いっしょにね

いっしょにね

2007/05/27
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カテゴリ: 仕事
感情


認知症がひどくなってくると症状の一つとして「妄想」というのが出てくる。
人間、ある程度「事実」だと判断するために色んな情報から自分の考えを修正しながら「
自分にとっての事実」を形作っていく。

「妄想」は事実の裏付けをすることなく自分の偏った考えをそのまま事実だと信じてしま
う症状である。
だから人から見たら、
「ありえない」
「よく考えたらそんなわけない」
そう思えるようなことまでその人は「事実」だと思い込む。

そう信じている。

今、一番その症状のひどいおばあさんがいる。
おばあさんは頑なに信じきっている。

何を?

「息子夫婦が私の財産を横取りして無一文で私をここに放り込んだ。
ここの職員は息子達にお金を与えられて私をここから出られなくしようと閉じ込めている
。
お金を返して欲しい。
ここの人はみんな息子のスパイだ。」

・・・ちょっと・・イヤ、かなり「違う」んだけどな。
事実は少しそれとは違う。

「ここから出せー」
そういって杖を振り回して暴れたり
「ここから飛び降りてやる」
そういって自殺しようとしたり
とにかく手に負えない状態になっている。



私はどうしたものかと考えた。

まずどうしてそんなに興奮しているのか「彼女なりの」理由があるんだと思った。
人から見て
「ありえない」
そう思っても本人は真剣にそれが事実だと思っているから。

私はゆっくり近づいた。
「どうしたん?」

彼女は泣き出した。
「ここの人はみんな私を嫌っている。意地悪してここから出してくれへんねん。家に帰り
たいのに追い出されてしまったんや」

彼女は杖の頭をぎゅっと握りしめた。
「うちの息子が池で溺れた時みんなが寄ってたかって私のせいにしたんや。
私のせいじゃない。
でも私のせいにしているからみんな私をいじめるんや」

彼女の息子さんが最近池に落ちたという事実もないし、ましてや一緒にいない。
もしかしたら息子さんの昔の頃の記憶と混同しているのかもしれないが、思考の流れは明
らかにおかしかった。

しかし彼女にとってはそれが「真実」なのだった。
私達から見て「妄想」だと思えるようなことが真実なのである。

私はひとしきり話した後静かに彼女の横にいた。
車椅子に乗って玄関にいる彼女に、通りすがりの職員が声をかけていく。
彼女の顔が段々強張りだす。
みんなの声のかけ方を聴いているとほとんどの人が
「そんなこと言わずにここにいたら楽だよ」
とか
「池にはまった・・って息子さんもういいお年じゃないですか」
とか
「そんなことないですよ。ご飯でもたべましょうよ」
というような言い方をしているのに気がついた。

みんな「ありえない」=「架空」=「妄想」という視線から話をしていると思った。
おばあさんにとっては、それが真実なのに。
いたずらに肯定はしないけれど、否定はしてはいけないんじゃないかと思った。

池にはまって。
追い出されて。
無一文で。
みんなに嫌われて。

そういう考えの先にあるものは何なのだろう。

感情。
そう。

哀しみ。
怒り。
絶望。
焦燥。
煩悶。

今その考えに苦しめられて彼女は怒りや哀しみを感じているのだ。
私は「怒り」「哀しみ」を聴いてあげたいなぁ、と思った。

彼女の手を握った。
冷たくて強張っていた。

「そうなんだ。家に帰りたくても帰られないんだ。そりゃ辛いよねぇ。
みんながアナタのことを悪く言っていると思ったん?そりゃいたたまれないよねぇ。
そかそか。
・・んで、泣いていたんやねぇ。」

話をするうちに彼女の話し言葉に、
「そうやねん。」
「そう思ってくれる?」
という言葉が多くなってきた。

彼女の手のこわばりが少し緩んできた。
心なしか手も暖かくなってきたような感じもする。

そうやって話をしているうちに彼女は突然号泣しだした。
「おかあちゃんー」
どうやら私を母親と間違ったらしかった。
私は彼女の小柄な体を引き寄せ
「そかそか、辛かったねぇ、しんどかったやろ」
そういい続け背中をさすった。
彼女は私に体を預け、眼を閉じながら言葉途切れることなく喋り続けている。
「おかあちゃん、おかあちゃん」
彼女は完全に「私の子供」だった。
私はゆっくり背中を擦りながらじっと話しを聞いていた。

そうこうして1時間以上たっただろうか。

彼女は泣き止みふと私の顔を見てぽつりと言った。

「ごめんな、こんな時間までおらしてな。
あんたもう夜になってしもうたよ。
息子さん、待っているやろに」

妄想と現実の狭間に立っている。

そんなおばあさんの顔を眺めて、私はにっこり笑った。

「ありがとう。ありがと。」







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Last updated  2007/05/27 06:48:08 AM
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