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今日は久しぶりに、私の本職であるアートについて書こうかと思っています。
私の場合、作品を創るばっかりで、語ることが少ないのですが、久しぶりに語ることもしてみようかと思っています。
なぜ、アートについて語ることが少ないかと言いますと、私にとってアートとは呼吸のようなもので、ごく自然なものだからです。
日常生活において、呼吸について語るということは、なかなかありませんものね。
10代前半~20代前半にかけては、ストリートでギター片手に歌を歌っていたのですが、2001年に心を患ってからは、大きな声が出なくなり、必然的に絵画や写真、小説などの創作活動をするようになっています。
またいつか、大きな声で歌を歌いたいという気持ちもありますが、まだ先になりそうです。
そして日々、絵を描いて過ごしているのですが、未だに正式に美術教育を受けたことがありません。
父が日本画家なので、子どもの頃から美術や芸術に触れる機会は多かったのですが、絵の描き方を教わったことはありません。
従って私の作品は、美術教育を取っ払ったアウトサイダーアートというジャンルになります。
絵の師匠もおらず、唯一、師と呼べる者は自分のみであります。
失敗と試行錯誤を重ねて、自分で自分の描き方を発見していく道のりになります。
私の経験からすると、アートというのは他人に教えてもらう類のものではありません。
他人の真実は私の真実ではなく、いくら真っ当なコメントや批判、アドバイスを頂いたところで、私には何にもなりません。
私には私のやり方があり、私の精神状態があり、私の肉体があり、私の思考があり、私のイメージがあります。
どこまで行っても「私」しかありません。
画材は何を使うのか、鉛筆なのか、パステルなのか、水彩絵具なのか、アクリルなのか、木炭なのか、墨汁なのか、油絵具なのか、岩絵具なのか、ボールペンなのか、サインペンなのか・・・自分で発見しなくてはなりません。
鉛筆の中でも、どんな種類の鉛筆が自分には向いているのか、他人は「これがいい」というけれど、果たして自分にとってもいいものなのか・・・。そういう細かいことの繰り返しになります。
絵の構図にしろ、彩色にしろ、自分との対話になります。
他者に教えてもらったり、他人の考えを踏襲して作った作品は、どこかで自分とは合わず、ぎこちないものになってきます。
芸術にタブーはありませんし、これが正解でこれは間違いだということもありません。
既成概念に囚われず、自分の心を解放できるような、自由な作品を創っていきたいと思っています。
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