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2025年12月11日
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カテゴリ: 資料館


こんにちは、資料館です。
少し前の話になりますが、先週の12月4日(木)に放送されたNHK朝ドラ「ばけばけ」に陶製と思われる筒状のベージュ色の湯たんぽが映し出されました。
そして、本日11日(木)にも再び映し出され、それがかまぼこ型の陶製湯たんぽであることを確認しました。
テレビのものとは色が違いますが資料館でも陶製のかまぼこ型の湯たんぽを展示しています。
前年度前期の朝ドラ「虎に翼」で戦後まもないころの生活を描いた場面で ​ 炭火アイロン ​が映し出された時にもそうでしたが、テレビなどで資料館に展示されている品物が紹介されると、ついつい蘊蓄を語りたくなります。
ということで、今回は「湯たんぽ」についてのあれこれです。

まずは、『 ​ 広報おおつき ​』に好評連載中(?)の「大月探訪記」で「湯たんぽ」について書いた過去の記事を読んでみましょう。

湯たんぽ
電気のなかった時代、冬場の夜はとても寒く、寝室の環境は過酷なものでした。
そうした中、人々の身体を温め、安眠を助ける道具として湯たんぽが登場し、広く使われました。
日本における湯たんぽの歴史は江戸時代までさかのぼります。
湯たんぽは江戸時代前半期(元禄期ごろ)には既に存在しており、当初は、陶製でかまぼこ形や円筒形のものが使われていました。
これが大正~昭和初期になるとブリキ製の波形のものが登場し広く普及していきました。
陶製、ブリキ製だった昔の湯たんぽは、熱湯を入れると湯たんぽ自体の温度が上がりすぎて火傷をしてしまうため、布に包んで使用しました。
そして翌朝、ぬるま湯になった湯たんぽの湯を洗顔に利用しました。
郷土資料館には昔の人々の安眠をサポートした陶製、ブリキ製の湯たんぽが展示されております。
来館された際にはぜひご覧いただき、現代の湯たんぽと比較してみてください。
『​ 広報おおつき ​』(2021年12月号 №757 25p)


記事中、「日本における湯たんぽの歴史は江戸時代までさかのぼります」とありますが、グーグル先生に湯たんぽの起源を再度問い合わせたところ次の論文を読むように勧められました。
論者は、共立女子大学名誉教授で湯たんぽ研究の第一人者である伊藤紀之氏で、論題は「 湯たんぽの形態成立とその変化に関する考察 」です。
共立女子大学家政学部紀要に2007年から2011年まで5回分けて掲載されたもので、WebではそのうちのIVとVを読むことができます。
湯たんぽに関するWeb上で見られる記事のほとんどがこの論文を参考にしているのでないかと思われますので、基本的文献として一読しておく価値はあると思います。
かくゆう私も、この稿のほとんどを伊藤氏の論を要約する形で書いています。
伊藤氏の​ 論文Ⅴ ​によると、文献資料としての初出は室町時代の文明年間まで遡ることができるものの、その資料には図もなく特徴も記されてないため、形状・材質についてはわからないということです。
​ 論文IV ​ では、現存する最古の湯たんぽとして岐阜県多治見市で出土した「黄瀬戸織部流し湯たんぽ」を写真付きで紹介していますが、最古としながらもその年代については、「桃山期から江戸初期」と幅をもたせてあります。
その論文の2ページの左上に掲載されている復元した写真を見ると、底面が四角形で上方が丸く盛り上がったパウンドケーキのような形をしています。
型に合わせてひも状の粘土を渦巻き状に積み上げていく「手びねり」で成形された陶器とあり、その作り方もイラストで示されています。
なお、釉薬の素材として高価な銅が使われており、一般庶民にはとても手が出るような代物ではなかったようです。

形状・材質がわかるものとして紹介しているのが正徳2年(1712)に発刊された『​ 和漢三才圖會 ​』と、寛政元年(1789)開版の江戸時代の図解総合百科『​ 頭書訓蒙図彙大成 ​』です。

これは、『和漢三才圖會』に掲載されているもので、工具箱のような形をしています。
上部に取手らしきものがありますが、注釈に書かれている「小口」は見あたりません。


こちらは、『頭書訓蒙図彙大成』に描かれているつぼ型と箱型の湯たんぽの図です。


※翻刻 ------------------
湯婆(とうば)はたんほなり桐(きり)銅(あかゞね)
陶(つち)などにて作(つく)り湯(ゆ)を入て足(あし)
をあたゝむるもの也脚婆(きやくは)湯媼(たうあう)
ともいふ今は酒器(しゆき)に 用(もち)ゆ 

次ページの注釈には、桐(きり)や銅(あかがね)、陶(つち)で作られていると書かれています。

どうやら江戸時代の半ば頃には、箱型・弁当型が一般的なようで、材質も陶に加えて加工しやすい木や金属も使われていたようです。

資料館に展示してあるかまぼこ型の陶器製の湯たんぽが出現するのは、明治維新後に西欧の筒状の陶器製湯たんぽが入ってきてからです。
明治中期に登場するとたちまちのうちに普及し、量産化を図る必要から粘土板で組み立てるなどの熟練を必要としない効率的な製作法が生み出され、明治後半にはヨーロッパから導入された石膏型の技術を用いるようになりました。
また、この明治中期の普及時に湯婆(たんぽ)にさらに湯を重ねて湯湯婆(ゆたんぽ)という言葉が造られたとしています。
これについては、日本では「湯」を“タン”と読むことがわかりづらく、「たんぽ」に「湯」を重ねて「湯たんぽ」と呼んだとも言われていますが、真偽のほどは定かではありません。
資料館のかまぼこ型は長方形の底部の上に半円筒形の上部を載せて接合したような跡が見られるので、石膏型で作った二つのパーツを組み合わせて成形したものではないかと考えられます。
金属製品についているような銘板や刻印がないので、製造年代は特定できませんが、その形状と造りから明治の後期以降のものであると思います。
ちなみに、朝ドラの描く舞台は明治23年から24年にかけての冬の松江でした。
明治中期にあたり、ドラマに登場した湯たんぽはかまぼこ型でしたので、おそらく手びねりで作られたのではないかと思います。

なお、金属製の湯たんぽが普及するのは大正末期以降で、かまぼこ型に加えて甲羅型のものが出現します。
波型にしているのは強度を出すとともに表面積をかせぐためで、陶製の同型のものが出現するのは、戦時中の国家総動員法にもとづく金属供出が始まり、代用品として作られるようになったからだと思います。
戦後、金属製のものが再び作られ始め、昭和30年ごろにはゴム製のものが普及し、現在はプラスチック製のものが主流となっています。

※おまけ
様々な素材により様々な形をした湯たんぽが存在しますが、わざわざお金をかけなくても、身近なものでも充分代用できます。
その代表的なものは、ペットボトル。
興味のある方は<ペットボトル湯たんぽ>で検索してみてください。
保温時間を長くする方法や注意事項が詳しく書かれています。
まずは、 ​​ 警視庁警備部災害対策課 ​​のX(エックス)を見てから調べてみましょう。
これから本格的な冬が始まります。
少しでも暖かくして過ごしてください。





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最終更新日  2025年12月12日 13時19分12秒
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