ガリラヤ湖ほとりにて・・

ガリラヤ湖ほとりにて・・

March 11, 2019
XML


​​ ​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ (^^)生涯、精力的な宣教旅行を続けた
【使徒パウロ】!
 彼の働きは、【現在のキリスト教会】にとって、【12使徒の働き】と同じくらい重要なものです。

【ギリシャ語】が堪能だった為、特に”異邦人伝道”に召された【使徒パウロ】。
彼の精力的な働きによって、【初代教会】は、【小アジヤ】(現在のトルコ)と呼ばれた地域から、【ギリシャの都市国家】に、勢力を広げる事が出来ました。

 【使徒パウロの異邦人宣教】を抜きに、現在の【キリスト教】を語る事は出来ません。
彼の活躍で【ローマ帝国】中に、
【イエス・キリストの福音】は広がって行くのです。


 紀元313年に【コンステンティヌス大帝】の時に、【キリスト教】は【ローマ帝国】の”国教”となり、さらに【ローマ帝国】の分裂により、ヨーロッパ諸国に伝搬される事になる訳です。

​(^^)こうして【キリスト教】は、古代から
【世界宗教】としての地位を作りました。​
​​
そこまで​来るまでにも、【12使徒達】そして【使徒パウロと弟子達】、そして多くの無数の信徒達が、激しい迫害にもめげずに”命がけ”で【福音】を伝えて事を忘れてはいけません。


(^^)さて
​​ 【使徒パウロの第3回宣教旅行】 ​​

は、あの ​【エフェソス教会】​ を確立する”旅”でもありました。

【トルコ エフェソス遺跡の”ケルスス図書館”】
​世界最大の【ローマ遺跡】​ と呼ばれる ”世界遺産”
​​ 【エフェソス遺跡】 ​​
当時の ​推定人口20万人​ と言われる、
”小アジヤ”では【アンテオケヤ(シリヤ)】に次ぐ、大都市で、”小アジヤ”の中核をなしていた都市です。

(^^)【トルコ】ツアーでは必ずや訪れ、その
巨大な街の遺跡に感動できます。


【イタリヤ ローマ】では、”コロッセオ”を始め”フォロロマーノ”などに【ローマ帝国】を偲ぶ遺跡があるのですが、 首都であった為、殆どが破壊され、現存する姿は少ないのです。
 その為【偉大なローマ帝国の姿】を感じる事が出来ませんが、 この【エフェソス遺跡】は、当時を偲ぶ、世界一の規模の【都市遺跡】が現存している、唯一の遺跡と言えるでしょう。
(以下自己撮影)





【エフェソス教会】 は、【アンティオケヤ教会】と共に、当時中心的な活動をした教会です。
(【アンティオケヤ(シリヤ)教会】・・【使徒パウロ】を中心に「小アジヤ、ギリシャ宣教」の中心となった教会)

【使徒パウロ】はこの【エフェソス】に長期に滞在し、【教会】の確立・指導に努めました。

​ さて・・​

​​ ​​​​​​​​​​​​​​​【使徒パウロ】の【第3回宣教旅行】を見てみましょう。

(使徒行伝18章23節)
​『そこにしばらくいてから、彼はまた出発し、
ガラテヤの地方およびフルギヤ を次々に巡って、すべての弟子たちを力ずけた。』​


上の地図にあるように、【使徒パウロ】は前回も訪れた【フルギヤ地方】【ガラテヤ地方】を巡回し、弟子たちを指導し、力ずけています。

【フルギヤ地方】とは上の○で囲まれたあたりで、【トルコ】の内陸部になります。

ここにあったのは・・
【ガラテヤ教会】
【ビシデヤのアンテオケヤ教会】
【イコニオム教会】

​【デルベの教会】
【コロサイ教会】
【フィラデルフィア教会】
【ティアテラ教会】​

【ヒエラポリス教会】
パウロの弟子エパフラスが作った、ちょど観光地『パムッカレ』の上の都市にある教会)
や、他の小さな教会・・などです。

【使徒パウロ】が【第1、2回の宣教旅行】で築いた【教会】を、さらに巡回訪問で、霊的に強め、色々な信仰指導をして、確立して行っているのです
(”書簡”【コロサイ人への手紙】【ガラテヤ人への手紙】などを送り、回りの教会にも回し読みさせて、【信仰指導】を【パウロ】はしていました。)

雄弁家 ​【アポロ】​
​​​​​​アレキサンドリヤ生まれのユダヤ人。
信仰熱心だが「バプテスマのヨハネ」のバプテスマしか知らなかった。
【エペソ】で、【プリスキラ】と【アクラ】に導かれ、信仰に入り、希望で【アカヤ】(ギリシャ)方面へ宣教に送り出される。
【ギリシャ】”コリント”などで熱心に宣教し、信徒を増やす。
(注)【アカヤ】とは、以下の地図の(Achaia)の事である。


【使徒行伝19章】​


(^^)【使徒パウロ】の【第3回宣教旅行】は、【18章終わり~19章】で、終りに【エルサレム】へ再度行く事を決意します。

(使徒行伝19章1~12節)​

​​​​
『アポロがコリントにいた間、パウロは奥地を通ってエペソに来た。

そして幾人かの弟子に出会って、「信じたとき、聖霊を受けましたか。」と尋ねると、
彼らは「いいえ、聖霊の与えられることは、聞きもしませんでした。」と答えた。

「では、どんなバプテスマを受けてのですか。。」と言うと、「ヨハネのバプテスマです。」と答えた。

そこでパウロは、「ヨハネは自分の後に来られるイエスを信じるように、人々に告げて、悔い改めのバプテスマを授けたのです。」と言った。

パウロが彼らの上に手を置いたとき、聖霊が彼らに臨まれ、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした。
その人々は、皆で十二人ほどであった。

それから、パウロは会堂にはいって、三か月の間大胆に語り、神の国について論じて、彼らを説得しようと努めた。

​しかし、ある者たちが心をかたくなにして気き入れず、会衆の前で、この道をののしったので、
パウロは彼らから身を引き、弟子たちも退かせて、毎日 ​ツラノ​ の講堂で論じた。​

これが二年の間続いたので、アジヤに住む者はみな、ユダヤ人もギリシャ人も主のことばを聞いた。
神はパウロの手によって、驚くべき奇跡を行われた。
​​​​パウロの身につけている手ぬぐいや前掛けをはずして、病人に当てると、その病気は去り、悪霊は出て行った。』

​【使徒パウロ】は【エフェソス】の人々を 3年 に渡り滞在して、教えました。​
​​​​

​【ツラノの講堂】​ とは・・​
【ツラノ】は人名で、【ツラノさんの講堂】で教えた。・・という意味です。

【使徒パウロ】が手をかざすと、人々は【聖霊】に満たされ、”異言”を語ったり、”預言”をしたりするような奇跡が起きました。

また、【病の癒し】も行われ、【使徒パウロ】の”手ぬぐい”や”前かけ”を外して病人に当てるだけど、【病が癒され】【悪霊も出て行く】ような奇跡が【エフェソス】で行われました。

【使徒パウロ】の宣教にともない、【奇跡の業】も沢山行われました。


(「エフェソス」”エーゲ海”に面した、大きな港を持つ巨大都市)

(【使徒パウロ】らも歩いたであろう、【エフェソス大通り】(列柱通り))

(弟子やパウロの宣教に抗議する人々が、なだれ込んで、彼らを大声で攻め立てたかもしれない、大劇場(2万5千人収容)

​​​​​​​​​ (^^)【使徒パウロ】の”奇跡”や大胆な宣教で、【エフェソス】の多くの人々が信仰に入りました。
(使徒行伝19章13~20節)

『ところが、諸国を巡回しているユダヤ人の魔よけ祈祷師のある者たちも、ためしに悪霊につかれている者たちに向かって主イエスの御名をとなえ、
「パウロが述べ伝えている、イエスによってお前たちに命じる。」と言ってみた。
そういう事をしたのは、ユダヤの祭司長スケワという人の七人の息子であった。
すると悪霊が答えて、「自分はイエスを知っているし、パウロも良く知っている。けれどお前たちは何者だ。」と言った。

そして、悪霊に憑りつかれてる人は、彼らに飛びかかり、ふたりの者を抑えつけ、みなを打ち負かしたので、彼らは裸にされ、傷を負ってその家から追い出された。
この事が、エペソに住むユダヤ人とギリシャ人の全部に知れ渡ったので、みな恐れを感じて、主イエスの名を崇めるようになった。


そして、信仰にはいった人たちの中から多くの者がやって来て、自分のしている事をさらけ出して告白した。

また、魔術を行っていた多くの者が、その書物をかかえて来て、みなの前で焼き捨てた。
その値段を合計してみると、銀貨五万枚になった。
こうして、主のことばは驚くほど広まり、ますます力強くなって行った。』

(^^)【エフェソス】は、【港】に面した大都市で、あの【大劇場】の前からは、【港】に向かって、とても大きな”大通り”が真っすぐに伸び、そこから【港の船】からの物資が次々に運びこまれるような【大商業都市】でした。

【使徒パウロ】も【アンテオケ】と共に、この
【エフェソス】 を重要な拠点と考え、 3年もの間留まり、大胆に宣教 しています。

ところが・・
”大胆な宣教と信徒の広がり”を、【神殿の銀細工商人】が懸念!!
ーー「このような信仰が流行っては、私たちの”アルテミス”神殿で稼いでいる商売が・・上がったりだッ。【エペソ】の偉大な【アルテミス神】の威光が地に落ちてしまう。」

この言葉に、大変な【アルテミス信仰】のメッカである【エフェソス市民】が激怒!!

​​​​​



古代【エフェソス】 の街は・・
『ギリシャ神話』の”月の女神”【アルテミス】を
祭る巨大神殿があり、【アルテミス信仰】の街でした。

​​(現代も残る 『世界の7不思議』の一つ、【エフェソスの巨大アルテミス神殿】跡の遺跡
信じられないスケールの巨大神殿が、現在は何も残ってない。)


(使徒行伝19章28~34節)
『そう聞いて、彼らは大いに怒り、
「偉大なのはエペソのアルテミスだ。」
と叫び始めた。

そして、町中が大騒ぎになり、人々はパウロの同行者であるマケドニヤ人ガイオとアリスタルコを捕え、一団となって劇場へなだれ込んだ。
パウロは、その集団の中に入って行こうとしたが、弟子たちがそうさせなかった。

アジヤ州の高官で、パウロの友人である人たちも、彼に使いを送って、劇場に入らないように頼んだ。

ところで集会は混乱状態に陥り、大多数の者は、何故集まっているのかさへ知らないで、ある者はこの事を叫び、ほかの者は別の事を叫んでいた。

​​​​​ユダヤ人たちがアレキサンデルという者を前に押し出したので、群衆の中のある人たちが彼を促すと、彼は手を振って、会衆に弁明しようとした。』

【使徒行伝20章】

​​​​​​​​​このような大混乱が起きたので、【使徒パウロ】は、【エフェソス】を去って、【マケドニヤ】(ギリシャ)へ向かい、【教会】を訪れ多くの兄弟達を力ずけました。

その『ギリシャ』では、【パウロ】は3カ月を過ごしましたが、【エルサレム】へ向かう決心をします。

 同行していたのは、【1,2回目宣教旅行】よりも、もっと多くの弟子達で・・
 どうやら多くの弟子が同行していました。
「ソパテロ」( プロの子のベレヤ人)
「アリスタルコ」「セクンド」
(”テサロニケ”の弟子)
「ガイオ」(”デルベ”人)
「テモテ」(リストラの人)
「テキコ」(アジヤ人)
「トロピモ」

○「ガイオ」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%82%AA
○「テモテ」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%A2%E3%83%86
○「アリスタルコ」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B3
○「テキコ」http://seishonyumon.com/glossary/%E3%83%86%E3%82%AD%E3%82%B3/

​​​​​
【パウロのエルサレム訪問の
決意】
​​
​​​​​

​​ ​​​​​​ ​​​​​​​​​​(^^)【パウロ】は何故危険を冒して
【エルサレム】に行ったのか?​​
【パウロ】は【エルサレム】で捕えられ、裁判にかけられる。また、とても危険な目に会う。

(理由)
​​
①【エルサレム教会】への挨拶と報告の為。
【使徒パウロ】は宣教旅行の度に、挨拶に出向いている。​
②【エルサレム教会】支援の為に【献金】を届ける為。


③​【エルサレム教会】と【アジヤ&ギリシャの諸教会】の親密を深め、連携を確立する為。

(^^)実は③の【エルサレム教会】と【アジヤ&ギリシャの教会の連携を確立する為。が一番大きな理由らしいです。

​​(^^)【エルサレム教会】も、その頃は【12使徒達は殉教】して、リーダーの代も変わり
【ヤコブ】 主キリストの御兄弟で、ユダヤ人の信頼の厚い人)になっていました。​​

【15章の”エルサレム会議”】で、「異邦人信徒の地位は確立」したとは言え、「古い因習の強いエルサレム」の信徒は、古い習慣をとても大切にしているので、「異邦人」をなかなかスンナリ受け入れ難い部分が強い。
​それを懸念した【パウロ】は、自分が亡きあとも、【エルサレム教会】と【アジヤ&ギリシャ諸教会】がしっかり連携している事が出来るように、その関係を確立する為に、再度是非にも【エルサレム教会】に出向いた訳です。

また、【ユダヤ戦争】直前の動乱期の【エルサレム】は、もしやの 【ナショナリズム一色】 へと変貌が激しかった様子。ーー【ユダヤ人優位主義、ユダヤ教厳守主義】

そのような厳しい状況下を知る【パウロ】の心情は・・【使徒行伝20章後半】に切に描かれています。


(使徒行伝20章22~35説)
​​

「​今、私は心を縛られてエルサレムに上る途中です。そこで私にどんな事がおこるか解りません。ただ、わかっているのは、聖霊がどの町でも私にはっきりとあかしされ、なわめと苦しみが私を待っていると言われることです。
けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たしおえる事ができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。
皆さん。御国を宣べ伝えてあなたがたの中を巡回した私の顔を、あなたはもう二度と見る事がない事をいま私は知っています。
ですから、私はきょうここで、あなたがたに宣言します。
私はすべての人たちが受けるさばきについて責任がありません。
私は、神の御計画の全体を余すところなくあなたがたに知らせておいたからです。
あなたがたは自分自身と群れの全体とに気を配りなさい。

聖霊は、神がご自身の血を持って買い取られた神の教会を牧させるために、あなたがたを群れの監督としてお立ってになったのです。

私が出発した後、凶暴な狼があなたがたの中に入り込んで来て、群れを荒らし回ることを、私は知っています。
あなたがた自信の中からも、いろいろな曲がった事を語って、弟子たちを自分の方に引き込もうとする者が起こるでしょう。

ですから目を覚ましていなさい。
夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思いだして下さい。
今私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。

みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人びとの中にあって、御国を受け継がせる事ができるのです。
私は、人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。
あなたがた自身が知っているとおり、この両手は、私の必要のためにも、私とともにいる人たちのためにも働いて来ました。
このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、『受けるよりも与える方が幸いである。』と言われた御言葉を思いだすべきことを、私は、万事につけて、あなたがたに示してきたのです。」
こう言い終わって、パウロはひざまずき、みなの者とともに祈った。』​​

​​​
​​(^^)​【使徒パウロ】は、最後に弟子達に、
『将来起きてくる”異端”や”混乱”』について、預言して厳かに注意しています。
 【使徒パウロ】にとって、神様の御命令で、必至で築きあげた【教会】を、凶暴な狼と時代の本流の中に委ねるのは、”身を切られるような思い”であった事でしょうが、彼もやがては去って行く中で、【教会】の為に”祈る”姿に心を打たれますね。

この後【パウロ】は船で【エルサレム】に向かいますが、【パウロ】を待っていたのは怒れる群衆と、逮捕と裁判でした。


(【使徒パウロ】の最後の【ローマへの旅】)

【エルサレム教会】のリーダーとなっていた【ヤコブ】(主の兄弟ヤコブ、”義人ヤコブ”)に、「宣教旅行の事」「諸教会の様子」を語るも、【ヤコブ】も国内の不穏な動きを察し、『【パウロ】が”ユダヤ教”に逆らう教えを扇動している』という噂を払しょくする為に、【ユダヤ教】の習わしをすぐ実行する事を勧めます。
 しかし、暴徒によって【パウロ】は捕えられてしまいます。

★【ヤコブ】(主の兄弟ヤコブ)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%82%B3%E3%83%96_(%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%85%84%E5%BC%9F)

ユダヤの歴史家ヨセフスの記録で、彼もユダヤ人の迫害され、殉教した事が記されている。
「ユダヤ人」にも信任が厚く「義人ヤコブ」と呼ばれていた。

【使徒行伝21章】​​
​​

​​​​ ​​ ​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​【使徒パウロ】​​は、議会でも大胆に”証し”をするが、【ユダヤ人】達の怒りは収まらず、彼らは受け入れなかった。
【使徒行伝22章】


【使徒行伝23章】


(使徒行伝23章11節)
『その夜、主がパウロのそばに立って、「勇気を出しなさい。あなたはエルサレムでわたしのことを証ししたように、ローマでも証ししなければならない。」と言われた。』
​​​​​
(^^)【神様】は、【パウロ】が【ローマ】でも大胆に証しする事を語ります。
【24章~25章】と、さらなる【使徒パウロ】への訴えと裁判が続きます。

【使徒行伝24章】
【パウロ】は総督に訴えられます。


【使徒行伝25章】


【使徒行伝26章】


(^^;)すみません、時間が無くなったので、
最後の方が雑でごめんなさい。


【使徒行伝21章~26章】の舞台は【エルサレム】であり、群衆ー総督ーアグリッパ王・・と

【パウロ】は次々に訴えられ、何度も”証し”をします。・・この事により、【使徒パウロ】が、残された同胞の【ユダヤ人】に大胆に【キリストの救い】を証ししているのです。

​​ ​​【使徒行伝27章】 ​​​​

【使徒パウロ】は船で捕えられたまま【ローマ】に送られます。 
途中、暴風で難破し【マルタ島】にも辿りついています。


(^^)何と【パウロ】は【マルタ島】に辿りついたのですね。しかも、島民は彼に優しく助けています。この事が、後にこの【島】が【聖ヨハネ騎士団の砦】となって発展した事と関係があるやも知れません。
【使徒パウロ】に親切に対した【島民】への【聖書】の記述から【島】への愛着と信頼が生まれたのかも知れませんね~~。

(自己撮影、マルタ入港シーン。首都【バレッタ】は【ヨハネ騎士団】により要塞化され築かれました。ここは欧州に対する砦として重要な拠点でした。)
【使徒行伝28章】​

【使徒パウロ】は【マルタ島】の難破し、3カ月ほどそこの滞在して、さらに【福音】を語り続け、その後【ローマ】に送られます。

【ローマ】で捕らわれる前には、【パウロ】は自由の身で自分の家に住む事を赦され、そこで【福音】を人々に語り続けていた。
その期間は2年間で、その間【パウロ】は自費で借りた家で【ローマ】で【キリストの救い】を語り続けました。

(^^;)【使徒行伝】はここで、終わっていて、【パウロの最後】まで描いていません。
(著者が最後まで書けない理由があったのかもさいれません。迫害などで。)


その後、【ローマ】で牢に捕らわれ
取り調べを受けます。
ちょうど 【暴君ネロ皇帝】 の時代で、
【ローマの大火事件】 が起こり

その【犯人】が【キリスト教徒】だと濡れ衣を着せられ、【パウロ】が首謀者として処刑され、殉教します。

​​​​​​​​​​​​​​
(^^)最後までご覧下さり、
本当にどうも有難う御座いました。
 長い間私ごときのブログを毎回訪問して下さった皆様に、本当に感謝申し上げます。 
 あなた様のお陰でこれまで続ける事ができました。感謝、感謝です~♪
 皆様の上に神様の御加護を心より祈り続けております。 
 多くの様が【イスラエル】にも最近興味を抱いて訪れて下さる事が嬉しいです。
1人でも多くの方が【イエス様】を信じて下さる事を祈ってやみません。
 また、機会がある折に【旅行記】などUPするかも知れません。よろしければご覧下さいませ。
 楽しい春休みとなりますように・・♪








お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  March 11, 2019 05:38:26 AM


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: