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こんなラッキーなことがあるんですね。このサイトで私の楽曲「南の島の夜」がしょうかいされているんです。こんなうれしいことはないです。よかったら、皆さんもこのすばらしいサイト「音楽ラジオのベストサイトリンク集」を覗いてみてください。音楽ラジオベスト
2008年07月31日
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公的機関で介護しているときは、介護の仕事に就きたい若者は、多かった。介護保険で介護手当が引き下げられ、在宅介護がいいんだとか、訳のわからないことがまかり通り、そして病院で世間話をする年寄りが多いからと言って、病院のベッド数がけずられ、年寄りが病院で入院することを制限されてしまった。実際に家には、夫婦しかおらず、子供たちは、家から出ており、老夫婦のどちらか元気なほうが介護せざるを得ない状況が、現在どのくらいあるのだろうか。沖縄には、介護職に就きたい誇り高き若者がたくさんいると思うが、働く場所も少なく、そして低賃金で食べていけない。それでも東南アジアから、低賃金の労働者を日本に呼ぼうとする政策に何のメリットがあるのだろう。以前、箱物行政と言われて、改めたのはわかるが、老人ホームも病院のベッド数も足りているとは、思えない。日本中の年寄りが沖縄に来られてもいいぐらいの施設が沖縄にあれば、あたたかく、沖縄の若者が迎えられると思うのだが。
2008年07月30日
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とうとう午後会社を休みました。そして内科を受診してきました。レントゲンもとってもらって、血液検査もして痰の検査もしましたが、特に問題なし。咳止めと貼り薬をもらいました。なんでもなくてよかったけれどちょっと疲れました。心持ち咳もよくなったようで。気のせいではありますが。そして病は気の持ちようかも。でも検査してみないとわからないものね。ほんとなんでもなくてよかった。
2008年07月29日
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生きることに意味はない。命は、母親から、与えられたもの。その人の人生には、意味がある。意味があるからこそ、人生。そして生きることは、明日への希望へと変わっていく。それぞれの人生、辛いことのほうが価値がある。これでもか、これでもかっていうぐらい辛ければ、人生に付加価値がある。決して、辛いことから、逃げてはいけない。その寿命が尽きるまで生きよう。
2008年07月28日
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残念でした。結局、風邪で行けませんでした。「ゴホン、ゴホン」。夏風邪は、苦しい。喉が、むずむずしていて、歌えません。早く直さないとね。風邪薬に、喉の薬。絶対、早く直すぞ。でも今、ギターを弾いています。声はあんまり出さないようにしています。せめて、雰囲気だけでもとおもいつつ。フオークはいいですよ。みんなで歌えるし、歌いたい。昨日は、本当に残念でした。ライブ喫茶「とよむ」に行けなくて。
2008年07月27日
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今日は、沖縄県中城村のライブ喫茶「とよむ」で月一回の飛び入りライブの日。あいにくの風邪でのどの調子がいまひとつ。行きたいけど行けるかな。かなり微妙です。
2008年07月26日
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岩手県の方、たいへんでしょうが、がんばってくださいね。けが人はいたものの死者がでなかったことは、本当によかった。地震は、沖縄県は少なくても1900年代の初めごろ、津波による被害が記録されています。災害は、忘れた頃にやってくる。だから、他人事ではなく、本当に心配しています。
2008年07月24日
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苦労して、中央大学に通っていた女子大生店員を一突きで殺害。むしゃくしゃした32歳のフリーターが殺害。何でだろうね。苦労して学校に通っていることがわかっていたら、刺しただろうか。みんなが幸せっていうわけはない。苦労している人の方が多いに決まっている。無差別殺人は、やったほうにも何の意味もあるわけがない。そしてやられた方は、もっと無念だ。
2008年07月23日
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よくわからない。賃金が安く、労働条件が悪いその元は、国の2000億円もの、福祉費の削減によるもの。日本人のその仕事につこうと思ったり、ついた人たちが離職せざるを得ない理由は、その待遇の悪さ、決して望んでいるものではないにかかわらず、インドネシアからの介護福祉士候補や看護士候補の受け入れに期待をかけることが私は、理解できない。そして、身内が介護することに介護報酬を支払わないことにも理解が出来ない。自分の親の介護に介護報酬がもらえるなら、そんな助かることはないと思うが。身内は、ただで親を看ろ。というのは、いかがなものか。
2008年07月22日
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昨日は、沖縄県那覇市のバラダイス通りのカフェでりっかさんとももさんのライブがありました。二人ともギターがうまく、ももさんは、2ステージもやってくれました。とにかく、歌もギターもうまい。楽しいステージでした。
2008年07月21日
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親しい人たち、そして、親など。いつか死がおとずれるだろう。そして自分にも。死ぬことはおそろしいこと。死にたくはない。死に対しては、いつも挑戦的である。誰の死であろうと死には、挑戦し、戦う。死ぬことを恐れないことは、私にはない。だから、誰の死にも納得などすることはない。
2008年07月19日
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を予定しています。がんばってきます。5曲くらいは歌えそうです。昨日は、バンターハウスの飛び入りに参加しました。2ステージ6曲を歌いました。楽しかった。第四土曜日は、沖縄県中城村のライブ喫茶「とよむ」で飛び入りです。行こうと思っています。
2008年07月18日
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今、準備中です。がんばって行こうと思います。昨日は、北谷町美浜の「モッズ」の飛び入りに参加しました。歌ったのは、夜中の1時過ぎ。寝たのは、夜中の3時でした。今日は、バンターハウス、そして明日は、浦添市城間のライブ居酒屋で歌はしてもらいます。
2008年07月17日
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久しぶりに行こうと思っています。今、練習中。明日は、バンターハウスの週一の飛び入りの日(毎週木曜日)です。
2008年07月16日
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日本から、魚がなくなるとまずかないかい。日本人の食生活は、魚が大半をしめているはず。ガソリンなどの高騰は、巨大マネーのせい。それに打つ手なしの日本政府は・・・。国民の痛みは、政治家の誰がわかってくれているのか。打つ手なしの現状。国民は、怒っている。
2008年07月15日
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竹刀を振り回していた。青春のはけ口。あの情熱は、今はない。しかし、ギターを弾き、歌う情熱はある。やり方は違っていても、なんらかのはけ口に違いない。ぼくの歌をまず聴いてみて、さびしい人は、特に聴いてほしい。気持ちが楽になるはず。みんな辛いはずだよね。生きていることは辛いはずだよね。そんな人は、ぼくの「ロングストーリー」を聴いてみて、ぼくの歌は、商売道具にはならないかもしれないけどみんなに何かは伝えられると思う。もし聴いてくれて、少しあきたら、またしばらくして聴いてみてほしい。何も変わらないそこにこそぼくの歌がある。ぼくの歌はそんな音楽です。君を裏切らないそんな音楽です。
2008年07月14日
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だけど、娘たち二人のために生きる。この子らを守るためなら、なんでもできるだろう。決して不幸にはしない。自分の人生は、短い。そして子供や孫と合わせれば、長い人生になるかもしれない。もう一度やり直せるとしてもたぶん、この道を選ぶ。間違えた道は歩いていない。友達にも、奥さんにも子供たちにも恵まれた。そして仕事にもまちがいはない。まちがったのは、父親の生き方、たぶん本人は、気づいていないだろう。みんなを悲しませたことを。ぼくは、父親が好きだけど父親の自由さは嫌いだ。そして嫌いだというほど簡単な問題ではない。負けないで生きている自分が偉く思える。もう一度、笑いあいたい兄弟たちよ。もうもどれないだろうな、大切な日々。ときどき寂しくなります。
2008年07月13日
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こんなこと書くとなにごとと思うかもしれないけど、僕は父親になれてよかった。自分の父親の自由さは、決して正しくないことがこれで証明されたと僕は思っている。怒鳴るタイプの父親ではなかったが、学生時代を通して、年に2,3回ぐらいしか会えなかった。それも学費をもらいに行くことも含まれていた。悲しい現実は、確かにあった。恵まれてはいなかった。自分の精神力は、学生時代の剣道のおかげであった。若い頃は、「ふざけたことは、許したくない。いいかげんな人生は許せない。正しく生きる」。そんな思いがあった。いまは「がまん」。の人生である。正しいことが勝つとは、限らない。
2008年07月12日
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あの代々木ゼミナールの音楽クラスの当時先生だった香月先生と2回目のご対面をしました。この一年でいろいろとおありだったみたいですが、前回よりも少しやせられていた以外は、特段、お変わりはありませんでした。前回よりも楽しい会話が出来ました。当時のことや最近のことなど今から、28年前のことなのに私よりもご記憶がよろしくて、いろいろと話されていました。吉永さんや神永さんや植草さんや鮫島さんやそれ以外の方のお名前も出てきていました。とにかく楽しくて、2時間半もおしゃべりしました。また次もご連絡しますと言うことで別れました。久しぶりの東京ですが、いつ行ってもいいなあ。ライブハウスや路上でも歌ってみたいと思います。そのためには、明日からまた練習します。いろいろ書きたいのですが、雰囲気は、私の楽曲の「仲間たち」を聴いてくださいね。当時の音楽のクラスの雰囲気が味わえます。
2008年07月11日
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を応援してくださいね。エールという女性2人のグループが歌っています。そして「光幼稚園」の園児たちがいっしょに歌ってくれました。でもあれから、6年は経っているでしょう。だから、今4年生ぐらいかな。でもまだ、終わりにしたくありません。この曲、フォグマでまだがんばっています。有線にもロングストーリーといっしょに登録しています。どうか、「エールでこねこのころりん」とリクエストするか、フォグマでいっぱいダンロードしてください。あくまで希望ですが。この曲が日本中で聴けるのは、夢のまた夢でしょうね。そして「真壁正」の「この子ら」など、ロングストーリーが日本中で聴けるのも、夢のまた夢かな。
2008年07月07日
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日本は、アメリカ型の民主主義を追いかけてきた。いい時は、それでいいかもしれないが、今のような景気が悪いときは、何が必要かが、見えてこない。とうのアメリカは、日本ほど景気が悪いわけではない。日本は、今、必要なことを政治主導でやらなければ、ならないはずだが、国内問題で、グローバルなところは、後回し。そして国内問題も解決の糸口は、みえてこない。このままでいいはずがない。グローバルな巨大マネーは、日本経済を飲み込もうとしているのかもしれない。サミットに期待したい。
2008年07月06日
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昨日歓送迎会があり、その席で私のブログの話題が出た。見ている人は、いないだろうし、最近は、政治ネタもあまり取り扱わなくなったのでどちらかと言えば、平凡な私のブログだけど、なんとファンがいた。びっくりしたし、うれしかったなあ。それと昨日なんと会社の女性社員から、その会場(新都心のお店)で日本人ではない、二人がギターの演奏とそれに合わせて歌を歌っていたのだけれど、そこで歌ったほしいと頼まれた。それはそれで歌うつもりはあったんだけれど、ギターは貸してもらえず、交渉の結果、弾いてくれることに。あの名曲「22才の別れ」。私は、かれらのギター演奏に合わせて、その歌を熱唱。何名かが、残っていてその女性社員も含めて、聴いていました。私が歌い終わったとき、たくさんの拍手を頂きました。ギターの伴奏がとてもよかったんだろうと思いますが、私もがんばりました。それと弾いていただいたお二人(プロ)に感謝。日頃の練習の成果の賜物。うれしい夜でした。
2008年07月05日
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ひさしぶりの東京です。楽しみです。路上ライブでもやろうかな。でも聴いてくれる人もいないだろうし、度胸もないかも。ライブハウスなら、なんとかなるかな。いつか、東京でライブも経験してみたいけど、そうあの川崎での路上ライブたのしかったなあ。あれ以来、およびがない。さみしい。今日も朝から、練習。夕方には、指が痛い。これから、バンターハウスの飛び入りライブに行こうかな。先週は、中城村の「とよむ」で歌いました。チャンスがあれば、どんどん行くぞ。
2008年07月03日
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現在、プール熱が流行っていて、その80%が5歳未満。症状は、目が結膜炎みたいに赤くなって、2、3日の潜伏期間を経て、38度以上の熱があり、3日ぐらい続く。すべて菌が影響しているらしい。この病気、プールなどでうつりやすく、幼稚園や保育園でもうつるみたいだ。予防としては、手洗いなどとなっている。とにかく、子供にこの症状があるときは、要注意、早めに内科を受診することも奨めている。私も子供が小さいから、気をつけようと思う。
2008年07月02日
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たいへんなんです。今度生まれてくるときは、必ず、歌手になりたいなあ。でもうれない歌手だろうな。やっぱし、サラリーマンがいいかなあ。でも生き方が下手だから、どうしようもない。人へのアドバイスは上手かも。だれか相談してみてくださいよ。相談に乗りますよ。でもお金以外でね。歌うことは楽しい。そして泡盛も。いつか飲みましょうよね。
2008年07月01日
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