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先日、一年ぶりに介護仲間のSちゃんとランチしました。以前書きましたが彼女は一人でご両親+お兄さんの面倒を見ています。つい最近、彼女を取り巻く状況が少しずつ上向いてきたそうで私まで嬉しくなりました。まだまだ厳しい状態だけどそれでも本当に良かった。義父が亡くなって3回忌済んでもいまだにあれこれ思い出して時々泣けてしまう。義父は病院で認知症という診断を受けたわけではないので本当に認知出来なくなっていたのか?私が認知症と思っていただけで実は最後までしっかりしていたのではないか?もっともっと病院へ行って一緒に過ごせばよかった。もっともっと出来る事があったのではないか?…と悔いが残る、という話しをしたら彼女が義父についていくつか質問してきました。それらの答えを聞いて。「それは間違いなく認知症だよ。それに未だに悔いたり悲しくなったりするのはお父さんと接する時間がそれだけたくさんあって思い出の引き出しがたくさんあるからだよ。お姉さん達は引き出しが少ないから平気なんだよ。」あぁ、そうか。そうなんだ。そうかもしれない。一人で全てを背負っている彼女が私にこんな優しい気遣いをくれる。そんな彼女だからこそ、ご両親を見送った後には私の何倍も何倍も自問自答すると思う。その時には同じ言葉を返してあげたい。そして「あなたは充分にやったよ。」と、折に触れ繰り返し言ってあげたい。思い出の引き出し。泣いたり笑ったり、悔いまでも。全部ひっくるめてそれがもうそのまま宝物なんだね。
March 19, 2012
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今朝の新聞に。「震災が思い出に変わることはあり得ない」「時計は止まったまま」エライ人達は。心が痛くないのだろうか。あの人達が何か言ってもね。ねぇ、それウソでしょ!?…って。でもね。私だって何も出来ない。思う事は一年前と何も変わらない。少しでも小さくても。私に出来る事を。
March 11, 2012
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