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ヴェッキオ宮殿 フィレンッエの市役所です。1314年に完成したゴシック様式の建物で メディチ家の宮殿だった時期もあったそうです。ヴェッキオ宮殿の前はシニョーリア広場 宮殿と同時期に整備され ダビデの像やメドゥーサの首など沢山の彫刻が置かれている。かつてはこの広場でメディチ家の式典や処刑が行われていた。宮殿のとなり(右の奥)の建物はウフィツ美術館です。元は総合庁舎として造られた建物でしたが 1581年 執務室の一部を メディチ家が収集した3万点の絵画や彫刻などを展示する美術館としました。(ウフィツ とは オフィス の意味だそうです)レオナルド・ダ・ヴィンチの ”受胎告知”ボッテチェリの ”春のおとづれ" ”ヴィーナス誕生”ラファエロ ピッツアーノ カラバッジョ フィリッポリッポ。。などなど。。有名画家 有名絵画を選抜して現地日本人ガイドさんが解説案内してくれました。90分位は取ってあったと思うけどあまりに短い観賞時間です。1日掛けて見ても時間が足りないと思うほど素晴らしい美術館でした。残念ながらもちろんカメラ撮影はダメ。。もうひとつ心残りなのは売店で図録が買えなかった。。トイレの列に並んで時間がなかったww~~。 ↓ 美術館の中で唯一写真を撮ってもいい場所から撮ったウフィッ美術館の回廊とフィレン ツェの町並みです。昼食は中華料理です ウフィツ美術館から中華料理店のお店まで歩きました。街角に駐車中の イタリア車 可愛い~!!美味しそうなスイーツ~☆昼食の後は列車 ユーロスター”に乗ってナポリへ向かいます。サンタマリア ノヴェラエッラ駅のキオスクとマクドナルド ショップです。世界制覇?のマック”はトイレも貸してくれる、両替(コインだけ)もしてくれる安心して買い物が出来るお店です。もちろんコーヒーも日本と同じ味だったわ~☆この旅 唯一 列車での移動です。フィレンツェからローマを経由してナポリまで約4時間 親しくなったツアーのお仲間さんとおしゃべりしたりおやつを食べたり 楽しい列車の旅でした。
2011.03.30
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3月も最終週になってしまいました。気温も落ち着かず寒かったり雨が降ったり。。暖かい陽射しの春が待ち遠しいのですが テレビ画面や新聞報道で知る 被災地での様子に心が痛みます。そしていつもと変わりない生活を続けている事を心苦しく感じてしまいます。少し日にちが経ってしまいましたがイタリア旅行の画像整理を続けます。フィレンツェの宿泊ホテルはアメリカ系 ヒルトンガーデンホテル。ミラノ ベネツィアとは違い現代風な建物 室内でした。4日目 土曜日です。 フィレンツェの街中で蚤の市の準備をしていました。車窓からの画像で鮮明ではないのですが 衣類 家具や雑貨など。。。こういう のみの市での ”フリータイムが欲しい~!!””と横目で見ながらフィレンツェの街が見渡せるミケランジェロ広場へ向かいました。ローマから北へ230km トスカーナ州の州都 フィレンツェの街です。中世 ミラノとローマを結ぶ商業の中心都市となり繁栄してゆきます。薬問屋から金融業となり財を築いた 豪商メディチ家が芸術家のスポンサーとなってイタリアルネッサンス文化が広がっていきました。ワインの生産 革製品の加工も盛んで 有名ブランド グッチ や フェラガモ はフィレンツェで生まれました。ミケランジェロ広場はフィレンツェの街の南東 小高い丘にあります。広場の中心にはミケランジェロの”ダビデ像”(複製)があります。(本物の”ダビデ像”はアカデミア美術館にあります)大きな円蓋(クーポラ)のある大聖堂 ベッキオ宮殿 ウフィツ美術館など見えます。彫刻や絵画 で有名なミケランジェロはフィレンツェ出身です。フィレンツェの大聖堂 (サンタマリア・デル・フィオーレ 花の聖母の大聖堂と言います)1296年から140年をかけて完成させたそうです。サン・ジョバンニ礼拝堂白と緑の大理石で作られたモザイク模様がきれいな建物です。「天国の門」とミケランジェロが命名した扉には旧約聖書の物語が彫刻されています。大聖堂のある道から1本2本裏筋を行くと小さな店や工場 小さな教会などが続きます。そんな裏町のいっ角に革製品を製作する工房や店が点在します。フィレンツェは皮細工 加工などの工業が盛んな街です。もちろん免税店にも案内されましたヨ~。
2011.03.27
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日々映し出される被災地の惨状 不自由な生活を余儀なくなさっておられる方々の映像に心が痛みます。未だ続く余震 近隣での新たな地震 福島原発。。まだまだ心配なことは続いていますがどうぞこれ以上 被害が広がりません様。。 そして一日も早く被災者の方々が健康で安心して過ごせる日が来ますように。。と祈るばかりです。今日 やっと心配していた知人の安全が確認できました。以前のお隣同士 転勤で越して行かれた家族 数名のネットでのお友達。。皆さんのご無事の様子がわかり本当によかったです。もうひとつ。。こんな時に。。とも思ったのですが。。マゴッチS君 高校入試だったのですが 志望校に合格したそうです。 同じ時期に中学を卒業し高校受験に臨んでいた被災地の子供さんたち そして命までも奪われてしまった15歳の子供たちのことをウチのS君に重ねてしまいます。これから先 嬉しい事 楽しいことばかりではなく 苦しいこと困難なことが起きた時にもくじけず生きて行って欲しい 命があればこそ。。です。テレビを消して普段の生活をしてみても何かむなしく落ち着きません。今私たちに出来ること いつも通りの生活を続けること それから精一杯の義援金。。
2011.03.16
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宮城県沖の大地震” 余の被害の大きさに驚いています。テレビ画面に映し出されてくる刻々の被害 押し寄せてくる津波の想像外の威力と惨状にくぎづけです。M 8.8 という最大級の規模だそうです。 東北から関東にかけて広範囲に被害が広がっています。仙台のまりちゃん 青森のヒロエルさん ご無事でしょうか。。余震もまだまだ続いています どうぞこれ以上被害が重なりませんように。被害に会われた皆様にお見舞い申し上げます。そしてお亡くなりになられた方々のご冥福を心からお祈りいたします。
2011.03.11
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クモの巣のように。。 と言うのか縦横に水路が流れ 建物の脇に人が行き交えるだけの道路がついている ベニスの町。水路を走るのは観光用のゴンドラだけではなく 荷役船 警察のパトロール船 消防艇それから工事をするためのリフトやミキサーを備えた台船のようなものだったり いろいろな役目の船が行き交います。早朝 朝日を浴びて 出番待つゴンドラ。1艘には5・6人乗れます。雨の予想もはずれ 暖かい陽射しの中 ゴンドラに乗って水路の町を楽しみました。水上都市ヴェネツィア”ゴンドラに乗るとやはり 旅情満喫~です。船頭さん 細い水路も櫓だけではなく手や足先を使って壁にぶつからないよう進んでいきます。ゴンドラ乗り場”は何箇所もあります。 コースも決まっている訳ではなく その日の天候や工事場所を避けたり 船頭さんの気分まかせ。。♪♪ 舟は櫓まかせ 櫓は唄まかせ~~♪ なんて歌があったような。。おしゃれなレストランやブティクがあったり 生活感いっぱいの裏通りのようだったり。。30分ほどでゴンドラ観光は終了。この船頭さん どうやらご機嫌がよくないのかも??すれ違うゴンドラに若い女の子が乗ってると声を掛けたり 船頭さん同士で話したり。。””お前んとこは好いよな~若い娘ばかりじゃないか~ オレついてないよ~!!””(もちろんイタリア語の会話なので想像ですが。。^^* )そうでしょうともこちらのゴンドラ 若いのは気持ちばかりの熟年おじさん おばさん6人ですから。。この後 イカ墨パスタのランチを食べて 水上バスに乗ってバスの待ってるヴェネツィア本土に戻ります。バスに乗り換え 250キロ先 3日目の宿泊地 フィレンツェの街へ向かいます。
2011.03.11
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ミラノからヴェネチア(ベニス)約300キロ トイレ休憩をとりながら5時頃にはヴェネチアに到着です。そこからジェット船(水上バス)に乗り換え30分 島の中心部にあるホテルに渡ります。イタリア語で Venezia ヴェネツィア ヴェニスは英語圏 日本的にはベニス(ややこしい ><)ベニスはアドリア海に注ぐ川の河口デルタと117の島から成る水上都市です。島と島を繋ぐ150の運河と大小400以上の橋があります。街の交通手段は船のみ 島を走れる車は子供の三輪車と荷物を運ぶ手押し車だけです。近年 ベニスの街は地盤沈下と地球温暖化などで水位が上昇し 街の一部が水没するという大きな課題を抱えています。数箇所で島の岩盤を強化する工事もしているようでした。ベニスに泊まった日は満月でした。夜半に掛けて大潮に。。。サンマルコ大聖堂 サンマルコ広場は水浸しだったそうで。。いつもの入り口は排水が遅れて入場出来ないのです。 水位が高い時は ↑ の台が人が歩く回廊となるそうです。サンマルコ大聖堂828年 聖人マルコの遺骸を安置するために礼拝堂を建てたのが起源。その後ヴェネツィア共和国の威信を示すため1063年から400年かけて今の大聖堂に建て替えたものです。ここでも大理石の柱やモザイク模様の壁面が圧倒 当時の統治者の権力を思い知らされるようです。大聖堂のとなりは ドゥカーレ宮殿814年ベネチア共和国総督の城として建設されました。その後 数世紀を掛けて改築され15世紀に完成。中は見学しなかったのですが 豪華な壁画 天井画で埋め尽くされているとか。ベネチアのカーニバル(謝肉祭)が開かれるのはこのサンマルコ広場です。今年は1週間後(2月の末)から開催されるようです。(もう終わった頃か。。)いろいろな仮面(マスク マスケラ)と仮装をまとった人々でこの広場がいっぱいになるんだそうです。11世紀ころ 貴族への反発を和らげるため領民も貴族も仮面と仮装で身分を隠し 思う存分無礼講を楽しむ機会を与えたことがベネチアのカ-ニバルの始まりとされています。マスクはイタリア中どこのお土産やさんでも販売されていろほどメジャーなお土産品です。この後は ゴンドラに乗って水路をめぐります~♪♪
2011.03.10
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イタリアと日本の時差はー8時間 関空を14時頃飛び立つと20時過ぎローマの空港に着きます。すぐにミラノ行きの飛行機に乗り換え1時間ほどでミラノの空港です。そのままホテルに入り一泊。一晩中降っていた雨は朝 ホテルを出発する頃にはあがりました~なんとラッキー!!ホテルからツアーバスで ”サンタマリア・デレ・グラッツェ教会”へ1490年に造られた教会です。この教会の食堂の壁に レオナルド・ダ・ヴィンチ の描いた”最後の晩餐"のフレスコ画があります。第二次世界大戦の時にこの教会も爆撃を受け建物の大半は崩壊したそうですが爆撃を想定して 壁画の前に土嚢を積み上げ壁画の崩壊は免れたということです。誰もが知っている名画 もちろん撮影禁止" しっかり目に焼き付けてきましたよ。このあとはミラノの街の中心街へ地下鉄に乗って移動です。ミラノは数年前より排ガス規制が厳しくなり市内中心街にバスの乗り入れが出来なくなったそうです。ツアーメンバー22名 添乗員さんとミラノの日本人ガイドさん 計24名地下鉄で3駅先にある ミラノ大聖堂(ドゥオモ)へ行きます。途中の町並みショーウインドーはさすがおしゃれです。ミラノ大聖堂(ドゥオモ) 1389年から500年を掛けて完成した。天を突き刺すように伸びた小塔は135本 天井や窓を飾るステンドグラスなどゴシック建築の傑作と称されています。オペラの殿堂 スカラ座”です。1778年 スカラ教会のあった場所に建立。外装は地味ですが2800席もある内部 舞台は豪華絢爛 オペラ歌手の憧れの劇場。(横の扉から一部を見学できるそうです。2階は有料の資料展示室に)残念ながら時間がないので 表だけ。。 スカラ座の前広場の反対側 ガッレーリア・ヴィトーリア・エマヌエレ2世通り丸屋根のあるアーケード商店街 有名ブランドのお店が連なっています。ミラノの街は13世紀頃から交通の要所 経済の要所として発展。パリと並びファッションをリードしている街です。アルマーニ ヴェルサーチ プラダ。。有名ブランドを生んだ街です。午前中の予定はここまで 昼食は レストランでリゾットとミラノ風カツレツ。薄いけど馬鹿でかい豚カツ。。美味しいけど 食べ切れませんw~~ .この後は地下鉄で2駅先 またバスに乗ってベネチアへ向かいます。
2011.03.06
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