マックの文弊録

マックの文弊録

2005.07.08
XML
◇金曜日:旧暦六月三日 癸巳(みずのと み) 天一天上

この文章、一行目には毎日の干支(カンシまたはエトと読み慣わす)を書いてある。所謂十干十二支である。

昔の中国、殷の時代には太陽は十個あって、順番に毎日登ってくると信じられていたのだそうだ。それで、毎日の太陽に甲乙丙丁戌己庚辛壬癸と”番号”を付けて区別することにした。それが、わが国に伝わって十干になった。

わが国では十干を、順に甲=きのえ、乙=きのと、丙=ひのえ、丁=ひのと、戊=つちのえ、己=つちのと、庚=かのえ、辛=かのと、壬=みずのえ、癸=みずのと、とそれぞれ読んでいる。どうして普通に「こう・おつ・へい・・・」と読まないのか?

これは、陰陽五行説というものが根拠となっている。何れも昔の中国から渡来した考え方なのだ。

五行説とは、自然は「水火木金土」の五つの基本要素でできている。だから、これをバランスよく統べることが、国を恙無く治める原理原則であるとする考え方だ。それで、十干の十個の”番号”を二つずつに括ってできる五個のペアを、順に「き=木」、「ひ=火」、「つち=土」、「か=かね=金」、「みず=水」と名付けたのである。

さてもう少し。今度は陰陽説だ。
これは、世界は必ず互いに相反する要素を含んでいる。そして片方の消長は一方の消長と表裏になって連動しているとする説だ。
なるほど、明暗、正負、火水、天地、表裏、上下、虚実、凸凹、男女、剛柔、善悪、吉凶など、世の中は対立概念同士の拮抗だと思えば、分かり易い。


こうなれば、十干には、順に兄、弟、兄、弟と当てはめていけば、陰陽の5セットが出来上がる。上述の五行と組み合わせると、「木の兄=きのえ」、「木の弟=きのと」、「火の兄=ひのえ」、「火の弟=ひのと」・・・となる。

十干のよみは、こうして理屈っぽく出来上がっているわけで、表記された漢字とは何の関係もないのだ。

さて、暦のバリエーションが十個しかないのでは、変化にも乏しくなんとなく神秘性にも欠ける。そこで十二支が登場する。

十二という数字は、一年の月数と同じで、完全数”6”の2倍だ。だから神秘性のある数字だと思われたのだろう。時間や方角、天球上の位置を表す尺度として使われるようになったことは、何となくすんなり理解できそうだ。
子丑寅戌・・・などの漢字は元々動物とは関係なかったけれど、庶民にとっては覚えやすいものだから、どこかの知恵者が十二種の動物と結びつけた。まぁ、「九九」みたいなものだな。

十干と十二支を合わせると、10と12の最小公倍数は60になるから、60種類の異なる組み合わせができることになる。60個もあれば、このバリエーションは日常的感覚では「沢山」であるし、又一方で「沢山すぎる」と言うことも無い。丁度いいのだ。

だから、今日の癸巳(みずのと み)は、「水の陰の巳の日」ということになるのだ。

昔の人の発想はまだまだ続いて途切れない。
今日の癸巳を発して戊申(つちのえ さる:今年は七月二十三日)までの16日間を「天一天上」という。この期間天一神という神様(帝釈天のご家来だとか?)が、天上で骨休めをなさるのだという。この神様は、天一天上以外の44日間は、地上を順に巡り歩かれるのだそうで、その時々に天一神のいらっしゃる方角に直接に向かって行ったり、そちらの方角に向かって事を起こすと、祟りをこうむるとされた。つまり、地上での天一神の方角は「物忌み」の対象とされたのだ。

だから、今日から16日間は、我々はどちらの方角にも自由に出かけられるし、適当な方角に石を放っても罰が当たることはない。

と、思ったら天一神がいらっしゃらない間は、日遊神という神様が地上にいらして、それもそれぞれの家の中に居座っておられるのだそうだ。だから、天一天上の期間は、家の中をちゃんとお掃除して清潔にしておかないと日遊神の罰が当たるのだという。中々気が抜けないようになっているものなのだ。



・・・・こうしてみると、暦や占いというものの本質が見えてきそうだ。
つまり、根本で適当に数理的な根拠らしきものを立てておいて、数十から数百程度のバリエーションを展開できるように、独善的であろうがなんだろうが体系化された仕組みさえ作っておけばよろしい。
もっともらしい顔をして、なにやら数字をいじくったりして、いい加減な説を唱えて周辺を煙に巻くことができるというわけだ。

それでも、これをインチキだと、一概に非難することもできなかろう。
民草は何の制限もない「自由な」世界には住み難いものである。特にわが国ではそうである。


お上がお休みを続けて設定してくれれば、混んでいるのは重々承知で、一斉に休んで行楽地に疲れに出かけなければ気がすまない。
事情でどこへも行けないと、外聞が悪いと雨戸を立てて出かけたフリをする。

だから、何だかもっともらしい根拠をかさに、「家を綺麗にしろ」とか、「今日は西の方角に行ってはいけない」などといわれれば、その通りに従うのを善とするのである。

こういうものが無いと、民草は烏合の衆となりがちなのだ。
・・・やれやれ。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005.07.10 08:22:12
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

求連帯而懼孤立!

求連帯而懼孤立!

カレンダー

バックナンバー

2026.10
2026.09
2026.08
2026.07
2026.06

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: