちでは家賃も高いし、
犬を飼える所となると、もっともっと見つけにくくなってしまうから。」
だんなさんになった人が言いました。
そしたら、飼い主さんはそれはそれは怒ったのです。
「この子はね、私の大切な家族なの。私が責任を持って飼うって決めたわんこなの。
この子を連れて行かないんだったら、私もお嫁には行かないから!」
それでわんこも一緒にお引越しできることになりました。

遠く、知らない所へお引越ししても、わんこは平気でした。
だって大好きな飼い主さんが一緒でしたから。
でも、飼い主さんは時々寂しくなってしまうようで、そっとわんこの
体を抱いては涙をこぼすこともあったのです。
そんな時、わんこは一生懸命飼い主さんをなめてあげました。
「大丈夫。わたしがいますよ。ずっとずっと一緒にいますから。寂しくならないで。」
「ありがとうね。」
飼い主さんは笑ってくれました。
「あなたがいてくれて良かった。これからもずっと一緒ね。」

そしてね。飼い主さんに赤ちゃんが産まれたのです。
それは元気な赤ちゃんでした。
飼い主さんはもう大忙し。
夜も昼も赤ちゃんにかかりっきりになってしまいました。

ちいさなわんこは最初は我慢していたのです。
寂しくたって、お散歩に行けなくったって、大好きな飼い主さんが
一緒でしたから。
でも、赤ちゃんが大きくなって、わんこのところへ遊びに来るようになると、
わんこは怒られてばかりになりました。

「やめなさい!どうして吠えるの?」
「何をしてるの?危ないじゃないの!」
赤ちゃんはわんことぬいぐるみの区別がつかなかったのですね。
だからわんこが痛くっても、辛くってもおかまいなしに遊びたがったのです。

飼い主さんは赤ちゃんを止めてはくれませんでした。
だからわんこは自分の身を守るために赤ちゃんに「来ないで!」
と吠えるようになったのです。
でも、その度に怒られるのはわんこでした。
怒るととっても恐かった飼い主さん。わんこは毎日恐い飼い主さんを
見るようになりました。

「お金が無いのよ。」
いつの頃からか飼い主さんはそう言うようになりました。
「生活するのに精一杯。働こうにも子供がいたんじゃ無理だしね。」
目立たないように部屋のすみでそっと眠るようになったわんこの耳に
飼い主さんの声が聞こえてきます。
「いい餌をあげた方がいいことはわかってるのよ。でもそんなお金ないんだもの。
それにこの子は安い餌の方がよく食べるみたい。いつも大喜びだもの。」
自分のことを話しているのだと思ってわんこはつい顔をあげました。
「なでてくれる?遊んでくれるの?」
かけよったその時、飼い主さんの怒鳴り声が響きました。
「走らないでよ!毛が飛び散るでしょう!あんた今、換毛期なんだからね!」

この頃からわんこの目は白くなってきました。
目に膜がかかったようになり、遠くから見てもわんこの目が真っ白になって
いるのがわかるようになりました。
「もう年だからね。おばあちゃんになったのね。」
飼い主さんが言いました。
わんこはよく見えなくなった目で、あちこち探りながら歩くようになりました。

飼い主さんはよくお出かけをします。
買い物、子供の保育園、お友達と遊びに、だんなさんと、みんながお休みの
日には家族そろって、一日のうちに何度もお出かけをすることだってあります。
わんこはいつもお留守番でした。
「どこ行くの?連れてって。連れてって。」
わんこは一生懸命お願いします。
「もう・・しょうがないんだから。・・・・ほら!」
そんな時、飼い主さんは握っていたチーズやジャーキーを部屋の向こうへ
放り投げるのです。
「・・・あ!」
大好物を追いかけて、たくさんちらばっているおやつを一生懸命拾って食べている
うちに飼い主さんはいなくなってしまいます。
「・・・・・・」
気がつくとわんこはいつもひとりぼっちでした。

ある日ね、飼い主さんがお出かけから帰って来た時、わんこは部屋の中でおしっこを
していたのです。
「・・・この・・・!!」
飼い主さんは怒りました。
でもわんこはやめませんでした。
何度も何度もおしっこをもらしてしまいました。

「あんたはこっち。」
何度もおしっこをするわんこに耐えかねて、飼い主さんはわんこを
玄関に閉じ込めてしまいました。
おしっこをしてもいいように、シートを敷きつめて。
「入れて。」
わんこは何度もお願いしましたが、リビングの扉は開けてもらえませんでした。
その日からわんこはリビングの扉の前で、家族の声を聞きながら眠るようになりました。
扉の向こうには家族がいます。

「遊んで。遊んで。」
時々わんこは扉の向こうからお願いしてみます。
でも・・・。
「うるさい!どうしてそんなに吠えるの!」
飼い主さんは怒るばかりでした。

「この方がいいみたい。あの子も落ち着いているみたいよ。」
飼い主さんの声が聞こえます。
毎日もらうたくさんのおやつのおかげですっかり太ってしまったわんこは、
その声を聞きながら眠っています。
あんまりおしっこを失敗してしまうのでおむつをするようになりました。
「もう年なのね。歩いてもすぐ疲れるし、おしっこもすぐ失敗しちゃうの。」
飼い主さんの声。優しい声。わんこはそれを聞くのが大好きです。
もうほとんど目は見えなくなってしまったけれど、夢ならちゃんと見られます。
わんこはよく眠りながら走っていました。
ずっとずっと前、飼い主さんと一緒にお出かけした公園で走って走って、
誰よりもたくさん走ったことがあったっけ。
そんな夢でも見ているのでしょうか。わんこの前足は一生懸命空を走っています。

この時、誰も気がつかなかったけれど、わんこの体の中には悪い悪い細胞が
どんどん数を増やしていたのです。
それは体のあちこちに転移し、そして脾臓という臓器をソフトボールくらいに
大きく膨らませていたのです。
わんこは知っていたかも知れません。自分の体の仲に悪いものが増えているって。
でも、飼い主さんにどうやって伝えましょうか。
獣医さん?獣医さんにはもう何年も何年も行っていません。
もし一度でも獣医さんへ行っていれば気がついてもらえたのかも知れませんが。
だってびっくりするほど太っていたのですから。
そしたら、悪い細胞にも気がついてもらえたかもしれませんものね。
でも、現実にはわんこは誰にも気づいてもらえず、体はどんどん弱っていったのです。


それから・・・。
目が見えなくなっていたわんこは、ある晩、玄関からコンクリートの上へ
落ちてしまいました。
そして悪いことにコンクリートへ叩きつけられた時、膨れ上がった脾臓は
その体の重さに耐え切れず大きく裂けてしまったのです。
わんこはうずくまりました。裂けた脾臓からは出血が始まりました。
外にではありません。体の中に出血していたのです。
「あら・・腰を痛めたのかしら。腰を痛めやすい犬種だもの。それにもう年だしね。」
飼い主さんはそう言っていつものようにわんこを玄関へ閉じ込め、眠ってしまったのです。

わんこの出血は止まりませんでした。それはどんどんどんどん流れ出し、
体の中へ溜まっていきました。
一晩の間に、わんこの血はほとんど体内へ流れ出してしまいました。
そして朝、飼い主さんが起きて来た時には、もうわんこは立てなくなっていたのです。
体はすっかり弱り果て、いつもはピンク色をしていたかわいい舌も血がなくなって
しまったために真っ白になっていました。

飼い主さんはようやく獣医さんへ連れて行ってくれたのです。
「余命三ヶ月ですね。」
獣医さんは言いました。
「体中に腫瘍が転移しています。それに、検査の結果重度の糖尿病になっています。
今までの間にもいつ死んでしまってもおかしくなかったのですよ。腫瘍と糖尿、どちら
であっても命取りであることには間違いありません。目が見えなくなったのも
糖尿のせいですよ。」
獣医さんは言います。
「運動不足、ストレス、過度のカロリー摂取、腫瘍も糖尿も随分長いこと放ってあったのですね。
それから体内への大出血。まずこれから治療を始めなくては。まずこの子を楽にして
あげることが大切です。」

わんこは眠っています。
「まず手術をして裂けた内臓を閉じましょう。そしてそれからです。目が覚めるかどうか・・。
もし目を覚ましてくれたら、インシュリンの治療をして、なにもかもうまくいって余命は
三ヶ月ですよ。大事にしてあげてください。」

わんこは眠っています。
「そうなの。余命三ヶ月ですって・・。でも大事な家族だもの。最後まで面倒を
みるわ。ずっとずっと一緒だって約束したものね。かけがえのない家族だもの。
最後まで面倒をみるわ。お金の問題じゃないの。」
飼い主さんが誰かに電話をしている声が聞こえてきます。
飼い主さんはわんこが大好き。
「愛犬家なんですね。」
と言ってもらえることがいつも何よりのご自慢です。
「そうなのよ。あれもこれもしてやればよかったなんて思うけれど、今になって
そんなことを言っても仕方ないもの。これから大事にしてあげることを考えた方が
いいものね。」
優しい優しい飼い主さんの声。大好きな飼い主さんの大好きな声です。

わんこは夢を見ています。
「そうなの。帰って来てくれたら、最後は幸せに送ってやりたいと思うの。
でも私たちのそばにいるのが一番幸せな子だもの。きっと帰って来てくれるわ。
何よりも私のそばにいるのが一番幸せな子だもの。私のそばで逝くのがあの子に
とって一番幸せだと思うの。」

わんこの夢はどんな夢でしょう。優しい飼い主さんのそばで幸せに眠っている
夢でしょうか。飼い主さんは昔のように優しく笑ってくれるでしょうか。
わんこは夢を見続けます。

わんこは眠っています。






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最終更新日  2007年02月21日 21時20分11秒
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