マックの文弊録

マックの文弊録

2005.04.24
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カテゴリ: 小言こうべえ
◇三月小の月十六日 戊寅→今日は満月!(正確には19時6分)

デ・ブリーフィング(Debriefing)というのがある。「事情聴取」などと訳すけれど、ちゃんと意味を言えば「簡潔な報告(Briefing)を、批判的に問い質す(否定のDe)」ということだ。
元々は米国の情報部門で、帰還した情報員と面接して、色々情報を引き出すことを云った。戦争の現場から戻ってきたパイロットや指揮官に対しても、戦闘中の状況や戦闘行動の遵法性を精査するために、このデ・ブリーフィングが行なわれる。

※人を殺す行動の「遵法性」なんておかしな話だけど、「近代国家」同士の殺し合いの現場には厳密な規則が適用される。ROE(Rules of Engagement)と言って「交戦規則」などと訳される。「相手が攻めてきて、実際に一発撃つまでは、こっちは撃っちゃだめよ。」というようなものだ。これは、近代以降の戦争はあくまでも外交上の優位を確保するための手段だと位置付けられている所為だ。・・・・それにしても。結局殺し合いであることには変わりはないな。※

誰でも、どんな場合でもそうだけど、「現場」に身を置いて居る時には多少ハイになっている。そこで見聞きしたことを口頭や文章で人に説明しようとすると、多少誇張したり、私見を入れたり、「見たつもり」になってしまったりするのは、これは人情というものだ。「現場の実情」を話している内に、自分で施した脚色をやがて自分自身でも信じてしまったりもする。

ところが、Back Officeでは「情報員が何をどのように見たか」などというのはむしろどうでも良い。「山の向こうに茶碗くらいの大きさの戦車がうようよ居て怖かった!」などと云われても困る。情報員が大したことではないと思っている細部に、非常に重要な意味が隠れている場合もある。

だから、根掘り葉掘りしつこく問い質す。それが実際に見たものなのか、言葉として聞いたものか。誰が話したのか。その時相手はどんな表情だったか。周りに誰が居たのか・・・時に、実際に見聞きしていても忘れてしまったことを、潜在意識から発掘することもある。

つまりは、情報員の考えではなく、耳や目を通してして脳に焼きついた「写真」を再現して、それを様々に異なる視点や専門知識で分析し総合して、作戦や政策に役立てようというのである。

このデ・ブリーフィング、何も戦争やスパイの世界だけではなく、ガイシケーの企業では当たり前に行われる。僕は以前にガイシケーの企業に居たから、随分何度もデ・ブリーフィングの洗礼を受けている。毛唐の連中はどこかでこういうものの専門教育も受けているらしくて、質問は実に多角的で鋭く、いい加減なことは金輪際言えない雰囲気になる。俎板の鯉とは、まさにああいう状況を言う。鯉ならば観念して為されるがままに寝ていればいいけれど、デ・ブリーフィングではこちらが答えなければならないから、実は鯉君よりもはるかに大変なのだ。



ところが、我々日本人はこういうことをされると、どうにも落ち着かなくなり、愉快ではなくなる。色々質問されている内に、だんだん「何で其処まで聞くんだよ。さっき云った通りじゃないか。」、「ボスはオレを信じてないのか?」、「そんなら自分で調べりゃいいじゃないか。」、「あぁ、傷ついた。」などと言う顔つきになってくる。
つまりは、自分の無能力をあからさまに暴露されているような気分になってくるらしい。

要するに我々は、こういう「シンタクス」的なぶつかり合いには慣れていない。語尾をぼかして相手に目配せをして、「そこはそれ、アンタと僕の間柄じゃない。云わなくても分かってよ。ね。」と言う世界には、ディベート同様デ・ブリーフィングも馴染まない。同じ理由で我々はブレーン・ストーミングというヤツも下手糞ですねぇ。
「忌憚なくアイデアを出し合って、生産的な議論をしましょう。」と始めても、やがて「ンナ物ぁ駄目だよ。出来っこないに決まってるじゃん!」と非難の応酬になる。或いは、「ハイハイそうですねぇ。君は何をバカ言ってるんだ。社長のおっしゃる通りじゃないか!」となる。いずれにしても皆不機嫌に白けてお開きになるのがオチだ。

日本での教育は、明治以降シンタクスでなく「セマンティクス論理学」に則って行われてきたと言うのがその原因だ、と最近ある本で読んだけれどもそれだけだかどうだか。周囲を海に囲まれて暮らしてきた、同質・同属の民族の歴史に固有の性質のような気が、なんだかするのだけれど。

僕自身、そういう阿吽の呼吸みたいなものは正直言って好きなのだけれど、会社をちゃんとやって行くためには、ブゥたれた鯉君ばかりでは正直言って困るのだ。

※これを書いている最中にソフトバンクの孫君のインタビューをテレビでやっていた。ITの将来を聞かれて、彼は「20年30年先を考えるのはむしろ易しい。難しいのは2年3年先を間違えずに予測することだ。」と言っていた。
本当にその通り。
商売というのは(なんて、口幅ったいけれど)、中気長期のビジョンを持ちながらも、明日か明後日どうなるかを見極めて、今日のオアシを稼がせていただくことなんですね。それがこの上なく難しいのだ。
だけど、・・・・勝者になれば何とでも云えるわナ。※

・・・一応ちゃんと毎日書いてやろうと始めたものだから、今まで日付を遡って書いていたけれど、これでやっと日付に追いついた!






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最終更新日  2005.04.24 12:27:33
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