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今日は”ハイラル~~ラサ・・・気まぐれ旅日記・・・(^@^)です。今日から内モンゴル日記・・・・・(^@^)7月1日午後会社に別れを告げ北京へ向かった北京駅に着き列車のチケットを求めに売り場へ入ると・・・40ほど有る窓口すべてがなんと・・・長蛇の列・・・・取敢えず、夜の銀川行きを尋ねると「没有・・・」では、と・・・ハイラル行きは・・・「没有・・・」と、これも無い・・・じゃ・・加格達奇・・・は「没有・・・ハイラル方向へは ハルビン経由で大慶までしかない 他は何処も無いよ・・・」「じゃ、仕方がないね。大慶1枚」と言うことで・・・・何の因果か・・・ハルビン経由で取敢えず大慶を目指したしかし・・・列車のプレートを見ると終着はチチハル・・・・・大慶からは3時間ほどの距離である。延長が出来るかどうか車掌に訊いてみた。すると簡単に「OK」なぜ、北京ではそれ以後のチケットが無かったのか・・・理由は解らなかったが・・・・・取敢えずチチハルまでは列車の旅である。夜汽車に酒はつき物・・・・隣の席のオッちゃんと意気投合した結果・・・・白酒2本とビール10本が知らぬ間に空いていた(~‘~)この頃はまだ絶好調である(^@^)このオッちゃんとはハルビンで別れたが別れ際・・・「北京に帰ったら是非電話をくれ 飲み直ししようぜ」「OK。電話するよ・・・」しかし・・・時間の余裕が無く今回は連絡しなかったが・・・・次回は必ず飲み直しである(^@^)チチハルからハイラルは列車の待ち時間が長すぎ結局バス移動した。しかし4時間ほどの距離である左程苦にはならない昨年10月にも利用したこのバス高速道路利用で旅は快適である。しかし、今回こちらへあがって来たのはハイラルに特別興味が有った訳ではない実は長年の懸案だったノモンハン訪問が、今回の最大のイベントである。旅に出たときはチベットに行けるとは思っても居なかったため銀川から北を目指すか根河から銀川を目指すか決めあぐねていた。しかし、チケットが無く結果的にハイラルを旅の始めの地としたが・・・ノモンハン行きにはこのルートが一番いいようだ。ハイラルに入りまず宿を・・・と先回泊まった民航のホテルに行ったがなんと全面改修中で当てが外れた。あちこち探すのも面倒と近場のホリデーインに投宿した建値850元を580元まで下げてくれたがそれでもいい値段である100元前後の部屋に慣れている身にはかなり贅沢であるが朝食付きなのは有りがたい。(^@^)翌日レストランに行くとナニヤラ日本語が聞こえてくる声の方角を確認すると高齢の日本人団体客である昨晩入ったらしいがおそらく嘗ての開拓民か・・・日本兵、もしくは関係者・・・こういうときにこちらから声をかけるのはあまり好きではない。よって早々に食事を済ませ早めのチェックアウトをしバス駅へ向かった。この続きはまた明日「張 学友」「祝福」http://sing.9kf.net/162831.htmこちらは張 国栄(レスリー・チャン)の95年の映画「夜半歌声」甘く切ない主題曲。是非こちらでお試しをhttp://www.maop.cn/p/2/31557/http://vvya.com/play_list/46594.htmhttp://www.xxby.com/music/list/1333.htm無料のインターネットテレビGYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。
2008年07月31日
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今日は”ハイラル~~ラサ・・・気まぐれ旅日記・・・(^@^)です。書き出しは旅の終わりのラサから・・・(6)もう一度・・さよなラサ・・・・・・(^@^)写真はココシリから・・・「硬座」に乗ったお陰で差額の400元が浮き少しリッチに手元残800元(~‘~)北京西から北京駅まで移動後天津行きのチケットを手配空き時間の1時間・・・120元/4Hを100元に値切って駅前旅館で「鐘点房」(^@^)48時間の車中で滲み出た油と垢を落としてちと一休み・・・・11時15発天津行き・・・天津到着は12時半車を拾い、行きつけだった「旬彩」へなじみの子達が笑顔で迎えてくれるオーダーは・・・毎度おなじみ「秋刀魚定食」若い子が焼いたらしいがマア・・・・美味い(^@^)ビールも2本空けるとさすがに眠気が差し始めたとこれはヤバイ・・・・「日本に帰らないで」の言葉に後ろ髪を引かれながらも・・・「また来るよ」と暇を告げた(~‘~)中山門までタクシーで移動し軽軌道で塘古へ移動したが居眠りをして乗り過ごし塘古から2駅先の終点まで行ってしまった改札を出ると何も無い・・・・全くの新開地である再度駅に入り警備にあたっていた警察官に「船に乗るのは何処が便利・・」と聞いてみた「塘古が一番いいですね」「ちょっと尋ねるけど、 船に乗るのに便利で 安くていいホテルない・・・」「有りますよ。紹介しましょうか 合昌賓館がいいでしょう 130元位ですが・・・・」「そりゃいい・・・ありがとう」と折り返しの列車に乗った。このときは非常に気分よく列車に乗ったのだが塘古に着き、降りようとすると出入り口一杯に横並びで乗り込んでくる中国人たった一人が降りようとしているのに降りさせてくれず踏み出した足を後戻りさせられたそのもみ合いの際ツッカケがフォームと列車の隙間から線路上へ落ちた。キレタ・・・目の前にいる駅員に「お前の仕事は何だ 客を並ばせるのもおまえの仕事だろ こんな馬鹿な客を教育するのも おまえの仕事だろ。さっさと拾え 没文化・・・二百五十」ココまで言われてもこの駅員ただ黙って、代わりの子を呼び「すぐ手配します」なんだか拍子抜けである。(^@^)しかし、この国で公共の場で礼節を説いても無駄とは心得ていてもさすがに、この・・程度の低さには毎度辟易する。ホテルは格安・・・GOO客も品格安・・・NGホテルロビーでワーワーぎゃーぎゃーまアこれが中国である翌日、予約もしていなかったので早めに乗り場へ行くとすでに30人ほどがチェックイン待ちである。私の4人ほど前に並んでいる手続きをしている二人の白人がなにやら視線を送ってくるが・・・(^@^)私にはその趣味は無く(^@^)無視しているとそこそこの歳のオッちゃんが若い子を残し向こうから近づいてきた。話を聞くと追加の燃料代200元については理解できたようだがさらに32元のチケットを買うことの意味が理解できないと言う係りのオッちゃんに聞くと単純に乗船費用には搭乗手続き費用が含まれていないということだった・・・・その旨通訳すると「ボーディングフィー」・・・と意味が通じたしかし・・・単語が出てこない出てくるのは中国語・・・相槌も・・・トイトイ・・・頭が「中国」している通訳したお陰がどうか6人部屋1人利用の希望がすんなり通った(^@^)そんなこんなで乗り込んだ船は4年前とスタッフが総換わりおまけに客室乗務員の女の子同士がフロントで大喧嘩を始める始末延々と続く喧嘩に号を煮やしビールを買いに降りた序でにカウンターを叩き「いい加減にしろ。馬鹿たれ 客の前で職員が喧嘩とは どういう了見だ。お前ら首だ」その一言でまもなく収束したが・・・・なんとも下賎である。食堂は馬鹿高く、まずい。自販機はほとんど故障三菱はナニを見てるんだろうねぇ・・・客商売がわかっていないまぁ・・・平気で客を欺く会社ナニをやらせてもその程度なのだろう(^@^)これが三菱。これぞ三菱。(^@^)現代中国と同類項であるさて・・・さて・・・これでラサ・・・天津は取敢えず終わり・・・(^@^)明日からは旅の始まりに帰ろうか・・・ではでは写真はココシリの中から・・・・この続きはまた明日「張 学友」「祝福」http://sing.9kf.net/162831.htmこちらは張 国栄(レスリー・チャン)の95年の映画「夜半歌声」甘く切ない主題曲。是非こちらでお試しをhttp://www.maop.cn/p/2/31557/http://vvya.com/play_list/46594.htmhttp://www.xxby.com/music/list/1333.htm無料のインターネットテレビGYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。
2008年07月30日
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今日は”ハイラル~~ラサ・・・気まぐれ旅日記・・・(^@^)です。書き出しは旅の終わりのラサから・・・(5)真夜中散歩でさよなラサ・・・(^@^)午後の散歩の終わりに見つけた建築中の建物背筋がこれだけ・・・・・潰れるのは当然8時過ぎになって食事を済ませようとホテル近くの食堂へ出向いた他の客は無く私一人メニューを見ると各種のチャーハンを見つけたで・・・魚香肉糸チャーハンどんぶり一杯はさすがに量が多すぎたこの食堂のおばちゃん・・・かなり綺麗な普通語を話す訊いてみると・・・なんと長春育ち・・・・縁あって成都出身の主人と一緒になり主人の早期退職を契機に昨年ラサにやって来たという。序でに厚かましく・・・(^@^)3月のことを訊いてみると・・・(~‘~)はっきりとした原因は判らないがもう落ち着くだろうと楽観視していた「国慶節以後変化が有りそうだという 意見もあるがどう思う・・・」と訊くと噂が出ると警備がもっと厳しくなるだろうから多分何も起こらないだろうと言っていたが・・・さてさて・・・・・8月8日8時8分8秒・・・・(^@^)何か起きるか・・・・(^@^)次は10月7日・・・10月16日・・・・戒厳下のラサで聞いた話である(~‘~)さてさて、午後9時過ぎに山陰に隠れた太陽は10時前になって、やっと闇を落としたポタラ宮の夜景を撮影した後林廊路界隈をぶらつこうと出かけたがなんと兵士が交差点ごとに盾をもって立っている・・・・夜間の警備は昼間より一層強化されている大通り以外、街灯は多くない暗闇の中に見える明かりは警備用の明かりと言っても過言ではないようだあまりのツマラナサに真夜中散歩でさよなラサ・・・(^@^)と気分を害して早々にホテルへ帰った翌朝、早めに駅へ出向き駅前広場の横で手荷物と身分証明のチェックを受け早々に車上の人となった地獄の48時間の始まりである周りの景色を楽しめるのがせめてもの救いか・・・・では車窓の景色を青海湖駅前で夜明けであるこの辺りから山が変わってきたこの続きはまた明日「張 学友」「祝福」http://sing.9kf.net/162831.htmこちらは張 国栄(レスリー・チャン)の95年の映画「夜半歌声」甘く切ない主題曲。是非こちらでお試しをhttp://www.maop.cn/p/2/31557/http://vvya.com/play_list/46594.htmhttp://www.xxby.com/music/list/1333.htm無料のインターネットテレビGYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。
2008年07月29日
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今日は”ハイラル~~ラサ・・・気まぐれ旅日記・・・(^@^)です。書き出しは旅の終わりのラサから・・・(4)西蔵博物館から循環バスで市内観光・・・(^@^)オープンカフェでビールを軽くあけて一休みまもなく昼の散歩へ出かけた午前中は東方向だったので午後からはまず西方向へ向かった最初の関はオープンカフェから300mほどの西蔵博物館・・・でも今日はあまり文章にせず写真で今のラサをごらん頂こうと思うラサ飯店では日本の団体を迎える垂れ幕が懸かっていた売り子のおばちゃんたちは気のいい明るい人たちばっかり湿地に行くと門が硬く閉ざされていたしばらくは開園しないとのことトイレの番をしている子がそう言って退屈そうにあくびをしたで・・・・誰が住む・・・ここに住む奴が火種を起こしているのだろうに・・・・・太陽島1周新開地には興味は無いが・・・・まぁ現在のラサ・・・・河の風景をご覧くださいPC関係の店が軒を連ねている島を出て再度町の中心部へチョモランマの文字を初めて見た風任さん・・・・チャリで走ったのはこの横丁辺りでしょうかココはポタラの東側の通りです再び林廊路かわいいこのときの私ですコーヒーはさすがにのみ応えがありました1時間ほどのんびりと過ごしましたその間・・・客はイタリア人のカップルが1組北京路の一角なかなかの美形である最初は恥ずかしがっていたがきちっと合わせてみてくれた最後に店の人全員に丁寧にお礼をいうと笑顔で送り出してくれた再びポタラ宮・・・これで一度ホテルに帰り隣の店で食事をしたが魚香肉糸チャーハン・・・・12元・・・・食べきれなかったこの続きはまた明日「張 学友」「祝福」http://sing.9kf.net/162831.htmこちらは張 国栄(レスリー・チャン)の95年の映画「夜半歌声」甘く切ない主題曲。是非こちらでお試しをhttp://www.maop.cn/p/2/31557/http://vvya.com/play_list/46594.htmhttp://www.xxby.com/music/list/1333.htm無料のインターネットテレビGYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。
2008年07月28日
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今日は”ハイラル~~ラサ・・・気まぐれ旅日記・・・(^@^)です。書き出しは旅の終わりのラサから・・・(3)朝陽ホテル から 大昭寺7月16日の雪であるでも・・・緑もあるラサ駅のプラットホーム・・・「20時14分 晩点」と有るが「晩点」は遅れているの意味実際の到着時間は8時40分ごろだったさて、帰国に辺り今回は極力AIRは使いたくなかったが週1便の船に乗るには翌日のチケットで北京まで帰っておく必要があったこれを逃すとさらに1W滞在する必要がある。しかし手持ちに、あと1Wの余裕は無かった実際、天津で船に乗ったとき残金は僅か255元だったと言うわけで、慌しい滞在だったが「硬座」48時間ながら北京までのチケットを手に入れ何とか、帰国の船に間に合うような段取りが出来た。ラサの駅前でタクシーに乗り少々気を使いながら運転手に3月の状況を聞いてみた「師夫、君はラサの人かい・・・」「この土地の人間に見えるかい 河南鄭州さ・・・」「3月のことをどう思う」「よく判らないけれど・・・・ 俺たちは中国のひとつの自治区だと 思ってるよ・・・」「そうだよな・・・ でなきゃ鄭州から来ないよな・・・ ところで、その頃一番酷かったのはどこ・・・」「朝陽ホテルの周辺だよ」「今でもまだ工事中さ」「じゃその辺りへ行ってよ・・」「その辺から大昭寺辺りが 一番にぎやかだったよ(~‘~)」と言うわけで工事中のホテルのまん前で・・・車を止めてもらった(^@^)左のネットがかかっているのがそのホテル中をのぞいてみると・・・ほとんど改築状態であるこの写真の右手交差点角にある貴金属屋の店前の金の柱は投石の痕なのだろう表面がでこぼこである隣の店はシャッターの格納部がめくれたままであるさてさて、朝陽飯店からポタラ宮と反対方向に歩くと林廊路であるこの入り口では軍隊が警備をしていた気にも止めず写真を撮ったら若い兵士がやってきて丁寧な口調で「老師夫・・・すみませんが ちょっと見せて貰えませんか・・・」あまりの言葉のやわらかさにちょっと驚いたが・・・スナップを見せると「私たちが写っているのは消してください」「何でだよ・・・」「上部機関からそういう指示が出ています」「でも君たちの顔はわからないだろ」「でも兵士の姿が写ってますから・・・」「じゃ君たちの姿が無ければいいのか」「そうです」「判った。判った。じゃ消すよ」と言って取り直したのが下の写真である撮影位置の10mほど後ろ、通りの入り口に6名の兵士がそれぞれの方向を確認している下の写真の雑貨屋の手前にあったホテルの料金ですかなり安いですが・・・・・通りの雑貨屋でむずがる弟をあやしていたお兄ちゃんの姿があった写真を撮っていると屋台の中にいたお母さんのところへしつこく泣いていたがお父さんの姿を見て笑顔が出たこの横丁の入り口にCDショップがありそこで面白そうなものはないかと物色しているとなんとモンゴルの歌があった「モンゴル人」を唄う「タングル」のVCD2枚組・・・10元・・・・とかなり安い・・・・・(~‘~)でもまだ聴いていないのでなんとも言えないが・・・・元の道に帰りさらに直進すると・・・・大昭寺広場に出るとりあえず午前中はこれで散歩を終えホテル方向へ歩いたするとこんな看板が・・・・・一体誰が住むんだろ・・・・ただホテルへ帰っても食事は出来ないので軽快な音楽に誘われてホテルの先のオープンカフェへ・・・・とりあえず一休み、一休み(~‘~)この続きはまた明日「張 学友」「祝福」http://sing.9kf.net/162831.htmこちらは張 国栄(レスリー・チャン)の95年の映画「夜半歌声」甘く切ない主題曲。是非こちらでお試しをhttp://www.maop.cn/p/2/31557/http://vvya.com/play_list/46594.htmhttp://www.xxby.com/music/list/1333.htm無料のインターネットテレビGYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。
2008年07月27日
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昨晩は久しぶりに、通常、「稲瀬川の場」辺りで終わる「白浪」をNHKが通しでやっていた6月の歌舞伎座公演らしい・・・場つなぎのお遊びがお遊びになっていないが久しぶりに堪能した菊五郎・・・まだ菊之助を名乗っていた20代の頃と昨晩・・・呼吸がいい、間がいい。やはり年季だろうか・・・最後にちょっとだけ出た富十郎は・・・やはりシマル画面居向かって、思わず「天王寺屋・・・」浮ついた歌舞伎がもてはやされる昨今一部・・・本物を見たような気がしたそして・・・午後NHK大河・・・篤姫・・・脇がいい・・・今日は先週分の再放送だが話もちょうど中盤の山だったようだ中でも・・・将軍の母親役、高畑淳子(たぶん)おそらく彼女の役者人生の中最高の芝居だったと思う花を鷲掴みに篤姫に向かう際すっくとたったその姿になんとも言えぬ・・・・母親の悲しみの狂気を見たつられて・・・泣いたで、その顔がなぜか10数年前に亡くなった役者の顔に似ていたのは・・・・ただ名前が出てこないが名の知れた個性派女優さんであるその方の顔がダブって見えたこの放送分でもう一人松坂慶子・・・・彼女のしぐさと顔に木暮美千代が浮かんでくるまるで・・・彼女が乗りノリウツッタような・・・・不思議な映像だった
2008年07月26日
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今日は”ハイラル~~ラサ・・・気まぐれ旅日記・・・(^@^)です。書き出しは旅の終わりのラサから・・・(2)この時期、ラサの日暮れは午後10時である夕食は列車の中で20元弁当「盒飯、盒飯」と車内を売り歩くが日本の幕の内風にきちっとした仕切りの中に収められている以前の定番は色々な味が混ざり合うブッカケ弁当・・・・・これも進化だろうか・・・・ただ食堂車で食べるのは市況の倍以上だろうか・・・・鉄道局の係員が別れ際に「今日はシャワーを浴びないほうがいいですよ お酒も飲まないで 出来るだけ早く寝てください。」ひねくれ者の私は・・・・「2日も体を洗ってないのに このギトギトした体で寝られないよ」と早々にシャワーを浴び長旅の疲れを癒した。実は北京出発の前の日河南の鄭州から長距離バスで北京に入った午後1時半に鄭州を出たが六里橋のバス駅に午後11時の到着である。早速北京駅に移動し、夜間のチケット売り場の行列に並んだがラサ行きは明日の「白天」でなければ売り出さないという・・・・しかし、この「白天」の解釈に、いささか疑問をもち念のため、この時間はすでに業務終了しているが予約なども受け付ける本来のチケット売り場行くってみた当然、入り口はクローズ・・・・その前の売店のおばちゃんに「何時に開く」と聞くと・・「5時だよ・・」「白天」・・・は何時から・・・・とりあえず1日の業務開始の時間を「白天」・・・の始めと解釈しならばその時間まで・・・・待ってみるかと・・・・(~‘~)駅前広場の中央にある売店の椅子に座って水を飲みながら・・・タバコをふかして夜明かしで5時まで待った。なんだか貧乏ったらしいが・・・・(^@^)何れ北京西に移動しなければならずココでホテルに入ると出発間際まで休憩すると仮に安ホテルでも2日分の費用として600元ほど支払うことに・・・しかし、北京西駅の2階の部屋で休めば130元・・・・ビールを飲んでも200元までは・・・(^@^)ココはじっと我慢の子である(~‘~)まぁこんな理由で先述の北京駅前での夜明かしであるしかし、さすがに徹夜は堪える(^@^)さて5時。開門早々売り場へ行くと「硬臥ならあるよ・・・813元」まさにラッキー・・・待てば海路・・・である「白天」の解釈に疑問を感じた夜明かしの甲斐があった(^@^)チケットを手に早速「朝マック」とりあえずお腹を作って北京西へ移動した。あとは出発まで徹夜の体を休めようとしたが寝そびれると寝られないものである結局ベッドに横になりながらシャワーを浴びてビールを6本・・・・ウトウトしたらお昼だったしかし、出発は午後9時半、まだ先は長い待ち疲れと列車の乗り疲れ・・・・それと西寧を過ぎてからの車内減圧による酸素不足・・・ラサのホテルに入ったときはさすがにだるさが有りシャワーを浴びると早々に深い眠りに入ったようだ気が付けば朝6時・・・・しかしまだ夜明け前である。夜が明けるのは朝7時半夜明けを待ってポタラ宮方向へ歩き出したが普段のスピードで歩くと息が切れ呼吸が苦しくなるほぼ半分の速度に落としまさに「ポタラポタラとポタラ宮」(^@^)しかしこのゆっくりさが重要である宮殿の前でひとしきり写真を撮ると車を拾い、列車駅の隣のバス駅へ行ってみた。西寧までまたは他へのバス便の確認あるしかし、自治区内の各地への便はあるが自治区外へはバスの運行が中止されていると言うこれも3月暴動の影響のようだで、仕方なく列車駅へ・・・・その途中ポタポタと歩きながら駅前広場で周辺で取ったのが昨日の写真であるが・・・この中の軍隊の訓練風景のものを撮ったとき警備兵がやって来て「撮らないでください」と言っただけで撮影したものを消せとは言わなかった。この辺がよく判らないが・・・まぁ問題なかったのだろう駅へ入るにはボディチェックがあったがパスポートを見せるだけで昨日話題にした「入山許可証」の提示は求められなかった。さてこのあたりも・・・要るのか要らないのか実態がよく判らないとりあえず中に入って売り場へ行き「北京を・・・」というと「軟臥も硬臥も無いよ・・・」「じゃ硬座だけ・・・」「それしかないわ・・・」「じゃ仕方ない・・・それ1枚」と言うことで・・・・帰りは「硬座」の48時間・・・まぁ昔の列車ほど環境が悪くないのは救いだがかなりのハードさであるこのあと車を拾い「3月暴動の一番酷かった所は何処だった」「ポタラ宮の先・・朝陽飯店の周辺だよ」「じゃ、その辺りへ行ってよ・・・」「ホテルはまだ工事中さ・・」「まだ改修できてないの」「酷かった様だからねぇ・・・」ということでこの続きはまた明日「張 学友」「祝福」http://sing.9kf.net/162831.htmこちらは張 国栄(レスリー・チャン)の95年の映画「夜半歌声」甘く切ない主題曲。是非こちらでお試しをhttp://www.maop.cn/p/2/31557/http://vvya.com/play_list/46594.htmhttp://www.xxby.com/music/list/1333.htm無料のインターネットテレビGYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。
2008年07月26日
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今日は”ハイラル~~ラサ・・・気まぐれ旅日記・・・(^@^)です。書き出しは旅の終わりのラサから・・・(~‘~)7月16日午後9時30分。北京始発の列車が終着ラサに着いたのは7月18日午後8時14分・・+30分遅れ(~‘~)天津や鳥取の感覚で言えばまだ夕方5時ごろの明るさ・・・日はまだ高かく、日没は午後10時・・・・北京との実質の時差は2~3時間ほどの感覚だろうか・・・・プラットホームでは左程の厳しさも見えず写真を撮っていても何の制限も無く特別に違和感は感じなかったが・・・しかし改札を出、駅舎の外へ出ると其処はだだっ広く、人のいない駅前広場があり出迎えの人々は広場の先の道路で待機していた。入場制限があったようである警備の警官と軍隊が駅前広場へ入らせないように通路を形成している。それでも振り返り駅舎の様子を撮ろうとすると「老師夫・・・今日は撮らないでください」警備の若い兵隊が撮影を静止した。強圧的な物言いではなかったが・・・3月暴動の影響であることは間違いないじゃ、マア・・・と軍隊に一人で立ち向かってもこの際どうにも成らないので素直にカメラを収めたが・・・・(~‘~)この国にはこの国の事情がある・・・そうこうしていると若いお兄ちゃんが「鉄道局の者です。今日の宿は決まってますか」とそばへ寄って来た。全く手配をしていなかったので彼の持っているパンフを見ると小奇麗な部屋が80元。シャワーも24時間OK・・・・おまけにポタラ宮に程近いところだと言う。値段が気に入ったので即決である。(^@^)彼に促されて駅前の道路に行くとツーリストの人間だろう・・・カードを高く上げ、駅から出てくる人々の中に待ち人を探している。その中に一人「ASADA・・・」という日本人の名前を見つけた「オットー・・・奇特な人間が居るものだ・・・」自分のことは棚に上げ・・・・(^@^)ふと・・・そんなことを思った・・・・その出迎えのお兄ちゃんの視線がしつこく私を追ってくるが・・・・「違うよ・・・・(^@^)」と少し離れた鉄道局手配の車に乗った。宿に着きチェックインをするときパスポートを出すと、この兄ちゃん・・・・ちょっと驚いて「日本人ですか・・・・」「そうだよ・・・」「入山許可証は有りますか・・・」「そんなもの無いよ・・・・ 北京でチケットを買ったときも 何にも言わなかったし・・・・ 列車の中で公安のチェックでも 没問題だったよ・・・・」「ラサでどこかを観光するときは必ず必要です。 これからの観光の予定はどうなってますか あちこちいかれると思いますので 私が準備しましょうか・・・・」「要らないよ。今回はラサだけだから」「そうですか.じゃ何か有ったら 連絡してください」と またまたパンフを持ち出し「こういう観光コースもありますが・・・」「ありがとうね・・・・今回は本当にラサだけ・・・ 他へは行かないからいいよ」と改めて、何も要らないと告げると「では仕方ないですね・・・・」と寂しそうに帰って行った(~‘~)安くて綺麗な部屋を紹介して貰っただけでは申し訳ないような気もしたが・・・・・まぁ・・・今回は「御免なさい」である(~‘~)では続きは・・・また明日同一首歌」是非一度どうぞ「同一首歌」是非一度どうぞアンチウイルスソフトhttp://www.avast.com/jpn/download-avast-home.html「張 学友」「祝福」http://sing.9kf.net/162831.htmこちらは張 国栄(レスリー・チャン)の95年の映画「夜半歌声」甘く切ない主題曲。是非こちらでお試しをhttp://www.maop.cn/p/2/31557/http://vvya.com/play_list/46594.htmhttp://www.xxby.com/music/list/1333.htm無料のインターネットテレビGYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。
2008年07月25日
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ただいま・・・・・9時前にやっと帰国いたしましたご心配いただきありがとうございます4.5ギガの中から選び抜き徐々にアップしていきたいと思いますがあまり過大な期待は・・・・(~‘~)でも・・・・ご期待ください(^@^)ではでは
2008年07月23日
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GOSINNPAI ITADAITE ARIGATOU GOZAIMASUHONNJITU RASA KARA PEKINN KEIYU DETENNSINN MADE KAETTE MAIRIMASITAASUNO HUNEDE KIKOKU ITASIMASUTATTA 2KANO RASA DEHOKANIHA IKAZU ZANNNENN DESITAGAOMAKENI TYUGOKUGONOWAKARU HITONISIKAKIKEMASENN DESITAGA GENNTINO HONNNE WO KIKIDASETATO OMOIMASUKONOJOUKYOU HA MATA GOJITUUP SITAITO OMOIMASUTORIAEZU KONNKAI HA RASADAKEDEKAETTE MAIRIMASITASIKASI KAERIHA SEKIGA TOREZUYINGZUO 48 JIKAN SASUGANI TUKAREMASITATEMOTINO ZANNMO ATO SUHYAKUEN.....(~`~)DEMO NANNTOKA KIKOKUHA DEKISOUDESUKONNKAI HARUBIN KEIYU HAIRARU SARANI UTIMONNGORU KARA KANANNSOSITE TIBETTO......IITABI WO SASETE MORAIMASITAKIKOKUGONI KONOTABI NO YOUSU WOUP SASETE ITADAKIMASUKONNKAI HA IZENN NIMO MASITETAIRIKUNO NINNGENN NO SYOUNE WO KANNJISASETE MORAIMASITAMASUMASU HANARE RARENAKU NARIMASITANE......(~`~)SYOUSAI HA KIKOKUSIDAIUP SASETE ITADAKIMASUDEHA DEHA ....TANG GU NITE....
2008年07月20日
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GOSINNPAI WO OKAEITASITE IRUKOTOTO OMOIMASUMADA ASI GA ARIMASURYU HA MADA IKITE ORIMASU(^@^)KEASAGATA PEKINN NI KAETTE MAIRIMASITASAKIHODOMADE PEKINN NISI EKINOEKINAKA NO HOTERUDE YASUNNDE ORIMASITATINNTAO SIFANG HOUMENN HA TIKETTO GA MANNSKIDE TOREMASENNZANNNENN DESUGA KONNKAI HAOJAMA DEKINAIYOU DESUKOROKOROICHI SANNDENNWA WO SITEOKINAGARAMOUSIWAKE ARIMASENNHONTOU HA KYOU MOSIKUHA ASUKIKOKU NO YOTEI DESITAGATABI NO TOTYU TIBETTO NO LASA NIHAIRERU KOTO WO MIMINISIKYUKYO YOTEI HENNKOU SIMASITAKESAGATA TIKETTOURIBANO5JI KAITENN WO MATILASA HENO TIKETTO WO TENISIMASITA PEKIN HATU PN 9;30GENNTITYAKU YOKUYOKUJITUPM9;00 YOTEIKONNBANN NO RESSYADE SOTIRA HE MUKAIMASUTADA TEMOTI NO TUGOUDE NAGAI HA DEKIMASENNGA,,,,,,,(^@^)TORIAEZUGOSINPAI ITADAITEIRU MINASANN HEOSIRASE SASETE ITADAKIMSUDEHA KIKOKUNADE IMASIBARAKU AENNJITU
2008年07月14日
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