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5.脱原発で自然再生可能エネルギーへ転換の動きを加速:一緒に皆と住んでいて、突然大震災・原発事故で、関東圏、特に東京の方々は、住居移動を必要とせず、電力を供給している原発立地を受け入れた福島県の方々が移転退去を余儀なくされているのはなんとも辛いものがあります。原発立地に関しては、関西でも約45%を福井県原発から供給を受けていますが、原発のある福井県美浜等一部は、関西電力のエリアでもあります。参議院の1票格差を平準化しようという論議で、福井県が関西圏に加わった大ブロックで1票の格差を無くそうという案が出ている位、関西圏の中に福井県は位置付けされつつあります。福井を関西圏と見做すと、東電を除き、他の原発は、全てそのブロック圏内に立地されており、東電のみが福島県や新潟県に原発を立地して、電力供給を受けていることになります。今後も首都圏に政治・経済が集中する中で、原発依存を続ける限り、圏外での原発立地に頼らざるを得ません。福島県での原発増設は先ず無理ですから、新潟県柏崎刈羽の増設となると、これもおいそれとは進まないでしょう。となると自然再生エネルギーへの転換しか策は無くなるでしょう。有望な候補は下記の通りです。1)地熱発電:地下2kmガス利用で2,300万Kw潜在能力有り、地下5kmガス利用すれば5,000万Kw~7,000万Kw(東電並み)の供給力可能(産業技術総合研究所)。50年内には技術開発完了と言われている「マグマ発電」が可能になれば、日本は火山国でマグマ無尽蔵であり、60億kw(日本の電力需要量の3倍)の潜在能力がある。過渡的には「高温岩体発電」の技術で対応する。特に東北や九州には現在も10万kw内の地熱発電が10数基稼働中。CO2排出少ないECO発電に数えられる。最近、東芝がニュ?ジーランドへ地熱発電設備のプラント輸出契約を行った報道がされた。バイナリー発電:水より低沸点媒体、アンモニア、パンタフロン利用も、地熱発電の一種。2)潮汐・潮力発電:瀬戸内海、有明海等ではお手のもの、小規模で有れば技術は達成 済。3)マイクロ水力発電:電気の地産地消が達成できそうで、各地域の川沿いに美観の良い木造水車の発電小屋を建て、その地域の電力を小規模分散型発電で賄う。4)浮上風力発電:IHIが日経新聞に発表していたが、海洋国日本では打ってつけ。地上の風力発電は、国立国定公園の景観問題を抱え、近隣住民への低周波障害問題も多発しており、米国や、中国程簡単に立地は出来なくなっている。洋上フロート式なら普及可能。5)メタンハイドレート発電: 新潟や秋田はかって石油ガス生産地だったが埋蔵量が少なく採油コストが高価となり、採油続行断念した。しかし南海沖や日本海側、北方四島周辺等にはメタンハイドレート(メタンを中心に周囲が水分子で囲まれる)が7.35兆M3と大量に埋蔵されており、ガス化する技術も構築されている。CO2発生は、火力発電の石炭や石油を燃焼させるより半分程度に抑えることが可能でECO発電の部類だが、原発より若干高めである。自然再生エネルギー並みにはならないが天然ガス消費の96年分に相当し、資源大国となりうる魅力的な選択肢だ。6)太陽光発電は、黒岩神奈川県新知事が提唱している電力バンク構想が一つのアイデア。 やはり原発を維持したい勢力はあの手この手と攻勢を懸けてくるので、住民・市民 パワーでその影響力を削ぐ、具体的には小規模分散型の発電を個人が自治体や民間資金の支援を仰いで推進する必要があるだろう。6.首都圏機能の分散化の推進: 東京含め、南関東圏に政治経済機能が一極集中してしまった事が、東電の電力需要を急激に高めた。 沿岸部の神奈川県も千葉県、茨城県も原発拒否する歴史の中で、福島県が紆余曲折あったが、原発立地を受け入れた経緯がある。今後は原発の新設・増設も認可されず、CO2排出を抑制した自然再生エネルギーへの転換がスムースに進まない限り、首都圏の一部政治機能を関西等首都圏外へ移転せざるを得ないとみます。1992年 堺屋太一さん等が提案して、東京への一極集中を抑制して、政治機能を移転する「国会等首都機能の移転」が衆参国会で制定された。候補地は栃木・福島、岐阜・愛知、三重・畿央の3地域に絞り込まれた。国土計画局に担当部署「首都機能移転企画課」設置されたが、石原東京都知事等の猛反発にあい、棚上げ状態となる。実際に2011年夏の国交省の部局再編成では移転企画課は廃止の内定が出されていたが、今回の3.11で廃課を中止し、移転再検討の動きも出てきている。1)栃木・福島は、今回の震災と栃木が関東圏内であることから、首都圏からの移転の主旨からすると栃木の候補ランクは下げざるを得ないだろう。ただ天皇・皇后両陛下が率先して那須御用邸を節電したり、避難所の候補として提案されたりと話題は尽きない。アーチストの「さだ まさし」さんは、日経4月22日夕刊プロムナードで、今こそ「福島」への首都移転を提案されてはおられるが。2)岐阜・愛知も、東海地震の恐れから若干ランクは下がる可能性はある。3)三重・(京阪奈)畿央が、関西空港の国際ハブ空港化と、東海道リニアの大阪迄の2045年前の開通を踏まえた交通アクセスが魅力的になることから、優位なポジションに浮上する可能性はある。ドイツでは首都ベルリンに政治機能が全て集中していない。ボンに国防省、フランクフルトに中央銀行、カールスルーエに連邦憲法裁判所がおかれ、政治機能の移転が実際に行われ、距離が離れているから不便だとか非効率だとかの声は余り聞かれないようだ。慢性的な特に東京の電力不足を解決するには、首都機能の政治機能から先ず分散移転することを即刻推進したら良い。7.先端ロボット技術の多様・多面的な展開を促進: 日本がロボットの最先端国だと思っていたら、意外と米国のロボットや無人偵察機、フランスのロボットが、福島第一原発で動いているのを見て、やはり先端技術は安全安心の為に大震災や防災にも応用範囲を広げるべきだと感じた。米国のNASA(航空宇宙局)が、月着陸に成功した宇宙技術を民間に開放して、その後多方面の技術開発に役立った。同じように本田技研のASIMO君のようなスポーツタイプやオフィス系の応用も素晴らしいとは思うが、原発の中等で大震災に役立つ、見かけは重要で無いロボットの開発に期待したい。皆が応援すればロボットメーカーもその気になるというものだ。8.9.11と3.11:21世紀の人為的災害「アルカイダの米国NYなど航空機テロ」が、2001年9月11日(9.11)で、大規模な自然災害が10年後の丁度半年前の2011年3月11日(3.11)に発生した。刻んで将来の復興に胆に銘じておこう。‘’頑張れニッポン‘’=End=
2011.04.23
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3.11の被災者の皆さんのことを考えると胸が熱くなってきます。早い復興を祈るばかりです。40日近く経過していますが、ただもくもくと現地で復興活動をされておられる方に(Fukushima50含め)応援エールを送りたいと思います。新聞やテレビ、週刊誌などで一部の方が、自らは復興活動に携わらないで、ただ政権批判するばかりで、事故処理方法にいらいらをつのらせた論調が闊歩しています。しかしその方達は、今迄じっくりと脱原発とか電力の東西玉融通(60Hz/50Hz)問題とか、東京への一極集中への是正とか根気よく述べていた方々とは到底思えません。過去の言動からおぶれにならないよう冷静に批判をして頂きたいものです。 今回の東北地方太平洋沖地震・福島第一電発事故(以降「東日本大震災」か「大震災」)という不幸な出来事の中で、記憶に留めておきたいことと復興への想いを述べておきます。1.大地震予知の学術交流活発化への願い:‘06年カルフォルニア工科大学の金森博雄名誉教授のチームが、’05年宮城県沖地震M7.2のデータ解析をして、地震の規模が1/4に留まり、南側福島県沖にエネルギーがたまっており、連動して巨大地震に繋がると結論づけた。日本の地震調査委員会は、東側太平洋沖は連動するが、今回の震源である南側と連動するとは想定していなかった(日経新聞3月19日朝刊)。日本側は巨大地震(津波の高さ含め)に関しては南海・東南海大地震の予知に焦点を当て過ぎていたと思う。但し金森チームも茨城県沖にまで余震含めた震源が拡大連動するとは想定していなかった。私達も‘05年宮城県沖地震は良く知っていたし、その後も東北に地震が頻発していたが、想定外の大震災が発生してしまった。日本の地震学会は、予知に関しては「我らの学問領域」と、海外の見解や学術交流には関心が少なかったのではないだろうか? つまり金森チームの様な外部学会の予知見解に対しては、日本の公的な予知連絡会等が参照してそれにコメントをしなかった体質が危惧される。大地震発生後約1カ月過ぎてから、土木研や京大の地震研究者が、東電が福島原発南40~50km南にある「湯の浜活断層」の地震活動を否定していた(経産省保安院も原発に影響なしと追認)と発表していた事に対して、実際の現地調査で、4,000件の数えられる余震(通常‘10年では全国で1,800程度の地震)で、本活断層の活動を裏付けておられた(朝日新聞4月21日朝刊、NHK4月21日クローズアップ現代)。また東大地震研では宮城県牡鹿半島沖200kmの海底で、地盤が南東方向に約55meterも移動していた事を解析していた。気象庁や学会も、日本が地震活動期に入ったと宣告した。日本の地震研究者達に、今後は金森教授のチーム等外部学会にも呼応するような連携を期待したいものです。地震予知に関しては、決して鎖国しないようにお願い!2.大津波の規模:1771年 八重山地震が発生した際、「沖縄 明和の大津波」が石垣島や沖縄諸島を襲った高さが80meterだったという記録があるらしい。「2004年12月26日のスマトラ沖地震M9.1、死者22.6万人でも高さ10meter~34meter」、東日本大震災の津波が、高さ7.3meter(福島県相馬市3月11日23時計測)~23meter(大船渡市)~38meter(岩手県宮古市、4月21日分析)。最初の3月11日23時頃気象庁計測では相馬市の7.3meterが最高値記録として残るが、津波計測器が流されたり電源切断によりデータ収集不可となり、事後の調査で次々と発表された。今回の津波は、最速で時速115kmと推定される。他の大津波分析では、朝日の4月20日報道によると、東大地震研の東日本大震災・大津波分析では、明治三陸津波(1896年)の高さと貞(じょう)観(がん)津波(869年)の長さ、双方の特徴を持つ可能性があるとした。これらの津波分析が次々報道されるのをみると、TSUNAMIが日本発の世界学術語として認知されたのが判ります。3.電力の東西玉融通の促進策:電力を東(50Hz=独シーメンス社製・東電(東京電灯)導入)西(60Hz=米国発電機社製・関電(関西電灯)導入)間で電力(玉Gyoku)融通するシステムの構築が、遅々として行われない可能性があります。EUが2002年統合する際にも、独シーメンスに代表されるメジャーの50Hzに統一され 通貨Euro切り替えと同様に、60Hzの一部の国も発電設備を取り替えEU統合に加わった。費やした切り替え設備投資費用は、日本政府や電気事業連合(周波数変換設備の設備増強投資は100万Kwで約1,000億円)等が発表する発電設備切り替え費用程高くは無く、決断すれば、長期間にはなるが償却可能な額で、切り替え達成可能とみます。10電力会社に地域独占の体制(‘00年3月~発電部門と小売部門の部分自由化は開始済)を、米国の様に発送電分離(電力会社からの送電機能の分離)や新規参入の全面自由競争を許す体制に移行すれば、安定供給に支障をきたすと言うのが、切り替え費用の高額提示を許容している主な理由と推測します。電力代は欧米と比較して1.5~2倍の割高感はあるらしい。しかしこの60Hz/50Hz統合は難しくても、現在の長野、静岡3カ所にある周波数変換能力を、早急に政治決断で500万Kwに増強すべきと思う。理想的には60Hz(或いは50Hz)への統合がベストだ。周波数変換は、現在100万Kwでフル稼働中だが、政府のプッシュで’12年には120万Kwまで増強されるらしい。しかしこのチャンスを逃せば・・・・中進国への仲間入りするのではないかと。 4.今後も東北地方が世界の自動車部品供給地として地位確保するが西日本に補完設置:横浜港、成田・羽田空港、高速道、新幹線網含め世界への扉が完備していた事で、東北地方は首都圏に近く、世界へのアクセスが良く、東北地方に自動車部品調達工場が集積した。ここまで集中していたとは想像出来ていなかった。口数の少ないおっとり刀の東北人に脱帽です。そこで復興会議の議論では、なんとしても東北地方のその地位を保持して頂く為に、世界の自動車産業販売先からより強い信頼を勝ち得る条件として、西日本等にバックアップの設備を設置して安心感を与えて欲しい。外国へ技術開示して生産シフトするより、国内で技術を保有しておく方が戦略的にも得策ではと思う次第です。 =続きあり=
2011.04.23
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次は名古屋だぎゃぁ~・・2月6日の愛知名古屋トリプル選挙の結果の報を受けて、 信長の時代と現在がタイムスリップしたように感じるのは吾輩だけでしょうか。今回の尾張名古屋選挙の洗礼は、単なる民主党・自民党等の既成政党への不満を越えて「政治屋でなく直接参加するボランティアが時間を捻出し、安いCOSTで政治をするもの」だと言うエポックメイキング’’峠’ではないでしょうか。面白そうな大村新知事は、2008年12月末’’年越し派遣村’’時に厚労省副大臣 だった。自民党の枠をはみ出して、湯浅派遣村村長の直接懇請を受け入れ、厚労省庁舎の一時開放に踏み切った決断の人物だ。愛知尾張の方々は、迫りくる財政難日本を明るく民間の力で立て直すのに、日本で最初に政治屋に『おわり』を告げたのでしょう。 変化をもたらした愛知・名古屋と関西は、共に日本の東京一極集中に異議を唱えている2大巨頭地域だ。名古屋と関西は、九州新幹線開通とJR東海による名古屋まで(いずれ奈良経由の大阪まで)のリニア中央新幹線の開通時期が決まり、中国・韓国との経済・観光拡大で関西空港や中部国際空港が活性化しだすこと、北陸新幹線の大阪への延伸費用を抑えて、米原までの延伸で大阪・名古屋・京都・滋賀等とは東海道新幹線へ米原乗換で北陸・関西&東海が繋がる。これで東京の一極集中に分散の芽が出て来るような予感がする。 そこで、東海(関東)・関西を隔てていた2ルート、北の不破の関「関ヶ原」(=関東・関西の言われ)か、南の「関(せき)の山」の東海道53次や1号線ルートの「関」かに話を移しましょう。 先ず、天皇制への権力集中と天皇制を核にした内乱を防ぐ手立てに使われたと推測される、日本史上最大の内乱「壬申の乱」672年が、なんと関ヶ原で行われたのです。関ヶ原に殺到している’’歴女’’にも知って欲しい戦いです。 南の「関」に通じる話としては、後醍醐天皇が、鎌倉幕府倒幕に挙兵し、最初に幕府軍とのドンパチ宣言したのは「笠置山」伊賀ルートとなっているが一挙には大勢を決められなかった。どちらが優勢かを決め、天下に広く示すには平面で谷が一本化していない「関」よりも、谷間伝いの「関ヶ原」の方が決着付けやすく信越や北陸も意識して要の決戦舞台として選ばれている。 その「関ヶ原」ルートの岐阜・大垣は信長(秀吉)のエリアであり、天下取りの戦国武将では最も有利であったとも言える。 好きな「奥の細道」も文芸の世界ではあるが、大垣が終点になっており、芭蕉の深層にこのような日本の『へそ』の意識があったと言えなくもないのではないかと。 岐阜を地盤とする大野伴睦(ばんぼく)自民党副総裁が、距離や降雪を無視して名神高速道路、東海道新幹線を岐阜羽島等経由の「関ヶ原」ルートを強引に決断したことに、学者&庶民が反論しなかったのも、天下分け目の歴史呪縛にかかっていたとしか言いようが無いのである。画して50数年振りの2008年新名神が「関」ルートで開通して、道路の方は関東を結ぶに東海道53次の穏当な路線に戻り、相当短縮出来た。有軌路(鉄道)の方もリニアで90数年振りにやっと「関ヶ原」の呪縛から逃れ、奈良ルートで東海・関西の最短直結になるだろう。 そんな尾張名古屋と関西の繋がりを関ヶ原・関を軸に、より大きな勢力にしてインパクトのある日本の‘’へそ‘’にしようでは無いですか。
2011.02.08
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1月21日(金)のアジアカップ準々決勝カタール戦、25日準決勝韓国戦、29日決勝オーストラリア戦と、若いサーカー日本代表‘’ザック・ジャパン‘’に心が躍った。アジアカップ最終戦の決勝点を延長戦でアシストしたサイドバック長友佑都選手が、名門インテル・ミラノに電撃移籍し、2月6日のローマ戦に後半30分から出場を果たした。インテルの監督は、鹿島でも活躍していたブラジルのソクラテス選手が指揮を取っているのでびっくりだ。長友55番の活躍が大いに期待出来そうだ。FIFA2014年ブラジルワールドカップ(W杯)が楽しみになってきた。期待を込めて、若手等の成長について述べてみたい。 MF香川真司選手は、2010年南アフリカW杯の際は前評判で代表確実と言われながら選出漏れで涙を呑んだ。 しかし独ブンデスリーガ ドルトムント移籍後得点ラッシュでトップ独走に貢献し、新生日本代表攻撃陣の‘’要‘’に成長した。残念ながら香川選手はアジアカップ韓国戦で骨折をし、3カ月のリハビリを余儀なくされた。タフそうなので独ブンデスリーガの今シーズン最終局面には復帰し活躍が可能だ。このアクシデントをバネにして、精神的に成長してくれるだろう。 次に、アジアカップMVPのMF本田圭佑選手は、延長戦が度重なったものの運動量は落ちず、MF遠藤保仁選手の攻撃組み立てに沿って八面六臂の活躍だった。確かに香川選手の骨折欠場がなければ、MVPを香川選手に奪われていた可能性も有り得たが、やはり今年度の年間最優秀選手賞も含めて順当な受賞だ。2006年独W杯の際、MF中田英寿選手、MF中村信輔選手とスタープレーヤーがいる中で、チーム全体が勝利に向け突き進むというまとまりに欠けていた。特にレッドカードの退場者が出た局面では、独W杯代表チームより新生日本代表の方が現場での即座な連携と再構築が機能していた。若手の強気そうな本田選手やアジアカップは故障欠場していた松井大輔選手等が、年長者の遠藤選手等に敬意を払って、温厚な長谷部誠主将の元に結束して和が乱れなかった。 その次に、勝敗は監督の力量・采配に左右されるとよく言われる。伊アルベルト・ザッケローニ監督(通称ザック)が、アジアカップ決勝戦の0:0から延長戦突入後に、長友選手を防御中心のDFから攻撃的サイドバックに専念させることに切り替えてから得点チャンスが一気に増えた。素人でも良くわかるぐらいの名采配だった。これからブラジルW杯に向けて、各選手が欧州リーグやJ-リーグで個人のレべルを磨きアップし、監督がそれに若干の修正味付けをするのみでは‘’ザック・ジャパン‘’のブラジルW杯での上位進出は厳しいだろう。1960年代独クラマーコーチにサッカー日本代表の戦術や基本をたたき込まれ、FW釜本選手やMF(ウィング)杉山選手等の活躍で1968年メキシコ五輪大会銅メダルに結実した。その後も海外から伝手に頼って‘92年からハンス・オフト監督を皮切りに、ファルカン監督、フィリップ・トルシェ監督、ジーコ監督、イビチャ・オシム監督と招聘した。岡田武史監督の南アW杯を経て、伝手に頼らない海外大物監督の交渉による招聘に舵を切った。ここで登場したのがイタリアのザック監督だ。やはりイタリア セリエAの有力チームで実績を挙げたザック監督はプロの監督だなぁと思わせる。南アW杯迄の日本代表の戦術的特徴は、守備を多数で集中して行い、カウンターアタックにより速攻で得点する。攻撃の際は特にセットプレーを重視する等が挙げられる。この特徴をどこまで生かし少しの味付けではなく大幅な戦略注入により、ザック流の’‘得点力’‘を挙げるかに期待する。萌芽として、長友選手を昔のウイング様に攻撃的サイドバックで多用する。それを香川選手や岡崎選手、或いは李友成選手、更にはオランダ フェイエノールトでデビューしたFW宮内亮18歳等がFWとして得点に繋げ、本田選手や松井選手等が相手球を奪い、縦パスで前に中継する方式が見えてきている。 欧州サッカーリーグへ多数の名選手を送り出している南米選手権に、今年半ばオープン参加が決まっている。味付けした‘’ザック・ジャパン‘’がどこまで通用するのかを首を長くして待ちたい。また、22歳以下のロンドン五輪大会を目指す、若手宮内選手等若手の活躍も見ておきたい。このような話はほんまにワクワクする。政界や大相撲の八百長事件で鬱蒼している世の中の閉塞感には、‘’ザック・ジャパン‘’が世界に目を向け、羽ばたいているのを応援するのは,前向きで大いに結構だ。
2011.02.08
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美に関しては、口が裂けても偉そうなことは言えない。しかし健康に関しては毎日朝の散歩30分は汗をかく程度と週1回程度のペースで温泉に浸っている。爽快感があり健康が保られている秘訣と思っている。
2011.02.03
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チュニジア民主化を導火線にして、あっと言う間にエジプトへ伝播し、これからヨルダン、イエメン、更にはサウジアラビア、モロッコ等の王国にも民主化の動きは飛び火しようとしている。各種メディアの報道では、反イスラエル、反米の流れで、イスラム原理主義が台頭し、それを懸念する欧米の介入等が中東の政治的不安定要因となり、今後石油・天然ガスの高騰が予想されるとのことらしい。インターネットのFacebook等SNSによる情報の瞬時のやり取りを、権力側がインターネット回線の遮断とか試みても、電話に転送される等されて、権力側の思う様な通信規制が効かなくなっているのが、民主化の伝播力に輪を懸けているようだ。 日本人にとって、イスラム原理主義は良く判らない、遠い中東の話という訳には済まされない様な、世界の緊急事態となりつつある。そこで中東アラブ社会の歴史を少しおさらいしてみよう。 先ずエジプトは、世界4大文明「ナイル文明」の発祥の地だ。その世界遺産でも特に有名なのがピラミッドとツタン・カーメン王黄金の墳墓(紀元前1333年に王に就任し、9年在位し、19歳でマラリヤ説が高いが病没、或いは暗殺されてとも言われている。)だ。その後ローマ帝国が幅を利かしていた時代は、世紀の美女クレオパトラに代表される如く、ローマ帝国の支配が強い時代が続く。その後、アラブ世界では、1300年前イスラム教の布教が始まり、オスマントルコが台頭し、西欧ハプスブルク家や東ローマ帝国等と拮抗する時代が続く。オスマントルコが没落する過程で、イギリス・フランスがスエズ・イスラエル・パレスチナ地域に植民地として君臨し、エジプトにスエズ運河を開通させる。この流れと並行して、旧約聖書にでてくる「モーゼの十戒」ユダヤ教の聖地であるエルサレムから、ユダヤ人が追い出される事態がおこる。ヒットラーのユダヤ人虐殺(ホロコースト)を契機に、イギリス等の後押しで、第2次大戦後世界中から戻ったユダヤ人によってエルサレム拠点のイスラエル建国が為される。当然パレスチナ人が追い出されてユダヤ人が入植した形を取ることになり、これがアラブのイスラム社会が結束した「防衛ジハード(聖戦)」が今日まで続くことになる。 1956年エジプトの自由将校団ナセル中佐(為せる)が、1次中東戦争に勝利し、スエズ運河の権益を持つイギリス・フランスからの奪取に成功する。一方イスラエルは、米国からの近代兵器導入により、2次、3次中東戦争に勝利し、アラブ世界に対し軍事的な優位性を保持する。極めつけは、南アフリカがアパルトヘイト(人種隔離政策)で国際世論の反発を受け、開発済核兵器を廃棄した。その間超極秘にイスラエルが、南アの廃棄前の核兵器技術を導入したと噂されている。そんな中で、ナセル大統領没後のサダト副大統領(自由将校団出身)が、大統領就任し、イスラエルとの兵力格差を認め支援を受けたソ連と決別し、米国寄りに舵を切った。サダト大統領が暗殺された後も、同じ軍隊出身の現在のムバラク大統領が権力を継承し、親米路線を踏襲して今日に至る。 途中対イスラエル包囲網でアラブの盟主として、1958年シリアとアラブ連合共和国を作ったが、‘61年シリアが離脱、国名はエジプト・アラブ共和国(エジプト)で、アラブの盟主としての名を留めている。 エジプトが親米路線となった為、「防衛ジハード(聖戦)」は頓挫するが、そんな中、オサマビン・ラディンのアルカイダがイスラム原理主義を旗印にアラブの若者に浸透していくことになる。皮肉にもオサマビン・ラディンは、アフガニスタンにソ連が進駐していた際、米国から軍事支援を受けた。また、イラクの湾岸戦争を起こした故フセイン元大統領がイラン・イラク戦争を起こした際も、米国は反米のイランに対抗する為に、フセインに相当肩入れした経緯がある。そのような中でエジプトの民主化は一気にイスラム勢力を勢い付かせ、先進国が危惧するエネルギー資源の供給不安定に結ぶ付く可能性がある為、ソフトな政権移行を祈らざるを得ない。 今回の民主化の流れは、アラブ社会に留まらず、共産党一党独裁の中国にも及んでいく可能性がある為、日本が経済的に大きく依存している中国市場が不安定にならないよう、仮にそのような動きがあったとしても、ソフトな民主化の流れを取り入れて貰うことを祈り、常日頃から中国の色んな層の方々に助言を続ける必要があるだろう。
2011.02.02
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吾輩の好きな町の一つが、仏像と共存し、落ち着きのある奈良だ。昨年平城遷都1300年祭が、363万人の来訪者を数え、成功裏に終わった後で、平城京跡を訪ねてみた。流石シルクロードの最西端、終点が奈良とは良く言ったもので、今日の日本人が使いこなしているシルクや陶磁器やガラス、琵琶などの楽器、書道に代表される漢字文化など、シルクロード終点の奈良が果たした役割は枚挙に暇が無い。平城宮跡の第一次大極殿や朱雀門等はまだ無料公開されており、朱雀門を過ぎて近鉄線の人専用踏切を越え、大極殿に至る道はなかなか乙だ。平成22年に造られた大極殿天井の4神(玄武、青龍、朱雀、白虎)の壁画は躍動し続けている。これからも国営公園として開放してもらうと有難い。 日本がグローバルの波にさらされている中で、海外から来られた方が、日本に永住したくて移民の様な形で日本に根を下ろす様な動きの時代になっている。観光で無い長期滞在の場合、ワークパーミット(労働許可証)の取得や更新が必要になってくる。国籍をお持ちでない方には帰化という形態を薦め、日本国籍化を推進している。大相撲の年寄株取得や親方になる場合等は、帰化を義務付けている。日本代表のサッカー選手にも帰化されている方が散見される。よく考えてみたら、飛鳥時代~奈良時代には「帰化人」と言う表現で、日本国籍化しなくて元国籍人のままの、結構グローバルな交流が行われていたようだ。その後、江戸時代の鎖国策から、帰化人が増える状況にはならず、ハワイ、ブラジルと他の中南米への日本からの「移民」とは裏腹に、日本国内への移民受け入れは、まだ違和感のある、ちょっと馴染みのない言葉のままになっている。つまり飛鳥~奈良時代は帰化人が、普通に隣近所に『移民』という感じで住んでいた。今日の日本は、平城京時代の原点に戻ったら、瓢箪から駒で、良い道が開けるのではないかと想う。少子化の日本では高齢化が一挙に進み、40年後の人手不足は目に見えている。お隣の中国では、日本より若干遅れるが、一人っ子政策でいびつな高齢化社会、つまり約13億人が40年経っても多分13-14億人位だが、人口構成では老人の割合が極めて高い、一人が2人の老人を養う様な、超老人大国がお隣に出現するだろう。 閉塞した今日の日本を打開するには、平城京の時代に一般的だった帰化人と同居する様な鷹揚な気持ちで、移民を受け入れる必要が有るのではないだろうか。それこそが、お隣中国が超高齢化社会の到来で、四苦八苦する可能性が高い中で、日本が平城京の帰化人との共存に成功したように、先行のモデルを作れば尊敬される国で有り続けるだろう。
2011.01.19
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兎にまつわる話を、新年の寿ぎに因んで述べてみよう。日本人が欧米人と異なって、花鳥風月に拘ったのは四季がはっきりしてウエットな気候が理由だろう。特に月を短歌や俳句や小説などで太陽以上に取り上げているのが面白い。昔、子供にとって月と言えば兎が定番だった。望遠鏡で見ればクレータの月面に、「兎が餅つきをしている」様を想像した昔の方に脱帽する。アポロ宇宙船が月面着陸をし、生中継で月面の映像が地上に持たらされた後は、兎の餅つきは想像し難く、絵にならなくなった。そうは言っても月をメルヘンとして、皆が慕っているのも事実だ。阿部仲麻呂の百人一首収載短歌「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出し月かも」が端的に表現しているが、世界のどこにいても恋人や家族・友人・知人が見ている同じ月を見て、同じ思いをしていると。 故郷の歌「兎追いし かの川~」ではないが、昔、兎を追って山野を駆けずり回った時のことを想い出す。兎は山を登るときは後脚が長く、すばしこいので、頂上方向に追うと到底捕まえることが出来ない。しかし反面山頂側から麓の方へ追うと後脚の長さがネックとなり、勢いが失せ捕まえることが出来る。だから兎と亀のレースの話も、亀に追い抜かれるシーンも、ひょっとしたら坂を駆けおりる際ではないかと、兎がひるんだその隙にという自説も、強ち嘘ではない様な気がする。「脱兎の如く」の例えは、「ダッシュして逃げが素早い」を意味するが、兎が逃げ去る早さは、どちらかと言うと坂を駈け上がるシーンの形容かも知れない。 次に因幡(いなば)の白兎と鮫の話も、トリノ五輪金メダリストの荒川静香選手が決めた‘’『イナバ』ウアー‘’(仰向け逆U型滑り)を想い起こす様なファンタジックな話だ。白兎海岸など逸話の名前を付けた美しい海岸が残されているが、8,9年前に人喰い鮫が現れ、海水浴場で人が泳げない状態が続いた。大昔も白兎はいたと思うので、逸話が出来た頃、人喰い鮫も因幡の海岸を遊泳していたのだろう。 アメリカの男性が酒を嗜むクラブ「プレイボーイ」に兎のかっこうしたバニーガールが現れて以降、全世界の男性諸君が、その魅力的な格好に酔い痴れた。兎は可愛い動物の一級品として扱われていたと言うことだ。「二兎を追えば、一兎も得ず」とは良く言ったもので、正統派の答え以外に、二人を相手に浮気をすれば、結果として一人も生涯の相手にならなかったという例えにもなる。2輪車の名前にも愛称として‘’ラビットスクーター‘’など兎の可愛い様子が引用されるケースも多い。 兎が幼稚園や小学校などの飼育用に飼われているケースが多い。しかし最近、土・日・祝日に餌を与える人員確保がままならず、殺処分に近い措置が取られていることがままあると言われている。ペット犬の保健所殺処分の話(実際には熊本県保健所ではペット殺処分を欧州並みに停止しているが、之は唯一の例外。)だけかと思っていたが、飼う側の都合を理由としたこの事態は、兎に迄拡大し、頭の痛い事柄になっている。干支(えと)の歳動物の話が取り上げられる目出度い年始の時にこそ、殺処分停止の流れをどうすれば作れるのか、また軟着陸出来そうなのかどうか、心して考える機会にしたい。
2011.01.10
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児童施設に漫画タイガーマスクの主人公「伊達直人」の名を語って、お年玉にランドセルを贈って元気付けるスタイルが一挙に普及した。昨年末、群馬から始まり、神奈川、沖縄、静岡と全国に飛び火し、微笑ましい話題になっている。年末に一万円を張りつける「鼠小僧参上」スタイルのお年玉版だ。 それでは目玉のランドセルが選ばれた理由は何だろう。外来語辞典によると、ランドセルは、高野長英が嘉永3年(1850年)オランダ語Ransel(陸軍兵が背負っている輩嚢(はいのう)をヒントに小学生用鞄に応用)紹介したものと言われている。明治末に学習院初等科で使用され始めたものが、都市部の小学校(国民学校)にも普及し、昭和から一般化した。米国では子供用に背負う鞄はKapsack(ナップサック)と呼び、独はRanzeu、仏Sacde clasecと呼ばれるが、日本のような高級皮革を使った鞄にはなっておらず、布製もあれば柔軟な形のものが一般的である。 数年前からTVコマーシャルに高級ブランドのランドセルが良く放送されるようになった。少子化の流れで、両方の祖父母合計4人が1人か2人の孫への適切な贈答品争いをしている。動きを目ざとく見つけたランドセルMakerが、教材に多いA4も収納できる3万円~6万円の高級化路線を定着させた。昔は小学生側も1~3年生位しか背負っていなかったが、最近では6年生までランドセルを背負うようになっている。貰ったおじじ、おばばに感謝して高学年まで使っているのかと思っていたが、皮革が長持ちするのと、ナップサックと比較してもデザインに本人達が満足しているのではないかと。定着すれば怖いもので、6年生がランドセルを背負っていても不思議に思わなくなった。Maker側の戦略にハマった好例と言っていいだろう。ランドセルは日本独特の小学生用品となって定着しているが、果たして韓国やシンガポール、香港など近隣国に普及するものかというと、日本に留まるのではないか。文具用品の中で「ガラパゴス」(ダーウィーン「種の起源」で進化論を証明した島、閉鎖され種の交流がなった島)商品と言われるようになるのではないだろうか。 児童福祉施設にいる小学新入生達から喜ばれるものは、確かに‘’ランドセル‘’というのは納得出来る。しかし子供手当がランドセルMaker側の目論見通り、ランドセル用に結果として廻り回って迂回転用されない様、充分ウォッチする必要はあるだろう。つまりランドセルを背負っていなければ新入生にあらずの風潮で、本来の子育て費用に子供手当が廻らず、ランドセル購入に手当が使われるなど、それこそタイガーマスク「伊達直人」氏に失礼だろう。
2011.01.10
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中国人等に北海道森林の約5分の一や四国山脈の一部森林を買われつつある今日この頃、なんで中国人等と薄々判りながらも、日本人が先祖伝来の森林を売ってしまうのかを考えてみたい。 日本人が誇りに思う「山紫水明の林野」は、末代まで残しておきたい魂の拠り所と思っていた。FAO世界森林資源調査2005によると、日本の森林割合はフィンランドの73.9%に次いで主要国で2位の68.2%だ。中国21.2%、アメリカ33.1%、マレーシア63.6%、インドネシア48.8%等と比較して世界に誇れる森林資源だ。しかし売ってしまった人、また売ろうと考えている人は、果たしてその里山、山麓の「山紫水明」を本当に愛おしく思っていたのだろうか。土地所有の歴史は、凡そ貴族の荘園(林野)から武家所有の林野となり、明治維新以降耕作地は、地主から小作人へ貸与するスタイルと自作農に分かれた。また、森林は大地主が林業従事者に間伐、伐採を委託するスタイルと自前林業者に分かれた。この段階までは、林野は日本古来の先祖伝来の物であることが理解されていたと思われる。 先祖伝来の土地と言う気持ちが希薄になった一つのきっかけは、先の大戦後に米占領軍が実施した‘’農地開放‘’にもあるのではないだろうか。西欧の一部では景勝地や国立公園等の森林や耕作地は、公的機関が所有し、農林業委託者の子孫が継承しない場合は林業・農業権を返還する方式で、大規模の農林業が長期に継続可能な様にしている。中国は、元々国が土地所有者なので、農林業者は土地使用権を50年とか期間限定で購入している。大規模な農林業の運営が、継続可能な形態を取っている。 ‘’農地開放‘’は、棚からぼた餅の降って湧いたような恩恵なので、子孫が農林業を継承しない場合は、資産である林野をいとも簡単に外国人にも売り渡す気持ちが出てくるのではないだろうか。少なくとも昔の地主は、長期的に「山紫水明」の林野を外国人へ売り渡す等は考えも及ばなかったのでは無いだろうか。小規模の森林や耕作地の土地所有は、子孫が輸入木材や農産物の安価流入等で農林業を継承する気持ちが失われても、公的に存続させるシステムが必要だ。農地開放による小規模単位の土地所有は、子孫が継承しない場合は公に返還するとかでなく、簡単に売却に走るきらいがあったようだ。林野所有者は、その価値を長期に永続させる事に責任を負う必要がある。その為には所有者が、海外木材・農産物に対抗してある程度の規模の林野を運営する必要があるのではと思う。その為には‘’農地開放‘’でなく、大地主から林野の公的返還がベストではなかったかと言うことだ。この中国人等への林野売買規制の法的措置は、すぐに与野党結束して対処すればまだ間に合いそうだ。 そこで「山紫水明の林野」に戻るが、日本の名だたる文人達が、花鳥風月と並び愛でる対象であったことは言うまでもない。地方を廻ってその美しさに触れ、短歌や俳句、或いは踊りや祈りに込められていること(遊行)が窺われる。歴史上の代表的な3遊行人を挙げてみたい。平安時代末期の「西行」、鎌倉時代後期の「一遍上人」、江戸時代中期の「芭蕉」である。 「西行」は、1118年~1190年、72歳没。「北面の武士」から23歳で出家する訳だが、白洲正子さんが提起した、待賢門院への失恋(実質片思い)が出家の一つ理由と言われている。地方巡りと桜を愛でた感銘する短歌を多く残している。遊行を地で行くような地方廻りや隠遁生活は、この「遊行」が似合う最初の文人ではないだろうか。地方廻りの場所も、東大寺勧進の名目で、東北で権勢を誇っていた藤原氏等に訪問の足跡を残しているものの、皇族の争いで地方へ飛ばされた側の皇族が隠遁を予備なくされている所を追って紀行文を認(したた)めているのも目立つ。場所を列挙すると、松島(宮城県)、秩父、日光、高野山、奥吉野山、伊勢二見ケ浦、(香川県坂出)白髭神社等が挙げられる。 「一遍上人」は、1239年~1289年、50歳没。唐の善導大師が始めた念仏宗の系統で、日本では法然が広めた浄土宗から派生した「時宗」の開祖だ。瀬戸内河野一族・武家の家に生まれながら、父の意向に沿って西行と同じく13歳で出家した。一度環俗してまた出家している。時は南北朝の前夜で、蒙古襲来の不安の中、既成宗教が異国降伏の祈願や祈祷に明け暮れる中で、「捨て聖」と呼ばれ、ひたすら貧窮した庶民に焦点を当て、念仏を唱えた。北条時宗と喧嘩する坊さんとして、「踊念仏」としても普及した。遊行の名に相応しく、四国を振り出しに、九州、岩手江刺、信州等、全国津々浦にその足跡を残し、その遊行は国宝「一遍聖絵」に覗われる。 「松尾芭蕉」は、1644年~1694年、50歳没。俳聖と呼ばれ、西行を敬愛して、約500年後に同じ地方廻りをしている。西行の東北遊行を辿った、1689年~の東北~北陸~岐阜大垣の「奥の細道」は傑出している。他に伊勢二見ヶ浦、京都落柿舎、西行の奥吉野山隠遁遊行を模した、江戸深川隠遁などが特筆される。山紫水明の俳句への投影表現は心を打って止まない。 3人に共通するのは、短歌、祈り念仏踊り、俳句と表現方法は異なるが、日本の林野を含めた自然を愛(いと)しみ、慈(いつく)しんで、将来に渡り残して欲しいと願った心であろう。
2011.01.04
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来年2011年以降どのような世界の流れが出来ているのかを妄想してみたくなった。中高生の頃に地球儀を眺めながら、文明の中心は、漠然と自転の向きに沿って潮流のようにゆっくりゆっくりと大海に向かって一周りするのではないかと思っていた。地中海のエジプト、メソポタニア、ギリシャ、ローマ、から大西洋に出て、ポルトガル、スペイン、大英帝国、それから太西洋を渡りアメリカへ、その次は太平洋を越えて東アジアへ、それからインド洋を巡ってインド・メソポタミアへと。これは南半球の国々を無視しているので公平な見方とは言えないが。 また成人式の頃は、国のサイズが3億人を超えてしまうと政権が末端の構成メンバーの気持ちや不満を充分に汲み上げることが出来なく、発展スピードが遅れ、国分割の運命が待っているのではないかと思っていた。13億4千万人の中国は、共産党内の権力闘争が続き文化大革命等の混乱が続いた。希有な革命家である陶(鐙)小平氏が改革開放路線を定着させ、やっと安定成長に向かった。しかしチベット問題や少数イスラム系民族問題に頭を抱え、周りの国も南沙諸島問題はじめその中華思想(中国が中心)には頭を悩ませている。11億98百万人のインドは、普通選挙が行われる世界最大の民主国家だが、新興国BriCSの中核で英語公用語が世界に通用し発展は期待するものの、まだ食糧自給問題やエネルギー不足の問題やイスラム・キリスト教徒Vsヒンズー教徒問題等も抱え波乱含みだ。1991年に2億93百万人のソ連が崩壊し、ロシア1億42百万人等の元の鞘に納まった。旧ユーゴスラビアが崩壊した際もほぼ建国前の姿に分かれ、落ち着くサイズになって肥大化の流れは止まった様だ。2002年通貨統合した7億人のEU共同体は、ラテン系の放漫経営とゲルマン系の勤勉で堅実運営の気質が相容れず、イギリスが通貨統合せずスターリングポンド(Stg£)を独自継続した様に、共通通貨Euroから脱退しよう等の不協和音が聞かれる。アメリカもつい最近12月にヒスパニック系住民の急増により3億人を超えた様だ。でも情報通信の格段の進歩も成されており、理想的な統治サイズと考えた3億人未満は、3億3千万人に上げても良いのではないかと思っている。 安保と言う観点から述べてみると、第2次世界大戦でナチスドイツ等ファシズム国家を撃破したのは、民主主義で成り立つ近代資本主義のアメリカと社会主義政権のソ連だった。その2カ国中心のイデオロギーが、1991年のソ連崩壊まで世界を2分し、ソ連崩壊後はアメリカの一人勝ち=民主主義的な運営(人権を守る)による近代資本主義の勝利という構図で推移した。その間に、ベトナム戦争(1960年~1973年)、湾岸戦争とイラク・フセイン政権転覆戦争、アフガン戦争と続いた。世界の警察官として君臨するアメリカが、日本は簡単に料理出来たものの、ベトナムでは前宗主国フランスに次いで撤退を余儀なくされた。アメリカとしては失敗と言えるだろう。湾岸&イラクでは近代兵器の威力を如何なく発揮したが成否としては五分五分だろう。アフガンでは旧ソ連の実質占領時代にアメリアが支援したオサマビン・ラディンが、「アルカイダ」を組織して9.11テロを企てる等皮肉な流れで、アフガン戦争は泥沼の苦戦と言わざるを得ない。 このような状況下、北朝鮮の核兵器開発が進み、後押しをする中国が経済発展で自信を持ち一気に軍事力を拡大している。一方アメリカは2ヵ所で同時期に戦争を続行する兵力保持を避ける、核兵器含めた軍縮の堅実な方向性を示し、アフガン・アルカイダ掃討作戦が完了するまでは、北朝鮮に圧力を掛けながら外交交渉で対応する方針に変わりはないだろう。菅首相が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参加に前向きの意向を表明した。参加出来たとしても既にトラック一周遅れの感がある。びっくりするのはあのベトナムが、アメリカ、NZ、シンガポール等と共に、既にTPPの枠組み作りに参加し、アメリカと歩調を合わせていることだ。ベトナム戦争後37年目の和解が現実のものとなっている。中国の国力拡大を意識した対中国等東アジア共同体化への牽制包囲網とも受け取れる。アメリカや欧州(もちろん日本も同じ立場だが)が、何故中国人作家「劉暁波」氏のノーベル平和賞受賞絡み等で、人権を盾に中国政府を牽制する側に回っている。之はソ連崩壊後のアメリカの一人勝ちの立場を揺るがす様な、‘’共産党独裁‘’中国が着実に成長し国力を就けているのに合点がゆかないと言うことかも知れない。人権と北朝鮮核廃棄の弱腰姿勢位しか文句が付けられないと穿った見方も出来る。 日本も主要新聞等で報道されている様に、2010年日本は、自動車等の中国市場と、工場としての仕入先、加えて急増した中国人観光客等でリーマンショック以降の景気回復を成し遂げた。しかし2011年以降は脱中国でベトナムやインド、タイ等へ一部シフトする流れは加速するだろう。戦後の1950年代~1980年代までは東南アジアの方が中国より貿易高・投資額は多かったので、その時代とインド傾斜の傾向が更に強まると言うことだろう。既に玩具や衣料等では、10年位前から委託先の脱中国シフトは始まっている。 それでは、最初に述べた「文明の中心が太平洋渡って東アジアへ」の話は、可能性はあるかと言うと、有り得るのではないかの意見だ。日本は米中の間で埋没するかと言うと、そんなことは無い。大戦後62年経過、中国内歴史教育の徹底は継続されるものの、中国進出日系企業で働く中国人、ビジネス来日中国人、在日本出稼ぎ中国人、留学生、中国人観光客等は、平和で和やかな良品質高品質製品にあふれている日本・日本人を見て、巧く仲良くなれるという認識になると思う。日本人は山崎豊子さんの小説‘’大地の子‘’ではないが、戦後引き揚げの際泣く泣く遺棄した残留孤児(国費帰国)約2,500人を、中国東北地区等の方々が、自らも貧しい中にも拘らず育ててくれた恩人の国だ。 1,300年前~遣隋使・遣唐使の時代から中国の文化を取り入れて文明を築いた日本は、心のどこかに中国含めた東アジアで巧く協力し合おう為に、知恵を出そうと考えている。その為には日本の良さである勤勉さ、誠実さ、(ついでに‘’おもてなし‘’の温泉文化)を誇りに思って更に磨きをかけておく必要がある。 埋没するのではないかの論拠に円高もあるが、人民元高も同じような傾向で続く。これは輸出が難しくなる、輸入品が安くなりデフレ等の欠点だけとは言えない。1ドル、1ユーロに換金するのに沢山の円が必要だったのが、極めて有利に換金出来るのだから、海外の企業や資産を購入する場合、非常に優位性があると言うことだ。心配無用だ。初夢は近い将来の北朝鮮問題を解決し、朝鮮半島の非核化含めた東アジアの発展を夢見ることとしよう。
2010.12.29
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今年2010年は政治・経済の‘’混‘’沌と情報の‘’遺‘’漏が目立っていたものの、胸をわくわくさせるようなことも多い年だった。特に6月・7月開催された南アFIFAワールドカップ(W杯)で日本代表‘’侍JAPAN‘’が大活躍をし、日本中が喝采した。その後イタリアの新生日本代表ザッケローニ(ザックさん)監督の登場も有り、アルゼンチン戦等の好成績もあってFIFA世界ランクが、12月15日時点で目出度く29位まで上昇した。南アW杯 デンマーク戦等でのFW本田圭佑選手の弾丸シュート、MF遠藤保仁選手のフリーキックゴール、MF松井大輔選手のクロスバーを直撃したシュート、MF長友佑都選手、CB中沢佑二選手、CB田中マルクス闘莉王選手、GK川島永嗣選手らの堅い守備等が脳裏に刻まれた。活躍した本田、長友、中沢3選手の名前に、「佑」の字が使われているのが面白い。2010年後半以降に誕生した子供達に、サッカー少年少女の夢を託して「佑」混じりの名前が流行するのではないか思う位、‘’佑‘’は私達に勇(ゆう)気をくれた。 サッカーと同じように野球も元気印だ。ハンカチ王子を卒業し、今年の大学野球選手権優勝を果たしたあの選手も、北海道の雪の王子となり日本ハム入りで話題を集めた。ユーキャンが主催し年末恒例行事に定着している‘’今年の流行語大賞‘’特別賞が早大野球部主将 「斎藤佑樹(ゆうき)」選手に贈られた。清々しい顔で‘’4年間で得た大事なもの、それは「仲間」です。‘’と言うメッセージが、皆に‘’ゆうき‘’を与えたのだ。そうです。サッカー侍JAPAN3勇士と同じく‘’佑‘’なのです。 来年「辛卯」兔(うさぎ)の2011年は、サッカー日本代表の佑さん達勇士がアジアカップ優勝を目指して活躍するだろう。日本ハムの「雪の王子」斎藤祐樹選手も、観客を札幌やアウェイで大量動員させる活躍をし、‘’暑‘’くならない程度に「熱く熱く」するだろう。
2010.12.25
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関西の山歩きとなると大峰山(八経ケ岳、1,915m等)、大台ケ原(1,694m~桃の木小屋下りは現在通行止め)、琵琶湖西岸の比良山(武奈ヶ岳1,214m等)が先ず上げられる。他に伊吹山1,377m、六甲山931m等もあるが、近場で忘れてはならない名山が「金剛山」だ。大阪府の最高地点1,056mが「金剛山」(奈良県境山頂1,125m)にある。金剛山に出掛けるベストシーズンは、冬に雪の登山道をアイゼンをつけて登るのがお薦めだ。樹氷含め冬山の雰囲気を堪能出来る。また平地より10度程気温が低いので、夏の避暑地がてらの散策にもうってつけだ。 大阪には日本で一番低い山の天保山もある。そんな大阪にも、市内から車で約60分の所に、楠正成【大楠公(なんこう)】さんで有名な金剛山が、横に葛城山を据えて鎮座している。南海線・近鉄線・河内長野駅、近鉄線・富田林駅の両駅出発のロープウェイ千早駅行きのバス約40分も概ね毎時運行されており、皆の金剛山詣でに一役買っている。南海難波駅発の場合、バス、ロープウェイ料金込みの割安切符が販売されているので利用されたら良い。 ロープウェイ千早駅から7分で山上の金剛山駅に到着する。駅から山頂方面へは、杉や檜の林立するダイヤモンドトレールを歩いていけば40分程で到達する。杉や檜の香りを嗅ぎ、ブナ林を仰ぎながら、葛木(かつらぎ)神社、夫婦(めおと)杉や転法輪寺の散策はとても森厳な感じを与える。転法輪寺の境内に1,000回登頂した方や5,000回登頂された方がボードに掲示されている。なんのことはない、登頂証明する為のスタンプ帳購入するのに1,000回では累計4千円程必要である。転法輪寺を過ぎたあたりに国見峠があり、遠く大阪湾を望むことが出来る。この峠にはインターネット生中継で眺望が見えるように定点カメラが設置されている。鮮明な映像とは言えないが、誰でもインターネットで眺望を覗けるようになっている。駅から徒歩10分位の所に展望台があり、晴れていれば、365度、はるか山上ヶ岳などの大峰山系や二上山等四方の山々が眺められる。 温泉というより風呂好きの方には、山上駅から徒歩7分の所にある千早赤阪村営の山荘「香楠(こうなん)荘」の日帰り風呂がお薦めだ。大きい方が檜風呂で通常は男性用、小さい方が女性用となっている。湯冷めしないよう‘’湯ったり‘’と山登りや散策の疲れを癒す事が出来る。 金剛山で山歩きをしていると様々なグループに出会う。犬を連れて1時間半ほどかけて歩いて登られた夫婦連れや、沢山の重装備した登山グループ、流行の「山ガール」にも会えた。ロープウェイは9時から運行開始なので、それまでに千早駅手前の登山口から1時間10分程で登ってくる方も沢山いた。NHKで金剛山へ1万回以上登られた認知症の奥さん(60代)と付き添いの旦那さん(70代)が、徘徊等を登山で克服されている様子が放映されていた。また高血圧で医者から降圧剤飲むよう指示されていたサラリーマンが、一念発起して出勤前に毎朝金剛山に登り出し、3カ月程で血圧が下がり始め、半年後には降圧剤がいらなくなった方もいるとの健康談議も聞いた。手頃な山として、近くの方々や山登り仲間に愛されている「金剛山」だ。 金剛山の名物と言えば登山口近くの店で売っている「豆腐」もお薦めだ。河内長野方面へ車で帰られる場合は、後村上天皇の御在所であり、大楠公さんと役行者(えんのぎょうじゃ)縁の『歓心寺』に立ち寄って千早赤阪村を満喫して貰うと有難い。金剛山にお礼をして帰路に就いた。
2010.12.21
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さつきの時期によく登った葛城山の謂(いわ)れを、偶然にもこの日帰り温泉のチラシから知った。‘’「日本書記」によると、神武天皇が高尾張邑(はりむら)に来て、土蜘蛛(土着の民)と戦いになった時、皇軍が葛(かつら)の網を結い退治したことから、その邑の名を「葛城」と改めたとされている。 古代から「葛城」と称された地域は、・・・(大和6県の一つで広い地域)・・・、その中でも、金剛・葛城山麓一帯には鬱蒼とした森が広がり、神々が鎮座する森厳な森として人々に慈(いつく)しまれていた。 その地域は『鴨』と称され、南は金剛山麓の高鴨神社から、北は葛城山麓の鴨山口神社、北は鴨都波八重代主神社にまで及んでいた。かくして今日、葛城の鴨神奈備(かものかんなび)と称された 「鴨」の地に、人々が相集う場所として、「葛城の郷・鴨君(かもきみ)之湯」と命名した。‘’ 高野山散策を楽しんだ後、車の方は京奈和道路の開通済区間 『橋本IC』⇒『五条北IC』が無料で通行出来る。西吉野の天川村・洞川温泉卿などを楽しんだ方は、同じく京奈和の『五条IC』⇒終点『五条北IC』が便利だ。20分~10分で『五条北IC』を下りた後、国道24号線沿いに進めば、10分位で左に「かもきみの湯」が見えてくる。 「かもきみの湯」は広い温泉施設だ。泉質はナトリウムー炭酸水素塩・塩化物泉(高張性・中性・温泉)で美人の湯の系統だ。掘削深度は1,605meterで吾輩の温泉目安である深度Max.300meterにはひっかかるが、この温泉のお持て成しに免じて許して頂こう。効能は神経痛、関節痛、慢性消火器病、冷え症、慢性皮膚病等だ。露天風呂は広くて石風呂、檜舞台風呂、炭風呂、薬湯、ハーブ湯とバラエティーにあふれている。周りが山裾なので湯気の立つ寒い露天からオリオン座等冬の星座が仰げた。 湯上がりに2階の食事処「かもきみ」で温泉入浴料込のセット「かもきみ膳」1,520円を頂戴した。ゆったりした施設で割安値段の日帰り温泉+夕食を満喫した。葛城の夜は更け、一路山麓線に沿って家路に就いた。『葛城』の余韻がず暫く残った素晴らしい一日だった。
2010.12.21
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「ノルウェイの森」(Norwerian Wood)の小説や映画を読んだり視たりして、実際のノルウェイというフィヨルドとマッチする北欧の森とのイマージィネーションのギャップは埋められるものだろうか。村上春樹氏は、ビートルズのジョン・レノンとポール・マッカートニー共作で1965年発売LP「ラバー・ソウル」に含まれた楽曲「ノルウェイの森」から小説の題名を引用した。ノルウェイのWood(木)は、英国では庶民の住む家に良く使われているらしく、歌詞の女性遍歴の内容からすると上流階級では無い庶民の娘(森)とのフランクな付き合いをイメージしているのだろう。 小説は、若い青年が屈折した関係の中での恋愛を、世情を越えブレルことなく誠実に追及するも、対象が失われた(亡くなった)段階でも、時間を掛けてその傷を癒し、想いを精算し克服の後、新しい世界へ飛び立つ恋愛話となっている。ビートルズの曲は、ジョージ・ハリソンがインド旅行から影響を受けたインド琵琶『シタール』が衝撃的な音色を醸し、忘れることのない曲として皆の脳裏に刻まれた。今回の映画化に当たり、仏系ベトナム人トラン・アン・ユン監督は、ビートルズ原曲の主題歌起用は欠かせないと踏んだのだろう。1年かけてザ・ビートルズ楽曲著作権保有者英アップル社と交渉を重ね、粘り勝ちで使用許諾を取得し、映画の中では効果的に「シタール」の音が響いていた。 今回の映画ではノルウェイ国の森、或いはWoodという単数系の「木」をイメージする様なロケ現場が採用されたのではと考えた。監督は兵庫県中部の神河町‘’砥峰高原‘’(とのみね)のススキの大草原を採用していた。吾輩の知る北欧ノルウェイの森や「木」の面影はどこにもなかった。確かに小説の題名は、ノルウェイ国とはビートルズ楽曲から廻り巡って関係しているが、小説の中身は全く関係ないのだから仕方ない。 しかし、今年のノーベル平和賞選定をした気骨あるノルウェイ政府及びノーベル委員会の方々から連想されたど迫力と、村上春樹氏が、2008年イスラエル政府から権威ある賞を受賞内示を受けた際、パレスチナへのなし崩し占領地化や攻撃を非難して受賞拒否をするかと思いきや、受諾して授賞式に政府批判のスピーチをする態度がオーバーラップする。またジョン・レノンの没後30年忌12月8日と映画封切日が12月11日と近い日付に設定されたことで、映画での青年の再出発のシーンが、レノンが「ノルウェイの森」のように遍歴しながら凶弾に倒れる力強い生き方がダブってくる。そのような意味ではノルウェイの森が取り持つ、我らが捕鯨の友邦国であるノルウェイと温かい縁のようなものを、「映画ノルウェイの森」を視ながら感じるのだった。
2010.12.20
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今年の漢字(感じ)が『暑』となった。地球温暖化防止が叫ばれて久しいが、資源乏しい日本としてはエネルギー確保するにもCO2排出を抑えつつも・・はよく判る。そんな中で、太陽熱は雨の日、曇りの日、夜間は生産出来ない為、日照時間の少ない地域では万全のECOエネルギーとして使えない。風力発電も人家の近くでは電磁波等の問題もあり、風の無い穏やかな日には稼働しない等の欠点がある。太陽熱や風力は再生可能エネルギーでも出力が不随意に変動するし、CO2排出量でも水力発電や原子力発電と比較しても相当多い目である。そこで登場するのが温泉・火山大国日本の地熱発電だ。CO2排出量も水力発電並みで、潮力発電等と比較しても割と少ない。好きな「温泉」も見方を変えれば‘’宝の湯‘’と言うことになる。 地熱発電で想い出されるのはアイスランドの首都レイクキャビック近郊の地熱発電所だ。2008年のリーマンショック(金融危機)では、政府も民間も投機ファンドに手を出し過ぎ、一人当たりGDPが世界のTOPクラス常連が、一挙に債務国に転落した。ただ再生可能エネルギーの地熱発電では先進技術を駆使していた為、危機の際には電力と‘’ししゃも‘’(日本が大量輸入)だけは不自由しなかったという話だ。火山国だが日本のような温泉観光が無い為、景観や湯泉の枯渇に関係なく発電所が首都近郊に立地されている。景観に配慮する必要が無いので、浅い場所から掘搾した熱水・水蒸気を活用出来る対流式地熱発電の為、発電COSTは安い。 同じような火山大国で島国のフィリピンは、米国に次いで2位の地熱発電の国だ。総電力の1/4を地熱発電でカバーしている。世界の主要な地熱発電国は、1位の米国はカリフォルニア州に90%が立地しており、3位がメキシコ、4位がインドネシア、5位がイタリア、6位が日本(総発電量の0.2%)と続く。中米にも地熱発電国が目白押しだ。これらの国は火山大国でもあり、地震大国でもある。 そこで国立公園や国定公園に温泉観光地がある日本の場合は、景観維持と温泉源枯渇防止に配慮しなければならない。2008年嬬恋村に地熱発電所建設計画が発表された際、草津温泉観光協会側が、草津温泉源泉と地熱発電所が数KMの近場にあることから反対運動が起こった。そこで、世界の地熱発電が対流式地熱方式なのを、高温岩体発電の「熱伝導方式」にすれば、景観や温泉源枯渇問題は解決される目処がつきそうだ。詳しい説明は省くが、湯や水蒸気を汲み上げたり、使用済分を戻したりしないで、熱伝導で発電機のタービンを回す方式だ。この方式での発電COSTが9円/KW以下に下がれば、日本の総発電量の30%はカバー可能となる。また夢の話だが「マグマ発電」と言った、地下3kmのマグマだま近傍高熱を取り出す方式が研究中だ。半世紀後くらいに開発されれば、日本の総発電量の3倍位の能力が見込まれる為、電気自動車を遠慮なく乗れて、電力の輸出も可能になる時代が来るということだ。 都市近郊で日帰り温泉が至る所に建設された。500meter~1,000meter深く掘削すれば相当の確率で温泉を掘り当てる事が出来る時代だ。元々湿地帯を埋め立てて住宅地にした東京などは、温泉用掘削をし過ぎると、本当に沈下するのではないかと危惧する。歯止めは必要だろう。そこで1,000meter深度温泉と従来の温泉地源泉の泉質の違いだが、微量ミネラルの滲み込んだ配分具合は源泉の方が優れているような気がする。地表にたどり着くまでの滲み方が温泉効能にも響くような気がする。着色温泉も地表に近い源泉だからこそ色が濃くなったり透明になったりする地場の特徴があると思うが、1,000meter深度ともなると、地域温泉の特色を失っているのではと思う。 近郊の日帰り温泉は手軽で行きやすくチョッと散歩の感覚で楽しめる。しかし泉質を思うと、同じ近郊の日帰り温泉でも、深度はMax.200meter程度の掘削した温泉を選ぶことにしてかすかなこだわりを楽しんでいる。
2010.12.20
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大峰山(山上ヶ岳、1915m)の登山口にある温泉卿が洞川温泉だ。山好きにとっては避けて通れない昭和の薫りを残す人気のスポットでもあり、標高820mだから平地より8度程涼しい。もちろん12月下旬から2月末は降雪が30cm~1mにもなり、チェーンが必要だ。山上川河畔から湧出する無色透明のアルカリ性温泉で、20数軒の温泉旅館が連なる。神経痛、筋肉痛、関節痛や冷え症等にお薦めだ。登山愛好者が古くから疲労回復に利用していた。 今回は、温泉卿の中で最初に温泉を引いたと言われる「あたらしや旅館」で日帰り湯浴を楽しんだ。木造の館内には、紅葉や雪見の出来る大きい目の展望風呂と、赤御影石の浴場がある。最近新装リニューアルしたばかりで、浴室も、トイレも立派だ。ゆっくりとお湯を堪能出来た。 湯上がりに温泉街を歩くと、さながら陀羅尼助ストリートと言われるくらい、この黄柏の木の皮を剥いで煎じた和漢胃腸薬「陀羅尼助」が売られていた。千三百年前に、大峰山で修業していた役業者(えんのぎょうじゃ)が、疫病が流行っていたのを見かねて、陀羅尼助を飲み薬として処方し人々が助かったのが薬の由来だ。その後江戸時代に一斉に普及したとのことだ。 洞川温泉街の奥には、有名な飲み水「ころころ水」の水汲み場があり、その横に五代松鍾乳洞がある。小型有料トロッコが四人単位搭乗で運用されてあり、ちょっと林業体験中見たいな雰囲気に浸ることが出来る。また温泉街入口近くにも面不動鍾乳洞があり、なかなか神秘的な渓谷だ。 昭和の軽井沢にタイムスリップしたような、物言えぬ満足に浸って、洞川温泉を後にした。
2010.12.17
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毎年12月8日を迎えると感慨深い気持ちになる。仏教徒の方から見ればお釈迦様がお悟りになり、紀元前434年29歳で王位を捨て出家された日である。1941年太平洋戦争が始まり、ハワイの真珠湾攻撃があった日でもある。30年前の1980年にはニューヨークでジョン・レノンが暗殺された日というのが記憶に新しい。この3つの日は因縁がある様に思える。 前日の12月7日はニ十四節気の大雪(たいせつ)でもあり、今年は英国では大雪に見舞われた。インド・ルンピニやハワイでは12月8日頃は雪とは縁が無いが、1941年に宣戦布告をした日本はこの日は本格的な冬になる節目であり、ジョンが暗殺されたニューヨークも冬の到来を告げる頃だったのだろう。先ず、太平洋戦争だが、仏教に影響を受けた日本軍部がお釈迦さんの’’いざ行かん’’の出家日を選定して、この日に絞って宣戦布告をしたのではないだろうか。平和の伝道師ジョンを暗殺した米国人も、ハワイ真珠湾攻撃の’’リメンバー・パールハーバー(真珠湾)’’を記憶していて、この日に合わせて暗殺を実行した可能性も捨てきれない。 縁起の良い日とは言えないが、トルストイの小説題名ではないが、「戦争と平和」を考えさせる日としてジョンの名曲’イマジン’’を聞きながらお互いの頭に刻まれつつあるのではないだろうか。
2010.12.08
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秋のススキ(旧名:雄花)が咲き始める9月には車が渋滞して訪れるのがおっくうになるが、室生寺の紅葉狩りのついでに曽爾高原まで足を伸ばした。高原の入り口に「お亀の湯」があり、温泉好きを出迎えてくれる。露天風呂につかりながら名所「鎧岳」と「兜岳」を望める。夜の帳が下りてくれば、満天の星空を眺めることができるのだろう。冬のオリオン座を露天から仰ぎたい。泉質はナトリウムー炭酸水素塩温泉ですべすべして気持ちが良い。なんと源泉以外の用水は「平成の名水百選」にも選定された曽爾高原涌水が使われているとのこと。石の浴室と木の浴室が休館日の水曜日を挟んで週毎に男女交替になるようだ。今回は石の浴室だったが、次回は「木の浴室」週を確認して星空を望める夕方に来てみよう。(12月~3月冬は最終受け付け20:00なのでご注意を)。 湯上りで湯冷めしないよう厚目に服を着て、お亀の湯に併設されている「曽爾高原ファームガーデン」すすきの館のレストランでナチュラルな高原食材に舌鼓を打った。牛乳も美味しかった。地ビールの曽爾高原ビール(もちろん運転手以外、運転手さん御免なさい)米パンも楽しんだ。 満足して高速道路を使わないで国道経由帰路についた。長谷寺口経由榛原、阪奈道路、途中枚方方面、四条畷への山越えトンネルを経由し、大阪都心まで1時間半~2時間程の行程だった。大自然に囲まれた曽爾高原は、意外と近いところにあった。紅葉狩りのメッカ 室生寺や長谷寺も近くにあり、紅葉狩りのついでにお亀の湯はなかなか魅力的な旅ではないだろうか。お薦めです。
2010.11.29
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落盤事故で33名全員が構内で無事確認されたから、安全な救出完了はクリスマス前になるのではと思われていたが、69日目の救出成功はなによりの朗報だ。愛人騒動だとか33人全員が本を出版するまでは触りの部分はしゃべらないとか、話題満載だ。33人以外の鉱山労働者が閉山で首になったので、クリスマスも年越しも祝えない状況だ。閉山でメディアが去った寂しくなった鉱山で抗議行動をしているのが痛々しい。確かに33人が完全救出されたのは今後の非常時のリーダー論含めた危機管理には恩恵を与えたと思うが、落盤事故前にも死亡事故含め数回の事故があったのが、なぜ危険性のあるまま操業続けたのか、メディアの報道は余りない。世界のメデイアからも再発防止策を追跡取材するより、閉山して世界の関心が失われれば、追跡そのものにも力は入らず、忘れられていくような気がしてならない。 優れたリーダーの役割以外に、暗い坑内で歌を歌って皆の気持ちを高めていたのも成功の理由と報道されていた。12年程前京都の舞鶴市で豪雨により由良川が氾濫し、観光バスの18人が、真っ暗な濁流の中でバスの天井上にあがり、「上を向いて歩こう」や「結んで開いて」の童謡等を歌いながら、翌朝のヘリコプター救出を約10時間超、待った。歌は体温が下がるのを防ぎ、一体感が出来、気持ちが明るくなる効用がある。チリの鉱山でも、日本で言うところの唱歌や童謡、国歌などが唄われたようだ。その意味で約40年程前に「ともしび」などの歌声喫茶に若者は殺到したものだ。カラオケのような個人やヂュエット中心でなく皆で斉唱する歌声ブームの復活の兆しがあるようだ、東京や大阪で「ともしび」などが再開した話を聞いて、見知らぬ者同士が一緒に唱うことで健康になるばかりでなく、危機管理にも役立つとなると歌さまさまということだ。 チリの事件では33人が程良い響きで記憶に残った。丁度遍路歩きに西国三十三カ寺参拝が1,000年ほど歴史を刻んで定着している。また京都には三十三間堂がある。またキリスト教社会ではイエスキリストが33歳の若さで磔になったことから「33」には意味のある数字として刻まれている。特にスペインのバルセロナで建築中で2027年~2030年完成目標で急ピッチで建設が進んでいるあの『聖家族教会』(サクラダファミリアイ)には桝目16個の1~16の数字で埋めた枠が 縦横斜めの並ぶ4文字を足し算すればピッタリ33となる石板が掲げられている。イエスキリストへの追悼の意味があるが、33以外の数字ではこうはいかない、という不思議な数字だ。ルービックキューブの枠回しと同様に16数字がどのような16カ所配列かはここではクイズとしておこう。 たまたまピッタリ33人であった為に奇跡的に全員が生還出来たとも受け取られる。日本でも『33』は余り大きな数字でなく、ぞろ目で目出度い数字だ。特に小・中学校の教育を重視するという観点から、30名学級或いは35名学級の全国導入が、現実を帯びてきた。財政事情が厳しい中でも、国民の教育投資熱は健在なので、教師が33人X2=66の瞳を見渡し、行き届いた(息届く感じ)教室空間を醸し出すのが良いと賛同を得られつつある。つまり33名はリーダーが意見集約してまとめる単位としては、小中学生のみならず、大人の社会でも程良い人数と言うことだろう。
2010.10.18
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団塊の世代が定年退職を迎え、世の中全体が高齢化社会への歩みを速めている。しかし お年寄りの仲間入りした団塊世代は、その青少年時代によく聞いた音楽にビートルズやグループサウンズ等が加わり、もう少し上の年代が、唱歌、童謡や演歌にどっぷり馴染んだのと比較すると、若干唱歌離れ(「消化」ふそく)を起こしているのではと思っている。そこで、団塊やその子や孫達も、唱歌や童謡が懐かしく歌えるように、その曲にまつわる背景などを述べてみよう。 先ず唱歌とは、明治初期から第2次大戦まで学校教育用に制定されたもので、文語調が特徴だと思う。教室で唄い易くする為に、どうも無断で作曲者作詞者の思惑とは別に、勝手に改作が有ったのではとも思っている。森進一さんが‘'おふくろさん‘'の歌詞を無断で一部改変したことで、作詞家 川内康範先生の逆鱗に触れ、先生没後遺族が水に流し森進一‘'おふくろさん‘'が復活したことがあった。唱歌の改変が大きな問題にならなかったのは、大らかな時代だったと言うべきか、作詩家作曲家に著作権意識が高まっていなかったというべきか微妙な雰囲気でお茶を濁したと言うことなのだろう。 童謡はわらべ歌とも言っていたようだが、口語調を特徴として、大正中期~昭和初期に掛けて、北原白秋が中心になって唱歌反対、童謡推奨の運動を起こした。「仰げば尊し」が卒業式の歌から消えつつあるが、名曲にもかかわらず、去りゆくのは残念だが、文語調は現代には歌として定着しづらいのは判る気がする。この口語調の歌提唱は、後に 「赤い鳥」童謡運動となって盛り上がった。この運動の中心に、国学者「本居宣長」の子孫である「本居長世」(山田耕作の東京芸大同期)が中心だったのは興味深い。 それでは順不同で、唱歌や童謡の歌にまつわる背景を述べてみよう。1.「故郷」(ふるさと) 作詩:高野辰之 作曲:岡野貞一 大正3年(1914年)唱歌制定。 このコンビで「春が来た」「春の小川」「朧月夜」「紅葉」等の馴染みの曲がある。故郷 は、日本の原風景そのもの。作詞家:高野辰之が育った長野県・中野市(永江村)真宝寺脇、班川の風景と言われている。JR飯山線「替佐駅」、千曲川に合流。 作曲家:岡野貞進一は、鳥取出身。14歳で洗礼したのが作風に影響を与えている。賛美歌のゆったりした3拍子が反映されている。2.「椰子の実」 作詞:島崎藤村 作曲:大中寅二 昭和11年NHK国民歌謡,歌手:東海林太郎。 28歳の藤村が、親友で後の高名な民族学者となる柳田国男から、伊良湖岬で、椰子の実を拾った話を聞き作詞。戦争中は南方出征兵士が戦地で好んで歌った。 実際に石垣島から椰子の実を流し、渥美半島への漂着分を調査、20年間、毎年100 個、合計2,000個を流した。その内、数個が実際に渥美半島の岬側伊良湖半島に 漂着した。3.「早春賦」 作詞:吉丸一昌 作曲:中田章 大正13年(1924年)唱歌制定。 長野県大町市、安曇野市に由縁あり。作詞家 吉丸一昌が、長野県安曇野市(穂高町)穂高川河畔の雪解け風景に着想して作詩。 モーツアルトのピアノ協奏曲27番「春への憧れ」(K591)等とモチーフが同じとも指摘がある。4.「浜千鳥」(童謡、名作抒情歌) 作詞:鹿島鳴秋、作曲:弘田竜太郎 大正9年(1920年)童謡 作詞家 鹿島鳴秋が、娘を幼くして亡くした。「親を亡くした子供達の生まれ変わりの『千鳥』をモチーフ」に制作。 5.「浜辺の歌」作詞: 林 古渓 作曲 成田為三 明治45年(1912年)制作、大正7年唱歌制定 作詞家 林 古渓が、神奈川県藤沢市 辻堂先の茅ヶ崎より湘南海岸の朝夕をイメージして制作。作曲者 成田為三に渡された際、起承転結4節の3節4節の4行を手違いで失う。後の唱歌制定の際、3節前半と4節後半を混ぜた3節が誕生。作詞関係者は後に3節は唄わない様要請。現在は2節までが定着。 歌が醸す物悲しさは、この海岸で古渓の恋人が結核の転地療養し、秋だったのが影響。 作曲家 成田為三は北秋田市(旧米内沢村)出身、留学帰りで音大教授の推薦で西洋的な聞き易い曲とする。記念館が北秋田市にあり。 6.「月の砂漠」作詞:加藤まさお 作曲:佐々木すぐる 大正12年(1923年)唱歌制定。 作詩家 加藤まさおが、千葉県夷隅郡・南房総・御宿海岸で2頭のラクダに王子と姫が乗るイメージで作詩。中国崑崙山脈、タクラマカン砂漠やゴビ砂漠等の壮大な風景が思い浮かぶ。7.「初恋」 作詞 石川啄木 作曲 越谷達之助 石川啄木21歳、函館・大森浜散策時、初恋の辛さを「一渥の砂」(北上川上流の渋民(玉山村)に収集)。しばしの安息と諦め感。 (村木孝蔵46歳没、同名曲有り) 8.「故郷の人々(スワニーリバー)」作詩作曲:スティーブン.C.フォスター(米)大正4年(1915年)完成 フォスターは他にも「草競馬」、「おースザンナ」、「ケンタッキーの我が家」、など馴染みの曲がズラリ。フォークソングの原型だろう。スワニーリバーはジョージア州~フロリダ州北西部~メキシコ湾に注ぐ。川の透明度は高く、神秘的で時が止まったような静寂に包まれた大自然の中を川はゆっくりと流れる。小津安二郎監督がこの歌も含めフォスターのファン。 9.「証城寺の狸囃子」作詞:野口雨情 作曲:中山晋平大正13年(1924年)唱歌制定。 野口雨情が、千葉県木更津市の證誠寺訪れ、和尚から毎夜歌合戦の狸が、最後におなかが破れて死ぬ話を聞き作詞。作詞を和尚に見せると、和尚は紹介した話は出鱈目で、先祖の住職が狸と踊るとは何事だと不満を表明。そこでお寺の名前を証城寺に変更して完成した経緯があるそうな。10.「箱根八里」 作詞:鳥居忱(あきら)、作曲:滝廉太郎 中国にある函国関は、三国志のシーンにも出てくる険しい関だ。現在の箱根の関所近辺の険しさは函国関ほどでもなさそう。歌の景気良さはこの大げさな表現に関係。
2010.10.08
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日本の温泉旅館文化は世界に誇れるものだと常々考えていたが、朝日新聞‘10年9月11日夕刊で「石川県七尾市和倉温泉の「加賀屋」が、台湾資本と組んで台北から車で30分の北投温泉に和風温泉旅館地上14階地下4階90室(8割以上和室)を12月にオープン」と報じていた。 日経新聞’10年3月15日朝刊1面コラム「春秋」に、「古代ローマの建築技師が時空のトンネルを抜け、現代の日本特に銭湯風呂文化の世界を行き来する漫画が、欧州で人気が出ている」との記載もあった。日本人の多くが、風呂上がりに一杯の感覚、温泉に入った時また湯上りの爽快感や満足感がたまらなくて温泉三昧を夢見る。その温泉に最近外国人の方々が割と沢山入って来られており、喜んでおられる様子を見るにつけ、温泉・風呂空間と旅館の「おもてなし」は世界に誇れるものだと思っている。 特に中国人観光客が、個人観光ビザの発給条件が緩和された7月1日から2ヶ月間で、成田空港入国ベースで昨年比1.8倍の10万6千人に増えた。4年前に和歌山勝浦温泉の老舗「ホテル浦島」を訪れた際は、中国人観光客用の大型バスが「浦島」船着き場まで乗り入れ、2割位が中国人観光客で占められ、大浴場『忘帰洞』の中が、中国語、広東語等賑やかで、中国に‘’「忘」れて「帰」った「洞」穴‘’かと思う位だった。このペースで行くと、「ホテル浦島」の4割程度が中国人観光客で賑わうのではないかと驚いている。嬉しい悲鳴と言う有難い話だが、隣の「ホテル中の島」等は中国人団体受け入れに余り積極的で無い様なので、もの静かな温泉気分を味わいたい日本人観光客の一部は、「浦島『忘帰洞』」から、隣の「ホテル中の島」等に流れている様にも思える。しかし、中国人観光客の方も富士山麓からの眺めの次には「日本の温泉を味わいたい」ということで、日本の良さの一つに定着しつつあるのは間違いなさそうだ。漫画、アニメ、ゲーム器の次は日本の温泉文化「おもてなし」ということだ。 そこで今回は三大名湯(古湯)の一つ白浜温泉から国道42号線沿い30分ほどにある・南紀すさみ温泉「ホテルベルヴェデーレ」に日帰りでお邪魔した。すさみは昔は「周参見」と言っていた。かの故・中上健次さんの小説「枯木灘」(瀬戸内寂聴さんも中上健次さんを一押しの文人仲間)や、都はるみさんの歌「枯木灘残照」でも知られている。’’太平洋から難破船などの枯れ木が海辺へたどりつく’’と言った風情で「枯木灘」と命名されたのではと推察する。42号線沿いに道の駅「枯木灘海岸」があるが、丁度近畿高校テニス大会が行われており、「テニス」の町として売り出しているのに興味引かれた。「ホテルベルヴェデーレ」にもテニスコートがあり、沢山の高校生が宿泊していた。他の宿泊施設もテニス合宿が出来るように推奨し、町全体でテニスと言う特徴を出していた。 海際の山の上に「ホテルベルヴェデーレ」いこいの村・温泉はあり、太平洋を見渡せ、大パノラマとはこういうことを言うのかと感激した。暑さは残っているものの天気も良く、沈む夕陽がなんとも素晴らしかった。思わず歌が「夕焼け~海の夕焼け~、真っ赤な・・・」。泉質はアルカリ性単純硫黄泉で、「美人の湯」系統だった。洗い場は英語、中国語、ハングル語が併記されており、外国人受け入れ対策は完璧だった。露天には眺望抜群の岩風呂、高野槇を使った樽型風呂からも太平洋の岩礁と黒潮を望める事が出来た。行き交う舟は、潮岬(名古屋、東京)方面に向かう場合は、黒潮に乗り、燃費を抑える海路を取っていた。反対に大阪方面へ向かう船は黒潮の流れを避けて、海岸寄りに舵を切っているようだった。熊野水軍時代からの智恵なのかも知れない。 湯上りに和食レストラン「花かいろう」で熊野灘から取れたての海鮮料理に舌鼓を打った。ガラス越しにバーベキューガーデンの篝火が南国と和風のミックスで面白い雰囲気を醸し出していた。宿泊客もハワイやバリ並みの湯上り着を着て食事しており、南国そのものだ。 温泉も、和食海鮮料理も満足だった。一路42号線を南紀白浜、田辺経由高速に乗り帰路に就いた。遠いと思っていたが、大阪中心部~田辺迄は高速で2時間半程、往路(南紀方面)で常時渋滞していた、海南(下津)~広川間は片道2車線の拡幅工事が完成し、スムースに車は流れていた。復路(帰路、大阪方面)はまだ2車線への拡幅工事中だが、週末、通勤時間帯を外せば流れは良いでしょう。残暑厳しい中にも海浜のお蔭で2,3度気温が低く、南紀にますます魅力を感じた一日だった。
2010.09.13
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インターネットの時代になって英文新商品名や新分野等に、小文字頭(イニシャル)『i』が使われる事が、えらく多くなった。日本ではIは、(あい=即ち=愛)と判り易い親近感のある文字だが、ローマ数字の「I」やアルファベット数字の「1」と間違われるので、小文字『i』にして間違いを少なくするようにとの配慮があったように思う。また我が国の英語教育にも関係するが、英語の名詞は最初は大文字と決まっているので、それを逆手にとれば面白いとも言える。 インターネット(internet)が「i」で始まるので、IT新商品名には「iモード」等で馴染みが有るものが多い。小文字『i』を英語大文字の中にミックスするのは愛嬌があってなかなかいい。では、英語の母国、米国や英連邦では「i」が「愛」である訳無いので、我が国の馴染み説は相(あい)容れない話だろう。どうも米国アップル社MACの新商品命名戦略に皆がはまったようだ。 ご存じの通り米国のITヒットMakerのアップル社MACは、2004年の携帯音楽プレーヤー「iPod」の大ヒットで業績を急回復させ、日本の若者も飛びついた。 その後2006年に、京大iPS細胞研究所(CiRA、サイラ)所長の山中伸弥教授が、ノーベル賞級と言われる万能細胞(=人工多能性幹細胞)「iPS細胞」(induced pluripotent stem cell)を発見した。山中教授は、一世を風靡しているiPodを連想させ、「iPS細胞」が広く世界に普及するようにと、小文字を洒落て使ったのだ。アカデミックな「iPS細胞」を身近なものに感じさせる命名法として優れている。米国オバマ大統領が就任後、ブッシュ前大統領が凍結していたES細胞(胚性幹細胞)の臨床開始と新薬承認受理の解禁を指示した。‘10年8月下旬、共和党保守派の大反撃に遭って予算執行が頓挫した状況にある。iPS細胞の臨床応用が一段と脚光浴びた格好になっており、近未来の再生治療には欠かせない存在になりつつある。 ちょっと関連の話題になりますが、2008年秋のノーベル物理学賞・化学賞日本人4名受賞はなんとも未来のある明るい話題となったのは記憶に新しい。下村脩ボストン大学名誉教授のノーベル化学賞テーマとiPS細胞開発にも関係が有り、下村名誉教授が発見した「緑色蛍光たんぱく質(GFP)」を手掛かりにiPS細胞の万能性が見極められたことだ。下村名誉教授は余り凡人が見向きもしない『オワンクラゲ』(実は‘10年時点ではオワンクラゲはもう大量発生は有り得ない事態)に焦点を当てGFPを発掘している。同じように山中教授も両生類の『イモリ』(「ヤモリ(屋守)」じゃないですよ)を重点的に研究し、iPS細胞の探求に繋げようとされている。 「トカゲの尻尾切り」とよく言われますが、爬虫類のトカゲは尻尾が切れた後、骨は再生しない。哺乳類である人も既に尾骨は使わないから退化しているが、足手等の骨も同じように再生はしない。『イモリ』は尻尾が切れた場合、骨が再生する。細胞移植メカニズムの研究には欠かせないとのことだ。山中教授が文芸春秋’10年9月号に記載している仮説だが、「進化に伴って再生能力は落ちてくる。高い再生能力を持つ動物は同時に癌にもなり易い。高等動物は寿命が伸びていく方向に進化し、涙を呑んで再生能力を放棄したのではないか。」と言うことらしい。我々凡人は、「イモリ」をただ見ているだけで、この様な感激の仮説(視点)が生まれないと言うことだ。 ついでにiPS細胞と再生医療に触れておこう。足を切断したから直ぐ新しい足を再生という課題にはまだ直ぐには応えられない。足は相当複雑な色々な細胞で構成されているので足全体をコントロール出来る機能も含めて再生移植の研究を要する。なにしろ人の場合、1個の受精卵から60兆個の細胞が出来るらしい。また、親から受け継いだ外見に関する遺伝的資質、例えば、背の高さ、顔かたち、頭髪の特徴、視力等は、iPS細胞の遺伝子修復療法では改変する事はまだ難しい状況だ。歯も、先ず歯を支える「歯槽骨」は、再生医療が既に実用化されている。iPS細胞で歯そのものの幹細胞からの再生は、研究中だが、歯は「エナメル質」や「象牙質」、及び神経や血管等から構成されている複雑な臓器のようなものなので、まるごと歯を再生するのは、他の臓器同様まだ時間を要する状況と言うことだ。 また個別の患者毎にiPS細胞を作ると大変な手間や費用がかかる。CiRA副所長の中辻憲夫教授による白血球の型(HLA)に着目した試算では、日本人に多い型のiPS細胞の上位50種が有れば、91%が拒否反応をほぼ心配なく移植治療を受けられることが判明した。そこで、あらかじめ50種類のiPS細胞を「万能細胞バンク(仮称)」として用意しておけば、迅速なかつ安価な移植治療が可能になるらしい。皮膚細胞の替わりに抜歯された歯「親不知(おやしらず)」や「臍帯(さいたい)」等も「万能細胞バンク」用に応用可能と言うことらしい。 厚労省の専門委員会が、’10年6月30日に、患者以外の他人の細胞から作ったiPS細胞を治療に使っても良いと言う指針を発表した。なにしろiPS細胞は、日本発の夢の大型再生医療技術なので、皆さんの周りで実際の治療が進むことに期待して良いのでは。 そこでアップル社の「iPod」後の話に戻ろう。ご存じの通り、「iPhone」[iPad]とヒット商品を連発し、iPS細胞の認知と歩調を合わせるように、『i』の小文字イニシャル(頭)使用は定着しつつある。我が国の若い恋人達の間では、英語の発音が紛らわしいこともあるが「iPad(アイパッド)持ってる?」が、「うんiPod(アイパッド(XポッドX))持ってる。」と応えて、会話が成立しているらしい。確かに急いで新製品上市したこともあるので、「iPhone4」の不具合い、「iPad」の電池炎上とか、話題に事欠かない。が、これも結果としてメディア露出の広告効果を狙った、と言う穿った見方も闊歩しているようだ。 IT関係のプロがよく使う施設名で『iDC』が良く聞かれる。これはインターネットデータセンターの略だ。今後家庭やオフィスの「コンピューター」はただのタイプやボタン操作が出来る安い箱(空箱)で、データは全てiDC のようなデータセンターにあるコンピューター・サーバーに保存され処理される時代になるだろう。ウイルス対策やネット侵入防止等機密保持が担保されれば、一気に進む可能性がある。いわゆる『クラウド』(雲)コンピューターで仮想化されたネット(網)のことだ。 同じ「iDC」でも「iDC大塚家具」に使われているのはインターナショナル(国際)の「i」小文字頭使用だ。よく考えてみればインター(超越、越えて)国(ナショナル)の国際の言葉が出来ている。IT産業のIは情報(Information)で、イン(内へ)、ラテン語のフォルム(形作る)が合わさって「情報」なる言葉が出来て、共にイン(内へ)だ。『i』なるイニシャル「i」は英語では結構馴染みの言葉なのだ。 他に本年8月30日にポーランドの自主管理労組「連帯」発足30周年記念式典が行われた。東欧の民主化推進の起爆剤の役割を果たした『連帯』の指導者ひげのレフ・ワレサ元大統領(66歳)が久々に新聞紙上に登場した。なんとワレサ氏は連帯を離れていた。連帯は分裂し、現在は野党だが前政権「法と正義」(PiS)が潮流を引き継いでいる。この政党名にも『i』が使われていた。いろいろな世界に『i』は顔を出している。 日本テレビの24時間テレビ「愛は地球を救う」の放映が終わったばかりだが、今後iPS細胞の活躍が期待される「難病」への関心を呼ぶテレビ放送が多く注目した。愛とiPS細胞の共通の『i』が心を和ませてくれた。続く24時間ストライキは止むを得ないのかも知れないが、早い妥結を祈る。「愛は地球を救う」には有難う!
2010.09.01
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奇跡と言えるような33名全員救出劇が今まさに始まろうとしている。4ヶ月超えるとすれば全員が家族の元へ帰還出来そうなのはクリスマスの頃になると言う。家族にとって之に優るクリスマスプレゼントは無いだろう。 まずお国が資源を持つか持たないかが重要な鍵を握っている中で、鉱山の落盤事故を取り巻く背景と国境を超えて救出作業が行われる外交関係に触れてみよう。 資源関連の事故で特筆されるのは、やはり昨年~今年の米国メキシコ湾岸のBP海底油田火災炎上・原油流出事故だろう。英国石油メジャーのBPが、その通常年間収益の10倍程度を、事故補償に充てることになるが、まだ倒産する迄の損失には至っていない。しかし、安価な代替エネルギーが現れる迄は、海底油田開発は継続される。輸送パイプラインの破裂事故、商船三井のタンカーがホルムズ海峡でテロと思われる事故に遭っている。これらの事件続発は、資源を安定的に供給・輸送する為にはコストが益々高くなる事を意味する。元々石油は、露天掘りが少なくなった石炭の深度地下からの採炭作業が割高になった事等が主な理由で、石炭を一挙に代替した。石炭の落盤事故多発や、固形物(石炭)の輸送はCOSTが高くつき、安く輸送出来扱い易い液体(石油)の方が埋蔵量が大きく、採油COSTも安かった。石炭の深度地下採炭がさびれる中で、他の地下資源鉱物の落盤事故対策等も、技術開発がスローダウンしたきらいがある。流れとしては自然エネルギーを地場で調達する方向が加速する為、今後も地下鉱石採掘技術の急速な発展は難しいとも言える。 その資源鉱物だが、昨今のレアーメタルに代表される価格高騰は、地下鉱脈採鉱の技術開発を促す理由にはなるが、今回のチリ・サンホセ鉱山のような地下700mでの坑道安全確保技術迄には繋がっていないようだ。 確かに、今回の地下シェルターは素晴らしい安全対策だが、直径70cmの縦穴掘削と救出に4ヶ月以上もかかる。短縮する為には、地下シェルターからの落盤箇所を迂回出来るような、2重、3重の避難誘導路を確保したシェルター建設が望まれる。地下深度700mや1,000mの採鉱をする場合は、その迂回誘導路が有る地下シェルターの建設コストと採鉱コストとの見合いをして進めるべきが、今後の方向性ではないかと言うことだ。 チリは世界でも指折りの銅産出国であり、我が国は電力送電線の銅線等でチリには大変お世話になっている間柄である。銅鉱山は硫黄も産出し、精錬の過程で硫酸も製造する。硫黄は、日本も火山国なので、その臭いは馴染みと思うが、世界へ輸出するとなるとチリの埋蔵量には足元にも及ばない。同じ黒色火薬の原料である硝石(硝酸カリウム)もこのような鉱山で産出される。実は我が国も、硝石が1920年化学合成される迄は、ペルーの黒船が来航して以降、鉄砲用、大砲用、花火用等の黒色火薬用の硝石(「硝石(硝酸カリウム)75%、硫黄10%、(木)炭15%」)は、チリ産を中心に輸入していた。 サンホセ鉱山に限らず、鉱山の事故は後を絶たない。鉱石採掘国に発展途上国や新興国が多いから、先進国がもっと手を差し伸べる必要があるのではないかと思うが、アフリカや中央アジア、中南米等への資源国パイプは、中国や欧州が庭の如く緊密感を高めて、技術・資金援助で先行している。日本は環境技術では優位性を発揮するが、地下深度採鉱・採坑路作りでは多分同レベルなので、声がかかり難いと言うことかも知れない。 今回のサンホセ鉱山では、直径70cmの深度700m縦抗は、スペイン、オーストラリアの水圧式大型掘削機が活躍することになっている。閉塞感のある長丁場の地下シェルター生活に対しては、精神面、栄養面、食事面、スポーツ面等は、米国NASAのISS(宇宙ステーション)技術が正式にサポートすることになるだろう。医療関係では、チリ政府が、世界を先導した米国・欧州の心療内科的なケアーに注目しているようだ。 チリと米国の関係は、どうしても1973年のピノチェット将軍によるアジェンデ政権の軍事クーデターによる転覆を想い起こさせる。1970年に世界で初めての選挙によるアジェンデ氏の左翼社会主義政権が誕生した。世界の若者は選挙で誕生した社会主義政権に夢を託したものだった。しかし、銅山を国有化する等の動きが、チリ富裕層や米国CIA等が好ましく思わず、米国CIAが支援したと噂される軍部のクーデターが起こってしまった。 クーデター後は、ピノチェット将軍が社会主義の学生や活動家を大量に処刑した悲しい結末だった。1990年代にチリ政府が、虐殺された遺族の要請に応え、ピノチェット将軍を訴追した。しかし将軍は、その前に宗主国スペインへ亡命し、スペイン政府も将軍をチリに返さず、将軍はスペインで亡くなった。 そのスペインが、掘削機を提供している。米国もNASAが強力助っ人でサポートに参画しそうだ。因果な歴史というものだ。 チリと日系南米人と言う関係からは、先の1996~1997年ペルー日本大使公邸人質事件122日間の際、ペルーの日系フジモリ大統領が強力に指導して、日本人人質72名は全員救出、ペルー軍警察関係者2名が殉職、非日本人の人質1名死亡(最初の人質数は約400名)の難局を乗り切った経緯が有る。その後、フジモリ大統領は、内政の強硬手法を指摘され、日本滞在中にペルー政府から訴追される。日本国籍を保有していたので、日本政府は実質亡命を認め匿った。その後、フジモリ元大統領は、ペルー内での政治的影響力を保持回復する為に、先ずペルー帰国前にチリに寄って、隣国からペルー内支持者と連絡取りあい影響力を回復しようと考えた。ペルー政府が、チリ政府に滞在中の元大統領の送還を強く要請した。元大統領はチリ政府に亡命を求めたが、チリ政府はこれをやんわり拒否し、元大統領はペルーへチリ経由実質送還された形となった。チリ政府も隣国との好関係を優先し、フジモリ元大統領には結果として厳しい態度を取ったということだ。 まだまだ日本には技術的な救出支援のチャンスはあると思うので、‘'塵(ちり)も積もれば山となる‘'格言通り地道にアピールを続け、支援チャンスを生かし、クリスマスの美酒を33名の家族達と共に祝いたいものだ。
2010.08.30
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うだる様な暑さの中で、甲子園まで到達した球児達は暑さ等なんとも思っていないのではないだろうか。いつも思うのだが、野球は自打球含め硬球に当たる確率が高いことや、滑り込みセーフの様な際どいプレーも有る為、どうしても重装備のユニフォームとなる。夏は剣道着と同じで、甲子園の高いスタンドの中では相当‘’暑苦しい‘’のではと思うのだ。アメリカのジュニアハイスクール等では、 夏の野球風景は、硬球ではあるものの、いとも軽装、半ズボンで膝にプロテクター付きで練習をしている。見ていても暑苦しくないのだ。吾輩の軟球草野球も、夏は軽装でやっていた記憶が有る。しかし安全を考えれば、やはり重装備のユニフォームは仕方がないのかも知れない。 不祥事続きで話題になっている大相撲は、その点夏場も暑苦しくはない。反面初場所は寒くて大変だが、地球温暖化の流れで、温かい場所になる傾向なので、余り心配する必要はなさそうだ。 野球のユニフォームも技術改良で、汗を即吸収し風通しの良い涼しい軽装スタイルの物が出回る様になると思う。 広島平和慰霊祭に参列されたルース米駐日大使が、帰路甲子園開会日の試合にも顔を出し、「高校生の野球大会で、4万8千人の観客を動員する大会が継続しているのは驚きだ。」とコメントしていた。野球の本場米国をも凌いでいるイベントとして、世界にも認知されていると言うことだろう。学校教育の一環と言う原則が都度再確認され、プロ野球予備軍の場でなく、一部私立高校の全国に校名を早期に認知させる場になりがちなケースも適宜防いでいるという点では評価出来る。 吾輩も高校野球の観戦暦は長い方だ。今迄のラジオ、テレビの視聴、甲子園の直接観戦で、心に残っている夏の選手権大会激闘の試合を振り返ってみよう。歴史に残る名勝負だ。(1)昭和33年(‘58年) 準々決勝 徳島商 坂東投手 Vs 魚津(富山)村椿投手の 白熱の投げ合い。将に熱闘甲子園だった。延長18回 引き分け再試合で両投手 連投 27回、徳島商の勝利。なんと坂東投手は、前年の四国大会で、引き分け再試合規定が 無い時代に、準決勝高知商を16回で下し、翌日決勝高松商戦で25回と連続41回連 投し、2:0で惜敗している。この後18回再試合規定が策定され、坂東投手と村椿投 手との投げ合いが、甲子園での最初の適用となる。俗称‘’鉄腕坂東‘’の登場であ る。ご存じのタレント‘’坂東英二‘’さんの昔の話である。同じ頃、プロ野球西鉄ラ イオンズの稲尾投手が日本シリーズで連投し逆転優勝を飾っていた。坂東投手のプロ選 手生命も、鉄腕、稲尾投手も長くは無かった。彼らが無理した反省から、米国大リーグ でも、今や先発完投は稀で、球数100球超えれば中継ぎへ交替とか、先発の中3日~ 5日のローテーションが徹底されるようになった。投手が長い選手生活を続けれる今日 のプロ野球の、隆盛の礎を作ったと言えよう。 因みに再試合規定が無い時代の歴史に残る夏の甲子園熱戦は、昭和8年(‘33年)の 準決勝中京商VS明石中の延長25回の中京商勝利の試合だ。中京商は決勝でも撃破 し、優勝校となる。(2)昭和44年(‘69年)決勝 制球上手の井上投手松山商VS剛腕大田幸司投手の三沢 (青森) 延長18回 0:0のまま、翌日再試合となる。太田投手は再試合も連投、27回連 続だが、松山商には、控えの中村投手が健在、井上を途中で引き継ぎ、三沢をかわし た。 先の南アW杯でも話題になった審判の誤審問題だが、この決勝延長戦では、井上投手の 制球が、「ボール」をストライクと判定させる位優れていた。熱戦を押し出しフォアボ ールで決着したら面白くないという審判の高度な判断で、誤審と思われそうな局面が2 度程あった。深紅の優勝旗が、東北地方に抜ける‘’白河の関‘’を終に超えるかどう かで、固唾を飲んで見守った決勝戦だったが、押し出しフォアボールで三沢の勝利=優 勝旗が白河の関を超えるシーンが、あったのだ。それほど太田投手率いる三沢攻勢の試 合展開だった。 その後白河の関を超える話は、平成16年(‘04年)の駒大苫小牧 の優勝まで待つことになる。白河の関を超えると言うより、優勝旗は津軽海峡を飛行機 で一挙に越えてしまった。(3)昭和58年(‘83年) 準決勝 桑田・清原KKコンビのPL学園VS水野投手の (徳島)池田 82年夏、姫ダルマ監督と異名を持つ蔦監督率いる徳島の山中にある池田高校のやま びこ打線が、1年生荒木大輔投手を擁する早稲田実業をコテンパンに打ち砕き、夏優勝 校となった。蔦監督は、池田の野球部が14名しか集まらない段階から甲子園出場を果 たし、‘’高校野球はヒットで出たらバントで送る‘’の常道を否定し、バントをせず 野球の醍醐味である強振のヒット戦法が、甲子園ファン皆の共感を呼んだ。その池田 は‘82夏、’83春選抜と畠山投手で優勝重ね‘83夏優勝で初の3連続優勝がかか っていた。 擁する投手は快腕水野(後巨人入団)、対するはPL学園は、1年生コン ビ桑田エース投手・清原4番内野手。その水野がKKに打ち砕かれて3連続優勝の夢は 断たれた。KKに打たれた水野投手のうな垂れた瞬間は強烈だった。(4)平成10年(‘98年)準々決勝戦 松坂大輔投手の横浜高校 VS PL学園 再試合となる延長15回で横浜が勝利する。優勝校となるが、松坂投手の連投は凄ま じい迫力が有り、大物の風格を備えた安定したピッチングだった。「大輔」の名前が命 名ブームになったのは、上記(3)の早実荒木大輔投手の活躍からだ。(5)平成18年(‘06年) 決勝戦 斎藤投手の早稲田実業 VS田中投手の駒大苫小牧 15回引き分け再試合の末、早稲田実業の優勝。上記(2)松山商VS三沢から決勝 戦再試合は37年振りで、ハンカチ王子斎藤投手が一枚上手で粘投した好ゲームだっ た。この敗戦で駒大苫小牧は3連覇の夢は潰えた。その後二人は、早大学生野球とプロ 野球楽天へと違った道を歩む。斎藤投手は、4年間の集大成となる世界学生野球選手権 大会で、準決勝キューバ戦を任され敗戦投手となり、チームは韓国に勝ち銅メダルで終 える。マー君こと田中投手は、名伯楽野村監督と出会い一皮むけて凛々しくWチャンピ オンのメンバーに成長した。 斎藤投手もプロ野球の道に進むと思うが 両者の投手戦再対決は面白そうだ。
2010.08.15
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夏の風物詩と言えば、蛍、風鈴、花火、ソーメン、スイカ、高校野球と来て、やはり蝉の泣く音に落ち着く。 先ず「蝉」を文学から紐解くと、源氏物語の「空蝉」(うつせみ)の巻だ。吾輩からすれば源氏物語とは、光源氏が雅な宮中に生まれながらも屈折した生い立ちから、女性遍歴をし、その交流を美文で和歌を織り交ぜて描いている小説と考えていた。この巻を読んで、空蝉のような女性が、男依存から超越して孤高の境地に達した強い女性達の物語だと言うことを、梵やりと理解できた。万葉集等と比較した場合、貧しいこととか庶民の生活感ある気持ちが全く記載されていない。古文の美しさにはただただ驚くばかりだが、稼ぐと言う生活に根ざしていない貴族の物語が、視点を変えれば斯くも魅力が増すものだと感服している。 「空蝉」とは、‘’この世は蝉の抜け殻のように、仮のものではなく、はかないもの‘’と言うことだ。平家物語、能、茶道、禅等に表現として出てくる「無常観」の走りをこの巻は述べているような気がする。 この夏も木漏れ日の林を散歩しながら、蝉時雨の音で蒸し暑さを感じつつも、夏~秋に移る物悲しさの中で、蝉の抜け殻と死骸を夫々見つけた。「蝉の抜け殻」には、抜けた後の蝉の一丁前の姿を想像すると、お疲れ様と言いたくなる。 蝉の一生は、枯れた枝とか、木の幹に産卵し、越冬、翌年5月頃孵化し、幹を伝わって地中に6年~8年(最近はアブラゼミなど一部は、猛暑と梅雨の開け方等が影響し、4年位に短縮されたとの分析もある。)、梅雨上がりの頃、地上で成虫になり、6日~8日(約1週間、最近では4日位と言う説もある。地中と地上で、約1年分(365:1)の期間に差があるものの、それで一生を終える。 オスは地上にいる間は、求愛の泣きまくりでパートナー(メス)を見つけ、産卵に漕ぎつく。成虫になってからは結構忙しいのである。蝉時雨がオスの愛の絶叫だと思うと「もっと泣いて頂戴」と言う感じにもなる。猫やカラスの発情期の鳴き声は、決して及びでないが。 ‘’ラジオ体操第1、第2を3カ月すると、適面にダイエット効果有り‘’とのキャッチコピーを週刊誌広告を新聞広告欄で拝見した。そう夏はラジオ体操が始まる。お年寄り参加数の割合が、子供さんの参加人数の2割以上だったら、その地域は少子高齢化が進んでいる地域という説もあるようだ。ラジオ体操を終えた子供たちが、蝉取りにいそしんでいたが、捕獲間際の逃げる際、蝉が良くおしっこをしている。これは、威嚇では無く、蝉が水分や消化不良の樹液を捨てて、夏バテしないようダイエットしているシーンと言うことらしい。 次に、和歌を伝統文化として現代にまで延々と普及させた「百人一首」だ。その一歌人「蝉丸」法師も蝉にまつわる文芸人として挙げられる。「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」。正月に家族や知人で繰り広げる「百人一首かるた」の坊主めくりで「蝉丸」さんを引くとどっと’’残念’’の笑いが起こる。 三つ目に、蝉の声を「禅」の修業の如くつかみ様がなく、岩に浸み込んでいる状況を読んだ、松尾芭蕉の名句が挙げられる。「閑(しずか)さや 岩にしみ入る 蝉の声」。 「奥の細道」の立岩寺紀行の一句だ。日本を代表する文化‘’禅‘’と、蝉の漢字が似ている。蝉時雨も、禅寺で修行している僧の読経の様にも聞こえる。蝉の樹に留まっている姿は、動かない座禅中の禅僧に似ている節も有る。芭蕉は、岩に吸い込まれている蝉の声を、禅の悟りの如く、延々と続く、捕え所の無い悟りを求める境地とオーバーラップしたのではないかと思う。この句が出来てから330年位経過していると思うが、句の斬新さは時を超えて心に響き渡るものだ。 文学からの4つ目最後は、藤沢周平の小説「蝉しぐれ」だ。2003年テレビドラマとしてNHK金曜時代劇で放送され、その後映画や舞台でも放映や上演がされている。立岩寺の芭蕉「閑さや・・・」の俳吟場所と、藤沢周平が育った山形県鶴岡市とは近く、ドラマの舞台「海坂藩」は、江戸藩邸との行き来に立石寺を経由したのではないかと思うくらい、蝉時雨の轟渡る山奥深い夏のシーンが出てくる。剣術の修業場所もしかり、藩を逃げる際も、夏の蝉時雨がよく似合う舞台設定だ。 ドラマの内容は、藩を愛する若き下級武士達が、お家騒動に翻弄されながらも立ち向かう物語だ。武士道の求動を、蝉時雨のやるせない延々と続く声に重ねているのではないかと思う。 藤沢周平もどこかで、芭蕉の「閑さや・・」の句想を参考にしているのではと思う。 最後に、蝉が昆虫であることに触れておこう。世界的に「生物の多様性」が声高に叫ばれるようになり、今年10月名古屋で、「生物多様性の締約国会議」が開催される。生物は、動植物35万種、昆虫800万種、微生物含め全体で約14百万種程度存在するらしく、毎年4万種程が絶滅に頻している。会議では(1)絶滅を止めること、(2)生態系の持続的利用、(3)遺伝資源の公平配分が討議される。朱鷺(トキ)や、クロマグロ・イルカ(クジラのサイズが小さい種類)等の食糧文化との共存・保存を考えると、関心はいやが上でも高まるものだ。 地球温暖化の締約国会議も、1997年京都宝が池国際会議場で行われ、欧州の論陣が中心に、京都から必要性を世界に発信し、「京都議定書」のCO2削減の枠組み批准活動がスタートになった。「生物多様性」でも同様の開催効果が期待される。昆虫は、子供達の虫取りの獲物で注目されている、絶滅危惧の心配がなさそうなカブトムシや蝉等は、共存出来ている。殺虫剤のターゲットになる虫達は、人間から「無視(むし)」して欲しいと願うだろう。蝉は「樹液」を餌にするように、樹木の育成と大いに関係がある。 昆虫としての蝉は日本には33種類いるらしい。夏の移ろいを感じる中、梅雨明け宣言が出ると共に、ニーニー蝉が泣き、ミンミン蝉、アブラ蝉=クマ蝉(最近は’’油’’を売っているのかアブラ蝉よりクマ蝉が多い)、めったに聞かれなくなったがツクツクボウシと続き、秋の訪れを感じる頃、その’’日暮らし’’のヒグラシが囁く。後は鈴虫達秋の虫に譲るべく去ってゆく。人様は熱帯夜で’セミ’ヌード姿としても、それは33種類には含まれず。
2010.08.12
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世の中から無くしてしまいたい物=「原水爆」を葬り去ろうと被爆した建物や場所を後世に残し、世界に広く伝えていくことで核廃絶の流れを作ることには大賛成だ。今年の8月6日広島原爆平和慰霊祭に、米国オバマ大統領の肝いりで、ルース駐日大使が、英仏臨時代理大使と共に被爆65年を経て初めて参列してくれた。むせぶ涙の極みだ。この広島の原爆ドームは’96年ユネスコの世界遺産へ登録されている。次いで今年7月31日米国信託統治の北太平洋マーシャル諸島「ビキニ環礁」が文化遺産として世界遺産へ登録された。ご存知の焼津母港遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」全乗組員23名が、’54年(昭和29年)3月1日米国のビキニ環礁水爆実験の米国指定危険水域外での漁中に被爆し、1名が死亡した。日本は広島・長崎に続き、戦後も世界で3番目に当たる原水爆の被爆を受けたことになり、日本は悲しみに包まれたいきさつがある。 第五福竜丸は、’47年和歌山県古座町(現在:串本町)のカツオ漁船として建造された木造船だった。その後、遠洋マグロ漁船に改造され、ビキニ環礁で操業していて被爆した。米国が、被爆の証拠を隠滅する為沈没されることを恐れた乗組員は被爆の無線連絡をすることなく、焼津港へひっそり帰港した。この被爆をきっかけに東宝の特撮「ゴジラ」は制作され、’54年11月3日公開された。後に日本のアニメ海外輸出の波を受けて、「ゴジラ」がニューヨーク(NY)マンハッタン街を闊歩するシーンが、米国の子供たちをとらえたのは皮肉なものだった。また第五福竜丸が、帰港後東京水産大学の練習船「はやぶさ丸」に改造され、その後廃船となり、東京のゴミの島「夢の島」へ放置されていた。’69年東京都の職員等が中心の保存運動が起こり、都立夢の島公園「第五福竜丸展示館」に展示されて今日に至っている。丁度若者が集まる「お台場」と「葛西臨海公園」の真ん中に位置する。無料入館可能なので、ついでの折に訪れることをお薦めする。また心臓部のエンジンは、廃船時に本体から切り離され貨物船「第三千代川丸」に搭載されていたが、'68年熊野灘沖で座礁沈没した。この際も保存運動が起こり、’96年海底から引き揚げられ、展示館の脇に展示されている。 その後歳月は流れ、今年3月のアカデミー賞を受賞した米国人監督の和歌山県太地町イルカ漁「ザ・コーブ」が、日本でも一部の映画館で公開されている。米国が現在も水爆実験の被害と認めていない第五福竜丸被爆を、船の歴史を物語る「建造の串本町、エンジンの座礁水没の熊野灘」共に「ザ・コーブ」の無断撮影地「太地町」の近くだ。因縁があるとしか思えない。大切なことは被爆の事実を遺跡や展示館で突きつけ、風化させないことだ。どこかで米国オバマ大統領の広島訪問に繋がるような、米国や核保有国の核廃絶賛同者にメッセージが伝わり、連帯できること必定と考える。 さて前置きが長くなったが、夏の反戦反核の季節に免じて許していただき、本題に入ることにしよう。若い女性達に、この話をすると’’ウソー、本当?’’と黄色い声の反応が返ってきて、明るい歓声に包まれる。そう「水着の『ビキニ』って、'46年7月1日フランスのデザイナー:ルイ・レアール氏が、パリコレクション超最小面積新作水着発表時、マーシャル諸島のビキニ環礁が、細いサンゴ礁の島がほんの付け足しの島の様に連らなっている形になぞらえて、また米国の水爆実験が'46年6月末ビキニ環礁で行われた衝撃の、4日後だったので『ビキニ』と命名した」。実際その時代の最小面積のセパレーツ型水着は、物質の最小単位である「アトム(原子)」と言う名で普及していたようだ。そのアトム(原子)に対抗してさらに最小面積の水着にインパクト持たせるには、実験の後だから衝撃的ということになる。その後フランスも仏領太平洋諸島で核実験を、頻繁に重ねることになるので、命名に反核の意味は込められていなかった。しかし全世界に、66回も行われた原水爆実験の場所ビキニ環礁とは無関係に『ビキニ』水着が定着していった。その認知度の流れ(つまり、メディア操作も含め、命名の関係を敢えて言わない。=日本の女性達も殆ど知らない事実)を見ると、やはり米国、フランス等核保有国の横やりが入り、名前が普及しなかった可能性も否めない。 吾輩はビキニを見ると原水爆廃絶の象徴の水着と見るようにしている。このような見方(味方)の輪がが増え続けるならば、世界の反核運動のうねりは素晴らしいものになるのに。 このようなインパクトのある命名には「ミニスカート」もある。モデルのツイッギーさんの着こなし方にもよったと思うが、世界へ定着するには時間を要しなかった。一種の衝撃的シンプルな命名だ。 日本の連続猛暑は、進みゆく高齢化社会も直撃した。昔「熱射病」と言っていたのが「熱中症」と名前を変え、所ジョージさんも農作業で熱中症になる等、経験したことのないような熱中症患者の急増である。救急医療が大変な時に、未成年者や高齢者を除いては、いたづらに救急体制の疲弊を推すような、簡易救急車出動は避けて、過重な外出や充分なアルカリイオン飲料の補給で体力温存し、暑さを乗り切って欲しいものだ。そんな中『ポカリ・スエット』のインパクトのある命名には流石に感心する。熱中症対策のメガヒット商品として再登場している。若い人達が朝シャン含め、汗を流し、奇麗好き、清潔好きの流れを読み取っていたような「スエット」(汗)の商品名挿入起用だ。得てして汗臭いとか、汗の匂いとか嫌われる運命の汗だが、良く逆手に取ったものだ。暑さをポカリ(ぽっかり浮かんだ汗)スエットで乗り切りましょう。
2010.08.08
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虹が日本ではなぜ7色と言われているのか不思議に思って調べてみると、なんと日本でも江戸時代くらい迄は、3色とか5色とか言われていた。明治維新以降西洋文明が流入する中で、英国の巨星科学者アイザック・ニュートン博士が、虹の原理をプリズムにより解明し、7色としたのをそのまま踏襲したようだ。実際には、「赤、橙、黄、緑、青」の5色は明解だが、「藍、紫」は中間色なので、ニュートン博士のさじ加減で5色+アルファ2色=計7色としたらしい。音楽が好きなニュートン博士は、ラッキーセブンの7では無く、ドレミファソラシドの7音階に因んで7色としたそうだ。 音楽の本家ドイツでは今以って「虹は5色」として定着している。かように‘’七色(なないろ)の虹が浮かんで消えた・・・‘’という歌の文句に「もんく」を言う訳ではないが、自然の現象にはあいまいな表現の色もあるので、虹は7色だと思わないで、5色にも、6色にも、8色にも見えるので、夫々の感じる色数で虹を楽しむことをお勧めしたい。 さて、南アフリカのFIFAワールドカップ(W杯) の余韻が醒めつつあるが、南アは‘’虹の国‘’と言われている。アパルトヘイト(人種隔離政策)がストップし、全人種による総選挙が16年前に行われた。後5年もすれば、アパルトヘイト後に成人した全人種による総選挙が行われる。まさに‘’虹‘’=人種間の垣根を‘’架け橋‘’でつなぐという意味が込められていると想う。 最初、建設の遅れや治安の悪化で、W杯を開催できるのかどうか危惧する声が上がった。FIFAプラッター会長が、日本を含む開催代替地4か所を挙げて、治安対策強化等の圧力をかけた。 日本放送界の女子アナウンサーも派遣を断念したという経緯も有る。 蓋を開けてみれば、これらの不安を一掃し、50万人以上の海外からのサッカーファンや関係者も、南ア開催を概ね成功と評価した。南アも自信をつけて2020年夏季五輪の候補地に名乗りを上げた。金やプラチナ他貴金属資源の高騰傾向も続く中で、‘’虹の国‘’はその「架け橋」を強化して飛躍する事になると思う。 中国では「虹」は龍や蛇と関わりが有ると言われ、虹に‘’虫‘’偏が使われている。 今上海万博がヒートアップの最中だが、上海玄関口にはリニアモーターカーで市中心と結ばれている浦東(Putong)にあるメインの上海(新)国際空港と、上海虹橋国際空港という昔からの空港がある。羽田空港から既にチャーター定期便が上海虹橋空港に就航している。虹(の)橋らしく、羽田空港が今秋国際便を増便し国際ハブ空港としてデビューする中で、この上海虹橋空港と羽田空港の定期便増便が予定されている。成田空港―上海新国際空港を補完する上で、良い‘’架け橋‘’の空港になるだろう。 猛暑日が続く毎日だが、虹に因んだ納涼の話をしてみます。8月4日付け朝日新聞で報道されていたが、「日本の渚百選」に選定されている山口県光市「虹ケ浜海水浴場」で、ナイター海水浴が8月8日まで午後5時~8時半の間、楽しめるとのこと。浜辺のライトアップは8月末までされているとのこと。 お盆を過ぎるとクラゲが発生して、海水浴には適さなくなるが、クラゲもこの暑さでは発生を遅らせてくれるのではと。ナイターで夕涼みがてら海水浴を楽しむのも乙なものだ。 フランス語では虹のことを‘’arc-en-ciel‘’(アルカンシェル、空にかかるアーチ) と言う。歌のヒットグループ「ラルカンシェル」も (L)arc-en-cielから命名されているようだ。アーチ(橋)と言えば暑い中、水が命の『水道橋』を想い起こす。虹を架け橋に見たてるのは、願いや想いを大気中に浮かぶ「虹」に懸け易いのではないかと思う。 「心頭滅却すれば火もまた涼し」とは良く言ったもので、この暑さをぶっ飛ばすには「虹」を水道橋のアーチに見立てて水の流れる音を想い起こすことにしよう。 あ~あ~少し涼しく感じます。
2010.08.07
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夏と言えば日本海側の海水浴が様になる。何と言っても遠浅の美しい白砂海岸が続いている海水浴場が多く、加えて日本海が涼感を与える。今年の獰猛暑(どうもうしょ)は日本海でブッ飛ばすこと請け合いだ。 最近は表日本(太平洋側)・裏日本(日本海側)の表現は、‘’裏‘’のイメージが良くないということで、地域名を全面に押し出した表現に変更になっている。まだ山陽新幹線とか山陰本線、山陰自動車道など地名表記で‘’裏‘’をイメージする表現が残っているが、「裏」とか、「陰」と呼称された側の気持ちに配慮して、別な表現に切り替えるのは正しい方向だと思う。そんな中、高速道路の建設経緯についてちょっと触れておこう。先ず、山陽地方(瀬戸内海側)と山陰地方(日本海側)から共に平等且つ公平にアクセス出来る高速道路として、九州とも高速7,8時間で繋がる「中国自動車道」(以下「中国道」)が建設された。丁度大阪万博1970年頃の高度経済成長路線を踏襲するシンボル的な巨大工事だった。その後、自動車需要のより大きい「山陽自動車道」が併行ルートで建設され、北丹後・若狭・山陰側の懇請もあり、「舞鶴若狭自動車道」(以下「舞鶴若狭道」)、「鳥取自動車道」、「山陰自動車道」、「浜田自動車道」、等が中国道等から分岐する形で、日本海側アクセスとして開通した。最初の構想とは異なり、中国道の利用率は落ち込んだ。そんな中、「建設したけれど通行率が低ければもったいない」の精神で、6月27日(月)から来年3月末に限定して、幹線網では無い、渋滞の心配が少ない路線を無料化とした実験が始まった。そこで無料化の目玉「舞鶴若狭道」が海水浴と日帰り温泉等に与えた影響を見たくて、日本三景の『天の橋立』がある、日帰り温泉「天の橋立温泉・文殊荘」に行ってみた。 土、日、祝日は高速ETC千円も使えるので、一部無料化区間とセットにすれば、割安で色々な所に行ける。しかし、国交省によると、海の日7月19日含む3連休、無料区間の通行量が約2倍になり、「舞鶴若狭道」では40kmの渋滞も発生したということだ。中国道 宝塚~吉川ICの渋滞30kmを加味すると、全区間往復含めてのろのろは続いていた。夏休み最初の週末だった7月24日、25日も、やはり中国道、舞鶴若狭道共に渋滞気味だった。夏休み期間中の土、日、祝等は、渋滞が続き、カーエアコンも抑え気味にせざるを得ず、小さいお子さん連れにはお薦めではない様だ。 週日に大阪から「天の橋立」行きをトライした。やはり中国道 吹田・池田・宝塚~西宮北ICまで渋滞なので、一般道路~で丹南篠山口ICまで一般道路を使った。これは正解だった。丹南篠山口ICから舞鶴西ICまでは週日と言うこともあり、スイスイだった。綾部JCTから京都縦貫道を経由して宮津天橋立ICの有料区間750円は使わず、無料に拘って、舞鶴西IC~一般道で約1時間10分かけて天の橋立に到着した。 大阪中心部から約4時間半の高速料金ゼロの行程だった。 天の橋立を代表する老舗温泉旅館「文殊荘」が11:00~15:00まで(木曜日定休日)日帰り温泉@1000円で開放しているので、早速湯を楽しんでみた。 泉質は含む弱放射能・鉄(2)-ナトリウム―塩化物泉、源泉100%だ。 透明だが舐めてみると塩辛くて肌がぬめぬめする。美人の湯の系統だ。ガラス戸を開けっ放しにして露天風呂と繋がっている。高級旅館らしく、浴室は清潔感があり、綺麗だ。湯上りにリラックス出来る小部屋が有り、冷たいお茶が出されている。湯上りにぴったりの美味しさだ。無料の全身マッサージ器、足裏マッサージ器もあり、お薦めだ。 昼食は前日までの予約が必要になるが、可能だ。 予約を避けたいという向きには、同じ文殊荘グループの「対橋楼」が天橋立に至る橋の東側麓にあるので、そちらでの「海鮮丼」等の昼食をお薦めする。日帰り温泉も11:30~15:00 @800円で可能だ。文殊荘と比べると浴室は狭い。 こちらには与謝野鉄幹・晶子夫妻(「立ち上がれ日本」を結党した与謝野馨衆院議員の祖父母)掛け軸や、野口雨情、林芙美子のひと筆等が掲示部屋を見ることが出来る。文殊荘で温泉に入り、対橋楼で食事をする場合は、文殊荘に車を駐車したまま食事するのを許してくれる感じだった。 天の橋立の海水浴場はなかなか盛況だ。若い方が海水浴を敬遠して、プールにシフトしているので、最近海水浴客は伸び悩みらしいが、まだまだ奮闘している様だ。 海の家とか民宿、旅館、土産物屋さん達の話では、舞鶴若狭道の無料化や、土・日・祝ETC千円が普及したことで、宿泊しないで、日帰りで帰られる京阪神の客が増えたとのこと、確かに訪問客は多くなっているが、なんとか宿泊にまで繋げる智恵を出し合っているとのことだった。 吾輩としては、好きな『天の橋立』が、高速無料化で、より身近に訪れ可能な所としてインプットし直した旅だった。天の橋立は日本三景の一つだが、この日本三景の選定は、徳川家康が重用した林羅山の息子、林春斉が「日本周事跡」に表したものと言われている。日本では、3つ揃えるのが好きだ。官庁・企業等不祥事の際、3人揃ってテレビの前で謝罪会見をするのを散見する。阿弥陀様、日光菩薩、月光菩薩と3人揃っている仏像を拝むことが多いが、中心人物の左右に2人で脇を固めていると凄く安定感が有り、視聴者(拝観者)に安心感を与えるのだと思う。天の橋立「智恩寺文殊堂」には、「三人寄れば文殊の智恵」の文殊菩薩などを拝観出来る。やはりここでも「3人揃って」だ。決して2人とか4,5人とかは言わないし、それでは締りが無い。 雪舟が応仁の乱などの血なまぐさい争いを避け、この天の橋立に滞在(1501年)し、松林の続く立派な砂州を天にも届ける意気で、国宝「天橋立図」を完成させたのは、この景観の成せる技(わざ)というものだろう。この股のぞきの展望台を訪れた後、春桜の季節なら、「吉田の枝垂れ桜」がお薦めです。一見の価値が有ります。舞鶴湾北側にある1609年開山の曹洞宗金剛山瑠璃寺に、京都左京区吉田山にある吉田神社の枝垂れ桜を移植したと言うことだ。そのためこの村落が吉田と命名された様だ。樹齢約300年の見事な枝垂れ桜だ。階段上のお寺境内には白桃の花がピンク色に咲いており、配色の妙に感激した覚えがある。 帰路に舞鶴西ICまで一般道で行く場合は、舞鶴の赤レンガ建物付近と港を訪れれば良い。舞鶴が「岸壁の母」で有名な引揚げ港として、戦後に帰国者受け入れの役割を担った事を想い起こされると思う。60数年を経て、シベリア抑留体験者・遺族に対する政府の戦後補償処理が一応形として一歩進んだと聞き及んでいる。引揚げ者が当時舞鶴に帰国した第一歩が、踏みしめるような重いものだった事に想いを馳せるだろう。 さて帰路、舞鶴若狭道の六人部(むとべ)PAに、往路 西紀(さいき)SAか六人部PAで小額でもOKなので領収書さえ持っておれば、@400円相当のかき氷が無料で食べられる。猛暑の場合は、往路西紀SAか六人部PAで小額の領収書を貰っておくことをお薦めする。 帰路、中国道の西宮北口ICから宝塚IC、池田ICまで渋滞の予報が出ていれば、無料の舞鶴若狭道「三田西IC」で下りて、一般道で宝塚・池田で向かわれることをお薦めします。全般的に数年前と比較して一般道の渋滞は緩和されています。勿論、中国道の高速料金は不要です。 楽しい『天の橋立』の旅だった。決して‘’大江山 生野の道は遠ければ まだ踏みもみず天橋立‘’という百人一首にも‘’終におさらば‘’ということでした。
2010.07.28
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夏と言えば素麺。素麺の具に卵は欠かせません。味の素油をフライパンに引き、生卵をといでうすく敷き、卵1個で3回くらいに分けて卵焼きを作ります。味の素油なら焦げる心配が少ないです。できた卵焼きを薄く切り刻んで素麺の具にします。考えているだけで涼しくなります。
2010.07.26
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カルピスと言えば、昔からガラス瓶に入った原液を冷や水で3倍くらいに希釈して飲むものと思っていたが、余り水にこだわらなくて良いのではと。「甘夏柑粒入りのカボスジュース」で割ったカルピスは抜群に美味しいです。最近カルピスのカルピス酸乳「アミールS」を飲む機会があったので、その1Liter空ボトルは200ML毎X5杯の表示があるので、カルピス原液を空ボトルの方へ移し替えて、200mL表示内を3分割し、原液としてグラスへ移し替えカボスジュースで希釈して楽しく飲んでます。夏バテ解消です。今日は鰻食べなくてもカルピスのカボスジュース割で夏バテばっちり解消です。
2010.07.26
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お中元で貰って嬉しかったものは?は 素麺です。夏という季節感を感じさせる食べ物はスイカとか、土用の丑用鰻とか、缶ビール等々とありますが、素麺が吾輩が最も季節感を感じることが出来る食べ物です。東南アジアへ行った時に、現地滞在の日本人宅でソーメンを出されたことがあります。勿論素麺、だし汁も、卵焼きやネギ、キュウリ、トマト、ハムなど同じなのですが、なぜか日本で味わうソーメンと味が微妙に違うわけです。帰国してから通の方に聞いてやっとわかったのですが、水が違うのが原因の様です。外国人が日本で味わう素麺も直ぐには分かりにくいと言われています。美しい湧き水の味に慣れた日本人が、素麺のシンプルですが微妙な味を美味しいと理解するには時間が必要かも知れません。冷麦でも同じことが言えると思います。そんな素麺をお中元でいただくとああ夏が来たんだと、するする音を立てて食べる素麺料理を想像しながら夏を実感するのです。贈り主さん有難うと一礼をして、早速我が腕によりをかけて相伴をさせて貰います。貰いたいものは? というと素麺が有り難いです。ブランドが揖保の糸産、小豆島産、三輪産などまちまちでも、いっしょに茹でて食べさせて貰います。問題ありません。昔は色つきの麺が少し混じっていたものですが、これはお目にかかれません。素麺以外にはカボスの夏ミカンの粒が入ったカボスジュースが嬉しいです。やはり夏の季節感を感じさせて開発された新製品の珍しいものが有り難いです。河内晩柑(別名:ナダオレンジ、美生柑、宇治ゴールド、ジューシーオレンジ)も冷やして食べると最高です。貰いたいものは?はキリがないのでこの辺で止めておきます。
2010.07.26
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新しい家庭を築くと、お中元を誰に贈る?とお互いに決めなくてはなりません。虚礼廃止の流れですから、やはり結婚した場合はそれぞれの親(実家)、また大人になるまで特にお世話になったそれぞれの伯父(叔父)さん、伯母(叔母)さんなどが贈り先になります。年を取ってくると、当然親御さん達があの世に旅立たれるので、寂しいですが贈り先がだんだん少なくなり、その代わりにそれぞれの兄弟姉妹で特に世話になっているお家に贈ることになります。そのお中元(或いはお歳暮)の受け取った後の電話や手紙・葉書(暑中見舞い兼ねた)、eーMail等のやり取りが、近況報告を兼ねて、年賀状とは違う季節感があり、虚礼廃止だから、互いに手間かかるから止めましょうとは言わせない、コミュニケートするなにかがあります。先人は素晴らしい知恵で互いの関係作りを作り上げたのだと感心しています。贈って喜ばれたものは? 白桃、ブドウ巨砲、メロンなどは相手のお家で皆さんが楽しく賞味されている姿が偲ばれて喜んで頂いているものです。勿論ご病気とかで果物が食べられないことが分かっている場合は別のものに変えています。確かに他の贈り元から同じ贈答品がはち合わせとならないように、普段の贈り先との会話からのあうんの呼吸でそうならないように祈ってはいますが。・・・・
2010.07.26
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中元と言えばお歳暮と同じものを送るには申し訳ないので、どうしても夏の季節感を感じさせるものを購入する。果物が涼しい感じを与えるし、受け取る側の家族や親せきが、果物なら概ね喜ぶだろうと推測して手配することにしている。数年前は甘い(糖度が確実に保証されている)桃、ぶどうの巨砲、最近は甘いメロンを中心に購入している。関東から東日本向けには7月中旬までに届くように、西日本向けは7月下旬までに到着するように購入手配することにしている。果物なのでもちろん宅配業者は遅れが生じないような信頼できる業者に決めて発送をお願いしている。暑中見舞いを兼ねたお中元へのお礼状に桃やブドウ、メロン等もご賞味いただけた感想が記載されていると、また来年も同じものを送りたいと、こちらからの指定(選定)果物を待ちわびていると勝手にいいように解釈して来年に備えている今日この頃です。
2010.07.26
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カタカナ表記ですぐ思いつく温泉が「ジェームス山天然温泉「月の湯舟」」だ。第2神明道路の「名谷」を出て車で5分位の所にある。神戸の高台住宅街ショッピングセンターの一角にある。住所は神戸市垂水区青山台7丁目4-46、http://www.tsuki-no-yubune.com 。 泉質は含弱放射能―Na-炭酸水素塩・塩化物温泉、露天風呂が3つ有り、上階の湯が禅で言う悟りの境地を表す「‘’望(もち)‘’の湯」が炭酸カルシウムが結晶化した天然乳白色、中階がまだ悟り前の境地「‘’削(さく)‘’の湯」は瀬戸内海から引き込んだ天然海水風呂、下の階は無色透明の打たせ湯だ。禅で言えば、人間は‘’望‘’と‘’削‘’を行ったり来たりするものらしい。そこで「望み湯」と「削の湯」を互いに入れ替わり楽しんだ。煩悩が多い吾輩に取っては、悟りには至っていないが、「月の湯舟」を堪能して満足したことに変わりがない。 神戸の山裾住宅街とは言え、露天から山に囲まれた景色も、夜空の月も望める。夏の星座、天の川等楽しむことが出来る。秋の仲秋の名月に露天からの月見は面白そうだ。冬には雪の露天からオリオン座を見上げることも可能だ。「月の湯舟」の命名と洒落た露天は若者も多く、神戸の粋なセンスを感じさせる。若者の取り込みに成功している温泉の一つだろう。湯上りの地元牛乳、アイスクリームも格別だ。1階レストランにバスツアーの40名ほどの団体客が食事を楽しんでおられたが、日帰り温泉でバスツアーにコースが込まれているのも面白い。 レストランのメニューでは雅御膳がお薦めだ。南アワールドカップを盛り上げた動物は何と言ってもドイツの水族館にいる蛸(タコ)の「パウル」君だ、何しろ「8本」の足ならぬ「8試合」勝敗を全部的注したのだから凄いものだ。 的中の懸賞‘’億‘’円を呼び込み‘’飛ばす‘縁起の‘’オクトバス‘’(たこの英語表記)だ。スペインが決勝戦の優勝を的中して貰った縁で、パウル君の飼育、水族館の移転譲渡を提案したそうだが、当然ドイツ水族館側は拒否している。将にパウル君‘’引っ張り「だこ」‘’なのだ。 ジェームス山「月の湯舟」レストランにも明石のタコ料理が盛り沢山だ。もちろん明石のタコも引っ張りだこ。 そんな「月の湯舟」を後に月を見ながら家路に就いた。『満足』の一文字が月面の兎が就く杵にくっきりと刻まれていた。
2010.07.19
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1ケ月間吾輩を虜にした南アW杯の余韻覚めやらぬ内に、感謝の気持ちを込めて振り返っておこう。世界の老いも若きも親善交流し、仲良くなれるのは‘’サッカー‘’と‘’歌‘’が一番手っ取り早い。街角で見知らぬ者同士が、ボールを蹴るだけで親近感が湧いて来るものだ。古来日本には蹴鞠の輪があり、揺れ動いたタイでは竹駕籠ボールの蹴鞠があり誰でも道端で参加出来た。触れ合う(コミュニケーションを取る)とは語学が充分出来なくても、蹴球で相手の輪(懐=ふところ)に入れるものだ。6月後半からフットサル人口が3,4割増しの人気となっているのも頷ける。野球と比べると7人制フットサルのように、球場スペースが狭くて良いのと、ボール、ユニフォーム、スパイク、ゴールネット等の競技コストが安く済むのが、全世界に普及出来た大きな理由だろう。 そこで、少子化対策の傾向を本大会出場32チームの「合計特殊出生率」(女性が一生(一般的には15歳~49歳)に出産する子供の数)を、国連の2008年版230カ国・地域から集計した2005年~2010年の数字を引用し述べてみよう。同出生率(以下「出生数」)『2.08』が自然減と自然増の境界と言われている。世界1位はニジェールの7.19、2位に驚くなかれアフガニスタンが7.07で続いている。230番目はマカオ1.00、229番目は香港1.02、228番目が台湾1.10となっている。人口大国の中国は、1人子政策の影響で1.76(170位)、BRICSの一角インドは2.81(85位)となっている。 南アW杯決勝トーナメントの成績から見てみると、*優勝国: スペイン:1.40(201位)、準優勝国:オランダ:1.72(174位)3位国 : ドイツ:1.37(210位)、4位国 :ウルグアイ:2.02(141位)*ベスト8進出5位~8位: アルゼンチン:2.30(115位)、 ブラジル:1.94(152位) ガーナ:4.31(41位)、 パラグアイ:3.12(75位)*決勝ラウンド進出ベスト16下位8チーム: 日本:1.34(213位)、韓国:1.25(225位)、米国2.11(133位)、イングランド(英国ベース):1.90(158位)、スロバキア1.25(222位)、チリ:1.88(162位)、ポルトガル:1.34(214位)、メキシコ 2.18(130位)*一次リーグ敗退3位G8チーム: 南アフリカ 2.58(97位)、ギリシャ:1.42(176位)、スロベニア138(206位)、豪:1.93(153位)、デンマーク:1.85(163位)、NZ:2.20(124位)、コートジボアール:4.67(35位)、スイス:1.48(191位)*一次リーグ敗退4位G8チーム: フランス:1.96(148位)、 ナイジェリア5.70(15位)、アルジェリア2.38(109位)、セルビア1.38(205位)、カメルーン:4.67(36位)、イタリア:1.37(208位)、北朝鮮1.96(149位)、ホンジュラス3.30(68位)*前回2006年ドイツ大会で決勝ラウンド進出し、活躍した アフリカ トーゴ:4.30(40位) 先進国の出場国で2.08を超えているのは、米国、NZの2カ国、近い所がフランス、英国となる。 財政危機が噂されるPIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)も、1.4近辺、経済が好調なオランダ、ドイツ、スイスも1.4~1.7近辺なので、サッカーの予備軍としては少数精鋭にならざるを得ず、高度な地域ぐるみの若手育成に的を絞って行くと思われる。 日本、韓国、豪、NZ等も同じ精鋭選抜による若手育成策を取ることで、サッカー予備軍の増員対策は可能とみる。 アフリカ勢は、出生数が総じて高く、サッカー予備軍増員は間違いなく、今後も20歳前後から欧州有力クラブへの進出が著しいと見る。 中南米はブラジル、チリ、ウルグアイも1.9~2近辺で、以外は2.08を軒並み超えている。当面若手が活躍出来る場所は、欧州有力クラブとなる。本大会南米チーム登録選手の8割が、欧州他でプレーしているのが実情だ。ブラジルがBRICS新興国としての経済成長を遂げた後は、中南米のスポーツ市場が大きく成長し、欧州から一部有力選手の母国への回帰が一段と進むものと思われる。 そうなると、スペイン、ドイツ、オランダ等は、外国籍選手が多い自国のトップリーグに於いても、自国の選手中心の強化で独自色を出して今大会上位進出に成功した。その例に倣って、南米でもW杯前の寄せ集め練習でなく、地道な集合練習による強化が可能となる。そうなると欧州の上位進出国もうかうかとしておれなくなるだろう。 そこでスペインの出生数の問題だが、ブラジル除く中南米、及びブラジルとポルトガルの16世紀以降植民地時代からのラテン的文明の影響を考えれば、加重平均すれば結構高いものになるはずだ。宗主国スペイン、ポルトガルの影響を受けた中南米と優勝したスペインは、競技スタイルは異なるものの、今大会を象徴するラテン的明るさで、互いに雰囲気を盛り上げた。優勝国スペインの出生数が、現在は危機の関係もあり低いが、優勝をバネにして経済が回復すれば、カソリック信者の多いお国柄、再度上昇に転じると思う。現在の世界サッカー強国は、出生数は高めの傾向にあると言える。 スペイン優勝の陰の立役者は、中盤パス回しサッカーの原型を作り2008年EURO優勝させたアラゴネス監督だろう。なんと退任したアラゴネス監督は11人の孫に恵まれ、サッカーチームが出来そうだ。多産系スペインの予兆ではないか。 次に若手ニューヒーローの活躍と世代交代に触れておこう。2006年独W杯では、日本代表の最年少者25歳が、32チーム中最年長だった。今大会では23名の選手でFW森本貴幸選手、DF内田篤人選手が22歳で最年少だ。先発起用メンバーではMF長友佑都選手23歳、FW本田圭祐選手24歳ら、若手起用が着々と進み成果を挙げている。又、19歳の酒井高徳選手や21歳の香川真司選手ら2014年ブラジルW杯以降を目指す4名の若手サポーターも帯同した。 一方、今大会の世界若手では、ドイツの20歳MFミュラー選手が「ベストヤングプレーヤー賞(1989年以降生まれ)」と、得点王4人の一人でもあり、且3アシストした功績で「ゴールデンブーツ賞」をダブル受賞した。2006年独W杯でもドイツのMFルーカス・ボドルスキ選手が、ベストヤングプレーヤー賞を受賞しているので、ドイツ伝統の「草の根若手育成策」の賜物だろう。 候補で選に漏れたメキシコのMFジオバニ・ドスサントス選手(21歳)は、優勝したスペイン代表の主力選手の母体、「バルセロナ(愛称:バルサ)」の下部組織で技を磨いた。また同じくガーナのMFA・アユ―(20歳)は、父親が1991年~3年連続でアフリカ最優秀選手のアベディ・ペレ氏だ。名前もブラジルの帝王‘’ペレ選手‘’と同じなのが面白い。しかし、候補含めたこの3選手より今大会のニューヒ―ローは何と言ってもドイツの若き司令塔MFメスト・エジル選手(21歳、1988年10月15日生まれ)が際立っている。1989年以降生まれがネックとなったが、「ニューヒーロー」の呼称にぴったりだ。 総括の話として、スポーツ観戦の感動の因って来る所、感極まるスポーツの美しさの原点は、審判の判断を『ルールブック』として潔く認めた試合であることだ。何故ならスポーツとは、取り決めたルールをお互いに認めてプレーをするものだからだ。審判も人間である限り間違いはある。しかし、そのミスが生じたとしても、生中継の試合では審判の判断を「天の声」として、一応従うことで完結する。その後の試合は、英知を出し合って改良を重ねれば良い。その意味で、オランダのサッカー黄金時代を築いた名選手「クライフ氏」が、決勝戦のオランダ主力FWロッベン選手や、MFシュナイダー(射撃手‘’スナイパー‘’ならぬ)選手が、主審に強硬且つ執拗な抗議をしていたのを、見苦しいと指摘していたのが印象的だ。的を得た、クライフ氏一流のスポーツ美学だ。 最後に、ネルソン・マンデラ元大統領が、閉会セレモニーに出席されていた。民族楽器ブブゼラも一段と大音響を挙げ出席を歓迎した。1996年アトランタ五輪の開会式で、‘’蝶の如く舞い、蜂の如く刺す‘’モハメド・アリ(旧名:キャシアス・クレイ)元ヘビー級チャンピオンが、サプライズとして聖火ランナーに登場した時の高鳴った感動とダブった。アリ氏は、ベトナム反戦の徴兵拒否でチャンピオンベルトを剥奪され、服役後の1974年アフリカ ザイール国「キンシャシャの奇跡」と呼ばれたジョージ・フォアマンとのチャンピオン戦で奇跡の王座復活を遂げたのだった。南ア ネルソン・マンデラ氏らの獄中からの解放を意識した、全アフリカ黒人社会の大きな声援を受けての王座奪回戦だった。この話には尾ひれがついて、対決両氏の娘が女子ボクサーとなり、2005年頃対戦したのが注目を浴びた。南アが2020年夏季五輪候補地に名乗りを上げたが、陸上競技では既にアフリカ大陸の選手が、上位を独占する時代になっているので、有力な候補地として(その頃にはレアーメタルの希少資源有力産地大陸としても)脚光を浴びるだろう。2014年ブラジルW杯、2016年リオデジャネイロ夏季五輪に加えて、2020年南ア夏季五輪となると、南十字星が見えるのは好いが、大会中は寝ぼけ眼の毎日が続くことになるだろう。それもまた楽しみだ。
2010.07.14
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参議院選挙速報と南アワールドカップ決勝戦の2大イベントTV視聴で、週明けの出勤は寝ぼけ眼(まなこ)の方が沢山おられるようだ。どちらもドラマチックで眠気を吹っ飛ばすようなコンテンツだった。上司の方も南米やラテンヨーロッパの乗りで、大目に見て欲しい気がする。 決勝戦の試合結果は1:0で、行き詰まる鬩(せめぎ)合いの中、延長戦後半にスペイン MFイニエスタ選手のシュートが白熱の試合に終止符を打った。無敵艦隊スペインが、MFシャビ選手を基点にした華麗なパス回しを武器に、オランダのFWロッベン選手らの速攻をしのぎ、延長戦後半に、大会単独得点王の可能性のある5得点のFWビりャ選手をFWフェルナンドス・トーレス選手に交替させた。思い切ったスペイン、デルボスケ監督の決断だ。これが当たり、フェルナンド・トーレスのアシストパスが、右ウイングにつながり、そのセンタリングパスをオランダDFがはじき、そのこぼれ球を、裏から攻め込んだイエニスタ選手のシュートに繋がった。目のすくような速攻の得点だった。スペインのW杯初優勝であり、オランダは3度目の後一歩となり、涙を呑んだ。 オレンジ軍団オランダも、FWロッベン選手の華麗なドリブル突破をスペインGK 主将のカシリャス選手が2度に渡り好セーブを連発した。守護神を地で行くような活躍だった。延長戦後半には流石のロッベン選手も、射撃手‘’シュナイパー‘’のMFシュナイダー選手も、バテ気味だったのが良くわかった。 決勝戦の主審はイングランドのハワード・ウエブ氏で、殺気立った緊張感のある試合が続き、特にオランダの選手が主審に喰ってかかるシーンが度々あったが、軽くいなしてなかなかの采配だった。西村雄一さんが「第4の審判」で登場、主審の相談役、選手交代確認やロスタイム掲示等にめまぐるしい活躍だった。また相良亨さんが「副審の控え」で5人目の審判団として登場していた。準優勝オランダ、優勝スペインの表彰式の前に、5人の審判団が表彰されていたが、日本代表が決勝に残っているのかと思う位感激した一瞬だった。 スペイン優勝の陰の立役者は、EURO2008のオーストリアで開催されたヨーロバ選手権でスペインを優勝に導いたアラゴネスス監督ではないだろうか。華麗なパス回しで中盤を支配し、常にボール支配率を57~60%程度に押し上げて、強力FWにその中盤からパスを繋ぎ得点するスタイルだ。 FW個人技に頼る激しい攻撃のブラジルサッカーや、ゲルマン魂のち密なゾーン展開や背丈のあるDFラインのドイツサッカーとも一線を画する独特の美しいサッカーだ。余りドイツやオランダの様に背丈が高いラインを揃えなくても(背丈が無くても)諦める必要な無い。 現にスペインBK プジョル選手背丈178cmのオーバーヘッド得点などは判り易い。アラゴネス監督が、その中盤基点になるMFシャビ・エルナンデス選手を抜擢し、EURO2008迄の監督在任中の4年間でスペインスタイルを完成させた事だと思う。 スペイン代表の中盤は、リーガ・エスパニューラ(スペイン一部リーグ)「バルセロナ」の中盤が中心だ。シャビ選手含め先発メンバーの5名がバルセロナ所属選手だ。レアルマドリード所属の選手も多いが、先発メンバーの数ではバルセロナが圧倒している。ドイツ代表先発の5名が「バイエルン」のチーム所属と、よく似ている。ただちょっと違う所は、バルセロナはスペインの首都マドリッド中心の、スペイン文化とは一線を画し、カタロニヤ語とか旗もカタロニヤの旗をスペイン国旗と別に掲げる等、近くのバスク地方と同じ、独立意識が強い所だ。名建築家ガウーディの聖家族教会が長丁場で建築途上にあるのでも有名だ。1992年バルセロナ五輪が開催された時も、カタロニア民族色が強調されていた。「バルセロナ」チームはそのような場所で人気のチームだ。今大会中は、そのバルセロナ色の華麗な中盤パス回しが、スペイン代表のカラーにもなりつつある。カタロニヤ地方やバスク地方では、分離独立の動きも影を潜め、スペイン代表一色にまとまっているようだ。サッカーの威力というものは素晴らしいものだ。 さあぁ、感動の南アW杯の宴は、トキメキを貰って成功裏に終わった。 日本サッカー協会も、2018年、2022年W杯開催招致に向け、始動した。日本代表のブラジルW杯ベスト8進出に向けて、徐々に選手サポート含め盛り上げていきましょう。一過性で終わらない様に、W杯クラスのサッカーに、関心(感心しながら)を持続させることが肝心だ。
2010.07.12
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決勝に名乗りを上げたのはオランダとスペインだった。素晴らしいオランダFWロッベン選手、MFスナイダー選手のプレス攻撃と華麗なパス回しで前戦に押し上げるスペインのスター攻撃陣の鬩ぎ(せめぎ)合いが楽しみだ。(1)準決勝第1試合 オランダ(オレンジ軍団)Vsウルグアイ(W杯母国)戦:(3:2) ウルグアイが、攻撃の旗頭FWルイス・スアレス選手を準々決勝戦レッドカード出場停止で欠いたのが響いた。特に前半18分オランダ主将DFファンブロンクフォルスト選手の豪快なロングシュートで得点した後、オランダの攻撃陣は気が緩んだのか動きが散漫になり、オランダが後半28分に3点目を上げる迄は、ウルグアイのペースで試合が進んだ。 FW‘’アリエン‘’・ロッベン選手の ドリブル突破は、そりゃ‘’ありえん‘’は!と言わせる技だ。ウルグアイ守備陣が2名以上で対応する為、どうしても他のオランダFWがフリーになりスペースが出来やすい。 今大会得点王Topに並び、攻撃の起点になって獅子奮迅の活躍しているオランダMFウェスレイ・スナイダー選手も、ロッベン選手も26歳とは驚きだ。 ロッベン選手は、仏のジダン選手を彷彿とさせる30歳位と思わせる渋さを漂わせている。ウルグアイが後半ロスタイムに2点目入れ、あと少しと言う所でジ・エンドとなった。やはり、次の準決勝でドイツが惜敗したのも、FWミュラー選手の出場停止が決定的な敗因と思う。FIFA W杯の生みの親でもあり、第1回&第4回の優勝2回実績を持つ、人口3.36百万人の国から南米の名誉に賭けてベスト4に参戦したウルグアイに拍手を送りたい。 3位決定戦 ウルグアイVsドイツ戦が、7月11日3:30~行われるが、TV地上波放映権がどの局も関心を示さず、没となった。スカパ―では放映されることが決まっている。フジTV系列の決勝ラウンド1回戦(日本代表が決勝ラウンド進出したら出る試合)の優先権を、TBS系列に譲った話は、「W杯で国民に関心がサッカーに向いている時にこそ、世界Topクラスの素晴らしい好カードを放送したい」ではなく、日本が出場するかどうかでしか、放送試合を決めない放送局の体質を表しているのではないかと。 話はそれるが、大相撲の生中継放映をNHKが断念した際、NHKの判断は、公共放送の在り方としてそれはそれで結構だが、他のインターネット放送、CATV、スカパ―含む放送関係者が、お年寄り達長年の大相撲ファン、真面目にやっているお相撲さん、の味方になって、名古屋場所から十両以上の取り組みを生中継するチャンスが出て来たのだから、手を上げてもよさそうなものだ。多分その放送に対しては、真面目に大相撲を愛するファンからは反論は無いと思う。千載一隅ではなく、公序良俗に照らしても放送することは非難されることではなく、ビジネスチャンスと考えた方が良い。南アW杯3位決定戦も含め「視聴者が望むものを先取りし、視聴者の声を代弁して放送する。」これが放送関係者の魂ではないか。 オランダが、決勝戦で優勝したら、日本代表はそのオランダとグループEのリーグ戦で0:1の最少失点で凌いだのだから、日本代表の実力は凄いという評価も出てこようが、オランダFWロッベン選手が怪我で大事を取って欠場していたので、過大評価と言えなくもないので要注意だ。(2)準決勝第二試合ドイツ(ゲルマン魂)Vsスペイン(無敵艦隊)戦 :(0:1) 事実上の決勝戦という今大会最高の好カードの見応えのある試合だった。 何度も言っているが、リーグ戦H組のスイスVsスペイン戦(1:0)が リーグ戦の最高ゲームと激賞してやまない。特に1点ビハインドのスペインの猛攻は、吾輩が息も出来ないくらいの攻防だった。スペインはこの敗戦でH組2位、1位はチリで、決勝ラウンドに進むが、FWフェルナンド・トーレス選手の不調を物ともせず、1戦1戦華麗なパスワークに磨きをかけ、この準決勝では、ボール支配率58%弱含め、ドイツの中盤の選手を疲れさせていたことは明白だった。 スペインの作戦は、ドイツの若き救世主MF ミスト・エジル選手(21歳)を孤立させる‘’餌食のように‘えじる’こと‘’に成功したことだった。 後半28分 スペインDFカルラス・プジョル(Pujol)選手(32歳、背丈178cm)のへディングシュートが成功した後位から、やっとドイツ側も攻撃起点のエジル選手にボールが集まり、キラーパスが出るようになった。が、「時は既に遅し」だった。やはりドイツにMFミュラー選手(21歳)の欠場は痛かった。 スペインの華麗なパス回しは、昨年のTOYOTA Cup決勝戦バルセロナの試合でも見れたが、MFシャビ・アロンソ選手、MFイニエスタ選手、MFシャビ選手、MFブスケツ選手、まるでバルセロナ中心の磨かれた黄金のカルテットだ。その前線にFWビリャ選手がおり、途中からFWフェルナンド・トーレス選手を疲れたMFと交代させるという盤石の布陣だ。決勝戦で、スペインの中盤パス回しを、オランダが前線を上げて切り崩すシーンを早く見たい。 ドイツの大型DFラインの、MFバスチャン・シュバインシュタイガー選手、DFアルネ・フリードリッヒ選手等、「危ない」「オーノー!」と言うシーンには必ず現れた。日本の中沢選手や田中マルクス・闘莉王選手、MF長友佑都選手らのディフェンスがダブって見えた。スペイン、オランダ、ブラジル、アルゼンチンの様にボールをキープ出来るシュート力のある名選手を大勢抱える監督と違い、ドイツは守備含めて監督ならではの采配が随所に覗える。名GKの大会前自殺による急遽新GKの育成、高い背丈の守備陣構築、MFエジル選手、MFミュラー選手、DFボアテック選手と、若手トリオ起用の世代交代断行等、枚挙に暇がないくらいだ。今大会ベスト監督賞を上げたいものだ。3位決定戦でも拝見出来るが、今後のドイツ隆盛を予感させるものがあった。 そのドイツのヨハヒム・レーウ新監督は、独主婦層にも大人気の様だ。ちょっと冷たいハンサムな感じが、往年のベルリン・フィル名指揮者 ヘルベルト・フォン・カラヤン氏を想い起こさせる。‘’冷雨(れい---う)‘’の襲撃が2014年フラジルW杯を席捲するだろう。 3位決定戦、決勝戦(オランダ(オレンジ軍団)Vsスペイン(無敵艦隊))での日本人審判団大西さん、相良さんの登場も期待しつつ、早く7月11日、12日が来ないかと、グランドでボールを蹴りながら待っている今日この頃です。もちろん、吾輩はスイスVsスペイン戦を見てからスペインの優勝を祈っています。別にオランダ系と英語系のボーア人が南ア「アパルトヘイト」を主導したということとは全く関係有りません。また英国海軍で海賊上がりのトレーク提督が、スペイン「無敵艦隊」を1588年撃破した過去があったとしても、スペインには「無敵」であって欲しいという気持ちでもありません。ただスペインの黄金カルテットが美しすぎるのです。はい!!。再見です。!!!
2010.07.08
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日本代表が関西空港に凱旋帰国した。南アからの「侍Japan」を誘導するFIFA広告Parnerのエミレーツ航空フライトアテンダンツ(元呼称:スチューワデス)の真っ赤の帽子とベージュ制服を鮮やかに浮き出たせた。丁度帰国日の7月1日は、国交省が鳴り物入りで主導する中国人観光客誘致の個人観光ビザ発給用所得制限(年収6万元かクレジットカードGGoldカード保有)緩和の初日だった。関西空港は、羽田、成田空港との比較では、中国により近いという地の利を生かし、侍JJapan凱旋と中国観光客‘’歓迎、称好(ニィーハウ)‘’で幸先の良い一日を演出した。 中国は、上海万博が最多入場者数を誇っていた‘70年大阪万博の6421万人を上回る、70百万人位の入場数(多分)達成?と、今年度中のGNP世界2位躍進を武器に、サッカーワールドカップへの出場常連国を目指すだろう。水面下では、英国イタリア有名監督等の中国代表監督招請に動いているのではないかと思う。2014年ブラジルW杯アジア最終予選には、日本代表も心しておかなくてならない。 ベスト4にオランダ、ウルグアイ、ドイツとスペインが名乗りを上げた。此の準々決勝第1、2試合目は、前半に押し気味にワンサイドゲームで展開していたブラジルやガーナが、一寸とした出来事で、後半相手に主導権を渡した試合だった。後半から結束しチーム戦略を組み立てたオランダやウルグアイ(違法な気合いのハンド)に雰囲気で押されて負けてしまったと言う印象だ。サッカーとはこのように試合の流れが簡単に変わると言う象徴的な2試合だった。(1)準々決勝第1試合 オランダVsブラジル戦 (2:1)ブラジルのドゥンガ監督が、オランダFWアリエス・ロッベン選手に対するDF対応を後手にしたのが響いた。ロッベン選手は、後半8分スナイダー選手のシュートをアシストし、ブラジル側司令塔MFフェリペ・メロ選手のオウンゴール(OG)(後でOGではなくオランダMFスナイダー選手の得点に切り替った。)を誘発するキックをした。OGのフェリペ・メロ選手も忠実に、執拗にロッベン選手の動きを止め、その高ぶった感情が、ロッベン選手をスパイクで踏みつけた。日本人西村雄一主審は見逃さずレッドカードで一発退場、11名⇒10名の戦いとなった。メロ選手退場後、ブラジルは司令塔を失い、チーム現場DFはロッベン選手1人に守備が集中して他が手薄になったまま時間が過ぎた。一方、オランダは後半サイドアタックに方針転換し、MFウエスレイ・スナイダー選手に‘’スナイパー(射撃手)‘’の様な動きを許し、2得点目を献上してしまった。 手練手管の経験豊富なブラジルだが、司令塔を失った後に緩慢な対応が目立った。 攻撃陣のMFカカー選手に前半終盤やっとエンジンがかかり、ゴール枠捉えた痛烈なシュート等異才を放った。しかし時既に遅かった。 オランダVsウルグアイの準決勝戦は、ロッベン選手のドリブル攻撃をウルグアイのサイドバック守備陣等が他スナイダー選手等を手薄にしない様に、確実に止めるか、ウルグアイのGKスレラ選手やBBKとロッベン選手等オランダ攻撃陣のせめぎ合いが見ものだ。(2)準々決勝第2試合 ウルグアイVsガーナ戦(1:1、延長PK戦ウルグアイ)前半はガーナが主導権を取ったが、後半からウルグアイ FWルイス・スアレス選手とフォルラン選手が活躍した。しかし残念なのは、サッカーとは『GK以外は‘’手を使わない‘’』単純なルールが大好評で世界に普及した競技だ。にも関わらず、試合延長戦後半終盤同点の状態で、ガーナがゴール枠内シュートし間違いなく1点勝ち越しという状況で、ウルグアイのスアレス選手がゴール前ハンドでボールを跳ね返した。当然1発退場とガーナ側のP.Kになったが、ガーナ ジャン選手が、PKに失敗した。 ハンドの釈明に‘’自然に出た。決して故意ではない‘’と説明していたようだが、それでは納得できない処置だ。もしハンドを使わなければ、24歳9カ月の大会最年少チーム ガーナの勝利、ベスト4進出だった。余りに不条理(阿漕あこぎ)な話だ。次のブラジルW杯でガーナがウルグアイを駆逐する試合を見てみたいものだ。(3)準々決勝第3試合 アルゼンチンVs ドイツ戦:(0:4)点取り屋 アルゼンチンFWリオネル・メッシュ選手、FWカルロス・テべス選手、FWゴンザロ・イグワイン選手らの得点シーンが見られると思ったが、ドイツの完璧な守りで封じ込まれた。一方ドイツの15大会連続のベスト8進出は当たり前のような雰囲気だ。ドイツの若き司令塔MFメスト・エジル選手(21歳)の俊敏さ、サイドアタッカーのMFトーマス・ミュラー選手BKジェローム・ボアテック選手(21歳)の攻撃と守備のバランスには目を見張った。世代交代が確実に進んでおり、理論派のヨハヒム・レーウ監督(50歳)が、個人技を駆使したアルゼンチンに、ゾーンディフェンス(防御)でメッシュ選手を孤立させながら、FWクローゼの絶妙なゴールで度々速攻を成功させた。ドイツに技ありの試合だった。スペインとの準決勝が面白くなった。個人的には、1次リーグ初戦のスイスVsスペインで1:0の衝撃の敗戦をした試合、後半スペインが息も付かせぬ攻撃をみて心揺さ振られたので、スペインが決勝に残り、オランダ(多分)と世界一を争って欲しいが。(4)準々決勝第4試合 パラグアイVsスペイン戦 (0:1)パラグアイは、日本戦でも活躍した活け面FWロケ・サンタクルス選手の活躍が目立った。 スペインは、早い正確なパス回しが絶品だ。ポルトガル戦でも大活躍したFWダビド・ビジャ選手の得点が試合を決めた。ボール支配率がスペインの60%で、全般にスペインに王者の風格が漂っていた試合だ。 準決勝ドイツ戦は、スターFWフェルナンド・トーレス選手、MFアンドレス・イニエスタ選手のキラーパス、MFシャビ・アロンソ選手のシュートに期待する。 流石に準々決勝の4試合は見応えがあった。 第1試合に、日本の大西主審、相良副審(+韓国の副審との組み合わせ)が抜擢され、日本(韓国)審判団として初めての準々決勝戦以降への登場だ。肉弾戦になっており、選手の感情が高ぶった局面では、大西主審が夫々のチームキャプテンに話かけ、キャプテンを通じて全体のチーム感情を鎮めさせる手法を取っていた。日本代表は既に関西空港へ凱旋済だが、世界のサッカーファンの注目を一心に浴び奮闘している日本人審判が、決勝戦等への起用を目標としているのが嬉しい。それでは、ベスト8迄のW杯試合を通じて、気になっている3点を述べておきましょう。一つ目は日本人の様に「背丈が高くなくても世界のサッカーでは通用する」と言うこと、二つ目には、ナイキ、アディダス、プーマのロゴがユニフォーム上で闊歩したこと、三つ目は、欧州、アフリカ等海外チーム選手の刺青に対して、日本人視聴者は、まだ苦手な印象を持っていることです。 一つ目の「背丈が低い」ことが、サッカーやる上で、決して不利では無いという事が、この決勝ラウンドでも証明された。アルゼンチンのFWリオネル・メッシュ選手が169cm、同FWカルロス・テべス選手が170cmと小柄だ。日本は、MF長友佑都選手が、170cmです。コーナーキックの攻防の際、背丈が高いことが有利であることは間違いないが、それが利点の全てでは無いということです。バスケット、バレーボール等では、低い背丈であれば、その競技ジャンルを当然の如く諦めざるを得なくなりますが、サッカーでは世界に通用する条件に、決して背丈は関係ない。日本人は充分に太刀打ちできる競技だということです。 FIFAは欧州が中心に牛耳っている歴史から、広告スポンサー、放送・機器関連業界、スポーツ用品メーカー等、新商品・ブランドを認知させる格好の場として、欧州、仲の良い米国のメーカーが、W杯に喰い込んでいるのが良く判ります。二つ目のユニフォームですが、アディダス、ナイキ、プーマのロゴマークが、堂々と66億人TV視聴者に選手の服を通じて、これでもか、これでもかと潜在的に記憶に刷り込ませているのが、良く判ります。本大会では前大会以前と比べてこのロゴマークがしつこく迫ってきました。美津濃等日本勢はユニフォームに関しては出る幕が無かった。 三つ目の選手刺青ですが、日本人の一般的な感情として、銭湯・温泉等で‘’刺青お断り‘’の看板が掲げられているのを、‘’安心材料‘’として受け止められているようです。今騒がれている大相撲でもお相撲さんが刺青をしていたら、神事にならなくなり、当面は‘’刺青お相撲さん‘’はあり得ないと思います。 刺青を‘’威嚇‘’と考えて銭湯や温泉の経営者が看板を掲げているケースが多いようです。実際には、事前に相談すれば入場が許可されているケースも多いように見受けられます。例えば「道後温泉本館」ですが、刺青お断りなどの掲示は無く、吾輩自身も刺青の客と一緒に温泉を楽しんだことがあり、他でもそのような話を聞いたことがあります。 なんとも大らかで、胆の据わった温泉・銭湯経営ではないでしょうか。 『公』の仕事は、貴賎の区別なくサービスに応じることです。 学校の先生が、児童・生徒・学生が可愛い可愛くない、人事権持つ上司の子息・子女かで、教え方の扱いが変わって(依怙贔屓)はたまりません。医者も金持ちか貧乏人か、刺青をしている人かそうでないかで受け入れを拒否することは困りものです。消防局が金持ちや有力者優先に消火活動に当たられたら大問題です。 その意味では、W杯では刺青が上塗りか肌に刻んだものかを問わず、日本人の多くが、視覚上は困りものだと、まだ受け入れ難い傾向にあるように思う。世界の他国で刺青入りの選手がプレーしようがしまいが、日本とは違うのだから関係ない話だと。ただサッカー試合終了後にユニフォームを交換する、その際に男子の場合は、ピッチ上で裸になるケースも多くなる。その刺青がただ単に上塗りした物か、肌を切り刻んだものかの判別は難しいが、どちらにせよ刺青シーンにはまだ抵抗がある日本人よ、どう考えておけば良いのか。海外有力リーグの生中継放送や、日本代表等の海外親善試合がTV放映され、お茶の間に届けられる頻度は多くなるだろう。 大相撲で元横綱朝青龍始め海外力士の仕草が、母国の文化に起因する当人にとってはごく自然な事が、国技だから受け入れられないというような事柄が結構多くなっている。 力士を海外に求める以上は、どこかで折り合いをつけなければいけない問題だ。刺青も同様にTV放映上受け入れるかどうかの判断が必要な時が来ると思う。そんな刺青シーンの世界名選手が多くなった大会を振り返って感じた。
2010.07.06
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日本代表よ感激を有難う。TV桟敷での観戦だが、手に汗を握る緊迫した決勝ラウンドのベスト8をかけたウルグアイ戦で、MF松井大輔選手の前半21分のクロスバーを直撃したシュート、FW本田圭佑選手の弾丸シュート、MF長友佑都選手、CB中沢佑二選手、CB田中マルクス闘莉王選手、GK川島永嗣選手らの堅い守備が印象に残った。本田、長友、中沢の活躍した3選手の名前に、「佑」の字が使われているのが面白い。2010年後半以降に誕生した子供達に、サッカー少年少女の夢を託して「佑」混じりの名前が流行するのではないかと。 日本Vsパラグアイ戦のTBS系列が放送したTV視聴率が、関東で57.8%、関西で54.1%、瞬間最高視聴率は関東64.9%、関西62.3%で、スポーツ中継では相当上位にランクされる数字を叩き出した。 実は放映権のTV局選定くじでは、当初本試合をフジTV系列が優先権くじを引き当てていた。しかしフジTV系列は、日本が決勝ラウンド進出は無いだろうという読みから、この試合を譲り、他試合ポルトガルVsブラジル戦を選んだ。日本代表の予想超えた大活躍で、フジTV系列は悔しがり、TBS系列はなんと同局スポーツ放送史上の最高視聴率をマークした。棚からボタ餅で大喜びの結末だ。それでは、準々決勝4試合に日本代表が含まれていないのは悔しいですが、4年後のブラジル大会でのベスト8、日本代表の対戦相手と想定して、戦いの行方を述べてみましょう。準々決勝組み合せが、欧州対南米とか南米対アフリカ大陸と、同じ大陸チーム同志のつぶし合いが無いのが嬉しい。オランダVsブラジル戦、アルゼンチンVsドイツ戦は実質準決勝戦クラスの好カードなので、大いに楽しみたい。(1)オランダVsブラジル戦:7月2日23:00~ジュビロ磐田でもプレーしたブラジルのドゥンガ監督の采配は、ブラジルらしい攻撃の華麗さは鳴りを潜めているが、中盤の守備はMFジウベトシウバ、MFフェリペメロを中心に堅実だ。FWルイスファビアーノ選手、やMFカカ選手の鋭い攻撃が見れそうだ。オランダはロッペン選手が戻ってきてから調子を上げているようなので、ロッベンとブラジルの守備の戦いが見ものだ。(2)ウルグアイVsガーナ戦:7月3日3:30~ウルグアイ FWルイス・スアレス選手のボールを受ける際の位置取りの素晴らしさを拝見出来そうなので楽しみにしている。 ブラジル、アルゼンチンの個人技と異なり、固い守備から、チャンスを生かし一挙に攻撃を仕掛けるスタイルだ。ガーナは、今回のW杯出場32チーム中、登録23名の平均年齢が24歳と最小年齢のチームだ。 ドイツの若手21歳で活躍中のDFボアテング選手の父はガーナ人で、ガーナと関係する欧州名選手は多い。全アフリカの応援を得て、ブブゼラが鳴り響きやかましい試合になりそうだ。中盤のMFスレイ・アリ・ムンタイ選手らが要の役割を果たすだろう。ガーナの健闘を祈りたい。(3)アルゼンチンVs ドイツ戦:7月3日23:00~点取り屋 アルゼンチンFWリオネル・メッシュ選手、FWカルロス・テべス選手、FWゴンザロ・イグワイン選手らの得点シーンが見れそうだ。一方ドイツの15大会連続のベスト8進出は当たり前のような雰囲気だ。ドイツの若き司令塔エジル選手(21歳)の俊敏さ、サイドアタッカーのミュラー選手(20歳)の攻撃、BKジェローム・ボアテック選手(21歳)の守備には目を見張った。世代交代が確実に進んでおり、理論派のヨハヒム・レーウ監督(50歳)が、個人技を駆使したブラジルに、ゾーンディフェンス(防御)で対応しながら、世代交代させた若い攻撃陣をどう繰り出すかが見物だ。(4)パラグアイVsスペイン戦:7月4日3:30~パラグアイは、日本戦でも活躍した活け面FWロケ・サンタクルス選手の活躍が見たい。 スペインは、早い正確なパス回しが絶品だ。ポルトガル戦で活躍したFW ビリャ選手が続けて得点するか、それともスターのFWフェルナンド・トーレス選手、及びFWダビド・ピジャ選手の切り込み、MFアンドレス・イニエスタ選手のキラーパス、MFシャビ・アロンソ選手の司令塔、の躍動を見てみたい。
2010.07.01
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決勝ラウンド1回戦のドイツVsイングランド戦 をTV桟敷で観戦していて、主審の誤審が試合の盛り上がりを、ぶち壊していたので気になった。イングランドが、後半ドイツ2点先行でMFジェラード選手 1得点で2:1となった直後、イングランドが反撃の狼煙と思った矢先のジェラード シュートが、ゴール枠上に当たりゴールラインを越えて内側にバウンドした。主審はノーゴールの判定で、TV画面にゴールシーンが度々再生され、ゴールだったのは明らかだった。 更に続くアルゼンチンVs メキシコ戦でも、アルゼンチン攻撃の前半26分 メッシ選手のパスを受けたテべス選手がオフサイドのままシュートし、イタリア審判団にゴールと認定されてしまった。アルゼンチンが王者の風格を漂わせていた試合ではあったが、この誤審で、しまりの無い後味の悪い試合になってしまった。たまたま連続2試合で誤審が発生してしまったので、FIFAとしては次回W杯から審判団を、ゴールラインを越えたかどうか判定する2名を加えた5名体制にするか、ビデオ再生を審判レビューに採用するかが真剣に検討されると思う。 またそうであって欲しいと願わざるを得ない。 英国のブックメーカー(賭けの胴元)が、イングランドMFジェラード選手の誤審シュートを1得点と見做して、払い戻しを行っていたのは楽しかった。審判団もおちおちとはしていられない時代になったということだ。現実にイタリアのリーグ戦「セリエーA」、ドイツリーグ戦「ブンデスリーガ」等で数年前、暴力団が絡んだサーカー賭博で、審判団が賄賂を受け取っていた、或いは疑義が持たれ、紛糾したことがあった。日本のプロ野球でも西鉄時代の「黒い霧事件」は選手が関わった事件、またW杯の陰でニュース扱いが比較的小さいが、日本相撲協会が絡んだプロ野球賭博問題を考えると、審判団は容易に甘い誘惑に誘われる可能性があり、審判そのものの公正性、技術レベルのアップ、潔癖性を、更に磨く必要があると思う。 2002年日韓W杯の際、決勝戦ブラジルVsドイツ戦を主審したイタリアのスキンヘッドの方は記憶に残っているが、仮に彼が誤審しても止む無しと思わせる風格があった。今大会も日本人審判団が活躍し、フェアーで冷静な判定で卒なくこなしている。残る重要な試合に出番があれば、是非ミス判定を犯さないよう大会を盛り上げて欲しい。 決勝ラウンド1回戦は我ら日本戦と スペインVsポルトガル戦の2試合を残しているが、ベスト8につながった6試合を、若手の活躍を中心に振り返ってみよう。 (1)ウルグアイVs韓国戦(2:1 ): 売るグァイ(ガイ)=元気な人たちが、MF朴智星率いる 韓国「アジアの虎」に一歩上回る動きをした。 ウルグアイ FWルイス・スアレス選手の位置取りが素晴らしかった。 パラグアイチームとよく似た固い守備を優先し、攻撃は派手さはないが、縦パスを多様に前線へボールを送り込むチームとみた。 (2)米国Vsガーナ戦(1:2): 米国が最後で巻き返すのではないかと固唾を呑んで見守っていたが、全アフリカを後押しにしたガーナが辛うじて残った。 (3)オランダVsスロバキア戦(2:1): スロバキアのFWビテク選手(28歳)がPKを決めて、 4ゴール目を上げ頑張っていたが、オレンジ軍団オランダの特にMFアリエン・ロッペン選手の前では、物足りなさが残った。スロバキアは今大会で最も人口(2百万人)の少ない出場国で、ベスト16まで残ったのは拍手に値する。 (4)ドイツVs イングランド戦(4:1): ドイツの15大会連続のベスト8進出だ。 ドイツの若 き司令塔エジル選手(21歳)の俊敏さ、サイドアタッカーのミュラー選手(20歳)の2得点には目を見張った。世代交代が確実に進んでおり、次回2014年ブラジルW杯ではドイツが優勝候補に躍り出てくるのではないかと。日本にとってもブラジル大会では脅威となる存在だ。 (5)アルゼンチンVs メキシコ戦(3:1) : 点取り屋 アルゼンチンFWテべス選手の2得点、イグワイン選手の大会首位となる4得点目を挙げたのが記憶に残る。 誤審以降にメキシコに勢いがなくなった中で、1点返したエルナンデス選手(22歳)が光っていた。 (6)ブラジルVsチリ戦 (3:0): ブラジルが3点目を上げた時点で、ベスト8以降の試合を見据えた選手交代をしていたのは、余裕しゃくしゃくたるもので、王者を目指すとはこういうことかと感じ入った。 ベスト16以降の試合が南米同志、欧州同志で潰しあいしているマッチの組み合わせはなんとか工夫できないのかと思った次第。‘’散り(ちり)‘’ゆくチームよ感動を有難う。 (8)スペインVsポルトガル戦(?): スペインのスター FWフェルナンド・トーレス選手、及びFWダビド・ピジャ選手の切り込み、MFアンドレス・イニエスタ選手のキラーパス、MFシャビ・アロンソ選手の司令塔、の躍動を見てみたい。一方 ポルトガルはFWクリスチャーノ・ロナウド選手がどこまで自由奔放に活躍できるかがキーとみた。 華麗なスペイン代表になんとか残って、その雄姿をもっと見させて欲しい。 日本代表へのベスト8への道はもうすぐだ。六環のベンゼン環の様な化学式で、オルソ(1,2、60度離れた位置)、メタ(1,3,120度離れた位置)、パラ(1,4 180度離れた位置)と言いますが、 パラを180度に力が二方向へ分割分散するとも取れます。そこで パラグアイを‘’パラな具合(ぐあい)‘’に料理して下さい。 1,214mの試合会場‘’プレトリアをロード ツー⇒ベスト8⇒ベスト4への聖地‘’としましょう。
2010.06.29
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小学生高学年から中学生頃、教室に掲げられていた年代表を見て、皆が良く気付く年がある。それは世界の大事件は、英国名誉革命勝利後「権利の章典」が1689年制定、フランス革命勃発が1789年、ベルリンの壁崩壊、天安門事件の1989年と、「・・89年」毎に時代を象徴する大事件が発生していることだ。‘’焼く(89)‘’ような大きな事件ということか。一方、日本はこの世界の潮流から夫々3年遅れた「・・92年」毎に時代を代表する事件が起こっていることだ。‘’国<くに>(92)“ が歴史を代表してるという意味か。歴史的事件の性格と内容は少し異なるが、地球の表裏でタイムラグの3年の差の事件発生は面白いと言える。 丁度100年位のサイクルと言えば、今でこそ100歳超の最長寿国となった日本だが、昔は還暦の60歳が一般的で、生きてる内に(一生に)一度の大事件に遭遇することを意味する。 理由としては、ノストラダムスの予言とかではなく、歴史のマンネリ打破とか、先人(創業者達、先駆者達)の遺産を形にするには、祖父母-父母―子息・子女、3代位(100年)の年月がかかり、「中興の祖、仕上げ屋(政治的リーダー含む)」を、周りの皆が支援し、熟成の上に現れて、政治的な新形態等を作ったのではと考える。 それでは、年表を紐解いてみよう。<世界> 1589年: アンリ四世がフランス王即位、「朕が国家なり」のルイ14世等ブル ボン王朝開始 1689年: 英国名誉革命成功後、英国憲法【権利の章典】制定、民主主義形態の 始まり 1789年: フランス革命勃発、自由・平等・博愛が世界に浸透始める 1889年: 米トーマス・エジソンが初の映画披露。オーストリア・ハンガリー帝国、 ルドルフ皇太子が謎の情死(マイヤー・リーク事件)。パリ万博開 催とフランス革命100年紀「エッフェル塔」完成、(大日本帝国憲法発 布) 1989年: 天安門事件、ベルリンの壁崩壊 (昭和天皇崩御) 2089年: ?<日本> 592年: 聖徳太子が摂政となる(593年~620年)の内定前年、四天王寺建立 (593年) 792年: 平安京(京都)遷都「794年 延原13年」構想決定の年と推定 892年: 滝口の武士堤、 これが「武士の登場」始まりではと言われる。ィ 992年: 最古の出来事を記した辞典「三経義称」編纂、宇多天皇の寛平4年、閏 年。 1092年: 京都大火災、越後で大地震、親不知に津波寄せる。記録に残る最初の災 害、白河天皇の宝治6年 1192年: 源頼朝が征夷大将軍に任ぜられ、鎌倉幕府を鎌倉に設置、建久3年 1292年: 元寇のきっかけ、元への服従を強要する高麗の国書到来。北条執権幕府は 断る (日本への覇権方針を作った元の盟主「フビライ」がシンガサリ王国へ遠征) 1392年: 南北朝合一 (明徳の和約)、北朝:元中9年、南朝:明徳元年 1492年: 戦国時代の幕開けではと言われる「明応の政変(1493年)」の前年 (コロンブスのアメリカ大陸発見)、(阪神金本選手、ギネス登録世界新、プロ 野球公式戦連続フルイニング出場:1,492試合) 1592年: 豊臣秀吉の朝鮮出兵 文禄の役(~1593年)、(1597年~98年 は慶長の役) 1692年: 井原西鶴が「世間胸算用」完成。(1687年 生類憐みの令)、 1792年: ロシア使節ラクスロが、伊勢の漂民 大黒光太夫を帯同して根室を訪問、 開港を要求するが、幕府は拒否。 海外列強の日本開国への圧力はしり の事件 1892年: 日本初の発電所、京都水力発電所。(1895年日清戦争。明治25年。 1992年: リクルート事件、宮沢内閣退陣。自民党から民主党政権への交代予兆 自衛隊がカンボジアへの初海外派遣、カンボジア国連安保理決議を踏襲し参加 2092年: ? 素晴らしい出来事でありますように!
2010.06.28
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気が逸っている(焦ってはいないが)のではないが、25日早朝のデンマーク戦を引き分け以上で勝ち進んでもらえると思えるので、決勝ラウンドで当たりそうなチームの国を夫々紹介しておくことにしよう。 夢を適えてくれと念じていると、実現することがあるようだ。 カメルーン戦勝利の後、MF本田圭祐選手が小学校時代の夢を紹介していた。「兄と一緒にワールドカップ(W杯)へ出場し、決勝戦まで勝ち進むこと。」が夢だった。決勝戦進出の夢は近い将来に取っておくとして、W杯のピッチで得点したことはほぼ少年の夢をかなえたに等しい。 兵庫芸術文化センター管弦楽団の佐渡裕常任指揮者(49歳)が、ベルリン・フィルハ-モニー管弦楽団の来年5月20日~22日定期公演で指揮を取ることが決まった。ベルリン・フィルと言えば、かの名指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン氏が常任指揮者として君臨し、SONY等が牽引したクラシック音楽のレコード・テープからCD(コンパクトディスク)化への流れにも大きな役割を果たしたと言われている。その世界最高峰オーケストラの一つであるベルリン・フィルの定期公演を指揮するということは、佐渡裕氏が世界的な指揮者の仲間入りを果たした事を意味する。小学校の「20年後の私」という卒業文集で、「ベルリン・フィルの指揮者」と書いていたそうだが、大きな夢を是から実現出来る訳です。仕事の世界でも「夢を語る」雰囲気のある職場は、生きがいを感じられるとよく言われる。 と言っては何ですが、来るデンマーク戦の後にも、岡田武史監督の目指すベスト4進出の夢を見させて欲しいのです。 それではW杯途中結果を踏まえ、想いを込めてロード・ツー・ベスト4への道程(みちのり)をおさらいしておきましょう。(日本代表が決勝ラウンドベスト16、6月29日 日本時間23時F組1位になりそうなチーム:)*パラグアイ:FWネルソン・バルデス選手、FWロケ・サンタクルス選手らの個人技の弾丸シュ -トのチーム。 南米の内陸部に位置するがウルグアイと位置を間違えやすい。人口は622万 人、日本の1.1倍の面積だが、デンマークやNZと同じようにサッカー強国として若い頃からの高 度な育成策が整備している。白人と先住民の混血者(メスティーソ)のお国柄で、ミスユニバース等 世界トップ5の常連国にて美人の国として有名。 閉鎖性が強かったので、独ナチスのゲシュタポ(親衛隊)残党が、ユダヤ系組織の追及を逃れて、ひっそり逃亡生活を送ったとの噂が聞かれる。日本 人が入植できたのもこの閉鎖性が関係して、1937年と遅れている。日系人は現在7千人在住。*イタリア:前回W杯優勝国が連勝を目標としている。FWアルベルト・ジラルディーノ選手、DF ファビオ・カンナバーロ選手、DFファビオ・グロッソ選手など。人口5,987万人の年間旅行客 4,370万人の観光大国。画家レオナルドダビンチ、「四季」の作曲家ビバルディ、と芸術の香り がプンプンするが、最近観光で 飲食店で過大請求されたとか、観光客へのサービスが手抜きされて いるのではないかと言われ、観光客がフランス等に奪われている傾向。*ニュージランド:7大会ぶりのW杯出場だが、大活躍で旋風を起こしている。FWロリー・ファロ ン選手、DFライアン・ネルセン(32歳)選手などが注目。人口427万人の国ながら、サッカー に加え、ラグビー‘’オール・ブラックス‘’は世界TOPクラスだし、若手育成のレベルが高い。 羊の国以外にKiwiという地元で生息する鳥の名前を付けた果物がキイウイとして馴染み有り、 チームの愛称名としても使われている。映画「ロード オブザ リング」ジェシ・カンピオン監督の 出身国であり、映画「ラストさむらい」のロケ場所でもある。(次に ベスト8準々決勝で7月4日 3:30 当たりそうな H組1位とG組2位の勝者:)*スペイン:初戦でスイスにまさかの敗戦を味わったが、すぐにチリを撃破し、「無敵艦隊」復活と言 うところだ。FWフェルナンド・トーレス選手が重要な役回りを果たしている。1950年W杯フラ ンス大会の4位以来、しばらく上位の実績を残していないが、今大会では相当上が期待出来そうだ。 アルタミラ洞窟含め、サラセン帝国の文化が至る所に残され見所満載。立憲君主制で人口46百万 人。立憲君主制でヨーロッパハプスブルク家の伝統を引き継いだ王家は優雅だ。特に旧植民地であっ たラテンアメリカの政変にも良識的な影響力を保持し、特にチリのピノチェット元大統領が軍事政権 時代の圧政を、後の民主政権が訴追するに当たり、ピノチェット氏の亡命地であるスペイン政府が王 家と共に善処した。*チリ :南米5チームが大活躍する中で、アジアオセアニア出場5チームが相対的に不振、昨日の北 朝鮮0:7大量失点で、W杯代表枠数削減の動き出て来たのと対照的だ。チリも旋風を起こしてい る。FWアレクシス・サンチェス選(21歳)、FWウンベルト・スアソ選手、MFマチィアス・フ ェルナンデス選手(21歳)の若手が目立っている。人口は1,697万人、刀の鞘のような国で、 さぞ寒暖の激しい差がある国であることが想像される。1970年にアシェンデ大統領の世界初の民 主的な選挙による社会主義政権が誕生した。米国CIAの画策も有ると噂された、アウクスト・ピノ チェット将軍による軍事クーデターが、1973年‘’9月11日‘’に起こった。皮肉にも、アル カイダによるNY国際貿易センターへの航空機テロが9月11日だった。また軍事政権が経済運営で 導入したのが、シカゴ学派フリードマン博士の新自由主義だった。現在のチリは透明度の高い政治運 営の民主政権、かたくちいわしアンチョビ輸出や銅の世界一産出国として注目を浴び今日に至る。*ポルトガル:スーパースター主将FWクリスチャーノ・ロナウド選手(25歳)、FWシモン選手、 MFナニ選手(23歳)、など自由自在に動き回る北朝鮮戦の7点大量得点は、王者の風格があり、 優勝候補の一角に登場したのではないかと思わせるほどだった。人口1,071万人、1143年十 字軍の支援でイスラム圏から離脱、1149年リスボンを解放。ブラジルや中国マカオなど植民地政 策は、キリスト教イエズス会の布教とセット展開が、日本では受け入れられなくて、オランダ一国が 江戸時代鎖国の窓口に絞られた経緯がある。*スイス :初戦でスペインを破ったのは、FWアレクサンデル・フレイ選手(30歳)、MFハカ ン・ヤキン選手(32歳)、DFフィリップ・センデロス選手 など ベテランの力が大きかった。 人口757万人の直接民主制の国民皆兵・永世中立国だ。国としてイメージするのはアルプスの観光 資源を生かし、税避難地(タックスヘイブン)、国際機関本部誘致などで、北欧と同様に独自展開で 成功している。*ブラジル :FWルイス・ファビアーノ選手(29歳)、MFカカ―選手、MFロビーニョ選手(2 6歳)天才ドリブラー等、名選手が伸び伸びプレーしているのが印象的だ。代表を‘’セレソ ン‘’と言って尊称込めた愛称で呼んでいるが、マスコミ含めた国内ファンの外野席が煩いので、監 督稼業は相当精神力が無いと持たないのではないかと心配する。アルゼンチンのマラドーナ監督は性 格が明るいのか、そのストレスを吹き飛ばしているのが面白い。ブラジルは、人口が1億9374万 人の連邦共和国だ。日本の国土の22.5倍、新興国BRICsの一角を占め、GDP経済成長率で は10%を超え、気を吐いている。ルーラ大統領は労働組合出身だが、2006年再選され、柔軟な 政策運営をしている。国営航空機製造企業「エングラエル」が、小型ジェット機製造に特化して、5 0%超のシェア―を誇っているのは驚きだ。サッカーではアルゼンチンと抜きつ抜かれつの関係は続 くが、経済的には、ブラジルがラテンアメリカ全体の経済を牽引する役目を負うことになるだろう。
2010.06.22
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サッカーワールドカップ(W杯)と言えば、ブラジルのペレ選手を始めとした往年の名選手の華麗なプレーを想い起こす。まだテレビが無かった頃なので、映画館のスポーツニュース(例の5⇒4⇒3⇒2⇒1、はいスタート!だ。)、や雑誌、新聞で、ペレの様なスター選手に憧れたものだ。 ペレが58年スウェーデン大会に17歳で6得点の鮮烈デビューした映像や、50年ブラジル大会での準優勝、58年、62年チリ大会連覇への貢献に感銘を受けた記憶がある。66年イングランド大会にイングランドがサーカー母国初優勝を果たした頃からテレビが普及しだした。その時のMFボビー・チャ-ルトン選手の球さばきは魔術師の如く的確だった。 大阪万博70年のメキシコ大会には、ペレもベテランの域で活躍しブラジルの優勝となるが、西ドイツの帝王「ベッケンバウアー」選手の縦パスを通させない堅固な守備と、チーム全体でゾーンプレスをしながらパス回しをする新スタイルで、3位となり、FWゲルト・ミュラー選手の10得点という驚異的得点王と共に、その近代的な戦術に大いに感銘を受けた。これは74年西ドイツ大会の地元優勝に結実する。大阪万博のドイツ館(3位)、イタリア館(準優勝)、ブラジル館(優勝)の来日した人達が、開館中にTV放映されていた時間は、来館対応等完全にそっちのけになり、日本人スタッフも一緒にTV前に釘付けで応援していたのが懐かしい。岡本太郎の’’芸術は爆発だ’’万博は祭りなんだから来館客後回しも止むなしか。 82年スペイン大会はイタリアがFWバオロ・ロッシ選手のハットトリック等で優勝したが、ブラジル ジーコ選手など中盤の優雅なプレーには魅せられた。86年メキシコ大会のアルゼンチン マラドーナ選手の4人抜き、’神の手’騒動等がいまだ頭に焼き付いている。大会たけなわの南ア大会でも選手を喰ってしまって、マラドーナ監督がTV画面に明るく映し出されるのも仕方ないのかなと思う位インパクトが大きかった。 90年イタリア大会は統一前の西独時代に優勝に貢献したロジェ・ミラ選手だ。94年アメリカ大会は何と言ってもイタリアが決勝戦のPKで涙をのんでブラジルに優勝を明け渡した瞬間が印象的だ。満を持して最後のPKに登場した大会のかっこいいスター選手であるイタリアFWロベルト・バッジオ選手だ。PK失敗のあっけない幕切れだった。この決勝戦を早朝TV視聴した多くの若い男女が、目をクマにして職場に現れたのを同じく目を腫らせた上司がうんとこらえて眺めているのが面白かった。 98年フランス大会からは日本代表が出場し、皆さん記憶が鮮明と思う。98年大会は仏MFジネディーヌ・ジダンの活躍でフランスが地元優勝したことに尽きる。2002年日韓大会は、優勝ブラジルの大五郎カットFWロナウド選手の華麗なシュート繰り出しが素晴らしかった。2006年ドイツ大会は、MVPの仏ジダン選手が決勝で頭突きをしたが準優勝だったとは言え余韻が残る。 さぁ~ 2010年南アW杯の華麗なスター選手は誰だ。期待しましょう。
2010.06.20
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さむらいブルー岡田JAPAN、強豪オランダにMF豪脚「ウェスレイ・スナイダー(’’射撃手’’(スナイ’パ’ー))」選手からの1失点のみに抑えて頑張ってくれました。後は6月25日 日本時間3:30開始のデンマーク戦を引き分け以上で凌いでくれれば良いわけです。そこでデンマークについて語っておこうと思います。 一番に連想するのは「人魚姫」ではないでしょうか。‘’愛は無償の行為‘’とは良く言ったもので、デンマークを代表する作家「ハリス・クリスチャンセン・アンデルセン」が描いた人魚姫は、助けた王子様が他の女性と、助けた娘と誤解して結婚するのを、敢えて人魚から人に戻り王子に真実を伝える選択肢があるにも関わらず、それを拒否し、遠くから見守りながら自ら命を絶つと言うメルヘンの童話でした。 宮崎駿監督が、「崖の上のポニョ」制作のモチーフの一つが、この「人魚姫」という話を聞いたことがあります。そのアニメ「崖の上のポニョ」の舞台となった広島県福山市「鞆の浦」が、坂本龍馬のいろは丸沈没事件等の人気もあり、福山市が観光客が前年比1.7倍182万人と発表していたが、実は市内客も合算していたので、実際は1.2倍129万3千人だったと訂正していた。確かに熟年夫婦、若い女性G等の観光が増え、土・日・祝日はETC千円の効果も有り、実際は2割増止まりとは言え、7割増と錯覚させるぐらい人気のスポットとなった事はうれしい限りだ。本家のデンマーク海辺にある「人魚姫像」は2年前に悪戯のペンキ塗りの受難に遭って、世界のアンデルセンファンの嘆きを誘ったものだ。此の人魚姫像は、1年間横浜の港博へ貸し出す話が、デンマークのファン等の抵抗で騒がれたのが懐かしい。 アンデルセン絡みでは、チボリ公園が有名だ。岡山倉敷に「倉敷チボリ公園」があるくらいだ。次に子供の頃お世話になった知育玩具のREGO(レゴ)はデンマーク発祥というのが面白い。日本のゲーム機も、漫画アニメ技術の伝統を生かし、世界をリードする市場に成長させた。ただ知育玩具と言うには口はばったいような気もする。レゴはその点‘’知育‘’に焦点を当てた特徴を持って今日の地位を築いたものと思う。 陶磁器ブランド「ロイヤルコペンハーゲン」もデンマーク産だ。日本は象徴天皇制、デンマークもオランダも立憲君主制、で「ロイヤル」の貴族的な雰囲気が似合うお国柄でブランド名に「ロイヤル」を付けても違和感が無いのが素晴らしい。一方日本の目指す選択肢の一つが、少子高齢化社会対応策含め、高福祉高負担のデンマーク、スウェーデン等北欧諸国だ。消費税アップ等の高負担を考える場合、サッカーで戦う前に、高負担で国際競争力を高め、1人当たりGDPも世界の上位にランクインするデンマーク等を参考にしておく必要がありそうだ。移民政策では保守化しており、現在の政権が極右政党と連携をしているのが実情だ。2009年度べースでは9.5%が移民及びその子孫を占めるまで増えたと言われる。現在の政策では移民規制に舵を切っている。また資源の無い日本と異なり、デンマークは北海油田の豊富な鉱区を持ち、エネルギー自給率が100%だ。また、レアーメタルなど鉱物の宝庫と言われているカナダ北部で北極に近い「グリーンランド」を領有している。日本は資源調達については心して独自で開拓していかねばならない。ここは大きな違いだ。 オランダの切り花チューリップと同様、デンマークもミニバラ「ホールセンローズ」等でも有名だ。ビールの海外ブランドで良く目にする「Carlsburg」もデンマーク産だ。 ここらへんでデンマークに馴染み事柄は一通り述べ終えたので、これからデンマークチームの考察といこう。要注意FW「二クラス・ベントナー(‘憎らし‘い位’弁‘立つ‘となぁ~’)」選手も23歳と若いが、警戒しなければならない一人とみる。でも(‘2クラス’の ‘便’利なインキ‘トナー‘)なので心配いらない。 往年の名FW「デニス・ロンメダル」選手も、 カメルーン戦では切れが見られなかった。 (’出ニス・マージャンで言う‘’ロン‘’(当たる)‘’メダル‘’) 金銀銅のメダルではない。懸案ではないだろう。 脅威のディフェンス(DF) 21歳の「シモン・ケアー」選手も日本戦では警告2枚で出場しないので、 ’指紋’なんて’ケアー‘不要。Don’t ’Care(ケアー)’(欠場にて心配不要)。さぁ~ 25日がなんと待ち遠しいことか。
2010.06.20
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心ワクワクする6月19日オランダ戦の前に、日本の決勝ラウンド進出に向けて、その際対戦する相手かも知れないチームを想い描きながら、1次リーグ第2試合目の動向と、特にW杯審判団への辛口批評、また今迄の観戦視聴でお世話になっているテレビや新聞メディア等への想いなどを述べておこう。 18日D組 2試合目セルビアVsドイツ戦は、1:0でセルビアが、初戦で華々しくオーストラリアを4:0で粉砕し、優勝候補の一角に躍り出てきたドイツを突き放した。ドイツ、2006年地元独W杯の得点王「ミロスラフ・クローゼ」選手が2度イエローカードで前半37分退場してから、雲行きが一気にセルビア側有利に変わった。名ストライカー「クローゼ」が、戻ったドイツ選手席で「‘’苦労‘’した‘’ぜ‘’!」とつぶやいているのをTV桟敷で観戦したのは吾輩だけだったのか。 次に19日C組 2試合目 スロベニアVs米国戦で、米国が後半37分ブラッドリー選手が2点目を入れタイに持ち込んだ後、後半1分から交替出場のMFエドゥー選手が、後ろから回り込んでシュート(3点目?)したが、ファウルで無効になった。 オフサイドではなかったので米国側誰のファウルだったのかTV再生画面を見ても良く分からなかった。この判定にも不満が残った。 最近5月末の米大リーグで9回裏2アウトまで完全試合進行中が、最後の打者を主審の明らかな判断ミスで1塁セーフとして、夢の完全試合に終わったということがあった。米メディアのファンアンケート調査では6割近くが‘’審判も神ではない、人は誤りを犯すもの、止む無しと。だからと言って再発防止の為にビデオテープを判定レビューに採用することには、やはり試合の流れから、7割が否定的だ‘’と報道していた。当該投手が誤審の主審を慰めていたのが絵になっていた。 野球と違ってサッカーは連続してプレイしているので、審判判定の不公平はちょっと困りもんだ。確かに、アルゼンチン マラドーナ監督がメキシコW杯で‘’神の手‘’騒動を起こし、今大会もちょっと予選敗退の線が濃くなったA組フランスのFWアンリ選手が欧州予選で同じハンドの‘’神の手‘’騒動を起こしていた。試合の流れを損なわない範囲ならジャッジミスも許容範囲ではないかと思う。 この2試合から、南アW杯を成功させピシッとしたイベントにして貰う為にも、もう少し審判に更なる精進を願い、奮起して貰いたいとの思いを抱いた。 D組 セルビアVsドイツ戦の、22歳の若き司令塔MF「メスト・エジル」選手と、21歳MF「トーマス・ミュラー」選手、後半投入の22歳MF「マルコ・マリン」選手等若手が、大活躍しているのを拝見出来た。たまたま主将の名MF「ミヒャエル・バラック」選手が怪我で本調子でなく、控えに回っているが、世代交代や、若手のW杯本大会での登場起用が、真剣に行われていることがよく判った。その点、チームメンバー全体の世代交代が遅れたA組フランスが、予選敗退の可能性が出ているのが象徴的だ。日本も2006年独W杯32チーム中では、最年少選手が最長齢の24歳と、最も若手起用が遅れていると言われた。今回は23名ではないが、帯同メンバーに20歳~22歳も加え、世代交代は進んでいる。 C組 2試合目 スロベニアVs米国戦で、米国のユニフォームが、昔の欧州貴族が勲章を左肩から掛けている姿を想い起こした。まるでイングランドやオランダなど王室の国が使うのならわかるのだが、合衆国は貴族とは縁が少ない共和国なおで、デザインが不思議に感じた。 次に、視聴者としてお世話になっている吾輩からすれば、NHK殿が少したるんでいるのではないかと。一つは、6月14日カメルーン戦のNHK総合テレビ地上波デジタル放送(地デジ)で、勝利した岡田監督インタビューは音声問題なかったのに、選手インタビューから、関東圏を除く地域で、北海道や九州など地域によっては5分、長い所では関西地区等9分程、地デジ音声が聞けなくなった(映像は問題なし)ことだ。 アナログ放送は2011年7月24日まで続き、それ以降は地デジのみになる。今回はTVをアナログ放送へ切り替えたら生中継音声が聞けたので、切り替えのヒントに気付いた視聴者は事無きを得たが、2011年7月24日以降は、そのようなアナログ切り替えが出来なくなる。南アからの生中継映像音声は、関東圏地デジとアナログ放送が問題なかったのだから、ちゃんとNHK東京渋谷放送センターへ到達しているのは良くわかる。高度な技術に支えられているNHKの各地放送塔からの音声入力切り替え装置の不具合いであることが想定される。アナログ放送休止までには、今回の様な地デジ音声停止の再発防止対策を急いでお願いしたいものだ。 これだけなら敢えて苦言のコメントする必要は無かったが、二つ目にオランダ戦のNHK BS生中継10時間放送の17日の番組宣伝で、NHK女性キャスターが、あろうことか、「NHKBSは‘’CMが無いですよ‘’」とのたまわったことだ。 最近 NHKは不祥事続発から控えていた視聴料督促方法に簡易裁判所提訴を始めたばかり、女性キャスターが「NHKはこの簡易裁判所提訴も可能な視聴料有料回収可能なシステムで、民放と異なり、CMが無くても良い公共放送が可能である」事を知らないわけがない。18日NHKの D組 セルビアVsドイツ戦 放送の後、同席のNHK男性アナウンサーより、やっと「民放とコンソーシアム組んで共同で放送に取り組んでいるので、配慮の無かった発言をお詫びします」 と謝罪放送があった。ちょっと謝罪放送が遅すぎたのではないかと思った次第です。NHK殿褌の緒を締めて頑張って欲しい。 翻って、南アW杯報道の新聞メデイアで感心しているのは、南アとの時差を解消すべく奮闘している、取材、編集、印刷、配送の体制である。 南アの試合は 日本時間20時半、23時、3時半となるが、びっくりするのは23時試合開始分の速報というより詳報が、印刷されて翌日朝4時半の戸別配達には間に合っていることです。 まさに分刻みの印刷配送配達だと思うのですが、うまくできたもので、折りたたむ真ん中のページ 18~24ページの見開き2枚分が後から記事を挿入出来ても良い様にしているのが良く判ります。日本Vsカメルーン戦の23時試合開始分は、勝利記事が1面に載っているのですからお見事と言うほかありません。 皆で盛り上げている南アW杯、オランダ戦がもうすぐだと‘’おらんで‘’います。とは言っと‘’ぉらんど‘’。
2010.06.19
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オランダ戦を前にして、隣の韓国がアルゼンチンに完敗してしまった。オランダがアルゼンチン以上の強豪チームと言われているので、ここは褌(ふんどし)を締め直して19日のオランダに臨まなければならない。戦いを前にしたオランダ情報を述べてみよう。 B組第2戦目1組の韓国Vsアルゼンチン戦は、1:4で決着した。それでも韓国は得失点差で同組ギリシャを上回り2位につけている。この試合はアリゼンチンのFWメッシ選手が‘’滅私(めっし)奉公‘’し、4点にアシスト絡みで多大の貢献をしていた。なにしろメッシが輝いていた。TVカメラは、その一挙手一投足が絵になるマラドーナ監督をしつこく追い回し映し出していたが、まだ現段階ではメッシ選手より華があることは間違いなさそうだ。大会の終わり頃にはメッシ選手に、マラドーナ監督からTV放映時間を奪い取って欲しいものだ。何しろスポーツ大会は選手が主役だから。 オランダについては、江戸時代の鎖国政策で、唯一西欧との窓口を唯一オランダに絞り込んでいた(他候補国ポルトガル、スペイン等との比較ではキリスト教布教とのセットで交易をしないと言われた。)おかげで、西洋医学等は杉田玄白‘’蘭学事始‘’に代表される通りオランダ経由導入された。第二次世界大戦時には、日本の南方進出戦線でオランダ植民地だったインドネシアで、オランダと戦うことになる。ガリバー旅行記に代表される通り、背の高い人たち「巨人の国」、チューリップの産地、エコ先駆けの風車の国、また肖像画の名画家『レンブラント』の生誕地等として定着している。このようなオランダも人口約16百万人で、面積で言えば九州と同じくらいの広さだ。 この巨人の国というのがサーカーでは強みになる。日本人男性が、オランダやフランスを旅していて困るのは小便の受け皿が余りに高すぎて、爪先立って事をしなくてはならないことだ。しかしこれくらいのことで弱気になってはいけない。背丈の低い牛若丸日本男児は充分活躍可能なのだ。先述のメッシ選手も結構低いではないか、NBA(米バスケット)ファイナル最終戦が行われるが、日本の小柄な田臥選手も最初のNBA選手として注目を浴びた経緯がある。 25日対戦するE組デンマークも人口約5.5百万人で、サッカーは人口が沢山いれば、自ずと強国になるとは言えない。ラグビー大国のF組ニュージーランド(NZ)も人口は4.3百万人ほどだが、今大会に久し振りに参戦し、初戦で1:1で引き分けている。人口小国でサッカー強豪国ということは、サッカーが若者の心を捉えてやりたいスポーツのTopに位置し、プロ組織があることと、高度なコーチ陣による若手育成システムが完備しているということだ。遅ればせながら日本でも徐々にではあるが、近いシステムができつつある。巨人の国と小人数の国がサッカー強豪国であることは、特に恐れる問題ではなさそうだ。 A組 南アフリカが2戦目にウルグアイに苦杯をなめたので、W杯開催国は決勝進出というジンクスに黄信号が点滅している。南アフリカのアパルトヘイト政策は、紐解けば南ア在住のオランダ系白人と英語圏白人が主導して行われた政策と言われている。余り関係ないと言えばそれまでだが、先の9日行われたオランダ総選挙で、移民促進政策に反発する極右政党の躍進が少々気になる。大麻や麻薬はオランダ政府として規制は行わず、個人の自己責任で放任主義を取っている最先端の国とも言える。FIFAランク4位のオランダチームも、このような最先端を走る風土から作られているのかもしてない。 しかし心配には及ぶまい。勝てるチャンスはあるはずだ。
2010.06.18
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ひなびた手頃な日帰り温泉を見つけました。中国自動車道福崎IC から車で約20分、笠形山(933m)の麓にある「かさがた温泉、せせらぎの湯」です。卓球で世界を目指す為に早大を中退し、6月初めの世界選手権団体銅メダルに貢献した『福原 愛選手』も訪れ、当温泉に頗る満足した様子の写真を拝見しました。 湯種は、無色透明のアルカリ性単純温泉ですが、「本館ふところ館」は、30度前後の源泉風呂と加温した源泉風呂の内湯2個に、笠形山山麓を見上げることが出来る露天風呂1個で、合計3風呂ですが、月曜休館します。月曜、及び土、日曜、祝日に隣の「新館みはらし館」が営業するので、そちらの眺望の良い露天風呂もお薦めです。風呂上りに19:00ラストオーダー受付終了、20:00閉店の隣併設レストランの「福来楼」(ふくろう)の安くて、美味しい山菜料理がお薦めです。 レストラン含めお客応対に実に心がこもっており、美味しい空気を吸い込んで、都会の喧騒を忘れ、温泉気分を味わうことが出来た。結構地元の方達が集う憩いの社交場ともなっており、ささやく(囁く)と言うより‘’せせらぎ‘’ながら地元談義をされているのが微笑ましかった。
2010.06.17
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W杯出場32各国が初戦を終えたところで、コメントをして見よう。何と言ってもハラハラドキドキで最も見どころ満載の試合は、初戦の最終組6月16日日本時間23:00からキックオフされたH組第2試合 スペインVsスイスではないだろうか。 伏兵スイスが優勝候補スペインをかろうじて0:1で逃げ切った試合だ。スイスが後半始めに1点先行してからの優勝候補スペインの怒涛の攻撃には、TV観戦中も息を継げないくらい「なにしろ凄い」としか言いようがなかった。 スペインの持ち味は自由自在なパスに尽きる。パス廻しで確実にボールをキープしながら(本試合ではボール支配率63%)、ライン全体で一気に攻め上がり、サイド、中央、縦、斜めと変幻自在にシュートを繰り出すので見応えがある。今回は後半投入の、4月の怪我から充分な調整もなく登場したスペインFW 『フェルナンド・トーレス』選手が、見せ場をたくさん作ったものの、最後の詰めが甘く残念というところだ。反対にスイスのゴールキーパー「ディエゴ・ベナリオ」選手は、スペイン怒涛のシュートに集中力を失うことなく好セーブを連発した。 スペインの底力はものすごいものがあるので、予選リーグ残り2試合は、尻上がりに調子を挙げて、ホンジュラスとチリには申し訳ないが(スペインの怒涛の攻撃を決勝ラウンドでも見てみたいという気持ちから)、多分決勝トーナメントに出場するのではないかと思う。 初戦の試合結果だけからデータとして分析すると、たまたまの話だが、ギリシャ経済危機に始まって欧州通貨Euro崩壊の兆しが叫ばれるようになったことと符合する。そのギリシャと同じような財政危機を抱えている国にPIGS (ポルトガル、イタリア、(ギリシャ)、スペイン) がある。 初戦の結果 ポルトガルG組は、コートジボア-ル に1:1で引き分け、イタリアF組は、パラグアイに1:1の引き分け、ギリシャB組は、韓国に0:2で敗戦、スペインH組は上述の通りスイスに0:1で敗戦。昨今のリーマンショック以降も、経済成長を続ける新興国BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国、)から出場のブラジルは、北朝鮮に2:1と先勝。他経済新興国のアルゼンチン、ガーナ等も順調に勝ち進んでいる。 経済が堅調なドイツ、オランダ、韓国等も同様に意気軒高だ。 アルジェリアC組は、スロべニアに0:1の敗戦だったが、両親がアルジェリア出身で、フランス代表で大活躍したジダンが、アルジェリア応援団に混じって観戦していたが、さぞ’’地団駄踏んだ’’(じだんだ)事でしょう。 イングランドC組は、米国に1:1の引き分けとなったが、FW 「ルーニー」が鞍馬天狗の様な神出奇没で動きまわっていたのには驚いた。控えの往年の名司令塔「ベッカム」選手は’’別格’’(べっかく)の存在感を示していた。サッカーの母国故にFIFAも敬意を示し、ヨーロッパ予選の段階から、英国(グレートブリテン)の統一チームではなく、中村俊輔選手が活躍したスコットランドや、ウエールズ、北アイルランドが夫々参加している。ラグビーと同じで、統一チームを作る気等さらさらない様だ。それでもイングランドはW杯決勝トーナメント進出の常連チームだ。グレートブリテンで統一チームを作れば、それは脅威の存在となることは間違いないだろう。将来、韓国と北朝鮮が統一チームとして、参加することになると思うが、もしそうなればアジアで強力なチームとなることは間違いないだろう。北朝鮮チームの鄭大世(チョンテセ、J1川崎フロンターレ所属)選手等(他に安英学選手(J大宮所属)、梁勇基選手(J仙台所属))、韓国代表主将の朴智星(パク・チソン、現在英国マンチェスター・U所属、元J1京都パープルサンガで活躍)選手が、初戦で共に大活躍しているが、Jリーグで活躍している或いは、いた頃を想い出しながら、こちらも将来の統一チーム応援を夢見ながら観戦している感がある。 リーグ第2戦がいよいよ始まったが、19日(土)に迫る日本Vsオランダ戦対策は外野席のスズメ達は大いに論議し、盛り上がっている。日本人のプロ野球に対する解説は皆さん夫々一家言を持っており、自分が監督の立場だったらとピッチャー交代時期まで講釈出来る方が多い。今回カメルーン戦勝利の美酒で、結構サッカー解説可能な方が一挙に増えるのではないかと推測する。その中で解説のお手本は、なんといっても前日本代表監督、イビチャ・オシム氏ではないだろうか。心筋梗塞で急遽’’惜しむ’’中での監督退任だった。回復された後も、一貫して日本代表及び岡田武史監督への応援を、的確にされている。特に日本代表壮行強化試合の韓国戦、イングランド戦等で、苦境に陥った時も最も元気のあるエールを送り続けた。 さぁー 19日が楽しみだ。32チームから若鮎のエースが躍り出てくることを期待して。
2010.06.16
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終にサッカーワールドカップ(W杯)南アフリカ大会が始まった。ネルソン・マンデラ元大統領(91才)の開幕戦セレモニーへの登場サプライズが期待されたが、当日早朝、甥子供のご不幸があり残念ながら欠席だった。マンデラ氏が世界の「アパルトヘイト」(人種差別の隔離政策)非難の世論に後押しされ、27年間投獄から釈放され、その数年後1990年、まだ日本の政治家等が来日して相手にしなかった時代に、大阪のロックバンドがマンデラ氏を招待し、ロックコンサート出席と交流で盛り上がったのを想い出す。大阪のロックバンドには先見の明があり、見上げてものだった。そんな南アフリカのほぼ騒音ではないかと思う‘’ブブゼラ‘’(応援ラッパ)を聞きながら、日本Vsカメルーン戦前に触りの試合をテレビ観戦できたので、その感想を述べておこう。 開幕戦 A組1試合目 南アフリカVsメキシコ戦 (結果1:1):予想通り‘’ブブゼラ‘’の強烈な音で、放送音がよく聞き取れない。試合に監督が檄を飛ばす声が選手に聞こえているのかと心配する程やかましい。(1日後、FIFA(国際サッカー連盟)事務局から‘’ブブゼラ‘’吹く時間の自粛要請が出された様だが、国歌演奏時以外はまだ守られていないようだ。) 監督の喉が腫れて2試合目位からハスキーボイスになるのではと危惧する。後半10分に南ア チャバララ選手の鮮やかなシュートで展開が面白くなった。チャバララ含めた4名の祝砲ダンスはアフリカ土俗の祭りを想像させ、今後南アの得点後にはこの踊りが見られるのは楽しみだ。格上のメキシコが、後半24分ベテラン「ブランコ」選手を投入してから、メキシコ側がシステマティックな攻めに変わり、後半34分同点にされた。しかし、アフリカで初めて開催されたW杯に誇りを持っているのか、勝ちゲームとでも言うような意気揚々とした態度だった。 A組2試合目 ウルグアイVsフランス戦(結果0:0): フランスを代表するFW アンリ(HENRY)選手が先発から外れ、後半27分からの起用だった。往年の切れは見られなかった。フランス語でHは発音しないのでアンリとなるが、英国ではヘンリーとなる。ウルグアイからイエローカード2枚で1名退場で、俄然11名フランスの有利と思われたが、ウルグアイがしのいだ。フランスのFWフランク・リベリー選手の前半7分シュートは外れたもののなかなかの出来だった。しかし仏代表が優勝候補とは言えない位、はっきりとした力強さは感じられなかった。 B組1試合目 韓国Vsギリシャ(結果2:0):2004年欧州チャンピオンのギリシャを寄せ付けず大蛇の風格で倒した。‘99年頃京都パープルサンガで活躍していた韓国 朴智星が、現在 英国マンチュスター・U(ユナイテッド)所属だが、今やアジアのベストプレーヤーにまで成長した。朴智星が大量得点演出の立て役者 B組2試合目 アルゼンチンVs ナイジェリア戦(結果1:0): 注目のアルゼンチン至宝FW「リオネル・メッシ」(24歳)選手の登場だ。ナイジェリアBKのマークがきつかったが、メッシの動きは鋭く、幾度もその片鱗を垣間見ることが出来た。監督就任後のW杯第1勝目となったアルゼンチン マラドーナ監督がピッチぎりぎりの所まで来て、大きなゼスチャーで選手を鼓舞していたのが印象的だ。ナイジェリア選手のスローインボールを、自ら拾ってつま先ではじいて、相手の手にスポット的中させ渡していたのは流石だと思わせた。アルゼンチンは依然有力な優勝候補と見受けた。
2010.06.14
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