マックの文弊録

マックの文弊録

2005.07.05
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◇火曜日:旧暦五月二十九日 庚寅(かのえ とら)栄西禅師忌

脈絡もなく、夏休みに伊吹山に登ったときのことを思い出した。中学時代だったと思う。仲の良い友人と夜から登山を始め、山頂でご来光を拝もうという企画だった。

伊吹山は1400メートル超の石灰岩質の山で、百人一首にも出てくる。「かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしもしらじな燃ゆる想いを」だ。さしも草というのは、要するに「もぐさ」。つまりはお灸の材料だ。この詩はもぐさにかけて、鬱屈した恋心を唄ったもので、伊吹山自体を詠んだものではない。

しかし、濃尾平野に住むものから見れば、西を仰げば空を区切って居並ぶ稜線の中で最も高いのが伊吹山であり、更に西に広がる「都」との隔てを否応なく思い知らされる存在でもある。冬になれば、濃尾平野をびょうびょうと吹きすさぶ冷たい西風は伊吹おろしとも呼ばれる。

登山道に取り掛かってひたすら登った。石灰岩質の山肌だ、昼間に登っても大して変化もなかろう景色が、夜中だから余計に殺風景だ。休憩を入れて仰ぐ空は、高みに行くほどに、恐ろしいほどの星空になっていったが、ひっくり返って存分に堪能するわけには行かない。何しろまず登らなければならない。

友は登っていく。努力家だけど普段はパッとしないで、社会的にはもっぱら僕が仕切っているような男なのに、妙に決然と、しかし淡々とモノも云わずに足を運んでいる。

こちらは、いつまで登るのだと、だらだらけじめの見えぬ行程と、余りに静かで着実な友の動きに苛々させられる。ふくらはぎの筋肉も悲鳴を上げ始める。
最後にとうとう我慢がならなくなって、少し平坦な所に至ったのをいいことに、「おい、もうやめだ。もう沢山だ。ここまでくれば、日の出だって見えるよ。もうここでいい。」と怒鳴った。

そうしたら彼は振り返って、その動きと同じような静かな声で、「頂上に着いたよ」。


本当は空を飛べるんだから、何も苦労してゴロタ道を延々と汗を流して歩かなくてもいいのに、友の酔狂に付き合って、それで自分のほうが音を上げてしまう。
切れそうになって「もうやめた!」とケツをまくると、実は全ては完遂されて終わっている。周りからは失笑を買う。恥ずかしくて死にたくなる。

結局、その辺りが僕の限界なのかなぁ。なんだか象徴的な記憶だ。
山頂で日の出を待つ間、憮然としながらも喉が渇いてヒィヒィいっている僕に、彼はその頃わが国で初めて発売されたばかりのカゴメの缶入りトマトジュースを奢ってくれた。
生ぬるいジュースを一口呑んでウェーーッとなった。トマトをジュースにして呑む奴の気が知れなかった。友は美味しそうに呑んでいる。「コイツはやっぱり僕と違う。」と改めて思った。

お互い幼馴染で、何の疑問もなく一緒になって遊んできた友との、犯しがたい距離を感じ始めた、最初の経験だった。

その後彼は、夏目漱石に傾倒した後、関西の大学の工学部に進んで大学院まで行き、電力会社の研究員になって、今でも活躍しているようだ。





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最終更新日  2005.07.07 02:12:51
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