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私達が赤ちゃんだった頃、私達の両親は愛情を持ってミルクを飲ませ、おしめを変えてくれました。これを読んでいる方の中には、“あら、私の両親は生まれるなり、施設に私を預けたから両親から愛情をもらってないわ!”と反発したくなる人もいるかもしれません。でも、両親でなくても、それが施設の保母さんであれ、祖父母であれ、叔母さん夫婦であれ、あるいは自分のお姉さんかもしれませんが、誰かが世話をしてくれたから、乳児期に命を落とすことなく、生き延びてこれたわけです。中には、悲しい事に乳児の時から虐待を受けながらも、命を落とすことなく、育つ子供達もいますが、ここでは一般的な家庭に育った人の事を書いて行きますからご了承くださいね。自分のお腹が空いたりおしめが濡れたりして不快感を感じた時泣けば不快感を取りのぞいてくれた人がいた乳児期を経ると今度はしつけが始まります。しつけが始まると、自分の思うように物事は進まなくなってきます。こうしないと駄目、あれをしてはダメなどと言われ始めます。この頃、子供心にどうすれば、自分が愛する人が喜んでくれるのか考え行動することを覚えます。例えば、ちゃんとオモチャを片付けるというようなことです。オモチャを片付ければ、最初のうちは褒められるけれど、そのうち子供が一人で片付けるのは、親にとって当たり前になってくるので、褒められることは少なくなって来ます。そのくせ、覚えていかなくてはいけない世の中のルールは沢山ありますから、褒められる事よりも、叱られる事の方が多いと子供心に感じます。褒められる事が少なくなった子供達は、褒められようといっそう努力します。そして、そのうち常に頑張ってやっていないと自分の存在価値は認められないという思考がその子のなかに育って行きます。ところが、頑張る続けるということはご存知のようにとても難しいですし、まして子供の事ですから自分なりに頑張っているにも関わらず、周りの大人の期待に合わせられず、無価値感を味わい、愛されているのかと不安になる事も必然的に多くなって来ます。この無価値感を味わっている時に周りの大人からフォローがあればいいのですが、子供達の多くはフォローなしに、そのまま大きくなることが多いように私個人は感じています。わかってもらえない。子供の頃、そういう風に感じた人は沢山いるのではないでしょうか?この事に関する弊害は沢山ありますが、今回は、恋をすると不安になる人達について書いていますから、その事について書きますね。実は、気がついていようがいなかろうが、恋をすると不安になる人達の中に、この子供の頃の不安感をそのまま引きずっている人達が多くいるんです。相手の期待に応じる事が出来ないと無意識に感じている人は自分の存在感が脅かされないように、無意識に存在感が脅かされないようにして、自分を守ろうとする場合があります。自分を守る方法として、最初から存在感を味わえない相手を恋の相手に選んだり、恋を成熟させるのが、無理な相手を選んだりする場合もあります。また、恋が成熟しないようにバリアを作る人もいます。たとえ、意識では恋人と恋を成熟させたいと願っていてもです!まだまだ次回に続きます。
2008.05.28
実は、我家にも一人いましたが(笑)恋をすると不安になる人がいます。好きな人と会っている時は、楽しいのだけれど、家に戻ってきた時や、一人で過ごしている時にふと不安になり、”何故メールの返事がすぐ来ないんだろう?””相手は自分のことが本当に好きなんだろうか?”とか”遊ばれているのじゃないだろうか?”などと思い始めます。まあ、こうして不安を感じるから、期待するのをやめようと自分に言い聞かせながらも、好きな相手に好かれたい気持ちから、相手に優しく接そう努力したり、自分を磨いたり、また、相手に優しくされると、楽しくなったり、嬉しくなったり、幸せを感じられたりするわけだから、一概に不安が悪いとは言えません。最近では、なんでもかんでもポジティブに考えればすべてうまく行く的な考えがどちらかと言うと横行しているように感じますが、以前も話したようにネガティブな感情も生きていく上では必要でしたね。でも、恋に対する不安症状が酷くなってくると、相手や自分に恋に落ちるチャンスを作らないようにしたり、万が一、ちょっと気になる人が出てきても、自分がその人を好きになるかもしれないと思ったとたん、その気になる相手に自分を好きになってもらわないように無意識に行動する人がいます。要するに、自分で見えない壁を作って、”どうか私を好きにならないでね”というオーラーで自分を包んでしまうわけです。(例え、自分では好かれたいと思っていてもです!)あなたに恋する人の気持ちが強い場合は、それでも、諦めずにアタックしてくるでしょう。そして、恋が始まる場合もあります。ところが恋が始まっても、恋を楽しむ事が出来ず、相手の気持ちが自分にあるのかどうか考え不安になったり、自分が不安になっているのを相手に悟られるのがいやで、冷静に振舞ったり、不安を相手にぶつけまくる人がいます。どちらの場合も、おそらく自己嫌悪に陥るはずです。ああ、私の(僕の)ことだ!と思った人で、私に話しても良いと思われる人はどうかメッセージで、あなたの体験を教えてください。恋をつかまえたいのに、自分から恋を逃がすような事をしてしまう。恋を実らせたいのに、壊すような事ばかりしてしまう。相手の事を大好きなのに、信じられない。そんな人は、次回も続けて読んでくださいね。個人によって、色々な問題が絡んでいるから、一概に”こうです!”とは言えないけれど、一般的に何が問題なのか、参考になる事を例と共に書いてみたいと思います。
2008.05.22
愛されていないと感じた時、ふと不安になって、相手に愛されているかどうか確かめたくなる。そんな気持ちになった事のある人は沢山いるのではないでしょうか?その時、あなたはどうしたでしょう?確かめたいけれど、怖いから黙っていた人もいれば、”私(僕)の事愛してる?”と聞いた人もいると思うし、あるいは、”もう私(僕)のこと好きじゃないんでしょ”と言った人もいるかもしれませんね。あるいは、相手が自分に対してどれだけの事をやってくれているか、(あるいは、やってくれていないか)を話題にし、相手の反応を見た人もいるかもしれません。今、引き寄せの法則がとっても流行しているので、どうやったら、相手の気持ちを引き寄せられるか考えながら、色々と試した人もいるかもしれません。そして、全然効果ないと思った人もいるかもしれませんね。(笑)どんな方法を使っても個人の自由ですが、それで、あなたの不安は完全に解消できましたか?あなたの愛する相手が、あなたの言葉や行動に左右されず、思いやることの出来る人なら、不安を解消するような言葉を最初のうちはかけてもらえたかもしれません。ところが、そんな素晴らしい相手であっても、何度も何度も不安をぶつけられていると、だんだん不安というエネルギーの影響を受けるようになるので、そのうち、二人の間に重苦しい空気が流れるようになるでしょう。そうならないためにも、不安を解消したくなったら、自分が言おうとしている言葉が相手を不愉快にする可能性がないか口に出す前に、一呼吸おいて考えてみてください。感情的になって、そんな事できないという人は、今まで自分が不安を感じた時に発した自分の言葉とそれに対する相手の言葉を思い出してください。冷静に思い出す事ができれば、ある法則に気がつくはずです。思い出す事が出来なければ、次回不安になったら、自分の言葉とそれに対する相手の言葉を観察してみてください。私がこの法則について書かないのは、一度、自分でじっくりと考えてもらいたいからです。やだ~、知りたい!と思う人もいるかもしれませんが自分で気がつけば、人から言われるより納得できるものです。
2008.05.15
今日は、私の日記を読んでいただけたらと思い、ここにコピーしました。勝手な憶測ですが、自分の経験がファンタジーの中で生きている人とファンタジーの中で生きる人に接している人に参考になるかもしれないと思ったからです。ファンタジーには色々な種類の物があり、その中には、人を巻き込み危害を与える種類の物もありますが、私の日記では、日常普通に起こりえるファンタジーについて書いてありますのでご了解くださいね。それから、こちらの日記を読まれる前にこの日記も読んでいただければ、もう少し事情がわかるかもしれません。*******寒い毎日が続いています。そんな中、お庭に植えた花が次々と咲いています。庭に植えた野菜も次々出来てきて、私に喜びを与えてくれます。ラッキーが亡くなって、ちょうど10日目。おかげさまでペットロス症候群にもかからず、元気に過ごしています。愛犬が死んでしまうと、その現実を受け入れられず半年から1年近く立ち直れない事もあると聞いていたので、少し自分の事を心配していたのですが、どうも私は現実をきちんと受け止める事が出来たようです。ラッキーからもらったレッスンをしっかりと学べたと言う感じがして、ラッキーに感謝しています。もちろん、ラッキーの事を思い出さないわけではないのだけれど、だんだんと楽しかった日々を思い出すようになりました。ご心配をかけた皆様、メールをくださった皆様本当にありがとうございました。母には未だ連絡していません。でも、もうすぐ母の日が来るし、いつまでも避けて通れないので、電話をしようかと考えています。でも、私からラッキーの話はしないつもりです。人はとても苦しかったり、悲しかったりすると時に現実を受け入れないで、ファンタジーの中で生きる傾向があるように思います。でも、ファンタジーの中で行き続けるのは不可能です。だからと言って、ファンタジーの中で生き続けたい人に時期を誤って真実を見せつけるのは酷な話です。遠くに離れ一人で住んでいる母は、毎日寂しい思いをしているでしょうから、真実を受け止める余裕が出来ていないうちにラッキーの死を知らせれば、傷つき心を痛め続ける可能性があります。実は、ラッキーが死んでから、私の心の悲しみを母に話したいと感じたことがありました。でも、私はその衝動が起こるたびに、自分が悲しいからと言って、誰かを巻き込むのは相手の事を思いやる気持ちがないからだと自分に言い聞かせて来ました。母の日、母に電話をして、もしも、母からラッキーの話が出れば、そろそろ心の準備が出来たということですから、私はあの日の事を話すでしょう。そしてその時は、母と一緒になって再び涙をこぼすことになるでしょう。もしも話が出なければ、意識して出さないのだと言う事が私には理解できるので、どんなに私が話したいと思っても、自分の心の衝動を押さえるつもりです。そして、私にはそれが必ずできると自分を信じています。
2008.05.08
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