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2010.05.25
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カテゴリ: カテゴリ未分類
  微笑みの国タイが騒乱状態を脱し、一応平静さを取り戻した。だが予断を許さない状態が続いている。アジア主要国の中で、このタイと日本が唯二植民地化されるのを避けることが出来た国と言ってよい。象徴天皇制の日本と、立憲君主制のタイと、歴史の中で、天皇や国王を中心にまとまって国内の内乱を避け、独立を守ることが出来たのはよく似通っている。どうも在位64年目のプミポン国王が82歳でご高齢であることが、解決を遅くしている理由の一つでもあるようだ。
  4月10日、ロイター通信日本支局のカメラマン、村本博之(43歳)さんが、バンコクで騒乱取材中に凶弾に倒れた。先に07年9月、日本人ジャ-ナリスト長井健司さんが、ビルマ(ミャンマー)の民主化要求デモの取材中に軍隊に射殺されたのに続く惨事だ。冥福を祈りたい。ベトナム戦争時の報道写真家の岡村昭彦さんなど、戦争や騒乱報道に関わる日本人ジャーナリスト達のお陰で最新の正確な海外ニュースが伝わってくる。これらの報道関係者のご努力に、その国の動きを出来るだけ把握することで、報いたいと思う。
  日経新聞5月16日朝刊コラム「風見鶏」で、日本の小沢一郎民主党幹事長と、タイの赤シャツ(反独裁民主同盟=UDO)反政府デモのバックにいるタクシン元首相が、類似している点を‘’小沢・タクシン現象‘’として述べている。(1)強い個性、(2)皇室・王室に対する姿勢、(3)離米、親中路線、(4)農村重視などだ。タイはこの10年で、途上国から新興国へ脱皮しつつある。農村部より都市部へより多くの富が流れ、地域格差が広がる。都市と農村との対立や摩擦が激しくなる。政治学者の白石隆氏は、アジア諸国での都市人口は、現在38%だが2030年には60%前後になり、「農村のアジアから都市のアジアに変わっていく」とみる。都市人口が増えれば、中間層が増える。耐久消費財の需要が増え、政治面では農村重視型の指導者は支持を減らす。日本の民主党も正面から農村型政策を掲げ、一方自民党は都市との格差を止めることが出来ず「農民の反乱」が政権交代の一つの理由となった。タイの農村と都市の争点を大枠で良く捉えていると思う。
  それにしても農村にも絶大な人気を誇った故田中角栄元首相が、1973年タイを訪問した際、日系企業の大量進出に反対する反日デモで、一時立ち往生し、タイ滞在を短縮したことがあった。皮肉にも小沢民主党幹事長は、故田中角栄氏の秘蔵っ子でもあり、農村重視派、日本ではタクシン元首相のようなスタイルと似通っていると述べられている説もあるので、なにかの因縁かもしれない。  
  タイが東南アジアの中でも植民地化されないで異色の存在でいられたのも、文化度・成熟度が高いことも一つの理由ではないだろうか。例えば5月24日第63回仏カンヌ映画祭で、タイの気鋭のアピチャポン・ウイーラセタイン監督が、「プンミおじさん」で最高賞のパルムドールを受賞した。北野武監督の「アウトレ―ジ」は残念ながら受賞を逃した。タイの映画界も世界に通用する地位を固めつつあるということだ。政治の成熟度も、民主化運動が軍部のクーデターとの軋轢を繰り返しながらも、軍隊の全面的な台頭を抑える形が軌道に乗りつつある。今回の騒乱の底流には、元はと言えば、タクシン首相の外遊中に、軍部がタクシン首相の国外脱出を余儀なくさせ、アピシット民主党現政権の樹立に、バックで動いた経緯がある。今回の騒乱では、赤シャツ派内にも狙撃された軍少将など一部が同調している節があるので、軍部も一枚岩では行動をとれない可能性もある。
  タクシン元首相も、カンボジア政府の肝入りで、カンボジアに入国し、アピシット政権に揺さ振りを画するなど、騒乱の最終局面で赤シャツ強硬派の抑えが効かないと言われたが、あの手この手で国外からリモートコントロールすることを続けると思う。したたかな人物とみた。いずれにせよ、軍部クーデターが大手を振って罷り通ることはなくなり、度重なった民主化運動が成熟し、個が確立しつつある。騒乱があったとて基本的には‘’微笑みの国‘’であることに変わりはない。
  タイの国歌は2つあってどちらが本当か戸惑うことがある。最初にできたのは、各種式典や映画上映前にプミポン国王の肖像画を前に起立して聞く、スローバラードの国王賛歌(第2国歌)だ。1870年頃に、オランダのヘーウッドセーン作曲により、タイ古典曲を加味して完成させた。次に1939年、国名がシャムからタイへ変更された際、リズミカルな国歌が制定された。国連など国際機関にはこちらの方が登録されている。駅や学校などで、朝8時と夕方6時に聞くことが出来る。国際大会の表彰式にはこの国歌が使われる。リズミカル版とバラードを状況に応じてうまく使い分けている面白い国だ。(この項 青春出版社「世界で一番気になる地図帳」を参照。)






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Last updated  2010.05.26 00:41:33
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