unplugged

unplugged

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

へろへろパンダ

へろへろパンダ

Favorite Blog

Shit Fello… 村上茂吉さん
すずこ~の部屋♪ スズコウ7200さん
萌えカス アモンドノエルさん
ヤクルトのお風呂 chicken野郎さん
脳内広場ゼロ番地 ロコロコ~♪さん

Comments

ロコロコ~♪ @ Re:これで俳句ない(02/23) パンダ節健在じゃないですか^^ これ…
ぱんつ、もといぱんだ@ おり さんへ おひさしふーりえ かわいい子としゃべって…
おリ. @ おひさす まぁ一応女の私でさえ、かわいい子と喋っ…
ぱんだ@ アモさんへ そっすねー 歯肉黒くなったり、歯が黄色く…
アモンドノエル @ Re:ちょっぱなぱんつ(06/16) ヤニに気をつけようぜ。歯肉が黒くなった…
2008年07月09日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
今日話してて思ったのがなんで自分はメディアに惹かれるのかということ。


たぶん始まりは小学校の頃。
アメリカにいた僕にとって戦争ってのは英雄が生まれるところで。そんで幾先の死屍の上に立つものがかっこいいと思ってた。そんな時代。帰国した僕を迎えたのは日本の戦争に対する教育。
戦争は悪いことだと聞き、いくつかの戦争小説の切れ端を見せ付けられ、僕はショックを受けたのだろうと思う。
これは母に聞いた話。たぶんこれが伏線となっているように思う。

ほんちゃんに戦争が僕に影響を及ぼしたのはたぶん中学校か高校の沖縄への修学旅行。
あそこで、自分より幼い命がそれこそ数多くなんて比じゃないほど消され、戦士は恐怖なんて比じゃないほど怯え、逃げ惑い、そして死んだ。

がまと呼ばれる防空壕に篭って、そこで死んでいった人たち。その存在を、がまに実際にはいって、地下深くに流れる水音を聞きながら僕は想像した。
ここで閉じ込められ、ここから逃げ惑い、爆弾を落とされて死んだ人たち。火炎放射器で焼かれ、空気を求めて走り回り、自分の肌が、血が、肉が焼けるにおいと音を知覚しながら死んだ人たち。負傷して運び込まれ、ここで手足を切断した人たち。



たぶんこれが出発点。

その後か、さきかは分からないけれど、アフリカの飢餓、内戦、チルドレンソルジャー、そんなようなものの存在を知っていくうちに劣等感は強まった。

自分はなにもできない。いや日々の生活を懊悩と過ごしていくだけで、行動に移さない自分。何をしていいのかわからない自分。そんな自分に嫌気が差していたように思う。
日々は流れ、なにもせず、自分の中に澱として積もった考えを忘れていく。
こんな大げさにかいてみても、俺の生活態度が変わったわけではなかった。
父や母、先生を心の中ではせせら笑うクソみたいな日々。ほんと今思えばくずだった。

で、あるとき、madonnaのi'm going to tell you a secretを見る。そのときは確かちょうど飢餓のはなしかなんかを見ていた直後で、少し敏感になっていたのだろう。
ステージに繋がる道を想起させる、あふれんばかりの光が漏れ出す扉をくぐり抜けるmadonnaの毅然とした背中を見ながら、聞いたナレーションを今でも覚えている。
「アメリカの半分の人たちは眠っていて、私はそれを起こさなければならない。起きたとしても、なにをしていいか分からなければすぐにまた眠ってしまうから、私は彼らに道具を渡さなければならない。人々が彼らの暮らしを守り、発展させ、未来へとつないでいく道具を」
一字一句この通りではないし、付け足した部分もあるだろうがそこら辺は見逃して。
「政府が私達を無条件に守ってくれると思ったら大間違い。自分達で、政府に対して働きかけなければ」


この人だ。

そう直感した。でもまだ何をすればいいか分からない。
そのときに出会ったのが高橋歩の本。彼は、世界中を旅する中で、様々な価値観の違いに直面し、カメラを向けてはいけない場面に遭遇し、それに対して時に感動し、時に苦悩した。それが本を読んでいく中で伝わってくる。彼は言う。
「世の中、楽しんでいるやつらが最強」
「自分が楽しめることをやっているやつが、案外世界の役に立っていることがある」

その本を読んで救われた気がする。お前はお前のままでいい。「おまえ自身」という一つの世界を楽しもうじゃないか。そういわれてる気がした。

そのときからだと思う。メディアに興味を持ち始めたのは。
あれだけ心を鷲掴みにし、深く揺さぶる経験をいまだ経験してない俺にとってその出会いはさぞかししょうげきてきであったろう。

たぶん、それが俺の起源。自分を楽しむ。そうやって生きていこう。

その後もいろんなものに出会った。受験中に評論を読むことで本質を見抜く際には疑うことも重要だと感じたし、理屈ぬきで自分をひきつけるものにもであった。
アラーキーと谷川俊太郎の写真詩集も結構衝撃的だったし、クールベもそう。映画も挙げたらキリがない。実際そんな見てないけど。
スポーツや、特にライブを通じて、その空気感、その盛り上がり、その一体感の重要性も感じた。一つになれば大きなことが出来る、と。
しかしfight clubを見て、世界に反抗することに惹かれもしたし、その重要性も感じた。それも戦争時の全体主義と大きく関係しているだろう。流れを作ることも大事だが、それに従わせることの危険についても感じた。
カミュの作品を紐解けば、そこに存在する人間と自分との共通点に身震いしたし、人間の孤独も感じた。
死という観念、これは実感したことではないが、それに触れるにつけ、自分の子供を作品として考えるようにもなった。よりよい作品を残すためには、自分も成長しなければならないとも感じた。

最近では、自分がもっともながく続けているものは何かと考え、それは「自分自身」であり続けることだなぁとおもった。様々な経験の集大成としての今の自分を真摯に受け止め、そこから進んでいくことの重要性も考えた。

自分が今求めているのは、「天才」。これはセンスのいい人、とかといってもよいが、つまりは自分の考えを進めてくれる人。
これが俺にとっての精神的なモラトリアムであると思うが、今はまだ、自分で考えを深めていくのと同時並行で、いろんな人に出会い、話して、様々なすばらしい考えに触れ、導かれたい。おそらく自分のこのモラトリアムは死ぬまで続くだろう。でもいつか、自分の子供を育てるときや、なんらかの作品、これは芸術とは限らない、を世に送りだし、様々な人を感動させるときまでには、自分という作品、あるいは世界の輪郭ぐらいは作りあげ、自分で問題提起し、考え出したい。




これが今の俺の、大雑把に言えば選択。
いつかこの考えを修正する時がきても、そのときに、今の自分を後悔しないように記す。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2008年07月09日 22時45分52秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: