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2003年6月30日 月曜日 52日目病室に入り、マサヨの顔を見ると、また汗をかいてしんどそうな顔をしていたので、『しんどいの?それともどこか痛いのか?』 って聞くと首を振るので、『寂しかったの?』 って聞くと、泣きながら大きく頷いた。やはり最近は意識がかなりはっきりしてきたので、一人になるとすごく寂しくなるのかなと思う。ベッドサイドに腰掛けていろいろ話しかける。泣いたり笑ったり、でも最近とってもよく笑うようになった。研修中の看護士さん(女子大生)が、ほとんど付きっきりで世話をしてくれている。朝の言語療法にも付き添ってくれている。今日もストローでコップの水をブクブクする練習。そして、プリンを食べさせたとのこと。おいしそうに全部食べたらしい。シャンプーをして髪を乾かした後、手を握り、『あ・り・が・と・う』 と口を動かしてくれましたよ。と看護士さんが言っていた。看護士さんに明日からいよいよ離乳食を食べる練習を開始するので、コップ、スプーン、フォークを持ってきてほしいと言われた。食事を取れるようになれば体力も回復してくるし、リハビリも進むと思いますよ、と言ってくれた。今晩もユーコが食事の支度をしてくれました。ご馳走様でした。本日もユーコに感謝!2006年6月30日 金曜日今日は、マサヨはデイサービスへ。最近あまり嫌がらずに行くようになった。施設内でも暴言を吐いたり、暴れたりすることなく、おとなしくしているらしい。やはり、時期的なものなのだろうか。どうしても脳に障害があると、季節の変わり目、特に春先はおかしくなることがあるという。みんなそうなんだろうか?昨日の夜中、マサヨの 『パパぁー!灰皿ぁーー!』 の叫び声で起こされた。『どうしたんや?』 と言ってマサヨの体をゆすると、目を覚まし、私の顔を見るなり笑い出した。すると、『今、私たばこ吸ってると思ってん、灰が落ちそうやってん』 そう言ったと思ったら、すぐに寝息を立てて寝てしまった。マサヨはエリを妊娠した時(11年前)に、タバコはやめている。急に何を思い出したんだろう??いずれにしても、何て人騒がせなやっちゃ!
2006年06月30日
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2003年6月29日 日曜日 51日目今日は、子供たちと一緒にマサヨのところへ。お昼前から、コンビニで買ったおにぎりとおかずを持って、病院へ行く途中にある公園へ連れて行き、1時間ほど遊ばせてからマサヨの所へ行った。今日は、一日まったりとマサヨと一緒に過ごした。レイはベッドのマサヨに寄り添って熟睡していた。マサヨは左手でレイの頭を撫でている。 ・・・ やっぱり母親なんだぁエリと私は、隣のベッドでテレビを見ながらごろごろ。6人部屋だが、現在入院患者が3人のため、空きベッドがあるのだ。看護士さんがやって来て、『病室がまぁちゃん一家のリビングになってるね』『何だかまぁちゃん一家の休日って感じやね』 と言われてしまった。久しぶりに、家族そろっての休日を過ごしたって感じです。夕方帰るときに、レイとエリが交代でマサヨのホッペにキスをする。マサヨは目に涙をいっぱいためて、子供たちのホッペをさすっていました。子供たちは、『ママ、バイバイ、また来るね』 ・・・ この言葉を聞くのが一番辛いです。子供たちのためにも、一日も早くもとの生活に・・・・・マサヨ、頑張ろうな!2006年6月29日 木曜日先日、書類の片づけをしていると、結婚前にマサヨがお父さんに宛てた手紙が出てきた。16年前、私にはまだ妻が居て、マサヨは結婚が決まっており、結納を間近に控えていた。 “お父さんへ 昨日はごめんなさい。A君とはあれから色々と話をしました。 A君の気持ちは何一つ変わっていないようです。 お父さんと話し合って、私の気持ちを本当に尊重してくれている事がわかりました。 私は今まで色々恋愛をしてきました。でも正直言って、いつも好きになられてから、 自分の意思があとをついていく形になっていました。 今回は本当に本当に悩みました。自分が得ることよりも、無くす事が多すぎて・・・ 今は気持ちがかなり高ぶっているのかもしれません。だけど今回は本当にトシ君 をなくしたくないのです。今まで過保護に育てられて親がいないと何も出来ない私 でしたが、今は何もかも捨てて、どんなっ苦労も一緒にやっていける自身があります。 お父さんやお母さんが言ってる事は、何一つ間違っていません。 もし先方さんが、私とは全く関係なく分かれたとしても、お父さんは反対ですか? お父さんにとって、この事について話し合う余地がなければ、それまでですが、 時間はいくらかかっても、お父さんにだけはわかってもらいたい。 人それぞれ幸せという事について、平凡で夫が毎日仕事に行って帰ってきて、 という毎日を過ごすことが、幸せであるという人もいれば、お酒は飲むはマージャン して帰って来ないは、という家庭でも、はたから見れば、何と不幸なと思っても、 そんな人でも、奥さんは一緒に居れれば、幸せだという人もいるでしょう。 例えが悪いかもしれませんが、今までは外見や会社の地位などで選んできた私に とって、A君はうちの両親にも気に入られ、私さえ隠し通せば、誰一人傷つく事は なかったでしょう。 私も本当に悩んでいます。でも好きで好きでどうしようもないのです。 恋愛をした事のない人には、ぜったいにわからないはずです。 頭ではよくわかるのです。自分が間違っている事は。 ただ、これだけは中途半端な気持ちで、いい加減な気持ちで書いているのでは ありません。 出来ることなら、お父さんやお母さんは、困らせたくないし、悲しませたくない。 本当に苦しいです。 世間体を一番気にする両親にとって、私は何て親不孝な子だと思います。 A君とは白紙に戻すつもりです。 そして、トシ君と結婚したいのです。 ごめんなさい マサヨ “以前、この手紙をマサヨに見せてもらった時は、二人で、『絶対に幸せになろうな!』 と誓い合ったのです。先日、この手紙を読んで、もしマサヨが私と出会うことなく、A君と結婚していたら・・・こんな事にはならずに、幸せに暮らしていたのではないだろうか?私のせいで・・・ と、つい考えてしまいました。今日は少し後ろ向きになってしまいました。明日からは、また前向きに行こう!
2006年06月29日
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2003年6月28日 土曜日 50日目最近、何だか朝早く目が覚めてしまう。・・・ 年(!)かな?朝5時から洗濯を済ませ、午前中にレイを耳鼻科へ連れて行ったが、以前の滲出性中耳炎はすでに感知しており、耳もきれいな状態だという。よかった。月曜日には学校のプールにも入って良いとのこと。但し、鼻が詰まったようにぐずぐずし、黄色い膿のような鼻が出たときは要注意とのことだ。また、同様の病気になり易いらしい。お昼前から、子供たちと一緒に以前から残っていた古いお守りを返すために近くの厄除け寺へ行った。朝から雨がぱらついていたが、旨い具合に寺では全く雨が降らなかったので助かった。子供たちは、友達と約束をしていたので、私は出来上がった洗濯物を持ってマサヨの所へ。二時頃に着いたが、すごく眠そうにしており、かなり汗もかいていたので、汗を拭いてからゆっくり寝かせてあげることにした。しばらくすると看護士さんがやってきて、今日は鼻からのチューブを栄養注入中に抜いてしまったので、ベッドではなく車椅子座らせ、自分では抜けないように左手を固定してやり直したとの事。車椅子に座って1時間半くらいかけてやったので、すごく疲れているんじゃないかと説明してくれた。それとやはりお尻が痛いらしいのだ。車椅子に座ることが多くなり、痩せすぎているためおしりの骨があたるらしい。明日は座布団を持って行ってやろう。しばらく眠っているマサヨの手を握り、横に座っていると目を覚ましたので、少し話しかけたが、あまり反応はない。やはり、疲れているときや眠いときは意識のほうが余りはっきりしないので、話しかけたときの反応も薄いというか遅いような感じがする。帰り際にマサヨが、『お・か・あ・さ・ん・は?』 と口を動かしたので、『うちのおかんのことか?』 って聞くと、頷いた。突然、私の母親のことを聞いたので、驚いた。私の母親は、約10年前にアルツハイマーを発症し、一時期我が家で面倒を見ていたのだが、現在は特養(特別養護老人ホーム)で世話をしてもらっている。もう何年も前から寝たきりで、完全看護でないと生活できない状態なのだ。私たちが会いに行っても、わからないし、話も出来る状態ではない。マサヨに、『最近会いに行ってないからよくわかれへんわ』 と答えると、少し悲しそうな顔をした。自分の事でも精一杯のはずなのに、施設に入っている私の母親のことを気にしたりして・・・・でもマサヨが一番良く会いに行っていたし、私の母親のことを心配してくれていたからかなぁ。マサヨに、今は気にしなくて良いから、まず自分が動けるように、そして話せるようになることだけを考えて頑張れと、そして良くなったら一緒に母親の所へ会いに行ってやろうよって言うと、泣きながら大きくうなずいた。マサヨ、ありがとうな。そして元気になって、一緒に行ってやろうな!今晩は、自宅近くで小さなお祭りがあるので、子供たちを連れて行ってやる約束をした。子供たちも久しぶりにはしゃいでいた。夜、アッコさんとヤッさんが夕食のおかずを持ってきてくれました。ご近所さんの暖かい応援に感謝しながらいただきました。本当にありがとうございます。2006年6月28日 水曜日昨夜、お父さんが果物や野菜を持って、マサヨの様子を見に来てくれた。マサヨがいきなり、『お父さん、何で私はこんな体になって、ここに居てんのぉ?』お父さんは、『脳梗塞になったんやで』『そんなん、なってへんけどなぁ』 とマサヨ。お父さんは、『まぁちゃんはみんなの病気を一人で抱えてくれてるんやで、だからお父さんもお母さんも、トシ君や子供たちも元気でいてるやろ? みんなで協力するから、今度は元気になるように頑張らんとあかんねんで』聞いていたマサヨが、『お父さん、パパはバツイチやでぇ』 ・・・ また始まった。お父さんが、『まぁちゃん、そんなこと言ったらアカンねんで、まぁちゃんはトシ君が好きで一緒になったんやろ?トシ君でないと嫌やって言って一緒になったんやろ?そんな悪口言ったらアカンねんで』マサヨは、『悪口と違うやん、事実をゆぅてんねんやん』 ・・・ えっ?わかってんのかなぁ?お父さんは、『そんなこと言ったらアカン、まぁちゃんは、トシ君に感謝せなあかんねんで、一生懸命まぁちゃんの面倒を見てくれてんねんから』 と諭すように話すと、『わかったぁ』 とうなづくマサヨ。 ほんまにわかってんのかなぁ?と思った次の瞬間!『パパ、バツイチ、ハハハハ』 とマサヨ ・・・ トホホ、やっぱりわかってなかった ・・・
2006年06月28日
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2003年6月27日 金曜日 49日目今日も車でマサヨのところへ。今日も朝から鼻から通しているチューブを抜いたらしい。やはり、かなり気持ち悪いのだろうか。言語療法の先生によると、自分で飲み込むことも徐々に出来るようになっているし、むせることも少なくなっているので、近いうちにチューブも取れて離乳食を食べられるようになるのではないか、と言ってくれた。気休めでも嬉しかった。午後から車椅子に乗せてリハビリのため理学療法室へ。何だか、最近は車椅子に座る姿も様になってきたような気がする。首も据わり、しっかりして来たし、・・・ えっ?何だか、あかちゃんの成長を見ているよう・・・しかし、まだ長時間車椅子に座っていると、かなり疲れるようだ。まぁ、焦らずに、ゆっくり、ゆっくりと行こう・・・今日、初めて体重を量ってもらったら、何と36kgしかなかった・・・もともと44~45kgくらいしかなかったのだが、少し痩せ過ぎ?これも食事が取れるようになれば、少しずつ戻っていくんだろうと思う。リハビリ終了後、かなり疲れていたようなので、ベッドに寝かせて帰ることにした。『マサヨ、帰るよ』 と言うと、目を真っ赤にして私の手を握る。そして、なかなか離さない。いつも病院から帰るときが、とっても辛くなる。このまま連れて帰ろうか、という衝動に駆られる。ごめんな、マサヨ、また明日来るからね。2006年6月27日 火曜日昨夜、お風呂から出てくると、マサヨが子供たちと一緒に、‘あいのり’ というテレビ番組を見ていた。そう言えば、昔マサヨは好きで、よく見ていたのを思い出す。スーザンという男性が、MIEという女性に告白をしているところだったのだが、結局OKして二人で抱き合い、キスをした。それを見ていたマサヨが急に、『私もあんなんして欲しいぃーーー!』 と叫んでいた。私のほうへ手を伸ばし、『パパぁ~、私もあんなんしてぇぇーーー!』レイがその姿を見て、『ママ、おもしろいぃーー』 と言って笑っていた。そして、エリ登場!『ママ、うるさい!!』『ごめんなちゃい』 とマサヨ・・・マサヨと付き合っている頃を思い出し、もう一度、マサヨとこういう恋愛(!?)をしてみたい!!・・・ と思った私でした。番組が終わると同時に、『パパ、トイレ!』 とマサヨ。 現実に引き戻されました。
2006年06月27日
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2003年6月26日 木曜日 48日目車でマサヨのところへ。病院の近くのファミリーレストランで昼食をとっていると、ヤッさん・カンちゃんの二人が入ってきたので一緒に昼食をとって、マサヨの所へ。二人がいろいろとマサヨに話しかけ、マサヨを笑わしてくれる。最近、ちょくちょく噴出して笑うようになったのだ。今までは泣いてばかりだったのが・・・これはとってもいいことだと思う。笑うことによって脳は活性化されるのだと思う。表情もよくなるし、顔色もいい。人間にとって 『笑い』 というのはすごく大切なことではないだろうか・・・一時間ほど話して二人は帰った。・・・ ありがとう!また、笑わせに来てね。私は夕方までマサヨに付き添った。午前中に言語療法を終えており、午後からの理学療法に連れて行く。車椅子からマットに移り、先生が麻痺側の手足のマッサージと曲げ伸ばしをする。マサヨは分かっているのかいないのか、キョトンとした顔をして先生にされるがままになっている。いよいよ来週からは、少しずつ立ち上がる練習をすると、先生が話してくれた。立てるようになるのかなぁ~、期待で胸が膨らむ。頑張ろうぜ!マサヨ!今日は私が夕食を用意することに。帰りにスーパーで買い物をし、夕食の準備をした。今晩はヒレステーキにした。まだ、小生にはこれしか出来ない。まぁ焼くだけですからねぇ。2006年6月26日 月曜日昨日は、少し体の調子が悪くて、午後からベッドに横になって寝てしまった。何度かエリが私のそばに来て、『パパ、遊べる?しんどい?』 と聞きに来たのだが、動けなかった。お約束のエリとのお遊びが出来なくて、エリは少しすねて泣いていたようだ。それを見たマサヨが、『エリちゃん、どうしたんや?大丈夫か?ママのところにおいで』と声をかけていた。それまで黙ったまま車椅子に座ってじっとしていたのに、急に車椅子を動かしてエリの近くに行こうとする。やはり気になったのだろうか、・・・ マサヨがまた母親に戻った瞬間です。エリ!ごめんな、遊んでやれなくて・・・おやつに、レイとエリが二人で仲良く(?)ホットケーキを作って、マサヨと三人で食べていた。途中何度かエリが、『パパ、レイちゃんが偉そうに言うねん!』、『パパぁ、レイちゃんがぁぁぁ!』とベッドで寝ている私のところへやってきたのだが、何とか最後は仲良く食べていたようだ。夕食はお肉を買っていたので、鉄板焼きにした。夕方まで調子が悪くてごろごろしていると、二人でジャガイモやたまねぎを切ったり、食器の用意をしてくれました。 ・・・ さすがは女の子。 ・・・ こういう時はほんとに助かります。 ・・・ ありがとう。油だらけの食器洗いは、私の担当でした。洗っているとマサヨが、『パパ、ありがとう、私も手伝おうか?』 と言うので、『うん、手伝ってよ』 と私が言うと、車椅子を動かしながら私のそばに寄ってきたのだが、途中で 『あら?あかんわ!わたし、立たれへんのぉ?』さらに、『えぇーー!右手も動けへんのぉ?』 と叫んだ後、『ごめんなぁ、パパお願いします』 と言って、笑いながら戻って行きました。
2006年06月26日
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2003年6月25日 水曜日 47日目今日、やっと免許証を交付してもらった。何と3年ぶり!正直嬉しかった。早速、車でマサヨの所へ行ったが、今日は特に変化なし。主治医に今後のことについて話をされた。病状も安定しており、これ以上悪化することも、また再発も考えられないので、出来るだけ早い時期に、リハビリ専門の病院へ転院することを考えてはどうか。まだ若いので、その方がより回復も早いと思うとのことだった。また、基本的には入院期間は3ヶ月ということになっているので、病状悪化または再発でもない限り、退院もしくは転院しなくてはならないらしいのだ。県内にリハビリセンターというのがあり、病気や事故でリハビリを必要とする患者のほとんどがこの病院に集中し、順番待ちになり、転院までは早くて1~2ヶ月はかかってしまうらしいのだ。主治医が紹介状を書いてくれるので、それを持ってまず診察に行かなければならない。但し、一度マサヨを連れて面接に行かなくてはならない。それをどうするかってことになる。車で約一時間の距離、そしてトイレ等々、マサヨは耐えられるのだろうか・・・どうしても病院だとリハビリは中途半端になってしまうので、マサヨのためにならないと言うのだ。但し、病院のリハビリとは違ってかなり厳しいので、マサヨには相当頑張ってもらわないといけない。ただ、入院期間を区切られるらしい(多分60日)ので、その後のことも考えておかなくてはいけない。自宅での生活とリハビリ・・・・どこまで、回復して家に戻ってくるかは分からないが・・・・・これが一番大変だというのだ。・・・ まだ想像もつかない・・・2006年6月25日 日曜日昨日は、一転してマサヨは一日中無口だった。お昼過ぎに、『パパぁ、起きるぅ』 の声で起こし、昼食に焼き飯を食べさせた。最近、焼き飯もうまく作れるようになった。子供たちにも評判がいい。エリは友達と外へ遊びに行ったが、レイが家で受験勉強。リビングのマサヨの横で、勉強しながら時々マサヨと話していたので、レイに任せて私は少しお昼寝をさせてもらうことにした。少々疲れ気味。今日は、お約束のエリのお相手。・・・ 何をさせられるんだろう・・・そろそろマサヨを起こして、お昼の用意をするとしよう。
2006年06月25日
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2003年6月24日 火曜日 46日目本日、初めてマサヨに会えなかった。12時から5時まで教習所で、最後の講習(危険防止講習と高速道路講習)があった。この終了証明書を持って明日免許センターで免許証の交付をしてもらう。やっとだ!長かった!しんどかった!教習所に行かずに免許を取ると、かなり安くつくものだ。最初の免許取消者講習というのに37800円かかったが、あとは仮免などのテスト費用で、約22000円、結局総額6万円程度で取得できた。これで、誰に気兼ねすることなく、好きなときにマサヨに会いに行ける。また、マサヨを隣に乗せてドライブ出来るようになるだろうか・・・夕食は子供たちと一緒にヤッさんちでお世話になった。ごちそうさまでした。感謝、感謝です。明日はいよいよ、免許証がもらえる日。なんだか嬉しくて眠れない。只今午前3時45分!2006年6月24日 土曜日昨日も、マサヨはすごくハイテンションだった。『パパ、バツイチやろぉ~』、『前の奥さん知ってるぅ、ぶぅぅぅさぁいくぅ、な人!』 を連発!デイサービスでもこれを叫んでいたらしいのだ。今までにもあったのだが、マサヨはひとつのことが気になると、それを一日中連発する。何日間か続いたあと、その内容が変わっていく。これまでは、何パターンかのローテーションだったのだが、今回は新しいパターン。何なんだろう?突然今まで言わなかった、というか忘れていた事を口走ることがある。レイが着ていたT-シャツを見て、『あっ、何かそのシャツ見たことある』 と突然言い出した。『これは、ママがよく着てたシャツやで!』 とレイ。自分が着ていたシャツを思い出したのだ。これは、やはりマサヨの脳の中で何らかの変化がおきているのだろうか?回復し出している?よくわからない・・・・・昨日も、バツイチのパターンを連発した後、『レイもエリも産んでないけどなぁ~』 とマサヨ。エリが 『産んだやろ!ママなんか嫌いや!』 と怒る。マサヨは 『だって、おなかなんかおっきくなってないもん』私が、『マサヨは二人とも帝王切開で産んだやろ、傷口見せたろか?』 と言うと、『うん、うん、見せて、見せて!』 そして服をめくってマサヨのおなかの傷口を見せてやると、『エェーーーーー!!何これぇーー!』 とマサヨはびっくり!そしてあわてて傷口を隠す。点で思い出した記憶が、なかなか一本の線でつながらない。思い出したことを、打ち消そうとする力が働く。これも現実逃避のひとつなのだろうか?
2006年06月24日
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2003年6月23日 月曜日 45日目電車で、マサヨのところへ。いつものように、『マサヨ!来たで!待ってたか?会いたかったか?』 と聞くと、何と今日は首を横に振りよった。『会いたくなかったんか?待ってなかったの?』 と聞くと、大きくうなずきよった。さすがにこの時ばかりはかなりショックを受けた。何度も何度も同じ事を聞いても、同じような動作をする。マサヨに、『そんなこと言うなよ!寂しいがな!』 と言うと、顔をしかめて泣き出した。この時、マサヨが私に気を使ってるんだということを確信した。毎日、毎日、病院へ会いに行く私に気を使っているんだと・・・、『俺に気を使うな!本当は会いたいんやろ?待ってたんやろ?』 と聞くと、泣きながら大きくうなずいた。かわいそうに・・・でも、自分の今の状況や私の状況などを理解し始めたのは間違いなさそうだ。しばらく話していると、マサヨが痛そうな顔をして何かを私に訴えかけていたので唇を読むと、『お・し・り・が・い・た・い』 と言っていた。看護士さんを呼んでやろうかって聞いても、首を横に振る。でも余りにも痛そうな顔をしていたので、呼んでやったら、やはり最近座ることが多くなったが、きちんと座れて居ないので、位置がずれて尾てい骨が当たって痛くなっていたようなのだ。そういえば昨日来た時も、座ったまましんどそうにしていて微熱あったのも痛かったのだということに気がついた。看護士さんにはそのことも説明し、今後注意して見てやってほしいと伝えた。マサヨに 『何でもっと早く言わなかったんや?』 って聞くと 『が・ま・ん・し・て・た』 と口を動かす。このときはすごく悲しかったが、マサヨがすごく回りに気を使い、そして頑張ってるんだとひしひしと感じた。 『俺には遠慮するな!何でも言え!もしわかれへんかったら、分かるまで何度でも言え!そしたら絶対にマサヨの言いたいことは分かってやるからな!』 ・・・ マサヨは激しく泣きながらうなずいた。もう、こんな状態のマサヨには気を使わせたくない! 絶対に!今まで、痛いのはどんなことがあっても我慢なんて出来なかったマサヨが、我慢していた。リハビリの先生や、看護士、そして私にも頑張って座る練習をするんや!でないと直らへんで!手足を動かす練習の時も、痛いのを我慢して動かさないとあかんと、いつも言われていたので、マサヨとしては一生懸命我慢して、頑張っていたんだと思う。かわいそうなマサヨ、でも本当に頑張ってるんや!おもわず涙が溢れてきた。本日はユーコ登場。今晩はハンバーグ。久しぶりの手作りハンバーグなので、子供たちは結構喜んで食べていた。ごちそうさま、ユーコ、そしてありがとう。本日も皆さんに感謝して、おやすみなさい。2006年6月23日 月曜日私は、バツイチでマサヨとは2度目の結婚なのだが、子供たちはこのことを知らない。ところが、最近マサヨが何を思ったか 『パパ、バツイチ?』 『パパ、バツイチやんなぁ』と頻繁に言うようになった。 子供たちの前でもよく言うのだ。そして、レイとエリは私の連れ子だと言ったりする。私はいつも、『違うで、バツ3や!』 と冗談でかわしているのだが、内心はひやひや!今のところ子供たちも笑いながら聞いているし、『ママ、またそんなこと言ってる!』 とマサヨに怒っているのだが・・・・最近は、『前の奥さんはどんな人やったん?何で別れたん?』 などと聞いたり、突然 『あ~、知ってる!前の奥さん見たことあるわ』 と言い、レイが 『どんな人やったん?』 とマサヨに聞くと、『ぶぅ~さいくな人やったわ!』 と答え、子供たちはそれを聞いて笑っている。私は笑いながら、顔はひきつっている・・・トホホ肝心なことは覚えていないのに、そんなことは思い出している。んん~ ・・・ いろいろ思い出してくれるのはいいことなのだが ・・・ 何だかびみょ~です。子供たちにもいつかは話さなくてはならないと思うのだが、いつ?どのタイミングで?話せばいいのか難しい問題です。レイは中3で思春期真っ只中、エリは小5 ・・・・・ 難しいなぁ~
2006年06月23日
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2003年6月22日 日曜日 44日目子供たちが一週間に一度ママに会える日。三人で電車で行き、病院の近くのレストランで昼食。病室へ入ると、マサヨがベッドを起こしてもらって座っていたが、顔を見た瞬間すごくしんどうだったし、汗びっしょりだったんで、拭いてやろうとするとすごく熱かった。看護士さんを呼びに行き熱を測ってもらうと、37度9分あったので、アイスノンを用意してもらい寝かせることにした。看護士さんによると、今朝もまた自分で鼻から通している栄養補給用のチューブを抜いてしまったらしいのだ。かなり気持ちが悪いみたい。しかし、一度抜いてしまうと、次に入れるときはもっと大変なのに・・・医師がゆっくりと鼻からチューブを通していき、胃まで入れていく。そして、聴診器をおなかにあてて、チューブの先から息を吹き、胃まで通っていることを確認する。このとき、マサヨは目を真っ赤にして何度も何度もえずいているのだ。栄養補給しているときに抜いてしまうと大変なので、最近は補給中はいつも左手をベッドサイドの手すりに縛り付けられている。少し可哀そうな気もするが、これも仕方ないか・・・・1時間くらいすると熱もさがり、落ち着いてきたので少し車椅子に座らせてお話をすることにした。毎日のこと、子供たちのこと、私自身のこと、などなどを話してやると、うなずきながら聞いていたり、時には顔をしかめたり、泣いたり、いろいろな表情を見せてくれる。最も驚いたのは、レイが最近わがままで言う事を聞かないからマサヨから怒ってやってほしいと言うと、口パクで 『こ・ら』 としながら、左手でゲンコツをつくり、レイに向かってパンチをするしぐさをした。これにはみんなでびっくり。レイもエリも口をそろえて、『ママやぁ~!』 と叫んでいた。子供たちも、ベッドのマサヨの横に寝たりしながら、結構スキンシップをとっていた。やはり、久しぶりに会うママ、嬉しかったのだと思う。今日は私の妻ではなく、子供たちのママにしてあげようと思った。結局5時過ぎまで居た。帰る時、三人で 『バイバイ、また来るね』 と手を振ると、目にいっぱい涙を浮かべながらとっても寂しそうな顔をしていた。2006年6月22日 木曜日エリは以前誕生日に買ってあげた折りたたみ自転車をすごく大切にしている。お姉ちゃんがよくエリに 『自転車貸してぇ』 とおねだりするのだが、いつもエリは嫌がっているのだ。レイは性格が雑で、あまり物を大切にしないというのをエリはよくわかっているから、自転車を汚されたり、傷をつけられるのを心配している。ところが、エリはレイの持っているデニムの七分パンツをすごく気に入っており、それを貸してもらう代わりに自転車を貸してあげるという交換条件を泣く泣く受け入れたのです。ただし、自分が居ないときに勝手に乗って行かれるのが嫌で、いつも番号を合わせるタイプのチェーン錠をかけている。自転車は駐輪場ではなく部屋に置いてある。昨日、エリが学校へ遊びに行くといって、部屋へ自転車を取りに行ったのだが、なにやらニヤニヤ、そして頭をかきながら出てきたのだ。『エリ、どうしたんや?』エリがもじもじしながら、『パパぁ、車で学校まで送って』 と甘えた声で言う。『自転車で行けへんのか?』 と聞くと。ばつ悪そうに 『うぅぅん、鍵の暗証番号わかれへんようになってん』お姉ちゃんに乗られないように、何度も暗証番号を変えていたので、自分でもわからないようになってしまったらしいのだ。おもろいやっちゃ!結局、車で学校まで送っていきました。
2006年06月22日
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2003年6月21日 土曜日 43日目3時頃に病院に着き、マサヨを車椅子に乗せて散歩へ、今日は久しぶりに晴れていたので外へ出た。少し風があったが、気持ち良さそうだった。行くとき、マサヨに 『久しぶりに二人でデートしよっか?』 と言うと、泣きながらうなずいてくれた。マサヨもほんとは立って、腕を組んで歩きたかったんだと思う。入院当初はどうなることかと不安でいっぱいだったが、こうして今マサヨは車椅子に座っている。そして、私の問いかけに反応してくれる。こんなに嬉しいことはない。でも、まだまだ、このままでは終わってほしくない、食事が出来るように、声が出るように、立って歩けるように、そしてすべての記憶が戻りますように・・・・どこまでかなうのか・・・・・部屋に戻ってからプリンを食べさせ(今日も一個全部食べた)、歯磨きをさせた。看護士さんに聞くと、まだ少しお腹の調子が良くなくて、朝も少し下痢をしていたので、お薬を変えたらしい。少し心配だが、顔色も良さそうなので、あとは看護士さんにお任せして帰ることにした。今日、ヤッさんとカンちゃんで私の家の掃除、特にレイの部屋を徹底的にしてくれたようで、家に帰ってびっくりした。見違えるように部屋がきれいになっている。しばらくするとレイとヤッさんの娘さんが、私の夕食を運んで来た。子供たちはヤッさんちで夕食を済ませたらしい。またまた感謝です。エリは夕飯を食べて、7時過ぎに送ってもらって帰って来た。レイはお風呂まで入れてもらって、9時半ごろになったので、エリと二人で迎えに行った。ほんとうに有難うございました。本日も皆さんに感謝して、お休みなさい。2006年6月21日 水曜日昨日は暑かったぁ~、日中は30℃を超えたようです。暑くなってくると、マサヨの機嫌が少し悪くなる。『パパ、あついぃぃぃ~!』エアコンをつけてやったが、まだ暑いと言う。この時エアコンの温度は26℃。仕方なく、20℃まで下げて、風がマサヨにあたるようにしてやると、『パパ、寒いぃぃぃ~』このあと、温度を上げたり下げたり、そして風の向きを何度も変えてやるが、その都度、暑い!寒い!の繰り返し。特に、麻痺をしている右側がいつも汗びっしょりになります。何度拭いてやっても顔の右半分は汗が噴いてくる。どうしても麻痺している側の体温調整がうまくいかないらしいのだ。鼻を境にして、右と左でくっきりと分かれる。車椅子に座ったままなので、背中も汗びっしょりに。背中にタオルを挟んでやるのだが、夏場はいつもあせもがいっぱい。こうなると夜中が大変なんです。『パパぁ~、背中がかゆいぃぃぃ!、背中かいてぇ~!』何度か起こされます。あまりしつこいと、エリが目を覚まし、『ママ、うるさい!!』この一言で、マサヨは 『ごめんなさい』 とおとなしくなります。やはり、エリは強し!
2006年06月21日
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2003年6月20日 金曜日 42日目朝から、エリがダダをこねた。靴下が無いから学校には行かない、と訳のわからない事を言う。何だか朝から何度もトイレに行ったりしていたし、少ししんどそうだったので、休ませることにした。エリには、バツとして掃除、洗濯、布団干しの全てを手伝わせた。今日は久々にお部屋がピカピカです。義弟に迎えに来てもらいマサヨの所へ。本日もほとんど変わりなし。病室へ行くと、かなりしんどそうな顔をして寝ていた。看護士さんが、今日は少しお腹を下しており、微熱もあるので、リハビリはやめにして寝かせている、と話してくれた。今日は話しかけてもほとんど反応がない。ちょっと心配・・・・・大丈夫かなぁ。明日、明後日はリハビリが休みなので、熱がなければ車椅子で散歩にでも行くことにしよう。ユーコから電話があり、少し頭が痛いので今日は食事の支度に来れそうにないとのこと。今日はいいからゆっくり休むように言った。ユーコお大事にね。夕食は、以前コープで買ったおいたうなぎがあったので、鰻丼にした。レンジでチンして切るだけ、これはかなり楽に出来る。今日は、エリが学校を休んだ負い目があるのか、かなり積極的にお手伝いをしてくれた。洗濯、掃除、布団干し、そして食器洗い。2006年6月20日 火曜日3年前はマサヨが居なかったこともあり、ダダばかりこねていたエリ。まだまだ甘えただが、精神的にも少し成長したような気がする。そんなエリから昨日父の日の手紙をもらった。 『パパへ おそくなったけど、いつもわがままばっかりいってごめんなさい。 パパはいつもしんどいのに、なにも出来なくてごめんなさい。 ストレスも溜まっててしんどいと思うから、かたたたきとか、 洗い物だったら、いつでもするから、いってね! パパはゆっくり休んで元気になって、おもしろくて、優しいパパに もどってね! パパはいつもため息ばっかりで、元気ないから心配だけど、 マリオやってる時は、すごい笑ってて楽しそう! パパ、大~好き! 世界で一番大好きなパパへ!! わまままな エリより これからは、優しくなります』封筒には、『優しいパパへ』、『うるさいエリより』、と書いてあった。 マサヨにも手紙を読んで聞かせると、『パパよかったなぁ、いい子やなぁ、エリは・・・』 と言って、泣いていた。とっても嬉しかった!最近、ワールドカップを見ていることもあり、少し寝不足気味だったので、エリにはしんどそうに見えたのかもしれない。エリは、『パパ、しんどい?大丈夫?寝たらなおる?』 とよく聞く。そして、『大丈夫やで、寝たらなおるよ』 と言うと、『よかったぁ』 と言って安心する。エリの誕生日に買ったDSのスーパーマリオが結構おもしろくって、時々やっているのだが、ついつい声を出しながらやってしまう。それがエリには楽しそうに見えたのかもしれない。よくエリが 『パパ、マリオやってみて』 と言って、私のところへDSを持ってくる。『うぅん、今はいいわ』 と返事をすると、少しさびしそうな顔をして自分でする。エリにしてみたら、私の笑っている顔、楽しそうな顔が見たかったのかな。手紙は本当に嬉しかったが、少し反省。これからは、しんどくてもエリの前では笑っていよう!元気にしていよう!エリ、ごめんね、心配させて・・・・そして、ありがとう!
2006年06月20日
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2003年6月19日 木曜日 41日目今日は、エリの参観日。1時50分からだったが、父親で来ているのは私だけだった。エリは前から絶対に来てほしい、約束やでって言ってたので、すごく喜んでくれた。中に入れず廊下から見ていた。おかげでエリを真正面から見ることが出来たが・・・。終わってから義弟に迎えに来てもらいマサヨの所へ。疲れた顔をしてベッドに横たわっていた。いつものように、午前中に病室で理学療法士による手足のマッサージ、そして午後から言語療法士による唇の運動と息を吐いたり吸ったりの練習は研修医の子が付き添ってくれたようだ。まだ、水分を飲み込むのは難しい様子。なんだか進展しているのか停滞しているのか、よくわからない。エリの参観日に行って来た事を話すと、『あ・り・が・と・う』と口を動かし、涙ぐんでいた。本当は自分も行きたかったのだろう、そして行けなかったのが辛かったのだろうと思う。元気になったら一緒に行こうな!マサヨ!2006年6月19日 月曜日今日もレイはお昼から夕食用の弁当を持って塾へ。昨日のことがあったせいか、今日は積極的に弁当作りを手伝ってくれました。玉子焼きも味付けだけしてやると、自分で焼いてくれたんです。私よりもうまく出来ていたかも・・・いつもなら塾の終了時間は10時50分なのですが、今日は9時45分に終わるから迎えに来て、とレイからメールが入った。やはり塾の先生方もワールドカップ日本戦を見たかったんでしょうか?!レイが塾に行っている間は、お約束のエリのお相手・・・今日はレストランごっこ!・・・次から次とよく考えるもんです。エリが店員で、私とマサヨがお客さん。私とレイが弁当を作っている間に、一生懸命お店作りをしていたようです。献立(画用紙に色鉛筆で書いたもの)やメニュー(結構良心的な価格帯)、支払いはおもちゃのお金で。たまに、待っているだけでは寂しくなるのか、エリもお客さんになって店員と二役をこなす。そのうちマサヨが疲れてきたのか、『もう、おなかいっぱいやわぁ』『ママ、何食べたん?』とエリが聞くと、しばらく考えた後、『やきめし~』『そんなんメニューにないやろ~!ハンバーグ定食とアイスクリーム注文したやろ~!』とエリが怒る。何を勘違いしたかマサヨは、『うっそぉ~、アイスクリーム食べたぁい!』この一言で、暑かったこともあり、三人でアイスクリームを食べて休憩しました。・・・やれやれ・・・
2006年06月19日
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2003年6月18日 水曜日 40日目ごっ!ご~か~くっ!路上試験合格です。これでもう試験はないです。ってことは免許証がもらえるってことです。やったぁ!最後に危険防止講習と高速道路講習を最寄の自動車教習所で、6月24日12時から6時まで受けて、翌日に免許センターで免許証を交付してもらう。6月25日には免許証がもらえる。3年ぶりの免許証。なんかむっちゃ嬉しい。これでやっと車でマサヨのところへ行ける。今日も電車でマサヨのところへ。今日は初めて言語療法のリハビリに立ち会うことになった。すごく男らしい(!?)女の先生。先ずは、口を大きく開けて『あ』、閉じて『ん』、前に出して『う』、閉じて『い』、という唇の形をする。これの繰り返し。次に、舌を出して右へやったり、左へやったり、更に上下運動、大きく下に伸ばしたり、上唇を舐めたり、そして先生が持っている小さな板を舌で押す練習、真っすぐ前に押したり、右や左に押したり。更に、ストローに少しの水を入れて、先生がマサヨの口の中へ入れて飲み込む、そして自分で吸う練習。そして、いつもはアイスクリームを食べさせるらしいが、今日は違うものにしようってことで、売店でプリンを買ってきた。先生がスプーンで少しずつ口に運んでいく。すごくいいペースで飲み込んでいく。先生もびっくり。結局一個全て食べきってしまった。最後に水でうがいをさせようとしたが、飲み込んでしまい、すごく咳き込んだ。まだ水分は難しそうだ。先生の話では、日に日に上達というか回復しているし、そのペースが非常に速いとのこと。更に咳き込んだり、泣いたりしたときに声がでているので、完全に声帯麻痺になっていないはず。ひょっとしたら、声が出せるようになるかもしれない、と先生は言う。時間は掛かるかもしれないが、可能性がゼロではないといっていた。これはすごくすごく嬉しい。今日は嬉しいづくめです。最初のころは先生と話すたびにショックを受けたり、落ち込んだりで大変だったし、先生ともあまり話をしたくなかった。しかし最近はいいことばかりで、こちらも元気になってくる。病室へ戻って、声を出す練習をしてみようと思い、マサヨに『大きな声であ~って言ってみて』と何度か声をかけ見本を見せてやると、何と、何と、微かにだが『あ~』と言った。横にいた研修医の子と二人で顔を見合わせてびっくり!『これはいける!』と確信した。最近車椅子に座っても全く表情は普通になっているし、すごく豊かになってきた。ええ感じやで、マサヨ!もう少しや!2006年6月18日 日曜日昨日は久しぶりに、レイを叱りつけ泣かせてしまった。それは朝から始まった。朝、と言ってもお昼前に私・エリ・マサヨの三人でブランチ、キャベツをカレー粉で炒めてウインナーを挟んでホットドックを作って食べているところに、レイが起きてきた。『私も何か食べたい』『もうすぐ食べ終わるから、待ってや』と私が言うと、レイが『おなかすいたぁ~』『冷蔵庫にウインナーがあるから炒めたら?』と言うと、『えぇぇぇぇ~!じゃまくさい~!』この時点で少し、ブチッ!!レイは夕方から弁当持ちで塾へ行く予定だったので、弁当を用意してやった。すると3時過ぎにレイが『パパ、送って』エリが遊びに行っており、マサヨを一人にしては行けないので、『ヘルパーさんが4時に来てくれるから、それから送って行くわ』と言うと、『そんなん間に合えへん!』とレイ。『そしたら、帰りは迎えに行くから、歩いて行ってくれるか?』昨日は朝からずっと雨だったので、『えぇぇぇ~、この雨の中歩いて行けって言うの?』とレイが怒る。『いつも遊びに行くときは、雨の中でも行くやろ!?』『ママを一人にして行かれへんやろ!』と言うと、レイは『もういいわ!行かんとくわ!』と怒って、自分の部屋へ入ってしまった。これで私はキレてしまった・・・・!!レイを部屋まで追いかけていき、『こらぁ!ええかげんにせぇ!』『そんなわがままばっかり言ってるから、友達もおらんようになるんや!!』と言ってはいけないことを口走ってしまった!あちゃぁ~・・・レイは部屋で大泣き。するとマサヨが『パパ、絶対に手を出したらアカンで!、たたいたらアカンで!』そして泣きながら『もう言わんといたって、お願いやから・・・』『今は、そういう時期なんやから・・・すぐにおさまるから・・・我慢したってな』たまにしっかりした事を言う、わかっているのか?、やはり母親なのか・・・これで何だか私の怒りも収まり、泣いているレイと落ち着いて話が出来た。結局、4時にヘルパーさんが来たので、少し遅れたがレイを塾まで送って行った。夜、塾に迎えに行き、帰ってくると、普通に『今日の塾のテスト結構良かってん』とレイはテストの結果を話していました。ほんとに、女の子は難しい!よくわかりません!まぁ、今回はマサヨに救われました。
2006年06月18日
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2003年6月17日 火曜日 39日目電車でマサヨの所へ。病室へ入ると眠っていたので、いつものように『マサヨ!きたでぇ~』と声をかけると目を覚ましてくれた。じっと私の顔を見つめて、また泣き出す。『寂しかったんか?会いたかったんか?』と聞くと、泣きながらうなずく。研修中の看護士さんが来て、『マサヨさん、シャンプーしましょうか?』と聞くと、口パクで『ま・だ・い・い』 『あ・と・で』と返事をする。今日も言語療法の先生と車椅子で一階のリハビリルームで1時間ほどリハビリをしてきたところらしい。『疲れてるの?』って聞くと、うなずく。シャンプーは後にしてもらうことにした。目は開けていたのでしばらくいろいろ話しかける。マサヨに『いっぱい、いっぱい、愛してるよ!』って言った後、『マサヨは?』と聞くと、またいつものように泣きながらうなずく。もう何もかも思い出しているし、理解しているんや!後はリハビリで、どれだけ体を動かせるようになるか、そして声をだせるようになるかだ!そうこうしているうちに、理学療法の先生がやって来た。すると、いつものように嫌そうな顔をしてて横を向いてしまった。先生が手足のマッサージを始めると、また痛そうな顔をする。私の顔を見て泣き出し、首を横に振りながら口で『い・た・い』 『い・や・や』とする。気持ちはわかるが・・・ここで頑張って我慢しないと、ほんとに体の筋肉が固まって動かなくなってしまう。マサヨに『嫌がってたら、良くなれへんで!体も動けへんようになってしまうで!』、『頑張れ!早く動けるようになって、レイやエリを抱きしめたらんとあかんやろ?』って言うと、泣きながら大きくうなずいた。そして、リハビリ開始。リハビリが終わってから、シャンプーをしてもらったが、乾かした後、髪を上げてくくってもらおうかって聞くと、口を尖らせちょっと困った顔をしていやいやをする。昔から髪型には人一倍気を使っていたので、マサヨの性格が出ている。帰る時に『かえるで、また明日来るからな!』って言うと、口を尖らせて横を向いてしまう。『寂しいんか?』って聞くと泣きながらうなずく。ここでもマサヨの寂しがりやの性格とわがままぶりがでている。なんだかもういつものマサヨに戻ったみたいだ!ただ、声が出ない、動けない、ということを除いては・・・家に帰ると、レイの担任の先生がやってきて、今日保健の先生がレイを耳鼻科へ診察に連れて行ってくれたとのこと(日曜日から耳がおかしいと言っていたので)。手紙を預かっており、『滲出性中耳炎』で1週間分の薬をもらっていた。土曜日に再度診察に連れて行かなくてはいけない。今夜はアッコさんちで夕飯をご馳走になることになった。ヤッさん一家、カンちゃん一家、と一緒におじゃました。ご馳走様でした。感謝!家に帰ってから、レイに土曜日の朝から耳鼻科へ行くよって言うと土曜日は朝から友達んちへ遊びに行くからあかんと言う。怒るとすごく口ごたえをする。最近レイがなかなか言う事を聞かないし、お手伝いもしないので、ちょっときれてしまい、かなり激しく怒ってしまった。泣きながらすねて布団をかぶって寝ていたので、座らせて説教をしたら、ひきつりながら泣き出してしまった。しばらく、家のことやママのことも含めていろいろ話すと落ち着いてきて、わかってくれたよう。三人で一緒にお風呂に入って、寝かせた。子供たちのこと、結構大変です。マサヨもずっとこんなことを一人でやってたんやなぁ~明日は路上試験!早く寝よう。おやすみ。2006年6月17日 土曜日先日、病院の帰りにマサヨとお昼でも食べて帰ろうかって話になって、車でレストランに寄った。駐車場に車を止めてお店の人に確認すると、一応バリアフリーにはなっている、しかし車椅子で入れるトイレが無いと言う。トイレに行けないと言うのはちょっとヤバイ。その後、何軒かレストランを回ったり、電話をしたりして確認をするが、皆同じ答えが返ってくる。最近、大型のショッピングセンターなどは、身障者用のトイレを完備してくれているのだが、なかなか飲食店ではバリアフリーになっていても、そこまで完備しているお店はほとんど無い。まぁ、お店にそこまで求めるのは無理なのかもしれないが・・・結局、マクドナルドのドライブスルーでハンバーガーを買って、家で食べることにした。昔からマサヨはテリヤキバーガーが好きだったので、結構喜んで食べてました。
2006年06月17日
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2003年6月16日 月曜日 38日目電車でマサヨの所へ。病室へ入ると熟睡していたので、側に座って起きるのを待っていた。しばらくすると、ゆっくりと目を覚ましたので、『マサヨ、来たで!待ってたか?寂しかったか?』と声をかけると、大きくうなずく。そして、耳元で『いっぱい、いっぱい愛してるよ!』って言うと、マサヨも大きくうなずき、口パクで『あ・い・し・て・る』と入ってくれた。そして泣き出した。かわいいやっちゃ!ほんまにかわいいマサヨやのぉ!いろいろ話しかけると、何度も何度も泣き出す。じっと私の顔を見つめては泣き出す。早くマサヨの声が聞きたい!マサヨと会話がしたい!声を出すことは出来るのだろうか・・・医師は難しいと言うが・・・ 午前中に言語のリハビリ(ST)をするため車椅子で一階のリハビリルームへ行ったらしい。息を吐く練習、ストローで水をブクブクする練習など、すべてこなしたとのこと。いつも一緒に居てくれる研修中の看護士(女子大生)がとってもびっくりしていた。土・日は休みだったので、今日見たらまた進歩しているように思うと・・・嬉しいことを言ってくれる。義弟が迎えに来たので、『マサヨ、帰るで』と言うと、まるで子供のように口をとがらしてすねる。もう一度言うと、今度は泣き出す。ほんとにエリと一緒だ!『でも、子供二人が家でお腹をすかしてまってるから帰るよ』って言うと、泣きながらだが大きくうなずく。マサヨごめんな。また明日来るね。 2006年6月16日 金曜日3年前には、もう二度とマサヨの声を聞くことが出来ないでは・・・と不安でいっぱいだった。そんなマサヨも今はよくしゃべる。なかなか会話にならないのが難点だが・・・以前よりかなり声が高くなった。なんだかずっと裏声で話しているかのように。でも、声が聞ける、話が出来る、こんな嬉しいことはない。昨日は月に一度の診察、そしてお薬の処方のため病院へ。待合室で待っていると、マサヨが『私なんでこんなとこに居てるの?』そして、『パパ、どこか悪いの?』、『ちょっとお腹の調子が悪いねん』と言ってやると、『ふぅ~ん、大丈夫?』受付の女性に名前を呼ばれると、マサヨが『私も付いて行ってあげよか?待ってた方がいい?』と聞く・・・コラぁぁぁ~!!たまに、わざと笑わそうとして言ってるのでは、と錯覚することがある。入院・転院(計9ヶ月間)、そして退院後の通院は、すべて県立の総合病院だったのだが、在宅介護を始めてからマサヨの精神状態が一時不安定になったこともあり、ネットで調べたり人に相談したりし、他県も含めていろいろ探し回った結果。現在の病院(個人病院だが)の院長が高次脳機能障害の専門医で、患者の家族で作る家族会なども運営していると聞き通院することにした。ところが、この病院が今年中に他県に移転してしまうのだ。今年の11月でマサヨも40歳になる。現在は身体障害者用の障害福祉サービス受給者証でデイサービスや居宅介護サービス(ヘルパー)を受けているのだが、11月からは介護保険に切り替わる。そのため、自宅での面談調査や主治医の意見書が必要になる。さらに、障害者年金の支給が始まって2年目になるので、11月には現状報告書とまた主治医の診断書が必要となるのだ。この時期に病院が移転してしまうのは困る。院長ともいろいろ話したが、書類作成などのことを考えると個人病院ではなかなか手がまわらないかもしれないので、やはり以前診断書等を作成してもらった総合病院(リハビリ専門の病院)へ再度通院するほうがいいだろう、ということになった。久しぶり(約1年半ぶり)に懐かしい人たち(医師や看護士さん)に会うことになる。皆さん元気にしているんだろうか?まだ、あの病院に居るのかな?院長とそんな会話をしていると、横でマサヨはいつも不機嫌になり、『もう、帰る!早く帰ろう!』と怒り出す。自分の病気のこと、体の事を話しているのを聞くのがすごく嫌なのです。お昼過ぎに家に戻り、マサヨをヘルパーさんに任せてエリの学校参観へ。毎回行っていたのに、前回は仕事で行けなくてエリが大泣きしてしまった。今回は、『絶対に来てや!』と約束させられていたので・・・きのうは一日疲れたぁ~、フゥ~
2006年06月16日
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2003年6月15日 日曜日 37日目今日は、1時半からレイの英検の試験だったので、会場まで送っていった。会場近くの喫茶店で試験が終わるのを待っていたところ、家で留守番をしているエリから何度も何度も電話が入る。『パパ、怖いから早く帰って来て!』『トイレに行きたいけど怖いから行かれへんねん!だから早く!』ってな具合・・・まったく、あまえたさんです。ほんとに最近のあまえたぶり、わがままぶりには手をやきます。試験が終わってから、義弟に迎えに来てもらい、子供たちと一緒にマサヨのところへ。着くとヤッさん・アッコさん・カンちゃん・アッキーの4人が来てくれていた。忙しい中、ほんとに良く来てくれます。感謝です。今日も、マサヨを車椅子に乗せて、館内をお散歩。子供たちを見ては泣き、私を見ては泣き、そして4人を見てはまた泣く。泣いてばっかり。またそれを見て4人ももらい泣きしている。でも、すごくすごく進歩している。毎日、毎日、驚きばかり。やっぱりマサヨの中では子供たちのことが一番気になっているはずなのだ。私が免許を取ったらもっと頻繁に子供たちをマサヨの所へ連れて行ってやろうと思う。今晩は遅くなるからってことで、実家へ行くのはやめにし、私たちと義弟で外食。帰りにスーパーで牛乳を買いに行ったのだが、ついでに風呂マット、いす、洗面器、ふた、電動歯ブラシ等を買い、結構高くついてしまった。マサヨが一緒に居たら、買うのを止められてたんやなぁと思う。ごめんなさい。以前はよく日曜日になると一緒に買い物に行っていたのだが、その時マサヨはよく、『パパと一緒に来たらいつも高くつくわ、いらんものばっかり買って!』とぼやいていたのを思い出す。また、一緒に買い物に行けるようになろうな!そして、俺を止めて!2006年6月15日 木曜日昨夜はマカロニグラタンでささやかな結婚記念日のパーティ。赤ワインをマサヨに飲ませたが、『マズぅ~』一口でやめた。以前は結構一緒によく飲んだのだが・・・もうアルコールは受け付けないみたい。『マサヨ、今日は結婚記念日やで!』と言うと、『誰の?』・・・・コラぁぁぁ~!『何年前に結婚したん?』 『何処で結婚式したん?』 『新婚旅行はどこ行ったん?』と質問攻めにあってしまった。夜、じぃちゃんが様子を見に来た時、突然何を思い出したのか、『お母さんに会いたいよぉ、お母さんの顔が見たいよぉ』と泣き出してしまった。そして『家に帰りたいよぉ~、お父さん家に連れて帰ってよぉ』とマサヨ。じぃちゃんが『よっしゃ、よっしゃ、一緒に帰ろ』するとマサヨは、『帰れへ~ん』 ・・・・・ 何じゃそら!結局しばらくして、じぃちゃんが『そしたら、マサヨ帰るで、もう泣いたらあかんで』『私、泣いてたん?気をつけて帰ってな、バイバイ』で終わった。
2006年06月15日
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2003年6月14日 土曜日 36日目今日は11回目の結婚記念日!毎年家族で外食をしたり、子供たちを預けて二人で出かけたりしていたのに・・・今年は・・・マサヨ、早く元気になってまた二人でデートしような!今日はカンちゃんとヤッさんと一緒にマサヨのところへ。土日はリハビリの先生がお休みのため、リハビリがないとのこと。看護士さんが車椅子に乗せて散歩にでも行きますか?って聞いてくれたので。OKした。あいにく雨なので、院内だけの散歩になったが、初めて車椅子に乗せて病室を出た。マサヨはどう感じていたのかは分からないが、何だか回復の日も近いって感じと、一生このままかなって感じの両方!今日は最初なので、少し早めに病室へ戻った。やはり疲れたのか顔の右側が汗びっしょりだった。今日はこれくらいにしとったろかって感じ!ヤッさんとカンちゃんが帰る時には、手でバイバイをしていた。二人が帰った後、私に何かを伝えようとして唇を動かしていたが、それが何なのか全く分からなかった。何度も聞き返すと、すごく怒った顔をする。すねて横を向いたりする。これは昔から変わっていない。でも、だんだんいろいろな感情を出すようになってきているので、いいんじゃないかな?明日もまた、車椅子の練習だ!今晩はカンちゃんが夕食の支度をしてくれた。冷蔵庫の有りものを使って・・・・・さすが主婦の知恵って感じ!カンちゃんありがとう!おいしかったよ!明日はレイの英検のテストが1時半からあるので、それが終わってからマサヨのところかな!?2006年6月14日 水曜日今日は14回目の結婚記念日!まだ、二人でデートに出かけたりは出来ないが、今は私のそばに居る。昨日、エリのバースデイケーキを買いに行ったが、チョコレートケーキが売り切れだったので、イチゴの生クリームケーキにした。エリはお友達と家で遊んでいたので、『ケーキ買ってきたで!』と言うと、真っ先にマサヨが『ありがとう!食べよ、食べよ』『ママのと違うで!私のんやで!』とエリが怒る。『何でよぉ?』とマサヨ。『私の誕生日のケーキやろ!』と言うと、朝から何度も、今日はエリの誕生日やで!と教えていたのに、初めて聞いたかのように『うっそぉ~』とびっくりして、『おめでとぉ~、エリちゃん!、で何歳?』エリにはプレゼントに、前から欲しがっていたDSのゲームソフトを買ってきてやると、目をうるうるさせて『パパありがとぉ~』と言いながら抱きついてきた。何てかわいいやっちゃ!以前から何度も買って買ってとうるさく言ってたのに、私がずっとダメダメと言い続けていたので、よけいに嬉しかったのだと思う。昨夜も夕食後の後片付けと食器洗いはエリがしてくれました。エリちゃんありがとうね。
2006年06月14日
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2003年6月13日 金曜日 35日目今日は電車でマサヨの所へ。着くと、ヤッさん夫婦とミキちゃんが来てくれていた。先に、5月分入院費の清算16万9千円を済ませた。たかぁ~!今日も自分で歯磨きをしたり、アイスクリームを食べたりしていたらしい。ヤッさんやみきちゃんが話しかけると、うなずいたり、涙ぐんだりして反応していたとのこと。看護士さんの話では、今日は1200kcalまでいったらしい。目標の1500kcalまであと少し。頑張れよ、マサヨ!また、いつものリハビリ。ベッドに寝かせたまま先生が右手・右足の曲げ伸ばしをすると、動かし方によってはすごく痛そうな顔をする。かなり痛そうだ。途中で、やめてほしいのか左足で先生にキック!・・・何てことを!これには先生もびっくり!今日は、エリの8歳のお誕生日。おめでとぉ~!ユーコがプレゼントとケーキを買ってきてくれた。ありがとう!ちびちゃんも大喜び!夕食はバーミヤンのパーティセットを出前。ユーコも一緒にエリの誕生日のお祝いで盛り上がりました。でも、やはりここにマサヨが居ないのはとても寂しい。病室のベッドで一人寂しく寝ているんだろうなぁ、と思うとすごく悲しくなる。夜、溜まっていた洗濯をしたら、何と洗濯物がホコリだらけ!これにはびっくり。何で洗濯したのに、汚れるんやぁ!と叫んでいると、エリがやってきて、『パパ、洗濯機の中にあるネットのゴミ捨てたぁ?』、ん???『洗濯機の中?ネット?ゴミ?』、何のことやらまったくわからなかった。エリが洗濯機に手を入れ、なにやらゴソゴソ・・・するとネットの中にはホコリがいっぱい!溢れていた。ゲッ!そんなん知らんかったぁ!私が洗濯機を使い出して、一度もさわったことがなかったのだ。そんなのがあることすら知らなかった。・・・・・また、ひとつ勉強になりました。今日も、皆さんに感謝!感謝!2006年6月13日 火曜日エリ、お誕生日おめでとう!!今日で、11歳になりました。3年前と比べると、かなりしっかりしてきましたが、まだまだ、甘えたのおちびちゃんです。まぁ、母親に甘えられない分、私には目いっぱい甘えさせてやろうと思います。夕方からエリと一緒にケーキとプレゼントを買いに行きます。昨夜エリに『どんなケーキが食べたい?』と聞くと、『チョコレートケーキ食べたぁい!』と横でマサヨが叫んでいた。『ママに聞いてないちゅうねん!』とエリ、マサヨは『だって食べたいも~ん』・・・・・どっちが子供やねん・・・ケーキとプレゼントを買いに行くのがうれしかったのか、夕食の後片付けと食器洗いはすべてエリがやってくれました。・・・・・ありがとうね。夜11時にレイを塾までお迎えに。その間、エリにお留守番とママのお世話を頼んでおく。ただ、エリではトイレに連れて行けないので、マサヨにトイレ大丈夫?と確認だけはしておかないといけない。確認しても、迎えに行っている間に『パパぁ、トイレ~』と叫んでいることはあるようだが・・・いつも迎えに行くときに『レイを迎えに行くから、ちゃんとエリの面倒見といてや』とマサヨに言うのだが、一応『わかったぁ』と返事はするが、帰ってから『大丈夫やった?ちゃんと面倒見といてくれた?』と聞くと、『うん、エリに見てもらってたぁ』・・・ん?ちがうやろぉ~
2006年06月13日
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2003年6月12日 木曜日 34日目午後からマサヨのところへ。マサヨは特に大きな変化はなし、しかし確実に良くなっていると思う。アイスクリームも食べられるようになった。まだ、スプーンで3口程度だが・・・鼻からの栄養補給も現在1日1000kcalとっているらしい。目標は1500kcalとのこと。今日は、少し支えてやれば自分で歯磨きも出来たとの事。なんだか嬉しいなぁ。日々、看護士さんの報告を聞いているだけでも感動する。そして自分の目で見てもう一度感動!今日もベッドでリハビリ、やはり痛いのか先生の顔を見るなり、嫌そうな顔をする。しかし、一生懸命痛いのを我慢して頑張っている。先生の話では最近痛がり過ぎるという、それは少し筋肉が固まりつつあるのかもしれないとのこと。固まってしまうともう動かなくなってしまう。その前に毎日リハビリをして筋肉を柔らかくしておかないといけない。辛そうな顔をしているマサヨを横で見ていると、もういいからやめてくれ!と何度も言いそうになってしまう。涙が出そうになる、でもマサヨ!痛がってる場合じゃないぞ!頑張れ!夕食は先日買っておいたステーキにした。レイの友達も家で食べることに。焼きすぎたのか、子供たちに『かたすぎて、かまれへん!』としかられる。まぁ、ディスカウントショップで買った冷凍肉なので、肉そのものにも問題はあったと思うが・・・でも、肉の後の片付け、洗いものは結構大変です。油だらけ!マサヨも大変やったんやなぁとつくづく感じる。家で焼肉をした時のことを思い出す。私はいつも食べ終わった後片付けもせず、すぐに子供たちと食卓を離れてテレビを見たりしてリラックスしていた。その間マサヨは油だらけの食器やホットプレートの洗いものを一人でしていた。愚痴ひとつ言わずに・・・そんなことも知らず、日曜日や祭日になるといつも、今日は焼肉にしようか?と言っていた私。ごめんな、マサヨ・・・今さら遅いかもしれないが・・・これからは、全部俺がするから・・・ゆっくりしぃや。2006年6月12日 月曜日昨日のちびちゃんとのお遊びは人形ではなかった。朝から何やらゴソゴソしているなぁと思ったら、ダンボールにラップを貼り付けて黒板を作っていたのだ。エリは担任の先生の役で、私は校長先生の役とチャイム(?)の役。何やら黒板にマジックで書きながら生徒に(誰も居ないのだが・・・)『しずかにしなさい!』と怒っている。で、『パパ、チャイム鳴らしてや』、私は『キンコンカンコン、キンコ~ンカ~ンコ~ン』・・・トホホするとエリは書類(新聞の束)を持って来て、『校長先生、授業終わりました』・・・食卓が職員室。テレビを見ていて忘れていると、『パパ、ちゃんとチャイム鳴らしてや!もう休憩時間終わるで!』と叱られました。エリと遊んでいると、マサヨが私の真横で車椅子に座っているくせに、『パパぁ、パパのとこへ行くぅ』とやきもちをやく。『横に居てるやろぉ!』とエリ。マサヨが『もっと近くに行きたいねんもん』・・・かわいいやっちゃ!車椅子を少し引き寄せてやると、私の手を握って頭を肩に乗せてくる。少しすると、急に泣き出して『何で、こんな体になってんのんよぉ』・・・いつものパターンである。エリはそんなことはお構いなしに、『ママ、邪魔せんといて!パパは私と遊んでんねんから!』マサヨは泣きながら、『私も一緒に遊ぶぅ』、『そしたら、ママは教頭先生やで!』とエリ。これでマサヨは泣き止み、『何で私泣いてたん?』・・・何じゃそら!?エリとマサヨのやり取りはいつ見てもおもしろい。つい笑ってしまう。まるで漫才でも見ているように・・・エリがツッコミでマサヨがボケ??そのうちM1グランプリにでも出てもらおうかなぁ
2006年06月12日
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2003年6月11日 水曜日 33日目今日は、エリが短縮授業なので、帰ってくるまで家で待っていてやることにした。その間、市役所に電話をし、障害者手帳と、障害者年金のことで問い合わせたをしたのだが、いずれも脳梗塞の場合は発症後1年半経ってから診断書を提出し、審査をして障害の等級を決定後発行することになっているとの事。基本的には、脳梗塞の場合発症後1年半が回復期間とされているらしい。さぁ、これから1年と5ヶ月でどこまで回復してくれるんだろう・・・マサヨの所へ行くと、今日はやけにしんどそうだった(寝ていた)。『マサヨ、来たで!』って声をかけると目を覚ましてくれた。いろいろ話しかけたりすると、結構反応はよかった。『いっぱい、いっぱい愛してるよ』って声をかけると、すっごく反応し泣き出したりする。看護士さんが来て、昨日の夜にアイスクリームを食べさせたら結構喜んで食べたので、今日も買ってきてほしいとの事。思わず『うっそぉ!』って叫んだ。もう、食べれるんや!でも、まだ通常の栄養補給は鼻から胃まで通したチューブで行っている。しばらくすると、理学療法の先生が来て右手、右足のリハビリ、そして何と今日は座る練習をした。ベッドの端に足を垂らして座る。左手で体を支えて座った。首は下に垂れ、うつむいたままだが、上を向くように言うと、ゆっくりだが顔を上げる。でもまたすぐに下を向いてしまう。・・・まるでまだ首のすわっていない乳児のように・・・やはり疲れるようだ。今日もまたびっくりの連続。マサヨ、すごい、すごいぞ、頑張れ、頑張れ!・・・えっ?わかってるって?えらいすんまへん!こういったリハビリを継続していくことで、脳を活性化させていくようだ。今日も、皆さんに感謝です!2006年6月11日 日曜日現在、マサヨは身体障害者手帳の等級は1級(肢体不自由で右上肢機能障害2級、右下肢機能障害3級)であり、障害基礎年金も支給されている。今、社会保険庁の年金問題が取りざたされており、私も年金なんて将来もらえるかどうかわからない、と考えていた一人だったが、まさか自分の妻が36歳で年金をもらうことになろうとは・・・でも、これは本当に助かります。ちゃんと年金払っててよかった!とつくづく思いました。ただ、支給決定されるまではかなり苦労しました。マサヨに決定が下りたのは2004年3月、通常であれば発症後1年半を経過してからということなので、2004年11月以降となるはずなのだ。最初に市役所の年金課の窓口へ行くと、1年半経過してから出直すようにと説明書だけを手渡され門前払い、主治医や病院の事務局の担当者(結構仲良くなっていたので)、さらには友人の医師などに相談し、再度市役所の年金課へ行くと、市役所は取り次ぎだけで担当窓口は社会保険庁になっているので、社会保険事務所へ行くように言われる。・・・・えっ!?最初から言ってくれよ!と少し腹がたった。社会保険事務所行くと人で溢れており、番号札を取り約2時間待ち、やっとのことで窓口へ行くと、またまたお決まりのセリフ、1年半経過後に申請して下さい・・・2時間待って、1分で終わり!?その後何度も病院と社会保険事務所に足を運び、やっとのことで、脳梗塞の場合、基本は1年半経過後に申請することになっているが、それ以外に医師が病状がある程度固定したと判断した場合は、それまででも申請は可能であるということがわかった。・・・ついでに役所の言いなりになっていてはダメだということもわかった!何と、その為の申請書類もちゃんと用意されているのだ!何で、最初からそういう説明をしてくれなかったの??そして、主治医に肢体障害用診断書、精神障害用診断書、そして病歴経歴書、など社会保険事務所でもらってきた書類に記入してもらい提出し、支給に至ったのだ。腹も立ったが、今となっては年金制度に感謝しています。今日は日曜日、お約束のエリとのお人形遊び・・・ワールドカップが開催されて以来、寝不足気味なのだがが・・・まぁしょうがないか・・・今日は何の役をさせられるんだろう??
2006年06月11日
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2003年6月10日 火曜日 32日目義弟に迎えに来てもらい、一緒にマサヨのところへ。何と、病院へ着くとびっくり、マサヨが全くの普通に見えた。驚きの連続でした。話しかけると声は出ないのだが、口パクで答えようとする。私がタバコを止めて一ヶ月になるよって言うと、『す・ご・い』と口を動かす。更に、本免許の学科試験通ったよって言うと、『オ・メ・デ・ト・ウ』と口を動かす。ほんとにすごい!びっくりです!これは今までにはなかった事。なんて進歩なんだ!驚きです。後は声が出るのを待つだけって感じです。今日は、何もかもがすごい、マサヨの動き一つ一つが感動の連続でした。すっごい進歩です。理学療法士の先生はもう少し様子を見て、車椅子に乗ってリハビリルームへ行くのは、来週からのスタートにしようといくことになった。マサヨはすっごく頑張ってます。なんだか、とってもかわいかった!!今日はとっても気分がいいです。今日はヤッさんの誕生日、更に結婚記念日ってことで、みんなで近所の居酒屋へ行くことになった。ヤッさん家族、カンちゃんと娘さん、そして私とレイ・エリでいろんなことにお祝い。ヤッさんの誕生日と結婚記念日、エリの誕生日(6/13)、私の学科試験合格、マサヨの回復、カンちゃんの誕生日。ほんとに楽しかったです。久しぶりに賑やかで、楽しいお酒だった。少し酔っ払ってしまったかな。家に帰ったのは10時前。あっ!レイの水着の洗濯を忘れてた!洗濯だけ済ませて、寝ることにしよう。ではお休み・・・・・・・・・・・・・・・・2006年6月10日 土曜日昨日のマサヨは一転して機嫌がよろしくなかった。デイサービスから戻ってからのマサヨは、表情も暗く黙ったまま・・・こういう時は、そっとしておくに限る。夕食後、少し表情も明るくなり、多弁になる。そして、いつもの会話が始まる。『私は今何歳?』、『おばぁさんはもう居ないの?』、そして自分の右手の右足を見て、『えぇぇ~、右手も右足も動けへんのぉ?』と驚く、『いつから、こんな体になってんのよぉ?』最後は、『わけわからんわぁ~』・・・・これが何度か続く。途中で話題を変えないと、延々と続くんです。『マサヨ、アイスクリームでも食べる?』と聞くと、『食べる、食べるぅ~』と喜び、話題がアイスクリームへと移る。今日は、またレイが夕食用の弁当もちで塾の日。マサヨが横で、『パパぁ、おなかすいたぁ』とわめいている。さぁ、これから昼食の準備と、お弁当の用意です。・・・がんばろぉ~
2006年06月10日
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2003年6月9日 月曜日 31日目今日は、本免許の学科試験(100問)の日。昨日の夜、勉強している時に突然メガネのフレームが折れて、あまりいい気分じゃなかった。試験自体も全く自信が無く、完全にダメだと思っていた。で、結果発表を見ると何と、何と番号があった。301番!思わずやったぁ!と声を上げそうになった。ほんとに今日は嬉しかった。義弟に電話し、ユーコに、そしてみんなにメールで報告した。同じようにみんな喜んでくれた。と思っているのは私だけ?!まっ、いいか。メガネのフレームが折れたので、この際コンタクトレンズにしようと思い、近所のショップへ行き、15年ぶりにコンタクトレンズをはめたが、全く違和感はなかった。3時半頃に義弟が迎えにきたので、一緒にマサヨのところへ。いつものように、手を握り話しかけると、何だか一生懸命頑張って答えようとしているように見えた。私を見つめ、口をパクパクさせている。看護士さんの話では、明日から車椅子に乗って一階のリハビリルームへ行き、座る練習などのリハビリをしていくとのこと。初めての車椅子での移動。・・・大丈夫かなぁ・・・日々確実に進歩している。いいぞ、いいぞ!何だかだんだん先が見えてきたような感じ。とっても、うれしくなってくる。マサヨ頑張れ!2006年6月9日 金曜日昨日は、一日中すごく機嫌が良かった。よくしゃべり、よく笑っていた。いつもなら一日の中ですごく波があり、笑いながら話していたかと思うと、急に黙りこくって不機嫌になったりする。まるで電気のスイッチのON・OFFのように・・・やはり、たった9時間の里帰りではあるが、マサヨにとっては気分転換になったのだろうか。本当によくしゃべっていた。『パパ、かっこいいなぁ、ほんまにかっこいいわぁ』と私をほめまくる。『何が欲しいんや?』と聞いてやると、『何か、あま~いもの、チョコレートとかぁ』と笑いながら答える。そして、『パパぁ、チュウしてぇ、チュウしてよぉ』とマサヨ、そっとホッペにキスをしてあげる。そういう時のマサヨはすごくかわいいんですよねぇ、とっても愛しくなるんですよ。それを見ていたエリが『ママ、あかん!あかんで!』と言いながら私に抱きついてくる。・・・エリのやきもち。今度は、マサヨが笑いながら『パパぁ~、口にしてぇ、口にチュウしてよぉ』、するとエリは『ママ、きもぉ~、きもい!』と言いながら、マサヨの口をふさいでしまった。三人で大笑いでした。・・・・・すみません、今日はちょっとノロケテしまいましたぁ・・・
2006年06月09日
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2003年6月8日 日曜日 30日目今日は、午前中に子供たちとこれからのことをいろいろ話しあった。自分のことは自分でする、3人で助け合って家のことをする、ママはいつ帰ってこれるか分からないし、いつまでもユーコやご近所の人たちに頼っている訳にもいかない。ママが帰って来ても多分何も出来ないだろうし、逆に3人でママの世話をしてやらなくてはいけない、等々。少し分かってくれたかな?エリは話が終わると、あわてて布団をたたんだり、片づけをしたりしだした。かわいいやっちゃ!でもエリはいつも長続きしないんだよなぁ。レイはまったく動こうとしない。反発しているのか?今日も電車で病院まで行った。行く途中、またエリがダダをこねる。いつものこと。結構疲れる。でも、マサヨはいっつもこういうことと向き合っていたのかと思うと、ほんとにしんどかったのだなぁと思う。私は何もわかっていなかった、それになんの手伝いもしていなかったってことが、つくづく思い知らされる。病院へ行くと、マサヨの大学時代から中の良い友人のリッちゃん、メグミ、マミの三人がお見舞いに来てくれていた。3人がかわるがわるマサヨの手を握り、いろいろ話しかけ、昔話(大学時代の事)をすると、何度も何度も涙ぐむ。思い出してるんだ。メグミの顔を見つめ、マミの手を強く握り締め、そしてリッちゃんの言葉にうなづく。・・・・・やっぱりうれしいのかなぁ。しばらくすると、今度はミキちゃんとアッキー(ご近所の友人)が来てくれた。交代で3人が病室を出て、近くの喫茶店にレイとエリを連れて行ってくれた。二人も一生懸命マサヨに声をかけている。分かっているのか、じっと二人を見つめたり、うなづいたり、そして時折手や足を動かしたりする。早く、記憶が一本の線になってほしい。義弟が迎えに来たので、ミキちゃんとアッキーにマサヨを任せて、子供たちの待つ近くの喫茶店へ向かい、しばらく皆で雑談したあと、子供達を連れて帰る。でも、みんなマサヨのために遠方から足を運んでくれ、一生懸命声をかけてくれる。そして、これからも時々マサヨの様子を見に来てくれると言ってくれた。マサヨ!ええ友達持ったなぁ!ほんまにマサヨの人徳やで!これだけたくさんの人たちが、励ましてくれているし、応援してくれている、そして待ってくれているんや!マサヨは絶対に大丈夫!頑張れ、マサヨ!そしてみんなに感謝、感謝!!今晩は、爺ちゃんと婆ちゃんと一緒に夕食に行った。帰ってから、レイがお腹が痛いと言いだした。最近良くお腹が痛いと言い出す。何だろう、少し気になる。少し風邪気味なのかもしれない。・・・・先日のエリの風邪がうつったのかな?それともストレス??明日は学科の卒業試験(100問)、絶対に一発で合格してやる!!でも、夜、突然めがねのフレームが折れた。・・・・・不吉な予感!2006年6月8日 木曜日週に3日はジィちゃんがマサヨの様子を見に来る。ついでに野菜などを持ってきてくれるのだ。昨夜、マサヨが実家に帰ると言い出した。『ジィちゃん、連れて帰ってよぉ』と・・・1年ほど前は、よく『何で、私ここに居てるのかわからへん』『私の家はここじゃない』と、自分はまだ独身で実家に住んでるのだと、思っていたのだ。そして、『帰る!帰る!』と泣いて暴れる。結構荒れている時期があった。そのころ、主治医に相談したところ、『現実逃避』、徐々に脳が回復してくると同時に、現状(体が不自由であるという事)を認めたくないという気持ちが強くなり、自分が元気だったころに戻る(逃げる)という気持ちが働くのだという。それもしばらくは落ち着いており、たまに帰るということもあるが、すぐに『帰れへん』と言っていた。ところが、昨夜はそれもなく、『ほんまに帰るの?』と聞くと、『帰るよ』と言うので、まぁたまにはいいかと思い、ジィちゃんに連れて帰ってもらった。昨夜は、レイも『パパ、私も一緒に寝ていい?』と聞くので、久振りにエリと三人で川の字になって寝ました。ところが、今朝6時前にバァちゃんから電話が入り、『マサヨが帰る、帰る、って泣いてるから、これからジィちゃんに送ってもらうわ』という。結局、マサヨの久しぶりの里帰りは、9時間で終了!子供たちが起きてきて、マサヨが居るのを見てびっくり!エリは、寝ぼけまなこで、『あれぇ?ママきのう帰れへんかったん?』・・・そんなアホな!そして、ワガママ姫との一日が、今日も始まります。
2006年06月08日
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2003年6月7日 土曜日 29日目今朝、起きるとエリの熱も引き、元気になっていた。レイは朝からヤッさんちへ遊びにいったが、エリはもう少し様子を見るために家に居させた。エリがテレビを見ている間に、久しぶりに布団を干し、掃除機を掛けた。午後から空模様がおかしくなり雨が降り出したので、布団を入れた。3時過ぎに義弟が迎えに来たので、エリをヤッさんちで預かってもらい、マサヨのところへ。今日も特に変わりなし。隣(窓際)の人が今日退院したので、マサヨのベッドを隣へ移動させてもらった。マサヨの手を握り、いろいろ話をしてやる。昨日エリが熱を出したことを話すと、急に泣き出した。そして何かを訴えようとしているのだが・・・・しばらくすると、眠ってしまった。5時ごろに家に戻ってきて、疲れていたので少し横になった。目が覚めると9時を回っていたので、あわててヤッさんちへ子供達を迎えに行った。あまりに帰りが遅かったので、マサヨに何かあったのかと、みんなを心配させてしまった。ごめんなさい。そして、ヤッさん一家に感謝。2006年6月7日 水曜日久振りに、ワガママ姫が爆発!・・・やってしまった!デイサービスの人が迎えに来たのだが、『行きたくない、行かない!』を連発。何とか連れて行ってもらったのだが、すぐに電話が入る。『マサヨさんがエレベーターホールで泣き叫んでるんですが、どうしましょう?一度下りてきてもらえませんか?』とデイサービスの人。あわてて、エレベーターホールへ行くと、大声で叫んでいた。『絶対に行かない!オッサン帰れぇ~!』あっちゃぁ~・・・かなり興奮していたので、今日はお休みさせる事にして、デイサービスの人には引き取ってもらいました。それを見てマサヨは、『オッサン、バイバイ~、さよ~ならぁ~』と笑いながら手を振っていました。トホホ・・・しょうがないので、今日も一日マサヨ姫のお相手です。
2006年06月07日
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2003年6月6日 金曜日 28日目昨夜、エリが夜中に突然咳き込んで吐いたため、今朝、小児科へ連れて行った。熱は37度7分、風邪。体がだるいってことなので、今日は学校を休ませることに。私も今日は少し休養を取ろうと思い、エリと一緒にお昼寝。熟睡してしまった。義弟が3時半頃迎えに来たが、ユーコが来てくれるのを待って病院へいくことに。待っている間、ほんの15分か20分くらいだが、義弟もいびきを書いて熟睡していた。やはり疲れているんだ。マサヨが大部屋に移ったってことで、早速今日カンちゃんがご主人とお見舞いに来てくれた。ありがとう!ユーコが来てから、義弟と一緒にマサヨの所へ。何だか最近私たちが行くときには、いっつもすごく疲れているように見える。これはほんとに良くなっているのか、それとも?!なんだかよくわからない。いずれにしても、先は長いのだというのを最近実感する。家に戻ると、エリは38度6分まで熱が上がっており、かなりしんどそうな顔をしていた。マサヨはこんなときどうしていたんだろうって、考えてしまう。ユーコにお粥を作ってもらって食べさせ、薬を飲ませた。帰りに熱さまシートを買ってきたので、貼ってやる。しばらくすると薬がきいてきたのか、眠そうにしていたので、ベッドに運んでやり寝かせようとしたのだが、嫌がって泣きじゃくる。一人になるのが寂しいようだったので、少し一緒にベッドで寝てやると、眠気が勝ったのか、すぐに眠ってしまった。しばらくするとまた泣き出したので、除いて見ると咳き込んで吐いていた。慌ててふいてやり、パジャマを着替えさせた。心配なので、私の部屋で一緒に寝かせることにした。アイスノンを変えたり、熱さまシートを変えたり、汗をふいてやったり、結構大変。2006年6月6日 火曜日ちょっと最近私もお疲れモードです。今日は、デイサービスもなく、マサヨは只今爆睡中。多分お昼過ぎまで寝ていると思うので、私もお昼まで寝る事にしよう。午後からは、掃除と洗濯です。おやすみなさい。
2006年06月06日
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2003年6月5日 木曜日 27日目今日は、今後のことも考えて、家の中を整理することにした。何がどこにあるのか、まったくわからない。まず、押入れの中に何があるのかを確認し、衣替えをする。洋服、掛布団、敷布団など。次に、調味料や食器など、何処に何があるのかをチェックする。最後に、書類関係。預金通帳などもどこにあるのかわからない。家の中のことは、全て妻に任せていたのでまったくわからない。こりゃ大変だわ!自分は家では何もしていなかったのだ、ということを思い知らされる。一日では無理そうなので、ゆっくり家の中の事を把握していこうと思う。午後から電車で病院へ。看護士さんによると、今日のリハビリも結構調子良かったらしい。ただ、私が着いたときにはリハビリの後で、少し疲れていた様子。いつものように、ベッドサイドで手を握り声をかけるが、疲れているせいか、あまり反応は無い。結局、しばらくして眠ってしまったので、義弟が迎えに来るまで、側で寝顔を見ていた。夕方、義弟が迎えに来たので、一緒に帰った。今晩は、義弟の友人の女の子が夕食の支度に来てくれた。エリは変な人って言ってたけど・・・結構美味しかったのだが、子供たちは魚以外はもひとつって感じ!また、来週来てくれるとのこと、私にとっては有難いのだが・・・・子供たちが・・・どうしよう?!来週?2006年6月5日 月曜日昨日は、一日チビちゃんのお相手。日曜日はエリと遊んでやる約束なのです。エリがダンボールで作った家(結構器用に作っている)でお人形遊び・・・私は小さな熊の人形で、『くまぴょん』と、悪者の魔法使いの二役。これが結構大変なんです。ちょっとでも手を抜くと叱られるんですよね。トホホ・・・チビちゃんのお相手をしている間も、マサヨ姫から何度もお呼びがかかる。『パパぁ、トイレ』、『パパぁ、喉が渇いた』、等々・・・まだまだ、ほっとけません・・・義弟から4ヶ月の子供を連れて遊びに来ると電話があった。助かったぁ・・・すると、エリは『子供を見ても、絶対にかわいいって言ったらダメやで!』と私に念を押す。指切りをさせられた。すごくやきもち焼きなんです。義弟が奥さんと一緒に子供を連れてやってきた。マサヨは子供を見て、『かわいいなぁ、かわいいなぁ』と連発、その後急に泣き出して、『何で、こんな体になってんのよぉ』と言う。そして、『名前は何ていうの?』と何度も何度も聞く。それを見て、エリは少しすねていたので、耳元で『エリの方がかわいいで!』と言ってやると機嫌が直る。何とか『かわいい』と言うことは我慢して、言わずに済んだのだが、皆が帰った後、エリが半泣きになりながら、『パパ、何で子供だっこしたんよぉ!』とすねる。・・・抱っこしてやったのが失敗だったようです。仕方ないので、エリを抱っこしてやった。大変ですわぁ・・・
2006年06月05日
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2003年6月4日 水曜日 26日目電車でマサヨの所へ。今日も特に大きな変化はないが、確実に前進しているように思う。いろいろと話しかけると思い出す回数も日に日に多くなっているし、表情もかなり良くなって来た。たまたま、リハビリのために先生がやってきたので、その様子を見ていたら、右手・右足の運動(曲げ伸ばし)、そしてベッドの背もたれを上げて上半身を起こす。一日一回はやっている。見ていると、右足を曲げたときにすごく痛そうな顔をする。そして、ベッドを起こすと、すごくしんどそうな顔をする。やはり一ヶ月近くも寝たままだし、右足も動かしていないので、時間をかけないと難しいんだろうなと思う。でも、リハビリの先生が、今日はすごくいいですよ、今までで一番状態がいいですよって言ってくれた。動かないはずの右手がほんの少しだが反応する。あとはこれからのリハビリ次第とのこと。しかし、右足は全く反応なし。まあ、まだリハビリも始まったばかり、これから、これから・・・今日エリがカンちゃんに髪の毛を切ってもらったらしい。かなり短くなっているが、エリはすごく気に入っていた。結構似合ってるし、楽そうだった。カンちゃん有難う。今日は、ユーコが夕食の用意をしてくれる日。ほんとにいつもご苦労様です。有難うございます。感謝!2006年6月4日 日曜日昨日、マサヨは一日すごく機嫌が良かった。子供たちのアルバムを見ながら、『何て、かわいい子やぁ、すっごいかわいい、かわいい』と笑いながら見ていた。しかし、『でも、産んでないけどなぁ~』とつぶやく。これを一日中繰り返していた。ただ、トイレの回数がすごく多かった。午後から寝るまでに、何と18回!トイレに連れて行き、戻ってくると、5分も経たないうちに、『パパ、トイレ!』と繰り返す。何回かは、『今、行ってきたとこやで!』と言うと、『じゃぁ、いいわ』で終わる。時々こういうことがある。以前は、心配になって病院の婦人科や泌尿器科で調べてもらったりもしたのだが、特に問題もなく原因がわからない。やはり脳の問題なのか・・・また、あまりにしつこくトイレ、トイレと言う事に腹が立って、叱りつけたこともあった。最近ではそれも慣れっこになり、腹の立つこともなく対処できるようになった。
2006年06月04日
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2003年6月3日 火曜日 25日目仮免技能試験一発合格!やったぁ!終わって見ればなんてことはない!家に戻ったのが12時半、結構早かった。カップラーメンを食べてレイの授業参観へ!参観終了後、義弟と一緒にマサヨの所へ。今日はお昼に弟の奥さん(ヤッちゃん)がお見舞いに来てくれていたみたい。⇒マサヨも喜んでると思う。感謝です。今日もすこぶる機嫌が良い感じ。今日の報告、仮免合格やレイやエリの事を話すと、またいつものように泣き出した。だんだん思い出す回数が増えてきた。これは本当にすごい!政代はやっぱりすっごく頑張ってる。そしてすっごく強運の持ち主です!更に驚いたことに看護士さんの話では、今日リハビリの先生が来て完全に麻痺しているはずの右足・右手が少し反応している、感覚があるとのこと。回復する可能性はゼロではないとのこと。これにはさすがに驚いた。完全に諦めていたのに・・・やっぱりマサヨはすごい!俺のマサヨや!そして、レイとエリのママや!ほんとに今日は気分が良い!!今晩はヤッさんちで夕飯をよばれることになった。スーパーでお刺身とメロンをお土産に買っていった。御馳走様でした!今日もみなさんに感謝!2006年6月3日 土曜日今日は、朝からレイが塾へ持って行くお弁当を二つ(昼食、夕食)作る。最近、弁当作りもかなり慣れてきた。レイは朝から夜10時過ぎまで、塾に缶詰めです。マサヨに朝食を用意してから、子供たちが持ち帰った体操服など、溜まった洗濯をする。来週はまた雨になりそうなので、久振りに布団を干しておくことにしよう。
2006年06月03日
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2003年6月2日 月曜日 24日目今日は電車で妻の所へ向かった。病状が安定してきたので、やっと集中治療室を出て大部屋へ移動。部屋へ行き、いつものように手を握って話しかけたが、少し疲れているようだったので、『CDを聞きたかったら手を握って』と言ったが反応なし、『寝たいのなら手を握って』と聞くと握り返して来た。そのまま寝かしてやることにした。寝ている間に、昼食を病院の食堂で済ませた。戻ってみるとマサヨは両目を開いており、結構機嫌は良さそうだった。最近は、マサヨの顔を見るだけで機嫌の良し悪しが分かるようになった。いろいろ声をかけると全てに反応する。マサヨの耳元で『いっぱい、いっぱい愛してるよ!』って言うと、すごく反応は良く、声を出して泣き出した。・・・・・この顔は!?・・・・・思い出したんだ!マサヨは元気なとき、いつも『トシくん、いっぱい、いっぱい愛してるからね!』と私に言い、『いっぱい、いっぱい愛してるよ!』と私が答えるのが、決まりになっていた。そして、寝る前には必ず『おやすみ』の後に、これを言わないと寝かせてもらえなかった。・・・・・このことを思い出して泣き出したんだ!その後も何度かあった。⇒ だんだん思い出す回数が増えてきているように感じる。これはすごいぞ!夕方、義弟が迎えに来てくれたので一緒に帰った。今日は昨日に続き、とっても気分の良い一日でした。今日もビールが美味しい!!いよいよ明日は仮免の技能試験!頑張るぞ!2006年6月2日 金曜日このブログを書き始めて、たくさんの人から暖かい励ましのコメントをいただくようになりました。本当に有難うございます。勇気が湧いてきます。そして、また今日も頑張ろうと思います。
2006年06月02日
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2003年6月1日 日曜日 23日目今日は、子供たちを連れて妻の所へ行く日です。毎週日曜日は子供たちが母親に会える日。午前中、洗濯や洗い物など片付けをし、子供たちは宿題をし、午後から電車で行く事にした。集中治療室に入ると、マサヨはイヤホンを耳につけたまま眠っていた(スターダストレビューのCDを聞きながら)。今日は、松田聖子を聞かせてやろうと思い、CDを入れ替えた。しばらくすると、目を覚まし、手でイヤホンを外してしまった。松田聖子が嫌なのかとも思ったが、どうも音量が大きすぎた様。マサヨ、ごめんな。でも、そのおかげで目が覚めて子供たちを見ることが出来た。いつものようにエリがマサヨの手を握り、声をかける。レイは泣きながら声をかける。いつもと状況は何ら変わっていない。しばらくして、レイとエリが『ママ、わかる?』って声をかけると、一瞬うなづいた様に見えた。エリにもそう見えたらしい。そこで、マサヨにレイがわかるなら、レイの手を握ってご覧というと自分で側に立っていたレイの方へ手を伸ばした。エリの場合も同じようにエリの方へ手を伸ばし、手を握った。これはすごい、そごいぞ。見えてるやん!わかってるやん!いける、いける、絶対いける!何回か繰り返していると、レイの手を握った時に、突然声を出して泣き出した(前にもあったように、顔を真っ赤にして、ウー、ウーという声を出して)。また、少し感覚が戻ったようだ。時間的には2・3分だったが。やはり、子供たちの存在はすごい!マサヨ、頑張れ、頑張れ。なんか、私も少し勇気が湧いてきた。帰りにマサヨの実家へ。ジィちゃん・バァちゃんと一緒に夕食に。ごちそうさまでした。家に戻ってから子供達は、今日のママすごかったなぁ、もうすぐ良くなるなぁ、いつ退院できるかなぁ。。。。とはしゃいでいた。まだ、子供たちには、マサヨの現状の事、後遺症の事は、話さずにおこう。2006年6月1日 木曜日マサヨも今年の11月で40歳になります。今は、障害者の福祉サービス(デイサービス、ヘルパー等)を受けているが、11月からは介護保険に変わる。介護認定の為、本日市役所の担当者が面談に来るという。介護保険制度の変更に伴い、マサヨが今受けているサービスが一部カットされるかもしれない。少し不安です。そんなことも知らずに、マサヨは今、訪問介護の先生(ジミー大西さん??)にマッサージをしてもらいながら、気持ち良さそうな顔をしている。
2006年06月01日
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