全2件 (2件中 1-2件目)
1

前回、「どんなことでもそうですが、世の中には知られていない裏面があるものです。 他に、利権問題などもありますし、表面だけ見ていると、大きな間違いをすることにもなります。」と書きましたが、こんなこともあります。 「災害廃棄物処理場で県説明」 河北新報 6/22 「気仙沼の計画に住民反発」 読売新聞 6/23 注) 時間経過により記事が削除されています 震災で出たガレキを焼却・破砕するための「2次仮置き場」を小泉地区に作る計画です。 場所はこのブログでも何度か掲載した、この少し手前付近です。 また、記事中でもあるように、小泉地区以外はいずれも公有地です。 県内の5ヶ所の計画地のうち、小泉地区だけが民有地なんですね。これも何度も書きましたが、「小泉浜地区は行政支援が一番遅れていたのですが、一番早くガレキ処理も終了しました。」かなり遅れて一部地域にガレキ処理の行政支援がありましたが、初期は社協などを含めてガレキ処理などの行政支援はほとんどありませんでした。独自NPOでやっときれいに片付けた、その土地に「ガレキ2次仮置き場」ができるんです。前回 書きましたが、「ここは、いつでも一番最後になる地域だからね」という住民の声。 今度は、「いつもイヤなことを押し付けられる」となるんでしょうか?そりゃあガレキの量は半端なものではありません。 どこかに作らなきゃならないのは当然です。しかし、行政支援もろくにせず、やっときれいに片付けたところに作るのはどうなんでしょうか? それも住民説明も無しに、水利組合だけに説明して決めた。地元の方のブログ ↓ にもっと詳しく載ってます。 「東北・太平洋沖地震 写真 本吉町 被災地 現地レポ35」ついでに 「なぁ~んでぇ~なぁ~のぉぉぉぉーーっ!!!」重機もなく、人海戦術できれいに片付けました。 雨の日でも休むことなく作業し、他ではやらない危険作業もやりました。 そこに「ガレキ2次仮置き場」ができるんです。「はまセン」では隣の南三陸町・歌津・名足地区長の依頼により、2週間延長して手つかずのところのガレキ処理をしました。そして、南三陸町で風呂を運営していた自衛隊の撤収により、南三陸町長から風呂設置依頼もあり、風呂運営ボラがいまだに残っています。 「陸自撤収を受けNPOがカバー」 河北新報 6/27困ったときには支援要請する。 でも、行政支援はしない。(ボラの派遣、重機の投入、無料通行証の発行などなど)ま、気仙沼市と南三陸町は行政区域が違いますから、気仙沼市の行政不支援を南三陸町は「関知しない」と言えばそれまでですが・・・ (南三陸町との??な逸話もありますが、それはまた後日)しかし、小泉地区の2次ガレキ置き場設置の説明会には、県担当者、気仙沼市長とともに南三陸町長も「お願い」に出席しています。行政支援もろくにせず、やっときれいに片付けたところに「ガレキ2次仮置き場」を作る。 これを「理不尽」と言わずに何と言うんでしょうか?私たちはその地の住民ではありませんから、余計な口出しはできません。 しかし、あまりにもあまり、という他はないですね。まあ、他にもいろいろありました。 縦割り行政、縄張り意識、メンツ主義などなど・・・ おりを見て少しずつ暴露していきます。 7/2 21:30小泉浜に花火を!! 詳しくはここ ↓ 「東北地方・太平洋沖地震 本吉町 被災地 現地レポ<余談その52>」●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 06/30の新着は「気仙沼・小泉浜 / 住民交流会」 前回は「2度目の東北から帰ってきました」 前々回は「被災地支援」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年06月30日

5/28より2度目の気仙沼・小泉浜滞在。 2週間の予定を1週間延長して、6/21に帰ってきました。 今年は被災地で誕生日を迎えました。 記念になるかな?当初、気仙沼市の南端 旧本吉町のはずれにある小さな集落には行政支援も殆ど届いていない状態。 食料も無く、1日1食が数週間続き、食器も数が無く、とうふのポリ容器を使いまわした という。また、社協などの行政関係者の姿もなく、当然 ガレキ除去する行政やボランティアの姿は全く見えませんでした。地域の方からは「ここは、いつでも一番最後になる地域だからね」という諦めの言葉が聞かれたそうです。そこで、4/20に「NPO法人 サポートコミュニティ飛騨」が独自でボランティアセンターを立ち上げ、ボランティアの募集を始めました。5月のGW中は多くの方が全国より駆けつけてくれ、5/3には総計600名以上もの方たちが来てくれました。 これまでに延べ約8000人以上ものボランティアさんたちが来てくれました。遠くは北海道から飛行機で、また 九州からフェリーと陸路で2日以上もかけて来られた方もいます。 公共交通機関の方は、3~6時間、中には仙台前泊と何時間もの乗り継ぎ待ち時間を費やして来られました。そして、東京消防庁勤務のグループや新潟レスキュー隊のグループが個人的に来られ、専門家ならではの高所作業などをやって頂きました。また、九州・熊本の土建屋さんグループ、静岡・焼津の土建屋さんグループはダンプやユニック車にユンボなどの重機を積んで来てくれました。 皆様のご支援ありがとうございました。 このように、全国から集まってくださったボランティアの活動を見て、地域の方からは、「ボランティアさんに勇気をもらったよ。もう一度漁船を買って頑張るよ」という声や、地域の役員会でも、「仮設住宅への入居で地域がバラバラになりかけているけど、ボランティアさんにどこよりも早くこんなにきれいにしてもらったんだから、今度は自分達が気持ちを一つにして地域を良くしていかねばなんねぇっぺ」という声が次々出されるようになりました。 被災地は、まだこれから復興の長い道程がありますが、一筋の希望を持ってもらえるようになりました。 以前 UPした当初の避難所への進入路です ボランティアさんたちが片付け中 片付け完了!です。 こんなにきれいになりました 小泉浜地区は行政支援が一番遅れていたのですが、一番早くガレキ処理も終了しました。 このことを聞きつけた隣の南三陸町・歌津・名足地区の区長より悲痛な依頼がありました。見に行ってみると、ほとんど手つかずのまま。 このように、行政支援の遅れている地域はまだあります。 人口の大きい町優先で、小さい地区はどうしても後回しになります。画像集をアメブロに載せています。また、メイン道路に面しているところは早く片付けますが、入り組んだところは後回し。 見てくれ優先、縦割り組織、縄張り意識の大きい「お役所仕事」の典型ですね。行政区域も違いますが、ここ「はまセン」は社協VCのように、行政区域なんて関係ありません。 地域住民の依頼があれば断れません。よって、小泉浜地区にお願いして(そこをベースにするため)一部チームが残っています。 名足地区のガレキ処理終了次第、撤収予定です。南三陸町・歌津の山奥もですし、気仙沼方面にも何度も行きましたが、やはりこういうところが一部あります。 行政側では外部の人間には、そういうところへは案内しません。現地で自分であちこち行った人が初めてわかるものです。 同様に、自分であちこち行った他の方もそういうところを目にした方がいます。どんなことでもそうですが、世の中には知られていない裏面があるものです。 他に、利権問題などもありますし、表面だけ見ていると、大きな間違いをすることにもなります。もっとやりたいところも多くありますが、入梅したこともあり、屋外作業はしばらく無理。 それに、小さなNPOでは資金面などの問題もあります。「はまセン」のボラ活動は、とりあえず一旦終了します。 皆様のご支援ありがとうございました.。●救援支援サイト 義援金等受付サイト情報●道路情報 東北通行実績情報マップ 国道など走行距離および所要時間別ブログはこちら●別ブログ 06/24の新着は「2度目の東北から帰ってきました」 前回は「被災地支援」 前々回は「気仙沼・小泉浜 Part2」別ブログ、コメント欄は開けてますが・・・即時表示されません。尚、こちらではレスしておりませんが、あちらではレスしております。
2011年06月24日
全2件 (2件中 1-2件目)
1