歌って踊るお母さん
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とってもとても久しぶりに日記を書きます。ブログなるものに初めて参加したのがこの楽天ブログ。中学生のころから大学を卒業するまでは日記をつけてて、学校の友達と交換日記をしたりしてたあのころを思い出して・・・でも、ネットのブログって自分の書いた文を誰か知らない人が読んで、それにコメントを返してくれたり足跡や他の人のブログの書き込みからたどり着いた人とブログを通して友達になったりできる。色々な所の色々な人・・・海外在住の人とでさえ簡単に話ができるなんてなんだかSFの世界みたい。私が彼女に出会ったのは悩める東大生のブログの書き込みをたどっていった先だった。だんな様の海外赴任に伴って海外にいる彼女には大切な自慢の息子さんがいて、海外での日々の暮らしや、息子さんの成長、彼女の悩み苦しみ・・・まるで隣にいるかのようにありのままの姿を語ってくれた。かわいい猫ちゃんや暮らしている街の四季を撮った写真。行った事もなくて、きっとこれからも行くこともないだろう街がすごく近くに感じられる。彼女の文章も、写真も、明るくて美しい。過酷な環境を微塵も感じさせない。会ったこともないのに、会えばきっと抱きしめてしまうだろうと思うくらい大好きな彼女。たかが文章、たかがブログ。でも・・・不特定多数の人が自由に閲覧できてどこの誰ともわからずに、匿名で書き込みができる。同じ文章でも、人を傷つけることも慰めることもできる。書く人の真意が正しく伝わるかどうかはそれを読んだ人の感じ方しだい。直接の会話だと、売り言葉に買い言葉でけんかになっちゃうかもしれないけど、その場で謝ったり誤解を解くこともできる、かもしれない。ブログだと少しタイムラグができてしまう・・・表情が読めないぶん、相手がどう感じているかがわかりにくい。取り繕った文章がまた誤解を呼ぶかもしれない。文章にすることによって自分の気持ちを整理したり、冷静に考える事ができると思っていた。自分を知ることができると思っていた。ブログなら、それを他人に読んでもらって第三者の目で見てもらえる。自分の文章がどんな風に見えるかを書き込みをしてもらうことで知ることもできる。ネットはまさに諸刃の剣だと思う。文章を書くことを仕事にしている人は評論やら批評やら、常にそういうことにさらされているんだろう。「そんなつもりじゃないのに」「誤解を招くようなことを書いてしまったのだろうか」しまった、と思っても世に出た文章はもう取り戻せない。消し去ることはできない。ネットで文章を書くということは、小説家でもなんでもない、ただの一般民間人の私でも、「自分の書く文章に責任を持たないといけない」ということなんだろう。そんな世界には足を踏み入れたくないという人もいるのに勝手にブログにその人のことを書いてしまって他人からそのことを知らされてびっくり・・・そんな大失態をやらかしてしまった私。自分のことならともかく、他人のことをブログに書くのはその人の了解をとってからにするくらいの慎重さが必要なのかもしれない。その人に許してもらえるかどうかわからないけど、こうしてブログを再開したのはネットで知り合った彼女に、私の気持ちを知ってもらいたいから。直接会うことができないのでせめてネットを通して彼女に言いたいことがある。私はここにいるよ。失敗もするし落ち込みもするただの人間で、それでもきれいなものを見ると感動する心を悲しむ人を見て涙を流す心を忘れないでいたいと思う。きっとあなたと同じ人間なんだよ。ただの文章なのに、ただのブログなのにその人の性格や感情が伝わってくる。私には思いもつかない考えや経験しようもない体験を知ってその思いを共有することもできる。諸刃の剣だからこそ使い方しだいで世界を切り開くこともできるのだと私は信じていたい。
2009年01月21日
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