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2010.05.08
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カテゴリ: カテゴリ未分類
  吾輩がこんなに好きな名泉が、日本の生い立ちとなんか関係があるのではと勝手に考えてみました。
  卑弥呼が君臨した邪馬台国が九州にあったのか、奈良桜井市にあったのか歴史ロマンを空想しながら大宰府などや桜井山の辺の道・纒向(まきむく)遺跡などを散策するのはとても楽しいものです。平城遷都1300年祭にちなんで、知人から奈良の魅力をもっと教えてと言われるケースが多くなったので、京都観光に関心が向いている分を、少しは奈良へ揺り戻す絶好の機会ではないかと。そのチャンスが到来したと言うわけです。つまり全国の名泉、観光地はこの今迄地味と言われた奈良(シルクロードの終着点)の魅力を掘り起こすことで、鳥瞰図的に見えてくるのではないかと想うのです。
  奈良桜井市の纒向(まきむく)遺跡に卑弥呼宮殿とおぼしき3世紀前半の大規模宮殿跡地発掘や卑弥呼の墓ではないか言われる最古の前方後円墳の箸墓古墳で、邪馬台国の奈良桜井説に信憑性が高まっている。かといって九州説の方も、俗説とは言え、大和朝廷が九州倭国平定後(520年頃)、その隆盛を跡形も無く消し去り(28年前に吉野ヶ里遺跡が発見されたものの)大和を中心に権威のある神宮を建設したとも考えられます。ここでは大和朝廷の時代前後から、温泉をひも解くことにしましょう。
  仏教伝来が欽明天皇の頃552年として(吾輩の小中学校の頃は532年(仏ほっとけ’ゴミ屋’さんと言って覚えたもの)と言う説が一般的でした。)、最初のお寺「飛鳥寺」が建立されていますが、その後全国に国分寺など含め有名な寺院建立が続きます。余り門前町など近くに温泉があるケースは少ないようです。一方、伊勢神宮や熊野大社をはじめとした神社には、庶民が旅行資金を積み立てて数年に一回楽しく参拝できるシステムになっているのではないかと思うわけです。日本は火山国ですから、温泉があちこちにあり、源泉で約3万、約3千の温泉地があると言われています。山城を築城して防衛しなければならない見晴らしの良い場所とか、峡谷からしか訪れることが出来ないとか、こだわる必要はないわけです。しかし神宮建立の頃に海外からの防衛とか、大和朝廷の日本統一戦略と有力神社の立地が関係しているのではないかと。自然信仰・霊験あらたかな出来ごと由来などに加え、森林が鬱蒼としている場所がまず立地の第一条件になるのではと想います。出来れば多くの方に参拝・参詣して貰うのに、温泉があれば尚のこと、湯治を兼ねて満足されて神社を後にされるのではないかと都合良く想ってしまうわけです。
  そこで、乱暴な推論ですが、大和朝廷時代から有名な神社の近くには結構名泉・露天風呂が有ることがわかります。
  *東は‘蝦夷’対応で 鹿島神宮(茨城)、香取神宮(千葉)
       手前に日本のほぼ中心に位置し、大和に近い伊勢市に伊勢神宮を置き、
       (鳥羽志摩温泉、榊原温泉(津)、湯の山温泉など)
  *西は‘熊襲’対応で 高千穂神宮、霧島神宮、鵜土神宮(霧島温泉、九重温泉など)

  *北は‘朝鮮半島高句麗勢力など’防衛名目で 出雲大社、(玉造温泉、皆生温泉など)
  *南は‘太平洋水軍(海賊)’対応の 熊野大社など(世界遺産登録)です。(湯の峰温       泉、川湯温泉、那智勝浦温泉、白浜温泉など)

  他の有名神社仏閣と名泉
  *奥州は 平泉中尊寺、毛越寺 (中尊寺温泉、水沢温泉など)
  *信州は 諏訪大社      (上諏訪温泉など)
  *北陸は 気比神宮(敦賀)  (芦原温泉など)
  *但馬丹波は 温泉寺(城崎)、出石神社 (城崎温泉など)
  *有馬六甲は 温泉寺(有馬)、中山寺  (有馬温泉など)
  *琵琶湖は 近江神宮     (雄琴温泉など)
  *淡路島は 伊将諾神宮(一宮)(洲本温泉など)
  *四国は 四国八十八個所 石手寺他(道後温泉など)(=額田王が万葉集’熱田津’)    空海上人(弘法大師)は‘’青い国‘’四国88箇寺を開設しますが、この巡礼シ


  日本三大古泉と言われる有馬温泉、道後温泉、白浜温泉は、上に述べた通り近くに神社仏閣があります。枕草子三大名泉の 榊原温泉(津)、有馬温泉、玉造温泉も前述の通りです。  
  次に温泉からは脱線してしまいますが、昔の方が紀行文などにしたためた旅行地について述べてみます。 
  西行は、先に述べた邪馬台国九州説の一つですが、(九州)繁栄の影響を大和朝廷が消し去ることが出来なかった東北毛越寺、中尊寺などを参詣している。祝詞、能、田楽、の原型「延年の舞」が倭国九州と東北には密かに伝承され残っている。銅剣は大和朝廷近くから多く発掘、銅鐸は大和から同心円上に九州、関東東北で発掘されている。あたかも「延年の舞」のように。また西行は、朝廷内の争いに敗れた崇徳院が、保元の乱後流刑された讃岐白峰神社(坂出市)我拝師山(善通寺市)などを訪れている(1160年頃)。大和朝廷が完全消去できなかった地域や流刑地を訪れ名作の和歌紀行文を作っている。
  その約600年後、松尾芭蕉は西行の後を辿り感動の俳句・紀行文を作っている。和歌俳句の題材足り得る場所の一部共通項として、例えば大和朝廷が倭国の繁栄証拠を消し去ろうとする動きに東北等は抗い乍ら、素晴しい文化遺産を継承したいとの意欲が、背景の自然遺産と重なり合って良い雰囲気を醸し出しているのではないかと思う。
  現代では、白洲正子(吉田茂の懐刀 白洲次郎の夫人)が、西行の足跡を辿る中で独自の視点を編み出し、隠れ里や石仏群を発掘し探訪の場所として世に出すことに成功している。特に滋賀県奥琵琶菅浦や高野山近くの天野の里「丹生都比売神社」などは訪れるに値する所である。





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Last updated  2010.05.10 02:45:03
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