Locker's Style

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2008年07月29日
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カテゴリ: 【異国日記】
ゴールドコーストハイウェイの公衆電話から、ワーホリ協会に電話した。

女性スタッフは驚いたような声で答えた。「そうなんですか!?ハワードさんは、確かにフレンドリーな好青年でしたよ。でもちょっと気になりますね。こちらからも今すぐ連絡してみます」
私はもうそのフラットは辞めたいと告げた。女性スタッフはとにかくもう一度本人とあう機会を持てるようにするから待ってほしいと懸命に言うので、私はしぶしぶ了解した。
ビーチ沿いを南北に走るエスプラネードをサーファースまで歩いて戻り、目抜き通りであるカヴィルアベニューにたどり着く。土産屋のあるオーキットアヴェニューは背中を丸めてこそこそと早足でやり過ごし、バス停からブロードビーチ行きのバスに乗った。
日本と変わらない空をバスの窓から眺めていると、自分が今から両親のいる自宅に向かうバスに乗っているような錯覚に陥った。「おやじ、仕事やめてきちゃったよ」「次のフラットが決まるまで、少しだけ実家にいさせてくれよ」その実家は数千キロ北の別半球にある。
 コンラッドカジノ、パシフィックフェアーを通り過ぎると、ゴールドコーストハイウェイは途端にぎわいを失う。ひっそりとしているマーメイドビーチのバス停で降りると、誰もいない公園を横切ってヘッジスアヴェニューへ出た。ゴードンの白いフラットが見えてくる。抜け出すどころか、ここに根付くことになるのだろうか。そんないたたまれない気持ちが、昼間の出来事にさらに追い討ちをかけてきた。
 ドアを開けると、ゴードンがいつもの陰鬱な顔でテレビを見ていた。視線をテレビに注いだまま言う。
「フラットは決まったのかい?」

「それがひどいんだ。言われた時間に行ってみたら、誰もいない。おまけけに刺青だらけの男がうろついてるようなところだったよ。あれは無理だ」
ゴードンは途端にソファーから起き上がり、両腕を大きく広げて「ほら、私もそう思ったんだ!」と言った。「サーファーズのフラットには、ドラックをやって頭のおかしい若者がたくさんいる。きっとそういう連中は、日本人を良いカモだと思って狙うのさ」
私はゴードンの言葉に納得した。あの刺青男の姿がありありと思い出される。
「欧米人は日本人より刺青に抵抗がないようだけど、普通の人でも刺青っていれる?」
ゴードンはとんでもない、というように首を大きく横にふった。
「オーストラリアでも、まともな人間は入れたりしないよ。スーツを着なければならないような仕事に就いている人は、絶対にないね。よく、フラット全体がドラック漬けになっているようなところがあるんだ。きっとそんなところだよ。君の協会の人も、表向きのフレンドリーさにだまされたんだな」
私はゴードンの言っていることにまったく疑問を持たなかった。さて、問題はまたここに住み続けるか否かということになるのだが……
「そういうわけなので、またしばらくここにいさせて欲しいんだけど」
「もちろんいいに決まってるじゃないか!いたいだけいてもいいよ!仕事のことなら、そう、自転車を買えば良い。君のように若くて健康なら、サーファーズまでこいでいくことなんてなんでもないだろ」
 私は仕事を辞めたことは言わないことにした。見限ろうとしていた相手に、これ以上同情してもらえば、むしろ罪悪感さえ感じるだろうと思えたからだ。
オーストラリアのフラットは、ガレージが半地下になっていて、その高さの分だけ1階が持ち上げられ、泥棒避けになっているところが多い。このフラットもそうだから、ゴードンの部屋は実際には3階ほどの高さがあった。外からは見上げるほど高い椰子の木の葉が、風が吹くたび、窓にそっと押し付けられてカサカサ音を立てる。案外、ここも住み続ければ良い部屋なのかもしれない。無理やりそう思おうとしていた。

 ゴードンが受話器から顔を離し、マイク部分を手でふさいだ。「例のハワードからだ。君と話させろと言っている。どうする?」
私はゴードンにすがるように言った。「お願いだから、断ってくれない?」
ゴードンはうなづいてから、受話器を耳に押し当てて、なにやら早口の英語でまくし立てていた。すぐに電話は切られるだろうと思っていた予想に反して、ゴードンはしばらく話し続けている。それどころか、次第に口調が穏やかになってきて、むしろ相手に説得されているような雰囲気が伝わってくる。最後の方では友人と話すように笑いさえ浮かべ始めた。
 ゴードンが再び受話器から顔を離した。今度はマイクをふさいでいない。「とにかく彼は君と話しがしたいそうだ。今からすぐにここへ来ると言っている」
私は仰天した。ドラックディーラーに拉致される……逃げてもムダさ、どこへ行っても必ず見つけ出す。そんな考えが頭をよぎる。

ゴードンがぼそりと言った。私は狐につままれたような気分になった。






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最終更新日  2008年07月29日 17時35分51秒
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