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2003年7月31日 木曜日 83日目7月も今日で終わり、もうすぐマサヨが入院して3ヶ月になる。午後から子供たちと一緒にマサヨの所へ。病室へ入るとすごくしんどそうで、聞くとお腹が痛いという。とりあえあずトイレに連れて行き、しばらく座らせることにした。便が出ると少しすっきりした様子。しかし、今日はどうも調子が悪そうだ。ベッドに寝かせると眠い、しんどい、お腹が痛い、てなことを言っている。よくわからないが、布団を頭からかぶって寝ようとする。暑いからと何度もめくるが、またかぶる。頭の方も調子悪そうだった。突然、『王様のねぎ』 と言い、それを繰り返して言う。聞くと 『ブ、ブー』 と返事をする。・・・よくわからん。今晩は子供たちと一緒に焼肉を食べた。2006年7月b31日 月曜日今日は朝からデイサービスへ行ったのだが、仕事の打ち合わせ中に何度も電話が入る。マサヨが頻繁にトイレに行きたいと言い、トイレから戻ると泣きながら 『病院へ連れて行って』と言っているらしいのだ。デイサービスの人にマサヨと電話を代わってもらい、マサヨに、『今から迎えに行くから待っといてや』 と言って納得させる。結局、今日は自宅待機に変更。3時20分にマサヨが帰って来たが、家に入るなり、『トイレーー!』少し心配になったので、近所の婦人科へ電話をして診察に連れて行くことにした。じぃちゃんが連れて行ってくれるというので、夕食後にマサヨを迎えに来てもらった。子供たちと自宅で待っていると、9時前にじぃちゃんが帰ってきた。尿検査をしてもらったところ、膀胱炎の可能性があるとのことで、薬をもらって帰った。ただ、十分な尿が出なかったので明日再度尿を持って行かなくてはならない。抗生物質(クラビット錠)、胃薬(アプレース)、痛み止め(ボルタレン)だが、マサヨが常時服用している薬との問題もあるため、確認の電話を入れると、現在マサヨが服用している薬は、アスピリン、マドパー錠、マグラックス錠、メバロチン錠であることを話すと、アスピリン(血液をサラサラにする薬)を飲んでいるのであれば、痛み止めのボルタレンは飲まないほうが良いということだったので、他のものだけを飲ませた。明日は11時にリハビリセンターの診察があるため、再度尿を届けて再検査してもらうことになった。病院から戻ってからも何度となくトイレへ連れて行っているのだが・・・うぅーーーん! しばらくは、また仕事になりそうにない・・・まぁ、これで検査の結果何もなければ、それでいいのだが・・・
2006年07月31日
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2003年7月30日 水曜日 82日目午前中は仕事の整理をし、子供たちにお昼ご飯を食べさせてからマサヨの所へ。今日も結構機嫌はよかった。丁度言語のリハビリから戻った所だったようで、車椅子に座っていた。しばらくすると理学療法のリハビリに呼ばれたので、連れて行った。体の動きの方も非常に良くはなってきているが、やはり気になるのは意識レベル。今日も訳の分からないことを口走っていた。
2006年07月31日
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2003年7月29日 火曜日 81日目車でマサヨの所へ。今日は結構顔色も良く、機嫌も良かった。しかし、マサヨが自分から口を開くと、少し変わった事を言い出す。今日も突然、『トシ君、いこうか?』 と言うので、『どこへ?』 と聞き返すと、『ごはん食べに行こ』 と言う。『何を食べに行くの? 何が食べたいの? お腹が空いてるの?』 と聞き返すと、首をかしげる。そして結局 『もういい』 で終わってしまう。この繰り返しが何度かあった。リハビリは順調に進んでいるように思えるんだが、この意識レベルが戻ることはないんだろうか??もうマサヨと普通に会話をすることは出来ないんだろうか??2006年7月29日 土曜日昨夜はマサヨが実家にお泊りしたので、久しぶりに三人で川の字になって寝ました。朝電話が鳴ったいたのだが、どうしても起きられなかった。結局11時前までゆっくり寝た。起きてから着信履歴を見ると、やはりばぁちゃんからだった。電話をすると、マサヨが朝から帰りたいと言っていたらしいのだが、落ち着いているので今日は面倒見るからゆっくりするように、とじぃちゃんが言ってくれた。レイは午後から弁当もちで塾へ。エリは夏休みの宿題のため、友達と一緒に公民館の図書室へ出かけた。夕食はエリと二人なので、外食にしようと約束をした。ところが、午後から何度もばぁちゃんから電話が入った。マサヨのトイレ攻撃が始まったらしい・・・・多分昨夜ラキソベロンという下剤を飲ませたせいもある、と説明したのだが・・・・その後もマサヨがトイレに行くたびに電話が入る。そしてじぃちゃんから電話が入り、ばぁちゃんがマサヨやじぃちゃんに怒鳴りちらしているというのだ。じぃちゃんには、さっさと病院へ連れて行けと怒鳴っているという。このままではヤバイと思い、じぃちゃんにうちへ連れて来るように言った。やはり、ばぁちゃんではマサヨの面倒を見るのは無理のようだ。結局2時過ぎにマサヨは帰宅。帰宅後も激しいトイレ攻撃。そして、ばぁちゃんに病院へ行けと言われたせいなのか、私に 『病院へ連れて行って』 と言う。『土日で休みやから来週連れて行ったるからな』 と言ってやると、納得するのだが、その後も何度か、『病院へ連れて行ってほしい』 と言っていた。夕方エリが元気よく、『ただいまぁー』 と帰ってきたが、マサヨを見てびっくり!!『えっ?何でママ居てんのぉ?外食楽しみにしてたのにぃー!』 今日はマサヨは戻らないと思い、ヘルパーさんもキャンセルしたので、夕食はピザをとった。夕食中、夕食後もかなり頻繁にトイレに連れて行く。確かに今日は異様に回数が多かった。やはり、一度病院へ連れて行った方がいいかもしれない。明日、様子を見て考えてみることにしよう。今日は久しぶりにゆっくり出来ると思ったのだが・・・マサヨのトイレ攻撃、そしてばぁちゃんの電話攻撃にまいった!
2006年07月30日
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2003年7月28日 月曜日 80日目午後からマサヨの所へ。午前中に理学療法のリハビリと、午後一番で言語療法のリハビリは終わっていた。ばぁちゃんが付き添ってくれたらしい。今日は特に変わったこともなく、いつものようにしばらくマサヨと話して帰ってきた。今日は少し疲れていたので、夕食は子供たちを回転寿司へ連れて行った。2006年7月28日 金曜日レイは今日も弁当を2個持って塾へ。ついでにエリの昼食用の弁当も作っておいた。今日も夕方家に戻ると、私の顔を見るなり、『パパ、トイレ連れて行ってぇー』 ヘルパーさんに確認すると、デイサービスから3時半に戻ってからすでに2回トイレには行っているという。・・・・ また今日もトイレ攻撃かな?夕食にはステーキを買ってきたので、ヘルパーさんには食べる前に私が焼くということで、サラダなどを用意してもらった。マサヨ、エリ、私の3人で夕食を・・・・するとマサヨはごはんや野菜を食べずに、ステーキだけをさっさと食べてしまい、『もうお腹いっぱいやから、ご馳走様』 と言ってスプーンを置き、前掛けをはずしてしまった。『まだ、ごはんも野菜も残ってるで!』 と言ったのだが、『もういい!』 と言って車椅子を回転させ、テーブルから離れてしまった。まぁ、しょうがないかと思いエリと二人で食べていたのだが、急にマサヨが、『私も食べるぅー』 と言ってテーブルによってきたので、もう一度前掛けを付けてやり、スプーンを持たせると自分のお皿と私のお皿を見比べて、『何でお肉ないのん?こんなん食べられへん!』 と怒ってスプーンを置いてしまった。『さっき、お肉だけ全部食べたやろ?ご飯も一緒に食べやって言ったのに!』 と言うと、『食べてないよぉー、そんなおかしな食べ方せえへんもん!』食べた、食べてない、のやりとりが何度か続いたが、しょうがないので、私のお肉を少しマサヨのお皿に置いてやったのだが・・・・また、肉だけ先に食べてしまった! ・・・ コラァァーーー、野菜も食べんかぃ!これ以上言ってもこっちがしんどいので、マサヨのお皿だけ残し、後片付けをしていると、やはりお腹が空いていたのか、ごはんと野菜だけを食べだした。あまりに味気なさそうだったので、ごはんにふりかけをかけてやったら、完食。・・・良かった。夕食後、じぃちゃんがいつものようにマサヨの様子を見に来た。しばらくするとマサヨが、『じぃちゃん、つれて帰ってよぉー』 いつもなら、じぃちゃんが 『よっしゃ、連れて帰ったろ』 と言うと、着替えや薬を用意している途中で、『帰れへーん!』 と言っていたのに、今日は何も言わずにおとなしくじぃちゃんの車に乗った。何とめずらしい、今日は実家に泊まることになった。すると、『パパ、どっか行きたい』 とエリは急に言い出した。『何で?』 と聞くと、『ママが居てないときに、出来ることをしたいねん』 とエリ。エリもストレスが溜まっていたのかなぁー?レイが塾から帰ってきて、『あれ?ママは?』 『じぃちゃんと帰ったで』 『めずらしぃー!』 夜はマサヨの折りたたみベッドをたたんで、布団を敷き三人で寝ることにした。するとエリがはしゃぎながら、『うれしい、なんか旅行に来た見たい!』マサヨのことでストレスが溜まっていたのは、私だけではなかった・・・・エリも辛かったんだ、そして我慢していたんだ、と今日はつくづく感じた。
2006年07月28日
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2003年7月27日 土曜日 79日目朝起きるとレイの熱は下がっており、一安心。朝食におかゆと梅干を食べさせると完食。食欲も出てきた。子供たちにお昼ご飯を食べさせてからマサヨの所へ行くつもりだったのだが、なんだか体がだるく睡魔に襲われたので、少し寝ることにした。目が覚めると5時前だった!ちょっと疲れが溜まっているのかな?今日は、じぃちゃんとばぁちゃんにお任せして、マサヨには悪いがお休みさせてもらうことにした。夕飯は久振りに鍋をすることにした。結構うまかった。私が疲れているのを見て、子供たちも、準備や片付けを手伝ってくれた。2006年7月27日 木曜日今日は朝10:30から、マサヨも子供たちもお気に入りのヘルパーさんが来てくれた。夕方6時までお世話をしてくれる。レイは午後から友達と遊びに出かけたらしいが、エリはヘルパーさんのお手伝い。掃除を手伝ったり、夕食の用意も手伝ったらしい。夕方仕事から戻ると、いきなり、『パパぁ、結婚式のビデオが見たい』ビデオをセットして見せてやると、3分程で 『もういい』 そして、『聖子ちゃんのビデオが見たい』 ビデオを入れ替えてやるが、またまた3分持たない。これを何度か繰り返す。・・・ どうしても長続きしない。そして、夕食後にマサヨのトイレ攻撃が始まった!私はまだ食事中だったのだが・・・お構いなし・・・トホホ・・・5分おきに、『パパぁー!トイレーーー!』『これで最後やから・・・』 結局1時間で8回! 自分で水を流してしまうので、出たのか出ていないのかわからない。何とか、マサヨは病気なんだ、と自分自身に言い聞かせ、我慢していたのだがなんだかすごく胃が痛くなり、今日はほんとにキレそうになった。頼むから 『トイレ』 という言葉を聞かせないでほしい・・・・・・このままでは、私自身おかしくなりそうになったので、9時半に寝かせた。そのまま熟睡している。子供たちはそんな私の気持ちを察してか、後片付けや食器洗いをしてくれた。エリは、『パパ、大丈夫?しんどい?寝たらなおる?』 と私を気遣って、肩たたきをしてくれた。ありがとうね。お前たちが居てくれるから、パパも頑張れる。ほんとにありがとう!
2006年07月27日
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2003年7月26日 土曜日 78日目今日は朝からレイが友達と市民プールへ遊びに行ったので、マサヨの所にはエリと二人で行った。病室に入ると、カンチャン、ヤッさん、アッキーの三人、そして幼馴染のミエちゃんとアユミちゃんの二人が居た。マサヨはとっても機嫌よく、みんなの話を聞きながら笑っていた。全員の顔も名前も覚えている。良かった。皆が帰る時に散歩を兼ねてお見送りに連れて行った。病室に戻ってから、マサヨに 『さっきは誰が来てたん?』 と聞くと、『知らん、誰か来てたん??』 ・・・・ やはり覚えていない。過去のことはしっかりと覚えているのに、新しいことはなかなか覚えられない。今朝は少し寒かったので、レイのことがちょっと不安だったのだが、それが的中。4時過ぎに病院から戻ってくると、少ししてからレイが『しんどい、頭が痛い』 と泣きながら帰って来た。あまりに様子がおかしいので熱を測ってみると何と39.2度!あわてて小児科へTELするも休み。ヤッさんにTELして聞くと、Y医院なら開いてると思うということで、すぐに連れて行った。結構怪しい、うさんくさい医者だったが、一応お薬をもらって帰った。冷えピタを買いに行ったが近所の薬局は閉まっていたので、カンちゃんに少し分けてもらった。アイスノンを敷き、冷えビタを貼って寝かせる。30分おきくらいに張替えてやる。すると夜中には熱も引き、顔色も良くなった。2006年7月26日 水曜日今朝は忙しかった。昨夜はなかなか寝付けなくて、結局2時過ぎに寝たので今朝はすっごく眠かった。何とか6時に起きて、朝から洗濯をしてからレイの弁当作り。今日も昼食と夕食の弁当を持って塾へ。 ・・・ 大変やけどがんばれレイ!そしてマサヨを起し、朝食の用意(今朝はサンドイッチ)とデイサービスの用意をする。マサヨを送り出した後、エリを起こす。今日はエリは一人でお留守番。エリにも朝食にはサンドイッチを食べさせ、昼食用におにぎり、玉子焼き、そしてそーめんを用意する。この忙しい最中にばぁちゃんから電話が入った。『トシ君、今何してんの?』 ・・・ コラァーーーーー!!忙しいっちゅうねん!!!在宅介護を始めてから、このばぁちゃんと嫁(?)姑の戦いが続いている。世の嫁の気持ちがよくわかる!!『今、忙しいから切るで!』 とさっさと電話を切って、仕事に出かけた。フゥーーー
2006年07月26日
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2003年7月25日 金曜日 77日目子供達は朝から公文教室。12時過ぎに戻ってきたので、昼食にそうめんを食べさせ、午後からマサヨの所へ。病院へ着くとマサヨは寝ていて少ししんどそうだったので、看護士さんに聞いてみると、最近便秘だったらしい。昨夜もトイレに連れて行ったが出なかったらしく、マサヨにトイレに行って見ようかと聞くと、行く言うので、看護士さんに頼んで一緒にトイレに連れて行くことにした。しばらくトイレに座らせていると、大量に出た。自分では出たという感覚は余りないらしく、聞いても出てないと言う。病室に戻りしばらくすると、少し顔色はましになったので、リハビリへ連れて行った。少ししんどそうだったので時間は短くしてもらったが、一応いつものメニューはこなした。病室に戻ると今度は言語のリハビリをするという連絡があったというので、マサヨに聞くと行くと言うので連れて行った。・・・ばぁちゃんは寝かせた方が良いのではと言っていたが。もし私が居なかったら、ばぁちゃんなら休ませていただろう・・・・私が居て良かった。私たちが帰る頃には結構顔色も良く、元気になっていたので安心。2006年7月25日 火曜日今日は一日マサヨのトイレ攻撃にあった。『パパ、トイレーー』 ・・・ この声を何度聞いただろう・・・結局何度連れて行ったのか覚えていない。何回かは、『今、行ってきたとこやで』 と言うと、『わかった』 と言って、納得するのだが、『うんこさんしたいねん、もれそうやねん』 そして連れて行く。『パパ、もういいよ』 と呼ばれてトイレに行き『終わった?出た?』 と聞くと、『わからんねん』 といつもの返事。その後も何度か連れて行くが、ダメ!『何回も行ったけど、出てないで!』 と言うが、『最後にもう一回だけ、お願い』 に騙されて、また連れて行く。この最後にもう一回が、何回もある。月に何度かこういうことがあるのだ。私が洗い物をしていようが電話をしていようが、お構いなしに呼ばれる。このマサヨのトイレ攻撃のときに、いつもイライラしてしまう。せめてトイレには一人で行けるようになってくれれば、言うことはないのだが・・・多生理前っていうのもあるのだろうか・・・念のため、一応生理パットをして寝かせることにした。
2006年07月25日
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2003年7月24日 木曜日 76日目午前中に家の片付けと子供たちの昼食の用意してから仕事の打ち合わせに。4時に帰ってから子供たちを連れてマサヨの所へ。病室に入ると、今日はとっても顔色も良く、機嫌も良かった。一緒に車椅子で散歩に行き。ロビーでヨーグルトを食べた。6時の夕食の時間になったので、マサヨに自分で食べさせようとすると、ばぁちゃんがこぼすから食べさせると言い出した。毎回ばぁちゃんが食べさせているらしいのだ。これはヤバイ。このままでは、練習にならない。いつまでたっても自分で食べられなくなる。主治医や看護士さんにも自分で食べさせる練習をしないとダメと言われているのだが・・・いくら言っても聞かない、ばぁちゃん!かなり頑固なのだ。このままではリハビリセンターへ転院したときにマサヨは苦労するのではないだろうか・・・かなり不安になってきた。今更ばぁちゃんに帰れとも言えないし・・・・私がずっと付いている訳にもいかないし・・・うぅーーーん!どうすればいいんだろう・・・2006年7月24日 月曜日今日は朝から、エリを連れてリハビリセンターへ。先月までお世話になっていた病院が移転するため、今後はリハビリセンターで診察、そして薬を処方してもらわなくてはならないので、紹介状とMRIのフィルムを持って行った。今回はご挨拶だけで、8月1日に予約を取ったので、マサヨを連れて行かなくてはならない。久しぶりにリハビリセンターへ行ったので、お世話になった先生に挨拶しようと、リハビリルームへ行くと、入院中から退院後もしばらくリハビリをして頂いた理学療法士のM先生、作業療法士のY先生、そして言語療法士のF先生に会った。すごく懐かしかった。皆さんに現在のマサヨの状態をお話した。次回診察に来たときには、マサヨの状態を見たいので、是非リハビリルームへ連れてきてほしいと言ってくださいました。・・・ 果たしてマサヨは覚えているんだろうか・・・会計をしていると、何と入院中お世話になった婦長さんにあった。まず、エリを見てびっくり!『おっきくなったなぁー』 と婦長さん。そして、『まぁちゃんは相変わらずわがままばっかり言ってんの?』迷わず、『ハイ!変わってませんよー』 と答えた。次回診察に来たときは、あちこち挨拶周りに忙しくなりそうだ。マサヨはどこまで覚えてるかな???会計を済ませて、エリと一緒にトイザラスへシルバニアファミリーのセットを買いに行った。エリと約束をしていたので簡単に考えていたのだが・・・・行ってみてびっくり!家や家具、人形などなど買い揃えると、2万円を軽く超えてしまった!!エリは、『パパ、ありがとーーー、お手伝い2万回するからね』 と大喜び。結構な出費になったが、エリのこの笑顔を見ていると諦めもつく。家に帰って、早速家を組み立て、家具を並べて遊んでいたのだが・・・・・しばらくして、何やらメモを持ってきた。甘えた声で、『パパぁ、あとこれだけ揃えたいねん』ゲェーーーーーーーーーーーーッ!!! まだそんなにあるの?????しばらくこの話題には触れないようにしよーーーーっと!
2006年07月24日
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2003年7月23日 水曜日 75日目午後からマサヨの所へ。今日は朝からまた熱が出たらしくリハビリは全てお休みしたらしい。私が着いたときには熱も引いており、元気そうだった。ばぁちゃんは疲れているのか横の空きベッドで熟睡中でした。そのお陰で今日はマサヨとはゆっくり話すことが出来たが・・・看護士さんによると、朝から微熱はあったものの、リハビリを受けられない状態ではなかったのだが、ばぁちゃんが休ませると言って、断ったらしいのだ。おいおい、何をするねん!この時期のリハビリは一番大切やのに!どうも、ばぁちゃんはマサヨを甘やかせ過ぎのような気がする。こんなんで大丈夫かなぁ・・・少し心配です。今日は久振りにユーコが夕食の準備に来てくれた。感謝です。2006年7月23日 日曜日昨日は、久しぶりに居酒屋で飲んだ。以前から一度ゆっくり飲んで、ストレス発散しようとユーコと約束をしていたのだ。夕食の用意を済ませ、実家でマサヨを預かってもらおうと、じぃちゃんに迎えに来てもらったのだが、珍しくマサヨは帰りたがらない。じぃちゃんが、『まぁちゃん、一緒に帰ろうか?』 と聞くと、マサヨは、『帰れへ~ん』 を連発。結局、レイに任せて出かけた。待ち合わせ場所にユーコがケンちゃん(ご主人)の車で送ってもらい、やって来た。なんだか久しぶりに夜の外出。在宅介護を始めてからは、私の門限は6時(!)だった。ヘルパーさんが6時までのため、それまでには戻らなくてはならないのだ。居酒屋(語らい処「坐・和民」というお店)でビールを飲みながら、マサヨの事、子供の事、そして私自身の事など、愚痴も含めていろいろ聞いてもらった。ユーコほんとにありがとうね。楽しかったです。結局10時ごろまで飲んだだろうか・・・帰りはケンちゃんが迎えに来て、家まで送ってもらった。ケンちゃん、ありがとう、長い時間ユーコをお借りしてすみませんでした。ユーコとケンちゃんには感謝です。家に戻って玄関を開けるなり、エリが飛んできた。『パパぁ、お帰り、パパだぁーいすき!』 と抱き付いてくる。マサヨは私の顔を見るなり、『パパぁ、トイレー!』 現実に引き戻される。でも、これが我が家なんだ、そして私の愛する家族なんだ。
2006年07月23日
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2003年7月22日 火曜日 74日目子供達を朝から公文へ行かせ、掃除洗濯、布団干し。拭き掃除も徹底的に・・・レイは公文から戻って友達と学校のプールへ。エリは午後から友達んちへ。午後2時ごろからマサヨの所へ行くと、丁度リハビリに呼ばれたところだったので、連れて行き理学療法のリハビリに付き添った。リハビリ用ベッドに座り、左手と左足で支えて左側へスライドしていく。右手と右足が残っているので、左手で引っ張ぱらないといけないのだが、なかなかうまくいかない。どうしても忘れてしまう。次に平行棒の間でマサヨを立たせ、先生が手を離し、マサヨは左手で平行棒をつかんで立っている。以前はすぐにふらついて、先生が支えないといけなかったのだが、今日はしっかりと立っていた。先生がマサヨの右足を前へ出してやり支える。そしてマサヨが平行棒を持ったまま左手を前へ持って行き、左足を前へ出す。ゆっくりと前へ移動していく。最初のころと比べるとかなり進歩している。普通、歩くという作業なんて考えたことはなかった。しかし、今のマサヨを見ていると、歩くという作業がいかに大変かというのがわかる。ひざ曲げて足を浮かして前へ出す、そして伸ばす。これを左右交互に行う。この繰り返しで前へ歩いていく。健常者にとってはごく当たり前のことなのだが、障害を持つ人間にとってこの作業がいかに大変な作業であるかというのが理解できる。しかし、横で見ている私以上にマサヨ本人は大変なのだと思う。今日は午前中に東京から叔父さんが、お見舞いに来てくれたらしい。リハビリが終わってから、夕方までゆっくりして帰って来た。夕食はカンちゃんが焼きそばの材料を用意し、作り方をメモしてくれていたので、今日はレイに作らせてみた。初めてかな?キャベツを切るときの包丁さばきは、ちょっと怖いものがあったが、何とか完成。結構うまく出来た。おいしかったよレイ! ご馳走様でした。そして、カンちゃんありがとう!2006年7月22日 土曜日今日もレイは弁当もちで塾へ。最近はレイも手伝ってくれる。玉子焼きも自分で作るようになった。見た目を気にしながら、おかずをうまく詰めていく。やはり女の子なのだ。エリは朝から友達と健康のために走ってくると言って出かけた。おいおい!小学校5年生やろ?毎週土曜日の朝は走りにいく日と決めている。・・・ただし、朝起きれた時だけだが。まぁ、実際は町内をウロウロし、学校へ行ったり、公民館へ行ったりして遊んでいるだけなのだが。昨晩は子供たちと一緒に 『ハウルの動く城』 を見ていて、寝るのが遅くなったせいか、マサヨはゆっくりお休み中。子供達もマサヨも、昔から宮崎駿のアニメが大好きで、すべての作品を見ていた。ビデオもたくさんあり、何度も何度も繰り返し見ていた。エリはいつもお昼ごろ、『おなかすいたぁーー』 と言って帰ってくる。それに合わせてマサヨも、『パパぁー、起きるぅー』 と呼ぶ。そして、昼食を用意しみんなで食べ、土曜日が始まるのだ。そろそろエリも帰ってくるころだし、昼食の用意をすることにしよう。
2006年07月22日
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2003年7月21日 月曜日 73日目今日は昨日の疲れもありお昼までゆっくりして、午後から子供たちと一緒にマサヨの所へ。病室へ入ると、ばぁちゃんが空いている隣のベッドで寝ていた。やはり疲れているのかなぁ・・・ばぁちゃんが付いていてくれるお陰で、マサヨも離乳食を3食とれているので、顔色も良くなってきた。ただ、看護士さんによると3食ともばぁちゃんが食べさせており、自分で食べる練習をしないとリハビリにならないと忠告しても聞かないらしい。36歳のマサヨも、ばぁちゃんにとっては今はあかちゃんと同じなのだ。うぅ~ん、ありがたいのだが、このままではいかんかも・・・子供たちと一緒に車椅子で散歩したりして夕方までゆっくりした。特にマサヨには変化はなし。2006年7月21日 金曜日今日から子供たちは夏休み。エリは早速、爆睡中!レイは朝から弁当持ちで塾へ。そしてマサヨはデイサービスへ。エリの昼食は、昨夜のカレーの残りを冷蔵庫に入れてある。電子レンジで暖めて食べておくようにメモを残しておく。ちゃんと食べてるかな??
2006年07月21日
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2003年7月20日 日曜日 72日目昨夜は調子に乗って飲みすぎて、寝不足と二日酔いで今日はフラフラ。せっかく川へバーベキューに行ったのだが、殆ど何も食べられずじまい。途中雨が降ったが、夕方まで川でバーベキューを堪能した。子供たちも大はしゃぎ!子供たちも食べるのを忘れて川で遊んでいた。帰りにはお腹すいたの連発!帰りにみんなでスーパー銭湯へ行った。初めて行ったのだが、結構いいかも・・・大人600円、子供300円。これは安い。設備も結構充実しているし。ちょっとした温泉旅行の気分が味わえる。子供たちも大喜び。また来たい!結局夕飯もみんなで一緒にとることになり、和食レストランへ。人数が多かったので、2階の座敷を指定したのだが、なんと一階とはメニューが違う!バーベキューで肉をたらふく食ったので、鯛しゃぶにしたのだが、かなり高くついてしまった。これは結構旨かったし、ボリュームもあったので、しょうがないかっ・・・まあ、ほんとに楽しい二日間だった。皆も本当にいい奴ばかり、これからも末永く付き合っていきたい!でも、今日はマサヨの所へ行けなかった。ごめんなさい。明日は子供たちを連れて行くからね!2006年7月20日 木曜日今度の日曜日に弟の家族と一緒に、川へバーベキューに行こうと話していたのだが、この数日間の雨で、川も大変なことになっているようだし、また日曜日も雨のようなので、今回は中止にした。8月に入ってから行こうってことになった。毎年夏になると、家族で川へバーベキューをしに行く。マサヨが元気なときは、毎週のように行ったものだったが・・・今はマサヨは行けない・・・実家でじぃちゃん・ばぁちゃんに面倒を見てもらうことになる。子供たちとバーベキューの話をしていると、マサヨが、『川行くの?いいなぁ~、私も行きたぁーい!』車椅子では行けるわけもないのだが・・・・でも、前は、一緒に行こうと言っても、『いい、行きたくない』 と言っていたので、気持ちだけでも前向きになってきたのは、いいことなのだと思う。『一緒に行こうか?でも、ちゃんと立って歩かんとあかんで!』 と言うと、『えっ?私歩かれへんの?』 そう言ったあと自分の体を眺めて、『なに、この体は?何で、こんなけったいな体になってんのよぉー?』『私の右手はないの?』 とマサヨ。 『右足は?』 と私が聞くと、『えぇぇーー!右足もかよっ!』 と言いながら笑っている。早く、マサヨも一緒に川へ行けるようになって欲しいものです。そうなれば、バーベキューももっと楽しいものになるはずだ。
2006年07月20日
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2003年7月19日 土曜日 71日目お昼から子供たちと一緒にマサヨの所へ。久振りに車椅子で散歩に出かけた。散歩と言っても外はかなり急な坂道なので、子供たちが交代で車椅子を押しながら、病院内をウロウロ。自販機でアイスクリームを買って、ロビーで一緒に食べた。夕方、東京からOL時代の同僚のユリさんがお見舞いに来てくれた。マサヨはフルネームを覚えていた。ただ、旧姓だったが・・・結婚式にも出席していたのだが、そのことは覚えていない。夕方お父さんが来てくれたので、6時ごろにはユリさんを駅まで送って帰った。明日は前の会社のスタッフと(男3人、女3人)川へバーベキューに行く予定の為、みんなで我が家に泊まりに来た。久振りに皆と会って酒を飲んだ。朝方まで飲んでしゃべって。後は雑魚寝。でも、わいわい飲んだのは久しぶりで、ほんとに楽しかった。2006年7月19日 水曜日今朝早く、エリの叫び声で目が覚めた。『いやぁぁぁーーー!あっち行ってぇぇぇーー!』 と叫びながら両手を振っていた。慌ててエリを起こし、『エリ、どうしたんや?』すると、エリが私の顔を見るなり泣きながら、『パパなんかキライやぁー』 えっ!『どうしたんや?何があったんや?』エリが泣きながら、『おっきな人形が追いかけて来てな、私を捕まえようとするねん』『助けてって、パパを呼んでんのにな・・・パパがどっかへ行ってな、・・・助けてくれへんかってん』『うわぁぁぁーーー、パパなんかキライやぁー』 ・・・ オイオイ!夢かよっ!『夢でキライになるなよ、夢やろ?ほんとにそんなことあったら、絶対にパパは助けてやるで』するとエリは泣きながら私に抱き付いてきて、『うっ、うぅぅーー、パパごめんなさい、パパだぁーい好き』よかった、よかった、・・・ 夢で嫌われてしまっては ・・・ 以前マサヨにも朝起こされて、いきなり 『トシ君なんかキライ!何であんな事するんよぉー』と訳も分からず怒られたことがある。夢の中で女性と腕を組んで歩いていたのだと言う。『えっ?夢やろぉー?』 と言うと、『夢でもアカン!何であんな事したん?』『何でって言われても・・・夢の中のことまでわからんわぁ~』そして、しばらく口を聞いてもらえなかったのを覚えている。よく似た親子ですわぁ~
2006年07月19日
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2003年7月18日 金曜日 70日目今日は転院予定のリハビリセンターでの診察。マサヨにとっては、入院後初めての外出となる。朝8時半に病院に着くと義弟とばぁちゃんが待っていた。主治医が看護士を同行させようかと言ってくれたが、特に問題もなさそうだし、リハビリセンターに着けば、医師も看護士もいるので、義弟と二人で行くことにした。義弟の車でリハビリセンターへ。約40分間、後部座席に私と一緒にマサヨを座らせて行ったのだが、到着するとかなり疲れた様子だった。マサヨに聞くと目が回ると言っていた。・・・ 少し酔ったのかも。正面玄関に車を止めて、外来用の車椅子を取りに行くと、待機していたボランティアのヘルパーさんが手伝ってくれました。脳神経内科の受付に診察券を出し、待つこと30分。診察室に入ると先日私が説明をした担当の女医さんが待っていた。病院から預かってきたMRIのフィルム眺めた後、マサヨの体をチェックする。一通りチェックした後、看護士さんがマサヨを支えて立たせて、医師が右足の状態を確認していた。診察時間は約30分。最後に医師が今月末に会議があるので、マサヨの受け入れについて、出来る限り早い時期に転院出来るよう提案すると言ってくれました。診察後、リハビリルームを見学させてもらった。理学療法室(PT)と作業療法室(ST)、さすがにリハビリセンターだ。現在入院中の総合病院と比較すると、比べ物にならないくらい設備は充実している。なんだか期待で胸が膨らむ。マサヨは分かっているのかいないのか・・・黙って見ていた。『マサヨ、もうすぐここに来てリハビリするんやで!』 と言うと。『ふぅ~ん?』 とマサヨ。帰りは助手席座らせ、シートを目一杯倒し、マサヨを寝かせて連れて帰った。疲れたのか移動中はずっと眠ったままでした。病院へ戻ってからは疲れて眠ってしまったので、後はばぁちゃんに任せて帰った。2006年7月18日 火曜日いつもデイサービスの無い日は、マサヨはゆっくりお昼前まで寝ているのだが、今朝はエリに朝食を用意していると、『パパぁー、トイレー』 とマサヨ。トイレに連れて行った後、もう一度寝るのかと思いベッドへ連れて行くと、『もう、おきるぅー』 とマサヨ。 『もう少し寝たら?』 と聞いてみたが、『もう、寝ない、起きとくぅー』 結局、いつものように顔を拭き、髪をといてやり、朝食を用意する。本当はゆっくり寝てくれる方が、私としては楽なのだが・・・レイは20日の終業式までお休みなので、爆睡中です。エリも今日が給食最終日。いよいよ恐怖の夏休みの始まりだぁーーー
2006年07月18日
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2003年7月17日 木曜日 69日目今日は朝からMRIの検査があった。お昼過ぎにマサヨの所へ着いたときには、かなり疲れた様子だった。主治医にMRIの検査結果の説明があった。最初に撮影したものと比較すると影(梗塞)が少し小さくなっていたので、嬉しくなり、期待しながら医師に脳が回復しているのかと聞いてみたが、甘かった。医師は、これは当初腫れていた脳の腫れが収まり、固まったからだという。そして、一度死んだ脳細胞が回復することはないのだと・・・少しは期待していたのだが ・・・ それ以外は特に変化はなかったが、血管の写りが少し悪くなっているらしい。これは血管造影ではなくMRIなので血液の流れが遅いときには写りが悪くなることもあるので、なんとも言えないらしい。悪化はしていないが、再発防止の薬の投与は続けなければいけないとのことだった。久しぶりにMRIのフィルムを見て、脳梗塞の範囲の広さにショックを受けた。『こんなにたくさんの脳が死んでるんだ!』医師の説明を終えて病室に戻ると、ちょうどミキちゃん、カンちゃん、ヤッさんの三人がお見舞いに来てくれていた。せっかく来てくれたのだが、マサヨは午前中の検査でかなり疲れたのか、ずっと寝たままだった。前回マサヨに会った時は、まだ鼻からチューブを通していたし声もでなかったが、寝ているマサヨを見て、『顔色も良くなったし、表情も良くなったなぁ』 と喜んでいた。そして、みんなは声の出るようになったマサヨと話をするのを楽しみにしていたのだが、眠ったままだったので、次回を楽しみにして帰った。明日は転院予定のリハビリセンターへマサヨを診察に連れて行く日。約1時間のドライブ、マサヨは耐えられるのだろうか?2006年7月17日 月曜日 海の日今日は祭日だが、マサヨは朝からデイサービスへ。子供たちはまだお休み中。久しぶりに子供たちを遊びに連れて行ってやる約束をしたのだが、あいにくの雨。う~ん、どこに連れて行ってやろうか?6時までには戻らないといけないので、お昼をどこかで食べて、ショッピングにでも連れて行ってやることにしよう。もうすぐ子供たちは夏休みに入る。この40日間はちょっと大変、忙しくなります。毎年この時期はほとんど仕事にならない。昼食を用意しなくてはならないし、遊びにも連れて行ってやらないといけない。エリは学校で市営プールの入場券をもらっているので、一緒に行くのを楽しみにしている。友達にももらったとかで、何と3枚持っている。 ・・・ えっ! 3回行くの??さらに、レイは受験勉強のため、ほとんど塾に缶詰状態になる。そのため、ほぼ毎日昼食と夕食のお弁当を用意しなくてはならないのだ。それを考えると、少し憂鬱になる。 はぁ~
2006年07月17日
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2003年7月16日 水曜日 68日目午前中に仕事を済ませ、2時過ぎにマサヨの所へ。今日は朝からお父さんも一緒に居たらしい。微熱があったせいか、少ししんどそうだった。気持ちよさそうに寝ていたので、じぃちゃんとばぁちゃんに任せて帰った。今日は久しぶりにユーコが夕食の準備に来てくれた。感謝です。2006年7月16日 日曜日昨日もお腹が痛いと、何度もトイレに連れて行くが一向に便が出ない。トイレ内が暑くって我慢が出来ないようなのだ。夕食後、下剤を飲ませた。病院の処方薬で “ラキソベロン液” という薬なのだが、これが結構効く。いつも飲ませると翌日には必ず大量に出るのだ。ところが、昨夜は早く効きすぎたのか、2時、3時、6時、とトイレで起こされた。今回は3度とも大量でした。またまた、ほとんど眠れなかったが、これで一安心かな!?今日はレイが模擬テストの日。レイに朝7時に起こされて、試験会場まで送ってやることに。ところが、車のエンジンがかからない! ウンともスンともいわない。何で? バッテリーかな? 時計を見ると8時、試験は8時20分から ・・・ 間に合わない! あっちゃぁー!本日参加できない子のために、水曜日に塾内でテストが受けられるというので、本日のテストは諦めた。レイごめんな。 ・・・ 水曜日頑張れ!マサヨ姫はお昼過ぎまで爆睡。お昼ごはんはチャーハンにした。今、私の横で食べている。今夜はスパゲッティの予定。
2006年07月16日
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2003年7月15日 火曜日 67日目午後からマサヨの所へ。今日もばぁちゃんが朝からマサヨに付き添っている。朝食も昼食も、ばぁちゃんが食べさせてくれた。時間はかかったが完食したとのこと。この調子で十分栄養をとり、体力が回復してくればリハビリも進むのだが・・・今日のマサヨは結構落ち着いていた。特に変わった様子はなし。昨日の意味不明な言葉は何だったんだろう?2006年7月15日 土曜日昨日はレイの三者懇談。4時15分からだったので、4時前に帰ってくると、マサヨがデイサービスから戻り、ヘルパーさんにジュースとおやつを出してもらっていた。月・水・金は8時40分にお迎えに来てもらい、3時20分に送ってもらう。そして、3時20分にヘルパーさんに自宅前で待機してもらい、マサヨと一緒に家に入る。家の鍵はいつもデイサービスの連絡袋の中にいれてあるのだ。ヘルパーさんには3時20分から6時まで、マサヨの世話を中心に、家の掃除や夕食の準備をしてもらっている。したがって、この間は私は仕事に出かけることができる。ただ、6時には帰って来なくてはならないのだが・・・この社会福祉事業には本当に助けてもらっている。ありがたいです。デイサービス、在宅介護サービス。これが無ければ、多分私は肉体的にも精神的にも参っていただろうと思う。何度かヘルパーさんを代えてもらたこともあるが、現在3人のヘルパーさんが交代で世話をしてくれる。掃除や食事の用意も手際が良い。そして何よりマサヨによくしてくれるし、子供達もなついている。ただ、いまだにマサヨは名前を覚えていないのだが・・・いつもマサヨに、『この人はだれ?』 と聞くと、『ヘルパーさん』 と答える。『名前は?』 と聞くと、『わかれへん、聞いたことないもん』たまに、名前を答えるときがある。このときはヘルパーさんも大喜びです。4時になったのでマサヨに、『今日はレイの三者懇談やから、行ってくるわ』 と言うと、『私も一緒に行こうか?』 『えっ?一緒に行ってくれるか?』 すると、しばらく自分の体を眺めて考え込み、『やっぱり、アカンわぁ』『パパ、お願いしますぅ』 と笑っていた。
2006年07月15日
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2003年7月14日 月曜日 66日目今日からばぁちゃんがマサヨに3食食べさせるために、朝8時の朝食から夜6時の夕食まで付き添うことになった。午前中仕事を済ませて、2時前にマサヨの所へ。言語療法のリハビリは午前中に終わっており、ちょうど理学療法のリハビリが始まるところだった。表情もすごくいいし、だんだん長時間立てるようになった。自分で(左足で)車椅子をこげるようにもなった。ところが、病室へ戻ってからがおかしかった。突然訳の分からない事を口走る。『私はおかしいの、普通じゃないの』、とか『私は何かに犯されているの、誰も気がついていないの』『私は今4歳半の頭しかないの、私は今C型肝炎に犯されているの、すぐに治療薬をもらってきて』『何かが違うの、違うの、お願い私を助けて!私を助けて! 』 と何度も何度も・・・突然のことなので、いったい何が起こったのかと驚いた。マサヨを抱きしめてやり、『大丈夫、大丈夫、何も心配することないで』 となだめてやる。しばらくすると、少し落ち着いたのでベッドに寝かせて帰ろうとすると、今度は私の手をつかみ、『私も一緒に連れて帰って!』、と言い出し、また、『おかしいの、何かが違うの、私を助けて! 』と言い出した。これは一体どういうことなんだろう。今日始めて自発的に長時間声を出して話すようになったと思ったら、こんなことを口走る。精神異常になっているのか?それとも単に意識が回復する前の過程なのか?全く意味不明。明日にでもドクターに確認して見よう。ベッドに寝かせ落ちつくまでマサヨの手を握り、そばに付いていてやった。するとしゃべりすぎて疲れたのか、寝息を立てて眠ってしまった。後は、ばぁちゃんに任せて帰った。夜、今日のマサヨの言葉がどうしても頭から離れない。今夜は眠れそうにない・・・また、ストレスが溜まる・・・・・2006年7月14日 金曜日昨日は、よくしゃべり、よく笑い、非常に機嫌は良かった。毎週木曜日は、朝10時半から夜6時まで、ヘルパーさんに世話をしてもらっているのだが、日中もすごく機嫌よかったらしい。ただ、お腹が痛いと言って、トイレに行く回数が多かったということだった。便は一度しか出ていない。夜も、何度も 『パパ、トイレお願いします。お腹が痛いねん』 トイレに行っても便はなし。 そして、10分おきくらいに、これを繰り返す。このトイレの往復はかなりこたえるんですよねぇ~だんだん腹も立ってくる・・・『今、トイレ行ったとこやろ!』『アカン、お腹が痛いねん、もうもれそうー』漏らされては困ると、トイレに連れて行くが、『パパぁ、もういいよー』 と呼ばれトイレに見に行って、『出たん?』 と聞くが、『わからんねん』 ・・・でていない。『出るまで頑張り!便が出るまで座っとき!』 と叱りつけると、泣き出してしまい、『もういややぁー、実家に帰るぅー』 結局、出ずじまいで11時前に寝かせたのだが、ここからが大変だった・・・1時過ぎに、『パパぁ、トイレーー、もれるぅーー』 の声で起こされ、この時も出なかった。そして、いつもマサヨが寝るときにはエアコンを付けておき、私が寝るときにはエアコンを切って、扇風機を回して寝るのだが、3時過ぎ、急にマサヨの泣き声で目が覚めた。『どうしたんや?』 と聞くと、『暑い、暑いねん』 と言って泣いていた。電気をつけると、何とマサヨの顔が汗まみれ、噴出していた。慌ててタオルで顔と体を拭いてやり、再度エアコンを付けてやった。確かに昨夜はものすごく暑かった・・・そして、とどめは5時過ぎ、『パパぁ、トイレーー』 の声で起こされた。昨夜は寝れずじまいでした・・・トホホ結局、ほんとにお腹が痛かったのかどうかは、わからないままでした。
2006年07月14日
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2003年7月13日 日曜日 65日目レイは朝食後、友達の誕生会へ。エリと二人で昼食後、マサヨの所へ。今日は、初めてお父さんとお母さんがマサヨに会いに来る。義弟が連れて来た。たまたま栄養補給用のチューブが抜けていたのと、声も出るようになっている。更に車椅子に乗っているときに二人が来たので、マサヨを見て安心していた。特に最初のころを知らないので・・・いよいよ明日からお母さんが、朝からマサヨの付き添いをしてくれる。朝・昼・晩の三食を食べさせるために。これでやっと、鼻からの栄養補給用のチューブを取り外すことが出来そうだ。何とかうまく通常の食事が出来るようになってほしい。 ・・・ ばぁちゃん、頼むで!お父さんが病院への送り迎えをしてくれることになった。マサヨの朝食前に病院へ送り、夕食後迎えに行く。きちんと食事もとれるようになれば、体力も付いて来るだろうし、そうなればリハビリも順調に行くのではないだろうか。病院の帰りにレイを迎えに行き、今日は外食。明日からばぁちゃん大丈夫かなぁ・・・2006年7月13日 木曜日先週、マサヨは朝起きなくて、週に一度の訪問看護をお休みした。今日は2週間ぶりです。朝起こそうとすると、いつものように 『まだ起きないぃー』 と駄々をこねる。毎朝子供を起こすよりもたちが悪いのだ。まず、ベッドで体を横に向かせ、肩を持ってベッドに座らせる。そして車椅子へ移動。かなり不機嫌な顔をしているが、食卓まで連れて行き、朝食を用意する。ただ、朝食を用意してやると、ちゃんと 『いただきまーす』 と言ってくれる。食べ終わって片付けるときも、『もう、ごちそうさまか?』 と聞くと『ごちそうさま、ありがとう』 と言ってくれる。あたりまえのことなのだが、私にとってはすごく嬉しいのだ。片づけを済ませ、洗濯物を干し終えると、9時半に訪問看護の先生がやってきた。2週間ぶりなので、名前を覚えているかな? と思ったが、何と、ちゃんとN先生と答えた。 これにはびっくり!いつも先生の名前は、大西さん(ジミー大西)だったのに・・・ 今日はちゃんと言えた。只今、マサヨはベッドでマッサージ中。また、『先生、もう結構です。帰ってください』 と叫んでいる。『こら!ちゃんとマッサージしてもらわんと、治れへんで!』 と言うと。『だって、やっても治れへんもん。私の手と足と違うもん』 とマサヨ。以前は自宅でも右足のひざを固定する装具を付け、4点ステッキを持って歩く練習をしていたのだが、もう1年以上やっていない。リハビリにも行っていないのだ。無理にさせようとすると、『いややぁーー』 と泣き叫んで、立ち上がろうとしない。主治医にも何度か相談したが、あまり無理にさせても身に付かないし、逆に興奮させると脳にも良くないので、調子の良いときに声をかけて、本人がやる気になった時に、練習する方がいいと言われた。私としても精神的に落ち着いてくれている方が安心なのだ。自分自身が、脳梗塞になり高次脳機能障害であること、右半身不随であること、を理解できるようになるのだろうか ・・・体は、今のままでもいい、車椅子でもいい、頭さえ戻ってくれれば ・・・マサヨがすべての記憶を取り戻し、普通の会話が出来る。 そんな日が来るのだろうか ・・・『高次脳機能障害』 という言葉が重くのしかかる。
2006年07月13日
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2003年7月12日 土曜日 64日目明日はレイが友達の誕生日会なので、今日レイをマサヨの所へ連れて行った。エリは今日友達と遊ぶので、明日連れて行ってやろう。病室へ入ると少ししんどそうだったので熱を測ると37度8分あったので、詰め所に預けてあったアイスノンを取りに行き、おでこには熱さまシートを貼って、寝かせた。レイはベッドサイドに座り、ずっとマサヨの手を握っていた。しばらくすると、目を覚ましたので途中で買っていったアイスクリームを食べさせる。今日はレイがマサヨに食べさせてやった。『おいしいぃー、レイちゃんありがとう』 と言いながら完食。5時過ぎまで病室でゆっくりして帰った。本日は特に進展はなし。今晩は、カンちゃん、ヤッさん、アッコさんの三人で夕食を用意してくれました。感謝です。2006年7月12日 水曜日昨日の夕食後マサヨが、『パパぁ、私の右手が上に上がってんねん』 と言いながら、左手で右肩の上の方を触ろうとする。以前から、たまに言うことがある。『右手はここにあるで』 と言って、マサヨの膝の上にある右手を持ってやると、『これは違うねん』 とマサヨ。『そしたらこれは誰の手?』 と聞くと、『誰かに借りてんねん、私の手と違う』 と答える。そして、『右足も後ろに曲がってる』 と言うのだ。最初にこれを言われたのは、在宅介護を始めて1年目くらいだっただろうか、心配になって主治医にも相談した。主治医は、よくあることで、足を切断した人が足が無いにもかかわらず、足の裏がかゆいと言うこともあるという。そんなに心配することはないというので、マサヨがそう言った時はあまり深刻にならずに、出来るだけ笑いに持っていくようにしている。『右手が上に上がってんねん』『上でどうなってんの?』『後ろに曲がってんねん』『ふぅーん、出前持ちでもしんのか?』『してへんわぁ』 とマサヨは笑っている。右手を持って『そしたら、この手をつねってもええか?』 と聞くと『いいよ』 そして、右手の甲をつねると、『いたぁーーい!』 普通に触っても感覚はないのだが、痛いという感覚はあるのだ。最近はつねられると痛いということがわかったのか、『この手をつねってもいい?』 と聞くと、『あかぁーん!』 と言って笑うようになった。しかし、もう右手が動くことはないのだろうか ・・・
2006年07月12日
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2003年7月11日 金曜日 63日目今日は午後から仕事の打ち合わせのため、午前中にマサヨの所へ行った。先ずは6月度の支払い。17万3千円程。予定していたよりは安かった。11時から言語のリハビリだったのでちょうどよかった。約1時間。声を出す練習、そして飲み込みの練習。・・・ 何とか順調にこなしている。今は特に進展はなく、停滞している様子。でもマサヨの場合はいつも突然進化(?)するから驚く。今度はどんな進化を見せてくれるのだろうか。リハビリが終わって、昼食に立ち会った。マサヨの左手にスプーンを持たせ、食べさせた。まだまだ不安定だが、うまく口に運んで食べている。マサヨは脳梗塞の影響で、視界が狭くなっている。体の右側が見えないのだ。左半分、約90度程度しか見えない。右側を見る際は、首を大きく振らなければならない。ベッドテーブルに置かれた食器も、右の方が見えないため、中心から左側に置かれたものばかり食べてしまう。様子を見ながら、食器の位置を動かして(右と左を入れ替える)やらないといけない。殆どむせることは無く完食した。一人だと、左側に置かれたものだけ食べて、右側に置かれたものを残してしまう。やはり十分な栄養補給をするためにも、しばらくは誰かが付き添ってやらなくては・・・ばぁちゃん、頼むで!午後からの理学療法のリハビリは看護士さんにお願いしておいた。2006年7月11日 火曜日現在も視界が狭いという障害は残ったままだ。入院中と違い、今は自分で首を動かして見るようにはなったが、食事の際は、出来るだけお皿を左側に寄せて置いてやらなくてはならない。部屋の中では、車椅子を左手でうまく動かせるようにはなったが、右側に障害物があると、どうしても動けなくなってしまう。・・・ まぁ、部屋が狭いというのもあるんですが・・・よく扇風機にぶつかり、動けなくなっている。その時は、『パパぁー、そっちに行きたいねん、動かしてぇー』 と甘える。食事の時はいつも、『何で、左手で食べてるのかわからんわぁ』『左手でなんか、食べたことないねんけどなぁ』 とブツブツ言いながら食べている。私はいつもマサヨの左側に座って食べているのだが、自分のおかずがなくなると、たまに私のおかずを食べていることがある。ん?これは、わかって食べているのか?とにかくよく食べるようになった。おかげで、入院中30キロ台だった体重が、現在は65キロ!!そして、私は62キロだった体重が、現在は53キロ!! トホホ・・・
2006年07月11日
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2003年7月10日 木曜日 62日目午前中にリハビリセンターへ主治医の紹介状を持って話を聞きに行った。担当医は脳神経内科の女医だった。担当医に紹介状とMRIのフィルムを渡すと、現状の説明、そして質問に答えた。現在、離乳食を食べ始めていることや、声を出していることなどを話すと、何度もフィルムを確認しながら驚いていた。脳梗塞の範囲から考えると、奇跡だと言う。7月18日(金)の朝、マサヨを連れて診察に行くことになった。これもまた大仕事だ。入院については、かなりの人が順番待ちをしており、いつになるか分からないという事だったが、担当医は年齢も若いので出来るだけ早く、本格的なリハビリを受けた方が本人にとっても良いので、会議では優先的に入れるよう提案すると言ってくれた。ただ、現在女性部屋が満杯であるため、早くても8月後半から9月に入ってからだろうと言われた。午後からマサヨのところへ。主治医と婦長さんに、今日の報告をした。主治医からも随時リハビリセンターの状況を確認してもらえることになった。病室へ行くと、看護士さんにマサヨの食事のことで話をされた。自分ではなかなかうまく食べることが出来ない、大半をこぼしてしまったり、途中で食べるのをやめて、残してしまうという。このままでは、十分な栄養補給が出来ないので、やはり鼻からの栄養補給と併用した方が良いかもしれないとのこと。もしくは、誰かが3食を付きっきりで食べさせるかだが・・・夜、義弟と相談し、お母さんにマサヨの食事の世話を頼んでみようということになった。マサヨの母親は、一時精神科に通院していたこともあり、マサヨのことであまり心配させないように、まだ入院してから一度も病院へ連れて行っていない。出来るだけマサヨの状態が安定してからにしようと、お父さんや義弟と話し合っていたのだ。最近はマサヨの表情もよくなってきたし、声も出るようになった。まず、今度の日曜日にお母さんを病院へ連れて行くことにした。少し不安だが十分な栄養を与えてやるためにも、ここはお母さんに食事の世話をお願いしよう。大丈夫かなぁ・・・2006年7月10日 月曜日昨日はエリと遊んでやる約束の日。エリは、『今日は、ママも一緒にカルタしよう』 と言い出し、子供用の動物図柄のカルタを出してきた。『最初、私が読むからパパとママが取ってや』 と言い、読み始めた。『ブランコをしています。赤い靴を履いています。クマさんです。』 最初の何枚かを私が取ったのだが、マサヨはなかなか動こうとしない。一応テーブルの上のカルタを眺めているのだが・・・エリが、『ママもちゃんとやって!』 と少しいらいらし出した。『だって、わからんも~ん』 とマサヨ。そして、マサヨが見つけるまで私はじっと待っていたのだが、『あったぁ、あれや、パパとってぇー』 とマサヨが言うと。エリが怒り出し、『ママはパパとチームと違うねんで!競争せなアカンねんで!』すると、マサヨが急に泣き出した。『だってぇ~、わからんもん』 そして、『もう、いややぁ、実家に帰りたいぃぃー』あっちゃぁー、はじまった!これはいかんと思い、エリに、『エリ、これはもうやめよ、違うのにしよう』 と言うと。今度は、エリがすねて泣き出してしまった。あっちゃぁーー、どうしたらええねん!しばらくすると、マサヨは泣き止み、『なんで、私ないてんのぉ~?』エリはカルタを握りしめたまま泣いていたので、エリを呼んで、『ママは病気やから許してあげてな、目も見にくいから、ちゃんと絵が見えへんねんで』と言って抱きしめてやると、何とか収まった。この二人のお相手は、ほんとにたいへんですわぁ。
2006年07月10日
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2003年7月9日 水曜日 61日目もう、脳梗塞を発症して2ヶ月になる。すごく早かった。入院当初は、酸素マスクや点滴など機材・機器に囲まれて、ベッドで寝ていた。寝ているマサヨの姿を見ていても、主治医の説明を聞いても、落ち込むばかりで、夜も眠れない日々が続いていた。それが2ヶ月でマサヨは車椅子に座ることが出来るようになった、そして声も出るし、離乳食も食べている。驚異的な回復振りだ。よく頑張ったと褒めてやりたい。後1ヶ月で転院しなくてはならない。それまでに受け入れ先が決まるのだろうか・・・今日、主治医からリハビリセンター宛の紹介状をもらった。明日はこれを持って、話を聞きに行くことにしよう。今日のマサヨには大きな変化もなく、日々のリハビリをこなした。看護士さんの話では、現在一日3食を離乳食で取るようにしているのだが、なかなか自分では食べられないので、看護士さんが補助してたべさせたり、離乳食ではなく、鼻からのチューブでの栄養補給にしたりしているとのこと。これから徐々に自分で食べる練習をしていくらしいのだが、果たして・・・2006年7月9日 日曜日今日は、朝からレイの塾での三者懇談。マサヨが寝ている間に、レイと二人で塾へ。3年生になってからの、中間テストは少し悪かった。やはり、クラスや部活での友人関係のトラブルが響いたようである。夜、自宅で勉強している時も、よく悩んでいたので、あまり勉強が手につかなかったのだと思う。本人自身も中間テスト後は、かなり落ち込んでいたようだが、今は友人関係も変わり、以前と比べかなり明るくなった。今回の期末テストでは、かなり頑張り成績も持ち直した。先生は、志望校をワンランク上げて、この夏休み頑張ろうと言ってくれた。レイも自分なりに悩んで、頑張ったんだと思う。これは褒めてやりたい。後は、現在の友人との関係がうまくいき、トラブルにならなければ問題ないのだが・・・私自身、親から友人のことを、とやかくいわれるのは好きではなかったので、レイに対してもあまり言わないようにしているのだが・・・こんな時、マサヨならどういうアドバイスをしていたんだろう?
2006年07月09日
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2003年7月8日 火曜日 60日目今日は仕事の打ち合わせがあり、マサヨに付き添ってやることができないので、朝9時に洗濯したパジャマを病室へ届け、後は看護士さんにお願いした。マサヨ、ごめんな今日は一緒に居れなくって ・・・夕食は、ヤッさんが用意をしてくれていました。感謝です。2006年7月8日 土曜日最近、マサヨはすごく機嫌が良い。よくしゃべり、よく笑っている。デイサービスに行くのを嫌がったりせず、素直に行くようになった。どういう心境の変化なのだろうか?今までは、不機嫌な顔をして、デイのお迎えの人が、『おはようございます』 と言っても、私が、『行ってらっしゃい』 と言っても、黙ったまま返事をしなかったのだが、昨日は『おはようございま~す』 と言い、私にも、『行ってきま~す』 と言っていました。そして、『パパぁ、今日の晩御飯のおかずは何?』 私が、『今日はエビフライやで』 と言うと、『うれしいぃー』 と喜んでいた。 デイサービスでも、叫んだり、暴れたりすることなく、機嫌よく過ごしているらしいのだ。連絡帳に 『芸能人の結婚についての質問をよくされています』 と書かれていた。そう、マサヨが芸能人のことを聞いているときは機嫌がいいときなのだ。松田聖子は誰と結婚したん? 西条秀樹は? 河合なおこは? 堀ちえみは? と順番に聞いてくる。 昔のアイドルが中心なのだが、たまに北島三郎や八代亜紀などが出てくる時もある。どういう基準で芸能人を選んでいるのかはよくわからない。デイサービスの連絡帳に、『マサヨが、芸能人の話をしているときは、すごく調子が良い時、機嫌が良い時、なので出来る範囲で答えてやって下さい』 と書いておいた。このままの調子で過ごしてくれればいいのだが ・・・
2006年07月08日
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2003年7月7日 月曜日 59日目言語療法士の先生は、マサヨの声が出るのをまだ知らない。なにせ土曜日に初めて出たんだから。今日は、先生をびっくりささてやろうと朝からマサヨと声を出す練習。先生がいつものように 『マサヨさんこんにちは』 って言ったら、『先生こんにちは』 と言う練習。午前中にマサヨと何度も何度も練習をした。練習の成果があり、たまに声が途切れたりすることもあるが、ほぼ完璧に言えるようになった。後は、言うことを覚えているかどうかだが ・・・昼食は、まだ自分で食べることが出来ないので、私がスプーンで口へ運んでやる。右側が麻痺しているせいか、食べたものが右側の口の中に残ってしまう。途中、何度か指で口の中に残っているものを取り除いてやる。放っておくと、どんどん溜まっていき、右のほっぺが膨らんでくるのだ。マサヨは、『まずぅー』 と文句を言いながらだが、何とか完食。1時半から言語のリハビリへ連れて行く。いつものように言語療法室へ入ると、先生が準備をしていた。そして、その時がやってきた!先生が、『マサヨさん、こんにちは』 マサヨの耳元で、『マサヨ、先生こんにちは、って言ってごらん?』すると、マサヨがか細い声だったが、はっきりと 『先生、こんにちは』先生は思わず目を丸くしてびっくり!『えっ!まぁちゃん、今何て言った? しゃべった? 声出た? うっそぉー!』 と驚く。そしてマサヨに抱きつき、まるで家族のように、大喜びしてくれました。今日は徹底的に声を出す練習をした。家に戻ると、子供たちが学校で作った笹を持って帰っていた。そこには、『ママが早く良くなりますように』 『ママが早く帰ってきますように』 と書かれていた。2006年7月7日 金曜日今朝、ベランダの窓を開けると、何と上からヤモリが落ちてきた。あわてて尻尾をつかんで、 『ほら、見てマサヨ』 とマサヨに見せると、『きゃぁぁーー』 とびっくり、『早く、捨ててぇぇー』 と叫んでいました。マサヨは、虫や爬虫類が大キライなんです。そういえば、以前家の中の観葉植物にナメクジが居たとき、私に電話をしてきた。打ち合わせ中にもかかわらず、『パパぁ、ナメクジでたぁ!早く帰ってきて!』オイオイ、ナメクジでたからって、なんで会社を早退やねん ・・・『アホ、帰られへんちゅうねん。ナメクジなんか塩かけてほっといたら、消えてなくなるわ』そういって電話を切ったのだが、その後が大変だった。家に帰ると、マサヨが不機嫌そうな顔をしていたので、『塩かけたら、ナメクジ溶けてなくなったやろ?』 と言うと、『知らん!』 と怒っていた。そして、『ナメクジでたから帰るわって会社で言えるわけないやろ?』するとマサヨは、『トシ君冷たいわぁ、もう離婚するぅ』『オイオイ、何でやねん、ナメクジで離婚かよ?』結局その日一日口を聞いてもらえませんでした。翌日の夜、マサヨは 『何で嘘でも、よっしゃ今から帰ったるわ、って言ってくれへんかったん?』『そしたら、うそ、うそ、いいよ、って言ったのに』 と言われてしまいました。
2006年07月07日
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2003年7月6日 日曜日 58日目午前中、拭き掃除などの片づけをし、午後から子供たちを連れてマサヨの所へ。昨日マサヨが声を出したという話をしていたので、子供たちも久しぶりにママの声を聞くのを、そしてママとお話しをするのを楽しみにしていた。病室に入ると、また額に汗をかいてしんどそうな顔をしていた。まだ、お腹痛は治っていないようだ。看護士さんに聞くと、朝からまだ下痢は続いている様子。最初子供たちはがっかりした様子だったのだが、子供たちの顔を見ると、マサヨも徐々に元気を取り戻してきた。やはり久しぶりに会う子供たち、うれしいのだ。子供たちは早速ママに話しかける。『ママ、私誰かわかる? 名前言って?』 レイとエリが交代で声をかける。そして、マサヨはそれぞれに答える。『レイちゃん』 『エリちゃん』二人は大喜び! 『ママがしゃべった! ママが名前言ってくれた!』エリもレイも、ベッドで横になっているマサヨに抱きついていた。レイが、『なんか、ママかわいい声になったなぁ~』一週間ぶりの家族団らん。また、病室が私たちのリビングと化していた。最近、マサヨの表情も良くなってきた。こちらの言っていることもほぼ完璧に理解できるということもあり、子供たち(特にレイ)が病室で泣くことがほとんどなくなった。そして、マサヨも泣くよりも笑っていることのほうが多くなって来た。そういうマサヨや子供たちを見ていると、私も自然と笑みがこぼれてくる。そして、回復への期待がどんどん膨らんでくる。今日はユーコとリッちゃんがお見舞いに来てくれました。二人ともマサヨの回復ぶりに驚いていた。この調子で、もっと、もっと、みんなを驚かせてやろうな、マサヨ!2006年7月6日 木曜日いつもはデイサービスに行った日は、あまり機嫌がよろしくないのだが、昨日はとっても機嫌がよかった。夕食後も、よくしゃべるし、よく笑う。子供たちの顔をじっと見つめて、『レイちゃんもエリちゃんも、ほんまにかわいいなぁ』私の顔を見て、『パパって、ほんまにかっこいいなぁ』いつも食卓では、私はマサヨの左側に座っているのだが、私の手を握ったり、腕を組んだり、そして、『パパ、チユーして、チユーしてぇー』レイと二人で、『今日はママ、すごいハイやなぁ』 いつもは、10時ごろ、遅くとも11時ごろには、マサヨをベッドに寝かせるのだが、昨夜は、『マサヨ、そろそろ寝よか?』 と言っても、『まだ、いい、ねむくないもん』 と言って、なかなか寝ようとしない。結局、寝たのは12時を回っていました。私は早めに寝て、今朝4時に起きて、ワールドカップのフランスVSポルトガルを見ようと思っていたのだが、マサヨを寝かせ、後片付けをした後、風呂に入ったら、2時を回っていたので、結局寝れずじまいでした。眠いの、眠くないの・・・・今晩は早く寝よう。マサヨ姫は、まだ爆睡中!今日は10時半からヘルパーさんが来てくれるので、そろそろ起こすことにしよう。
2006年07月06日
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2003年7月5日 土曜日 57日目今日はぴっぴ(マサヨのOL時代の同僚)が4時ごろにお見舞いに来てくれるので、病院へ3時前に到着。病室に入ると、私の顔を見るなりお腹が痛いと言うので、看護士さんを呼ぶと、朝からまたえらいことになっていたらしい。もう予備のパジャマとバスタオルが無い。義弟に電話をして、着替えを持ってきてもらった。また今日もウンチの洗濯・・・・トホホホそんなことより、何より、今日はすっごくうれしい記念日!何と、マサヨが始めて声を出したのだ! やったぁ!!今日はリハビリがお休みなので、病室で発声練習をしていると、突然 『ふぅ~』 と声を出した。マサヨに、『あ・い・う・え・お・って言ってみて?』 すると・・・なっ!何と!、かすかに声が出た。これは、チャンスと思い何度も何度もあいうえおの練習をした。お腹に力を入れないといけないので、少ししんどそうだったがほぼ完璧に言えるようになった。まだ、声と言えるほどのものではないが、ちゃんと聞き取れる。すごい!すごい!更に、私はマサヨのベッドに横になりながら 『ここで寝てもいい?』 って聞くと、突然、マサヨが 『いいよ』 って返事をした。これにはたまげた!自分の意思で、自分の言葉で、ちゃんと声を出して、返事をしたのだ!義弟と顔を見合わせた。嬉しくなって何度も何度も言わせた。あいうえおに始まって、マサヨの名前、私の名前、レイ、エリの名前、義弟の名前。。。。。すべて完璧に言えた。義弟と二人で抱き合って喜んだ。そして、マサヨに抱きついた。思わず呼び鈴を押して看護士さんを呼んだ。『マサヨがしゃべったで!声を出したで!』すると、看護士のOさんが飛んできて、マサヨの声を聞いてびっくり、そしてすっごく喜んでくれた。さらに、詰め所に居た看護士さん全員と婦長さんも来てくれたので、みんなの前で、『自分の名前は? 俺の名前は? 子供の名前は?』 と何度も聞いた。そしてマサヨは答えた。主治医にも言われていたので、話せるようになるのは難しい、声を出す事は難しいと誰もが思っていたので、みんなはびっくり!そして大喜び!同室の患者さんや、ご家族も一緒になって喜んでくれた。全員で拍手までして、喜んでくれた。本当にうれしかったーーー!!4時半ごろにぴっぴが来てくれた。今日の出来事を話すと、ぴっぴが 『今日はマサヨが声を出した記念日やな!』 と言ってくれたので、7月5日はマサヨが声を出した記念日にすることにした。アメリカの独立記念日の次の日だ。ほんとに応援してくれている皆さんに感謝、感謝です。でも一番頑張っているのはやっぱりマサヨなんです!こんなに頑張屋さんだったなんてびっくりです。あまり声を出させ過ぎて疲れたのか、私が帰るときには、もうマサヨはぐったり。マサヨごめんな。でも、すっごくうれしかったんや!許してな。今晩はヤッさんとアッコさんが夕食を用意してくれた。感謝です。二人に今日の出来事、声を出した記念日のことを話すと、二人とも両手を挙げて大喜び!応援してくださった、そして一緒になって喜んでくださった皆さんに感謝です。そして、ほんとに頑張ったマサヨにありがとう!2006年7月5日 水曜日今でも、あの時の事を思い出すと、嬉しくなってくる。朝、マサヨに 『3年前の今日、マサヨが始めて声をだしてんで!記念日やで!』 と話すと、『私、しゃべられへんかったん??』 まっ、いいか・・・とりあえず一緒にバンザイしよ! とマサヨの右手を持ち上げてやった。今日は、久しぶりに幼なじみが車で2時間かけて、遊びに来てくれた。時々電話では話していたのだが、会うのは久しぶり。うれしかった。昔、やんちゃをしていたころの話や、近況などお昼まで楽しく話せた。ありがとう、また来てや。今日は、記念日やからケーキでも買ってこよっと!
2006年07月05日
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2003年7月4日 金曜日 56日目午後からマサヨの所ヘ。病室へ入ると、とってもしんどそうな顔をしていた。『どうしたんや?』 と聞くと、お腹が痛いと言うので看護士さんを呼んだのだが、今日から膀胱の管を抜いたのと、離乳食を食べだしたのが影響してか、朝からずっと下痢で、鼻からお薬を注入しているところだという。簡易トイレを持ってきてもらい、移動させると、えらいことになっていた。くさいのくさくないの・・・トホホ・・・大量ウンチ・・・看護士さんの仕事も大変だ。また、ウンチ付きの洗濯物 ・・・ あっちゃぁ~ ・・・ ビニール袋に入れてもって帰った。後で、『マサヨ、さっきは臭かったなぁ、大量にウンチやったで。素っ裸になって拭いて貰ってたで』と言ってやると、『だ・れ・が? わ・た・し・が? うっそ~!』と言いながら笑っていた。 ・・・ 覚えてないんかぃ!しんどそうだったが、土・日と空いてしまうので、言語のリハビリへ連れて行った。息を吐いて声を出す練習。かすかに音は聞こえるのだが、まだ声と言えるようなものではない。途中で私の顔を見て、鼻の管を触りながら 『な・ん・で・つ・い・て・ん・の?』 って聞きよった。『あほ!今頃何言ってんねや!もう一ヶ月も付けてるやろ!』 って言ってやると、『う・そ・ぉ?』 と言って噴出して笑いよった。何やようわからんが、結構おもろいやつになってきた。今日はお腹の調子が悪いので、理学療法のリハビリはお休みにした。また、来週から頑張ろうな、マサヨ。今日はユーコが来て、夕食の準備をしてくれた。感謝です。2006年7月4日 火曜日昨夜夕食時に、レイが 『高校卒業したら、一人で住んでみたいなぁ』 と言い出した。『何がしたいんや?何か目標でもあるんか?』 と聞くと、『うぅん、何か一度一人で生活してみたい気分やねん』 と気まぐれな返事。それを聞いていたエリが、『わたしはずぅーとパパと一緒やで!』 と嬉しいことを言ってくれる。レイはもう中学3年だが、まだ自分のやりたい事、はっきりとした目標というものがない。『IT企業の社長と結婚して、セレブになんねん』 と笑っている。これも最近のテレビの影響かな?エリの夢はパティシエになることなのだ。『わたしはパティシエになって、自分のお店を持って、いっぱいいっぱいお金儲けして、パパとママにおっきなおうちを買って、一緒に住むねん』 と夢を語る。『パパに楽させたげるからね』 とこれまた嬉しいことを言ってくれる。そんなことを言ってくれるのも、今だけだろうと思うが ・・・ 正直嬉しくて涙が出そうになった。そして、エリが、『パパぁ、100万円あったら家買える?』 ・・・ えっ??最後はみんなで大笑いの夕食でした。
2006年07月04日
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2003年7月3日 木曜日 55日目2時過ぎに病院着。マサヨの病室へ。午前中に言語のリハビリも終わったらしく、今日は結構機嫌はよかった。いつものようにいろいろ話して、遊んで、買って行ったオレンジヨーグルトを食べさせた。今日はむせることもなく、きれいに食べることが出来た。今日、初めて気がついたけど 『私はマサヨに恋をしている』 と、何だか毎日マサヨに会いたくて会いたくてドキドキするし、病室へ入るとウキウキする。病室へ入ってマサヨを見ると、いつも思いっきり抱きしめたくなる。マサヨを抱きしめたくてたまらなくなる。何だかマサヨがとってもかわいいんです。そして、病室を出るときすごく寂しくなる。これは間違いなく恋!?車に乗って家へ帰るとき、現実に戻り虚しくなる。そして、子供のこと、これからの生活のこと、お金のこと、いろいろと考えてしまう。夕食を何にしようか悩んだが、今日はとっても疲れたので外食にした。いつもお世話になっているカンちゃん一家を誘って焼き鳥を食べた。久しぶり。カンちゃんに、『俺、マサヨに恋をしてるわ!』 って話をすると、思いっきり笑われてしまった。2006年7月3日 月曜日昨日は、かなり疲れが溜まっていたので、お昼に焼き飯を作って食べさせたあと、エリにマサヨのお相手をお願いして、寝かせてもらった。目が覚めると、何と5時過ぎ!溜まっていた食器洗いを済ませ、夕食はピザの出前にした。久しぶりにゆっくりと休養させてもらいました。
2006年07月03日
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2003年7月2日 水曜日 54日目主治医に紹介状を書いてもらったので、転院予定のリハビリセンターへ行ったのだが、家族であっても診察扱いになるので、保険証が必要との事。保険証がなければ実費になるということなので、医師との面談は今日は止めにした。受付で聞いてみたところ、入院についてはかなりの人が順番待ちをしているので、いつ入れるかは分からないとの事。また、入院しても期限は3ヶ月とのことだった。マサヨの所ヘ行くと、ちょうど鼻からの栄養注入をしているところだった。確か今日も離乳食を食べると聞いていたので、看護士さんに確認して見ると、やはり昨日と同じでマズイと言って、ほとんど食べなかったので、急遽切り替えたとのこと。何てやっちゃ!ここでもマサヨのわがままぶりを発揮!献立は、茶碗蒸しとお魚そしてお粥だったらしいのだが・・・・明日は特別にマサヨのために、卵をいれたりして少し味付けをして食べさせてみる、と話してくれた。看護士さん、すみません。午後、理学療法室でのリハビリ。今日から平行棒を使用して、立ち上がる練習。車椅子を平行棒の間に持っていき、先生がマサヨの体を支えて立たせた。右手・右足はだらんとしたままだが、何とか左手で平行棒をつかみ、左足一本で立っている。少し立たせては、座らせて休憩。この繰り返しを何度かしたのだが、すぐに汗びっしょりになり、すごくしんどそうな顔になる。しかし、初めて立ち上がったのだ!『マサヨ、やったぞ!立てたぞ!よかったなぁ』 と声をかけるが、無反応。うぅーん、分かってるのかなぁ~これから毎日この練習をし、左手・左足の力をつけていき、自力で歩けるようにしていくのだ。歩けるようになるのかな? ・・・ いや、なって欲しい!今日は、立ち上がったことに感動。なんだか、少しマサヨがちっちゃくなったような気がする。体は徐々に回復しているような気がする。しかし、意識はまだはっきりしていない・・・元に戻るのかなぁ?今晩はユーコが来て夕食を準備してくれた・・・感謝です!ユーコはいつもお昼のパートの仕事を終えてから、家に来てくれる。我が家の夕食の準備をしたあと、自宅へ戻り、今度はご主人のための夕食準備。つかれているのに、いつも本当にありがとうね。感謝しています。2006年7月2日 日曜日レイに洋服を買ったのを知って、エリが、『わたしも、わたしも!』結局、昨日は夕方からエリの洋服を買いに行った。レイとは違い、エリの場合は私と同じで決めるのが早い、あまり試着もしない。結構男らしい(?)買い方をする。また、レイの場合はいつも、かわいいものばかり選ぶ。色もピンク系が多く、ミニのスカートが多い。エリは、パンツが多く、色もブルー系が多い。どちらかというと、男の子っぽいものばかり。同じ兄弟でもかなり違うのだ。二人とも、買ったあとはマサヨの前で、ファッションショーをしていた。レイが着替えて出てくると、マサヨは 『かわいいなぁ、いいやん』 とほめる。次にエリが出てくると、『・・・・』 黙ったまま首をかしげる。それに怒ったエリが、『何で、何も言ってくれへんのんよぉ!ママなんか嫌いやぁ!』そして、私のところへ走ってきて、『なぁ、パパ、かわいいやんなぁ』 と半泣きになりながら同意を求めてくる。『うん、かわいい、かわいい、むっちゃかわいいで、エリ』 これで機嫌がなおった。それを見ていたマサヨが、口を押さえて笑っていました。・・・幸いエリには見られませんでした。
2006年07月02日
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2003年7月1日 火曜日 53日目昨日買ったコップ、スプーン、フォーク、そしてプリンを朝一番にマサヨに届けてから、私は仕事の打ち合わせに。今日は午後4時から言語のリハビリだったので、それまでには戻るということで、看護士さんにお任せした。今日から離乳食を取ると聞いていたので、4時前に病院へ戻り、看護士さんに様子を聞いてみたが、5~6口程度度食べた後、まずいから食べたくないと、ほとんど残したらしいのだ。結構わがまま?4時から言語療法。リハビリでは私が買ってきたマンゴープリンを食べさせたところ、きれいに食べた。でも最後に 『美味しかった?』 って聞くと、『ま・ず・い』 って言うので、『なんてやつや!せっかく俺が買ってきたのに!』 って言うと、笑っていた。冗談も言えるようになったんだ!最近、車椅子に座っているときのマサヨの表情がすごく良くなって来た。言語療法士の先生も、徐々に飲み込みもうまく出来るようになって来たし、咳き込むことも少なくなって来たので、ちゃんと食事が取れるようになるだろうと、言ってくれました。先日、主治医に食事の飲み込みがうまく出来なくて、十分な栄養補給が出来なければ、おなかに穴を開けて、胃へ直接栄養を補給することも考えないといけない、と言われていたので、これは嬉しかった。更に、マサヨは泣いているときに、微かに 『うぅぅぅー』 という音を発するので、ひょっとすると声も出せるようになるかもしれない。可能性はありますよ、とまで言ってくれた。さすがに、この言葉には涙が出そうになった。またマサヨの声が聞けるようになるんや!マサヨと会話が出来るようになるんや!思わず叫んでしまった。私が病院にいる間、ヤッさんがレイを日本脳炎の3期と2種混合(破傷風・ジフテリア)の接種に連れて行ってくれました。ありがとうございます。夕食はカンちゃんがカレーを作って持ってきてくれていた。 感謝です。そして、皆さんに今日の言語療法士の話をすると、みんな自分のことのように喜んでくれました。今日は、とっても気分良く眠れそうだ。皆さんに感謝して、おやすみなさい。2006年7月1日 土曜日あの頃は、もう二度とマサヨの声を聞くことは出来ないんじゃないか、マサヨと会話することが出来ないんじゃないか、と不安の毎日だった。だが今、以前と同じではないが、ちゃんとマサヨの声を聞くことが出来る。そして、なかなか会話はつながらないが、何とか話は出来る。こんなに嬉しいことはない。昨日は、レイが期末テストが終わったということで、一緒にお昼を食べに行き、約束をしていた洋服を買いに連れて行った。やはり、女の子は時間がかかる。何軒もお店を回り、手に持っては戻し、また手に持つ。悩んで悩んで買っていました。レイは 『むっちゃ、楽しかったぁ』 と喜んでいましたが、結構な出費になった、そして疲れたぁ~良くマサヨの買い物に付き合った時のことを思い出す。・・・ おんなじだ!あちこちの店で洋服を見、試着して、楽しそうな顔をしていたのを思い出す。こっちは、足は棒になるは、疲れてフラフラでしたが・・・いつまでも子供だと思っていたが、レイも、もうそういう時期なんだなぁ・・・
2006年07月01日
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