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久々の日記UP. 今日は息子の学校生活について少し。。。フランスでは3歳から幼稚園のようなところに3年間通う。息子は9月から日本で言う年中さんに進級。公立だから、授業料なんてない。親の負担は学校ででるおやつ代や、寄付金のみ。 学校は朝午前の部が、8時30から11時30まで。親は一度子どもを迎えにいき、自宅で御飯を食べさせる。そして午後1時30分に子どもを学校に送り、4時30分に迎えにいく。 これがなかなか面倒で、、 あたしは幸いにも学校から歩いて4分のところに住んでいるし、仕事もしていないので迎えにいくが、 仕事をしてるお母さんや、遠くに住んでいるお母さんは送り迎えが大変なのである。。。 話はタイトルからそれてしまったが、、息子はとても恥ずかしがりや。自分から友達を作るのがどうも苦手らしい。進級してから、以前の同じクラスでのたった一人の友達とクラス替えで別れてしまい、初めての新しいクラスでは泣いてしまった。 次の日も学校で、別れ際に泣いてあたしから離れようとしなかった。しかし数日もすると、学校に送りに行くと、園庭で息子を待っている一人の女の子が。そのこ名前は‘オンブル‘ちゃん。以前同じクラスだった女の子。 学校で出されるおやつをいつも食べない息子を先生は不思議がった。(朝ごはんいっぱい食べたらお腹いっぱいで入らないんだけど、普通。。。)もう一人おやつを食べない子がオンブルちゃんだった。名前は知っていたが、一度も一緒には遊んでいなかった。どうやら、オンブルちゃんが息子に急接近したらしい。オンブルちゃんは息子よりも頭二つ分ぐらい小さい、巻き毛の可愛い女の子。 息子を見つけると「りよ~~ま~~」と息子の名を呼んで走ってくる。 そしてがしっと抱きつくのだが、また、その姿がかわいくて・・・そして息子は「まま、もういいから。あっち行って。帰ってね・」 と言うのだ。どうやら、あたしにオンブルちゃんと一緒にいるのをみられるのが恥ずかしいらしい。帰るフリをしてそっと振り返ってみると、二人で仲良く手を繋いで、遊んでいる。学校に行きたくないといっていた息子も、オンブルちゃんのおかげで、学校に行くのが楽しくなった。ありがたや オンブルちゃん。息子はもうすぐ5歳。しかし、こんなに早くから、女の子と一緒にいるのを親に見られたくない年になったのかしら???
2004年09月29日
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昨日の日記に犯罪証明書のことについてチラッと書いたが、移民申請の書類と一緒に提出する出生証明書や、犯罪証明書は証明書発行日から3ヶ月以内のものと書かれていた。今年の6月に、戸籍抄本を取り寄せ、犯罪証明書は去年の末に日本に行って取ってきたものを使えばいいやと思っていた矢先に、期間限定付きとは…早速今日パリの大使館に手続きをお願いするためにTELした。書類が届くまでに2.3ヶ月ほどかかると言われショックを受ける。 おまけに{ニュージーランドの犯罪証明書にはNZ在住の人のサインがいるので誰かに連絡を取っておこう、}とどこかのHPで見たので、これは手間がかかるので他に方法がないか直接聞いてみようと思い、ニュージーランドの司法省(というのかな)にまで電話をした。 「フランスに住んでいる日本人だが、証明書申請の、身元確認をしてくれる人が見つからないのでどうしたらいいか」と聞いてみたら、 電話の向こうで『ちょっとお、この人ったら、何年も生きていて、誰も自分の事を知ってる人がいないって言ってるわよお~~。キャハハハ!!」と大声で同僚と笑っている声が聞こえて、むっとした。。。「日本人かフランス人であなたを知ってる人はいないの?」と聞くので、 「ニュージーランド在住の知り合いがいないので困っているのだ。」と言うと、担当者はあきれた、、という口調で、「あなたを知ってる人なら誰だっていいのよ、日本人でもフランス人でも。じゃあね」 といってTELをきろうとするので、「NZに住んでいる人じゃなくてもいいのか?」 ともう一度確認すると、「そうよ、じゃ、ガチャン」 と切れた。書類にはあたしの身元を確認してくれる人の氏名、住所、日中の電話番号、家の電話番号、そしてサインをする欄があるので、これはNZ滞在中の人であたしの身元を確認できる人という意味だと思っていたが、どこの国の人でもいいなんて、、ああ、よかった。 でもNZのビジネスアワーは11時間の時差のあるこちらでは真夜中になる。そんな時間に電話されてもいいだろうか? おまけにあたしの知人は英語が話せない人がほとんどだ。。時間がかかるが日本人の英語が話せる友人に頼んだほうがよさそうだ。。。 それにしても、あたしの勘違いのせいでもあるが、、電話でバカにされた態度を取られたのにはかなりむっときた。 NZの人達はフレンドリーだと言うイメージがあったが、やはり役所はどこも一緒か、、、 というかあたしがそんなにバカな質問をしたのだろうか? まあ、終ったことだから忘れることによう。。。それよりも書類集め、書類集め…
2004年09月14日
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後日報告になりますが、先週パリまでケベック州移民委員会の主催する講習会に行ってきました。 パリまでは旦那のバイクでフランスに来てはじめての遠乗り。 といってもパリまでの距離はおよそ250キロ。 2時間半ほどの時間を見ていたのですが、2時間で着いた。ちょっと甘く見ていた。 あまりの風圧のために飛ばされないようにつかまり、視界はほとんどさえぎられ、あんまり楽しめないドライブ。 高速にのって160キロで走っていた旦那。。。あたしは日本にいた時、車ででさえ、130キロ以上出したことないのに、後で聞いて怖くなった。 ま、そんなこんなでパリ市内に着いた。フランスにいながら、パリ市内に行くのは空港を利用する時だけ。 バイクの後ろからパリの町並みを、あっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろ。 ケベック州の移民局は8区にあった。 講習会の15分前に着いた。もうすでに何十人かの人達が待っていた。 およそ30人くらいの人達が集まり、会議室のようなところに集まった。1時間ほどの講習の間、ケベック州のこと、移民ビザの取り方、移民後の生活のこと、などを説明された。ケベック州から移民の承諾をもらったが、ビザはカナダからの発行によるために今度はカナダに移民申請書を出す。カナダからビザが届いたら正式に移民が決定する。 と言う運びらしい。 今度はカナダからの移民審査の結果待ち。まだまだ移民への道は遠いのであった。今回の申請書に伴う追加書類は、過去10年間住んだことのある国の犯罪証明書。 日本、ニュージーランド、ニューカレドニア、フランスと計4通の犯罪証明を取らないといけないのだが、ニュージーランドの犯罪証明があたしにとっては悩みの種。 べつに犯罪を犯したわけではないが、、この国の申請書にだけは、ニュージーランド在住であたしの身元を確認してくれる人のサインがいるのである。 7年前に去った国。友達はみな住所が変わったり、メルアドも変わったりと音信普通ばかり。 早速わかっている数人にメールや手紙を出してみたが、返事がくるかどうか。。。 まさかこんなところでつまずくなんて。
2004年09月13日
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今週末は地元のマニクールサーキットで「ボルドアー」(英語にすると、ゴールデンカップか?) バイクの24時間レースが開催された。 バイクキチガイの旦那は観戦したがっていたが、次に開催されるMOTO GP の方に行きたいから今回はやめにする。 とあきらめていたところ、昨日突然、下の階にすむ若い夫婦が、「会社でただのチケットをもらったから譲ってあげるよ、」と2枚くれたのだ。 早速お昼から出かけていった。 あたしはそれほど興味があるわけでもなかったが、地元でおこなわれたF1グランプリが見れなかったのでただなら見ておこう、と言う軽い気持ちで出かけた。 旦那の影響でMOTO GPなどはチラッと見ていたので日本人レーサーの ARAI、DAIJIRO, UKAWA などの名前と顔は一致できるぐらいにはなっていたが、このレースに出てくるレーサー達はあまりメジャーで無いらしいので、もちろん、彼らも来ない。 レース会場にはたくさんのバイカーたちがテントを張って観戦している。旦那が「このレースの見せ場はスタート場面。このレースだけはスタートと同時にライダーが自分のバイクまで走っていってそこからスタートするんだ。」 と言うだけあってスタート時の瞬間はすごい熱気だった。しかしスタートしてしまったら、24時間レースは続くのみなので、後の観客はまばらになった・・・ そんなもんかいな?その後会場をウロウロ見学した。べつに見所も無いので今夜また来よう。 と言うことでサーキットを去った。帰りのバイクの家の近くまで来た時、ふとジャケットの内ポケットを探ると、、、 無い、ない、ナイ~~~~!!!!チケットと、駐車場のチケット、そして大事なあたしの車の免許証!!!! 旦那に言うと、彼は怒り心頭、「駐車場のちけっとがないだとお!今夜どこにバイクおくねん!おまけに運転しないお前が何で免許書もってきたんだ」そんなこといっても免許書はあたしのIDカードでもある。道にはポリスがうじゃうじゃいるから止められて、IDカードの提示を求められた場合に、持ってろといったのはあんたでしょ、 と喧嘩をしても始まらないのでもと来た道を戻ってもらったが、時速100キロ近くで走っていたので、軽いチケットなんか飛んでいったに違いない。 2度往復したが、道にぽとっと落ちていた、なんてことはありえない。途中で雨が降ってきた。 結局あきらめて家に帰る。 チケットのほうはあきらめるとして、でも免許証の再発行はできない。 と言うのはフランスに来てから免許の書き換えをしていないから。 あたしはニューカレドニアの免許証を持っていたが、それはフランスでは有効な免許証だとこちらで言われたのでそのままにしていたのだ。 しかしフランスでは再発行はできない。 こうなったら、日本の免許証を差し出してフランスのものに書き換えるしかない。 幸い、フランスに越してきて1年の間は外国の免許証をフランスのものに書き換えることができるので、とりあえず役所に行って確認するつもりである。 書き換えといっても免許の翻訳やらなんやらでまた出費が出てしまうのが悩みの種・おまけにこちら免許の書き換えの時に日本の免許を没収されてしまうので、せっかくのゴールド免許が。。。ジャケットのポケットに入れてそのままジャケットを閉めずに風になびかせてしまったのが運の尽き。 旦那には「お前の脳みそは塩水か」 とまで言われてしまったが、実はあたしは行きも同じようにジャケットを風になびかせてサーキットまで行ったのだ。 おまけにそのときには二人分のチケットがあたしの内ポケットに入っていたのであった・・・
2004年09月12日
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