まいど、俺や。41歳無職、滋賀大卒。
今日はなんとなく気分がよかったから、
朝から英国紳士っぽく紅茶を淹れてみた。
「アールグレイ」とか「ダージリン」とか、
名前の響きがすでに上品やん。
無職でも、飲みもん次第で貴族の朝気分になれる。
紅茶をいれる、それだけで丁寧な一日
急須やなくてティーポット出して、
お湯をちょっと冷ましてから注ぐ。
たったそれだけのことやのに、
なぜか自分が“ええ人間”になった気がする。
ゆっくり待つ間、
部屋中に広がる香りが心を落ち着かせる。
焦らず、急がず、ただ蒸らす。
人生もこうやって、
“待つ力”を大事にせなあかんなぁ、と思う。
茶トラがスプーンを狙ってくる
うちの猫の茶トラが、紅茶のスプーンをカチャカチャ狙ってる。
お前、それ砂糖ちゃうで。
キジトラは興味なさそうに窓辺で丸まって、
“またこいつ気取っとるわ”みたいな目してる。
うん、ええやん。
無職の朝にちょっとした優雅さ、これでええねん。
紅茶は“余白”の味や
コーヒーは“戦う味”、
紅茶は“受け入れる味”。
コーヒー飲むときは「よしやるぞ!」って気持ちになるけど、
紅茶は「まぁええか」って肩の力が抜ける。
この違いがええ。
働かん俺には、紅茶のほうが性に合ってる気がする。
親父も意外と紅茶派やった
防大卒の元鬼軍曹の親父が、
昔イギリス行ったときに「アフタヌーンティー」を経験したらしい。
帰ってきてからも、
たまに紅茶を飲むときだけ姿勢がやたら良くなる。
「戦場では紅茶は飲めん。平和の味や。」
……名言やな。
確かに紅茶には“戦わん強さ”がある。
おかんのツッコミはいつも現実的
俺が紅茶飲みながら、
「アールグレイの香りが英国の風を感じさせるねぇ」
とか言うてたら、
おかんがキッチンから一言。
「それティーバッグやろ。」
……はい、現実に引き戻されました。
でもな、おかん。
気分は自由やねん。
無職にとっての紅茶は、
“午後の小さな逃避行”や。
無職の優雅な午後
紅茶を飲みながら本読む。
ニーチェとかベンサムとか、哲学ごっこ。
ページの向こうの世界と、
マグカップの湯気が混ざる時間。
お金も肩書きも関係ない、
“静かな贅沢”ってやつやな。
まとめ
紅茶は、日常の中の小さな儀式やと思う。
たとえティーバッグでも、
「ちゃんと自分を扱ってる」感が出る。
それが心の整頓になるんや。
英国紳士ぶるってのは、見栄やなくて――
自分の中の品を取り戻す行為かもしれんな。
俳句で締め
紅茶飲む
無職も気取る
午後三時
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